松永沙耶は神である   作:スナックザップ

58 / 88
私はすべてを失った I have lost all

そして、魔王はとうとうわかりました。

 

自分がビクビクしてちゃダメだ。

 

 

――私がみんなをビクビクさせないと、勇者さんは私を諦めない。――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

最初に思ったのはなんで無事なのかって言うこと。

あの時大量のドローンやバーテックスと一緒に特異点に飲み込まれたことは覚えてる。

 

特異点なんて通り抜ける時に素粒子に分解されて、事象の地平線から出てこれなくなると思ってたんだけど、どうも違ったみたい。

 

「これは……」

 

辺り一面を花が舞う。

 

夏にしては日差しが少しだけ弱いと思うけど、この花が咲き誇る季節ではなかったように思う。

 

「水仙か、これだけ咲いてるなら観光とかあるのかな……。」

 

冬の花が夏にも咲いてるなんて場所なら有名だと思うんだけど、ちょっと思い出せない。

 

辺りを見回しても人の気配はない。

 

とにかく少し歩いてみよう。

少し南の方から潮風も吹いているから、海の近くだと思う。

それに今いるところは周りより低いみたいだから、海沿いに進めば道と街があるような気がする。

 

途中から降りになってそのまま少し歩いて道まで出てみる。

待っていたのは前方の海岸線と建物。

 

「灘黒岩水仙郷? さっきまでの場所がそうなのかな。季節の花が一年中見れるような不思議スポットじゃなさそうだけど、ま、とにかくこれで道沿いに進めばどこかにでるでしょ。」

 

問題は道の左右どちらに向かおうか。

さっきの建物の中で見た地図だと、西向き、つまり左側に進めば四国に戻れる。

ただ、さっきまで戦っていた太平洋海上がどうなったのかも気になる。

 

仕方ない。今は一度四国に戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、少し暑さが弱くなってるみたい。もしかして何か月も気絶してたなんてことないよね。」

 

周りに誰もいないと独り言が多くなる。

 

これは人恋しさの反動みたいなものだろうか。

 

途中、民家や商店もあったけどどれも破壊しつくされて、食べ物とか水はほとんど手に入らなかった。

強盗というよりバーテックスのせいだと思う。

 

お店とかの近くにも血の跡らしきものを何回も見かけた。

 

(やっぱりバーテックスは普通人を襲うんだ。だったら、どうして私はバーテックスに襲われないんだろう?)

 

それどころか、バーテックスを従えたり、バーテックスが見聞きした内容が分かったりする。

 

まるで、本当にバーテックスの大将みたいだ。

 

あ、そうだよ。バーテックスに乗って移動すれば早いんじゃないかな。

 

さっそく呼び出そう。

 

影から出した星屑に乗ったから、移動自体は比較的楽に進んだ。

勇者様達があっさり倒していたから気づかないけど、星屑たちでもバイクや自動車くらいの速度は出せるみたいだ。

 

本当は瞬間移動とかで進みたいけど、目印がないところで使うとどこに出るか分からないから、さすがに四国入りするまではこれで行こう。

 

そのまま山の側に戻って、さらに道なりに進んむこと1時間。

鳴門の渦潮で有名な大鳴門橋が見えてくる。

 

やっぱり空からの移動は早い。

 

「はーい、お疲れ様。もう人間襲わなくていいからね。仲間にも伝えておいて。」

 

そう言いながら星屑から降りる。

そのまま、星屑はふよふよと飛んで行ったけど、たぶん通じている。

 

「おおーすっごい。」

 

バーテックスが登場して以来、一般人は四国から出られなくなったから、こうして大鳴門橋から渦潮を見下ろすのも初めてだ。

記憶を失う前に見たことがあったかもしれないけど、覚えてないのは仕方ない。

橋上から見てこれなら、船とかで近くから見たら本当に吸い込まれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでか分からないけど、神樹様の作った結界が修復されていた。

ホログラムの私と巨人に破壊されたと思っていたけど、神樹様のお力で再生できたみたいだ。

 

ついでに橋の四国側は封鎖されていた。

面倒くさかったから、渦潮を見た後は瞬間移動で四国入りしたけどなんでだろう?

バーテックス襲来から4年以上経過した今の段階でも避難してくる人たちは多いんだろうか?

 

(良かった。これならきっと茉莉さん達も無事だ。)

 

まずは千景様の容体を確認しないと、私の力が人間の治療とかに役立てばよかったんだけど、できたとしてもがん細胞とか病原体をどっかに棄てるくらいしかできない。

実際ルリちゃんとかが熱を出した時も風邪原因菌を体内から取り出して、消毒アルコールの中に転移させたりしたことがある。

この力が強くなってくると、メチャクチャ細かいものが認識でも、ドーンと大きいものでも認識できるんだよね。

 

でも、海上自衛隊の艦もたくさん停まっていたのは良く分からない。

 

まるで人間の敵がいるみたいだった。

 

そのまま丸亀市内までは電車と徒歩で移動する。

ちょっとお金が心許ない。

 

こんな風にアルバイトやお小遣いの工面に苦労する女子中学生を捕まえて、お前は人類の敵・天の神だ、なんて怪しい宗教以外何者でもない。

 

「丸亀よ、私は返ってきた。なんてね。」

 

何だろう? ちょっと街の様子が変な気がする。

仮設住宅の数もあの巨人が来る前より多い。

お巡りさんの数も多い。

 

やっぱり、さっきの橋の様子と言い、巨人が来て一度結界が壊されたからだろうか?

 

でも、その割にみんなの様子は晴れ晴れしている。

 

なんか、勇者がどうとか言ってる。

 

「先ほど四国政府は勇者の氏名を発表しました。土居球子、伊予島杏、乃木若葉……。」

 

街頭テレビから流れてきた音声に思わず振り返る。

そこで映っていたのは、丸亀城の天守からテレビや観衆に姿を見せる"5人"の勇者の姿。

 

もちろん全員知っている。

 

「あれが勇者。えっと、さっき名前言ってたよな?」

「ホームページにも更新されてる。左から……。」

 

それなのに、街の人たちは今日初めて勇者を知ったような反応。

 

これじゃまるで……。

 

テレビや観衆から目を背けて、人々の歓喜の声を背に私はその場から走り去る。

 

「ウソだ……、こんなのあり得ない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ曲がれば、茉莉さんや私が住んでいた仮設住宅群。

 

1回深呼吸。

 

息を整えて、いつも通りの私で。

と言ってもまだ3ヵ月未満のいつも通りだけど、

陽気な感じで気楽に明るく振舞わなきゃ。

 

そのまま、扉を開ける。

 

「ただいまー。茉莉さん。千景様の容体はどう?」

 

返事を待たずに一気に部屋の中へ。

 

玄関にチラッとルリちゃんの靴が見えた。

 

まだ夕方だけど、明るい電気の光。

向こうに2人分の影。

 

「ルリちゃんも来てた…ん…だ。」

 

光の中には茉莉さんとルリちゃん。

そう、何もおかしくない。

完全に正しい。

 

だけど、だけど……。

 

「誰…ですか? 勝手に人の部屋に入ってきて。」

 

その震えは寒さだよね?

夏なのに寒いって、風邪でもひいたの?

あ、そんな風にルリちゃんを抱いてたら、感染(うつ)っちゃうよ?

 

「わ、私は……。」

 

セリフは瞬時にいくつも出てくるのに、口から出てくるの震えた声。

 

ダメだ。

 

こんな時でも、■■■■(結城友奈)なら明るく、何でもないように振舞わなきゃいけない。

空気を読めないふりでおっかしーなーって感じで。

 

「や、やっだなー、ま、茉莉さん、何を、何を言って、いるんですか。私だよ。私…。」

 

そうだ、私にはまだ名前がある。

茉莉さんが素敵だと言ってくれた、この名前が。

 

「友奈だよ。結城友奈。」

 

その効果は劇的だった。

 

茉莉さんの震えはピタリと止まり、ルリちゃんの肩から手を離す。

スッと、まるでよどみなく立ち上がる。

 

良かった。

 

やっぱり、この名前は……。

 

「ふざけるな。お前が、お前が、お前が……。」

 

茉莉さんの瞳。

 

浮かんでいるのは涙と……私もこれだけは知っている。

 

嬉しそうな、悲しそうな、何かを堪えるような、

怒っているような、笑っているような、悔しそうな、

大切なような、聞きたくなかったような、思い出しているような、

 

記憶喪失の私でなくても、うまく表現できなかっただろう不思議な感情。

 

 

ただ、あの時より1つだけ増えたのが怒り。

 

それなのに私は茉莉さんが何に怒っているのかさえも分からない。

 

ううん、本当は私だってわかってた。

私がたった1つ思い出したもの。

結城友奈と言う名前。

 

それを聞いた時も茉莉さんはこんな瞳をしていた。

 

怒りでは無かったと思いたいけど、それよりももっと深いところで同じ瞳だったんだ。

 

茉莉さんはきっと高嶋友奈という女の子に特別な思い入れがあるんだ。

 

それは単に奈良から一緒に逃げて来たって言うだけじゃない。

 

分かっていたけど、私はそのことを確認することを避けていた。

 

怖かったんだ。

 

それを確認してしまったら、私達の、私が手にしただろう永遠のように楽しい日常(いつもどおり)は終わってしまう気がして。

 

そして、やっぱりそれは正しかった。

 

 

――ほら、だからずっと言って来たじゃない。間違っているって。――

 

 

なるほど、あれは未来の私だったんだ。

 

 

「お前は、ゆうちゃんじゃない!!」

 

 

 

だから、私は……。

 

 

この時代、この場所で生きてきたすべてを失った。

 

 

 




短くなりましたが、きりがよさそうだったのでいったん区切ります。

短くなったのは、時間軸を第一部の諏訪を抱えてきたあたりに時間移動させて、主人公に諏訪を抱えてきた船を分け御霊AIサヤと誤認させて、四国政府に告発させようかなと思ったんですけど、次につながらないので没にしたためです。

ラストシーンが決めて進めてるから、こーゆー時に上手くつなげられる文才とか心理描写とか欲しくなる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。