全てが終わり静まり返ってもなお、加速は止まらず時間は引き延ばされ続ける。
定められた位置だけでなく、すべての地点がそう成ってしまえば、
それはただの現象ではなく法則として世界そのものに適用される。
静的な宇宙など存在せず、結果として宇宙もその法則さえも変わり続ける。
「天の神は? どうしてここに。」
「お姉ちゃん。さっきの船の中なんじゃない?」
「良かった。時間停止が解除されて。」
「あ、十華ちゃん。」
気が付いた風と樹に近くにいた十華が気づく。
「やっぱり、わたし達の時間干渉能力だけだと、
全員が動けるようにするのは無理みたい。
でも、それを使えば、神様の知覚と同じように合わせられるから、」
「それって……これ?」
樹がかざした右手の親指に見慣れない指輪が光る。
振り向くと風も同じような指輪を見つけていた。
「これでよし。それが沙耶ちゃんが言ってた第三種別変異型知覚感染兵装。
わたし達は第3種とか第三種兵装って呼んでる。
それがあれば、人間の感覚を神様と同じように拡張してくれる。
空間の縦・横・高の3軸、時間軸、分岐軸、干渉軸の時空3軸、
さらに時空のいずれの発展とも干渉しない代替軸、虚数軸まで拡張してくれる。
扱いきれるかは分からないけれど、これなら神様と同じようにビッグリップ後の
ダークエネルギーみたいに、無限加速する力も理解できるようにはなると思うよ。」
「それって、大丈夫なの? またどこかおかしくなったりしない?
もし、そうなら……。」
説明している間に集まってきていた東郷が尋ねる。
「だから、沙耶ちゃんは人間のまま使ったんだよ。沙耶ちゃんは大丈夫だったみたい。
人間のままで自分が使って問題なかったら、他のみんなも大丈夫だからって。
こんなに早く神様が来るなんて思ってなかったから、いきなり本番だったけど。」
「風先輩、樹ちゃん。よかった無事だったんだ。」
十華の言葉が途切れると、友奈が姿を見せる。
「これで良いんだよね? だったら、早く沙耶を助けにかなくちゃ。
1人で天の神の沙耶と戦うなんて放っておけない。」
友奈が天上の照明にかざすとルビーによく似た朱い石が鋭く光る。
「少し待って友奈。弥勒さん。これが本当にそうなの?」
「少なくとも沙耶さんはそれで完成だと仰っていましたわ。
使い方は…アルフレッド。」
「はい、お嬢様。皆さまにお渡ししたのは分かりやすく指輪の形を取っていますが、
合っています。詳細な設定や操作はマシンの方でできます。
もちろん優先権は皆さまにありますから、調整も可能ですが、お聞きになりますか?」
「ありがとう。でも、今は急ぎましょう。」
芽吹の言葉に全員が頷き、もう一度さっき戦っていた場所に戻ろうとする。
けれど、その前に誰かが駆けてくる音がエアロックの向こう側から聞こえてくる。
「待って、待って。慌てていかなくて良いからー。」
「この声って、沙耶?」
「待って友奈ちゃん、でも、天の神かも知れないわ。」
確かに2人の松永沙耶に区別はない。
だけど、俯瞰していない方のボクは一度存在を解いて、再構成した後は動いていない。
空気が抜ける音ともにエアロックにもう一人の私が飛び込む。
「間に合った。」
「沙耶、大丈夫だったの?」
「いや、大丈夫じゃないよ。アイツと対消滅してるからね。
まあ、1回2回死んだくらいじゃ終わらないから、そういう意味では大丈夫かな?
でも、みんなはそうはいかない。だからちゃんと作戦をたてないと。」
アルが差し出した紅茶を一気に煽る。
「ぶはぁ、ありがとう。アル。で、作戦だけど、
今、私がそうしたようにアイツもすぐに復活できる。
というよりアイツの真似っこだからね。かつての天の神でも無理だったように、
宇宙のすべての力を集めても、その場にいるアイツが消えるだけで次の瞬間には、
またアイツは顕れる。地上に何のつながりも持たず、
完全な虚無から生じた力として定義される全ての"それ"だから。
だからこそ、アイツ自身が引き返せないようにするしかない。」
「えっと、それが作戦? つまり、どうするのよ。」
事前に聞かされていなかった勇者を代表して、風が尋ねる。
「まあ、簡単に言えば根性でぶん殴って目を覚まさせてやれってこと。
白鳥さんがそうしたようにね。
それでフラフラになったアイツは今でも回復で来てない傷が残っている。
治せるはずがないんだもの。アイツ自身が"友達と喧嘩した時"が辛いって
思っているから、アイツの友達にしか触れられない傷。
だから、今、それができるのは結城さんだけ。アイツは白鳥さんと戦った時には戻らないから。」
もう一人の私はティーカップをアルに返して、
1度だけ呼吸すると最後の願いを口にする。
「お願いします。私達を止めてください。そのために、
もう一度だけ貴方の友達と戦ってください。結城友奈さん。」
どのくらいの時間が経ったのか、
彼女達にとっては1秒にも1分にも1時間にも感じられただろう。
不可避的でもなく、感情的でもなく、意図的に友達と戦ってほしいと
言われる経験は多くないのだから。
「私は……。私ができるならやるよ。」
「友奈ちゃん。」
瞬間的に友奈は迷っていたように見えたけれど、
自分の手で決着をつけることを決めた。だったら、本当にもうあと少しだ。
「どうせ、見えているんでしょ。もう一人の私、いいえ、天の神。
さっさと姿をみせなよ。」
そういう世界線も合ったけど、その宇宙はダメだったから破棄した。
だから、今度はボクも最後の役者さんを舞台に上げよう。
――空間転移予測。5分±33秒後。場所はゴールドタワー内千景殿――
艦内に赤い照明が回り、テレパシーのように直接友奈たちに警告が届けられる。
「そんな、ゴールドタワーって、メブ。」
「あそこは未だ亜耶ちゃん達が儀式の準備をしているはず。沙耶、私達は先に」
「分かった。アイツ、なんでそっちに……。」
――空間転移予測。3分±40秒後。場所は瀬戸大橋跡――
「え!? 天の神の反応が2つ?」
――空間転移予測。8分±21秒後。場所は鳴門海峡――
――空間転移予測。4分±30秒後。場所は。空間転移予測。6分±9秒後。――
「音声は停止。プロジェクションマップ。ドローン映像。」
がなり立てるような警告がピタリと止み、
2mほどの場所に半透明の3Dの地図が浮かび上がる。
地図のあちらこちらに、バーテックスの表示とよく似た反応で
天の神と銘打たれた光点が複数個移動している。
「ちょっと、どうなってるのよ。天の神って1体じゃなかったの?」
反応したのは夏凜だったが、みんなが同じような気持ちだった。
ただ、実際にこの現象を
「1柱だよ。でも、アイツにとって自分の分け御霊を
大量に作るのは不可能じゃない。
分け御霊を作っても力が減少することは無いからね。」
「でも、このままさっきみたいに町を攻撃されたら、大変なことになりますよ。」
「仕方ない。芽吹たちはゴールドタワーに行って。
最悪、千景殿は放棄して、亜耶ちゃん達を優先してくれて良いから。」
「言われなくても、そうするわよ。防人、全員行くわよ。」
「おー!」
掛け声と同時に防人たちは駆け出すことなく、
空間転移で一気にゴールドタワー付近のドローンに映し出される。
「そのっち、あれ!」
東郷が指さす先、天の神を示す白い光に混ざって埋もれそうになりながら、
朱く輝く光。
そこには"三ノ輪銀"と表示されている。
「行くよ。わっしー。」
それ以上は何も言わずに、園子が説明も受けないまま空間転移の装置を起動させる。
「東郷さん、そのちゃん。沙耶ちゃん、私達も!」
「いいえ、わたしが直接みなさんごと移動します。」
十華が再び獣の姿を取ると、勇者部全員で東郷達の後を追いかける。
その姿を見送りながら、残った沙耶は思考を巡らせる。
(今更、数が欲しいってわけでもないはずだけど、迷っても仕方ないか。)
十華もアルもそれぞれ勇者部と防人について行ってしまった以上、
分断はされてしまう。
それ以前に数えきれないほどの光点を見ても、どこかで分断は起こっていただろう、
と沙耶は考える。
「だったら、こっちから攻め込む。サンド・レコナーはこの場所で固定。
整備と補給の用意を。私は高天原へ転送を。」
藪をつついて蛇を出すことになるかもしれないが、
高天原を無視することはしない方に沙耶は賭けることにした。
そうして、広すぎる船の中からは生きとし生ける者は誰もいなくなる。
街中の道路を滑るようにこの世界に無かったはずの勇者の装備が走っていく。
足にホバー機能を追加しておいたから、地面への影響はほとんどないのだろう。
その後を追いかけるように、ボクの掌を離れたレーザーが蛇のように曲がりながら進んでいく。
「くっそー、同じ力を与えたなんて、やっぱり嘘だろう。」
「ホントだよ。三ノ輪さんもそれは分かっているでしょ。
ボクは嘘なんて言ってない。ただ、貴方達はボクの力を正しく知覚できないから、
上手く扱えないだけ。」
文句を言いながらも、レーザーを何本かその爪牙で振り払っている。
十華の変身は、現実では実装されていなかったの三ノ輪さんのこの姿を
モデルにしたけど、やはり装備と変身ではすっかり違ってしまっている。
三ノ輪さんも肝心のボクの攻撃は少しずつ防ぎきれなくなってきている。
ボクの手数の方が上だから当然なんだけど、捉えたと思った瞬間、
満開を解除して被弾面積を小さくしてレーザーをすべてよけて、
一気に距離を詰めてきた。
「危ない、危ない。ここからはアタシの距離だ。」
そのまま走りこんで振るわれる斧を、矛で反らしていく。
三ノ輪さん自身の体に比べて、獲物が大きさからくる反動を、
うまく利用して回転を加えたような乱舞風の攻撃。
バーテックス相手なら当たるを幸いと有効だけど、
ボクも永遠に戦い続けてきた経験がある。
刃を合わせて軽く足を地面から話して、勢いのまま後ろに下がる。
次の回転が来る前に矛を伸ばして、回転の軸になっている三ノ輪さんを突く。
人間サイズにしているとは言っても、武器の攻撃範囲は天沼矛の方が上。
そうなると、三ノ輪さんは自分の勢いを変えて矛を弾き返す。
肉を切らせて骨を断つという戦い方もあるんだろうけど、今は適切じゃない。
ボクの骨を断てる保障なんてないから。
「その矛、やっぱり伸び縮みしてるのか。これならどうだ。」
三ノ輪さんは回転を止めて、今度は大きな回転ではなく、
二挺の斧を使った同時別方向からの攻撃を連続で繰り出す。
ボクはそれに合わせるように矛の平たい刃と石突をちょうど合わせて、
お互いが弾き飛ばされるように力を込める。
「お前、やっぱり手加減しているのか?」
「手加減じゃない、1対1だから、同じ立ち位置で戦っているだけ。
そうでないならこんなに繰り返してきていない。」
何度も弾き返しても、やっぱり三ノ輪さんは攻撃の手を止めない。
「せっかく、復活させたのになんで真っ先に友達のところに行かずに、
どうしてボクを止めようとしたの? 1人ではボクを止められないのは
理解していたんでしょ。」
「アタシはそんなに考えてない。ただ壊されたくなかっただけだ。
アタシが住んでいたこの町を。」
「もう、貴方の家族はこの町に住んでないよ?
キミがいなくなった後引っ越したんだ。ここにはキミの影が多すぎたから。」
「だったら、絶対に壊させない。そして、アタシは須美にも園子にも、
言いたいこともやりたいことも、たくさんある。
何も会えないって決まったわけじゃない!」
無理やりに矛を引き離し斧の1つを回転させながら投げつけてくる。
首を軽く捻りながら、躱したけれど、神樹様の采配なのか、
本物のブーメランのように斧が後ろから戻ってくる。
当然のようにそれに合わせて、三ノ輪さんは残りの斧で斬りつける。
「回転はキミ達だけの特技じゃない。ボクだって動ける。」
地面に沿うように矛を斬り上げ、勢いのまま三ノ輪さんを空中に放り投げる。
三ノ輪さんの力は神樹様の加護で強いけど、体重自体はそれほどでもない。
「うわ!?」
当然返ってくる斧を避ける時間はない。
三ノ輪さんを上に吹っ飛ばした矛を戻すことも、
矛を持つ両手を手放すこともできない。
だけど、返ってくる斧も手を離れているから、方向転換はできない。
「はっ!」
三ノ輪さんの足が大地を離れると同時に、ボクの左足も大地を離れる。
そのままちょうどやってきた斧の柄の部分を蹴り飛ばすと、
ボクの髪の毛を少し巻き込みながら、斧は三ノ輪さんの手に収まる形で戻る。
(しまったな。髪、伸ばしすぎた。)
「だったら、もう一度。」
「させるわけないでしょ。回転はボクもできるって言った。」
何とか斧をキャッチした三ノ輪さんが、もう一度振るう前に
蹴り上げた左足の勢いに乗って、ボクの体は車輪のように回転し、
空中の三ノ輪さんと位置を入れ替える。
「この、まだだ。」
最初に矛で弾かれた斧を手元に、三ノ輪さんが再度振るう。
今度は、矛を地面について、軸として一回転。
ついでに、もう一度横からの蹴りを入れると、ようやく2人の距離が離れる。
そして、離れれば、ボクは飛び道具を使う。
無数に放たれたのはレーザーではなく、射手座使う無数の矢。
1つ1つの威力は足りていないけど、精霊バリアを貫通できるから、
人間相手ならこれで十分。瞬間的に生成できるのは天の神ならではの力。
「いけ! サジタリウス。」
人間の知覚ではこれほど頻繁に立ち位置が入れ替わった後の回避方向は、
瞬間的には判断できない。
だから、当たらなかったのは三ノ輪さんではなく、
その前に突然現れたした花びらが集まったような刃で、矢が反れてしまったからだ。
「今度は間に合ったみたいだね。ミノさん。」
「ナイス、助かったぜ。園子。できればもう少し早く来てほしかったけどな。」
空間転移の座標をボクと三ノ輪さんの間に設定するなんて、なんて危ないことを。
もし、ボクの頭に血が上って大技を出していたら、三ノ輪さんだけでなく
自分も無事で済まなかったのに。
そうしてでも、三ノ輪さんは守りたかったのか。
「あらら、気づいたみたいだね。やっぱり早く着くのは園子か。おっと。」
いつの間に周りに展開する花のつぼみのような浮遊砲台から、
ボクの使う物とは違うレーザーが降り注ぐ。
1つ1つの威力は少なくとも受けるつもりもなく、
アクエリアスの水龍使って光線を歪める。
「銀、そのっち。ああ、本当に…。」
「いやあ、久しぶりだな。須美も園子も。」
「ええ、本当に。でもどうして。」
「いや、アタシも全然分からないだ。気づくと、町のど真ん中に立ってて、
使徒にならないかとか、ええっと沙耶?だっけ? あいつに急に話しかけれた。
でも、あんな風に暴れている奴の仲間にはなれないからな。」
どうやら、東郷さんも追ってきたみたいだ。
ということは、このままだと友奈も来るだろう。
「だけど、させない。友奈はもう一人のボクと決着を点けるんだから。
空間転移ロック。これで、さっきの園子みたいに空間転移では
この町に出入りはできないよ。」
普通の人間には分からないだろうけど、第三種兵装を持って来ているなら、
理解はできているだろう。
「マジかよ。できるんならなんで園子の時はしなかったんだ?」
「目的が違うんだよね。私達をゆーゆから話したかったんでしょ。」
「そうなの? 友奈ちゃんと私達を別々に行動させるためだけにこんなことを?」
しれっと、東郷さんが三ノ輪さんにも第三種兵装を渡している。
「乃木園子、キミみたいに勘の良い奴はキライだ。だけど正解が分かっていても、
キミ達はここでボクと戦うことしかできなかったでしょ。
それが時間3軸越えられないキミ達の限界だよ。」
改めて天沼矛を構えなおす。
「さ、では第2ラウンドの開始だ。せいぜい抵抗してみるが良い。」
ボクの宣告は絶対。三ノ輪さんが使徒になってくれないと言った以上、
彼女達の命運はここで断つ。