松永沙耶は神である   作:スナックザップ

52 / 88
一番最初に書こうと思った時は、この話からが第一話だったり。

そして、この時系列だとあの子たちが……。
大満開の章みたいに出番がなくなってしまう。
時系列変更しようとすると、かなり前から改稿が必要になってしまうんですよね。


第5部
西暦2019年5月12日


勇者は魔王を探します。

 

 

山の向こう、海の向こう、そして空の向こうまで。

 

 

会えたこともありました。

 

 

すれ違ったこともありました。

 

 

一緒にいると言えたこともありました。

 

 

それでも、魔王はいなくなります。

 

 

 

私がいるとみんなが怖がるから。

 

 

 

勇者はまだまだ諦めません。

 

 

 

だって、勇者だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い、何も見えない。

息が苦しい。

 

深い深い水底のよう。

 

 

ただ、流れる血だけが痛みをくれる。

 

 

(待って、お願い、待って……行っちゃイヤ。)

 

誰に呼びかけるのかもわからないまま、暗闇に手を伸ばす。

 

その手には何もつかめず、その手の先には何も見えず、その手は闇だけを払い透かす。

 

 

「待って!!」

「わっ!?」

 

ガチャンと何か硬いものが床に落ちる。

いっしょに散らばったのは水だった。

 

そう、水がこぼれてる。

 

その水に浮かんでいるのは夏の空のような髪の女の子。

 

私が左手に掴んでいた毛布らしきものを降ろすと、水面に移る姿は右手に掴んでいた同じ柄の毛布を降ろす。

 

これ? 私? 私の髪って青く見えたっけ?

 

「大丈夫? どこも痛くない? 」

 

隣から不意に声を駆けられる。

 

高校生くらいの女の子。

私より……あれ?

 

「私、何歳だっけ……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ。長い間眠っていたからゆっくりね。」

「ありがとうございます。」

 

受け取ったカップから少し柔らかい香り。

一口つけてみると、気持ちが静かになる。

 

「どうかな、落ち着いた?」

「はい、ありがとうございます。」

 

彼女は横手茉莉さん。

 

怪我をして道に倒れていた私を介抱してくれたらしい。

らしい、というのは私の記憶があいまいだからだ。

 

そう例えば…。

 

「あの、横手さん。この飲み物の名前は?」

「それは紅茶だね。ティーバッグのインスタントだけど。」

 

紅茶……。

 

また、知らない単語だ。

 

「それで、やっぱり名前とかも思い出せない。自分の名前が思い出せないなら、何でも良いんだけど、年齢とか、聞き覚えがある人とか場所とか。」

 

茉莉さんが優しく尋ねてくれるけれど、私は首を横に振る事しかできなかった。

 

「そっか、ボクも近所の人に確認してみたけど、みんな、貴方のことわからなかった。」

 

誰も私のことを知らない。

 

私は一体どこの誰なんだろう。

 

「大丈夫だよ。今はこんな状況だから行方不明の人とかのたくさんいて、みんなが大変なんだ。落ち着けば貴方のことも知ってる人がいるよ。」

「こんな状況?」

「あ、そっか、バーテックスのことも覚えてないんだよね。」

 

バーテックス……。

 

何だろう、すごくドキドキする。

どこかで聞いたことがあったはず。

 

その後、茉莉さんが教えてくれた今の私達の立場はひどい状態だった。

 

4年くらい前に突然現れた白いお化け。

天の神の創り出したという人類を粛清するための敵。

 

そして、とうとう勇者様達にも犠牲が出ていること。

 

 

「そんなことが……。」

「あ、ごめんね。怖がらせちゃって。でも、大丈夫、ゆう…勇者様たちは本当に強いんだから。きっと守ってくれるよ。」

 

私が怯えているよう見えたのか、茉莉さんが励ましてくれる。

でも、茉莉さんは勇者様達が戦っている状況を良く思ってないみたい。

話している時、自分が傷ついているみたいに苦しそうだった。

 

「さ、それじゃ、食事に出かけようか。一応貴方のことは大赦の人も認知しているから、心配しなくていいよ。このカード貴方の身分証明書代わりになってくれる。」

 

そう言いながら、茉莉さんは一枚の掌くらいの四角形の渡してくれる。

これがカードなんだ。

 

「ありがとうござ、わぁっ!?」

 

茉莉さんから渡されたカードがパチッと放電して私の指から弾かれてしまう。

 

「大丈夫? おかしいね。私が触っている時は何ともなかったのに……。」

 

そう言いながら、茉莉さんが落ちたカードを拾い上げる。

 

もちろんさっきみたいなことは起きない。

 

「どうしよう。これがないとお金が必要なんだけど、そんなに持ってないよね。」

「お金?」

「そっか、お金のことも覚えてないんだね。うーんとね、一万円札はちょっと無いけど、こっちが千円札、こっちが100円玉、10円玉、1円玉、それから、あった500円玉と5円玉。」

 

茉莉さんが口がきちんと閉じる小さめの袋みたいなものから、いくつかのお金を見せてくれる。

 

「こ、こんなにたくさんあるんですね。」

「うん、数字はわかるかな? 大きいほうが大切なんだよ。」

「はい、数は大丈夫です。読めます。」

「そっか、でもどうしようかな本人以外が提示しても受け付けてくれるかな?」

「すみません。なんか色々と……。」

「ううん、気にしないで、もしかしたらすっごく特殊な体質なのかも。このカードって神樹様の力がほんの少しだけ混ざってるから、悪いことに使えないようになってるんだよ。」

「そうなんですね。」

 

もう一度恐る恐る触ってみる。

 

(怖くないよ。ほら、大丈夫、大丈夫。)

 

話しかけるように触ってみると、今度は何ともなかった。

 

「それじゃ出かけようか。」

 

茉莉さんに手を引かれながら、私はその場所から1歩踏み出すことができたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、すっごく並んでる。」

 

まだ、お昼時じゃないと思っていたんだけど、私達の前には既に列ができている。

 

「仕方ないよ。今は食料の配給制度じゃなくて、食事の提供に切り替わってるから。」

 

そう言いながら、茉莉さんが最後尾につく。

 

「どうして配給じゃないんですか?」

「昔、避難民同士でちょっと暴動みたいになりかけたことがあってね。さっきの紅茶とか、ちょっとしたものなら配給されるんだけど、まるごと食料品とかは……。」

「ああ。」

 

みんな自分の家族や持ち物、あのお金とかいうものも失くしちゃったから。

 

「自分が持っている物がなくなったから、人から取り上げようとした?」

「そう……だね。悲しいことだけど。」

 

 

――地上の幸福は一定で分かち合うには少なすぎる――

 

 

あれ? 今なんか……。

 

「あ、私達の番だよ。」

「あ、はい。」

 

受け取ったお皿はさっきの紅茶のカップの下みたいに、丸くなくて、何だかでこぼこの穴に何かペタっとしたものが詰め込まれていた。

 

紅茶も知らなかった私が言うのもなんだけど、これ絶対においしくないやつだ。

 

場所もどこもいっぱいで立って食べるしかないみたい。

何とかカウンターみたいなところに食べ物を置いて、食べ始める。

 

「あんまり時間を取れないと思うから、早く食べよう。」

 

そう言う茉莉さんは食が細いのか、それほど早く食べられない。

対して、私はお腹が減っていたせいなのか、あっという間に食べてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、記憶が……。」

 

たぶん40手前くらいの細身のカッコいい系のおじさんが唸る。

 

この人は茉莉さんが四国に来るときに一緒に逃げてきたお医者さんで、私のことも手当てしてくれた。

 

「先生、何か方法ないですか?」

「私は内科ですからね。できても外科の簡単な処置になりますね。こころの問題は専門家に任せるべきだと思いますよ。」

 

理由は分からないけれど、ルリちゃんのお母さんもお医者さんも茉莉さんに丁寧に接しているように思う。

もちろん、私に対しても親切なんだけど、そういう子供に対するあたり前の優しさみたいなのじゃなくて、心から茉莉さんに感謝しているような感じ。

 

「大赦からも人が派遣されて事情聴取とかされるはずだよ。ただ、大赦も慢性的な人手不足だから、1ヶ月は先になるだろうね。

その間私もできる限り様子を見に来るよ。何か思い出したり、逆に思い出せずに困ったりしたら、相談してくれて良いから。

ただ、無理に思い出そうとしたり、逆に思い出すことを避けたりすると、精神のバランスが崩れやすくなるから、あまり気にせずいつも通りの生活を自然に送ることがいいだろう。」

 

お医者さんは私に向き直って、当面の方針について説明してくれた。

 

1ヵ月、その間は茉莉さんのところでご厄介になるしかないんだろうか。

 

「気にしないで、ずっといてくれたって良いんだよ。」

 

握りしめていた拳を茉莉さんが優しく包んでくれる。

おかしくない光景のはずなのに、何故だかお医者さんは目を反らしてなんとも言えない表情だ。

 

「横手さんがそう言うのでしたらお任せします。万が一の時もその方が安全でしょう。」

 

お医者様もそれでいいみたいだ。

やっぱり、普通の子供と違って信頼されているみたいだ。

 

「ただ、キミの名前は必要だろうね。いろいろな申請をする時でも、ただあくまで仮の名前だから、あまり凝ったものにしない方が良い。そっちが定着してしまうと後で混乱するからね。」

 

 

名前、名前、名前、

 

たくさんある同じものの中から、特別に区別するための代名詞。

 

脳に稲妻のように閃く。

 

手を伸ばしてくれた誰か。

 

覚えてない。だけど知っている。

 

 

その名前は……。

 

 

 

「結城友奈」

 

 

 

私のつぶやきを聞いた時の茉莉さんの表情を私は忘れない。

 

嬉しそうな、悲しそうな、何かを堪えるような、

怒っているような、笑っているような、悔しそうな、

大切なような、聞きたくなかったような、思い出しているような、

 

記憶喪失の私でなくてもうまく表現できなかっただろう不思議な感情。

 

 

そして、茉莉さんほどでなくても、お医者さんも驚いたような表情をしながら、茉莉さんに尋ねる。

 

「横手さん、高嶋さんのことは?」

「話していません。どうして……。」

 

高嶋さん?

 

誰だろう?

 

全然知らない人の名前。

 

今の茉莉さん達の複雑な表情と関係あるんだろうか?

 

「えっと、この名前って良くないんですか?」

 

2人が沈黙する。

 

1秒、10秒、30秒は過ぎなかったと思う。

 

 

「ううん、素敵な名前だね。」

 

 

ただ、一言、茉莉さんがそう言ってくれた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。