何も見えない。
耳を澄ませても、すぐ隣でみんなの名前を呼んでいるはずの高嶋さんの声さえ聞こえない。
あの瞬間とっさに掴んだはずの高嶋さんの手の感触さえない。
私達はどうなったのだろうか?
アルフレッドが放った光が消えて、何か良くないことが起こる気がしてとっさに高嶋さんの手を握った……はず。
それから、どうなったのだろう?
意識を失っていたのだろうか?
自分では意識を手放した記憶さえ思い出せない。
(たとえ感じられなくても、今はこの手の先に高嶋さんがいると信じられるから。)
ああ、それなのに、だからこそ、分かってしまう。
その手が離れそうになっていることが。
「待って、高嶋さん。お願いだから。」
高嶋さんの手をギュッと掴む。
ううん、本当は何もつかめていないのかもしれない。
「うん、約束は守るよ。高嶋友奈。キミの友達はちゃんと元の世界に戻してあげる。」
誰かが何かを言っている……気がする。
他に何も、自分の鼓動さえも聞こえないから、自分の妄想と区別がつかない。
自分の手の感覚が戻ってくる。
ああ、間違いないこの感触は高嶋さんの手だ。
いつもより少しひんやりしているけど間違いない。
「違うよ。それ左手だけだから。」
天の神の言が聞こえ、霧が晴れるように急にあたりが開ける。
「あ……。」
漏れ出た声は自分のものだとは思えないくらい、現実感に乏しい。
だって、こんなのおかしい。
「ずっと、握りしめていたの。それなのに。」
その続きの前に2つ影が飛び出す。
「お前はアアアアアァァァァァァーー!!」
「ダメだ。若葉。」
けれど、飛び出した影はあっけなく闇に溶ける。
その時になって、それが乃木さんを庇おうとして、影と盾だけ残して消滅した土居さんだと理解する。
誰もが動けないうちに乃木さんが飛び出して天の神が放った闇。
土居さんが跳ね飛ばさなければ、乃木さんも消滅していただろう。
さっきのブラックホールみたいな感じじゃない。
もっと違う冷たい。
そう、さっきまでの何も見えなかった感じとよく似ている。
それなのに、天の神は土居さんの行動さえも見透かしていたように、
1呼吸で2つの動作を完了する。
乃木さんが闇に隠れて飛び出した焔で吹き飛ばされる。
そして、その2つの落下がきっかけのように、長い間耐えてきた構造物が壊れ始める。
「え…。タマっち先輩。」
伊予島さんの声でようやく理解するする。
土居さんも、乃木さんも、
まるで意思があるかのように盾はその目の前に落ち、カランと本当に軽い物が転がって、そこには本当に何も残ってないのだと分かる。
目の前の光景はどこまでもクリアなのに、それとは別に視界はまるで朱く染まっったよう。
自分が何を思っているのかもわからない。
「返せ…。」
「うん? 何を? 全ては私から流れ出で私に還る。森羅万象すべて、キミ達のものなんて何一つないんだけどな。」
「高嶋さんを……みんなを返せぇぇぇえええええーー!!」
届いているかどうかわからない。
でも、そんなことは関係ない。
何度も、何度も、何度でも、
繰り返し、振り被り、斬りつける。
振り被り、横に薙ぎ、最後には棒のように叩きつける。
「その気持ちは正当だけど、さっきの乃木若葉のように返って仲間を失うことになるだけだよ。」
「おねえちゃん、ダメ!」
「放せええええーーー!! アイツを、高嶋さんを!」
不意に引き離そうとする力が消える。
バランスを崩して無様に転がる。
「あーあ、貴重な使徒という戦力をこんな形で消費しちゃうなんて、やっぱり友奈以外はいらないな。」
目の前の女は涼し気に何か言っている。
知らない。どうせ聞く価値なんてない戯言だ。
「いえ、未だです。タマっち先輩。私に力を貸して。」
今までにないくらい巨大な矢がボウガンから放たれる。
けれど、巨大な矢は巻き戻しのように伊予島さんの胸に吸い込まれる。
「が、は。タマっち先輩、ごめん。でもこれしかないから。」
「さすがの伊予島さんも冷静さを…ぐふ、これは形代…。身代わりを自分の身を守るためでなく、
攻撃に使ったのか。だけど、私は個で存在するものじゃない。私の攻撃は一度も無限も等価。
呪いで死んだところで、エネルギーが尽きない限り再度励起するだけのこと。」
本当にいつの間にか伊予島さんは十華が作っていた身代わり人形を自分ではなく、
天の神に使っていたんだ。
自分を守るためではなく、その絶対の力を打ち破るために。
それなのに、一度死んでも何も感じないなんて。
いえ、そもそも身代わり人形さえも効いていない。
十華がウソを吐いていたとは思えないから、天の神のいう通り、命が1つじゃないんだろう。
さっきまでの均衡がウソのように倒れていく。
「まだ終わってなどいない。」
伊予島さんが崩れ落ちるよりも早く、光速以上の神速で剣が伸びる。
収まるべきところに収まるように、天の神の首にアルフレッドさんの刃が食い込む。
彼の剣は全能者にのみ振るうことを赦された剣。
どれほどの力の差でも覆せるはず……だった。
そう、本当に収まるべきところは剣を振るったアルフレッドさん自身の首だった。
「返せるのは飛び道具だけじゃないよ。それじゃ段階を飛ばし過ぎだから様子見してたけど、
もう全部飽きちゃった。もういいよね。次こそ希望をつかめると良いねって言ってきたけど、
私は次はもういらない。こんな繰り返しならもう見たくもない。」
急速に頭が冷えていく。
アルフレッドの体がゆっくりと倒れる。
きっと物理的に首を刎ねられた以上に、霊的なところでダメージがあったんだろう。
でなければ、ただの熱になっても平気だと言っていたのに、起き上がる気配がない。
「さってと、那由多、どうする? あとはキミだけ。」
「当然戦うに決まってる。」
「そ、だったら、これでおしまいだ。」
言葉と現象が同時に起きたように見える。
来島さんの姿が消えると同時に、さっきまで彼女がいたその場所に向かって、吸い込まれるように施設内の残り少ない空気が流れ込む。
(天の神は遊んでいる。私達なんてその程度だって言うの。)
「躱した? いえ地面に潜行したのか。でもそれでは半分しか避けられなかったでしょ。」
確かにもう一度姿を見せた来島さんの左足と右腕が何かに削り取られたように無くなっている。
「でも、こちらが動ける時間は稼げてる。くらえ。」
まるで自分に言い聞かせるように残り少ないレーザーポッドから光が集まる。
「存在確率を下げるのは相手の属性に
「神を名乗っておいて、今度は雑魚キャラの特性があるだなんて、何だよそれ。」
ラスボスなんて存在しない。
いえ、クリア条件が設定されていないゲーム。
言葉通りの天の”神”なら、もしかすると設定、いえ、仕様を変更しているようなものなのだろう。
たとすれば、誰がこんな不評な展開を望むのだろうか。
「さ、もう良いでしょ。消えちゃえば?」
天の神がもう一度光を見せる。
「そんなの違う。」
けれど、その光は神の手を離れることなく、もう一つの手が触れた場所で爆発的なエネルギーを放出し始める。
「うわ、片腕切り落としたのにまた無茶をする。」
「こんなくらい平気だ。でも、貴方は約束を守らない。」
「高嶋さん……。」
確かに高嶋さんだ。
でも、左手は私が持ったまま。
さっきの来島さんのように削り取られた跡が見える。
「私はみんなを助けたいんだ。そうできないなら、貴方になんか従わない。ここで必ず倒す。」
「いいえ、約束は違えていないよ。だって、今、死んだって元の世界で生き返らせればいいだけじゃない。私が自分にやったことをみんなにもしてあげる、それで全部解決する。」
高嶋さんの打ち込みを紙一重で避け続けながら、天の神は不思議そうに聞き返す。
その動きは私も見たことがないくらい荒々しい。
いつもの綺麗な動きじゃない。
まるで激しい豪雨のように天の神の姿さえ覆いつくす。
それでも、天の神は何事もないようにそこに在る。
逆に高嶋さんの拳や足が少しずつ痛んでいるのが見た目にも分かってしまう。
ついに、カウンターのように天の神の拳が高嶋さんの顎を捉えそうになる。
「だめ、高嶋さん。」
自分から離れた高嶋さんと天の神の間に割り込むように、分身を出現させる。
ぎりぎりで分身の1体を割り込ませて、天の神の拳を受ける。
受けたはずの分身は霞のようにきれいに消えてしまうけど、何とか高嶋さんは拳を避けられた。
「ありがとう。ぐんちゃん。ちょっと周りが見えてなかった。」
「良かった。でも、もう黙って行かないで、たとえ……。」
「その先は終わってからにしタマえ。」
「タマちゃん。」
「土井さん。」
どうやったのか、怪我は残っているみたいだけど土居さんは私達の前に立っている。
「キサガイヒメ、ウムギヒメか。と言うことは。おっと。」
2つの剣閃を天の神のバリアが跳ね飛ばす。
だけど、天の神は追撃はせずにさらに飛んできた矢を落とそうとして、
矢が爆発した爆炎で見えなくなる。
「二人とも、大丈夫だったの?」
「ごめん、おねえちゃん。ちょっと死んでた。」
「……やはり奇襲は通じないか。」
そうか、十華には復活と癒しの力があると聞いていた。
アルフレッドさんは奇襲したかったみたいだけど、そこまでうまくはいかなかったみたいだ。
「おお、杏、無事だったか。身代わり使わなかったと聞いた時はタマげたぞ。」
「ごめんなさい。勝手なことをして。でも、天の神は1度や2度倒したくらいじゃダメなんだってわかりました。」
伊予島さんの胸元に大きな傷跡が見える。
あれは幻だったわけじゃないみたいだ。
「ふん、どいつもこいつもしつこい。本当にいい加減、私と友奈の邪魔ばかり、そんなに消えたいなら望み通りこの宇宙ごと消してやろう。何度立ち上がろうと、どれほど叫ぼうと、たとえ人類すべてを束ねようと、天には届かない。」
またさっきの闇が集まる。
「わたしがみんなを復活させれば、未だ戦ことはできるけど、アル、あれなんなの?」
「おそらく一定空間内のみでビッグリップの最終過程である無限加速による超弦の結合分解。宇宙自体に穴をあけて疑似的な開いた曲率の宇宙に変えている。」
SFで聞いたような言葉が聞こえた気がするけど、やっぱり簡単に倒せる相手じゃないって言うことは分かる。
「なんだって構わない。若葉ちゃんが戻ってくる前にやられちゃったら、また鍛錬だーって言われちゃうからね。」
みんなで頷く。
そうよ。みんな無事だったんだから、同じ攻撃ならまだあきらめなくても良い。
「気に入らない。だから、このまま消し…がああああああああアアアアアァァァァ!!??」
今までとは全く違う。
結城さんさえ手放して、膝をついて天の神がのたうち回りながら、苦しんでいる。
「バカな。神が急にこのように苦しむなど!?」
アルフレッドさんの驚き方から、誰かが攻撃したわけじゃない。
でも、どうして?
「茉莉さん、どうして!?」
「ダメだよ。沙耶ちゃん、やっぱりもうやめよう。貴方だって本当はこんな事望んでなかった。」
高嶋さんの言葉に合わせるように、天の神が血走った眼でゆっくりと自分を刺した人間を認識する。
「ま、つり……さ、ん?」
いつの間に移動していたのか、崩れ落ちる天の神の影から立ち上がったのは、秘密にされていた高嶋さんの巫女。
まるで血化粧のように天の神の返り血を浴びた横手さんだった。