拳に力と小さな思いを一つまみ分ほど込めて、おおきく振りかぶった一撃。
素手よりも長い刀の間合いからの攻撃を反らしながら、幾度も打ち込んでみるけど、
お互いに決めてに欠けて、同じような攻防を繰り返す。
正面から突き出す拳は、滑るように刀に沿って動き、夏凜の頭部をすり抜ける。
夏凜の刀は時に袈裟だったり、突きだったり、その一撃毎に形が変わり続ける。
直情的な夏凜が変幻自在な動きを見せるから、
正面ばかりから打ち込むボクの方が単純な攻撃しかできない気分になってくる。
さっきまでの銀や園子と打ち合っていた時と違って、お互いの間合いを図るような対等の戦い方。
相手を倒すことしか考えられない。
さっきから流れ込む世界中の情報がさっさと宇宙諸共焼いてしまえと結末を表示してくる。
すべて無視してゴミ箱へポイだ。
こんなに心躍る戦いは、諏訪以来かもしれない。
「ねぇ、それで良いの? もしかしたら、ボクはめんどくさい奴だから、
世界を人質にしたような攻撃を使うかもしれないよ。」
「そうね。アンタにとってはそれが正しい戦い方なんでしょうね。
だからこそ、友奈たちは戻ってくるまで、私がアンタを止めて見せる。」
「それは良かった。もし、勝てたら何でも言うことを聞いてあげちゃう。
何だったら誓いでもかけとく?」
実際、友奈がここにいない理由と他の子たちがいない理由は違うけど、
そこまで明かす必要はない。
「いらない。アンタに私の望みは叶えられない。」
そう言いながら、ちょうど夏凜が泣き別れになるように空間伸長を発生させる。
夏凜は避ける様子すら見せずに引き裂かれた自分の体を、瞬時に再生していく。
夏凜は十華の持つ復活の神々の力をちゃんと理解している。
降り注ぐ小太刀の雨の一つ一つにも、過剰な進化促進の呪いが込められている。
「……でも、ようやくアンタがどうしてこんなことをしているのか分かった気がする。」
「残念。ちょっとは考えてくれても良かったのに。」
夏凜、キミはボクのことが理解できるんだ。
だったら、このままにはしておけない。
ボクの本当の秘密、絶対に友奈に知られるわけにはいかない。
友奈とケンカになった本当の原因。
あれが無ければ始まりが訪れない。
眩しいものを感じたから、その近くに寄って行ったけど、
自分以外の何者もないところから始めたから、それが自分ではないと理解できていなかった。
それを肌で感じるために、友奈と衝突することは避けられなかった。
でも、1つ予想外の事態が起きる。
私達は幼児期の人格形成時にあまり長く同じ経験積み重ねすぎた。
友奈が感じている心は、自分も感じていると”本当に錯覚してしまった。”
言葉を覚えたのも同じ日だったし、
歩けるようになったのも、
自転車の補助輪が取れたのも同じ日、
ついでにテストの点数も誤差5点以内ばかり。
だからこそ、”私と友奈には違いがある”という認識を、
天の神はボクから引っ張り出さなければならなかった。
そうでないと、ボクという世界の事象の流出する源は失われる。
時間は停止し、空間は縮小し、可能性は枯渇する。
ボクがそうだったように、友奈もまた”友達とずっと一緒にいたい”と願う。
幼い友奈にとって、その対象にいつも後ろをついてくる私が含まれるのは自然なこと。
それこそ、”友奈自身が神そのものに近づき過ぎた”と天の神が勘違いするほどに。
でも、大きなケンカをして、ようやく友奈と自分は違う存在だって認められた。
ここから先は友奈とボクは二度と交わらない。
永遠の平行線。
もう、天の神は”
ここまで、本当に長かった。
同じ場所で生まれ、同じように育ってきたのに、それでも、こんなにも違う場所にたどり着いた。
だからこその最後の答え。
ボクは決着をつける。
何があろうとも、それで本当にこの世界の思い出はおしまい。
残るは、友奈がいるこの世界と、それを外側から見つめ続けるボクだけ。
「それでも、ボクは友奈のことを友達だと思っているだよ。心から。」
それでもなお、そのすべてをぶつけてみたいという善くない欲。
友奈と私は違う生き物だと認識した時の理解しがたい喪失感。
それなら、私が、いえ、ボクが伝えたいことは唯一つ。
「ボク以外の誰でもない。最後まで走り続けてみせる。だからこそ、これだけは、
誰にも、友奈と戦う役だけは譲らない。」
本当にそれだけのために友奈以外のすべてを諦めるのだから。
世界を、宇宙を、時間を、可能性を、誕生を、幻想を、すべてを1つに重ねて。
こんな風に拳を振るって、天沼矛すら取り出さずに、天の神の権能もなく、
無限力を使った工夫さえ必要ない。
だからって、ボクは手加減なんてふざけたことはしない。
全知全能なる神とは思えないほど拙く、ゆっくりとした筋肉を使った動き。
ただ走り続けて、手にした動き。
格闘の技術としては夏凜に余裕があるし、
そもそも素手で光ものに挑もうなんて正気じゃない。
もう一人の私の与えた第3種兵装により、
折りたたまれた次元を認識できるようになった
勇者達なら、園子が指示していたように格闘戦が正解。
ボクの技量はホントの格闘家に比べるべくもない。
ボクにしても、友奈にしても、”得意”ではあっても”特異”であるほど
優れているわけではない。
それなのに、弱点のはずのボクが近づき、
不利になるはずの遠距離を夏凜は気にも留めていない。
本質として、体力が尽きないから、余裕があるように見えるだけで、
肉体の檻に囚われたままならこんなもの。
でも、檻を壊して暴れまわれば、何にも触れられない。
ああ、なんて気分が良い。
自分が不利でも逃げずに立ち向かえるなんて、うらやましい。
友奈を見つけた時とおんなじ気持ち。
歌野が見せてくれた決意を見た時とおんなじ。
あんな風に気持ちが良い、透明な輝きはなんだろうか?
「だったら、最初からそう言え。友奈なら、きっと、それでも。」
「それ以上は言わせない。そんなの本気じゃない。ボクは、
ここまで来れたよって言いたいんだ。
もう一度拳を交えて、負けたり勝ったり、また今度って続けたかったんだ。」
そして、絶対に本当の理由は誰にも知られるわけにはいかない。
何がきっかけで友奈に真実が伝わるか分からないのだから。
ボクの力も、夏凜の力も。
本当は友奈と戦いたかったんだけど、まだ時間はある。
それなら、戦いの日々でも幸せだったと言い切る者を無視したりできない。
それは昔の自分が、小学校の先生たちに止められて一番嫌だったことなんだから。
分かってほしくなんてない。
それはきっといいものじゃない。
神様として相応しくない。
天の神だって、今までの私だって、今のボクだって、良くはなかったけど、
もともと、友奈とそうやって戦って結末を出したかっただけなのに、
放り出せないものが多くなりすぎた。
忘れても、忘れたつもりでも、いつまでもいつまでも、振り切れない。
だから、まだまだ続けていたかったけれど。
でも、本当にこれ以上は人間には無理なんだろう。
大赦の誰かが言っていた人の限界。
それは天の神のことを指していたのだけど、
ボクだって、結局天地を動かすほどの力を持てても、
友奈1人のことすらどうにもしてあげられない。
きっと、友奈はこれからも誰かの代わりに危険な場所に行ったり、
大丈夫と言って無茶をしたりするんだろう。
それなのに、誰もかれもが、無理強いしたわけじゃないと知らん顔。
最悪なのは、それが悪意じゃなかったことだ。
人間は、生命は脆弱に過ぎる。
だから、"仕方ない"ことを積み重ね続ける。
命の輝きは一瞬。
儚いときはすぐに過ぎてしまう。
そんなことを続けていたら、友奈の心があふれて流れてしまう。
レオと戦った時のように虚ろになってしまう友奈なんて認めない。
みんな勝手に友奈は強い子だと思ってるけど、そんなことないって、
普通の女の子だって気づいてくれない。
だから、本当に友奈は”普通の”女の子に戻す。
園子だって、ただの良家のお嬢様でいい。
大赦のトップなってしたら、みんなそこに引きずられる。
そんなんじゃなくて、みんないろいろやっても良いんだ。
ゆっくり大人になって、いっぱい考えれば良いんだ。
誰かのために頑張っても、それはただ誰もが笑顔になれるくらいで良いんだ。
そして、その時こそ、あの日の本当の決着をつけることができる。
理由なんてなくて良い、ただ、ちゃんと決着さえつけられれば、
他には何ももういらない。
「キミ達にボクは倒せない。
でも、キミが友奈の代わりにボクに挑むなら、容赦はない。」
もう一度正面から一撃。
夏凜が刀で防御しようとした瞬間、もう一歩だけ踏み込んだせいで、
刀がすっぱりとボクの肩口を斬りつける。
それでも、止まらずタックルのように血にまみれた肩口から突進する。
本当なら瞬間移動とかで、夏凜の後ろに回れば良いんだろうけど、これはそう言う戦いじゃない。
だから、斬りつけられた傷もそのままに、空いている腕を思い切り突き出して、
夏凜の伸びきっていた左足の健を掴みながら引きずって放り投げる。
「あああ! この!」
再起不能とは言わないまで、これで夏凜はしばらく左足は動かせない。
そのまま追撃の構えを取るボクの目の前に、夏凜の小太刀がバラまかれる。
光速に乗ってしまった状態だったから、ボクも避けられずに小太刀の雨のなかに突っ込んでいってしまう。
「勢いが少ないなら、このまま突っ切る。」
宣言通りに小太刀が刺さってハリネズミのようになりながら、
吹き飛ばされてまだ空中で姿勢を制御できていない夏凜を捉えて、思い切り
生誕・進化・死滅をを繰り返すボクの肉体。
「やってくれたわね。く、力が入らない。」
夏凜の左足の負傷はしばらく治らない。
健が切れかかっているから、気合で動かせる状態じゃない。
怪我した足の周囲だけ時間を止めたから、くっつくまで数週間は動かせない。
「夏凜さん、大丈夫、時間停止は、わたしが何とか解除するから。」
「十華、ええ、問題ないわ。時間が止まってるならこうすればいいのよ。」
言うが早いか、刀だけでなく時間が止まった左足さえ武器として、剣舞のようにひらひらと動く。
二刀一刃どころか、三撃が一心に繰り出されて、跳ね返されてしまう。
そっか、満開の後遺症を経験したから、体の一部が不自由になっても戦えるように訓練していたんだ。
相変わらずの鍛錬マニアぶり。
「重力制御、移動はわたしがやります。」
十華の意識は消えずに夏凜と別々に制御できているのか。
「十華、融合したままでそこまで意識を分離できるなっていたんだね。」
どことなく淋しい。本当に小さなころから見てきたから、
知らないうちに十華も変わって成長していく。
みんな、きっとボクだけを置いていくことになる。
でも、それはボクが友奈以外のすべてを諦めてしまったから。
「だから、この
「そんなの誰も望んでないって言ってるでしょうが!」
二刀を重ねた一撃が袈裟懸けのようにボクの肉体を切り裂く。
それも、すぐに過去となって、何もなかったかのように夏凜をつかんで投げとばす。
ふと、こんな風にできるのなら、
あの時、歌野にも何か再生の力を考えておけばよかったんだろうか?
ああ、でも、水都や諏訪全域にもかけておかないとダメだった。
やり直すつもりはない。
あんな風にキラキラしたものがまた近づけるか分からないから。
お互いにどれだけ傷つこうと、距離を無視して攻撃を続ける。
この戦いに防御や回避の意味はない。
お互いに時空構造の操作に慣れてしまっているから、原理的に防ぐということができない。
世界自体であるボクはもちろんのこと、アル達使徒にだって、時空間制御は自由に扱える。
あらゆる時間と場所に攻撃を届かせることはできたはずなのに、必ず狙いや動作を無意識にしてきた。
でも、今はボクと同じように意志だけで、現象を実現させている。
今まで力を与えた誰もが、理解はできても実践には至らなかったのに、
ここに来て新しい可能性が出てくる。
夏凜と十華の組み合わせは考えたことなかったな。
どっちかと言うと、十華が仲良くなれる平行世界は神樹館の三人が多かったから、
そっちの方が相性が合っていると思っていたんだけど、違ったんだろうか。
「第一段階クリア、と言いたいところだけど、それでもまだ足りない。今度はこれでどう。」
「く、なんで、気配が世界中に広がるの?」
言って、使って、しまったと思った。
これじゃ第一段階じゃなくて、九段階中の五段階目だ。
嬉しくなって、つい、平行世界干渉に加えて、これまで広げてしまった。
やってしまったものは仕方ない。手加減なしだって言ったんだから、付き合ってもらう。
「それがボクが見ている世界の1つ。自分の意識を無限に引きのばして、可能性だけでなく、
宇宙の初期状態、パラメータのすべての組み合わせまで拡散する。これでもまだ意思を保てる?」
可能性、平行世界については、割合、人間の近くでも何とかついていける。
”あったかもしれない”は想像の領域からの創造。
でも、宇宙が発生するときの初期条件が違う世界、
それどころか物理法則自体が全くことなる異世界的なものまでは想像を通り越した幻想にしかならない。
果たして今の夏凜にそれが対応できるのだろうか?
「なんで、こんなに、私は、私じゃない”オレ”は……。」
「夏凜さん! どうして、同じ場所にいるはずなのに。どうして夏凜さんの意識がぼやける。」
さっきまでの激しさがウソのように夏凜の動きが精彩を欠く。
それでも、ボクをトレースするように刀を向け、こちら追ってくる。
「現実はその瞳にもう映らないはずだけど、どうやって動いているのやら。せい。」
両手を使った掌底。
そのまま両腕を超新星爆発の要領で爆発させ、夏凜を吹き飛ばす。
今のままでは、夏凜だけでは、やはりボクには届かない。
「お願い、夏凜さん正気に戻って。」
「…………。」
「無理だよ。十華。夏凜は五感を失っても、なお敵を察知できるくらい気配を感じ取れる。
それは第6感とも言える能力だけど、ボクが操作できる次元数は9つ。
1つ2つ多元世界を見通せるようになった程度じゃ今みたいにキャパシティオーバーしちゃうだけ。」
それでも、途中のマルチバースくらいは乗り越えて見せてくれていた。
ただ、それ以上となると虚数領域と世界の法則自体に関係するから、
ただ感覚を広げるだけじゃ、今みたいに意識がとっ散らかって収束しなくなる。
「こうなったら……ごめんなさい。夏凜さん。体、お借りします。これで…。」
夏凜の体の制御して、影から獣の咆哮が解き放たれる。
迫る炎を吹き払うと、夏凜の心臓を刀の形に変えた十華が斬りかかってくる。
「お願い、神様。こんなことまでする必要なんてなかったんでしょ。」
「でも、地上にて動けるものを残しておけない。それでは友奈がいつか目を覚ますかもしれない。
そうしたら、また利用する者達も目を覚ますかもしれない。
そんなことはもうさせない。ボクを止めてくれるというその役割だけで、
友奈は十分世界に貢献したはずだ。」
矛を回転させながら、打ち込む刀を跳ね返し前に進む。
慣れない器の影響なのか、少しずつボクの方に天秤が傾く。
「しまった。」
半歩、後ろに下がるのが遅れた。十華の方が。
「さよなら、十華、また次の世界で。」
「次なんて必要ない! くらえ。」
「は!?」
目の前に突然現れる”十七”の銃口。これは防人の?
その瞬間、すべてを理解する。
「バカな、未来方向に時間移動したのか!」
ボクの叫びと同時に銃口からまっすぐに伸びた彼岸花のような朱い閃光が、急所を貫いた。