2人いたはずの私がボク1人になる。
「これで、また1つ可能性を減らすことができた。ただの人間相手にビッグバン級の力を使うことになるとはね。」
いくらでもエネルギーが供給されるからって、人間の体でフルに使えば素粒子の結合さえも引き裂かれて、欠片も残さず消滅する。
それなのに必要な瞬間だけに絞ってよく制御できていた。
心までは鍛えられないから、ちょっと感覚質を突っつけば活動限界を越えちゃうんだけどね。
せっかくだから、耐久試験としてビッグバンより上位の力を試してみても良かったかな。
使う意味も機会もない力だけど、できることはやっておきたい。
その意味では少し残念。
「それじゃ、そろそろこの世界も終焉としますか。」
あと数瞬。
砂粒ほどの時を費やせば、回帰が始まる。
今回は大満開まで進むるのか分からないけど、友奈と大赦との縁を完全には切れなかった。
その代わり、私が友奈以外を諦めない可能性の1つは減らせたから、痛み分けといったところか。
「天の神!」
「あいた。」
いや、痛くないけど、様式としてね。
上空5000メートルから自由落下で私のツムジに銃剣をたたきつけるとは、やるなぁ。
「誰かと思えばメブッキーじゃない。どうしたの?」
芽吹は衝突の反動でバランスを崩したのに、上手く着地する。
「沙耶はどこ?」
逃げずに何しに来たのかと思えばそのことか。
「さっきのキミ達にしたみたいに魂の方をチョイっと止めたからね。行動の源泉となる情動が動いてないんだよ。で、そうなると彼女はボクでもあるから鏡像が保てなかったってわけ。同一時間軸上に同一存在はあり得ない。だからパッと消えたんだよ。まさしく、彼女を象っていたのはキミ達の友情の力だったわけだ。」
もし、彼女が本気で素粒子変換の深奥にある意味を認めていれば、もう少しは善戦で来たかもしれないけど、そこは言わぬが花、だ。
「さ、わかったら帰りなよ。別に国土さんを連れ帰ったからって怒ったり呪ったりしないから、というか友奈以外を差し出されても迷惑だよ。」
僅かな時間でも大切な人と過ごせるのはうらやましい。
でも、そのことをねたむ必要はない。
神の愛は無辺なのだ。
だから、そうでなく偏りがあってこその人間なんだけどね。
「待って、楠さん。そのまま戦っても勝てない。」
そう言いながら、ミイラ園子さんが浮かんでいる記憶面を足場にビョンビョンと降りてきた。
器用だな。
「それでも、私は仲間を見捨てない。絶対に!」
「これだけ言っても、園子に言われても、まだボクと沙耶は別だと思っているのか。本当にキミ達は愚かだな。こんな奴らのために友奈が命を削る必要なんてやっぱりないよ。」
「何を勝手に。私は絶対に取り返す。そして、みんなで帰るんだああぁぁぁ!!」
未来予知を再開しているのに対応してくる。
獲物を振り回すような野蛮な戦い方ではなく、拳で語らう方が好みだけど、あの子が防人の訓練で何を掴んだのかも知っておいて良いかな。
「キミ達の攻撃なんて、何!?」
未来と逆方向からの切り返し。
根本の速度が違うから難なくかわせるけど、なんで予知がズレた?
縦軸の攻撃にも……またか。
次は上からの攻撃も筋を間違える。
おかしい。
そもそも最初の落ちてきた時も上手く予知が働いてなかった。
「ああ、もう仕方ない。ここでやるよ。って、普通に当たった?」
続く園子の突きもストレートに脇腹に突き刺さる。
瞳孔が見えるほどの距離
掌に圧縮した陽電子をビームとして打ち出す。
逆に私の反撃は大振に外してしまう。
芽吹だけじゃなく他の人たちもダメか。
(これは予知ができていないだけじゃないな。)
今までもたくさんの自分の可能性を消去して廻ってきたけど、こんな現象は初めてだ。
ううん、厳密には西暦が終わる前のボクなら神として不完全だったから、自分のことを把握できずにいっぱい迷惑をかけた。
(そうか、あの子の可能性を除外したから私の方のバランスが変わったか。それにしても……。)
まったく生起しなかった現象には新しい要素があるはず。
防人、勇者、巫女。
どれも新しい要素はない。
私が友奈を希求しない可能性など必要ないんだ。
――違うよ。みんなを好きになったって良いんだ。神様ならなおのこと――
グレイグーがまた光りだす。
時間遡行を始めるのか。肉体を失い、魂消るとも、まだ何の価値もない防人を守るのか。
「せっかくだからコノ高天原全体をキミ達の墓標にしてあげよう。」
理屈でできることは分かってたけど、試す意味がなかった大技。
意味なんてなくても必殺技って響きはワクワクする。
実は私もあんまり理解できてなかった。
ほんの10億年くらい前までクローノンもインフラトロンも実体がある何かがあるように感じていた。
でも、実際は違う。
対象をある一定単位で区切った記述が本来の意味での量子化。
人間が自分でやる時や道具を使う時は観測限界で空想になってしまうから、現実では気にする必要もないこと。
だけど、ボクは、神様はきちんと理解していないといけない。
言い換えれば、あの子もアルもこの領域の知識はあっても、その意味する本当のところをいまいち実感できていない。
そもそも、世界滅ぼすような力に一体どんな意味があるのかってことになるんだけど、できるとやってみたくなるのがボクだ。
1つの素粒子にコードできる情報はたった1つだけ。
インフラトロンなら量子トンネル効果による広がりの速度。
クローノンなら時間変化閾値。
あらゆるものの表面上での存在の有無。
だから、速度と慣性質量を同時に持とうとする量子テレポート。
時間を正確に規定できれば、エネルギーの跳躍、量子トンネル効果。
可能性を否定すれば、エントロピーと矛盾しないためのゼノンの矢。
それなのに、分子レベルまでくればたくさんの情報を持つ。
それが生命、動物、人間と変化すれば、さらに多様性に満ちた多くの情報を持つ。
集まればより強固に複雑な構成を取れる。
コンフリクトの解消も複雑化して面倒だけど、そういう本質があると理解できれば十分。
――あとはその繋がりをできなくしてしまえばいい――
宇宙の終焉の一つ。
「さあ、せっかくだから見て逝ってよ。永劫回帰のその向こう。原初から悠久まで、ボクが旅した永遠の彼方へ。」
そうすれば複雑系の集大成とも言える心は消える。
物理的にも壮絶な力だけど、それ以上に素粒子レベルで自己以外との相互作用ができなくなる方が、よっぽど知性にとっては悪影響。
天上天下唯我独尊と仰った覚者でさえ、天上天下があって初めて成り立つ。
立つべき世界はおろか、有無想うことさえ意味がなくなる。
インフレーションの広がる速度を加速し、素粒子間の距離を無限速で遠ざける。
ちょうどゴム風船に描いた絵が空気を入れて伸び始めると形を変えるように、破裂すると花びらのように散ってしまうように、その絵はバラバラになって元の形という情報を失う。
園子がなりふり構わず突っ込んでくる。
どんな速度で突っ込んできたんだよって感じだけど、さすがに0秒思考はできても0秒行動はできないのが人間の到達点。
「早く速く疾く。何よりも早く手を伸ばせ。全てを最果ての彼方へ。
私の鼻先にまで迫っていたはずの槍の穂先が見えなくなる。事象の地平線の彼方まで、高天原の空間すべてが飲み込まれていく。
……はずだった。
「何の真似? そんな盾では秒も持たないよ?」
瞬時に視界から消えた園子に代わって、盾を構えた防人たちがボクと芽吹の間に割って入る。
「そ、そんなの分かってるよ。い、今だって逃げ出したい。でも、でも、でも……。」
なんだこのカッコ悪い生き物は?
確か加賀城雀、だったかな。
なんでこんな奴が逃げずに園子やアルの前に出てくる?
となりで一緒に盾を構えている12人も、いくら盾を持っているからって、そんなもの風に吹かれる綿毛ほどの障害にもならないと分かるだろうに。
「加賀城さん、貴方は間違ってないよ。」
「私達っていっつも亀みたいに引きこもってるだけだってけどさ。」
私は知っている。
こんなことが昔にもどこかであったはずだ。
あったはずだし、知っている。
それでもあの時と違って、何かがつっかえた様に心が動かない。
「どきなさい。雀! こんな攻撃くらいかわして見せるわ。」
「そうしたいけどさ、メブ。さっきので沙耶から貰ってた力使い切って、足、痛めてるでしょ。」
そう、さっきの5000メートル上空からのダイビングアタックの代償は決して小さくない。
もう一人の私がいれば、飛翔ユニットをへエネルギー供給できただろうけど、もう、防人とボクの間のつながりはない。
さっきまで戦えていたような動きはできない。
時間加速も飛翔ユニットも種子弾頭もない。
それなのに……
「アル、キミまで何をしているんだ? どうして弥勒さんを連れて逃げないの?」
「お嬢様は、そして私も、ここで終わりなど望まない。だから私も全力で応えたい。」
「そう、それがキミの出した答えか。だったら残念だけど、ここでお別れだ。」
加速が一層増していく。
盾で守り切れなかった船がひしゃげていく。
「そんな、亜耶ちゃん! くそ、こんな時に私は動けないのか。」
走り出す事も出来ずに、芽吹が拳を船体に打ち付ける。
「きゃああ。」
「すまない。」
防人たちが1人、また1人と魚のうろこ落としのように剥がれていく。
行く先は半分は素粒子にもなれず熱エネルギーにまで分解され、残り半分も事象の地平線へ落ちていく運命。
「ここまでか……。雀様、こちらもお使いください。」
アルがどこからかもう一枚の盾を取り出す。
あれは天石盾か。
昔に私が友奈の生まれてくる大地をあらゆる破壊から守り、実り豊かのものとするために剣神に託した物。
生身の人間に使えるものではないはずだけど。
「え、何、どうすれば良いの?」
「私とともに皆をお守りください。」
「何だか分からないけど分かった。って、すご! なにこれ。」
確かにあれなら何とでもなるだろう。
1回は、という条件付きになるけど。
「メブ。」
「なによ、やっぱりやればできるじゃない。」
そういう芽吹の顔は、こんな時だというのに自分のことのように微笑んでいる。
「えへへ、これも芽吹が私のこと見捨てないで、ずっと守ってくれたおかげかな。」
バカな子。
そんなに震えながら、ボクの前に立たれてもなんにもならないよ。
「いっつも、芽吹がみんなのこと守ってくれて、私のことも同じように守ってくれて。だから、今は私に……。」
とうとう伸張速度が無限速を越え、ありとあらゆるものがお互いを見失う。
ただ1つ。
主を失った白い盾の後ろを除いて。
あれは心の象徴。
けがれなき心であればどんな破壊からも癒せる。
でも、そんな人間はここにはいない。
半壊したグレイグーが鎮魂歌のようにうなりをあげる。
「雀……なんで?」
呆然とした芽吹の呟き。
ショックだったんだろうか。
まさか本当に人が死ぬようなことは無いとでも思っていたのだろうか?
だったら、答えてあげないとね。
「あの盾は天石盾。持ち主がかけがえのない想いを持って立つなら、どんな破壊も防げるように作ったからね。ただし、1点でも曇りあれば今みたいに持ち主が耐えきれないこともある。」
根本的に矛盾がある。
1点の曇りのない心なんて持っていれば、勇者に選ばれていただろう。
防人としてここにいたとはそういうことだ。
「ボーっとしてるんじゃねぇ! 楠!!」
雷鳴のような、慟哭のような、怒りに満ちた叫び。
稲妻となった剣閃が私に伸びる。
パリン、と乾いた硬い音が3つ。
一つは2つに分かたれたの彼女が振るった剣が砕けた音。
一つは彼女を庇った同じ顔の少女の戦衣が壊れた音。
最後の1つは戦衣ごと弱いほうの彼女の肋骨が全損した音だ。
「しずく!?」
即死だ。
本来、自分を守るために作られた者を守ったのだ。
砕けた骨が、肺に、気管に、そして心臓に突き刺さっている。
その瞳はすでに光を映さず、その耳はあらゆる音を心に響かせず、その体はただ冷たくなっていく。
それなのに、自分と同じ顔、自分と同じ時間、自分と同じ名前のもう一人を呼び続けている。
「しずく、おい、起きろって! がはっ!?」
「ちょっとうるさいよ。せめて静かに
サマーソルトを綺麗に決めて、つま先に引っかけた顎を降りぬく。
壊れた艦橋にシュートが決まる。
あ、壊れた船の中に堕ちた。
「ふざけるな!」
いつの間に近づいていたのか、片足を引きずった芽吹が私を銃剣で突き刺す。
もちろん、さっきと同じように銃剣の方が壊れてしまうけど、気づいていないのか、何度も斬り続ける。
「無様、貴方達みたいな不良品をそのままボクと友奈のおとぎ話に参加させたくないから、アルを張り付かせていたのに、それでもこの程度にしかならないなんて。 ねぇ、弥勒さん。」
器用に芽吹を避けて飛んできた銃弾を全て時間反転で持ち主に跳ね返す。
「くっ、アルフレッドに何をさせるつもりだったんですの!」
猪突猛進なのは性格だけなのか、自分の撃った弾が反射されてきたのに、躊躇せずかわしている。
「アルには人間というものを理解してほしかったんだよ。ボクの代わりをしてもらう時に、こんなはずじゃなかった、ってなっちゃうからね。人の織りなす悲しみを肴にできる程度には。」
でないと、神様なんてやってたら、どこかで世界なんて滅んでしまえーってなっちゃう。
「何を訳の分からないことを。だいたいアルフレッドはそんな人間ではありませんわ。」
「そうかな? 破壊、侮蔑、優越、嗜虐、略奪、讒謗、
他者に与える苦痛が生み出す悦楽の海。
それを得るためにあらゆる手段を考え、実践し、積み重ねる人々。
そうしなければ進歩を歩めない人間。」
神世紀は300年前から変わらない。
そんな人々を癒すことをよろこびとする人も。
「ボクが認め祝福を与えよう。キミ達は貶め辱めることを快い。
すべての生命はそのように創ったのだから。」
ボクの前の神様がね。
だからこそ、その上を越えて、もっと楽しいことを見つけて欲しい。
その時こそ、私は歌野達に勝手に宣言した約束を守れる。
「でしたら、わたくしがそのような名誉よりも、
今が屈辱でも最後に良かったと思える主君であり続けて見せますわ。
アルフレッドは主人はわたくしです。」
言うが速いが発砲する弥勒さんが、芽吹に駆け寄る。
残った銃剣隊の生き残りが散発的に攻撃してくる。
とても組織的な動きではないけど、弥勒さんが私の懐まで飛び込むくらいの時間は稼げたみたいだ。
と、思ったら、
「芽吹さん、失礼。」
機械的に剣を振るい続ける芽吹さんに無針注射器を押し当てる。
急に力を失い崩れる芽吹さんを抱えて、弥勒さんが一気に艦橋に跳び上がる。
「ん、それは正しいけど、芽吹がキミを許さないんじゃない?
アルもキミに失望するだろうなあ。」
「だとしても、ここで芽吹さんを失わけにはいきませんわ。
いえ、たとえどれだけ失おうとも、わたくしたちは生きます。」
船の輝きが最高潮となり、一瞬でその巨体が描き消える。
なるほど、ここで戦うよりももう一人の私とアルが残した時間遡行の道を走るか。
「それなら見届けると良い。それでも人には救う価値があると思うなら、
あの時の無力な私を倒してみるがいい。それが貴方達の本当の
おしまいの日になる。」
クルリと踵を返す。
「そう思わない? 乃木園子さん。」
私のほかに残ったのはただ一人、今、33回目の満開を繰り出した。神に最も近い少女。
「私もね、この世界なんてって、ずっと思ってた。でもまだここには私が守りたいものがある。もうそれが何だったかなんて思い出せなくなっちゃったけど、それでも、もう何も諦めない。」
最後に
さすがにこれ以上の満開は人間のとしての機能を失わせるだろう。
「ええ、知ってる。貴方は今まで一度も諦めなかったもの。三ノ輪銀の人物評価は正しかったよ。貴方は失ったものではなく、これから得るものを数えるからね。」
だから、貴方が良かったというその時まで。
私は追わなかった。
追いたくなかった。
防人たちなんて取るに足らない存在よりも、園子さんと戦ってみたかったから。
結果は変わらない。
私の想いを変えられるような大業を彼女たちはできない。
それなのに……。
――あの子が、あの時の、あの場所で、間違ってると言った気がした。――
次話からは西暦編にもどります。
園子さま戦続きは次の神世紀冒頭予定です。