「もし、神が最大の御力を振るうとすれば、瞬間無限加速による完全破壊。
原理的にこれを超える力は存在し得ない。強弱の問題でもなく、保有エネルギーの問題でもなく、
出力エネルギー自体が非可算無限になるからだ。この世で唯一観測された有限時間内に実行可能な無限。
だが、さっきお前たちの精霊の力を確認して、気づいたことがある。
乃木若葉、お前には資格がわずかながら存在する。だが、扱えばよいかは分からない。
使徒である私達でも知らないことだ。教えてやることはできない。」
「がああああああああアアアアアァァァァ!!??」
雷鳴のような叫び声が朦朧としていた意識を覚醒させる。
(私は…そうか天の神の攻撃を受けて気を失っていたのか。)
「そうだ、球子! 球子は!?」
「落ち着いてください。若葉ちゃん。」
いつの間にかひなたに膝枕されていたらしい。
ひなたの膝の部分を、少し私の血で汚してしまっている。
「ひなた。だが、私が考えなしに突っ込んだせいで球子が。」
私はまた失ってしまったのか。
「タマがどうかしたか?」
「球子!?」
ところどころ傷が残っているが、球子は無事だった。
むしろ私の方が重傷かもしれない。
「動かないで、すぐに治します。わたしの力も落ちちゃってるけど、このくらいならまだ。」
獅子と豹のよう間のような顔に長い首。
ようやく見慣れた十華の声。
癒しは働いているが以前よりゆっくりだ。
「何が起こっているんだ。」
「神様が苦しんでるんです。だから、わたし達使徒と力のパスが不安定になってるんじゃないかって。」
すべての平行世界を収めた究極の特異点でさえも、倒すことはできなかったのに。
「一体誰があそこまで追い詰めたんだ。球子、お前か?」
「その通り…と言いたいところだが、やったのは茉莉だ。巫女に攻撃されたくらい大丈夫だと思って、
油断していたんだろうな。」
「そうか、その、茉莉さん。ありがとう。貴方にとっては天の神は……。」
「気にしないでください、若葉さん。ボクにとっても沙耶ちゃんにとっても、こうするしかなかったんです。きっと。」
言葉でそうはいっても、その表情はどこか淋しそうに見えた。
「それで、一体どういうことなの? なんでみんなの攻撃が全然通じなかったり、怪我しても、
すぐ再生していたのに、今回だけずっと苦しんでるなんて。」
ようやく近寄って来た真鈴さんが首を傾げる。
「簡単に言えば、ボクは沙耶ちゃんを攻撃したんじゃなくて、もともと残っていた傷に思いっきり
触れたようなものだから。ただそれだけなのに、こんなに激しい反応をするとは思ってなくて。」
どうやら茉莉さんも予想していた訳ではないようだ。
「元からあった傷?」
そんなものがあれば、私達の攻撃で一度も触れなかったなんてことがあるだろうか?
「たぶん普通の傷じゃないんじゃないかな。若葉ちゃん。」
「では何の傷なんだ?」
「うーん、アルフレッドさんとかが知らない?」
友奈の言葉を聞いたアルフレッドさんだが、首を横に振るだけだった。
「残念だが、私も知らない。いや、神ご自身も気づいていない。」
「そう言えば、神様って沙耶ちゃんだったころに錯乱した天恐の人に刺されたことがあるって。
今思えば、なんで、その時はバリアも再生もできなかったんだろう?」
天の神の部下でも知らないのか。
「タマにはさっぱりだ。それはそれで気になるが、天の神を倒してから考えれば良いんじゃないか?」
「そうですね。タマっち先輩のいう通りだと思います。こんなチャンスはきっとないです。」
「ちょ、ちょっとだけ待って。みんな。」
「高嶋さん?」
いつもの友奈らしくない消え入りそうな声が、私達を振り向かせる。
見たことがないような思いつめた顔。
友奈は迷っている。
だが、友奈にその先を言わせないように、茉莉さんがその方に手をおいて、首を振る。
「もういいの、ゆうちゃん。もうあそこには誰もいないの。沙耶ちゃんも、結城ちゃんも、誰も。
今いるあの子には、もう普通に人として生きていく未来はないの。」
「茉莉さん……。」
私はこの人のことも、天の神のことも知らない。
ただ、分かるのは天の神は理由も告げずに多くの人を突然襲った。
その報いを受けなければならない。
そして、残った私達が生きていくために。
「ゼィ、ゼィ、何、を言って、茉莉さん。ボクは、ここに、いる。だ…ら、私を憐れむ必要、なんてない。」
「あれだけ苦しんでいたのに、もう復活したのか。友奈、迷うならここで待っていてくれ。私達で倒す。」
一足飛びに近づき、天の神の首を狙って、生太刀を振り下ろす。
確かに届いているのに、まるで刃が通らない。
「硬い。は!?」
反射的に顎を退くと、さっきまで頭が会った場所を何かが通り過ぎる。
「お前にくれてやる首などない。乃木若葉。ボク達の邪魔するなどもってのほか。私の前から消えろ。」
「く、なんだ!? 武器がひとりでに動くのか。」
さっき躱したのは西洋のランスに似た物だった。
そして、今度は偃月刀が無数に動き、私に向かって斬りかかってくる。
だが、ひとつひとつは脅威でないし、さっきまでの無情なくらい力の差がある攻撃ではない。
それでも手数の多さで防御に回ってしまう。
「しまった。足か!」
気が付くと急に足枷をはめられたように回避ができなくなる。
まるでその時を狙っていたように、木の幹ほどもある巨大な錫杖が横薙ぎにやってくる。
私の刀では受け止めにくい面の攻撃は、再び飛び込んできた小さな影が掲げる大きな覆いで進めなくなる。
「行くなら行くと行ってくれ若葉。だが、まあ、ランスを躱した分だけ、さっきよりは周りはまだ見えてたのか。」
「ありがとう。球子。助かる。」
さっきと違って、2人ともそのまま追撃について来た炎も、防げている。
「いい加減、鬱陶しい。」
炎が幻のように消え、見渡すこともできないほどの波が私達の前に迫る。
「宇宙空間なのにどこから水が出てきたんだ?」
球子が驚きの声をあげると、同時に波は私達に襲い掛かることなく凍り付く。
「タマっち先輩も油断しないで。未だ終わってない。」
「おお、サンキューな、あんず。」
杏の言葉が終わらないうちに凍った波が砕けて、無数の氷塊が不規則な軌道を描きながら、音速を遥かに越える速度で私達に襲い掛かる。
「うわ、こいつら盾を避けて飛んでくるぞ。」
球子の言い通り私達が襲ってくる氷の礫を破壊しようとしても、器用に避けてくる。
恐ろしいほどの制御能力。
数は数千や数万では済まないだろうに、これほど器用に操作してくるとは。
(大天狗の力で焔を呼べば。)
「それはダメです。若葉さん。精霊の力は瞬間ごのに使わないと継戦能力に影響します。ただの氷なら、わたしが。」
私の意図を察したように地面から焔の壁が立ち上がり、氷塊を蒸発させていく。
「あつ…く、無いぞ?」
球子の言う通り、焔の壁は私達ごと氷を溶かしているのに、私達にはダメージは感じられない。
「いちおう、わたしの焔は"命の灯"だから、焔のダメージを感じる前に治してしまうこともできるんです。」
蒸発した氷でできた霧の向こうから、人間の姿に戻った十華が走り寄ってくる。
「おお、確かにちょっと体力が戻った気がするゾ。あとで10タマポイントやろう。」
「えっと、ありがとうございます。でも、神様が弱ってわたし達の力も弱くなってきています。皆さんの出力も神樹様から頂いたものだけに戻っているはずだから、気を付けてくださいね。」
「わかった。だが、それはチャンスでもある。使徒だったお前たちこそ注意しろ。私達なら大丈夫だ。信じてくれる仲間がいてくれるのだから、今まで通りに戦うだけだ。」
霧の向こうから何かが立ち上がる気配がする。
まだ影すら見えないが、1つではない。
それはすぐに姿を見せる。
「おおお!? なんだ? 蠍の尻尾がたくさん出てきたぞ。」
「大丈夫、今度はちゃんと”刺されない”から。」
不思議なことに蠍の尻尾は人間に戻った十華を刺すことなく、すべて受け止められている。
「あー、それタマもやりたいゾ。」
「タマっち先輩変なこと言ってないで、ほら合わせて。雪女郎。」
「分かってる。輪入道いけ。」
雪と火、本来真逆の効果で発生する熱の現象だが、どうやら打ち消し合うことなく届くみたいだ。
「そして、私がたたーく、千回連続、勇者ーパーンチ。」
私達を阻んでいた天の神の結界が、硬い音ともに崩れる。
天の神にも膨張と収縮による微細な構造の変化は発生するのだろうか。
いや、本当にそんなことが起こっているなら、もしかすると。
通常の状態ではとても及ばないとしても、やはり今は動きに精彩を欠いている。
今も友奈の拳を地面に潜ってかわそうとして、片足しか沈まなかったせいで、逆に身動きできなくなっていた。
それでもなお、さっき刺された腹部をかばって動いているように見える。
私達だけでなく、十華達の攻撃さえも刺された傷には及ばないということなのだろう。
なら、完全に立ち直るより先にやってみる。
私の考えが当たっていれば、一矢報いることができるはずだ。
いや、報いて見せる。
「みんな、私に力を貸してくれ。いくぞ。」
「え? 若葉ちゃん!?」
大天狗から義経に切り替えて、ジグザグに天の神に向かっていく。
無意識なのか、友奈に向き合ったままの状態で、大量の針が私に降り注ぐ。
だが、このくらいの攻撃なら、友奈たちの練習の方がまだ大変だ。
「だから、1人で突っ走るものじゃないでしょう。」
気が付くと千景の分身の一つが、”背後”から飛んできた針や雷を防いでくれていた。
「すまない。千景。だが、どこから攻撃を。」
「さあ、針はあの回転する板みたいなのが反射していたけど、急にポップしてきたわ。
たぶん、さっきの高嶋さんが攻撃を受けた時に地面の下を移動させていたんでしょ。」
そうか、かわそうとしたんじゃなくて、次の攻撃の手段だったのか。
「針はともかく、雷を地面の中に通して、なおかつ、1つの方向にまとめるなんてことができるとはな。」
「たまにいるわよ。格闘系のゲームだと。」
「……ゲームと同じことができる? 刺されてもなお遊戯感覚なのか。」
あれだけ苦しんでいて、なお、私達との力は隔絶している。
いや、私達とのリンクが不安定になっている今の方が、力の差はあるのかもしれない。
「みんな、済まないが、そのまま攻撃を続けて欲しい。」
「若葉さん、何か考えがあるんですね。こっちは私とタマっち先輩と友奈さんがいますから。」
「ありがとう。杏。」
「行ってこい、若葉。」
「若葉ちゃん、お願い。」
「今度は後ろや下からも覚えておきなさい。」
みんなの言葉に頷くと、再度加速度を上げていく。
「ちょろちょろと、鬱陶しい。ネズミか! なら空間制圧にするだけだ。」
天の声が霞に消える。
闇と霧がすべて覆い隠す。
「目くらましのつもりか。ごほ。これは……。」
この霧。毒が含まれているのか。
「ふう、だいぶ痛みが引いて来た。まさか茉莉さんは知っていたのかと思ったけど、
そうじゃないみたいだね。まともなダメージなんてだいぶ受けてなかったから、すっかり忘れていたよ。」
闇が集まる。
「でもこれでおしまい。貴方達にできるのは、さっきの渾沌みたいに宇宙とか平行世界全部とかをブラックホールに放り込んで強力なのを作るのが限界。でもボクは違う。そんな面倒なことなんてしなくても、直接無限の力を発揮すればいい。こんな風にね。
アルフレッド達から事前に聞かされていた未来の彼らが見たという本当の終焉。
あらゆる力を分離し、原始から星座まであらゆる集合を引き裂きながら、最後は時空構造自体さえも破壊されるという。
時空構造なんて言われてもさっぱりだが、目の前の黒がどれほど邪悪なものかは瞬時に理解できる。
これは力で対応することができないもの。本当にどうしようもない力なのだろう。
「だが、それは待っていた瞬間でもある。無限の力はただそれだけだ。お前だけのものじゃない。」
私にその資格があるというなら、今こそ答えて見せよう。
「これで、どうだ!」
闇の中にまっすぐに斬り進んでいく。
「自分から飛び込むなんて、期待したけどこの世界もダメだったね。 え? そんな方法。」
「勝手に終わりにするなーーー!」
時空構造さえも破壊する力の正体は、真空の膨張を引き起こすインフラトンとかいう力を引き上げ、
通常のスケールを遥かに超える規模に変化させていることだと、アルフレッドさん達は言う。
通常2.176×10-17グラムのインフラトンのエネルギーを101043グラムまで引き上げているという。
それだけではないが、それこそが急激な膨張加速の原因なのだという。
聞いただけだとそんなことで本当に無限の力など考えられないが、現実だというなら、抗って見せる。
「精霊としては普通の義経の力をそんなに強化する。体は……十華に治し続けてもらっているのか。いや、そうだとしても、”跳躍”の回数が足りてない。」
天の神の推測通り、今も私の体は原子いや素粒子レベルで分解し続けている。
しかし、さっき直に十華の力を実感したことで、踏ん切りがついた。
彼女たちを、彼女達が宇宙の寿命よりも長い間忘れなかった想いの強さを信じてみよう。
だから、今も瀕死の重傷を常に負い続けながら、瞬時に回復すると信じて刀を突きたてる。
それほどの加速度が加わっているのに、私達の位置はほとんど変化していない。
「お前、乃木若葉。アルを精霊のように切り札として使ったのか。自分の中に他者を招き入れるなんて、狂ってる。」
舌打ちしながら、天の神がぼやく。
確かに義経は”跳躍”を繰り返すことで加速度が上昇する。
その上限は存在しない。
言い換えれば、無限に加速することも理論的には可能だった。
ただ、天の神の放つ無限の膨張加速に拮抗するにはその回数が絶対に足りない。
無限に加速するには、無限回数の加速を行わなければならないという矛盾。
だが、アルフレッドさんが熱エネルギー状態で私に精霊のように力を貸してくれている。
そうすることで初めて義経の”跳躍”回数を現実的な回数にすることができた。
だが、それはお互いの心の距離がゼロになるに等しい。
すくなからず、お互いの心の内面を覗き込むことになる。
だから、天の神のいう通り、正気ではできないというのも道理だろう。だが……。
「そうかもしれない。だが、私は自分の生き方は曲げない。そして、人間も自分の生き方を決めていいはずだ。たとえ、お前が本当に私達の世界を創ったのだとしても、命を与えたのなら、命の苦しみもわかるはずだ。」
「そんなもの知ったことか、ぐふ。」
奴の傷が再び開く。
「千景、頼む。私達は手一杯だ。」
「分かっている…わよ!」
千景がいつもと違い下段から切り上げるように鎌を振るう。
「が、は。」
あれほど届かないと思った天の神の体が、天高く舞う。
そのままあっさりと金属の床に叩きつけられる。
「終わった……?」
振りぬいた鎌を信じられないように千景が見ている。
「やったー、ぐんちゃんやったよ。あ……。」
思わずと言った感じで千景に飛びついていた友奈が、茉莉さんと十華を見る。
だが、2人とも頷いて友奈を肯定する。
そこで、ようやく実感が持てた。
私もひなたを振り返りながら、高らかに宣言する。
「私達の勝……え?」
言葉は続けられず、横合いから吹き付ける殺意に、もう一度身構える。
「よくも、ここまでやってくれたな。変身は友奈に見せようと取っておいたとっておきだったのに。
この姿を見せた以上、覚悟はしてもらうぞ。過去の勇者達。」
天の神はずっと、私達と同じ中学生の制服を着ていた。
だが、今は明らかに違う。
友奈と同じように、手甲を備えながら、背中と足首あたりから翼と羽根をそれぞれ備える。
色合いこそ制服と同じ青に白のラインを多用した物だったが、私達と違い明らかに鎧といえる姿。
私達の勇者に変身する前と後で全く違うように、
十華が巨大化した時に圧倒的な力を持つように、
アルフレッドさんが熱エネルギーだけになっても戦えるように、
天の神もまたその姿を変えていた。