いつも通りの勇者部の部室。
先日のサンド・レコナーでの出来事など無かったかのよう。
「最終決算だーって、意気込んでいたのに、しばらくは
いつも通りに過ごして良いって、何だったのよ。」
「まあまあ、にぼっしー。あのままいきなり戦いだーって、
言われてても困っちゃうから、ちょうどよかったんだよ。
大赦もいろいろ準備してくれるみたいだし。
休むのも戦士のやくめなんじゃよ、ふぉふぉふぉ。」
「何なの、最後の…。」
夏凜が言う通り、あの後すぐに天の領域に踏み込むことは無かった。
ギリギリまで準備を進めたいということもあったが、
天の神が攻めてくる可能性が高いのは、今までの歴史でも、
神世紀が301年に変わってからが多いからだ。
それまで大赦は天の神の正確な所在さえつかめていなかったのだから。
勇者部が戻って来た時、時間の経過はほとんどなかった。
何とか、幼稚園の演劇を終えて、改めて翌日集合したものの、天の神が本格的に世界を改変するのは早くても年明けと聞かされて、
勇者部は引き続きいつもの活動に戻っていた。
「さ、それはそれ、これはこれ。依頼もきっちりこなしていくわよ。」
「おー、まずはクリスマス会の準備ですね。この前の演劇は
ちょっとバタバタしちゃったから、今度こそ楽しんでもらわないと。」
「そうね。友奈ちゃん。そう言えば、あの子、十華も幼稚園に来るのかしら?」
東郷が演劇の時に紛れ込んでいた十華のことを思い出す。
「来てくれたらうれしいよね。あんまり見る機会なかったみたいだし。」
「そうね。あの子もいろいろ大変だったみたいだし。」
勇者部の人間は300年前の事情については断片的にしか知らない。
聞けば答えてくれるが、聞き出すためのきっかけも難しい。
当時のことを直接知る者もなく、書物として残っている勇者の書いた御記も
一部検閲されている。
それでも、記録から抹消された勇者や大赦の人間がいることは分かっている。
それは悪意ではないのかもしれないが、仕方ないと言うには、
たくさんの人が傷つきすぎていた。
そんな悲しみだけが広がって、この宇宙は冷たく閉じている。
だから、"ボク"はこれで最後にする。
辺り一面に鳴り響く警報。
けれど、それは通常の災害を示すものではなく、
神樹様が結界を越えてボクが災厄を運んできたことを知らせるための声。
「え? 何? ゆ、揺れてる。」
「みんな、落ち着いて。そんなに強い地震じゃないわ。
でも、神世紀に入ってから感じ取れる地震なんて……。」
「風先輩! それ!」
友奈が指さすのは風の制服の胸の上。
物理的ではなく霊的に浮き上がった天の刻印。
「友奈ちゃん!」
刻印は誰かに与えたものではなく、この世界すべてに与えたもの。
人類、いえ、世界すべてに印したボクのタタリ。
誰一人として例外なんてない。
それでも、逃げようとするなら……。
ピタリと時間が停止する。
神樹の最後の抵抗。
だけど、もう、そんなもの認めない。
世界全体のことなんだから、世界すべてが向き合うべきだったんだ。最初から。
樹海そのものに無理やりすべての人間を放り込む。
あちこちで、混乱し、錯乱し、動揺し、叫び続ける人間たち。
やっぱりこんなものだよ。人間なんて。
だけど、そういうことはボクの求めじゃない。
印しを通して無理やり人間の神経を沈静化させる。
「意志あるものは全て聞くが良い。我は天の神。
もう、何者も未来に怯えることは無い。
これから起こるすべてを受け入れ、何も変わることない世界を受け入れ、
心穏やかにその時を迎えよ。」
そう、無様に足掻くのはこれからなのだから。
ちゃんと理解してくれないと困る。
「天主たる我が名において、ここに人類の絶滅を宣言する。」
「はあああ!」
次々に現れる星屑を勇者達が倒していく。
「大丈夫ですか! はやくここから離れて。」
星屑くらいなら勇者達でも十分倒せる。だが、勇者たちは数人。
防人を含めたとしても数十人。
それに対して、今や星屑は四国中に出現している。
届かないのだ。どうやっても勇者たちの手では。
「何よこれ。どうして樹海の中に勇者でない人たちまで取り込まれてるのよ。」
「学校だけじゃなかったよ。にぼっしーと見てきたけど、商店街の人たちも、
街の役所の人たちもみんないた。とりあえず、避難できそうな人たちは
こっちに来てもらってるけど。」
校舎を飛び越えながら、戻ってきた夏凜と園子が
「そっか、ありがとう。園子、夏凜。いったいどうなってるのよ。
年明けまでは大人しくしてるんじゃなかったのよ。」
変身した勇者たちは、増え続けるバーテックスを倒しながら、
なんとか人々を学校などの比較的大きな建物に避難させている。
だけど、彼女たちの手の届かないところは、とうぜん犠牲は積み重なっていく。
そろそろもう一人の私も諦めて、神人として作られたゴーレムたちを
動かしているようだ。
「お姉ちゃん、あれ、十華ちゃんじゃない。」
樹が指さす方に山よりも大きな獣の姿が持ち上がる。
変身した十華の姿だ。
その全身から無数の青白い光放たれ、星屑だけではなく
星座型のバーテックスも含めて、次々に撃墜されていく。
どうやら、西暦の戦いの後も研鑽を怠らず、より力の使い方を磨いていたようだ。
何より何より。
立ち上がった十華に続けて、ボクにしか感じられない熱が噴き上がり、
世界を満たす。
これはアルの仕業か。
満たされた熱は選択的にバーテックスだけを燃やしていく。
ボクが出現させたバーテックスだけがやられているんだけど、
ちょっとだけ嬉しくなる。
使徒のほとんどは結局ボクに追い付くことを諦めてしまったけれど、
アルも十華はまだ諦めていないようだ。
神人たちも出てきて侵入を試みているバーテックス達と戦い始めたり、
壊れた建物を退けて人を逃がしたりしている。
さて、大赦はどこまで発表するのかな。それともまだだんまりを決め込むのか。
「ごめん、完全に裏をかかれた。確かにアイツにとっては待つ必要なんて
なかったけど、大満開が起きなくなることをあれほど恐れていたのに、
こんなことをするなんて。」
今度は勇者や防人だけでなく、大赦にもつないで集まった。
その冒頭での一言。
「では、これは天の神が直接攻撃してきた予兆であると?」
「予兆じゃないです。アイツはもう来てます。」
画面の中の大赦の人間たちにどよめいた。
「と言うよりも、アイツが本気ならいつでもどこでも顕れることができます。
いまは全ての"場"において象ることをしていないだけで、アイツは
もうあらゆるものに満ちている。アイツの知覚を逃れる術はありません。
でも、まだ静観したままだと思っていた。こんなに早く顕現して
どうするつもりなのか。」
もう一人のボクの、人間であることに固執する可愛い沙耶の言葉に
大赦の人間も改めてボクの天の力を思い出す。
「えっと、松永さん、それって今私達が話してるのも聞かれているってことなの?」
「そうだね。聞いてるどころかやろうと思えば、テレパシーみたいに
心だって覗けると思うよ。あんまりやらないだけで。」
「それって、この声が届いているってことだよね。だったら……。」
友奈が一呼吸おいて、まっすぐに見上げる。
不思議なことに、最初からそうなるようにピタリと視線が合う。
「ねぇ! もう一人の沙耶ちゃん。聞こえているんでしょう。
どうしてこんなことをするの。みんな、みんな一生懸命だったのに。
みんな、明日が来るって、今日も頑張って、生きてきたんだよ。
それなのに、どうして赦してあげられなかったの!」
「友奈ちゃん……。」
友奈に問われては答えないわけにいかない。
友奈の視線の先。ほんの数メートル先に自分の姿をイメージする。
それだけで、ボクはその世界に顕現できる。
そういう権限を今のボクは持っているのだから。
「友奈に問われたのなら、答えないわけにはいかないね。」
ちゃんと友奈の視線の先。
少しボクの身長より高い場所にでたから、ゆっくり降りてつま先を地面につける。
遅れて制服のスカートも重力にひかれて、ふわりと落ちてくる。
「本当に沙耶がやってたんだ……。」
友奈の視線が、ボクの姿を見て、もう一人の私と交互に揺れる。
「なあに、何だかよく分からないドーンとすごい敵がいて、
そいつが全部やってたの方がよかった?」
何度も繰り返した記憶通りのボク。
去年の夏休みの時と同じように喋れている。
「この、ふざけるな。アンタのせいでどれだけの人が死んだと思ってるんだ。」
このまま喋らせるのは良くないと思ったのか、
夏凜が強引にボクの前に刀を突きつける。
「三好さん、ボクは友奈と話していたところなんだけどな。
ま、こういう姿をとってるから話しかけちゃうのも分かるよ。
で、何人死んだかって話なら意味がないよ。
ちょっと前に芽吹達には757927800人の1064乗って答えていたけど、
あれからでも101010は繰り返してるからね、
実のところもう数字で表現できるような人数じゃなくなってるかな。」
「何よ。それ。適当なことばかり言って!」
予想していたどの回答とも違っていたのだろう。
夏凜も最初のような怒り任せの反応だけでなく、
ボクのことをようやく理外の何かと分かってくれたようだ。
それでよい。どうせボクの経験をすべて渡すことはできない。
そんなもの人間が理解する領分ではなくなっている。
「どういうつもり? なんでいつもより早く姿を見せたの?」
友奈や夏凜と話している間に、あたりを取り巻くように無数のゴーレム達が姿を見せる。
それらを統率するもう一人の私もずいぶん久しぶりに見た気がする。
「今までみたいに歴史をなぞらないってことだよ。
いくらやっても運命は変わらなかった。
だから、今度はボクが直接全部操作する。それなら、わざわざ友奈を
苦しめる必要もないし、大満開だっていらない。
直接残り全ての人類を以ってボクに向き合えばいい。
それができないというなら、どうせいつかまた繰り返す。」
そう、たとえ、ここでボクが退いても、
大満開友奈がボクの依代を破壊して平和になっても、すぐに崩れる。
人間は混迷にあっては秩序を求め、安定の中に在ってはより多くを欲する。
今まで幾度友奈達がボクを倒しても変わらなかった。
「何言ってるんだ。無関係な人をこんなに傷つけて。」
「それが間違いだ。この物語に無関係な者など誰一人いない。
人類すべてが当事者なんだから。」
「そんなのおかしい。何も知らず暮らしている人たちだっているんだ。
みんなを傷つけるなんて!」
今までボクの言っていることがほとんど分かっていなかったような友奈だけど、
急に弾かれたようにボクの言葉を遮る。
だけど、そんなの赦せるはずがない。
「だったら、だったら、知っている人間だけ傷つけば良いって?
そうやって友奈たちも戦ってきた。たくさんの歴史でたくさんの勇者が戦ってきた。でも、それもみんな知らない。知らないから仕方なかったと言う。
でも、ボクは違う! ボクは嫌だった。
そんな風に知らないうちに全部決まってしまうなんて。
それで良いって言う無責任な連中も赦すものか!」
「沙耶、どうして……。」
「これでも、自分たちは関係ないなんて言うようなら、
そんな人類に
だから、ここでボクが滅ぼして作り直す。
世界も、人類も、魂も、違うというなら、止めてみるが良い。勇者達!」
ボクの全身から噴き上がる焔がサンド・レコナーの外壁を突き破り、
地上を埋め尽くす。
放っておけばあっというまに人類は灰になるだろう。
「ダメだ、沙耶!」
「友奈ちゃん。」
友奈が拳を振るい、ボクを船の外に叩きだし、組技のように押さえつける。
「例えみんなが関係していることでも、戦えるのは勇者だけだったんだ。
だったら私達がやらないと。」
「それで! ボクは友奈に会えなくなったんだ!!
一番最初の時はレオと戦った後に友奈は目覚めなかった。
だから、ボクはこうなったんじゃないか。
夏が終わって、友奈が目覚めなくなって、最後はとうとう世界だって
燃えてしまった。知らなかったで、知らされなかったで、我慢できるわけがない。
ボクは結局何もできなかった。そんな未来など必要ない!」
友奈を突き放して、2人とも樹海の上に立つ。
「それは誰かのせいじゃない。勇者でない人がバーテックスと戦うなんてできないよ。」
「だから! そう言って何もできなかった。
友奈がいなくなった時も何もできなかった。そんな運命なんて要らなないって。
だから、結局ボクはこうなった。今度はボクが奪う側にまわったんだから……。」
レオの焔にも似た火球。
だけど、それはもう人間の認識の限界がそうさせるだけの全く違うもの。
宇宙すべての熱に変えたって届かないような焔が友奈に向かって伸びる。
しまった、と思った時にはもう遅い。
こういうことになるから、全部終わるまでは肉体を持たず見ているだけに
するつもりだったのに。
そして、後ろに人がいる以上、友奈は避けない。
「勇者パ~ンチ。」
恐らく渾身の一撃。
だけど、人の身である友奈はもちろん、神樹様だって遠く届かない。
だから、必然の結果として友奈は影も残せず焼滅する。
だったら、この結末は不適切だ。
もう一度始めよう。
ボクは絶対に諦めない。