「行くぞ杏! タマと杏のコンビネーションをくらえ。おわ!?」
球子が杏を連れて投擲の構えを取るが、その目の前に瞬間移動で割り込む。
「球子、杏、2人の攻撃は少し待って欲しい。」
「なんでだ。」
「タマっち先輩、今の天の神は何かの方法で遠距離攻撃を跳ね返しているの。
だから、むやみに攻撃すると私達に返ってくる。そうですよね。」
「ああ、だから、こちらも同じことをすれば良い。位相空間
以降、2人の投射した攻撃の”移動”を私が保障する。神も同じ論理を使っている以上、
跳ね返ってくることはない。あとは神の防御を越える手数で攻撃できれば突破も叶うだろう。」
攻撃が跳ね返ってくる原理は、量子ゼノン効果の反転を行うことで、”放たれた矢”の方向を変更したり、停止させたりする。
時間操作の基本を目で見て理解させるために、神がよく教材として見せてくださった力だ。
神の処理能力の限度が分からない以上、本当に可能かどうかは分からないが、
自分達の攻撃で傷つくことは避けられる。
私達使徒の処理能力限界が私の1010142、那由多の1010512、十華の10101596。
恐らくそれよりも1クラス、10乗のオーダーでは上だろう。
飛び道具を警戒されてしまうと押し切れないが、神はそのような使えれば使う程度の認識と考えていい。
「何だよ、そういうことは先に言いタマえ。みんな言わないと分からないだろう。
もちろんタマは分かっていたぞ。」
本当なら処理能力が高い那由多が行えばよいのだろうが、並列処理が得意ではない。
繊細な作業には向いているが弾道計算に加えて、量子ゼノン効果による状態遷移の捕捉を、
継続的な観測として行う場合、爆発的なリソースを要求された時に落ちる可能性がある。
それなら、攻撃が単純で並列処理能力にも余裕がある私が手伝ったほうが良いだろう。
何よりお嬢様や防人のメンバーを手伝った経験が役に立つ。
もしかすると、これも神の意思の範疇なのかもしれない。
(神よ。貴方の本当の御意思はどこにあるのか。)
「確かに跳ね返されることは無くなりましたけど、あまり効果があるようにみえない。」
「やい、タマ達を無視するな!」
確かに攻撃が反射されることはなくなった。
出力が足りない。
純然たる力の差は覚悟している。
勇者たちの攻撃も、秒間に数百もできるようになったのにだ。
「ちょっとしつこいよ。まとめて飛んでけ。」
神の差し出した拳が光り、無色の何かが無数に無軌道な動きで私達に降り注ぐ。
あたり前のように出してくるがあれ自体、インフレーションについて行かず取り残された宇宙の1つ1つ。
慣性質量が中和されている相転移実験施設内であるとはいえ、元の質量を考えれば勇者達に当てるわけにはいかない。
「ただの物理攻撃なら。いくら傷ついたって、何度でも受け止めて見せる。」
今は獣に巨大化した十華が字通り身を盾にして防いでくれているが、
それも神が結城友奈を抱えたままで大技を使ってこないから平衡しているに過ぎない。
「その子を放せ。」
「イヤだよ。やっと会えたんだ。」
今も十華の巨体の影から死角をつくように乃木若葉が斬りかかるが、360度全方位が
見えているように防がれてしまう。
実際、宇宙で起こるすべてが見えているのだ。
人間が2次元平面で描かれた地図で距離を知るように、3次元平面で描かれた世界の縮図を
見ることができるのだから。
それどころか、時間軸や平行世界のような自由度の全く異なる状態を知覚することはもちろん、
1点であり全体でもある非局所的存在である神にとって、自由度と言う考え方自体が人間とは違う。
"いつ"でも、"どこ"でも、遍在する唯一無二の神と、固有であっても1点である私達。
本当に全く別の存在になってしまった私達が相対していること自体、奇妙なことだ。
「その子は誰なの? どうして私とそっくりなの。」
「聞いちゃう? 知らない方が良いと思うよ。」
高嶋と若葉、2人の超近接型に囲まれても全く遜色なく戦えるのは、
人間を越えた身体機能だけでなくその知覚によるものが大きいだろう。
「そこだ。何!?」
「若葉ちゃん、きゃ!」
若葉の刃が刺さったままの腕を振り回して、逆に乃木若葉を殴打する獲物となって、
高嶋と一緒に撥ね飛ばされている。
「高嶋さん。大丈夫。」
「うん、大丈夫。ぐんちゃんも気を付けて。」
「すまない。友奈。千景。」
もつれあってしまった二人を追撃せずに、神は凝視しながら何かをぶつぶつと言っている。
「そうか、こういうシチュエーションなら合法的に……。」
「よそ見なんてずいぶん余裕ね。でも、1箇所で止まらないなら、6箇所なら。」
1人が高嶋と若葉のフォローをしながら、もう1人が攻撃する間に他の6人からの攻撃を受け止めている。
それでも、神はその傷を時間遡行で瞬時に巻き戻し、抱えられたままの結城友奈は目を覚まさない。
(なにかで眠らされているのか、時間そのものが停滞しているのか。)
どちらにしても勇者達の戦い方が人間のやり方から進歩いていない。
拳を振るい、刃で切り、矢をつがえる。
どれほど力が増そうとも、点や面の攻撃ではそもそも神そのものは傷つかない。
それで倒せるなら未来で防人と戦った時か、もう一人の人間の沙耶が倒せている。
「斬っても斬っても、まるでダメージが無いなんて……。」
「おねえちゃん。離れて。那由多、合わせて。」
「分かってる。量子障壁展開。レーザーポッド配置。」
十華の7つの首から太陽の数百倍とも言われる巨大なブラックホールが次々に吐き出される。
それでも、神に到達するよりも前にすべて蒸発していく。
神の持つ熱量と情報量に対して、太陽の数百倍の質量と特異点の情報量をもってしても、まだ神の届かない。
何も決めていなくても、すぐに
「だけど、本命は私の方だ。フェーズ3からフェーズ10まで省略。天の神、お前の波動関数は
知っている。量子の波に消えろ。」
すぐに光が神の姿を遮る。
「こら、友奈ごと攻撃するなんて、こうだ。」
レーザーの光が途絶え、飛び出してきた神が放った攻撃で那由多の操る機械は、時間を巻き戻されて
すぐに砂と崩れて消えてしまう。
「居所的な変換だけじゃ、量子化して現象にまで分解することもできないの。」
「危ない。つかまって。」
ちょうど入れ替わりに復帰した若葉と高嶋が、崩れる量子障壁展開ユニットから那由多を引っ張り出す。
量子障壁はもともと量子混合状態を維持するための干渉状態を一定の場に展開する。
非局所的存在である神のすべてを存在から現象に変換することはできなかったのかもしれない。
「少しびっくりしたよ。危うく友奈を失うところだった。私に攻撃するのは良いけど、友奈まで巻き添えはダメだよ。」
やはり結城友奈は覚醒しない。
ここまでくれば認めるしかない。
神は私達と戦いながら、友奈の時間を停止させている。
どれほどの計算能力とエネルギーのリソースがあれば、あのような真似が可能なのだろう。
戦いの原則で考えれば、神の弱点になる結城友奈を積極的に狙いたいところだろうが、
たぶんあまり意味はないのだろう。
それくらいなら、無造作に御身を晒している神を直接狙ったほうが試行回数は増やせる。
(どちらにしても、勇者達にそういう真似ができないのだがな。)
勇者たちだけで不足なら、私も接近戦に参加すればよい。
取り戻した剣を振るい、勇者達の連携が途切れやすいところに無理に切り込む。
今の段階で無理に連携など考えず、手を休ませないことが必要。
本気で攻撃されたら、どんな防御も意味がない。
それでも、接近戦でさえ攻撃を防がれてしまう。
私の聖剣であれ、若葉の刀でも、高嶋の拳さえ、バリアのような特別な防御なしで、
反らしたり、受け止めたりで防がれてしまう。
「だとしても、私はまだ人間を知ってはいない。だから、貴方は言葉を違えることは無い。神故に。」
私が従えるのは
接近戦で効果がでないなら、その本当の力を開放する。
素のレオ・バーテックスだけでは実現不可能だった熱的死さえ越える唯一の焔。
「お!? おおおお?? これは。アル、貴方は……。」
終焉を超えて、原始宇宙よりも前から輝く永遠。
全ての多元世界の要素を誕生させる純粋な力。
今まで制御に成功したことなど一度もなかったが、今ならできる。
「アル、ホントにできたんだ。」
十華が驚いているが、実際できていることに私自身驚きを隠せていない。
今は光で何も見えないが、私が放った力の向こうに確かに2つの存在を感じる。
相対論的視点で見れば、比喩ではなく無限大に近い力のはずだ。
「だから、いい加減、友奈を巻き込んで攻撃するのは止めろーーーー!!!!」
神の怒りが波濤のように押し寄せる。
光ともにすべての力が消え去り、辺りは一面の暗闇に落ち着く。
音を媒質する物質も、においを運ぶ粒子の運動も、光の導きも、熱を伝える放射さえも感じられなくなる。
勇者や私以外の使徒が無事なのかさえも分からない。
私は生きているのだろうか?
それとも、死んでいるのだろうか?
(お嬢様、私は貴方にとって必要とされる存在に成れたのでしょうか?)
もし、そう成れたのなら、私もまた人間に成れたような気がした。