御所市内に入ってもあたりは破壊された街並みが続く。
十華がいないので、道路が進めないような場所は私の限定時間遡行で一時的に巻き戻して進む。
「なあ、天の神のところをクビになったら私のところに来い。一緒に世界中を回ろうじゃやないか。」
「私は旅が好きじゃない。」
「久美子さんまた言ってる。大赦はもう良いんですか?」
「飽きた。勇者以外は刺激がすくないんだ。
烏丸の提案は断った。
旅は……追われる日々はもうたくさんだ。
きっと一生分はやって見せたはず。
私の生きていたころの旅の思い出は、ただ逃げるだけの記憶。
白く冷たい雪と、黒い大地と、灰色の森。
血で味付けされたパンと、誰かの命乞いの声と、苛立たしい祈り。
自分の命と、自分が奪った命と、自分の命を奪おうとする者。。
ただ、それだけの記録。
それでも今の道中はあの時よりもずっと良い。
当然のように一度たりともバーテックスに遭遇しない。
より上位の使徒である私がいるのに、バーテックスがわざわざ出てくる道理がないのだろう。
高嶋と横手は自分たちの家を確かめに行った。
どちらも辛うじて家だったモノが残っているだけで、人が住んでいないのは明らかだった。
彼女たちは何を思ったのか。
悲しみの中に諦めという安心があったように思える。
これでようやく幻を追い続けることはないのだから。
高嶋友奈のつぶやきを残して、私達はその場を去った。
「必ず帰ってくるから、それまで待っていてね。お父さん、お母さん。」
道端の何でもないバス停のすぐ隣、首無し地蔵の下を少し掘り起こすと私の剣が出てくる。
埋めたのは1000年前だから錆びすぎて土と見分けがつかない。
柄に私のエメラルドをはめ込み、神気を行き渡らせると瞬時に往年の姿を取り戻した。
シャムシール・エ・ゾモロドネガル。
かつて神から王に与えられた権威の象徴。
何故か彼は一緒に与えた指輪ともどもこの剣も返された。
彼が何を思っていたのかは、今となっては分からない。
神も何も仰らなかった。
まだ人間のことは分からない。
でも、分かったこともある。
人間は多様であるということだ。
私が生きた時代に感じていた世界の一様さとはかなり趣が違う。
久しぶりに誰かといたためなのかお嬢様と会った時の夢を見た。
「ここがそうなのか? しかし、これは……。」
表札も弥勒とあるので間違いないだろう。
ただ、どうみても普通の一軒家で、人を雇っているようには見えない。
素性の怪しい西暦時代の外国人のような見た目ならなおのことだろう。
今日のところは天に戻り、改めて偽装工作をしたうえで出直すか。
背を向け振り返ったところで、目が合った。
4、5人ほどの小学生くらいの集団。何故かその先頭に彼女はいた。
(弥勒夕海子、私の新しい主。)
何故か子供たちは私を指さして開いた口がふさがらないといった様子だ。
神世紀も300年近くが経過した後、人種的な特徴は一度ほぼなくなる。
だから、私の特徴は珍しいのだろう。
もっとも、私自身は5000年後の出身だから、また人種は派生するのだけど。
出直したかったが出会ってしまったのであれば、できるだけのことをしよう。
「失礼。弥勒夕海子様でしょうか?」
「は…い…、ほ、ほら、見なさい。だからアルフレッドは実在するのよ。」
ついて来た子供たちに向かって弥勒夕海子が自慢気に言う。
「マジかよ……。」
「本物?」
「少なくとも、見た目は執事よ。」
「あの銀髪染めてないの。」
後ろの子供たちの驚きは本物だが、何故私の名前を知っていたのだろう。
「と、とにかく、これで納得したでしょう、わたくしが由緒正しい弥勒家の人間で、
執事だってちゃんといるって。」
「まあ、実際にいたしな……。」
ついてきていた子供たちは渋々引き下がり、そのまま解散となった。
残ったのは私と弥勒夕海子だけ。
これは私は執事として認識されているのか?
神が手配してくださったのかもしれないが、特に何も仰っていなかった。
「よろしいでしょうか?」
私の呼びかけにビクリと背中を震わせながら、弥勒夕海子が振り返る。
「えっと、これはその……。」
何かを言いたそうにしている。
しかし、仕えるものとしては、先に挨拶はしておくべきだろう。
「わたしの名前はアルフレッド・アーネスト・アルバート。
より貴方様の執事としてお仕えいたします。弥勒夕海子様。」
宮廷で見かけた執事の見様見真似だが、知識としても神によりインストールされている。
それほど間違ってはいないはずだが、何故かポカンとした顔で見上げられる。
「え? 本当ですの? ドッキリとかじゃございませんわよね?」
ようやくと言った様子でそれだけが返ってきた。
「では、君は天の神の命によって、夕海子の執事になるようにと言われたわけか。」
「はい。」
対面するのは夕海子様の父上。
つまり弥勒家の今の当主ということになる。
確か前の当主はその祖母に当たる人物だった。
「だが、今の弥勒は零落しただの一市民に過ぎない。執事など不相応だ。
まして、君はそれなりの家のでなのだろう。」
半分自虐交じりに笑いながら仰る。
「人間社会でのご心配はご無用かと存じます。これは神の御意思。俗世の評価など無関係です。」
私の言葉を聞いても、なお納得はしていない様子だ。
「確かに神の心は人には計り知れない。それでも神樹様ならば未だ分かる。
だが君の言う神は天の神。人類の天敵バーテックスを送り出したのに、何故なんだ?」
「存じません。」
「君はそれで良いのか?」
「分かりません。ただ神の御意思は絶対です。」
「そうか、だから、天の神は君を
何故か分からないが、彼は今の答えだけで満足したようだった。
「分かった。期待するような報酬は無いと思うが、夕海子のことを頼もう。」
「委細承知いたしました。」
彼が何故を納得したのか分からないが、2、3ここでの生活について話した後、
居室を辞し廊下に出ると、夕海子様が待っていた。
「えっと、アルフレッド…さん、お父様はなんて?」
どこか不安そうに夕海子様がお尋ねになる。
「ご心配には及びません。明日からお願いいたします。夕海子お嬢様。」
そうして、私はお嬢様の執事になった。
「あの、食事中に近くに立たないでいただけません?」
「慣れてください。給仕を伴う食事も必要なことです。」
「あの、剣の修行なんて必要ですの?」
「はい、王侯貴族とはそういうものです。」
「寝言でお願いしたからと言って朝からフルコースは止めません!? 重すぎますわ。」
「問題ありません。すべて少量ですのでa piece of cakeというものです。」
宮廷での自分の体験を元にしたのが良くなかったのか、最初はかみ合っていなかった。
ただ、お嬢様が中学生になるころには馴染めて来ていた、と勝手ながら思っている。
そして、それは運命の日。
結城友奈が勇者になる時が近づいていた。
お嬢様も勇者の可能性があるということで、ほかの勇者候補たちと集められていた。
その与えられる端末が私によって命を落とした三ノ輪銀のものと言うのは、運命なのか皮肉なのか。
「絶対に無理はしないでね。お父さんも、お母さんも、弥勒の名前に未練はないのだから。」
「夕海子、私達の先祖は家名よりも、大切なことを知っていた。そのことを忘れずにな。」
「ご心配にはおよびませんわ。必ず弥勒の名前を再び轟かせて見せますわ。」
親子の会話は微妙にすれ違っていた。
それなのに、お互いにそれで良いと思えるのだろうか。
一度だけ、お嬢様に聞いたことがある。
「お嬢様は何故それほど弥勒の名前を上げようとされているのですか?」
ただ、お嬢様も即答はできないようだった。
「え? うーん、あれですわ、あれ、ええーと、わたくしの受け継いだ血が
大業を成せと叫ぶのです。」
「では、弥勒のように輝かしい者を受け継ぐことができない家の者は、どうなるのでしょう?」
そう、かつての私のように多くの者を苦しめ、支配していたのに、
ちょっとした失敗でそのすべてから恨まれていた。
栄誉も罪も個人に属するものではないのか?
私が追われる日々だったのは先祖の罪だから正当な結末だったのか?
「え? そんなの失敗すればやり直すだけですわ。」
「は? そんなことは許されるのでしょうか?」
「なんだか、今日は妙に突っかかってきますわね。でも、ダメとは言われていないでしょう。」
少しの黙考。
確かに神は怒ってはいても、許すとも許さないとも言っていなかった。
だからこそ奉火祭で巫女が命をかけた時には、条件付きとはいえ和睦を認めたのか。
(怒りと和睦は矛盾しないのか。では何が天の怒りだったのだろう。)
ただ、分かったこともある。
「それは素敵な世界でしょうね。では、弥勒家が復興する時もぜひお手伝いさせてください。」
「なんかバカにしていません? まあ、その時が来たら貴方も呑気にしていられませんわよ。
なにしろ、わたくしの第一の臣下なのですから、後輩に示しをつけなくてはいけませんわ。」
心からそんな日が来ればよいと思った。
許される世界であってほしいと思えた。
だから忘れていた。
私個人に由来する罪がどのように牙をむくのかを、神ならざる人の私では知りようもなかった。
目が覚める。
目が覚める?
私は寝ていたのか?
睡眠が必要になれば、そんな肉体は破棄してすぐに再構成していたのに。
そこまでしなくても疲労した肉体の時間を巻き戻しても良かったはず。
それなのに普通に睡眠をとったり、食事をとったりしている。
それどころか、排泄機能まで再現されてしまっている。
(私はいったいどうしたのだろうか?)
「あ、起こしちゃったかな。その剣、大事なものなんだね。ずっと抱えたままだった。」
声をかけてきたのは高嶋だった。
「そうだな。私が天の神の使徒となった時に頂いたものだ。」
「ねぇねぇ、天の神ってどんな人? あ、神様だから人じゃないのかな。」
高嶋は唸りながら考え始めてしまった。
時刻は午前5時を過ぎたところか。
「人で構わない。元々この世界の人間に怒っていた天の神はもういない。今の神は人の身から出でた者。」
「そっか、で、その子ってどんな人?」
「そそっかしい、危なかっしい、馴れ馴れしい。およそイメージされる神とは対極。
それなのに神と認めてしまうよう方。」
「うーん、もしかして、あんまり深く考えてない?」
「だろうな。同じ能力が与えられていれば、もっとうまくできる者はいただろう。
だが、その才覚を持てるのは神のみ。だからこうなっている。」
乃木園子ならもっと妥当な落としどころを見つけられるだろう。
十華も姉離れしている状態なら、優しい世界を作れるだろう。
犬吠埼風ならもっと全体を考えた調整を行うだろう。
そもそも、ちゃんとした政治学を学んだ大人ならこれほど過激なことはしないだろう。
それとも、聖人君子の代名詞であるアーサー王にでも代理執権させればよかっただろうか。
それでも、優れた者でも正しい者でも優しいものでもなく、神たるは唯一あの方のみ。
代理と呼ばれた私でも、その全貌を抱えきることはできていない。
完全一致の素粒子構成を持つもう一人でもすべての外側には至れなかった。
そして、神が最も愛する結城友奈でも倒せども倒せども、神のいる場所には届かなかった。
彼女達は戦わなくてはならない。
どのような未来が待っているのか分からなくとも、彼女達にしかできない。
この時代を生きるということは他の誰にも、たとえ天主たる神にすらできないのだから。
少なくとも私はこの時代の人間でもないし、この時代で人に会うこと自体初めて。
そう、これまでの回帰では常に300年後が私の舞台だったのだから。
だから、この次の目的地。
伊勢神宮付近に直に赴いた先に那由多がいることも今まで知らなかったのだから。