ここはどこだろう?
何だかボンヤリした光だけが見える。
少しずつ目が慣れてくると、光は人影になる。
私の良く知っている。
彼女の姿。
「芽吹先輩、どうか生きてください。大丈夫です。私は嬉しいんです。今まで皆さんを応援することしかできませんでしたら。」
「待って……亜耶ちゃん!」
光は顕れた時と同じように、ボンヤリと幽かに明滅しながら、消えていく。
「お願い、亜耶ちゃん。」
「メブは本当に前しか見えてないなー。」
「私達もいる……。」
確かに振り返る先には"いつもの通り"2人もいる。
だから、きっとこれはいつもの夢なのだ。
「なんだ。分かってるじゃん。」
「ん、だったら、楠はまだ大丈夫。」
「待って、大丈夫とかそう言う話では……。」
結局はいつも通り夢はここまで。
自覚すれば目覚めはすぐだ。
「おっはよーございまーす。本日は西暦2019年5月12日。ついにやってきました西暦時代! 何かあれば、グレイグー級5番艦ドレクスラーの万能分け御霊AIとなったサヤちゃんにお任せを。」
能天気というよりカラ元気なスピーカーからの音声とは場違いに、食堂に集まった者達の顔は暗い。
この数週間ずっとこの調子だ。
当然だ。
亜耶ちゃんを助けると言って天の神に挑んだ。
勝てないまでも、亜耶ちゃん達を助けて逃げるチャンスはあったのに、それを活かせなかった。
天の神にも届いて、それまでもたくさんの戦いを乗り越えて来て、どこかで勘違いしていた。
どれも神樹様や沙耶がいなければ、無かったのに自分の努力の結果だって。
大赦の大人たちが何もせずに諦めていると、仲間たちと力を合わせればどんな困難な戦いも乗り越えていけると、必ず亜耶ちゃん達を助けられると。
とんだ勘違いだ。
誰だって、こんな状況を甘んじて受け入れているわけがなかったんだ。
勇者だって、大赦だって、私達だって、天の神という大きな力から大切なものを守ろうと必死だった。
それなのに、私は自分たちだけが努力していたように思って、何も見えてなかった。
他のみんなはともかくリーダーである自分だけは、冷静に敵との戦力を見極めてみんなを生かして返すことだけを考えなければならなかったのに。
亜耶ちゃん達がいた船を攻撃されて、沙耶が消えて、怒り任せに攻撃して、その挙句に雀やしずく達を、仲間をたくさん失うなんて、隊長失格だ。
亜耶ちゃん達がどうなったかも確認せずに、怒りに身を任せて戦うなんて。
「こちらの席は空いていますか? 芽吹さん。」
声は1つ、影は2つ。
あまりにもいつも通りの弥勒さんと、感情表現を覚え始めたばかりの執事アルフレッド。
「弥勒さんは……いえ、なんでもないです。」
「わたくしのことを怒らないのですか? 勝手に撤退を指示して仲間たちの犠牲を無駄にしたと。」
そうか、弥勒さんはそんな風に考えていたのか。
でも、あの時そうしなければ、本当に全滅していただろう。
それが事実だ。
「ここもずいぶん淋しくなりましたわね。」
「半数以下となりましたからね。」
もう防人も10人といない。
「さて、芽吹さんの体調も戻ったようですし、参りましょうか。」
「承知しました。お嬢様。」
何を言っているのだ? この主従は。
「弥勒さん、どこへ行くつもりですか。」
「そんなの決まってますわ。さっきの放送お聞きでしたでしょう。沙耶もどきのAIのところですわ。いい加減次の行動を決めませんと。」
行動を決める……。
「次……なんてあるんですか?」
「そんなの分かりませんわ。でも、わたくし達はいつも次がどうなるか知らされないまま戦ってきたではありませんか?」
次が分からないか……。
確かにそうだ。
勇者の選出基準も、防人の任務の終了も、奉火祭も、私達の行動と関係ないところで決まってきた。
だったら、今度も何も変わらないということか。
「でも、私は仲間を守れなかった。いえ、それどころか危険だと分かっていたのに、勝手に自惚れてみんなとなら何とかなるって。」
弥勒さんとアルフレッドが顔を見合わせた後、こそこそとな声を潜めている。
「やっぱり、すぐには無理ではありませんか?」
「しかし、お嬢様。もう天の神は実体化しています。量子化しておらず、かつ、記憶を失っているこの時代のこの瞬間以外に機会はないかと。」
「でも、肝心の芽吹さんがこれでは。」
「それは、そうなのですが……。」
内緒話なのかわざと聞かせているのか分からないが、何か考えがあるみたいだ。
「わかりました。まずは艦橋に言って、あのうるさいAIを少し大人しくさせましょう。」
どうせ、そんなことくらいしかできないのだから。
「いや、本当に来ないかと思って、そろそろプランCに移行しようとしてたよ。」
仁王立ちで私達を向かえる立体映像。
「ええ、お待たせいましたわね。主役は遅れてくるものです。たっぷり活躍して差し上げますわ。さ、芽吹さん。」
弥勒さんに促されて一歩前にでる。
「弥勒さん達は良いですか?」
「ええ、わたくしたちは一足お先に伺っております。」
「良くお考え下さい。楠様。」
弥勒さんとアルフレッドが退出する。
1人で目の前の沙耶そっくりの立体映像に向き合う。
こうして直に確認するのは初めてだけど、後ろが透けていること以外は、生前とまったく同じに見える。
「とりあえず、椅子にどうぞ。」
AIの言葉とともにどこから現れたのか、床や壁と同じ暗めのブルーをした椅子が浮き上がる。
「普通に座れますよ。物体ではなく超音波振動で一定空間を圧力に抗性を持たせているだけだよ。」
私の疑問に答えるかのように告げる。
確かに触った感じは大丈夫そうだ。
ひとまずそこにかける。
どういう仕組みか
「他のみんなにはもう聞いているから芽吹が最後。単刀直入に聞くね。」
そこで、AIが一区切り。
「もう一度亜耶ちゃん達に会うために世界の敵となる気はある?」
「亜耶ちゃん達? 何を言っているの? みんなはもう……。」
「でも、それは未来のことだよ。今は2019年5月12日。ここからなら未来はいくらでも変えられる。」
思わず正気と聞きたくなってしまう。
けど、きっと正しいんだろう。
そもそも時間移動までしておいて今更なことなのかもしれない。
でも、それなら。
「未来を変えられるなら、やることは決まってる。あの時に戻って天の神にダメージを与えたら、すぐに亜耶ちゃん達を助けて逃げればいい。」
わざわざこんなに過去まで戻ることは無い。
「その後は?」
「後ってどういう意味?」
AIはすぐに答えず、1枚の立体映像を取り出す。
大きな樹の図だ。
ところどころ虫食いになっていて、何かの数値が変動し続けている。
「神樹様の寿命はあの後1年続かない。つまり、このまま未来に帰っても先が無い。と大赦は思っている。」
「なんですって!? それじゃ例え奉火祭が成功していても、人類が生き延びる手段がないじゃない!」
神樹様の寿命が尽きれば、その加護も失われる。
エネルギー、食料、工業の原材料。
すべて神樹様の恵みがあってこそ、四国という閉じられた世界は保たれてきた。
西暦の時代の日本はエネルギーや原材料どころか、食料さえも外国からの輸入に頼っていた。
いえ、日本だけでなく世界中であらゆるものが足りないから、お金を使ってやり取りをして、それでも足りていなかったと聞いた。
「あと、大赦でも神樹様からの神託を直接受け取れるごく一部の人間しか知らない真実がある。」
「なによ。真実って、さっきより重要な真実があるって言うの?」
「みんな、同じ反応するなあ。でも、あるんだよ。それが天の神の本当の目的。そして、天の神は私達だけでなく、この時代の神樹様に対しても時間遡行も含めたすべての情報を流している。」
「それって……?」
さすがに最後の情報は聞き捨てならない。
それが本当なら……。
「最初から防人の任務が失敗することは分かっていたって言うの? ふざけるな! 人を、みんなが命がけで戦ってきたことを何だと。」
私が詰め寄ると思わず仰け反るよう後ろに下がる。
もちろん映像だけなんだから、そんな必要はないはずだけど、そういうポーズなんだろう。
「待って待って、沸点早いよ。まだこの時代の話もしてないのに。」
これ以上何を知ろうと大社いえ大赦の評価は変わらない。
彼らは世界を守るけど、そこに住む人たちのことを考えていない。
いえ、考える余裕を明らかに失っている。
「ふぅ、やっぱり肉体があったころに伝えなくて良かった。芽吹、最初に言ったことを覚えてる? 亜耶ちゃん達を取り戻す気があるかって話。」
そうだ。今の話だけだと最初の話につながらない。
「話を続けるね。だからこの西暦時代の大赦も人類が敗北して、奉火祭をするしかないことも知っている。だから、彼らは最初のループの時代と違って、最初から"大社"ではなく"大赦"なんだよ。天の神と犠牲になる巫女たちに赦しを願って。」
何を言えばよいのだろう。
私はこの時代の"若葉"達のことは知らない。
私や夏凜とよく鍛錬に……。
「なに!? これは……。」
「記憶だよ。西暦時代の勇者と一緒に過ごした時のね。」
確かに知っている。
はるか昔の初めの勇者たちのことを。
私は知っている。
でも、そんなことはあり得ない。
300年も前の人たちと一緒に過ごした年月なんて、存在しないはずの記憶。
「それは神樹様、そしてもう1柱の中立の神が貴方達と対話するために用意した世界の話。そして、アイツ、天の神はそれで閃いた。」
ちょっと、情報の整理がしたい。
まるで私達は以前にも時間を越えて出会ったみたいだ。
「今、思ったことが正解だよ。みんなあの場所で一緒に過ごしたんだ。だから覚えている。」
だったら、今やるべきことは決まっている。
「若葉達を助ける。向こうは私達のことを覚えてないでしょうけど、それでも放っておけない。」
「まあ、だいたいみんな同じ答えだったよ。分かっていると思うけど、ここで天の神を倒しても、あの瞬間に戻って雀ちゃんとしずくちゃんがアイツに攻撃される前に戻って再戦する。そのことは忘れないで。」
言いたいことは分かる。
「でも、それだけで勝てるの?」
「それだけじゃないよ。私達にはまだ最後の切り札。神人計画があるからね。あの時は時間なかったけど、時間遡行中に準備はできてる。」
神人?
また新しい情報。
「そんな計画初めて聞くわよ。」
「前回は時間がなくて間に合わなかったからね。ほいっと。」
艦橋の大きめの机の上に形こそ人型なのに、半分金属半分樹皮のような異形なものが映し出される。
「私の細胞を神樹様の種子の苗床にして作った天神地祇のエネルギーを産生・供給できる生体機械。この船は特別に外部情報からの干渉を遮断してコヒーレンス時間の制限が無いけど、この船から離れて活動するときはこれに憑依して貰わなくちゃいけないからね。」
そこまでは分からないこともない。
だけど、こう言っていたはずだ。
「それがどうして世界の敵につながるの?」
そこが分からない。
「アイツが直接四国に攻撃するのは、1度だけ壁が壊された時だけ。あれは四国を守ると同時に天の神の占領地に攻撃しないという意味でもあったから。それが破られればアイツも自ら出て来て焔やバーテックスの量を調整しないと、結城さんが生まれる前に四国が無くなっちゃう。」
さすがに困った。
天の神を倒すためにはそもそもおびき出さないといけない。
相手はバーテックスを無尽蔵に送り込めるから、普通は出てこない。
でも、友奈が危険と分かれば出てくるわけか。
「大赦は良く今まで友奈を放っておいたわね。」
「そんなことしたら、どうなるか分かってたんじゃない。神樹様の神託とか、過去の世界でやらかした時の記録とか。」
となると、最後にもう1つだけ確認しないといけないことがある。
「若葉達が戦って負けることが分かっていたのに、どうして大赦は戦わせ続けたの?」
「高嶋友奈が神樹様に吸収されて、友奈因子を持った子供が生まれ続けないと結城さんが生まれないからだよ。」
怒りを通り越して呆れてしまう。
大社いえ大赦は、自分たちにとって唯一の希望を犠牲にすることを容認するほど敗けること前提なのか。
「一応言っておくと、大赦もいろいろ動いたんだよ。さっきの神人計画だって元は未来の大赦が私の細胞と神樹様の力を融合させる研究を進めていたから思いついたことだし、この時代の大赦は勝利を目指し続けた。何千億回なんてものじゃない回数挑み続けた。でも、惜しかったことすら1度も無かったんだ。それだけは分かってあげてね。」
真実だろう。
でなければ、戦いの最中に相手に媚びるような組織名にしたりはしない。
「ただアイツにも誤算はあった。結城さんだけをポイっと時空から切り離しても、300年間絶えず途切れず繋がれ続けた友奈因子がないと、結城友奈は存在しえない。アイツがこんな繰り返しを続けている唯一の理由。だからこの300年間はアイツにも制限がある。今記憶を失った自分を放置しているように。」
なるほど世界の敵ってそういう意味か。
「つまり、壁を壊しこの世界を危険にさらして、記憶を失って無力な子供を殺そうというのね。」
「そうだよ。そうしてでも亜耶ちゃん達を助ける気がある?」
なるほど、それは確かに世界の敵と呼ばれてもおかしくないな。
「でも、その子供はいずれ記憶を取り戻し、それこそ世界を滅ぼす。私達の大切な仲間もたくさん失われる。」
「そうだね。」
そうか、時々沙耶が見せていたもどかしそうな表情はこれか。
――直接亜耶ちゃん達を助けるのではなく、最初からこの時代の記憶を失った天の神を暗殺する方が遥かに易しい。――
確かにアルフレッドがいて、この船も複数所在が分かっていたなら、それも可能だった。
でも、それはたくさんの人を危険に晒す。
壁が壊れた瞬間に侵入するバーテックスによってたくさんの人が死ぬ。
いずれ天の神となるかも知れない沙耶のオリジナルも何も知らないまま殺すのだろう。
「芽吹、貴方以外の防人の答えを知りたい?」
みんなの答え。
シズク、弥勒さん、生き残った銃剣隊のみんなには確認したのだろう。
「いいえ、みんなの答えは聞かなくても分かっているわ。」
そう、私達が防人になった時から決めていた答えは……。
「犠牲はゼロにする。だからあなたのその提案は断る。」
少しの間時間が流れる。
はーっと、立体映像なのに本当に聞こえてきそうなため息。
「今回も1人も説得できなかったかー。うん、良いかな。それなら良いか。」
何だか1人で納得している。
「待ちなさい。何も良くないわ。これから……。」
「大丈夫、方法はもう1つあるから。」
声が……でない?
「安心して、声が出ないのはコヒーレンス現象が収束して、みんなが未来に還るからだよ。私以外はね。」
何なの、それで一体何が。
「亜耶ちゃん達を助けるもう一つ確実な方法。人は希望があると危険を承知でも行動してしまう。なら、私という天の神に対抗し得る希望を防人隊には無かったことにすれば良い。」
それは、その方法を取れば……。
「みんなと過ごした日々がきれいさっぱり消えてしまうのは惜しいけど、そんなのへーきへっちゃら。だってここで私が天の神を倒して、未来に戻ってからまた出会えば良いんだから、
最後の真実。
今のサヤは記憶を失った本来の天の神より、うまく神の力を振るうだろう。
これは推測だけど、記憶を失った天の神はまた誰かと過ごして、その人たちを助けたいと時間を遡るんじゃないだろうか。
そうして松永沙耶は、天の神となった自分を永遠に殺し続ける。
以前に戦った天の神が言っていた。
1つ可能性を減らすことができたと。
そうやって全ての可能性が消えた最後に残る沙耶が選択した時に……。
「あーあ、ひとりになっっちゃった。ま、当然か。」
生きるもの1人いない船の中。
機械音声のつぶやきだけが響く。
「それじゃ、はじめよう。トランスフォーメーション。強攻モード。」
音声など必要ないはずなのに、込められた音の分だけ震えた船が大きく姿を変える。
捻じれ、よじれ、軋みは悲鳴のように。
とても機械の動作とは思えないような歪んだ変化を追えて、船は巨人として立つ。
「さあ、天の神としての力の使い方。今なら私の方が上だ。」
機械の巨人が振り被った拳の一撃が、樹皮の壁を壊す。
「さあ、来い。もう1人の私よ。この世界すべてを犠牲にしてでも、私がお前を倒す。」
乃木若葉は勇者であるを読んだ時からの疑問だったんですよね。
西暦の時代に何故天の神は和睦を認めたのか。
こんなに都合の良い敵って、結構珍しい気がして、何かないかと考えてみたのですが、結局こんな話になっちゃいました。
クリスマスに何でこの話にしてしまったのか。
とりあえずケーキ食べてきます。
ゆゆゆいCS版予約しました。天の神まわりは補完されないと思うけど、大丈夫かな。設定すり合わせ難しいかも。