艦内の各所に設けられている運動場。
夏凜は何かを断ち切るようにいつもの日課のトレーニングを別の場所で行う。
砂浜ではないので少し感覚が違うが、動き自体はトレースできている。
午前6時ではさすがに利用者はまばらだが、知っている顔に会うことはある。
「おはよう夏凜、昨日はちゃんと眠れたかしら。」
「芽吹、ええ。それにしても本当に船の中なのここ?
この運動場だって船の中に土を持って来てるんでしょ。
トラックだって地平線の向こうまで続いているし。」
「そうね。私達も初めて見た時は驚いたわ。もう数か月いるから慣れてきたけど。」
「1000km。四国よりも大きいのよね。これ。
やっぱりこんなものを作ってしまう相手なのよね。天の神って。」
「何、らしくないわね。弱気になっているの?」
「ち、違うわよ。戦い方をイメージしたかったのよ。」
「私は怖かったわ。私の判断で仲間が死んでしまった時。」
「芽吹……。」
「だから、今度は間違えない。一番の目的は生きることよ。」
「ええ、そうね。まったく私もまだまだね。相手のことばかり考えて、
自分達のことを見落とすなんて。」
「当然でしょ。私達はまだ始まってすらいないんだから。」
「ええ、そうね、ここで終わりになんてできない。」
かつては大きく離れた2つの輝きも、いつかは同じ道にたどり着くこともある。
たとえ、その時は辛くとも、悲しくとも、打ちひしがれようとも。
それが勇者の素質なのか、人間の持つべき姿なのか、答えるものはいまだに姿を見せず、ただ沈黙を貫くだけだった。
「それでは改めて、私達が今後どうするべきかを話し合いましょう。
と言っても、2択しかないんだけどね。」
「2択?」
「そう、アイツを倒すか、放っておくか。」
指折り数えて見せながら、沙耶が告げる。
「あの、放っておいて大丈夫、なんでしょうか?」
恐る恐ると言った様子で、樹が声に出す。
それは、天の神に直接の面識がない勇者部全員の疑問でもあった。
「そこは大丈夫だよ。その場合、私を肉体を乗っ取って人間のフリを続けるだけだろうし。
結城さんが生きているは世界はなくなっちゃったりしないよ。
と言うか、だいぶ初めのころはそんな世界もあったしね。
ただ、ほとんどの人間には影響ないけど世界自体は大きく変わる。」
あっけらかんとした言い方で沙耶は大丈夫だという。
「ちょっと、ちょっと、今、さらっと大丈夫じゃなさそうな単語が混ざってたでしょ。
今の言い方だとアンタは消えるってことじゃない。それに世界が変わるとか。」
けれど、夏凜に指摘されるまでもなく、全員が、本当に大丈夫なのか?
という表情で沙耶の答えを聞いた。
「それも考え方次第なんだけど、私については、2つ分かれていた魂が1つになるっていうか、
私の方が分け御霊っていうか、まあ、乗っ取るって言い方が良くないから、融合かな。」
沙耶は少し考えて、言い方を改める。
だが、本質は何も変わっていない。
「私は沙耶ちゃんにだって消えて欲しくはない。私にとっては沙耶ちゃんも友達だもん。」
「結城さん……。ありがとう。」
だから、友奈の言葉も沙耶にとっては最初から予想はされている。
きっとそういう選択をするだろうということも。
「芽吹。アンタ達は? もし私達がこのままで良いって言っていたらどうするきだったの?」
「そうね。困っていたかもね。でも、すべてを知ったうえで、敵の強大さを思い知ったうえでも、
一緒に戦ってほしかった。あとで知らされるだけじゃ絶対に後悔する。
私達が戦おうとしている相手はそれくらいとんでもない敵よ。」
芽吹もまた最初から夏凜に問われることが、
想定問答のようによどみなく芽吹が答える。
「それじゃ、改めてなんだけど、念のために確認するね。」
そう告げると沙耶は本当に改まったように居住まいをただす。
「今の貴方達には戦う理由はない。戦わなくても世界は守れる。戦わなくても仲間は失わない。
戦わなくても誰も困らない。ただ、ほんの少し世界の在り方が変わるだけ。
それでも戦ってくれるの? 戦えるの?」
念押しとばかりに沙耶がもう一度勇者部に、そして防人に問いかける。
自分を助けるために力を貸してくれるのか、と。
少なくとも彼女自身はそれだけのことをできていたとも思っていないし、
それだけの価値がある人間だとも思っていない。
「ちゃんと考えたわ。みんなで話した。今わかる真実は全部知っている。
でも、答えは変わらない。私達防人の目標は誰一人欠けることなく、犠牲なしで終えることよ。
だから、今度も同じ目標を目指すわ。」
「楠は頑固。でも、私達も気持ちは同じ。弥勒と加賀城も戻ってきたら同じ答えだと思う。」
それは、神ではなく人として歩いた沙耶が得た時間。
神となった沙耶では得られなかった感情。
神には必要なくても人には必要だったもの。
「私は、私も……。」
「ちょっと待った。友奈。」
「風先輩? なんで止めるんですか?」
「アタシには勇者部の部長として聞かなくちゃいけないことがあるわ。」
告げる風の表情はいつもと違う。
それは気持ちではなく責任を持つと決めた者。
「相手の力は分かったわ。そのうえで貴方達が戦うつもりだってことも。だから答えて。
勝つことはできるの? いえ、犠牲なしで終えるためにできることは何?」
それは戦う理由の本質。
この場合相手を倒すことは目的にならない。
だから、風は全員の危険を考えなくてはならない。
それはとても困難な話。
誰もが犠牲のない形を求めるけれど、困難なことも事実だから。
風自身も自覚していることだが、全体を守るためにより少数に負担を負わせる
やり方は、自分たちも苦しんだことだから。
だからこそ自分がやらなくてはならない。
始めたのは自分なのだから。
少なくとも今の風は、戦いを経て、どう戦っていくのかを確認しなければならない理由を持っている。
「それでも、私はやります。風先輩。誰かが困っているなら、それが私の友達なら、私は助けます!」
それでも戦う理由があるのは、結城友奈だから。
誰よりも友達想いで、誰かが傷つくのを見るのが辛いと思える。
”友奈”になった時から、そういう人間なのだから。
「ダメよ。助けたいと思うのは良いけれど、ちゃんと自分たちで理解してから。
そうでないと、また取り返しがつかないことになるわ。」
「だったら、私だけでもやります。」
それでも風も友奈も譲らない。
「友奈ちゃん。風先輩。」
ただ、周りで見ている者たちは気が気でならない。
ちょうど、今、東郷が友奈と風を見比べて、どちらの言い分も分かってしまったように。
「ま、まあ、意見の対立、もとい、調整なんてよくあることだし、
今って、現実世界の時間は止めてあるから、落ち着いて、ね。」
自分が言い出したことで、勇者部同士の意見に齟齬が出ると思ってなかったのか、
予想していないかった状況に沙耶も困惑した瞳で芽吹に訴えるが、芽吹も首を横に振る。
「ただいま戻りましたわ。」
「メブ―、もう勇者部の人たち帰っちゃった?」
「お嬢様、雀様、まだ物資の運搬は確認をお願いいたします。」
騒がしく会議室の扉が開かれる。
「あら? これはもしかして、間が悪かったでしょうか?」
「ほら、弥勒さんが勝手に開けるから。私はね、ちょっと様子見ようって言ったんだよ。ホントだよ。」
「失礼いたしました。お取込み中でしたか。」
室内の微妙な空気に戸惑う後から来た3人。
(どういう状況だ。十華。)
(うーん、結城さんは天の神と戦ってくれるって。でも、ちゃんと話を聞きなさいって風さんが。)
(まあ、私も同じ立場ならお嬢様の安全性は考えるだろうしな。)
「弥勒さん、雀、2人ともこちらへ。今は勇者達の答えを待ちましょう。」
「何だかよくわかりませんが、仕方ありませんわね。」
「私は良いよ。私が矢面に立たないなら。」
「でも、芽吹先輩。どうしましょう。勇者様達同士の意見がぶつかるなんて。」
「心配しないで、亜耶ちゃん。きっと大丈夫よ。」
芽吹に促されて、夕海子、雀、アルも他の防人たちと同じように成り行きを見守る。
「風先輩、私はやっぱり、沙耶も助けたいです。」
友奈は変わらなかった。たとえどんな条件を出されたとしても、友達を助けようと動くのだろう。
これからも。
「はあ、アタシだってそれには反対してないわよ。でも簡単に決めていいことじゃない。
今度はバーテックスだけが相手じゃない。その大本である天の神がでてくるのでしょう。」
そして、決して風も頭ごなしに反対していたわけでもなく、部長としての責任で、
全員の安全を守ろうとしただけのこと。
だから、助けることに単純に反対しているのではない。
「風先輩、それじゃあ。」
「でも、簡単に返事はできないわ。まだ続きがあるんでしょ。沙耶。」
「はい、ちゃんと話します。」
沙耶も、ようやく、自分にボールが戻ってきた安心感から、内心で胸をなでおろす。
けれど、その表情を引き締めると、天の神がやろうとしている核心に触れる。
「はい、誰も困らないとは言いましたが、アイツは結城さんが傷つくような今の世界の在り方を
放っておくつもりもありません。おそらくあと一回は大規模な世界改変が実行されます。
永遠に同じ毎日が続く世界。アイツはずっと同じ時間をループさせて、
毎日結城さんと会えるような世界を創りだす。きっと誰も気づくことすらできずに取り込まれてしまう。
時間の流れがおかしくなっていてもそのことさえも気づけなくなる。誰も困らないとは、
変化自体さえも必要としない世界とすること。誰も夢見た未来が永遠に訪れないことにさえ気づけない。」
誰かに言葉として伝えることは、理解を得ると同時に、自分の理解を深めることにもつながる。
沙耶自身も勇者部に神の目的を告げることで、改めて天の神を追い出してまで、もう一人の自分が行おうとしていることを、見つめなおす。
(やっぱり、アイツはここで葬らないと、私自身のためでもあるけど、
永遠に未来が訪れない世界なんて、単純に考えてもどこかで無理をしている。)
決意を新たにもう一度した沙耶は、もう一度勇者部と防人の全員がいる前で明確に言葉にする。
「もしかすると私達が戦うことで変えられるものなんてないかもしれません。
世界のことなんて、子供が責任を持つことではないかも知れません。
それでも、アイツの手で、他ならないもう一人の私が世界が歪んだ形で変えようとするなら、
私はそれを止めたい。他ならない私自身のことだから。」
その言葉を最後に広々とした部屋に沈黙が下りる。
たとえ針一本が落ちた音でも響くのではないかと言うくらいの静けさ。
1分、2分、5分は経っていないころだろうか。
パンと手を打ち付ける音が響く。
「ああ、もう、仕方ないわね。何が誰も困らないよ。永遠に未来が訪れないのも、困るでしょうが。」
勢いよく風が立ち上がる。
「そうだね。もし、永遠にテスト期間とかになったら、勉強ばっかりでちょっと困っちゃうよね。」
「ふふふ、そうね。友奈ちゃんがずっと元気がなかったら、私も困るわ。」
「私も~、原稿が永遠に書き上がらないなんて、地獄だよ~。」
「叶えたい夢ができたんです。やっと自分の夢ができたから、止められたくはありません。」
「まあ、私は別に夢とか願いとか、そう言うの無いけど、好き勝手されるのは気に入らないわね。」
人間の不思議な性。
定まっていない未来を目指そうとする本能。
何がそうさせるのかも分からないまま、不安を感じながら、可能性も信じるという相反する心。
神となり、未来も定まった者は、結局その心を理解しても、共感には至らず。
だからこそ、今回もまた、天の神は人間に運命を定めて、その自由を否定する。
それが分かっているからこそ、今度もまた人間も戦うのだろう。
まるで、最初からそう決まっていたかのように。