「あれ? 外で何をしてるんだろう?」
白いテーブルに着いているのは弥勒さんだろうか?
カップを持っているからお茶を飲んでるんだろうけど、外にあんなのあったっけ?
芽吹さんと雀ちゃんと話している。
集合がかかっているのに何をしてるんだろう?
ちょっと気になることもあるし、行ってみよ。
「ごめーん、先に行ってて。」
「え? 急がないと怒られるよー!」
「大丈夫だって、芽吹さんよりは早く集合できるからー。」
そのまま来た廊下を戻り、階段から中庭に降りる。
「あら、ちょうどよいところに。すみませんが貴方も手伝っていただけませんか?」
廊下を降りると白いテーブルを持つ芽吹さんと弥勒さんがこちらに戻ってくるところだった。
「え、何で? 置いておいて後で片づければ良いんじゃない? 誰も持って行かないでしょ。今日は雨も降らないみたいだし。」
弥勒さんはもの言いたげだったけど、さすがにこれで遅れたら笑いしかとれない。
ようやく、追いついて来た後ろから椅子を抱えた雀ちゃんも不満を糧に何か叫んでる。
「そうだよ! 弥勒さんの持ち物なんだから、自分で片づけてよね。これで遅刻したら、私もメブに怒られるじゃない。」
いや、芽吹さんもここにいるんだから、大丈夫なんじゃないかな。
勢ぞろいした防人達を前に安芸先生が次の作戦を説明する。
「今日までの結界外の調査ご苦労様でした。貴方達の努力のおかげで、壁外の大地と炎の性質が解明されました。」
やっぱり安芸先生は意識して淡白に聞こえるように話しているみたい。
「計画を次の段階へ進めます。」
安芸先生が手元で捜査したスライドが、大きく拡大されて宙に映し出される。
「これを壁外の大地に埋めてください。これは神樹様から頂いた種子。巫女が祝詞を唱えることで成長を促し、種を植えた場所に緑が芽生えるでしょう。」
「巫女が祝詞を? まさか……あややを壁の外に連れていくの!?」
雀ちゃんの言う通りなら、戦う能力を持たない亜耶ちゃんを護衛しながら、種を埋め祝詞を唱えて回るってことになる。
「待ってください。彼女を壁の外に連れ出すのは危険すぎます。だいたい壁の外の灼熱の炎はどうするつもりなんですか!?」
「心配はありません。巫女専用の装備が用意されます。同時に貴方達の装備にも改良が加えられます。外のバーテックスとの戦いもこれまでよりも優位に進められるでしょう。」
芽吹さんに詰め寄られても安芸先生は予想通りと言った感じで答える。
ただし、戦衣の改良は文字通りの意味じゃない。
私経由での天の神の力を掠め取って、人が使用できる形にフィードバックしたものだ。
天地両方の力を操作できる新しい装備。
敵の力を奪いながら、こちらの戦力を強化する。
戦争の基本ともいえる鹵獲兵器の使用だ。
本当だったらこれが完成して、大人たちが戦えるようにしたかったのに、何故か大赦は私の案を却下した。
曰く、神樹様の御意思を体現できるのは選ばれた者でなければならないという、酷い理由だった。
おかげで私達の危険度は跳ね上がるばかり、大赦は2年前の瀬戸大橋の戦いから何も学んでいない。
だから、こんな無駄な戦い方を繰り返す。
「楠さん、貴方には期待しています。国土さんのことをよろしくお願いします。」
安芸先生は彫像のように微動だにせず、録音テープのように淀みなくそう告げた。
「種を植えて…、そうやって、今度は壁外の大地を緑に変えていくのですか?」
今度は芽吹さんに代わって、弥勒さんが質問する。
「いえ、それだけでは、時間がかかりすぎるでしょう。種もそれほど多くありません。これは橋頭保を築き、その後はある場所を目指しすための計画です。」
「それはどこですの?」
「まだ先のことになるでしょうが、西暦の時代に近畿地方と呼ばれていた場所です。」
近畿地方って広いけど、大赦としてはどこを目指したいんだろう。
アイツの記憶には奈良と橋経由でよった場所くらいしかないけど。
「その後は勇者の役目と言うことですか?」
「貴方達の任務外のことです。知る必要はありません。伝達事項は以上です。」
ただ、安芸先生が今説明した計画の失敗はほぼ確定的。
と言うより、今までの繰り返す時間の中でいつも失敗していることを、私が園子さんに伝えたんだけどね。
だから、あの種は今まで繰り返してきた未来で使われるそれとは違う。
あれは神樹様の下さった種子であると同時に、私を分析して改良されたもの。
炎を…天の神の力を吸収して自分のものとする。
改良された戦衣も種ほどではないけど、同じように炎の霊的エネルギーを防人の力にプラスできる。
それこそが私が防人に参加を了承した理由。
(第2段階ということは、次の段階で私の出番は本番。)
第3段階。
目的地は諏訪大社跡。
そこに私にも共有されなかったアイツだけにしか存在しない記憶がある。
アイツの行動原理は天の神としても、結城さんを助けたいとしても、不必要なものが多すぎる。
初めてアイツと直接交戦した諏訪の勇者だった白鳥歌野。
彼女が何かをしたのは分からない。
けど、その後アイツは四国に移動したのに何もせずにバーテックスに任せるままで、ついには奉火祭であっさり和睦している。
(奉火祭はアイツにとって何の価値もない条件だった。何かある絶対に。)
午後の訓練が始まったけど、芽吹さんの機嫌は真っ逆さまだった。
「はあぁ!」
気迫のこもった一撃だけど力任せすぎて、対バーテックスの戦い方じゃない。
「あっぶねぇ。クソ、なんだよ。今日の楠は気合が入り過ぎだろ。」
受けたのがシズクだったから、吹き飛ばされた後も上手くいなしてバック転で体勢を直せたけど、山伏さんの方だったら壁にぶつけて怪我をしていたかもしれない。
「次」
「は、はい。」
立ち上がったのは私達の船の指揮をとってくれている子だ。
彼女も指揮官タイプの一人だけど、案の定、芽吹さんに吹き飛ばされてる。
「雀! こっちで盾を構えなさい。」
逃げようとしていた雀ちゃんが捕まえて、盾ごと雀ちゃんを吹き飛ばそうとするかのような連続攻撃だ。
これ以上は怪我になるかもしれない。
「ひええぇぇ~、メブの方がバーテックスより怖いよう。」
「雀、何か言った!?」
計画も第2段階だし、バーテックス側も今まで見たいな威圧目的でなく、こっちを倒すつもりになる。
こんな調子じゃ戦う前に潰れてしまう。
「次、来なさい。」
痛いのは嫌だけど、私なら怪我もなかったことにできる。
重い腰を持ち上げようとした時、先に弥勒さんが進み出る。
「では、わたくし弥勒夕海子がお相手致しますわ。新たな任務が始まるのですから、今日こそ芽吹さんに勝って前祝いと致しましょう。」
止めたほうが良いのかな?
私が迷っている間に、弥勒さんが突進していく。
芽吹さんは怒り任せながらも、冷静にその突進を受けずに最小限の動きで避けて、弥勒さんの背中に一撃を入れる。
「ぎゃふん、ですわ。」
良かった。実力差が大きくてお互いに怪我をするようなレベルじゃなかったみたい。
「弥勒さんは不用意に突っ込み過ぎです。だから不必要な怪我ばかりするんです!」
芽吹さんは倒れた弥勒さんに背を向けると今度は私達に矛先を向ける。
「みんな訓練が足りていない! その程度ではいつか本当に死んでしまうわよ! 大赦は私達のことなんて使い捨ての道具としか思ってない! 誰も守ってくれないのよ! 」
「だったら、辞めちゃえばいいのに……。」
あ、言っちゃった……。
私も自分で思うよりストレスかかってたかなあ。
無言で睨みながら、芽吹さんが近づいてくる。
でも、立ってなんかやらない。
「そうやって逃げるの?」
声こそ静かだけど、絶対怒ってる。
どうしよう。ここって歴史に影響しないところだっけ?
「そうだよ。逃げて何が悪い? みんなも見たでしょ。壁の外の世界。私達はもうずっと前に轢死してるんだよ! 天の神と言う車輪の下敷きで。」
車輪の下敷き。
芽吹さんの神経を逆なでする言葉。
そうだよ。どうせこんなの無駄なんだから、終わらせよう。
アイツから零れた吐息程度の天の力でも、分からせるには十分。
ほら、みんなも俯いてる。
ほんとは分かってるんだ。
「分かってるくせに、そうやってみんなを巻き込まないでよ。」
アイツと見るように芽吹を見上げる。
こうやって、弱い振りをして、みんなの心にも恐怖を思い出させていけば、防人による任務は遂行できなくなる。
そうすれば、私に対する監視も緩くなるかもしれない。
「貴方達……。それで良いの!? そうやって今までやってきた……。」
させない。
「そうやって自分の過去は無駄じゃなかったって思いたいだけでしょ。そう言うのダサいっていうんだよ。貴方の下らないプライドに巻き込まれるのはいい迷惑だって言ってるの。」
怒って突っかかって来い。
そしたら、本当の天の力を見せてやる。
それで、自分たちのちっぽけな過去に意味がないことを思い知れば良い。
「だったら、貴方達は何も思わないの? ここまで命を削り任務を果たしてきたって言うのに、下らない任務ばかりで、それさえも果たせず天の神に滅ぼされるのを今か今かと怯えて暮らすつもり!」
「そんなに死にたいなら今すぐ勇者にしてあげましょうか!? ええ!?」
売り言葉に買い言葉。
私も芽吹さんにつられるように言葉が止まらない。でも、構うものか。
アイツからあふれて私に零れ落ちた力を集めれば、芽吹さん1人くらい勇者システムを起動させられる。
「確かに今日の芽吹さんの言い方はよろしくはありませんでしたわね。ですが、わたくし達はこのままでは終わりたくはないのです。その気持ちは同じですわ。」
いつの間にか弥勒さんが私の肩に手を置いている。
これじゃ、芽吹さんじゃなくて私がいきり立っているみたいだ。
「それと芽吹さんも沙耶さんも"下らない"なんてことはございません。調査も陣地設営も誰かがしなければならない必要な任務です。今は地味な任務でも実績を積み上げて、いつか勇者かそれに近い重要な役目を任される日も来るでしょう。わたくし達にとって"下らない"任務など何一つもございません。すべて価値ある任務です!」
え……弥勒さんて、もしかして気づいた上でそのキャラだったりするの?
芽吹さんの……自分じゃない誰かの大切な想いが自分にとっても下らないものでない?
(知らない誰かが大切なものを自分にとっても大事な何かだというの? そんなことあり得る?)
知らない。
こんな記憶は天の神の記憶にもない。
でも、今は私が矛を治めるべきだ。
「ごめんなさい。芽吹さん。貴方が一生懸命なのは分かっていたのに、下らないなんてことないですよね。」
しばらく、沈黙が過ぎる。
「いえ、私こそ。みんなもごめんなさい。」
空気が晴れる。
何とかなった。……のかな?
「出発」
防人任務の第2段階。
私も最近気が緩んでいる。
この生活に慣れてきたせいで、昨日みたいな目立つ行動をしてしまった。
もう一度自分の考えと防人の目的が違うことを意識しなおさないといけない。
まずは目標として旧紀伊水道と淡路島の付近に種を植えることになる。
そのまま東へ移動すれば近畿地方だけど、問題は1つ1つの種でどこまで範囲を広げられるか未知数だということ。
大赦の目的はそのまま近畿地方での陣地作りだけど、そこで私は離反する。
始めに諏訪大社跡まで行って、そこを調査する。
そこで次の目標を達成するためのカギを手に入れたい。
それができたら、北東に行った先にある旧長野県松代を目指す。
正確にはこの世界では白鳥神社と呼ばれていた場所。
そこにアイツは粛清した人類のうち、諏訪大社跡に数百。
白鳥神社跡に70億程度の魂を保管している。
完全に成仏させるでもなく、地獄に落とすでもなく、ただ観測者として。
最初に天の神が諏訪を攻めたのは何もランダムじゃない。
そんなことをしでかすだろうアイツとアイツの類する人類の危険性。
(結局世界がこうなったのも、結城さんが生まれて勇者になったのも、全部
彼らを解放できれば、アイツの零れ落ちた力ではなく、対等の力を得ることもできるはず。
(それにしても、なんかいつもよりアイツの力が強いような気がする。なんかあったっけ?)
「き、来たあああ~。来たよメブ~。」
警報代りの雀ちゃんの叫びにつられて宙を睨むと、そこに雲のように広がる星屑たちがいる。
「護盾隊は各艦の防御を。雀、亜耶ちゃんは必ず守りなさい。」
「わ、わかったよー。あややと船は守るから、メブは私達を守ってよ。」
「芽吹先輩、私は大丈夫です。どうかお気をつけて。」
一番艦をチラリと見ながら、狙い撃ちで星屑を1つまた1つと砕いていく。
大きなことを考えていても、今の私はこんな小さな星屑達すらいちいち相手にしなくてはならない。
そんないらだちを込めながら、星屑を倒して進んでいく。
「着いた……。」
誰が呟いたのか、とうとう種を植える場所までたどり着いた。
亜耶ちゃんが持つ羅摩から種が植えられる。
ここからではよく聞こえないけど、きっと祝詞も始めている。
その推測を現実とするかのように、溶岩に埋められた種から次々に葉が、蔓が、茎が、通常の植物の生育を越えた速度で伸びていく。
まるで、合成フィルムのように普通に動く防人と星屑を無視して、そこだけ時間間隔が狂ったように緑が広がっていく。
「成功した……の?」
普段は戦闘に集中しろと注意するはずの芽吹さんも、一緒になってその光景を見ながら戦っている。
心なしか炎の熱気も和らいできている。
そのはずなのに……。
「あれ、力が……」
上手く力が入らない。まるで炎と同じように私の熱も吸い取られているみたいに、すごく体が重い。
こんなにも美しく神々しい光景が、私にとっては毒となるの?
「ちょっと、大丈夫? 調子悪いの? ねぇ、誰かちょっと来て……。」
私を心配してくれるその声は最後まで続かなかった。
一陣の風が緑も炎も吹き飛ばし、彼女やシズクを含めて何人かの防人を撥ね飛ばす。
「うおお、ぁぁああ!?」
そっか、そう言えば、このタイミングで来るんだった。
殺意を固めたような槍のような針を支える球体を連ねたような尾。
甲殻類に似た姿をしたバーテックス。
スコーピオン。
こんな時に厄介なのが来てくれた。
相変わらず気分は悪いまま、ううん、さっきの光景で余計に悪くなってる。
「だからって、このままでいいわけないでしょうが。」
気合を入れなおして、もう一度奮い立つ。
頭がくらくらする。吐き気までしてきた。
でも、まだ大丈夫。
勝って必ず……私は私になるの。
いつか天の神となるかもしれなからって、今の私は天の神じゃない。
銃剣の薬室を分子レベルで再構成する。
銃剣の先も変化して、二又の槍を合わせたような開放型バレルに変わっていく。
西暦では開発途中だったレールガン。
それも電子一つ一つを恣意的に操作してできる理想系。
純粋な条件でしか打てないはずの準光速の一撃。
雷を纏う銃弾が能面を砕き、後方の炎の海を一瞬で凪払う。
そこが見えないくらい深く引き裂いたのに、炎はすぐに闇を覆う。
「かかって来なさい。蠍野郎。私が苦しいのなら、貴方達だってそうでしょ。我慢比べなら人間もバーテックスも条件は同じだ。」
なんか仕事が忙しくなりそうな悪寒。