――魔王、もう嫌がらせは止めるんだ。――
――ちゃんと話せば、みんなも分かってくれる。――
――違うよ、勇者さん。みんなは最初から分かってるよ。ただ……――
――私を、私の味方のすべてを悪者にするしかないんだよ。――
――それで、どうなったの?――
――わかんない。この絵本の続き、探しても見つからないの――
――作ってくれた人は?――
――もう、ずっと昔の人、だからもういないの。――
――うーん、あ、だったら、つくろうよ。――
――つくる?――
――わたしたちでつくるの。このままだと勇者も魔王もかなしいままだから――
――やっぱり大好きなんだから、いっしょにいたいはずだよ。――
――でも、ゆうなはこわくないの?――
――どうして?――
――いつか、みんなおわかれするのに。――
――おうちがとおくになっちゃうかもしれないんだよ。――
――うーん、じゃあ、あいにいくよ。どんなにとおくでも。きっとみつけるよ。――
すべてが凍てついた世界で2人の影だけが互いを削り続ける。
削れても、痛んでも、傷ついても、2人はすぐに元通り。ボクが望んだとおりに。
どのくらいこうしているのか、時間の経過が止まっているから、意味がないことかもしれない。
でも、それで良い。それが良い。
指標は無くても、既に何億年も過ぎてしまっていることを、
もし、再開するなら、また宇宙を何回も巡らせるのか、元の時間から動かすのか。
ふと、気づく。
再開? おかしなこと考えてるなあ。ボクの望みは叶えられたはずなのに。
それなのに、この居心地の悪さはなんだ?
間違いなく、友奈と拳を交えて悦んでいる自分と、それを冷静に見下す自分がいる。
確かに快楽はある。
でも、これは違う。それはハッキリしている。
あの頃の友奈のお父さんにいろんな技や型を教えてもらって、
どっちが先に上手にできたって、あの楽しかった日々とはかけ離れている。
これは……楽しくない。
(すべてをかけて走り続けた願いを叶えたのに、楽しくないなんて、そんなことが……。)
「うおおおお、まだまだ。」
「ぐぅ!?」
おかしな思考に囚われたせいで、友奈の叫びが聞こえていたのに反応が鈍くなる。
何万年ぶりかの防御なしのクリーンヒット。
すぐに星の重力は振り切れ、いくつかの時間停止状態の天体にぶつかり、
ピンポン玉のように乱反射する。
それで終わるわけもなく、火車の炎をまとった勇者キックまで思い切り受けてしまう。
「ふふふふふふ。さすがは友奈。油断ならない。だけど、未だだよ。
この程度で待ちに待ったこの瞬間を終わらせてあげない。」
友奈のキックの衝撃に反応するように、周囲に可燃性ガスを発生させる。
爆風と閃光があたりを満たし、2人ともプラズマ化しつつある炎に吹き飛ばされる。
「熱っ! このくらい、私だって。」
焼けては瞬時に再生しながら、またお互いに拳を打ち付けながら撃ち合う。
友奈も無限だといった力の本質が分かったみたいだ。
腕が千切れようが、足が折れようが、胴や頭が吹き飛んでも、拳だけは止めなくなった。
ボクも友奈も消滅と生成を繰り返すことが、”普通”のことになったんだから。
ボク達は既にそういうものだ。
これこそはボクが望んだ永遠に続く日常だ。
存在するための"場"が在る限り、生成と消滅の輪廻を永遠に繰り返すことができる。
死は相対化され、命は有限でも、存在は無限に続く。
それでも変化はやってくる。
時間が停止しているのに、少しずつ色々なものが壊れ始める。
現象は発せなくても、時間移動に必要とされるエネルギーを超過してしまったようだ。
物質が耐久出来ないようなエネルギーに加えて、
空気までもが時間停止した中で戦えば、拳を握るだけでも、
時間そのものが絶対の刃となってあらゆる防御を無視して傷つける。
それを超えてなお、停止している世界が壊れ始めているということは、
ボク達がお互いを吹き飛ばした時の運動エネルギーが
既に光速度に到達し、未来方向に破壊が届いていることになる。
それは同時にボクだけでなく、友奈もそれだけ戦いに集中して、
"あるべき姿"を意識していないということ。
実に喜ばしいことだ。
「見える、見えるよ。やっとだ。ようやく友奈がどこにいるかちゃんと見える。」
別天津神を倒したあの時から、ずっと直接見えなくなっていた友奈が、瞳で見えている。
全知全能の力で”知っている”のではなく、今、動く友奈を目で見えている。
見えているだけじゃない、空気の振動は伝わらないから声は完全とは言えないけど、
その感触も匂いも感じ取れる。
ここまでは存在の規模が違い過ぎて、知っているだけで、感じることはできなかったのに、
ようやく、何もかもが感じられる。
「私は、最初からここにいる。こんなことをしなくても、ここにいる。」
無用になった呼吸はただ荒く繰り返され、
発生と同時に到達する致命的な攻撃さえも、今は避ける意味がない。
どうせなら、さっさと消滅してから生成を行ったほうが早く動けるだけ。
もっとも、友奈からもらえるものなら何でも欲しいので、
最初から避けるつもりもないのだけど。
「沙耶、どうして笑うの。私は何も嬉しくない。」
ああ、表情が緩んでいたのか。
ここまで来れば戦う以外の道はないから、別に良いのかもしれないけど、
余計なことを考えすぎている。
「理由なんて1つだよ。生まれてからずっとボク達は同じ道を歩いて来た。
ずっと一緒だと、同じ道を歩いていたんだと何故か思っていた。あの日まで。
でも、それは違っていた。それがようやく同じところに戻ってこれたんだから。」
同じ日に生まれ、同じ景色を見て、同じ玩具で遊んで、
同じ師の下で武術を学び、同じ教えを受け、同じ机で学んできた。
それでも違う。
ボクと友奈は違う存在なのだから。
「だからこそ……。ボクは友奈に勝ちたい。いつも友奈は誰かが応援していた。
だから、ひとりぼっちのボクは負けることが多かった。でも、今は違う。」
そう、負けてきた違いを友奈に聞いたら、みんながいるから頑張れる。
無限に根性もつく、と言った。
だったら、純粋に2人だけで勝負したい。
勝敗そのものはどちらでもいい。
向き合って、競い合って、たとえ無駄に傷つけるような真似だとしても、
人間だったボクはずっと望んできた。
それでこそ、友達であり好敵手であり永遠に心に残る思い出になると。
ボクに分かったのだから、友奈にも分かるはずだ。
――ずっと一緒にいることだけがすべてじゃないと。――
決着の時は近い。
いくら目をそむけて、形あるものは儚い。
時さえ壊れて過ぎ去ってしまう。
だけど、きっと、その時が来たら友奈が向き合った姿は永遠にボクの支えとなる。
怒り、悲しみ、ちょっとしたことでケンカしてしまって、
友達と拳をぶつけるしかなかったあの日の友奈の姿が、
闇夜に煌めく炎のように今も私の心に焼き付いている。
今、それを上書きしよう。あんなのはボクが望んだ最後の思い出ではない。
「今は応援してくれる誰かはいない。
本当は永遠に続けたいところだけど、約束だからね。
今こそ決着をつけられる。友奈!」
「私は……、ううん、誰もいなくなってなんかない。今も私は1人じゃない。」
互いの拳を握りしめて渾身の一撃をお互いに打ち出す。
僅か数十センチの間に、正真正銘のすべてのエネルギーが圧縮され、
ピクリとも動かない均衡が誕生する。
その間にも時空ごと星々やバーテックスまでもがバラバラに引き裂かれていく。
「ふふふふふふ、やっぱり。」
「ぐううう。」
均衡が揺らぐ。
一歩だけ、ボクの方が前に出る。
いくら思っていても、ついに友奈は今1人ぼっち。
誰もがそのことに気づくことさえできはしない。
今度こそ余計なものは何もない。
真っ平などこまでも続く地平線のような清々しい清涼な気分だ。
これなら完全な勝負ができる。
いくら競い合っても友奈の本当の心を見えていなかった。
でも、今は違う。
友奈にとっても引けない状況だ。
ここでボクの持つすべてを賭けないで、いつ使うというのか。
ダークエネルギーの斥力がとうとう友奈を捉える。
「ボクの勝ちだーーーー!!」
一瞬、何かの迷いを振り切るように友奈が首を横に振る。
「わ、たしは、1人なんかじゃない。みんながいるから、
みんなが大好きだから、そっか、これが……。」
この段階まで来れば、天石盾があったとしても
すべての"場"が斥力でバラバラに引き裂かれる。
何かから"守る"だけでは、
膨張する宇宙の斥力は感じることさえできないのだから。
だから、今、目の前にあるヒト型の光はボクの幻覚のはずだ。
1つ1つ光が増えていく。
まるで、友奈を守り、一緒に戦おうとしているかのように感じてしまう。
バカなことだ。
人間の魂なんて21gの重さしかない。
すべての平行世界から人の祈りを搔き集めても、
今の2人にとっては誤差にさえならない。
大丈夫、だから、歌野や水都がいるのは錯覚。
今回は2人の魂は捉えている。
だから、絶対に今そこに在るはずがない。
今は目の前の友奈との勝負に集中しろ。
戦いの中で戦いを忘れるなんてポカミスなんてしてあげない。
すべてを振り切って、人類も、見守り続けてくれた神樹様も、仲直りした時の友奈の気持ちも。
すべてを裏切って、背を向けて、ただ走り続けてきたのに。
すべてをあるべき場所と姿と日常に帰すから、今は無視して進め、私よ。
もう1歩、前に出る。すでに勝敗は決した。
そのはずなのに、今度は友奈は押し切られず、同じように一歩前に進む。
2人の間の時空が圧縮され、宇宙の創世からすべての平行世界が、
1点に終結するまでの事象があふれだす。
本当に時が壊れて過去と未来と現在が入り混じって流れ出す。
それなのに、時間の濁流にも飲まれず、幻は消えない。
全部じゃない。
でも、ボクはよく知っている。
忘れたことなどない。
この光が、魂と呼ばれたこれが誰なのか、ボクは知っている。
これは幻。
時間が停止しているのに、何かが起こるなんて無理。
それこそ宇宙すべてのエネルギーを使わなくちゃ時空構造は改変できない。
――ホントにラストまでゴーイングマイウェイね。ま、仕方ないか。――
――どれだけ走っても離れないよ。だって貴方も1人じゃない。――
――私達だって、ずっとあなたと一緒にいたの。――
それでもボクは1人でやり遂げる。
友奈と1対1で戦いたいんだ。
そうでないと、いつまでも、あの日が終わらない。
友奈から続く光。
ほんのわずかな光だけど、拒絶できずにボクの心を捉える。
西暦だった頃に出会った人。
未来世界で過ごした時間。
諏訪、四国、その他のいろんな場所。
光は魂であり、友奈の中にあり、ボクの中にもあり、万物すべてに宿る。
友奈の圧力が急激に力を増してくる。
知っている。"誰か"ではなく、私が知っている。
私の魂は私1人だけでできているわけじゃない。
それは、1人でやり切るというボクの心に反する真実。
ボクの方にこそ問題が発生している。
それなのに、その問題を訂正できない。
いや、これと同じことがあった。
歌野の最後の一撃を防げなかった時と同じ。
これは何だ?
ボクの知らない力など、いえ、そもそもボクと友奈以外、
何も動いていなかったはずなのに。
人間としてだけでなく、このボクさえも1人ではなかったの?
1人で走り続けてきたはずなのに。
いったい誰がいたというの?
一歩だけ、ボクの足が下がった。
沙耶の拳に合わせて重圧が私を押し流す。
まるで、みんなが止めて良いと言っているみたい。
慌てて首を振る。
良くない考えに囚われそうになっていた。
ダメだ、もっと頑張らないと沙耶に届かない。
みんなの時間も止まったままだ。
それなのに、そう思うだけで前に進めない。
沙耶は私と戦いたいから、こんなことを始めたと言ってた。
私は…、あの時仲直りできたつもりでいたけど、
沙耶はそうじゃなかったんだ。
東郷さんが苦しんでいた時も、3年前に戦いがあった時も、沙耶のことも。
私はいつも気が付けなかった。
(私は…大事なことを気づけない。みんな大切な人なのに。)
ずっと目の前で起こっていることが見えていない。
――そんなことは無いわ。友奈ちゃんはいつも私の側にいてくれた。――
ああ、きっとこれは本当の東郷さんじゃないけど、本物の東郷さんだ。
「わ、たしは、1人なんかじゃない。みんながいるから、
みんなが大好きだから、そっか、これが……。」
急に目の前が開けたような、
夜が明けて朝日が昇ってきたような、
そして、永い間忘れていたような、
不思議な感覚。
ようやく分かった気がする。
ここにいるのは私だけ。
私と沙耶以外、時間さえも動いていない。
それでも、私は独りじゃなかった。ずっとつながって、重なり合っていたんだ。
今まで私につながって、これからは私からもつながっていく。
そのすべてが今は見える。
お父さんも、お母さんも、そのまたお父さんとお母さんまで。
学校、家、讃州の町、その町の外、どこまででも。
風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃん、そのちゃん、そして東郷さん。
それだけじゃない。まだまだたくさん。ううん、全部だ。
「私は、私達は、人だよ。どんな姿になったって。だから、誰のことも諦めない。沙耶のことも!」
「ダメだよ、友奈。それこそ、平凡な人間達はすぐに問題を別の者に投げ渡す。
そんなの信じられない。ううん、信じたくない。私の、ボクの、神の、友奈は!」
――うーん、じゃあ、あいにいくよ。どんなにとおくでも。きっとみつけるよ。――
私が自分で始めた一番最初の約束。
お気に入りだと沙耶が言った続きのない絵本の結末。
今なら、なんで続きがなかったのか分かる。
あの本を残してくれたあの人は、どれほど時間がかかっても、
あの眩しかった夏の日と同じように
どこにも売ってなかったのに、どうして沙耶だけが持っていたのか。
沙耶が西暦の時代に残した記憶は直接今の歴史につながっていない。
それでも、ずっと受け継がれてきたんだ。
西暦から、別の世界から、宇宙の輪廻の先から、いつか沙耶の元に届くって信じて。
ううん、沙耶だけじゃない。私の、あたしの、
途中で誰かが止めてしまうかもしれない。
どこかで破れたり壊れたりしていたかもしれない。
でも、沙耶が望めばそれは必ず残るって、何かが残るって信じたんだ。
いつか沙耶に届くように。
勇者は魔王のことだって、友達になりたかったんだって、分かって欲しくて。
「大丈夫だよ。もし、誰かが怒られても一緒に謝ってあげる。
誰かがダメだって言っても守ってあげる。
私一人じゃ頼りないかもしれないけれど、みんながいるから。
だから、こんな悲しいことはもう止めよう。」
「いいえ、まだだよ。私はまだ諦めてない。友奈以外のすべてを諦めることを。」
初めて一歩だけ後ろに下がった今でも、沙耶の心は燃えて、戦う意思を残している。
だから、今度はごまかさない。本当に仲直りしたいから。
「ボクは未だ走り続ける。友奈、戦って、そして、みんなで生きるのでしょ。
それが人の真実の在り方なら、見せて。ボクは、私は、もし、何一つ残らなくても、走り続ける。」
沙耶の周囲に幾つもの光る球体が浮かび上がる。
見たこともないような文字や図が外側にも内側にもたくさん書かれている。
「ダメだ。沙耶、独りでなんて絶対にさせない。」
光の領域に言葉が満ちる。
今までぶつかっていたバラバラに引き離そうとするダークエネルギーとは違う風。
平行世界すべてをシュバルツシュルト半径に収めるブラックホールの引力。
2つの力が私を中心にぶつかり合う。
「まだ、私、貴方に何も言えてない。
私は、絶対に友達をこんなところに置いて行ったりしない。」
「いいえ、私達はもうすぐ終わる。もう同じには戻れない。
そして、ボクの心からの願いは今ここに叶った。
いつまでの人のフリを続けていたくなるけど、それは駄目。
すぐにまた友奈のことも分からなくなるとしても、ダメ。
望めば見えるし、何をしていても分かるけど、
存在としての規模が離れてしまうとしても、許容できない。
"大好き"な人が隣にいるという、その感情は神には不適切。
絶対者が特定の存在・時間・場所に偏れば必ず世界は歪む。
天の神がそうだったように、別天津神がその役割を放棄したように、
繰り返す前の私が間違えたように。だから、ここですべて吐き出すの。」
真っ向からぶつかり合う力。
それでも、私の歩みはまだ止まっていない。
ここで、私が退けばみんなは大丈夫なのかもしれない。
きっと、それが正しい。
それでも、思い出したから、覚えているから、知っているから。
「私は、願いを叶えてくれる神様じゃなくても良い。私は友達にずっと一緒にいて欲しい。」
「ボクは、隣にはいられない。だから、それでも、今度こそ仲直りして、お別れにするの。」
「沙耶は、それが怖いって、ずっと言ってた。友達とお別れするのは恐いって。」
「そうだよ。いつかこの”今”が来ると知っていたから。でも、もう分かったから、
最後まで走り続けるだけだ。」
頑固な沙耶は首を横に振り、より強い力を引っ張り出す。
勇者の変身はすでに過ぎ去って、神樹様の力も感じられない。
それなのに、時間停止した星の欠片が鋭く私を貫いていくのに、私は未だ歩き続けられる。
私を遠ざけようとしていた斥力が柔らかくなる。
――行け、友奈。――
――それが友奈さんの幸せなら。――
――勇者部の力を見せてやりなさい。――
今も、すぐ隣にいるかのように、こんなにハッキリ聞こえる。
時間が止まっていても、地球から遠くはね飛ばされてしまっていても、
規模が大きくなりすぎてみんなのことを分からなくなっても。
みんなもここにいる。
「勇者は不屈。何度でも立ち上がる。」
「!?―――ッ。動いていないのに、実体がない本当なんて。それも勇者だけじゃない。
こいつら、平行世界の人間か。一度は
今になって、のこのこと。」
気が付いた。
最初に気づけたのは勇者部のみんなだったけど、もっと多くの人を感じられる。
「敵の言葉は聞けずとも、かつて助けられたことを無かったことにできるほど、
彼らも捨てきれていない。
大いなる主よ。人は貴方と違い、迷い、間違え、見えない。
だからこそ、間違えたところからやり直せる。立ち直り何度も進み続けるのが私が学んだ人間。」
「アル、お前。意識だけとは言え、みんなの時間を動かしたのは。」
――本当に今更だが、――
――あの時、蓮華様にかけられたご厚情を返せるのなら。――
――私達が受け取った天の神の力、少しでもお役に立てれば。――
少しだけ実感の無い記憶を思い出す。
蓮華ちゃんはお役目の一部を放棄したけど、
それはお役目が間違っていたからじゃないって。
きっとそのことを知っている人達。
弥勒さんのお家は大変になったけど、
それだってちゃんと積み重なって今につながった。
(離れていたって、時間が止まって動けなくたって、ちゃんとみんな私の中にある。)
今までのすべてが、私だ。
東郷さん、風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃん、そのちゃん、
お父さんやお母さん、町の人達。
もしかしたら、私が知っている私はホントじゃないかもしれない。
それでも、今の私も、私でない誰かも、本当も、ウソも、全部が”今の”私になる。
すべてが何一つ余さず、積み重なってつながっている。
「隙があるぞ。天の神。」
鋭い叫びと共に放たれた光が沙耶の後ろから球体の一つを撃ち抜く。
「芽吹ちゃん? どうして?」
2つの大きな銃を持った神樹様の中でパワーアップした姿になってる。
「まだ、やり残したことがあったからよ。みんなの力を集めた一撃。受け取れ天の神。」
芽吹ちゃんの後ろに大きな彼岸花。
確かに樹海になる前はなかったものだ。
時間が止まって凍ったままの姿なのに、
その存在が大きく目に留まる。
それこそ、目の前に沙耶がいるのに、そっちを見てしまうほどに。
彼岸花から、大きな光がまっすぐに沙耶に伸びる。
「これはボクが待ち望んできた結末。人間ごときが邪魔をするな!」
「神なったくらいで、いえ、神ごときが命を弄んでいいわけがない!」
雷鳴のような気合とともに、沙耶の力がまだまだ大きくなる。
「まだ、こんな力を、それでもみんなでつないて来たこの一撃は撃ち切ってみせる。」
「我々の力だけでは天には届かないことは承知しています。結城様、最後は……。」
「アルさん! 芽吹ちゃん!」
朱い光が沙耶を覆い隠して分からなくなる。
でも、きっと沙耶は未だ諦めない。
今も変身はできない。
神樹様の時間も止まったままだ。
――でも、友奈ちゃんなら、きっとできるわ。――
――そうそう、為せば大抵何とか成る、だよ。ゆーゆ。――
――さっぱり分からないけど、2人が言うならいけるだろ。やってくれ。後輩。――
東郷さんとそのちゃん。この世界では会ったことはないけど、よく知っている
勇者部のみんなだけじゃない、勇者だけじゃない、この世界だけじゃない。
過去から未来。あったかもしれない可能性。
可能性の世界同士が干渉した不思議な世界。
この世界とは違う魔法みたいな不思議な力が在る世界。
本当には存在しない存在が否定された世界。
その先にもまだまだずっと続いていく。
もっとたくさんの人達。
沙耶が駆け抜けてきた無限に続く多元世界の終わった後、
熱的死って呼ばれていたその後にだって、もう一度始まる世界の先でも。
どれだけ違っていても、みんなが最初に願っていたことは、きっと。
――私から、伝えたいことは、ただ一つ、生きろ。生きてくれ。――
(みんなが心から沙耶を止めたいと思ってる。みんなが生きていくために。)
目的も想いもみんなバラバラだけど、それだけは本当。
「まだだ、こんな終わり、ボクは認めない。友奈ぁぁぁぁあああ!!!」
芽吹ちゃんが壊した光の球体が復元されて、もう一度引力と斥力が吹く。
むき出しになった特異点の引力に飲み込まれて、すべてがスローモーションに見える。
回転しながら、目を開けていられないほどの光とエネルギー。
拳を突き出したままの私には、避ける方法も防ぐ方法も逃げる方法もない。
そのまま特異点に飲み込まれる直前で、ブラックホールの回転が停止する。
回転をつなぎとめる光の糸。
「ま、間に合った。って、わああ、引っ張られる。」
「樹。力比べよ。犬吠埼姉妹の女子力をみるがいい。」
「風先輩、樹ちゃん。」
よかった。無事だったんだ。
だけど、このままだと二人がずっとこのままだ。
「何とか最終決戦に間に合った。出番なくなったらどうしようかと思った。」
「ふざけてないでまじめにやりなさい。那由多。」
「夏凜ちゃん、なゆちゃん。」
2人とも大丈夫だったんだ。って、なんでなゆちゃんは記憶が戻ってるんだろう?
天の神の使徒じゃなくなったから、平行世界の出来事は知らないんじゃなかったっけ?
「那由多、お前、なんで、記憶が戻ったのか。
いや、そもそも今もお前たちの体は時間が止まったままなのに。」
「人間の方の神様って、ややこしいな。えっと、松永さんとアルのおかげかな。
あそこまで自分の力を出し惜しみなく分けてくれていたなんてね。」
「やってやりなさい友奈。この特異点は私達が止めておくから。」
「エースはビシッとさよならゲームを決めてきてね。また勇者部には依頼したいから。」
無数の平行世界を飲み込んだブラックホールが晴れていく。
切り払われ、存在確率を減少させながら、その勢力圏を狭めていく。
私はまた一歩、沙耶に近づく。
だけど、目に見えない斥力が距離を永遠にしていく。
未だに膨張を続けるインフレーション因子。
有限時間内で真に無限と呼べる唯一無二の力。
「前に出るのはアタシのポジションだろ。」
「でも、1人じゃ嫌だよ。ミノさん。3つの心を一つにするんよ。」
「そうよ。銀、今度こそ3人とも変えるのよ。一緒に。」
広がる世界の真ん中に3つの巨大な影。
良く知っている、でも思い出せない日々。
それも、ちゃんと私の中にある。
「無限に続くのは貴方だけじゃないわ。」
「私達だって、終わらないよ。見ることも聞くこともできなくても、ズッ友なんだから。」
「アタシ達だって、これからやれるってことをみせてやるぜ。それこそが私達の…。」
――魂ってやつよ。――
あらゆるすべてを押し流してきた斥力がよどむように乱れる。
もう、あと少し。きっと次にあるのは……。
「これは……個々の魂じゃない、これは友奈を通して、今まで築かれてきた絆か。
ああ、それなら、認めよう。これも友奈であると。だからこそ負けられない。」
すべての力が取り払われたはずなのに、消えない圧迫感。
それどころか、目の前の沙耶の存在感はより色濃く映る。
最後の一段。
今までで一番の圧力。
人間の沙耶ちゃんでも最後まで理解できなかった虚数領域。
私には数学のことは分からないけど、
比喩でなく本当に今までのすべてをひっくり返して生まれてきたような力。
今まで沙耶が何があっても余裕だったのは、
すべての力を失っても虚数領域だけあれば、
すべてに釣り合う自信があったからだ。。
だって、沙耶はいつも最後にだけ見せる切り札を用意してたのに、
今回だけ”あたり前”のように無限の力を見せびらかして、
それだけしかないなんてことはない。
だけど、大丈夫。
大地を蹴って虚空に立つ沙耶に向けて飛び出す。
まるで、大地が力強く背中を押してくれたように、過去一番のスタートダッシュ。
時間停止で立ちふさがってきたはずの空気の粒子たちが、すり抜けていく。
この時のために、自分たちの居場所を傾けていたように。
世界の中心から流れ出る斥力の嵐を越えて、
すべてを飲み込もうとする引力も振り切って、
みんなの想いを込めて、腕を振り被る。
「勇者ぁぁぁ、パーンチ!!」
沙耶の権能までもが、私を避けるようにぶつからずにすり抜けていく。
まるで2人の間には何もないかのように、私の体がまっすぐに駆け抜けていく。
丸く目を見開いた沙耶の表情が良く見える。
比喩でなく言葉を失っている。
それでも、沙耶が腕を腕を振り被る。
時間停止の影響は、もう沙耶だけに圧し掛かっている。
それなのに、沙耶の拳は私が見てきた中で最高の鋭さで迫る。
空気に阻まれ、大地に拒まれ、独りぼっちのままでも、
ただ、純粋に自分の肉体で使うことにこだわった技。
私と決着をつけるためだけに、残していた人間としての体を通した力。
交差する2人の拳。
世界が真っ白な光に覆われていく。
膨張と圧縮が繰り返され、上も下も、何も分からなくなる。
私は、勝てたんだろうか?
沙耶を止めて、世界は残せたのだろうか?
みんなは無事なんだろうか?
自分の意識が続いているのか、途切れているのか、それさえも分からないまま、
ただ、私と同じ顔をした人達が音が届かない世界で呟く。
――ありがとう。――
これにて決着。
あとはエピローグ的なものと、間違えてるところとか修正したいかなと。