松永沙耶は神である   作:スナックザップ

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長くなり過ぎました。切りどころが分からない。
ちょうど読みやすい長さってどのくらいだろう。


私の命を捧げます I'll dedicate my life for you

外壁を伝うように振動が千景殿の中にまで伝わってくる。

付近の住民も少なくない数を避難させている以上は、

大赦も安易に考えているわけではない。

それでも弱った神樹様の力だけでは、いつまでも天の神(ボク)の炎を止めることはできない。

 

未だ、均衡が崩れていないのは不思議なくらいだけど、誤差の範囲でしかない。

 

「芽吹先輩、みなさん、どうか御無事で。」

 

亜耶の心情はやや周りの大赦の大人たちと違うように思える。

 

理解しがたい。

 

天の神(ボク)から力を引っ張ってくることに慣れた芽吹達なら、

寿命の近い神樹様から力を頂くより、私を通じて敵であるボクの力を使ったほうが効率的なはず。

 

そうしないから、実際にボクの方が先にたどり着いている。

 

すでに空間転移にデッドロックをかけたから、芽吹達も直接乗り込むことはできないだろう。

今、芽吹達は千景殿どころか、その物理的外装である

ゴールドタワーの上空10000mの地点で、通常空間に放り出されている。

 

「ギャー、落ちる、落ちる、落ちる。死ぬー、今度こそ死ぬ―。」

 

大声で余裕の叫びをしているのは雀だけだけど、

他の防人達も急に空中に放り出されて慌てている。

 

「芽吹さん、雀さん、お手を!」

「弥勒さーん、助かった。ってなんで飛べるの? 不公平だー!」

「騒がないでください。これがわたくしの実力です、と言いたいところですが、

これもアルフレッドの力です。」

 

何とか雀の掴んだ夕海子が芽吹にも手を伸ばすが、芽吹は首を振る。

 

「いいえ、弥勒さんは雀と先に千景殿に入って亜耶ちゃんと

飛行ユニットを拾ってきて、あの星屑の数だと機動力がないと話にならない。」

「仕方ありませんわね。と言いたいところですが、

みなさんも天の神の力を使えばよいのでは?」

 

夕海子の疑問はボクも長い間謎だった。

 

勇者でも防人でも、基本的にボクの持っている無限力を自由に引き出せる。

だけど、いままで繰り返して本当の意味で使いこなせた人がいない。

そういう人がいればボクを阻むこともできていたはずだ。

だけど、現実がそうなっていないということは原因がある。

 

「弥勒はアルフレッドで慣れているだけ、私達はまだそこまで信じられてない。」

 

警戒。

 

つまり、天敵であるボクが由来となっている力を信用できないから、

使用するというより、利用するという形で止めておきたいのだろう。

今、しずくが言ったことはそういうことだ。

 

「それは、まあ、アルフレッドは3年以上も仕えてくれていますから、

違いはありますが……そうですわね。戦衣だけでは飛翔能力に限界もありますし、

飛行ユニットを持ってきますわ。」

 

そう言うと、夕海子も慣れてきているのかすぐに姿を消す。

アルは熱量そのものを制御できるから、ゴールドタワー内の電灯の熱にでも乗り移って、

近づいてくる。

 

例え空間転移がロックされていても、瞬間移動と同じで対象物に対する移動なので、

こういう移動手段は可能だ。

 

「全員、飛行ユニットを展開。すぐに地面と接触するぞ!」

 

防人たちは頷いているが、少し震えている者も少なくない。

地上10000mで急に放り出されたのだから、それも仕方がない。

落下までの時間はおよそ45秒。

 

通信機越しに喋っている間に、視覚で理解するよりも早く地面が迫ってくる。

それでも、日課の訓練の賜物なのか、

バラツキはあるものの全員飛行状態に移行できたようだ。

だが、問題はそれで終わりでない。

 

芽吹達の落下地点にはすでに地面を埋めつくす星屑だけでなく、

射手座と水瓶座が迎撃を始める。

そして空中に放り出された芽吹たちはかわす手段はない。

 

「護盾隊防壁を展開。銃剣隊構え、フルオート射撃。

飛んでくる分はこっちから撃ち落とせばいい。」

「嘘でしょ。こんな空中でなんて、避けられないじゃん!!」

 

サジタリウスの矢が銃弾とぶつかり、空中に火花が散る。

落下の急激な速度のため、正確性に欠ける撃ち合いになるが、

盾を広げないわけにはいかない。

サジタリウスの矢が防人たちの射撃よりも命中精度も数も大きいことに加えて、

アクエリアスの水龍は銃弾だけでは防ぎきれないからだ。

 

実際、射撃を受けてから地上に落ちるまでは30秒程。

 

地上が近くなると、サジタリウスの矢とアクエリアスの水龍だけでなく、

炎になった星屑たちが芽吹たちに向けて次々に向かってくる。

 

「楠、近くにレオもいるぞ。全然姿が見えねえのが気に入らねえが。」

「わかっているわ。全員、地上に降りても油断するな。」

 

辺りを見回してもレオの姿は見えない。

それでも星屑たちを召喚するレオのゲートは開き、

星屑たちは炎の弾丸となって次々に打ちあがる。

 

(でも、本当に獅子座の巨体が隠れているとは思えないんだけど……あ。)

 

「全員散開、雀は防御を上に向けて。降ってくるぞ。」

「え? なになに、上? って、ギャー。どこに隠れてたのー!?」

 

雀たちが地上に降りる直前。

 

レオの巨体が芽吹達の上に被さるように姿を見せる。

 

(光学迷彩じゃない。沙耶から聞いていたけれど、私達が通り過ぎるまで完全にすり抜けた。)

 

防人たちは地上に降りたものの、そこは星屑の群れの中。

空中で迎撃されたことで、着地地点も全員隙間がある。

そこにレオのチャージ攻撃が地上の射手座や水瓶座ごと芽吹達に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はちょうど芽吹達が地上落下中、既にボクはゴールドタワー内部にいた。

神官や巫女たちの祈りに交じって、子供が小さくすすり泣く声が空間を満たす。

 

「無力だねぇ。最大の敵を前にして、そうやって祈ることしかできないなんて。

祈ったところで神樹…にボクを止める力なんてありはしないのに。

祈りなんてなんにももたらさない。本当に無駄だから諦めちゃえば?」

 

さっきボクをただの子供と勘違いして止めようとした

警備員と大赦の護衛の人がまだ伸びている。

死んではいないと思うけど、死なせた方がみんなやる気になっていたのだろうか。

これだけは場合によるから答えがでない。

 

「防人担当なんて一番退屈だけど、ちゃんと罰は与えないといけないからね。

亜耶がいる以上、たとえ雀でも逃げないでしょう。退屈だからお喋りでもする?

うっかり口を滑らせて重要な情報を聞けちゃうかもしれないよ。

そんなところで額に汗しながら必死で祈るより生産的じゃないかな?」

 

それでも、一心不乱と言わんばかりに祈り続ける。

 

本当に不思議だ。もう一人の私から真実は聞かされているはず。

だったら、神樹様の御力を借りることでボクを倒す作戦は無意味だ。

 

効果があるかどうかじゃなくて、ボクを根源としてすべての事象が発生している以上、

神樹様の持てる力はその枠内を超えられない。

 

コップの中にコップに入る以上の水は入っていないようなものだ。

そして、ボクはコップの外側にいる存在。

だから枠内にとらわれず、無尽蔵に無限大に無軌道にできる。

 

「誰もしゃべってくれないみたいだから、ボク一人で勝手にしゃべるね。

キミ達は何を祈っているのかな? 神樹だって創造主たるボクから生まれてきたものだ。

それなのに何を祈る? ああ、もちろんキミ達の心を見透かすということもできるよ。

でも、見透かしてもキミ達の”祈る”行動につながらない。キミ達にとって”祈る”とは何?」

 

祈りとは願いのようなものだ。

 

あーして欲しい。こうしたい。こうなれば良いのに。

 

だけど、彼女達の祈りは神樹様に届いても、神樹様にその祈りを聞き届ける権限がない。

管轄外と言っていい。

 

ボクが口を閉ざすと、祈りの声とすすり泣く声だけが残る。

 

さっきまでは大声をあげたり、ボクに向かってきたり、発狂してみせたりしていたけど、

そんな気力も根こそぎカットしておいた。騒がしいのは構わないけど、うるさいのは嫌いだ。

 

それでも、祈りの句は延々と続いている。終わりが来ればまた最初から1つの詩のように延々と。

変化が起こったのはちょうど次の句が途切れた時。

 

「貴方はもう祈らないのですか?」

「天の神と言葉を交わすな。惑わされるぞ。」

 

開いた亜耶の瞳から砂のような五穀の粒子がサラサラと零れる。

 

やっぱり、人類を地の神の眷属にするつもりだったのか。

本来だったら神婚により力と契約を得なければできない。

でも、アルなら四国の人全員分くらいは神樹様の眷属にすることも叶うだろう。

 

かなりの裏技だ。

 

夕海子に直接リンクして、アルの持つ天の力や熱エネルギーを、地の神、

神樹様の力へと変換している。

前回、乃木若葉にリンクした時は演算処理能力が不足していたけど、

今、使徒が2人に減ったから、その分だけアルの能力も嵩が増してきている。

 

計画は大赦も考えていただろう。ただ、さっきの防人たちがボクの力を警戒したように、

大赦の大人たちを警戒していたし、アルは大赦に興味がない。

その間を取り持ったとすれば、彼女しかないだろう。

 

「眷族化ね。そんなに神様になりたかったなら、言ってくれればよかったんだけどね。

1つ条件がクリアできればキミなら、アル達の代わりもできなくはない。」

 

亜耶なら、この世界の存続もできるだろう。

最初はアルや十華が手伝わないと、慣れないだろうけど、100年あれば十分。

 

でも、彼女に人は裁けないし、捌けない。

 

主となるには従の時間が長すぎた。自分が最上位となるということにうまく対処できる資質は、

100年程度では身につかない。記憶を取り戻す前の状態だとボクでも1万回は繰り返している。

 

「私は神様になりたいから祈っているのではありません。貴方はもう祈らないのですか?」

 

違和感。

 

国土亜耶は人の言葉を遮るような性格ではなかったはず。

それとも言葉を失う前に喋っておきたいだけだろうか。そうなら聞いていても良い。

 

「ボクは祈らないよ。ボクが全部思い出す前に何度祈ろうと叶わなかったからね。」

「貴方はそう考えたのですね。でも、私達は叶えるために祈るのではありません。

神樹様が優れているから祈るのでもありません。

神樹様が私達を見守って下さるから、私達も神樹様に祈ることができるのです。」

 

言葉にはしなくても他の神官もほとんど同じなのだろうか。

誰もそれを否定しない。

 

少しずつ、だが確実に、すすり泣く声が神官たちに同調した祈りの言葉に置換されていく。

 

こんなことがどこかであったような気がする。でも、ボクの答えは変わらない。

 

「哲学か、本っ当にお前たちはいつの時代も勝手に天の神(ボク)のことを決めつける。

そういうのは自分の胸の内だけでやってくれ。面と向かって言われると否定したくなる。

ボクはそんなんじゃないって。」

 

「いいえ。」

 

何に対する否定なのだろう。

 

「貴方が全知全能なる神であり、あらゆる願いを叶えてくれる存在でも、世界の創造主でも、

私達が祈っているのは神樹様です。ずっと見守っていてくださった神樹様を信じているのです。」

 

「同じことだ神樹に祈れば、その祈りはボクにも届く。お前たちも何もしていない。何もできない。」

 

「何もできずとも、何も叶えられずとも、何も残らなくとも、祈りは続きます。」

 

さっきまで感じていたイライラが頂点に届く。

 

ああ、なんで口にしたか理解した。

 

諦めず、振り返らず、ただ走り続けてきた。

 

それなのに、”祈り”などとごまかして走らずにいる者が目の前をウロチョロしていたからか。

 

本来的に”誰でも”ボクになり得る可能性はおいてあったのに。

 

万物すべてに宿り、森羅万象すべての元になる、

ボクはそういう者なのだから、

万物すべてがボクであり、森羅万象すべてがつながっていて、

今ここにいるボク以外もそうなれるなら、

万物から生まれた誰もが、森羅万象すべては誰でも始められて、

ボクの代わりになることだってできたんだ。

 

ボクの力を通せば、誰でも使えたのは、ただ誰でもそうなり得たから。

でも、誰もが諦めるし、誰もが立ち上がれずに下を向く。

もう一度立ち上がるなどと、ごまかしばかりを言う。

 

一度ダメだったものが、次は立ち上がれるなどと、なんで信じられる。

 

感情のまま、ここ千景殿を吹き飛ばそうとして、少し考える。

 

「これを見ても、なお祈っているだけの自分を正しいと言えるかな?」

 

「弥勒先輩、どうして。」

 

そこに映るのは、人々に囲まれ詰め寄られているように見える階下の様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下の電灯が短くスパークして、急激に気温が上がると、陽炎のような揺らめきが人の形に変わる。

 

「何度やってもこの熱量からの自分の再構成というのはなれませんわね。」

「お嬢様、前を。」

「こんなところにまで星屑!?」

 

反射的に夕海子が銃剣で星屑が撃ち抜く。

近くにいるのはその一体だけだったが、奥に避難してきていた人間達の姿がある。

 

アルが弥勒さんに注意を促すと、ゾンビのような動きで避難していた人々が近づいてくる。

疲れた表情なのに、目がギラギラと燃えるようで、そこだけが異常な生命力を見せる。

 

「アンタ、外から来たのか? 助けが来ているのか?」

「え、ええ。外から来たのは確かですが、まだ外は……。」

「おい、助けだ。もう、上の連中なんて放っておこう。」

「ええ!? 何がどうなっているんですの?」

 

人々の異様な雰囲気のせいで夕海子が戸惑っていると、隠れていたと人達が姿を見せる。

 

「早く助けて!」

「外の化け物も倒してくれるんだろう。」

「まずは水と食料だ。それを取って来てくれ。」

 

集まってきた人々が次々に願いを口にしながら、夕海子に詰め寄る。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。わたくしは上に用事が…。」

 

だが、夕海子の声を誰もが聞いていない。

 

話しかけ、訴え、望みを口にするのに、夕海子が何を言っているのかすらも聞いていない。

 

「お嬢様、彼らは天恐の初期症状で正気を失っております。彼らの混乱を冷まします。」

「いいえ、わたくしが彼らを諭します。」

「お嬢様!?」

 

想定外。それはアルだけでなく、ボクにとっても意外だった。

繰り替えず中で似たような状況はあった。

でも、その時はアルがクオリアの発露を停止させることで天恐症状を抑えていた。

それなのに、夕海子は自分の言葉で語ろうという。

 

いったいなぜ、そんなことをしている場合ではないのではないか?

 

だが、次の行動はさらに意外だった。

 

急に銃剣を取り出したかと思うと、天井に向けて一発。

銃声に恐怖でパニック状態だった人々も急な轟音に動きを止めてしまう。

 

「今、わたくしの仲間が、化け物、バーテックスと戦っています。

ですから、恐怖に我を失くしてはいけません。」

 

それほど大きな声ではないけれど、よく通る音。

 

銃声でショックを受けた人たちには十分すぎる啓示に映る。

 

「急に世界が変わってしまったように思われたでしょう。

あまりのことにどうして良いか分からないでしょう。

けれど、わたくし達はまだここに立っています。

ですから、あと少し、みなさんの御力を貸してください。」

 

何を言うかと思えば、みっともなく右往左往するだけの彼らに何を期待するのだろう。

 

一度パニックを起こしたような人間は次も混乱するだろう。

二度と立ち上がり、前に進むことなどない。

 

”諦める”こと自体を覚えている。

 

例え、意識はしていなくても、スポーツ選手の同じ部位の怪我のように、くせになる。

 

(だからこそ、ボクは”諦める”を発現するための脳神経と遺伝子を最初に焼いたんだから。)

 

ましてや、我先にと助けを求め押し寄せるような者たちだ。

今を取り繕っても、すぐに忘れて騒ぎ出す。そんな彼らに何を期待するというのだろう。

 

「俺たちにあの化け物と戦えって言うのか? できるわけがない。」

 

そうそう、キミ達はそうやって文句ばかり言って、より強い力に目を反らすしかできないんだ。

それしかできないはずなのに……。

 

「力で戦うのではありません。どれほど無力であろうと、決して誇りを失ってはなりませんわ。

安きに流れ、仕方ないと俯いてしまえば、本当に終わってしまいます。

わたくし達は、人間は、化け物などに終わりになどさせません。

何もできないというなら、祈ってください。ここはそのための場所なのですから。

それは、祈りは必ず届きます。その力は必ず届きます。」

 

まくしたてるように、夕海子が言い切る。ホントにこんな度胸がどこから出てくるんだろうか。

でも、それだけじゃ足りない。一度パニックを起こした人間は、心が凝固する。

 

「みんな、騙されるな。俺は知ってるんだぞ。大赦の連中は自分たちだけ助かろうと、

神樹様に取り入っているだけだ。」

 

結局こんな風に、正常な状態なら思いつきもしないような妄想を語りだす。

 

「お嬢様、ここはやはり私の力で。」

 

アルが夕海子から離れて、混乱した人々の”熱意”を奪い取ろうとする。

そう、アルの力と言う裏付けがあれば、失敗を恐れる必要も……。

 

「いいえ、心配しなくても大丈夫ですわ。見てみなさいアルフレッド。

彼らは怯えてはいますが、わたくし達と敵対する者ではありません。」

 

「おい、俺たちを無視するな。お前たちみたいなガキは俺たち大人の言うことを……。」

 

「お黙りなさい。さっきから聞いていれば、好き勝手言ってくれやがりますわね。

いいから、この弥勒夕海子の伝説の一ページとなるため、大人しくして救われなさい。」

「な、なんだと、この……。く。」

 

言い返されると思ってなかったのか、明らかにパニックよりも困惑が強くなっている。

 

「お嬢様、素にもどっています。」

「ええ、そうですわね。でも、もう良いのです。急いで戻らないと、戦っている芽吹さん達を

待たせるわけにはいきませんわ。」

「アンタ、戻るのか、外は化け物だらけだって言ってたのに。」

「ええ、当然ですわ。外に仲間を待たせているんですから。」

 

人々は相も変わらず吠えたてているけれど、その瞳には迷いが見える。

や最初の銃声で心に衝撃を受けて、混乱を協調してパニックが増幅する状態に陥っていない。

 

(あーあ、つまらない。ちょっと美少女に声をかけられたら、あっさり怒りを忘れるのか。)

 

「本当に祈るだけで良いんだな。」

「へ、ええ、もちろんですわ。弥勒の名にかけて、この弥勒夕海子が敵を打倒して見せます。」

「絶対、勝てよ。」

「当然ですわ。わたくしは偉大なる弥勒家の継ぐ、弥勒夕海子ですもの。」

 

そう、言い残すと夕海子はなんで急にうまくいったのか分からないと言った風に首を傾げながら、

上層へ続く階段を駆け上る。

 

ボクにも人々の心が急に変わった理由はハッキリしない。心が曇ったみたいで気持ち悪い。

 

ただ、弥勒さんが自信をもって口を開くたびに、混乱は小さくなっていったように思える。

 

恐慌寸前の人間たちに取り囲まれても、弥勒としての誇りを忘れなかったということか。

ただ、その姿はどこか日常の延長線で夕海子を知っている人間なら、”そういうもの”と

感じていたかもしれない。

 

そこまで、考えて、ハッとする。

 

(しまった。自分の心に時間をかけ過ぎた。この感情は不適切。友奈を助けるのに関係ない。)

 

だから、次の瞬間。

 

横向きにハンマーでもぶつけられたような力で吹っ飛ばされる。

人の目から隠れた瞬間、熱変換で一気にボクの間近くに現れたのか。

 

「国土さん、無事ですか?」

「弥勒先輩。ありがとうございます。芽吹先輩やみなさんはご無事でしょうか?」

「ええ、今頃地上で戦っていますわ。急に空間転移ができなくなったので、

わたくしだけ、電気の熱に場所を代わっていただきましたの。」

 

声は亜耶に向いているけど、視線はボクを吹っ飛ばした先に向けられたままだ。

 

「先ほどのわたくしの一撃。どうして避けなかったのですか?」

「ちょっと、強キャラ感を演出しようかと思ったんだけど、

最初から気づかれてるとうまくいかないね。」

 

夕海子はボクと喋りながら油断なく見据えているけど、

その周りを覆うようにしているアルの意識は、ボクをこの場所から引き離して、

宇宙空間に出る算段を必死に巡らせている。

 

「お嬢様、ここで戦っては国土様達の御体に障ります。」

「分かっていますわ。近接戦闘で戦いながら引き離します。」

 

夕海子の戦衣も夢で見た形に変わっている。

それにしても、巨大ハンマーを手にしているのは、面白い内面だ。

そんなことを考えていると、霞のように夕海子の姿が解けて、正面まで距離を詰めてくる。

 

その鉄槌は一見すると質量攻撃に見えるが、粒子の動きを感知できれば、

実体としての物質よりも、初期宇宙を発生させるほどの熱量が広がらずに留まっていることが解る。

スカラー場のポテンシャルを遮断することで、断熱構造の外壁と内壁のように、

周囲に存在する熱量の影響を出さないようにしている。

熱エネルギーを純粋に操作できるアルが最初に見せた一番得意な分野。

 

それでもなお危険なことが分かっていても、

彼女達には、それくらいしかボクに対応する物理攻撃手段がない。

 

「別に大技なんて使わないよ。キミ達が友奈の方に合流しようとしない限りね。」

「できれば、そのまま大人しくしていただきます。お受けになりやがれですわ。」

 

丁寧なのか雑なのか分からない掛け声で、ナイフとフォークを操るような気軽さで、

次々に大槌を振るう。

 

友奈や園子でも、超光速移動と存在の再構成を前提とした戦闘には経験値が少ないのに、

大振りの割にすぐに手元に戻せているのは、使い慣れている証拠だ。

何度もこの姿に変身して訓練してきたというのは知っている。

 

天沼矛の力を使い、同じく初期宇宙を創った時の熱量を出力しても、どこにも届かない。

 

ボクが瞬間移動とインフラトン変換による位置替えで翻弄しようとすれば、

夕海子も熱エネルギー変換で、すぐに実体を失くして、別の場所から振り下ろす。

 

繰り返し続けていると、一つの演目のように錯覚する。

 

前に戦った時は防人なんて次に友奈と戦うまでの余録でしかないと思っていたのに、

もう一人の私を含めて、予定外の戦い方を見せてきたことがあった。

 

才なき故に考えるのは人間の当り前の姿なのかもしれない。

 

そうやって続くかと思っていた矢先に、突然大槌の振り方がわざとらしいくらいに、

あっさり避けられる攻撃がくる。

 

「どうやら、お疲れみたいだね。これでダウンしてもらうよ。」

 

だけど、それは罠だったみたいで、気づくと大量の銃弾が目の前に現れている。

 

「亜耶ちゃん、お待たせ。」

「芽吹先輩!」

 

祈りの姿勢のまま、だけど、亜耶の心が晴れるのが分かる。

 

「弥勒さん、遅いよー、もう、私達の方が来ちゃったじゃない。」

「ぐ、いろいろあったんですわ。人々を助け導いたり……」

「やっぱり、弥勒は肝心な時に役に立たない。」

 

大量の銃弾が飛んできたので、防人全員が来たように見えたけど、実際に来たのは3人。

弥勒さんと亜耶ちゃんを含めて、いつもの5人だ。

 

「外のバーテックス達はどうしたのかな?」

「みんなが、防人の仲間たちが戦ってくれている。だから、私達だけ先に来ることができた。」

 

あの芽吹が自分の手の届かないところで仲間たちが戦うことを許すとは、

それほどまでの信頼関係はやっぱりクオリアを覗いても納得できない。

 

だが、それも良いだろう。

 

「勇者でない人間相手なんて地味でつまらないと思っていたけど、そっちが抵抗するなら、

亜耶を失った時の苦しさを存分に再現してやる。」

 

「いいえ、私は絶対に誰も欠けさせたりなんかしない。」

 

口火を切る銃口から光が迸り、亜耶の祈りの声と重なって聞こえた気がした。

 

 

 

 

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