準備があるからって、芽吹達には先に出てもらった。
これは"話せないこと"だから。
話してしまえば認識は共有され、私が消えても次が生まれてくる。
それではアイツの思うつぼだ。
天の神を簒奪したもう一人の
そんなものは存在しない。
最初からいないんだから、倒せなくてあたり前。
私達はアイツを見れていなかった。
まだ、生まれてすらいない者を殺す手段なんて、あり得ない。
まだ、発生していない現象を鎮める方法なんて、あり得ない。
まだ、見つかっていない法則を名づけるなんて、あり得ない。
順序が逆になる。
(アイツにとっては生成と消滅は身近すぎて"あたり前"のことだ。)
それに気づいたのは、対消滅した時。
いくら無限大の出力があってもさっきまで無かったものが、
パッと出現すれば空間自体が押し広げられたり、質量とかエネルギーとかで揺らぎが生まれる。
それなのにそんな予兆はなかった。
空間転移ができないのに、アイツは急に顕れた。
アイツは最初から私達のすぐ側にいたんだ。
今もこの瞬間、私達がいるすべてに満ちている。
それなのに、アイツは、いえ、アレは本当に人間になりたかったんだ。
心底から結城さんと対等になりたかったから、
わざわざ形を為しているだけで、それは本当じゃない。
(こんなことを言えるわけがないじゃない。)
てっきり高次元の生命体みたいな各個とした存在だと思ってたのに、
アレは次元という考え方そのものが通じない。
すべてに満ちているなら次元なんて意味がない。
大きさにも、距離にも、方向もすべてが変わらない。
最初からこの世界はそうだったんだ。
時間発展を失くすことで完全な秩序に満たされたただアイツだけで満たされた世界。
対称性の破れは発生せず、何も発生しない。
それなのに、アイツは人間になりたくて偏りを生み出す。
何かを好きになりたい、誰かを優先したいと願う。
遍在ではなく偏在へ。
善いこともあれば悪いこともある。
そう言う世界になってしまった。
でも、結城さんを優先すればするほど"勇者"として苦しめる。
アレがそうしなくても、結城さんにアレの想いが偏る限り、
"奇跡"は偏在し、彼女を特別にしてしてしまう。
だから、"私"が必要。
"ただの友達"でしかない私でも、結城さんとかかわりが少ない使徒でも、
結城さんにだけ偏ることはない。
でも……。
「断じて、私は認めない。そんな世界。
例え世界が不完全でも、それは終わりじゃない。
解除した私の防人用装備を分解する。
本当にアレを倒すなら最初から犠牲を前提とするしかない。
だから、これももう使えない。
樹海の蒼くない大空に鳥の影が差す。
「早かったね。さすが園子様。」
「そうでもないよ。防人のみんながいてくれた方が良かったんだけどね。
あ、でも、貴方はこの方が良かったかな。」
「貴方でもそんな風に考えるんだ。そう言うのは無いと思ってた。」
「買い被りすぎかな。私も後悔ばっかりだよ。」
きっと、その言葉は本当だろう。
私達には私達の悩みがあり、園子さんにも悩みがあり、
アイツの無意識にさえ悩みがあった。
「今、貴方がしようとしていることはダメだよ。例え世界のためだとしても。」
まるで自分に言い聞かせるように、子供に諭すように静かな言葉。
園子さんはどこまで理解しているのか分からない。
でも、もし邪魔をしてくるなら対処が必要。
(仲間割れなんてしている場合じゃないけど、避けられもしないか。)
「やだなあ。私はそんな大したことはできないですよ。知ってますよね?
私はただの人間なんだから。
ただ、アレが放置している特異点を通じて平行世界中の人々の力を借りただけです。」
アイツの目的は結城さんが普通の人間として生きていける世界。
でも、それこそが間違いだった。
全知全能だというなら、そういう世界にだってできる。
アレも本当に気づいていなかったけど、
1つ友達としてやってないことがある。
園子さんもアレが何を目的としていたか、分かったんだろうか?
真実を知った上で同じなのか、違うのか。
「えーっと、ごまかされてはくれませんか?」
「できないよ。もう誰も犠牲にしたくなんてないから。」
園子さんがきっぱりと否定する。
「どうしてですか? 勝っても負けても、貴方達の望みは叶いますよ。
もう知っているんですよね? アイツは倒せない。
いえ、そもそも、アイツはこっちに合わせて姿に似せた鏡像を見せているだけ。
だから、アイツを基底状態に戻すしかない。」
「誰かに押し込めるの? それって神婚と同じでしょ。それとも……。」
「それ以上はダメ。答えを思いついてしまったら、アイツは対応する。
心配しなくても結城さんを使って封印したりはしません。
それだけじゃアイツは消し切れない。
"アイツはこの世界に残ったまま"。完全な答えにならない。」
だから、アイツを倒す方法はたった一つ。
そのためにそれっぽいことを並べて、みんなを騙して世界中の総意を集めたのだから。
「みんなをさんざん煽っておいて悪いけど、
他ならない世界中の人々が生きたいと願ったからこそ、
アレが意識的に無視していた可能性を実現できる。」
一度だけ大きく深呼吸。
言うべきことはは分かっていない。
その時まで私自身考えないようにすることで、
アレに邪魔されないことが一番難しかった。
でも、私ならきっとそうするはず。
アレが励起していない状態とは、すべてが等しいということ。
すべてを等しくするなんてできないけれど、
"そうであるかのように"錯覚させる方法ならある。
「それ以上はダメ、絶対に後悔するよ。」
「ホントに分かってたのか。私自身すら気づかないようにしていたのに。」
無意識に触っていた指輪を引き抜く動作を園子さんが抑える。
「どうかな。具体的なことまでは分かってないよ。
でも、第3種兵装って、命中させるんじゃなくて、
天の神"が"当たりに来るんでしょ。
私達が話す言葉、願う心、一つ一つの想い、そのすべてに宿っている。」
園子さんの腕を乱暴に振り払い、後ろへ飛び下がる。
「そうだよ。対消滅して復活するまでの時間差で気づいた。狙う必要がないってことは、
あれは全宇宙の等方性と等質性が保存されること。
"大切なもの"はどこにもない。
この世すべてから失くす以外に方法はないよ。
神ではなく、人ではなく、あるべき場所として。」
だからこそ。
名前も知らない誰かであっても助けてあげられる"勇者"が必要だったのだから。
この世すべてを等しく救うものは、"一番大好きな誰か"を必要としない。
好みや優先される大切なものが存在しない世界なんて、想像もできない。
でも、そう錯覚させることでしか、もうアレを平衡状態に戻す方法はない。
今となってはアレも結城さんの気持に関係なく、
"自分が好きでやってる"と言い張るから。
でも、みんなから見れば、そう思う私こそ頭がおかしいのかもしれない。
もう、何が正常なのか、何が異常なのか、そんなことを考えてもしかたない。
「これを以って、永遠を終わらせる。結城友奈。彼女が選ばれたのも必然だ。
アイツの考える"友達"は私達の考えとは違う。」
友達、と文字通り考えれば、友達を傷つけるわけがない、と思うけど、
アイツは自覚的にも、無自覚的にも、人間である結城さんと、存在していない自分が
共にいられないことを認識している。
アイツの見ている世界は誰とも交わらず、同じものを見ているのに見え方は違っていた。
きっと、ずっと続いていく平行線。考え方も、好みもまるで違う2人だ。
(その時点で違和感はあったのに気づけなかった。)
アイツは結城さんに理解してほしいとも、ずっと一緒にいたいとも思っていない。
大切な人と一緒にいられないかもしれないのに、そのまま実行するなんて、
何を考えているのか分からない。
「アイツは結城さんと戦いたかったんだよ。ふざけた話だ。
少年漫画のバトルばっかりの物語のように、
心底から対等に競って、勝敗がついても、それでケンカになっても、
また会えるって信じられるような友達が欲しかったんだ。
だから、"すべての世界で結城さんとケンカ別れする"ことだけはずっと変わっていない。」
それこそ、アイツが結城さんを特別扱いする最大の理由。
”まるでアイツ自身がそう望んだかのように、結城さんはアイツの都合よく動かなかった”。
唯一絶対の自分に都合がよくない初めての他者。
互いに相容れない関係を心地よく感じるなんてどういう感覚なのか、理解できないし、したくもない。
「私ね、よく不思議な子だって言われてきたんだ。誰ともお話合わなくて友達も少なかった。」
少し沈黙の後、唐突に園子さんの言葉が理解できない。
何を言いたいのかさっぱり分からない。
だから、きっと、私は園子さんとは友達にはなれない。
尊敬もしているし、すごい人だって思うけど、たぶん合わない。
「でも、ちゃんと話したら、こんなにいっぱい友達ができたんだよ。ズッ友までいるんだよ。」
「なんの話?」
全然読めない。園子さんとアイツには共通の話題なんてないはず。
「友達の話。貴方達は友達と遊んだり、一緒に何かしたかったんだよ。
でも、それだけだと”普通”の友達だって想っちゃったんだよね。
”特別”なら、”特別”な何かをしなくちゃいけないって。
そんなのは要らないんだよ。おっきな車も、たくさんの道具も、面白いこともなくても、
私はずっと3人でいたかったんだよ。」
「…………………………………………は?」
特別でない友達?
「……今の言い方だと、私が防人用装備にいろいろ足したのも同じように聞こえるけど?」
「同じじゃないかもしれないけど、よく似ているよね。貴方達は何でもできるようになったけど、
何でも1人で先走り過ぎなんじゃないかな。ゆーゆも楠さんも本当は話して、相談してほしかったんだよ。」
「それを園子さんが言うんだ。いえ、貴方だからそう言う風に理解できたのか。
もし、あの未来で、少しでもそう思ってくれていたのなら、アイツはそこで止まっていたんだけどな。」
私達はいつも気づくのが遅すぎる。
天の神も、地の神も去って、また大赦が愚図愚図していた未来。
その先で園子さんが勇者部を辞めてしまって、大赦を抑え込めるのだけれど、
何も言わずに去っていく園子さんに、気づいてあげられなかったことを、みんなは後悔していた。
どの未来でも、完全にはほど遠くて、みんな何かが欠けたままで、本当の笑顔には遠かった。
アイツならきっと躊躇わずに突っ走り続けるだろう。
時間移動でダメなら、平行世界を歩き、それでも届かなければ、全く異なる物理法則だって使う。
私もできることは何でもやってみせると思っている。
だけど、私は……。
「どんな未来を選んでも、アイツに対応される。
だったら、無様で迷ってばかりでも、ちゃんと話せってことかな。」
正直に言えば、不安でしかない。
意見が増えれば増えるほど、大赦のようにグズグズしてしまうんじゃないかって怖くなる。
でも、私はアイツと違う道を歩んでいこう。
園子さんが何を言いたかったのか分かっているとは思えない。
ただ、アイツは誰にも言わずに全部決めつけて、たった1つの存在を優先してきた。
だったら、私は、欲張りに全部を手に入れられるようにやってやる。
迷い、決断が鈍り、失敗するとしても、
そうすることで選んだ未来に価値があると信じてみよう。
瞬間、意識が途絶え、冷たい感覚に飲み込まれていく。
完全に視覚が消える直前。
手を伸ばした園子さんが、ゆっくりと近づいて見える。
「決断できない私は必要ない。唯一大切なものを定められない自分は不愉快だから消えて。」
ああ、私はアイツに殺されたのか。
気づいた時には、思考は淀み、決意は霧散し、瞳から光は失われていた。