「お母さーん!」
和風建築の家に東郷の声が通る。
それでも、返事が返ってくる様子はない。
どこかに出かける用事があるとは聞いていないと、首を傾げながら、
雨の中来客を待たせるわけにもいかず、東郷は表に出る。
扉を開くと、そこにはたくさんの神職の姿。
雨の中にもかかわらず、一糸乱れず畏まる。
「そんな、もう終わったのではなかったのですか?」
「先ほど神樹様より新たな神託がありました。我々の想定を越える事態が進んでおります。」
「だからと言って、これ以上みんなを……。」
「これは、貴方にしかできないことなのです。東郷三森様。勇者と巫女の両方の力を持つ貴方にしか。」
「私?」
雨音は徐々に強くなり、霧がすべてを覆い隠していく。
「わー、遅刻、遅刻。」
「友奈、朝ご飯は?」
「うーーー、今日は我慢するー。行ってきまーす。」
両親にそう告げると、友奈は自宅の門を飛び出していく。
それでも友奈の自宅から学校までの距離を考えると、遅刻寸前だ。
それでも、友奈は隣の門を見上げてしまう。
(あれ? なにか、ええーっと、いつも誰かと……。)
慌てて首を振り、引っかかりを取り払うと再び駆けだす。
道路を力強く蹴り、水たまりを避けながら、最高速に近いスピードで走っていく。
5分ほども疾走した頃、ようやく見知った背中が見え始める。
「おっはよー、夏凜ちゃん。園ちゃん。」
「おはよう、友奈。」
「おはよう、ゆーゆ………、は、ボーっとしてたみたい。」
「あらら。」
「なんで、今のタイミングでボーっとしてるのよ。」
違和感は声にかき消されて、すぐに馴染んでいく。
ハッキリと自覚できないまま、話している間に教室にまで着いていた。
「おはよー、友奈。」
「おはよう。」
「園子さん、この間の小説読んだよ。」
「ありがとうー。どうだった? どうだった?」
「夏凜、今日もあいしてるー。」
「1人だけ、挨拶がおかしいでしょ。」
どうやっても彼女の周りには人が集まる。
ある意味で、それも一つの能力なのかもしれない。
「夏凜、頼む打ってくれ、部長の中学最後の試合なんだーーー!」
「まったく、アイツらは…、言われ、なくても、やってやるわよ!」
口ではベンチで騒ぐ那由多の声にボソッと答えながら、
最後は気合を込めてバットを振りぬく。
白球はまるで意思を持つかのように空高く舞っていく。
「やったー! 入ったよ。夏凜ちゃーん!」
「ふふん、見たか、完成型勇者の実力を。」
「みんな、待たせたわね。遂に完成したわ。
予定通り次の幼稚園の劇は勇者と魔王のリベンジよ。」
丸めた脚本どこへともなく指示しながら、風が宣言する。
「お姉ちゃん、脚本間に合うの? 受験だって忙しいのに。」
「大丈夫、為せば大抵何とかなる。今回は園子にも手伝ってもらっているからね。」
「ほとんど園子作の間違いじゃないの?」
樹の心配に胸を張って答えるが、夏凜が茶化すように言い放つ。
「なにおう!? アタシだって、ちゃんと書いたわよ。」
「あはは、私も小説と違う書き方っていうことで参考になったよ~。」
風の反論は真実ではあっても、
それを事実として答えるのはともに作業してきた園子の答え。
時間は穏やかに、しかし、駆け足で多くの思い出を刻んでいく。
まるで時間を進めることで失われた今を埋めるように。
「とにかく、完成した以上は、後は役者の出番よ。友奈。」
「はい、結城友奈。全力で勇者になります。」
ようやく劇の幕が上がる。
「勇者は傷ついても、傷ついても、決してあきらめませんでした。
ずべての人が諦めてしまったら、それこそこの世が闇に閉ざされてしまうからです。
勇者は自分が挫けないことが”みんな”を励ますのだと信じていました。」
樹の声をバックに、風が扮した魔王が勇者の剣を払いのける。
「そんな勇者をバカにする者もいましたが、勇者は明るく笑っていました。
意味がないことだというものもいましたが、勇者はへこたれませんでした。」
大仰な動きで払いのけられる勇者。
それでも、何度も魔王と対峙する。
「気が付けば勇者は1人ぼっちでした。1人ぼっちであることを誰もしりませんでした。
一人ぼっちになっても勇者はそれでも、それでも勇者は戦うことを諦めませんでした。
諦めない限り希望が終わることはないからです。」
聞こえているのは樹のナレーション。だが、友奈は別の誰かの声を思い出す。
―何を失っても、それでも、それでも、私は一番大切な友達を失いたくない。―
「あ……。」
友奈の瞳から涙が零れ落ちる。
「ちょっと、友奈!?」
―さびしくても、辛くても、ずっと私と一緒にいてくれるって言ったじゃない。―
「園ちゃん。」
「思い出したんだよね。ゆーゆも。」
「私、どうして、忘れて…痛っ!」
―友奈ちゃんが、誰もやる必要なんてない。―
(違う、東郷さんは、”今回はこんなこと言ってない。”)
それはとても大切な思い出。
勇者部全員でつかみ取った未来の記憶。
たくさんの人たちが夢にも思えなかった未来。
「東郷さん! どこ。」
何故か劇のために集まった誰もが動かない。
「これって、樹海化の時と同じ。」
まるで写真の一枚のように静止した空間。
そして……。
「それでもあなたは思い出す。思い出してくれる。結城友奈さん。
大切な友達を思い出すためなら、別の世界の記憶でも、未来の思い出でも。
那由多も使徒でなくなってしまったから、私達もあなた掛けるしかない。」
「誰。って、なんで気づかなかったんだ。私……。」
夏凜が誰何しようとして、声の主を見て続きを忘れてしまう。
そこにいたのはさっきまで友奈に声援を送っていた園児。
さっきまで声援を送っていた様子は鳴りを潜めたように、寂しそうに佇んでいる。
「貴方、一体。いえ、これは貴方がやったの?」
「はい、でも、戦うためではありません。私も劇を楽しみしていたんですよ。
でも、あなた方の探し人ももうすぐ来ます。」
「探し人、それって…。」
答えるように、誰かが駆けてくるくる靴音が聞こえる。
「友奈ちゃん!」
「東郷さん!」
反射的に、そう、本当にその姿を見た瞬間。
友奈の不安は薄れて消えていった。
「わっしー、良かった。」
「そのっちも、連絡できなくてごめんなさい。」
ようやく、全員が1つの不安は解消できた。
だが、風は改めて表情を引き締めて目の前の園児に尋ねる。
「全部理解しているのよね。見た目通りの子供扱いは不要ね。」
「ええ、ただ、記憶を継承しているだけなので、この姿は本当です。どうぞこちらへ。」
そのまま園児は返事を待たずにどこからともなく現れた宙に浮いた扉を開く。
「どうしよう。お姉ちゃん。」
「どうしようって、ええーい、虎穴に入らずんば虎子を得ず。行くわよ。」
「ま、しゃーないわね。前と違って敵意は無いみたいだし。」
「うーん、悪い感じはしないから大丈夫かな。」
「東郷さん、東郷さんは何か聞いてる?」
「ええ、でもみんなにも直接見てもらったほうが良いと思う。」
扉の向こうは何でもない街の風景が見えている。
つまり、外から見る分にはただの張りぼて。
しかし、先に入った子供が消えた以上は、見かけは張りぼてでも、
中身は違うのだろう。
実際、最初に潜った風の姿も見えなくなり、
友奈、東郷、樹、夏凜、園子と全員潜りぬけ、時が止まったその場所から、
誰も見えなくなっていた。
「ここって……。」
「どこかの建物の中?」
「うわー、機械でいっぱい。」
「大赦の人間、ここ大赦なの?」
勇者部のメンバーがあたりを見回すと、
どこかの施設の中だということしか分からないくらい、広大な空間が広がっている。
それこそ、巨人のための施設だと言われても納得してしまうくらいの広さだ。
その広大な施設の中を複数のドローンと目も鼻もそぎ落としたような
のっぺらぼうのロボットが整備や組み立ての作業を黙々と繰り返している。
「友奈ちゃん、みんな」
「東郷さん! ここっていったいどこなの?」
異様な施設と表情の読めない大赦の人間たちに気後れしていた友奈たちも、
ようやく見知った顔を見て安心する。
「ここは戦艦新生扶桑よ。私達の御国を守るための盾。」
「だーかーら。勝手に名前変えないでよ。東郷。
これはグレイグー級第六世代1番艦サンド・レコナー。私達新生防人の拠点だって。
勇者部用が必要なら作るからさ、ちょっとは待ってよ。」
「むぅ、我が国の艦船がそんな西洋にかぶれたような。」
「いや、そこは和魂洋才って言ってよ。ただでさえアイツの趣味で、
さすがに船の名前を原義通り考えると、」
そう言いながら、離れたところにいた大赦の一団の中から、
場違いな少女たちが飛び出してくる。
「あれ、沙耶ちゃんもいたんだ。」
「楠、芽吹、さん。どうしてあなたが。」
「三好さん……いえ、今は貴方達も来て。みんなで生き残るために。」
「まずは、私達の自己紹介ですね。東郷さんには繰り返しになりますけど、
楠隊長。やっぱり、貴方からお願いします。」
「分かったわ。三好さんとは久しぶりだけど、私は楠芽吹。
この施設で活動する防人の隊長よ。」
「防人……って何なんでしょう。大赦が考えていたのなら、
私達勇者は同じではないんですか?」
「樹の言う通りね。アタシや夏凜がちょっと聞いた感じだと、
勇者を増やすみたいな感じだったけど、今聞いた感じだと違うように聞こえる。」
一番基本的な樹の質問
「防人と貴方達勇者の最大の違いは神樹様に選ばれたかどうか、
私達防人は人間、つまり大赦が選抜していた。そして神樹様に選ばれていないから、
神樹様の力を直接使うのではなく、神樹様から頂いた力をもとに
大赦が研究した武器を使う。
こうすることで外の焔から守る結界に維持する力を減ずることなく、戦える。」
芽吹が淡々と事務的に説明する。
「ええっと、じゃあ、芽吹ちゃん、あ、芽吹ちゃんって呼んでも良い?」
「構わないわ。」
「ありがとう。芽吹ちゃん達は私達の後、バーテックスと戦ってきたんだよね。」
「そうね。」
「だったら、教えて。沙耶は、ええっと、神様になっちゃった方の沙耶は
どうしているの?」
今の友奈は同一時間内での平行世界で発生した事象を、記憶として認識している。
記憶なのですべてではないが、
少なくとも今の自分は前回の戦いで意識を失ったことは無い。
「私、最後の戦いで沙耶と会ってたのに、今まで忘れてた。
沙耶が私の友達だったことも、どうして天の神になったのかも。
芽吹ちゃん達は知っていたの?」
友奈はじっと芽吹の瞳を見つめる。
やがて、芽吹の方が1つため息をつく。
「どうやら、自己紹介は必要ないみたいね。夏凜、貴方達も?」
「残念だけど、私達は違うわ。友奈が何を言っているのかさっぱりよ。」
「ええっとね。夏凜ちゃん。世界がたーくさん。わーってあって、私達が戦ったり、
戦わなかったりして、沙耶が天の神になって人類の敵になっちゃったりしてるの。」
友奈が勇者部の全員に一生懸命に話すが、絶妙なくらい説明が合っていない。
「芽吹、悪いけど、お願い。」
「え、ええ。」
「う、ごめんなさい。夏凜ちゃん。」
不得手であることは自覚しているため、友奈はあっさりと語り手を降り、
再び芽吹に注目が集まる。
「私もすべてを把握しているわけじゃない。ほとんどが沙耶や十華から聞いたものよ。
園子もある程度は思い出してるのよね?」
「うん、大丈夫だよ。でも、私、楠さん達が過去に飛ばされた後も、
戦っていたはずなのに、いつのまにか病院に戻ってて、
体も動くようになっていたんだよね。」
園子が首を傾げるのも無理はなく、”今”つなげる過去が存在しない。
「それはしかたないことかな。アイツ、もう一人の私は、
そういうしがらみをご破算にしちゃったから、
言ってみれば、この世界は因果律どころか因果関係さえ無視して廻り始めてる。
いろんな過去や未来を切ったり張ったりモザイクのように継ぎ接ぎして
できた世界に変わりつつある。
貴方達は忘れちゃっているけれど、
確かにあった夢の続きを作り出すための始まりだから。」
「それは、困ったね。どうしようかな。」
沙耶が肩をすくめながら、園子の疑問に答える。
答えを聞いた園子もボーっとせずに何かを考え始めてしまう。
何人かは置いてきぼりで、顔を見合わせてもお互いに首を振るばかり。
それでも、まずは動くことから始めようと、風が沙耶の方に確認する。
「なんか、話が無茶苦茶ね。
でも、その前にアタシたちができる問題だけでも片付けさせてほしいわ。
私達を連れてきた子を親御さんのところに返さないと。」
「わたしのことでしょうか?」
ふらりとここに来る前に扉をくぐった園児が姿を見せる。
「さ、戻りましょう。幼稚園の先生たちも心配しているわ。ええっと、郡ちゃん?」
名札を見ながら、風が呼びかけるが、呼ばれた園児はただ首を振るだけ。
「いいえ、もうわたしのことはみんな忘れてますよ。わたしも天の神の関係者だから、
ちょっと意識を反らして気づかれないようにするくらいはできます。」
それまで成り行きを見ていた夏凜が急にはじけたように刀と精霊を取り出す。
「夏凜ちゃん!?」
「もしかして、アンタ、あの時の獣。十華か!」
刀を眼前に着きつけられても落ち着き払った幼児。
それだけでなく、芽吹も沙耶も夏凜を止めようとすらしない。
その間にも勇者たちはハラハラしながら、二人を見つめる。
「ええ、はい、わたしは郡十華です。最後に
天の使徒最後の二柱が片割れ。」
「こんな小さな子が?」
「近づいちゃダメ。樹。」
不思議そうに見つめる樹に夏凜は油断するなと警告する。
「夏凜さん?」
「コイツの本当の姿は巨大な怪獣みたいなやつよ。
たぶん見た目も変えられる。違う?」
「ええ、でも、わたしが人間として生きていた姿はこちらが本当です。
今となっては誰も覚えていませんが。」
少しずつ、勇者部のメンバーにも夏凜が意味するところは理解が広がる。
「趣味が良いとは言えないわね。そんな姿で油断を誘っていたの?」
「違います。もう時間がないんです。伝えてどうなるわけでもないですけど、
知らずに、知らされずに生きるよりはずっと良いと、
わたしも信じることにしただけです。」
「話がよく分からないわね。一体何の時間がないっていうの?
バーテックス達もアタシ達が倒した後は結界内に侵入しようとしてないみたいだけど?」
風の言う通り、夏の戦い以降、バーテックスはほとんど活動していない。
「だけど、バーテックスは何もしていなくても、天の神は動いていたわ。
だから大赦は私達防人を集めた。」
「そういうことだったのね。その、ごめんなさいね。
アタシ達も外の世界の状況は知っていたのに、
貴方達みたいに大赦が戦いに集めることまで気が回らなかったわ。
勇者システムをアップデートしてから戦うと聞いていたけど、
こんなに早く動いていたなんてね。」
「いえ、私達は知らされたうえで戦うことができた。
きっとそれは貴方達勇者部が教えて欲しかったと、願ったからだと思う。」
「そう、言って貰えるとありがたいわね。改めてよろしくね。楠隊長。」
「楠、でも芽吹でも良いわ。犬吠埼さん。貴方の方が先輩よ。学年でも戦いでもね。」
握手する風は知らないことだが、芽吹がこうして勇者に選ばれた者を前に
落ち着いていられるようになったのも、短い期間とは言え仲間を得て、
自分自身が戦う理由を得たことが大きい。
「えっと、十華ちゃん? 貴方は防人じゃないんだよね。
どうして、私達に力を貸してくれるの?」
慎重というより、恐る恐るといった感じで樹が十華に尋ねる。
「わたしは……、わたしは大切なものを守れなかった。
だから、せめて、その仇を取ろうと、それだけです。今は。
だから、姿を偽るのももうやめにしました。
無理に大きく見せる必要なんてない。大切なのはおねえちゃんの仇を討つこと。」
「お姉さんの?」
内心で、十華は首を傾げる。
自分は誰かに話して楽になりたいのだろうか? と、
そして、そう感じたからこそ、表情をいっそう険しくしながら続ける。
「いえ、これはわたしの理由。わたしにはもう結城さんを狙う理由はありません。
信じてもらえないけど、わたしにはわたしの理由がある。」
「信じるよ。私だってお姉ちゃんがいなかったら、生きてこれなかった。」
「……ありがとうございます。でも、気には止めないでください。
わたしは何もできなかったのだから。それよりも、芽吹さん。」
樹が感じていたのは同情ではなく、同感にちかいものだったが、
十華は気づいているのか、知らないふりをしているのか、
話を打ち切るように芽吹に呼びかける。
「そうね。時間は限られている。弥勒さん達がまだ外に出て行ったままだけど、
先にお互いの情報を交換しておきましょう。」
広々とした大会議室。
艦全体で見ればほんの僅かの空間だが、それでも100人以上は収容できるだろう。
当然、そのすべてを使う必要などなく、
前方の会議用卓の近くに勇者部と防人の多くのメンバーが集まっていた。
「それじゃ、とりま、説明とか面倒だから、必要な記憶を同期しちゃうね。」
まるで晩御飯のメニューを告げるような気軽さで沙耶が宣言すると、勇者部のメンバーに情報が伝わっていく。
「わ、すごい。あ、でも、ちょっともったいないかも。」
「どういうこと? 友奈?」
意外な感想をもらった沙耶は不思議そうに首を傾げる。
「うーん、なんだろう。ぐわーってなったから、
どれから覚えていいのか順番が分からないかなーって、
あ、でも、便利だよね。学校の宿題とかでは……。」
「残念だけど、私がもってる記憶だから、
勉強の進行度が変わらないとあんまり役に立たないかな。」
「あ、でも、それなら中1の範囲ならいけるんですよね。
私もこれで覚えれば……。」
「ごめんなさい。私、成績優秀者じゃないです。見栄を張りました。」
沙耶は手のひらを返すように、あっさり友奈と樹の希望を粉砕する。
「こら、アンタ達。そんなことに使わない。」
「はーい。」
「ふふ、友奈ちゃん、樹ちゃん、そこは努力しましょ。為せば大抵なんとか成る。」
「でも、すっごく便利だよね。私もさ、よく友達に読めないって言われるから、
いろんなこと伝えられたらなって、思ってるよ~。」
勇者たちの記憶を転写する力についての感想は、使われた特異性と比べると、
ささやかすぎる発想に聞こえる。
それでも、多くの人に理解できるということが重要で、
だからこそ広がった時の効果は予測できない。
「そうだね。でも、特別な力だからこそ大切に使わないといけない。
みんなで好き勝手に使えたら、
きっと言葉も歌も文字もいらなくなる。
本当にいらなくなった世界もたくさんあったんだ。」
部室と同じように喋っていた友奈が音が付いたような騒がしい動きを止めて、
もう一度沙耶を見る。
「もう一人の沙耶ちゃん。天の神が沙耶ちゃんなら。
どうしてあの子は天の神になったの?
あ、理由は分かるんだけど、どうやしてそんなことができたんだろう?」
「それは順番が逆かな。アイツは最初から神様だよ。
それでも、アイツは結城さんのことが大好きになって、
それでずっと一緒にいたいと願った。
だから、ヒトの姿をして、ヒトのように振る舞う。その一つのアプローチとして、
神であることを捨てた歴史を作ってみたんだよ。
全知全能故にできないことなんてないって。
きっと、自分のすべてを捨てたとしても必要なら取り戻せると分かったから。」
沙耶は一度だけ息をつき、勇者部の全員をじっと見つめる。
彼女自身本当にそんな荒唐無稽なことが事実だと実感が持てていない。
それでも、その瞬間まで明確に覚えている。
「神様のとしての役割を放棄すると結局世界自体が存在できなくなってしまう。
この世界をすべて、アイツから流れて出て、放射された力が形を変えたモノ。
人として過ごそうとすれば、代わりに誰かがその役割をしてくれないと、
この世界を成り立たせるエネルギーはいずれエントロピーって呼ばれる現象で
尽きていく。」
一度沙耶は言葉を区切る。
勇者部の理解は人によりまちまちだったが、話自体にはまだついてこられている。
「世界を続けていくためには世界の外から、
宇宙全体を続けていくためには宇宙の外から、
そして、すべてを支えていくためには、すべてを超越した無尽蔵の力が必要。
だから、すべての外側にたどり着いたアイツでないと、世界は続けられない。
この世界で人間が生きていける環境は限界がある。
神樹様でさえ300年しか続けられない。
アイツが神様の役目を降りても、人類が、
いいえ、結城さんのいるこの世界が続くように、
そのために十華達を”使徒”と呼んでいろいろ教えて、
できれば自分の代わりにって考えてた。」
「ええっと。分かるけど、だったら炎の世界も、
人類の粛清もいらなかったんじゃないの?」
「それは怒り、かな。何度か繰り返す中で、
結城さん達勇者は人間に傷つけられることもあったから。
世界を守るために戦う勇者が世界に排斥される。
そんな在り方自体にアイツはどうしようもない怒りを抱えているんだよ。」
一度に多くの情報を得てしまったために、勇者部の全員が戸惑いを隠せない。
どの情報から理解するべきなのかさえ、乏しいほどに現実感が薄くなっていた。
そんな、彼女たちを見ながら、沙耶は一度手を合わせて音を鳴らす。
「ま、まあ、簡単に言えば結城さんと一緒にいたいから、
自分の役目を代わってくれる人を創ろうとしたってこと。
でも、アイツはもうそれを諦めた。
きっと、今までと違って強引に望む世界に変化させてくる。
今までなら神樹様と東郷さんが記憶の改竄をしていたけど、
今回はアイツが直接改竄した。
私達も苦しいけど、アイツも手段を選べないくらいには追い詰められてはいるんだよ。」
話を終えると沙耶は天井を仰ぐように見上げた。
まるでそこにもう一人の自分がいるかのように。