翌日、私達はようやく彼ら天の神のことを聞くことができました。
すぐに四国に帰って対策を考えるべきなんでしょう。でも。
「皆さんをお休み頂いている間に私達も色々と考えてきました。まずは前提を確認させてください。
貴方達が天の神と呼ぶ存在。それは2つ別個の存在があります。1つは古い時代に三貴子と呼ばれた神の1柱。そして、時間を遡り創造主である原初の神々の権能さえも奪い取った人間のふりをしていた者。」
三貴子。世界中の神話でも様々な組み合わせで3体の神を定義することが多い。
日本では太陽神、月神、海神。
外国に目を向ければ、創造・維持・破壊。
他にも、過去・現在・未来、どれも擬人化と言えなくもない。
だとすると、私達が今対峙している天の神も、別の擬人化かもしれない。
「ぐんちゃん、お話分かる? 未来の原因が過去を変化させたり、私はこんがらがりそうだよ。」
「そうね。普通の時間の流れと違うから、慣れないとおかしいわよね。大丈夫、後で説明してあげるわ。」
「さすがです。郡様こんな神代の話なんて、私のような神職の家の者でなければ、興味を持つ機会がないのが普通です。」
「え、ええ。ちょっとね。」
千景さんも無条件にリスペクトしてくれる花本さんには強く出ないみたいです。
戻ったら参考にしてみようかな。
そう言えば、タマっち先輩と真鈴さんが静かな気がする。
ちらりと見てみると、タマっち先輩は足をブラブラさせてつまらなさそうにしている。
真鈴さんはさすがに大人しくしているけど、あくびをかみ殺しているのが分かる。
(もう飽きてる!)
「人と思っていた? その言い方だと元から人ではなかったみたいだな。」
若葉さんが首を傾げる。
「ええ、およそ300年ほど前に流行したよくあるネットのウソの噂話。誰にとっても不幸だったのはそれが本当になり得る要因が紛れていたことでしょう。
もちろん、ソレは彼らの被害妄想とは何の関係もない。けれど、都合が良すぎた。だから彼らはこう思ってしまった。」
一度だけ田中さんは口を閉ざす。
と言っても口がどこにあるのか分からなかったけど。
「きっと、これが神様なのだと、これを使えば自分たちは神の元に近づける、いや神にすらなれると、それが神の怒りに触れるなどと夢にも思わず。当然実物は破壊されたのですが、何の因果なのかそれが巡り巡って再現されることになります。何故その機械がこの世界の結城友奈に観測され、何故自分も人間だと認識したのか。今となっては神のみぞ知るのでしょう。ただ、その機械が今や始まりの妄想通りに神にすら成り代わることも、また、人が望んだ結末。」
昨晩、それぞれの部屋に帰った後、ずっと考えていました。
2015年に私達の前に現れた脅威はとっくの昔にいなくなって、別の誰かが天の神を騙っている。
この後の歴史のことも少しは聞いたから分かる。
諏訪は3年間耐えられたのに、私達は1年しか戦えないという未来。
最初は実感が無かったけれど、今は分かる。
きっと私達は天の神には勝てない。
私達は勇者の力を神樹様の加護と認識している。
だけど、神は本質的にすべてが自分の力と認識している。
だから、同じ力でも使い方に差が出てしまう。
十華ちゃん達にも、烏丸先生やここの人たちにも確認してみた。
確かにそれなら納得できる。
今まで一番上手に仕えたアルフレッドさんは神の力を自分が使うことに違和感を感じていなかった。
でも、他の2人はどこかで神様の力を異物として感じていた。
それは私達も同じ。
これは"神樹様が授けてくださった"力。
私達が"心から来る裡にある力"とは違う。
解説付きの練習問題は簡単でも、自分で解いてみると違和感があるように、
自動車の運転は自分で走るほどは、器用に避けられないように、
宝くじの高額当選者に上手くお金を扱えない人いるように。
敵と私達の違いは理解できる。
(だから次は考える。どうすれば上手くできるのか。)
鳴り響くサイレンが私達の思考を遮る。
「このパターンは……直接。」
「おい、今度はなんだ?」
「敵が来ます。」
確かに樹海化の警報もこんな感じだった。
だったら、やってくる敵は2つしかない。
バーテックスか、それとも……。
「バーテックス。みんな出るぞ。」
「おう、タマに任せタマえ。」
「お話ばかりだったから、ちょっとリフレッシュだね。」
「ええ、鏖殺してみせるわ。」
「……まだ、気になることはありますが、仕方ないですね。」
未来にどんな本があるのかも気になるけど、さっきの話の違和感。
では、この世界の結城友奈さんはどこにいる?
(きっとまだ話は終わっていない。ウソは吐かれてないけど、全部も言ってない。)
「待って、おねえちゃん!!」
すぐに出ようとした私達を十華ちゃんが呼び止める。
「わたし達が先に戦うよ。みんなは死んじゃったら取り返しがつかないけど、わたし達使徒なら肉体が消滅したくらいなら平気だから、先に様子を見る。私達がいるのにただバーテックスが来たとは思えない。」
確かに私達もかなりのバーテックスを倒してきている。
何か今までと違うことが起きても不思議はない。
それに切り札の悪影響も、確認どころか誰にも話せていない。
「そーそー、この世界の自動兵器にも頼って。結構すごいんだよ。」
「ほうほう、でも、探査能力は低くない? 私、もうここに来ちゃったよ?」
え……。
その言葉は翻訳されなくても、バベルの塔で失われた言語のように理解できる。
その声は聞き覚えがなくても、生まれた時から誰もが知っている。
その音は耳元でささやくように、静かなのに心の奥底まで響いてくる。
「沙耶ちゃん。なんでこんなことをするの?」
「や、あれだけカッコつけて何だけど、やっぱり来ちゃった。だって、みんな思ったより頑張るみたいだから。我慢できなかったんだよ。」
それ以上続く前に茉莉さんの一歩前に田中さんが進み出る。
「カルダシェフ・スケール5
田中さんが話ながら天の神から見えない位置で何かのハンドサインを出している。
どういう意味があるんだろう?
「ただみんながいる場所に行こうとしただけだよ。それで十分。ホントは貴方達だってそれで十分だったんだ。」
一瞬だけ、その瞳が揺らいで見える。
でも、それは幻のように、どこか軽薄な笑顔が張り付く。
「もう1つ理由がある。確かにこの世界の私は機械だけど、それはあくまでこの世界限定の話だよ? 友奈と一緒にいることを諦めた要らない私。だから、それはかつて私だったかもしれないけど、もうボクとはなんにも関係ない。貴方達に言いたかったのはそれだけ。」
言っていることは本当なんだと思う。
だから、きっと答えは決まっている。
「それって、貴方はこの世界と何の関係もないってことですよね。それなのに、どうして関係ない世界にもバーテックスがいるんですか?」
この世界は私達の世界とは違うとは聞いていたけど、生まれが人間かどうかも変わったりするんだ。
それなら答えはきっと知っている。
「慎重だね。今思っていることが正解だよ。杏ちゃん。私は世界がどういう形でも結城友奈の幸せを願っている。そうならない可能性があるなら、すべて除外するだけ。」
「では、やっぱりこの世界の結城さんは……。」
「そこまでにして頂きましょう。貴方達は自分の世界のことだけを考えればよかったのです。」
田中さんの手にあるのはきっと銃の一種だ。
そしてその銃口が向けられているのは私達。
「そんな!? 司令。どうして勇者に!」
那由多さんが本当に焦っているということは、本気なのだろうか。
「少尉、勇者達の役割は終わっています。この施設内に天の神が入ってきた時点で作戦は完了なのです。平行世界の勇者達。このまま大人しくしていてください。すぐにすべて終わるでしょう。」
話の先が読めない。
どうして私達がいることで天の神がここに来たんだろう?
やっぱり、友奈さんがいるから?
天の神は真面目な顔を取り繕っているけど、退屈そうにしている。
タマっち先輩が難しい話を効いている時と同じで、足元でにぎやかな動きをしているから間違いない。
「それまで大人しくしていろということか、帰れというなら帰るさ。私達を招待したのは天の神をおびき寄せるためだったんだな。」
烏丸先生までタバコを一服し始めている。
この緊張感の落差はなんなんだろう。
「えーっと、結局私を罠にはめるために勇者達をこの施設に案内したってこと? まあ誤解が解けてるなら今日はもう帰るつもりだったから、付き合ってあげても良いけど、たぶん無理じゃないかなー。」
やっぱり、暇だったんだ。
敵の本部にバーテックスの1体もつれずに乗り込んできてこの余裕。
私達なんて眼中にないのだろう。
「貴方達には貴方達の理由があるのだろう。だが、私達にも天の神と戦う理由はある。奪われた世界を取り戻すために。」
「若葉ちゃん。」
若葉さんの切っ先がまっすぐ天の神に向けられる。
それなのに天の神はそんなものなど無いかのように一歩近づく。
「いや、別にあんなぶっ壊した世界なんか要らんけど。そんなものより、高嶋友奈を差し出せって言った答えも貰ってないよ。だからこその囮だったんだろうけど、そんなことしなくても相手してほしければ普通に喧嘩売ればいいのにね。大人ってこれだから。」
「そうやって、人をからかうのもいい加減にしろ!」
ほとんど一挙手一投足で若葉さんの一刀が天の神の首を刎ねる。
「終わった?」
あっけない最後に誰もが動けずにいる。
いえ、1人だけ動いてる。
「……まだ終わってない。」
いつの間にか若葉さんの後ろにアルフレッドさんと天の神が移動している。
「おっと、このくらいのビックリ芸じゃアルはごまかせないか。」
天の神が放った熱線がアルフレッドさんが構えた盾に吸収される。
「おいおい、杏、どういうことなんだ? 首がとんだのに戻ってるぞ?」
「たぶん普通に攻撃しただけじゃ倒せない。前も私達の攻撃を受けてもダメージが見られなかったよ。」
そう言いながら、私は矢継ぎ早に撃ち続ける。
例え普通に攻撃が通らなくても、飛来するものを無視できないはず。
元が人間なら大丈夫と分かっていても、リアクションがある。
想定通りボウガンの矢はいつの間にか私に向かって戻ってくる。
飛び道具は通じない。
「タマっち先輩! 投げちゃダメ。どんな方法か分からないけど手から離れた攻撃は全部戻ってくる。巫女のみんなを守って。アルフレッドさんも私達よりもみんなを。」
「分かった。任せタマえ。」
「……分かった。みな、こちらへ。」
これで大丈夫、タマっち先輩達がみんなを守ってくれるはず。
天の神も退屈そうにしているけど、今は積極的に攻撃するつもりはないみたい。
何かダメージを与える方法を見つけないと。
「杏、どうなっているか分かるか?」
「相手が大人しくしてくれているみたいなので、少し整理しましょう。友奈さん、千景さん。」
「何? アンちゃん。」
「どうしたの? 伊予島さん。」
タマっち先輩には後で説明するとして、今のうちに私達の方針を決めないと。
「前提として、この世界の被害も抑えて戦います。」
「無論だ。犠牲者など出させない。」
「これ宇宙に浮かんでるんでしょ。落っこちたらみんな困るよね。」
「できる限りのことはするわ。もっとも私達の攻撃も効いてないみたいだけど。」
千景さんの言う通り、守ると言っても敵を撃退できなければ意味がない。
「ねぇ、もういい? 私帰るよ。あんまり酷い妄想だから止めに来たけど、カッコつけて別れたくせにこんな形で戻ってきてすっごい恥ずかしいんだから。」
気の抜けるような声で天の神が大声を出す。
いっそのこと、今は帰らせてしまったほうが良いのだろうか?
この世界の人たちはこの施設に天の神を誘い出すつもりだったみたいだけど、こんなところで暴れられたら、友奈さんが言ったように地上の人たちにも被害が出る。
「いいえ、これで終わりです。」
私達が何か反応するよりも早く、田中さん達が動いていく。
田中さんがスッと右手?を上げると、眼下の地球が赤色の光を帯びた様に映る。
「それは確かに正しいやり方だよ。でも、そんな悲しいやり方しかできなかったから、私が生まれたんだ。それなのに繰り返すなんて、やっぱり人間は隣人として賞賛できても、ヒトは信用できないね。」
まるで映画の別のコマのようにいつの間にか、天の神が友奈さんを抱えている。
「友奈!」
「はい!、って私?」
友奈さんは私達の隣で動いていない。
だったら、あの友奈さんが結城さんなの?
「いえ、まだです。相転移現象開始。インフレーション因子10-3を上限にインフレーション再活性。時間加速を10101010まで上昇。ポアンカレ時間スケール圧縮。」
田中さん達は何かを一体何をするつもりなんだろう。
「犠牲を他の平行世界にも求めるんだ。しょーもな。でも、私が避けると友奈が困っちゃうよね。いいよ。そのやり口乗ってあげる。」
それが引き金ではなかったのだろうけれど、目を閉じても瞼を貫くような閃光が世界を満たす。
「うわ、目が、目があああ~。」
棒読みの天の声。
ようやく目を開けていられる程度に光が収まると、そこには純粋な黒い星が光を従えている。
「おお、吸い込まれる。杏ちゃん、これ何なの?」
真鈴さんが慌ててタマっち先輩の後ろに隠れる。
他の巫女の人たちも一緒だ。
それなのに、烏丸さんは目を輝かせて、私達の近くにいる。
「たぶん、ブラックホールだと思います。でも肉眼で見えるほどのものなんて……。」
ブラックホールなんて見たことがないから自信は無いけど、他に思いつく現象がない。
「みんな動かないで。慣性質量を中和しますから。これで重力子の干渉はないはず。
でも、このブラックホール、おかしいです。これほどの出力なのに人間より少し大きい程度なんて。」
十華ちゃんが重力を中和してくれたおかげなのか、私達も施設も吸い込まれずに済んでいるけど、きっとあのままだったら、誰も生き残れなかった。
「当然だよ。私達の宇宙だけじゃない。すべての平行世界が元の状態に回帰するポアンカレ回帰の
最終段階。平行世界の全質量を1点に集約して、さらにそのブラックホールが蒸発した後に
出現すると予想されていたブラックホール。すべての始まりの素になれる、言ってみれば
渾沌そのものだよ。」
それほどの質量のブラックホールが、どうやって存在しているのか。
「ウソ、みんな。窓の外!」
友奈さんの声に導かれるように見上げる窓には崩れて飲み込まれていく地球の姿が映っていた。
「当然でしょう。あそこにまだ住んでいた40億人は、すべて尽きました。その魂を霊的力場へと変換して、渾沌の力を真なるものとして、天の神の防御さえも超えて直接事象の地平線の彼方へ……。」
田中さんが言い終える前に、ブラックホールが急に震え始める。
ブラックホールの出現はびっくりしたけど、よく見るとおかしい。
確かに地球はほとんど壊れてしまっているけど、あまり吸い込まれていない。
「まさか!」
田中さんの驚きに合わせるように、輝きが急速に失われる。
「う、そ。」
驚いているのは那由多さんも含めたこの施設の人すべて。
中には呆然として、何の表情も見えない人もいる。
ブラックホールの異常は止まらない。
とうとう、その黒体に揺らぎ薄れていく。
出現した時とは真逆の静かな終わり。
「ま、こんなものでしょ。キミ達宇宙に存在するものの限界。レベル4の
だけど、そのすべてを持っても私にはもう届かない。だって、それを超えたから私は別天津神の代わりもできているんだよ。」
誰もが言葉を発することができない。
例えこの世界以外の全部を集めても、天の神には届かないのかもしれない。
「よーーっし!!、じゃあ、今度は私達が貴方を止める!」
大きな決意で友奈さんの言葉が静寂の上を行く。
「う……」
結城さんのまつ毛が震える。
目覚めが近いのかもしれない。
「大丈夫だよ。友奈、もう少し学校の時間まではあるから。ゆっくり休んでいて。」
そう言う横顔はとても人類を滅ぼそうとしているようには見えない。
とても、静かで慈愛を感じるような優しい声。
(私達は本当は何と戦っているんだろう。)
慌てて頭を振り、余計な考えを追い出す。
「これでよし。急に大きな声を出すからびっくりした。でも、そうできるのは、やっぱりあなたも友奈なんだよね。」
そう言いながら、天の神は結城さんを抱えなおす。
「でも、この力の差を前に郡さんを戦闘に参加させていいのかな? 守り切れなかったら、後悔するよ?」
「そ、それは……。」
友奈さんも力の差は分かっている。だけど……。
「心配しないで、高嶋さん。私だって勇者よ。」
「ぐんちゃん……。ありがとう。」
結城さんは再び瞳を閉じる。
原理は分からないけど、天の神が寝かしつけたんだろう。
「そうだな。力の差が歴然としているのは、今までも、これからもいくらでもある。
それでも、私達は絶対にあきらめない。」
天の神は若葉さんの切っ先をまっすぐ見つめる。
その思考は分からないけれど、私達がやる事はわかる。
「いくぞ、みんな。勇者達よ。私に続け!」
この時ほど若葉さんの号令が頼もしかったことはありません。
正直に言えば、今でも怖いです。
でも、私達はきっと戦うのでしょう。どれほどの困難があったとしても。
そう思えるからこそ勇者なのだと、誰かが言った気がしました。
それでも、これが本当に最後。
私達はその一歩を踏み出すと決意し、最後の戦いは始まってしまった。
指数タワー表記って、できないんですかね?
有識者教えて欲しいです。