松永沙耶は神である   作:スナックザップ

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終章
神世紀300年12月1日


これはある女の子のお話。

 

彼女の名前は結城友奈。

今年で中学二年生。

 

一見すると、ごくごく普通の女の子。

 

ずば抜けたところは何もないけれど、友達想いで誰とでも仲良くなれる。

そんな、どこにでもいそうで、誰の代わりでもない。

 

そう、彼女はたくさんの友達がいる。

 

小学校に入学する前から一緒に遊んでいた子。

ずっと一緒に遊んできたけれど、離れ離れになった子もいれば、変わらず中学校まで同じになった子もいる。

 

中学校になってからできた友達もたくさんいる。

 

お隣に引っ越して来た東郷三森。

先輩で部長の犬吠埼風。

その妹で後輩の犬吠埼樹。

大赦から派遣された三好夏凜。

最後に勇者部に加わった乃木園子。

 

その誰もが安堵の表情。

 

それも当然のことで、2ヵ月以上もの間、結城友奈は昏睡状態にあったのが、

昨日、急に目を覚ましたのだ。

 

 

「よく帰ってきてくれたわ。友奈。」

「ま、まあ、私は友奈のことだろうから、きっと元気になるって分かってたわ。」

「夏凜さんてばこんな時まで。でも、本当に良かったです。友奈さん。」

「ふっふっふ、これはお祝いだね~。お祭りだね~。ゆーゆ復活祭~。」

「ありがとう。みんな。結城友奈、ただいま帰還しました。なんて。」

「ふふふ、もう友奈ちゃんってば、あら?」

 

地面のわずかな振動。

少しずつ、病室に近づいてくる。

続けて、聞こえてくるのは看護師の注意の声。

 

「うわわ、引っ張らないで。」

「友奈が目覚めたって、本当!」

 

扉をスライドさせるのももどかしいとばかりに、飛び込んできたのは2人の少女。

 

1人は友奈、東郷、夏凜のクラスメイトにあたる来島那由多。

 

そして、もう一人は。

 

「沙耶、来てくれたんだ。でも、どうして私が目を覚ましたって分かったの?」

 

「それはもちろん、友奈の一大事だもの。と言いたいところだけど、

前にお見舞いに来た時に東郷さん達と知り合いになって、友奈が目を覚ましたら、

教えて欲しいって頼んだんだよ。」

 

オーバーアクションで手振り身振りを交えながら、沙耶が説明する。

 

「松永さん、病室を走ってはいけません。次からは折檻です。」

「そうだよ、ひっばられた私は眼鏡がずり落ちそうだよ。」

「う、すみませんでした。」

 

東郷と那由多に詰め寄られて、目が泳いだまま沙耶が謝る。

 

そこで、ようやく全員の表情が柔らかくなった。

 

 

「友奈が倒れたって聞いた時は、ひっくり返ったけど、良かったぁ~。

あ、ずっと全速力で走ってきたから、あ。」

 

急にガクンと沙耶が崩れ落ちる。

 

「沙耶!? 大丈夫?」

 

急に視界から外れた沙耶を、友奈が覗き込むようにしながら尋ねる。

 

「いやいや、大丈夫じゃないのは友奈でしょ。私のはずっと走ってきて

安心したら緊張が切れたんだよ。ほら。」

 

ばね仕掛けのおもちゃのように、ぴょんぴょんと沙耶が跳ね上がる。

 

「折檻。」

「うわあ、ごめんなさい。」

 

東郷から離れるように沙耶はベッドの反対側に移動する。

 

「何やってるのよ。那由多、アンタこいつの知り合いなんでしょ。」

「知り合いって言うか。”この前会ったばかり”なんだけど。」

 

夏凜の呆れた声に那由多は不満そうに答える。

 

「こらこら、アンタ達、友奈は昨日、目を覚ましたばかりなんだから、

大人しくしなさい。」

 

「はーい。」

 

だれかの声が間延びした返事になる。

 

「……ゆーゆ、大丈夫?」

「友奈ちゃん?」

「あ、うん、大丈夫、だよ。東郷さん、園ちゃんも。まだなんかふわふわした感じで。

私、ちゃんと帰ってきたんだよね。夢じゃなくて。」

 

 

目が覚めたばかりのためか、少し友奈の意識は現実感に乏しい。

 

そんな友奈を、東郷の瞳が上から下まで見つめる。

 

「ええ、大丈夫、いつもの可愛い友奈ちゃんよ。」

「やった。東郷さんのお墨付き。だったら大丈夫かな。」

 

今までのように小さなガッツポーズを決めている。

 

「はいはい、そろそろ解散しましょう。みんな明日もあるんだから。

特に松永さん?だっけ、その制服、貴方は圏外なんでしょう?」

 

急に名指しされて、目をパチパチさせている。

 

「えっと、はい、よくご存じですね。でも大丈夫です。

今からなら何とか日付が変わるころには帰れます。」

 

けれど、風は軽く首を振って一蹴する。

 

「いや、それダメでしょ。仕方ない。樹、良いわね。」

「仕方ないね。沙耶さん、今日はうちに泊まっていってください。

お姉ちゃん言い出したら聞かないから。」

「ええーー。いや、ほら、そう、だったら、友奈のお家に泊めてもらいます。

それなら安心ですよね。それじゃ、また今度ヲヲーー。」

 

ドップラー効果の付いた挨拶を残しながら、病室の窓から飛び出していく。

 

「ちょっ!? ここ3階。」

 

けれど、近くにあった木を利用しながら、まるで猫か猿のようにするすると降りていく。

 

「それじゃ、失礼しまーす。」

 

その姿はあっという間に顔が判別できないほどになっていく。

 

「何だか、忙しそうな人でしたね。」

「アハハ、沙耶は昔から逃げるのとかくれんぼが得意だったからね。

すごく動きが早いんだよ。ちょっと懐かしい。」

 

友奈が少し笑いながら、何も考えずにそんな言葉を話す。

 

「そう言えば、私が初めて会ったときも、走り出そうとして、

ぶつかりそうになったわね。」

 

「何それ、まるで走ってないと死ぬ病気みたいね。

考えるより早く行動するところは、誰かさんとそっくりね。」

 

東郷の言葉に夏凜がぼやいてしまう。

 

「まったくね。さあ、アタシたちも帰りましょう。友奈、また来るわね。」

「はい、風先輩。私も早く復帰できるように頑張ります。」

 

 

 

 

 

みんなが去り、日も落ち、静寂が室内を支配する。

 

「やっと帰って来れた。今度こそきっと。」

 

ただ一言呟いた友奈は何を決意するのか、ただ牛鬼たちがいなくなった携帯をそっと取り出す。

 

バックライトに照らされた画面に映っているのは”文化祭”の劇の写真。

地元の新聞で意識不明からの復活として取り上げられた時のものだ。

 

友奈はその記憶を鮮明に覚えている。

 

 

風の魔王役も、自分の勇者役も、セリフの一つ一つさえ覚えている。

劇の最後に自分の意識が一瞬だけ途切れたことも。

 

文化祭から1ヵ月前くらい経っている。

 

レオとの戦いで意識を失ったのが9月の終わり。

 

(私、どうして参加していない文化祭の劇の思い出があるんだろう。みんなも覚えているし。)

 

それなのに、誰一人としてそのことを疑問に思えていない。

 

まるでそのことが”あたり前の日常”であるかのように。

 

ただ、友奈だから覚えていたことも1つだけあった。

 

「沙耶、本当のあなたはどこにいるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙耶は病院を出ると、帰るべき方向ではなく、海の方に移動し砂浜にまで来てしまった。

 

「はっ、とっ、よし、誰も見てないな。」

 

岩場の影の砂の中から掘り出されたもの。、

そこに在ったのは中学生になじみの交通手段。

自転車……に見える何かだった。

 

「バッテリーは十分。天候は晴れ。出発。」

 

一見すると電動自転車のようにも見えるそれに電流を流すと、

自転車と彼女の体が少しだけふわりと浮く。

 

彼女自身はそれが厳密に何なのか分かっていない。

 

どこから持ち出されたのか、何者なのかも分からないが、

急激に軽くなった体でペダルをこぎだす。

砂浜で自転車など車輪が沈みそうなものだが、そうはならない。

浮いた状態のまま、まるで目に見えない道路を走るかのように進み始める。

 

「おおー、早い、早い。やっぱ、これってメチャクチャ早いよ。

ただの自転車に謎物質つけただけなのに。」

 

いつか、これが何なのかちゃんと調べたい。

 

そんなことを思っていても、子供の知識と小遣いで調べられる範囲は限られていた。

ただ、時間だけはまだまだある。

 

だから、ゆっくり調べていけばいい。

 

そんなことを考えながら讃州市から一度東に通り抜け、国道32号線沿いに移動している。

 

沙耶の帰る高知まで続いる道だが、本来自転車で向かうような距離ではない。

だが、今の速度は人力やただの補助バッテリーとはまるで違う。

オートバイと見間違うような速度で走り抜けていたので、2時間もすればたどり着くだろう。

 

明らかな異常はそれだけではない。

 

本人も気づいていないが、夜間とは言えすれ違う自動車の人間たちも、

自転車が自分たちに近い速度で走っていくことに異常を感じない。

 

慎重さが足りないというのは、やや難しいだろう。

今まで”異常”と指摘されたことなどほとんどなかったのだ。

だが、一度周りにいる者に受け入れられてしまえば、どんな”異常”も”変わっている”だけと

認識を置き換えられていく。

 

人間はすぐに慣れていくものなのだから。

 

だから、彼女達はまだ自分たちが日常に戻れていないことに、

未だ誰一人気づくことはできていなかった。

 

戦いは終わった。

今度は誰も犠牲にならずにすんだ。

 

どこまでも優しい世界と都合の良い環境たち。

友奈が目覚めた時期がおかしくても、園子がすでに讃州中学に編入してきていても、

誰もおかしいと言い出さない。

 

 

誰でも自分にとって都合の良い現実が目の前にあるなら信じるだろう。

自分の存在自体を揺るがすような荒唐無稽な真実からは遠ざかる。

 

それこそが正しい人の姿。

 

目の前からバーテックスが去り、天の神が怒る理由もない。神樹の神託もなにも告げない。

 

おかしいと言い募って、変えるべきものはこの世界のどこにも残っていなかった。

 

 

 




最初の方の歴史では、原作より友奈や園子の供物が返ってくるのが早くて、
今回の歴史では逆に遅れていたりします。
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