松永沙耶は神である   作:スナックザップ

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In a calm sea every man is a pilot.

「「よーし、言うぞー、今日こそ言うぞー。防人辞めますって言うぞ? え?」」

 

誰だあ、私のセリフをとったのわ。

 

「あ、貴方も辞めたいの?」

「そりゃあ、ねぇ……」

 

警戒と期待がこぼれそうな瞳で確認する雀ちゃんに答える。

 

「そ、そうだよね。うん、普通はこんなのやりたくないよね。ね。ほら、メブ。」

「はいはい、そこまで言うなら止めないけど、雀、貴方、もう少し自信を持てば? ここ何回かの任務で見る限り貴方はより上位番号のみんなにも負けてないわよ。」

 

芽吹隊長の言うことも分かるけど、この戦いの結末は無意味なものだ。

出来レースなのだから。

 

「そ、そんなこと言っても怖いものは恐いし。よーし、言うぞ、ね、沙耶ちゃんも言うでしょ?」

 

どうやら、雀ちゃんは一人じゃないと知ってやる気を出したみたい。

 

「そうだね。こんな失敗するって判ってる戦い無意味だしね。」

 

あ……

 

しまった。と思った時には遅かった。

見る見る芽吹さんのおめめが三角になっていく。

 

けど……。

 

「そんなことはありません。神樹様が神託で示されたのです。きっと意味が……。」

 

こんな時でも、いつも通り穏やかな亜耶の声が癇に障る。

 

私はこの大赦の中でも巫女っていう連中が一番嫌いだ。

正しいことばかり言って、困ってることには何もできない。

300年前からずっとだ。

 

「神託なんて意味がない。バーテックス、いえ、天の神と直接対峙したことがないからそんなことが言えるんだよ。あんなの勝てるわけがない。」

 

たぶん、私の顔は今引き攣っている。

 

怒りを見せていた芽吹さんも、騒いでいた雀ちゃんも、窘めていた亜耶ちゃんも。

 

そして、後ろに立つ安芸先生も何もわかってない。

 

いえ、私がどれだけ訴えても誰も取り合ってくれない。

まるでギリシアのカサンドラの如く。

 

 

「もういいでしょ。安芸先生。このままだと私は……」

「席に戻りなさい。松永さん、今はまだ私の胸の内の留めておけます。でも、もし、ここから出るというなら……。」

 

安芸先生の言いたいことはわかる。

心を鎧で守っても、この人だって勇者達を見てきたんだ。

それが決して英雄譚でないことは知っている。

 

踵を返すとドカッとわざと大きな音を立てながら、自分の席に座る。

 

安芸先生は何事も無かったかのように授業を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああ、何あれ、無理無理無理~。殺されるぅううー! 死んじゃう~!!」

 

雀ちゃんの絶叫を聞きながら、正面のサジタリウスを見据える。

 

「サンプル採取中止。全員撤退!」

 

とうとう、進化体もあそこまで大きくなってきている。

 

後方のサジタリウスも厄介だけど、退路にもまだ星屑がたくさんいる。

 

銃剣隊のみんなが放った銃弾が命中し続ける。

傷つき、損傷しながら、前進をやめないサジタリウス。

破裂し、破砕しながら、仲間の屍を越えてくる星屑。

恐慌寸前で引き金を引き、盾を持つ手すら震える。誰にも誇れずただ恐れるだけの私達。

 

その姿はまるでホラー映画委のゾンビと遭遇した時のよう。

 

やっぱり防人の力で戦うなんて無理だ。

せめて、御霊を破壊できないと三ノ輪銀の時と同じようにいつか力尽きる。

 

(もういいや、どうせ、死ぬのなら抵抗して苦しい思いをするよりも……)

 

だんだんと熱が冷めていく。

銃剣を持つ手が下がる。

もし、勝って生き延びたとして何になるの?

 

親しい友達も、大好きな恋人も、優しい家族も、私にはない。

やりたいことも、自慢できる特技も、時間を忘れる趣味も、私にはない。

振り返る思い出も、惜しい瞬間も、期待する先も、私にはない。

 

 

他のみんなはどうだろう?

 

防人全員を知っているわけじゃないけど、アイツの記憶通りなら、この後起きる混乱の中で少なくない人が大変な目に会うと知っている。

 

知らないから、みんな戦えているだけだ。

 

展望が開ける芽吹さん達は、それでも良いと生き続けるのだろう。

誰のためでもなく。

 

でも、ほとんどのみんなは、ただ地を駆けずり回るだけで、こんな戦い何の意味もない。

 

だから、アイツから流出した記憶も防人の戦いについてはほとんど無い。

 

記録で十分なくらいアイツにとっては意味のない戦い。

 

それなのに私達はこんなにも必死になってる。

 

「この程度の雑魚、いくら数がいようとこの弥勒夕海子の敵ではありませんわ。芽吹さん、いえ、楠隊長、退路を開きましょう。」

「何言ってんの! 弥勒さん。そんなの無理だよ。星屑の数が多すぎるよう。」

「だったら、どういたしますの? 星屑は数が多くても倒せますが、サジタリウスに追い付かれては倒せませんわ!」

 

実のところ弥勒さんが言うことも雀ちゃんが言うことも正しい。

正しいからと言って、それが望み通りの結果になるとは限らない。

 

「前は星屑、後ろはサジタリウス。あああ、もう嫌だ。死ぬ死ぬ死ぬ。絶対死ぬ。動いたら絶対死ぬ。ここで留まるうぅぅぅ!」

 

言葉通り雀ちゃんは座り込んでしまった。

 

「それじゃ、無駄死にするだけですわ。さあ、行きますわよ。」

 

座り込んだ雀ちゃんを引っ張っていこうとする弥勒さんを止めたのは、以外にも芽吹さんだった。

 

「いえ、弥勒さん待ってください。このままどちらに動いても間に合いません。ここで留まって迎撃します。」

「芽吹さん!? 何を言ってやがりますの!? それでは……。」

「護盾隊は全員で盾を形成。サジタリウスの攻撃に備えて。」

 

動きを止めるの? このタイミングで?

 

迷い。焦り。疑い。

 

瞬間ごとに自分の主観が安定しない。

 

どうする? どれが正しい。いえ、知ってるはず。だったら今は流れに逆らわなければ良い。

 

ギリギリで滑りこんだ盾をサジタリウスの小型の矢が雨のように叩き続ける。

薄暗い中でもみんなの顔が引き攣っているのがわかる。

 

この程度の攻撃すら人間にとっては脅威なんだ。

 

大赦の人たちは星を砕りて宇宙を覆うようなアイツと戦っているつもりなんだろうか?

アイツは大赦も神樹様も気にも留めていない。

 

ただ、結城さんの未来を保障したいだけで。

 

気が付くと矢の音が止まっている。

 

「ぎゃああああ、嫌だあああ死にたくないぃー!」

 

代りに雀ちゃんが絶叫しながらサジタリウスに向かっていく。

 

「雀さん!? 何をなさっていますの?」

 

弥勒さんの慌てた声を背に雀ちゃんがもう一度盾を構える。

同時に先ほどまでの降り注ぐ矢ですら小雨と思える硬い金属同士がぶつかったような大音響が荒れ狂う。

 

サジタリウスが盾を貫通するために威力の高い大型の矢に切り替えたんだ。

 

だとしたら、いくら盾で防いでいても雀ちゃんは?

 

いた!

 

顔から地面にダイブしたみたいになってるけど、なんとか無事みたいだ。

 

「今よ、護盾体は盾を解除して、全員撤退。走って!」

 

芽吹さんの号令で弾かれたように、みんなが一目散に走っていく。

 

でも、ダメだ。今逃げたらサジタリウスの矢の再装填に間に合わない。

 

(今なら、みんな混乱していて大赦にも報告されないはず。)

 

時間加速、いえ、既に跳躍と言っていいレベルで動き出す。

 

すでにその速度は電気が伝わる速度に達する。

 

 

音速を超えている大木のような矢も、空中で静止しているように見える。

叩くのは1点。

 

先端の尖っている部分をぐちゃぐちゃにすれば、衝撃波でまっすぐ飛べなくなる。

 

そのまま矢の前に飛び出して、銃剣自体をやり投げのように矢の先端に投擲。

核兵器さえ超えるエネルギーと天の神の神通力が溶け合った光が、サジタリウスの巨大な矢と衝突する。

 

さっきみたいな大音響は出ない。

音を伝える空気そのものが音が伝わるより早く素粒子レベルまで分解されてしまったからだ。

 

サジタリウスの矢は砕けて、その破片で今度はサジタリウス自体が穴だらけになる。

もちろん、私の両腕も一緒に無くなってる。

 

「あれ? 飛んでこない?」

 

雀ちゃんの行動は正解だけど、それは人間尺度で見た場合。

私達の敵は数多の宇宙人たちさえ役に立たないと滅ぼしてきた本物の天の神なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大浴場で聞こえるみんなの声を聞きながら、今日の戦いを振り返る。

 

時間加速による打撃は有効だけど、毎回腕がダメになるからできれば避けたい。

大赦も私がバーテックスを倒せなくても、打撃を与えられると知った時、その力を危険視されないか不安になる。

 

素粒子変換ができれば、もっといろいろできる。

最初のころのアイツでも宇宙全てを滅ぼせるような力を出せたみたいに。

 

ただ、私にあれはできないと思う。

理屈が分かってもやり方が全然想像できない。

 

そして、もし、できたとしても私はやりたくない。

 

単純に素粒子に変換されるということは死ぬということなのだから。

 

アイツは全知全能だから、死んだ自分と復活した自分の差分がほとんどない。

それこそパソコンのバックアップデータみたいに自分を扱える。

 

アルも光や熱に変換しているけど、あれも同じだ。

アルの場合は天の神経由で掲示として常に自分の最新データを受信し続けて自我を復旧している。

 

どっちもまともな人間なら発狂する。

 

発狂してないから狂ってないのは確かだけど、自分の任意で発狂したり狂わないようにしたりできるなんて、意味が分からない。

 

たぶん、シナプスか電子かを弄ってるんだろうけど、考えるだけで気が滅入る。

 

「ねえ、松永さんはどう思う? 勇者様ってどんな人たちがなれるのかな?」

「そうだねぇ~。正直人間の限界じゃバーテックスと戦えないから、精神面が重要なんじゃない。」

 

急にあげられたパスにも、こうやって天の神の分け御霊として情報共有されれば、慌てなくても済む。

 

神樹様がこの300年で自律的に進化して変わってなければ、実際の基準は結城さんと仲良くなれそうかどうかのままだろう。

 

「精神面か、じゃ、こう後光とかキラキラーって出てたりするのかな?」

 

後光かあ、あれ、威圧効果以外は不便なんだよね。安眠妨害だし、本とかテレビも見づらい。

 

「うーん、どうかなぁ、見た目で分からないんじゃない? あえて言うなら、みんなが喋ってこの人が勇者なら納得する、みたいな?」

 

サラダのプチトマトを突っついて、考えるふりをしながら適当に答える。

 

「何それ? パッと見で分からないってこと、それだと夢がないじゃない。」

 

また、微妙なことを言って……。

 

「ほう、浪漫が必要と? じゃ、逆にどんな人なら勇者なの?」

 

せっかくだし確認してみる。確かに今の勇者の基準は、ちょっと神樹様の主観がはいりすぎているからね。

 

「うーん、そうだなあ。まず背は高いほうが良いかな。あと、ちょっと真面目で、いつもキリリとしてるんだけど、まっすぐで……。」

 

どんどん出てきましたよ。

 

ちなみに最終的には乃木若葉を書いて、これ?って聞いたら、それだって言われました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者も私達と変わらない普通の人だ。

 

芽吹さんはそう言うけれど、真実としてただの結城さんお友達クラブに真剣に悩んでいるのは、ちょっと可哀そうな気がする。

 

いっそ真実を明かせればよいのだろうけど、大赦から止められてるし、肝心の大赦も信じてくれない。

 

ただ安芸先生は、信じているかは微妙でも納得はしていた。

 

意外だったのは雀ちゃんも結城さん達に会っていたことだ。

満開を行う前だから、私がアイツによって引きずりだされるより前かな。

 

「横からごめんなさい。私も少しだけ聞きたいことがあるの。」

「聞きたいこと? なになに? なーんでも聞いてよ。」

 

なんか雀ちゃんが普段より態度大きい。

 

「最後に猫を助けようとして結城さんと一緒に落っこちた時、風さんが言ったんだよね。危険や苦痛を怖がらない人はどこかが壊れているって、そして、結城さんも危ないのも、痛いのも、怖いって。」

 

バーテックスと戦う時よりも、顔が強張っているのが自分でも分かる。

雀ちゃんも何かを感じてくれたのか、少しだけこちらを見ながら答えてくれる。

 

「う、うん、確かこんな感じだったかな。」

 

 

――勇気があるって言われる人は、危険も苦痛も怖がるけど、いざって言う時に頑張れる人。――

 

――でも、もし友達が困ってたら、危なくても痛くても助けようとすると思う。さっきの雀ちゃんみたいに。――

 

 

雀ちゃんが話してくれた結城さんと、アイツの記憶にある結城さんが少しズレる。

 

たぶん、アイツから見たら必要ないって共有されなかった。

だから、私は雀ちゃんが結城さんに喋ったことを知らなかった。

そして、今聞かされている内容はきっと結城さんとアイツの違い。

天の神と成りきってしまったから分からなくなったんだ。

 

それきり、黙り込んでしまった私は、お礼だけ言って寮の部屋に変えることにした。

 

 

アイツはいつか自分が結城さんのことを諦める可能性をすべて消してしまった。

痛み、苦しみ、絶望、いろんな理由で結城さんを助けることを諦めることがないように。

 

だから、色んなものを捨てたアイツは、きっともう私達とは違う……。

 

ただ、1つの目的を誤まらず、違えず、留まらず、まっすぐに進むシステム。

 

光が2点間の最短距離を進むと言われたフェルマーの原理のように。

 

(なんだろう? すごくドキドキする。まるで嵐の夜にこっそり起きて見ていた空のよう。)

 

あと少し、目の前に暗くて見えないけれど、何かがある。

そんな不思議な予感を感じる夜だった。

 

 

 

 

 

 

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