数百年ぶりの苦痛が全身を駆け巡る。
奥歯を砕き声をかみ殺しながら、次弾装填を始めた防人達を矛を巨大化して薙ぎ払う。
今更倒せるとは思っていないけれど、ビックリさせるにはこれで十分。
「ふふふふ、あは、すぅ、はあぁー。」
1度だけ深呼吸すると痛みを俯瞰するように客観視できる。
「く、もう、ダメージから立ち直ったの。」
「えぇえええ、嘘でしょ。メッチャ血が吹き出してるのに、笑ってる。」
「痛くないわけじゃない、でも耐えれてる。驚き。」
防人たちが意外そうしていること自体が、ボクにとってはなんだかおかしい。
「この場面じゃないけど、ボクの弱点を知られていることは分かっていた。
狙いは悪くなかったけど、キミ達は忘れている。この弱点は茉莉さんによって一度使われている。
だったら、人は痛みに慣れてしまうでしょう。」
それでもボクの不意をつけたとは言え、よくこんなタイミングで時間移動できたものだ。
だけど、この痛みは1度だけじゃない、何度も何度も受け止めてきた。
そうすることで強くなれる気がしたから。
痛みも何もなく立ち上がれるものなどいない。
そんな今を終わらせたいと言うのは、本当なんだから。
「だから、今はこの痛みも私が得たもの。否定などしない。」
さっきボクに撥ね飛ばされたのに、ダメージはそれほどみられない。
護盾隊が全重ねで守っていたからだけど、今ので全力を出し切ってしまった。
連続でボクの攻撃を防げるほどの結界を展開する余力は見られない。
となれば、当然攻勢出て時間を稼ごうとする。
横目に見れば、念力で十華が無理やり夏凜の体だけを動かしている。
当然、筋肉の動きじゃないから、斬りかかるその動作も、一拍遅れたような動きになる。
速度は防人はもちろん、さっきまでの夏凜達を上回るほどなのに容易く避けてしまえる。
「やっぱり、夏凜さんとわたしじゃ体の作りが違いすぎる。」
「今、夏凜の体を操作しているのは十華なのね。夏凜たちはどうなっているの?」
「魂だけ過去に分離されてる。そんなことしたら肉体が朽ちてしまうはずなのに、
神様がどうにかしているみたい。」
次の動作が起こる前に即時に時間を停止させる。
といっても既に樹海の中だから、通常時間停止だけでなく、
量子化した状態のクローノンを無理やり停止した現象停止と言った方が近いかも。
「これ、動け……。」
抵抗力があったのか雀が盾を構えようとしたところで、世界全体が停止する。
「未来に飛ぶなんて、その間にボクが勝ってたら全部が無駄になっていたのに、
全くどうしてくれるつもりだったんだ。」
少しだけ時間を遡って俯瞰する。
さっきのダメージは確かに耐えられた。
だけど、茉莉さんか友奈のような思い入れは防人には無かったはず。
だったら、どうやってボクに触れたのか、それに分け御霊の接続が消えてしまったことも気になる。
防人風情に負けたとは思えないけど、”知らない”こと自体が異常事態だ。
「見つけた。あの時の過去。」
芽吹の振るう銃剣は2本。
「はっ!」
近接戦闘において小回りの利く武器でもないけど、二刀流ならぬ二挺流といったスタイルで、
発砲も含めた独特の戦い方だ。
周りを破壊しない前提ならば、だけど。
もう一人の私が防人32人全員それぞれの特性に合わせたカスタマイズがされている。
神樹様の見せた夢の通りのパワーアップを果たした芽吹たちだけでなく、全員分だ。
そんな暇があるなら、第三種兵装をさっさと開発していればよかったのにと思うのだけど、
強化して本来の星座級の質量を持たせたはずのバーテックスが彼女たちを押し切れなかった。
そのせいで、夕海子とアルのコンビと遊んでいるうちにたどり着いた。
「少しは戦えるようになったつもり? ボクを傷つけられるようになったからって、
本当に傷ついてるわけじゃないって本当に分かってる?」
彼女たちがやっていることはスマホの保護フィルムをひっかいているようなもので、
ボク自身と言うより、ボクの身からはがれた不純物の層を
ようやく傷つけられるようになっただけに過ぎない。
本当にボクにダメージを与えたいなら、
それこそ、茉莉さんがやったように開いている致命傷を探し当てて広げる必要がある。
ただし、人間が手持ちできるナイフでついた傷なんて、
平行世界どころか数値で顕せるすべてより巨大な存在に戻った
今のボクの中から見つけるなんて、砂漠に落ちた光子1個を同定するよりも困難だ。
茉莉さんはボクの手当てをしたから傷の場所を"知っている"状態が確定できたけど、
そうでないと、ボクから触って欲しがらない限り、攻撃するなんて現実的じゃない。
芽吹だけでなく、他の防人達もお互いにカバーしてボクの影から触腕のように伸びる炎を断ち切る。
あれだけ怯えていた者たちが、よくもまあ、ここまで来れたものだ。
特に七人御崎の応用なのか、しずくとシズクに分裂して動いている。
「おら、ぼさっとしてんじゃねえ。攻撃したらすぐに位置を変えろ。
アイツの攻撃は距離をとってもいきなり発生するぞ。」
「ほら、早く。結界を展開して」
「うわーん、死ぬ。死ぬ、死んじゃう。」
当然夕海子もアルの力をフルで使ってくるけど、それでも全部の平行宇宙の可能性を0にして、
分岐世界を消しこむくらいが限界。
「み、弥勒さんてただ騒がしいだけじゃなかったんだ。」
「助けてもらっておいて、どういう意味ですのー!」
何より苛立たしいのは恐怖を感じないことだ。
力の差は歴然。時間稼ぎくらいしかせいぜいできないはずなのに。
「とは言ってみたものの、やはりわたくし達の攻撃では。」
「前と違ってちゃんと傷ついてるけど、すぐに治ってる。」
「沙耶が言ってたみたいに、やっぱりオレ達の目の前にいるのは出張ってきてるだけの影か。」
「め、メブ~。早くあやや達を連れて逃げて~。そしたら私達も逃げられるから。」
あれ? この子たちボクを倒しに来たわけじゃないのか?
「もしかして、亜耶を連れて逃げるつもり?」
「あたり前でしょ。天の神と戦うなんて、無理無理無理なんだから。」
「いや、そういう意味じゃなくてね。
友奈の友達っていう意味以外キミ達には何も求めていない。」
「ふざけるな! お前に求められなくても、神に祝福されない命であっても、
私達は生きていく。絶対に全員で生き延びる。」
ボクが言い切る前に、被せるように芽吹が否定する。
いえ、芽吹だけでない怯えてるだけの雀も含めて否定する。
ここにいない防人たちも、防人と縁がつながっていない神官たちでさえ否定する。
これは、何故勇者でもない役割を振ってない者たちにこれが為せる?
ボクが永劫求めてきた戦う力が無くとも、勇者たちを信じる心を何故?
「他社を妬み、怒り、時に怯えるしかできないお前たちが、何故そんなことを言う?
ああ、そうか選ばれなかったら必要ないって、酸っぱいブドウの理屈だね。」
そうだ、そうだ、そうだった。
忘れるところだった心理学でいうところの合理化。
理屈をつけて、勇者の椅子なんて誰にでも慣れるものだとごまかす心か。
ああ、良かった。
「違う。昔はそういうこともあったかもしれないけど、
今の楠は勇者になれなかったことを誰かのせいにしていない。」
芽吹自身が否定していたら反論もできた。
でも、否定したのはいつも自己主張しないしずくの方。
「何が違う。どう違う。神樹…の勇者として選ばれなかったことを、
ずっと不満に思っていたんでしょ。そう、貴方は、貴方達は失敗した。不合格なんだよ。
三ノ輪銀に声をかけられなかったのも、勇者となってみんなのために戦えなかったのも、
すべて貴方達の性質か能力かどちらかの問題だ。」
やや早口に切って捨てる。
少しお喋りが過ぎた。
さっさと第三種兵装だけ破壊して、友奈たちと戦ってるボクに合一してしまおう。
そっちの方がよっぽど上がるに決まってる。
「いけない。させませんわ。」
ボクが光速度に乗せて払った矛の一撃を夕海子が器用に受け流す。
誰も反応できないと思っていたけど、ほとんどアルと遜色ないレベルまで力を仕えているようだ。
それでも今まで見たいに真正面から受けに行っていたら、本来の夕海子ではなかった技術だ。
アルの記憶のすべてを受け継いで、その技術まで形にしつつある。
「ええ、知っているわ。私が勇者に相応しくなかったのは、
私が他の人を見れなかったから。
でも、そのおかげでこうやって防人のみんなに会えたのも本当。
だから貴方は何もわかっていない。
例え勇者になる資格を認められなかったとしても、
もう、そのことで神樹様や大赦をどうこう思ってない。
そうやって上手くいかなかったことも含めて、すべてが私を作っている。だから……。」
夕海子の影になって見えてなかったけど、明らかに今までと違う鋭さで2つの銃口が火を吹く。
「そのすべてが私だ。」
避けるのも億劫にその銃弾を掌で受け止める。
こんなものどれほど鋭い武器でも運動エネルギーがゼロになれば、
威力を発揮することは無い。
武器は武器でしかないとはよく言ったモノ。
「そんな!」
驚愕する夕海子を蹴り飛ばして、芽吹と一緒に壁にぶつける。
「残念でした。私が西暦で流した血が大赦に補完されていたんでしょ。
300年腐らせず、真の切り札として用意していたんだよね。もちろん知ってるよ。
もういいよ。死んじゃえば?」
室内限定で急激に温度を上昇させる。
1秒足らずで100兆度まで上昇する。
けれど、防人達はまだ立っている。
いえ、防人たちだけでなく亜耶も神官も巫女もみんな無事だ。
「うっわ、人間の方の私何考えてるの?
第三種兵装を千景殿内の神官や巫女の分まで用意するなんて。
そんなんだから時間が足りなかったんだよ。」
彼らに何かをする力はない。
だったら、戦力として保持する意味なんてないのに。
それとも千景砲が本気でボクに通用するとでも思っていたんだろうか?
「く、これ以上は。」
「神樹様。どうかお守りください。」
耐えているとは言っても、やはり亜耶達のような一般的な大赦の人間は辛そうだ。
今は雀が盾を広げているけど、2、3分程度が限界だろう。
「どうする? このまま蒸し焼きになる?
それとも、みんなで生き延びるためにボクに御免なさいしてみる?
神はどちらでも良い、なんてね。」
これ以上、彼女達に切り札はない。
いえ、正確にはあと一つあるけど、芽吹の正確じゃ決断を下せないし、
アルは性質上気づかないだろうから、伝えてないだろう。
私は考えるかもしれないけれど、未だに姿を見せていない。
さっきの対消滅のダメージから魂の再構築がすんでないためだ。
「ど、どうしよう。メブ。このままじゃ。」
「まだよ。まだ数発はあるは今度こそ当てて見せる。」
雀の盾の圏外に芽吹が一歩踏み出そうとした時、
突然夕海子から分離したアルがその肩に手をおく。
「いえ、今となってはその血の弾丸に貫通力を与えることは困難でしょう。
ですから、皆さまは最後の機会へと向かってください。」
「アルフレッド、何を?」
アルフレッドの体が透けていく。
いえ、アルフレッドだけじゃない。
ボクや防人たちまで透けていく。
「これは……。」
「うお、どうなってやがるんだ。これ?」
しずくとシズクまでもが分離した姿のまま希薄になっている。
「うわー、死ぬ。死んじゃう。」
まるで朝焼けに星が消えるかのように、薄くなっていく。
その幻想的な美しさをしばらく眺めていて、気づいてしまう。
「未来化の術法か。そこまで人を信じてくれてうれしいけど、
それだとみんなはやっぱり足手まといってことでしょ。」
「未来化? そんな話ミーティングでも一度も…。」
「どういうことですの。主人に理なくアルフレッド、答えなさい。」
一斉に集まる視線を涼し気に受け流しながら、
アルはいつもお茶を入れている時のように答える。
「今のままでは我々はもちろん、国土様や外で戦っている皆さまも
無事では済まないでしょう。
ですから、ここにいる神の分け御霊も含めて、未来に移動します。
万が一の時は千景殿を退去しても良いと伺っておりましたので。
その上で"すべて"の勇者が揃うタイミングで仕掛け直して頂けますようお願いいたします。」
最後の言葉に思わずギョッとしてしまう。
せいぜい、数分程度移動して熱を凌ぐくらいのつもりだと思っていたのに、
今のだと数分、いえ、下手をすると1時間以上はこの分け御霊のリンクが
「させ……。」
「いえ、こちらの方が速い。」
その瞬間分け御霊は本体との接続が断たれて霧散していった。
「お嬢様、どうか千景殿に戻られた時には私をおよび下さい。
それまではしばしおお別れでごさいます。」
アルの言葉は聞こえていないはずなのに、何故か耳に残っていた。