天沼矛で串刺しになった自分と同じ顔の少女を、無造作に投げ捨てる。
「警告はしていたよ。友奈のことを好きにならない私は必要ないって。
すべてを平衡状態に戻したって、きっとボクはまた友奈を追いかける。
だって、思い出がなくなっても、こうして戻って来れたんだ。
きっと、どんなことがあっても、ボクは諦めない。」
ボクが投げ捨てた私は園子がキャッチした。
「園子さん、彼女は消滅しないと復活できないよ。さあ、手を放してあげて。
死なせてあげれば再生される。またすぐに会えるよ。」
園子さんは理解してくれたのか、もう一人の私を横たえると、こちらに向き直る。
「ずっと疑問だった。星々さえ届かないような力を持っているのに、
私達への攻撃はまるで探るように慎重だった。」
振り被った槍が空振りに終わる。
だけど、園子が試したかったのはその後だ。
槍の穂先がかすめたような薄い線がボクの頬に走る。
けれど、それも大海に落とした砂金のようにすぐに見えなくなる。
それだけで十分だったのか園子が手を止める。
「ああ、やっぱりそうなんだ。」
「うん、その通りなんだ。でも、貴方達にはどうすることもできないでしょ。
"すべてに満ちる"は、時空や次元じゃない。
妄想だろうと現実だろうと、過去だろうと未来だろうと、
目の前でも1光年先でもすべて"ボク"であることに変わりはない。
"ボク"でないものなんて無い。貴方達の行く先は妄想の中にさえ存在しないよ。
とは言っても、妄想で試してみたのはキミくらいだ。
失敗したら、ただの頭のイタイ子だっていうのに。」
園子は、ホントに普段はぼ~っとするのが好きだって言ってるのに、
すごく思い切りのいいことをする時がある。
「それは大丈夫。理解はしてもらえなくても、一緒に付き合ってくれるから。
ツッコミありで最後まで。」
なるほど、夏凜も銀もブレーキになるのか。
戦闘では前衛の突撃担当なのに、日常生活では後衛というのも人間らしい。
「それで、いつまで抜け殻を持ったままなの?」
「すぐに終わるよ。ほら。」
「ゲホっ、な、んで? 元の体?」
「ダメだよ。死んでも平気なんて、意識と記憶が連続する同位体でも、
"同じ"じゃない。失くしたら戻らないものだってあるんだから。」
キサガイヒメとウムガイヒメ。
十華が役割を引き継いだ2柱を連れてきていたのか。
ボク由来の力を制御する十華も連れずに使おうなんて、
見た目に会わず大胆なことをする。
「どうせ復活するもう1人の私に使わなくても良かったのに。」
「違うよ。復活するから死んでも良いなんて、そんな考え方間違ってる。
だから、ゆーゆを傷つけると知っているのに、こんなことをするんでしょ。
結果が良ければなんて、そんなの間違ってるよ。」
奇妙な話だ。初めて満開したときには、
何度死んでも、死なないからと言ったのではなかっただろうか?
「やっぱり人の心は難しいね。キミ達は人の痛みには過剰に反応するのに、
自分の痛みには鈍い。
それが勇者として選ばれやすくなる原因なんだけど、それはボクが困る。
友奈がキミに引きずられて冒険しないようにするには、
これは、もう直接ボクが干渉するしかないよね。」
言葉が終わるよりも早く園子が槍を振るおうとする。
「だけど、すべてに触れているボクの方が……。」
「そんなの違う。私はそのちゃんに言われたから外の世界を旅したわけじゃない。」
「ゆーゆ、どうしてここに?」
飛びつくように突っ込んできた友奈を受け止めるけど、勢いは止まらない。
互いに地面の上をグルグルと転がり、上になったり下になったりしながら、
お互いを離さず、投げか絞め技をかけようと掴みを変え続ける。
視点が安定せず、自分が上か下かも分からないはずなのに、
友奈の拳はまっすぐにボクを捉える。
無限次元での視点を持つボクはそれを正確なベクトルで打ち返せるけど、
いつの間にか友奈も次元を超えた視点を使いこなせていたようだ。
「どうして。もう、私達が戦う必要なんてないんでしょ。沙耶。」
「今もそう呼んでくれるんだ。戦う必要はないよ。でも、ボクは戦いたい。」
ようやく、もう一度友奈を認識できるようになったんだ。
この気持は、衝動は間違いなくボクだけのものだ。
互いの回し蹴りで反発し合い、地面から離れる。
距離が空いたことで少し冷静になる。
そう言えば、向こうのボクを無視して友奈がこっちに来たのは何故?
さっきの様子から、園子の指金ではないみたいだ。
「何とか間に合ったみたいですわね。」
「ええー、本当に沙耶が死にかけてる。どうしうメブー!」
「落ち着きなさい。亜耶ちゃん、しずく。どう?」
「大丈夫、血は止まっている。」
「たぶん、意識を失っているだけだと思います。」
防人か、ということは芽吹か亜耶の指金か?
「キミはそれで良いのかな国土さん、
いえ、キミ達大赦は神樹―の教えを元に人を導くんじゃなかったっけ?
それなのに神婚を進めてる様子はないけど?」
名指しされたことが意外だったのか、
戸惑っている様子の亜耶に芽吹が意味ありげに頷いて見せる。
「わかりません。でも、貴方が見せたたくさんの記憶のように
私もみんなと生きていきます。
芽吹先輩や雀先輩や弥勒先輩やしずく先輩やシズク先輩、勇者様、
まだ会ったこともない人たち。
みんな違うけれど、仲良くなることはできるのだと、
実際会って仲良くなるべきだと思います。
貴方も同じです。貴方はすべての場所と時間を見通せるのかもしれません。
でも、本当に全部知っているなら、どうして何度も繰り返してきたのですか?
何か知らない未来を求めてきたはずです。
だから、もう、その拳を開いても、誰かの手を取っても良いと思います。」
真剣に訴える亜耶ちゃん。
神樹様のおぼろげな預言を受け取るという役目を考えれば、
存在しない平行世界の記憶を感覚的につかみやすいというのは近いのだろう。
でも、1つだけ勘違いしている。
ボクは本質的に穏やかな日々を窮屈に感じて、
自ら事件を引き起こす側に立つ。
そういう性質を持っているのだから。
「ふふふ、キミはそう考えるんだ。まあ、それもいいでしょ。
でも、ボクのこの手は開かない。
今となっては望み一つ、友奈と対等に戦うことだけ。」
腕を振るだけで、衝撃が亜耶ちゃんを目指す。
空気だけでなく、次元そのものが軋む衝撃。
それを芽吹が迎撃してみせる。
「勝手なことを言うな。お前たちが、いえ、お前がどう思っていようと
私達は全員で生きていく。誰一人、仲間を失わない。」
愚直な心だ。
自分の気持ちしか見えていない。
まっすぐ努力すれば道を開けると思っている幼稚な浅はかさ。
それもまた美点になり得るけど、ボクが亜耶に聞きたかったことはかみ合わない。
あくまで己ありきの芽吹と、神樹とともにあると生きてきた亜耶。
それはこの世界の大多数の人間に当てはまる関係でもある。
意思を持つことを尊いと反発し続けてきた人間と、
神樹様と共に人々の日常を安寧を願ってきた人間。
いずれこの世界のあちこちで起こる軋轢の元。
友奈がいずれ傷つく原因となる者たち。
このまま排除してしまうとしても、どちらを排除しても人類は行き詰った。
やっぱり、法則も在り方も無視して、ボクが全部決めてしまおう。
やり方もちゃんと実例がある。
神樹様が作った夢の世界の試練無しバージョンを、
丸ごと地続きでコピーしてしまえばいい。
何だったら、人間関係とか記憶とかも弄ってしまえば、
誰もがそれが正しい世界だと思う。
ううん、これは正確な表現じゃない。
神樹様の中の特別な世界をコピーして現実に上書きするのだから。
ご先祖様と子孫が同一時空いようが、同一人物の過去と未来がお喋りしていようが、
それが可能な世界に書き換えて、あたり前の日常にしてしまえばいい。
もはや、
誰も、何も、いつまでも、咎めることはできないのだから。
そうすれば、ボクは永遠に友奈と戦うことができる。
人類の敵、いえ、みんなを傷つける魔王なら友奈もやる気になってくれる。
だったら、サクッとやってしまおう。
「ふーん、ちょうど勇者も防人も勢ぞろいしているし。
千景殿も準備完了しているみたいだね。
たかが平行世界すべて全霊力でどこまでできるかな。見せてもらうよ……。
なんて、付き合うわけないでしょ。」
世界に幕が降りたように、すべての輝きが暗転する。
「え? 東郷さん? みんな? どうしちゃったの?」
幕が降りたと言っても完全な暗闇などではない。
あくまで"ように"暗く感じるだけだ。
そして、実際の光量に変化はない。
これは世界から人の心が消え去ったから、そう感じるだけの幻覚。
誰一人動かない、声を発生しない、気づいた友奈が声をかけても反応すらない。
「揺さぶっちゃダメだよ。みんなの時間を止めたから。下手に触ると……。」
「痛っ。どうして、触れただけなのに。」
友奈の指先に一筋だけ朱い線。
だけど、それも瞬時に消える。
「東郷さんの髪長いからね。ピアノ線みたいに引っかかって切れたんだよ。
時間が止まってるからあらゆる物理現象の干渉を受けない。
無理に干渉しようとすると時間が流れているほうが押しのけられる。」
ジャンプ中の夏凜は落ちず、全身から刃を生やし、血を吹き出すようなままだ。
舞ったままの風さんのツインテールに触っても揺らがない。
「そんな……。」
「友奈は1人になっても戦える? ボクはやるよ。
そしてボクを倒さない限り誰の時間も返って来ない。
もう誰も明日に怯える必要はない。神樹―と違ってボクの力は無限。
時間停止を永続しても何も問題ない。
今は2人だけ。誰の邪魔も入らず決着をつけられる。
さあ、戦って友奈。みんなを取り戻せるのは貴方だけ。」
どれだけ声をからして叫んでも、勇者も防人も巫女も起動しない。
すでに時間停止は友奈以外を対象としてすべての多元世界行き届く。
人々の想いをすべて集めて千景砲を使おうとしたようだけど、起動はできない。
だから、今、何とかできるのは友奈だけ。
だから、このままでもあと一押し。
だから、これは本気になってもらうために必要なこと。
「た・だ・し、ボクは時間を超越した存在だからね。止まった時間ごと干渉できる。
こんな風に。」
瞬間移動の応用で手元に東郷さんを引き寄せて、その両足を切断する。
「沙ああ耶ああああああああ!」
さっきまでとは、まるで違う激しい一撃が頬にぶつかる。
痛い、どっちかって言うと心の方が。
でも、これで最後の条件は越えられた。
私とのケンカの後、友奈の嫌な空気を作りたくないという因子由来の気質は、
とうとう心理的な衝動となってしまった。
衝突しないように、みんなが仲良くできるように、意識的に無意識的に。
その眩しい心は、自分のことを後回しにするという影を創り出す。
もう一度、自分にとって優先すべきものを友奈に創り出す。
貴方の思い出が止め置いた永遠。
すべてあなただけのもの。
その心を思い出して。友奈。
貴方は、自分の好きなものを大切にしても良いの。
「ようやく、やる気になってくれたみたい。嬉しいよ。本当に。」
同じスタイルの右ストレートを打ち返す。
少しだけ捻りを加えて、錯覚で手元から延びるように見せかける打ち方。
友奈のお父さんが、まだ小さかったボク達に手品みたいに見せてくれていた技。
「こんなの。」
友奈も当然伸びるように見えると知っていて、滑らせるように拳をガードする。
でも、これは格闘技じゃない。
「それで終わるわけないでしょ。ふん。」
力任せにまっすぐ突き出された拳を、今度は薙ぐように振りぬく。
ガードしてしまっていたがために力技で友奈の軽い体を吹き飛ばす。
「くあぁぁあ。」
みんなにぶつからないように何とか避けたみたいだけど、
時間が止まったのは人間だけじゃない。
空気さえも凍てついた状態で撥ね飛ばされれば、比喩ではなく、
時間停止した空気の粒子たちが友奈を傷つける。
それは考えていなかったのか、受け身が不十分なまま友奈は地面に叩きつけられる。
それは1立方センチメートル当たり1055ジュール程度のエネルギーを受けるに等しい。
時空に干渉するというのはそれだけの莫大なエネルギーが必要なのだから。
「はあはあ、沙耶、もう誰も傷つけさせない。うおおおおお。」
本当にどこにそんな力があるのか、
涙が出るほど不思議だけど、友奈は再びボクに向かって駆けだす。
「いいとも、何度でも来るが良い。さあ、戦おう。友奈! 世界の終滅と新生をかけて。
今、この時こそボクにとっての祝福。
何よりも貴方にとっての本当の意味で幸福が戻ってくる時なのだから。」
「それが幸せなら、友達を傷つけなくちゃ手に入らない幸せなんていらない。」
拳が交差し、蹴撃がお互いを突き放す。
2人とも基礎能力は同じ程度にまで到達できている。
速度は光速度、力も時空構造を破綻させるほど、
何より学んだ技が全く同じなのが嬉しい。
ボクの打ち込みが発生する前から友奈はその軌道が分かる。
友奈の足さばき一つ一つが、ずっと見てきたままだ。
制約さえなければ、気持の整理さえつけば、2人はこんなにも互角に競える。
そのことを嬉しいと言っても、昔から誰も理解してくれなかった。
だから、きっとこれはボクにしか分からないのかもしれない。
友達が好敵手で、永遠にお互いに競い続けられる。
そこに既知などと言う無粋も入り込む予定調和はない。
だったら、この
「本当に傷つけたくないなら、選んで。全部を守ってみせて。
そうできる力は既に友奈の中に用意している。」
「知ってる。だから……もう迷わない。
1人になっても私がみんなを、東郷さんを守る。」
決意の拳を正面から受け止める。
もう長いこと受けてこなかった衝撃が全身を打ち付ける感覚。
こんなのは、最初期に別天津神を対消滅させて以来の真に物理的な一撃。
ようやく、本当にボクの永遠の旅路の終着点が見えたのだと、今度こそ実感した。
「よく言ってくれた。それでこそボクの永遠の友達。今こそ、言わせてくれ。」
"行くぞ、友奈"。
あと2,3話くらいで終われそう。
その割には短めですけど。