走る。走る。走る。
「はっ、はっ、はっはっはっ。アハハ!」
どこへ?
行き場所なんてどこにもない。
私の帰る場所も、知っている人も、私自身の記憶も何もない。
時に空間を転移し、時に瞬間移動で飛び回りながら、走り続ける。
(もう、誰もいない。本当に私は誰なんだ。)
悲嘆、哀切、痛切、どれも正しいはずなのに、良く分からないものが1つ。
「なんで、私は笑ってるんだ。」
理由なんてわかっている。
私はやっと自由になったんだ。
今、眼下に広がる無数の無残な無名の墓標となった廃墟たち。
「やっぱり、四国にもこういうところがあったんだ。」
天災では四国全体にもバーテックスが現れている。
勇者たちが集中していたとは言っても、全部を守れるわけじゃない。
こういう風に壊された街や建物だってある。
それはどこに行っても良いということ。
この四国以外は。
茉莉さんの元から去った後、どこをどう移動したか、どのくらいそうしていたのか分からないけど、世界中どこにも人は住んでいなかった。
「私、もうどこにだって行ける……。」
一瞬だけくらくらと立ち眩みのような気分。
気が付くと自分は空の果て。
大気圏の外にまで広がっている。
(あれ、息しなくても苦しくない?)
どんどん広がる。
太陽の向こう。
銀河の天涯。
虚空の海を越えて。
昔、学校の見学で見た気がする古いお寺の曼荼羅とどこか似た場所。
見た目はどこも似てないのに、奇妙な相似形。
でも、それもすぐに目に見えないくらい小さくなる。
本当は私が広がってるからなんだと思う。
それでもまだ光は遠くにある。
とうとう、まっくらな宇宙も無くなって、光ってるんだか暗いんだか良く分からない場所にまで広がる。
誰? 誰かいる。
私? 私がいるの?
誰もいないはずなのに誰かがいると確信できる。
意識の希薄化が止まり、広がる速度が急激に落ちる。
「おかえりなさいと言いたいところだけど、本当に良いの? 自分が創る世界に自分がいることはできないよ? 何でも思い通りになるってことは、独りぼっちと何にも変わらない。今までみたいに、防人達のもとに自分の代役を配置したとしても、やっぱり、それは新しい私だよ。」
どこから聞こえるのか、自分の声が頭蓋の中に反響する。
と言っても、本当に聞こえているのか、そもそも頭も残ってないと思う。
私の名前。
「記憶を失くした私。貴方はこのまま原初の記憶を取り戻さず人間として生きれる分水嶺。でも……。」
言いたいことは分かる気がする。
――見つけた。――
誰かが叫ぶような声。
辺り一面に浮かぶ私そっくりのホログラム。
「諦めないのは私だって同じだ。お前を倒して、私の過ちを、失くしてしまった防人のみんなも取り戻す。」
本当にしつこい。
私が特異点に飲まれても無事だったから、もしかしたらとは思っていたけど、こんな宇宙の外側にまで追ってくるなんて。
「まだ神としての力を取り戻す前なら、私にだってできる。」
また、あの巨人…達?
1人じゃない。
宇宙の外側さえも埋め尽くすような膨大な巨人の群れ。
「だけど、今更ただ大きいだけの存在なんて、怯むものか。」
一番近くの巨人を空間転移の応用で覚えた技で……消えた?
「きゃああああ! この、また、消えた。」
現れては消える巨人達。
辛うじて間に合う空間の断絶。
私が空間を切り裂こうとしても、一瞬で消えてしまう。
1000kmを越える巨体が目で追えないほどの速度で動けるなんて。
これって、前と同じような時間加速なんだろうか。
それでも、数えるのも難しいくらいの巨人たちすべての時間を操作するなんて、普通の力じゃない。
まるで、本当に神様の力みたいだ。
「もう、攻撃を受けてやらない。このまま記憶を取り戻す前に終わらせてやる。そして私が天の神として、バーテックスを天に還してこの戦いを終わらせる。」
「だったら、私達は同じはずじゃないか。誰かを助けたいはずだったのに、どうして神樹様の壁を壊したり、私を殺そうとしたりしたんだ。」
巨人たちは同士討ちも構わず、次々にブラックホールと化して私の居場所を失くしていく。
もし、宇宙の中で戦っていたら、どれだけの星が消えていただろう。
負けずにバーテックスを次から次へと影から喚びだす。
巨人の群れはお互いの攻撃で削られてもあっという間に再生していく。
バーテックスも天に還っても、また増え続ける。
どのくらい戦っているのか、時間間隔が分からなくなる。
詳しいことは分からないけど、あの巨人たちのナノマシンの再生速度が早すぎる。
もう、再生なんてものじゃない。
3Dホロの再生の巻き戻しみたいに直ってしまう。
「はあ、はあ、はあ、このどれだけいるんだよ。」
フワフワと浮いているホログラムを睨みつける。
「数える意味はない。このまま300年ずっとお前がすべての平行世界毎に作ったグレイグーを集めてきたんだから。いえ、いまは人型だからいっそグリゴリかな。」
「何でもかんでも私、私って。こっちはそんな記憶ない。」
近くのキャンサーと対消滅する巨人のブラックホール。
あれだけの脅威だった巨人さえ、代替可能な消耗品だったなんて。
「だから、こうやって来たんだ。未来のお前と私に力の差異はなかったけど、力の使い方、理解に決定的な違いがある。だから戦いを忘れたお前を倒したかった。でも、お前の力の使い方は記憶を失っていても、十分すぎるほどだ。元は同じ人間なのにこれほど差がつくなんて、本当に悔しい。でも、それもここでお前を倒せば同じことだ。」
巨人たちが少しずつ私の影からあふれだすバーテックス達を押し込む。
世界を滅ぼしたバーテックス。
文字通り星の数が押し切られるなんて、想像したことすらなかった。
考えないと、何とかしないと、このままだと壁を破壊したみたいに…あれ?
「あ……そっか、私、もう頑張らなくても……。」
頑張って生き残るのも自由なら、頑張らなくてこのまま眠っちゃうのも良いのかもしれない。
(頑張って、恨まれて、後ろ指を差されて、もう良いじゃない。)
どこにも、誰にも、なんにもなれなかった私。
最後のレオ・スタークラスターが相転移砲の光に消える時に、大爆発を起こして何体かの巨人達の連鎖ブラックホール化で、引き倒される。
それなのに立ち上がれない。
ううん、もう立ち上がれなくても良いからだ。
必要無くなった機能は錆びて動かなくなるだけ。
「まさか、平行世界中からかき集めたグレイグーをすべて倒すなんて。でも、あと1,2時間もすれば全て元通りだ。最後はこの銃剣で止めだ。」
なんだかおかしい。
さっきまで星も届かない威力を見せていたのに、最後は借り物の鉄砲なんて。
(ま、いっか、うん、もう良いよね。どうして私がって思うけど、それももうどうでも良い。)
撃たれて満足してくれるなら、もう、それでも構わない。
抵抗する意味もない。
私にあるのは、星さえ届かない、ただ、どこまでも続く自由な世界だけ。
孤独にも似て非なる清々しさ。
無謀な期待も、未来に怯える必要もない。
昔の失敗に指を差されることもない。
誰かを
誰かを
誰かを
引き金が下され、幕引きの一撃が私の心臓を撃ちぬく。
もう倒れているのに、衝撃で体が一度だけ跳ね上がる。
自由のはずなんだけど……。
(違う。違う。違う。私は何者だって関係ない。)
「それでも、まだ私はまだあの光に届いていない。だからまだ諦めない。」
あれが何か全然思い出せない。
だけど、大切なものだ。
大切なものだったはずなんだ。
自由になったはずなのに、それでも私は誰かを探す。
記憶ですらないただのイメージ。
――私はそばにいるよ。――
手をのばす顔も名前も知らないあなた。
必ずそこにいる。
天の北極星と同じように、地に足を着けて歩けるように、人がいる限り必ずあの子はいる。
吹雪のような白い風の中でもずっと輝く。
ずっと近くに。
だから、私の本当の記憶と願いも戻る。
私を完全にこの宇宙から消滅させるという本当の願いを。
「ああ、とうとうやった。」
やっと、天の神たるもう一人の私を倒せたのに、なんでか心が動かない。
少しずつ、アイツの体は砕けて塵になって積もっていく。
何故か最後は急にバーテックスが出てこなくなった。
こっちもグレイグーの再生までに時間がかかるから助かったけど、どうしてだろう。
でも、とにかくこれで。
「あとは、雀ちゃんが……。」
山伏さんは肉体的にも魂も体には留まっている。
私が作った霊的なヒトガタが壊れたショックで精神的に死んだみたいになってるけど、復活できないわけじゃない。
ふと、塵の集まりが目に留まる。
観測可能な宇宙の外側にあるこの場所だと、重力を始めとした自然界のどんな力も存在しない。
だから塵の集まりもただそこに漂うだけ。
問題はこれをどうするか。
熱処理しようにも、塵にみえているだけで鉄56の原子核がお互いの重力でまとまっているだけ。
およそ、あれ以上の変化の起きようがない。
例え反物質で消去しても反対属性の鉄56原子核に置き換わるだけ。
とりあえず、時間凍結で封印だけしておこう。
漂っていた原子核がピタリと止まる。
問題なく時間凍結できたみたいだ。
「帰ろう。芽吹達ももう私のことを覚えてないけど、四次元時空の枠組みを越えてるアルなら、私のことも認識できるはずだ。」
天の神の力をどうするのかとか、いろいろ問題は残るけどバーテックスが出てこないなら、神樹様が何とかしてくださる。
半ば再生したグレイグーの1隻に乗り込もう。
近くにあったそれが跡形もなく蒸発する。
「え?」
何が起こったの? いえ、誰に消された。
振り返ってもそこにあるのは時を止めた原子核の集まりだけ。
ぐるりと見回す。
また、1隻蒸発する。
信じられない。あれだけの巨体が一瞬で蒸発するなんて。
さっきまでのバーテックスとの戦いや空間転移の断絶なんかとは全然違う。
なにより、どこにいるのか全然分からない。
「どこを見ているの? 貴方が私を解き放ったんだよ?」
アイツの声だ。
これって、全方位から聞こえる。
「ああ、私が完全に純化される。なんて清々しい気分なんだ。何回繰り返してもこの気分が味わえるのはこの瞬間だけ。」
声……だったのかも分からない。
でも、分かったこともある。
ここは既に観測可能な宇宙の外側。
理論と空想でしか語られてこなかった外宇宙。
つまり、コイツは……。
「お前……本当にこの世界自体なのか。」
「ええ、私は今も膨張を永遠に続けるインフレーション宇宙そのもの。時間発展も平行世界も取り得る宇宙の初期条件も、私を源流に始まるもの。貴方達はずっと私の中で色々遊んできただけ。」
確かに記憶でそれっぽいことはずっと言ってた。
だけど、そこまで規模が違うと人間の感覚で理解できなかった。
抽象的な概念存在だと思っていたのに、そんなものじゃない。
コイツはおとぎ話の登場人物に憧れる子供か。
でも、観客ならまだしも
舞台…いえ劇場自体が舞台に無理やり這い上がろうとするなんて。
「自分が自分の中で生きていこうなんて……。だから、"私"か。」
答えは必要ない。
もうここで私にできることはない。
今は未だ。
やっぱり、コイツを本当に意味で倒すには結城さんでないとダメなんだ。
「もう貴方はこの時代に必要ないよ。未だやる気なら300年後で待っていると良いよ。」
伝わったのはそれだけ。
風景が以上に伸びていく。気が付くとあっという間に光が満ちて何も見えない。
意識を保てているのか、それともとっくに気を失ったのか。
「あ、……。」
「え? なになに、またメブが怒ってるの?」
ただ分かったことは1つ。
懐かしい声とともに私は元の舞台に流されていた。
ゆゆゆいCS版前編ゲットしたのに、仕事+風邪コンボでなかなかできない。