松永沙耶は神である   作:スナックザップ

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君ありて幸福 You are my happiness.

「私もアイツのことが分かってなかったんだよ。同じ記憶と魂を持った存在なのにね。」

 

アルが淹れた紅茶のカップをソーサーに戻しながら、沙耶はそう呟いた。

 

久しぶりに防人全員が集まることができたので、

芽吹が結局天の神は何がしたかったのかと聞いた答え。

 

「回りくどいと思わなかったわけじゃないけど、結城さんを助けたいのが、

目的ではなく、"対等に戦う"ための"手段"だなんて思わなかったんだよ。言い訳でゴメン。」

 

「"対等に戦う"って、できないでしょ。2人は違う人間なんだから。」

「そうだね。ただ、アイツはそれが分かっていなかった。ううん、認めたくなかった。

"同じ"日に生うまれ、自我が確率するまでは"同じ"環境で育った。

遺伝子の0.2%程度の違いや友奈因子が問題になるはずがないって、

"同じ"日から生まれ育った自分と結城さんを、ほとんど同一視していたと言っていい。」

 

一度、沙耶が言葉を止める。

 

「私とシズクだって違うのに、まるで友奈を自分のモノのようにしている。」

 

ぼそりとしずくが呟く。

 

「……そうだね。最後の最後で、アイツもそれに気づいたんだよ。だからこの世界から去った。

ただ、こういうのって、ちゃんとした理由がある事ばかりじゃないでしょ。

理不尽で、無茶苦茶で、全然理解できないような、勝手な理由もある。

それでも、気になるなら……。」

 

焼け落ちた鉄骨の外観のみを残したゴールドタワーを見ながら、沙耶は続ける。

 

「"友達とお揃いじゃないと嫌なの"。」

 

あまりに滑稽だと、沙耶も思ってしまう。

しかし、他に適切な表現が見当たらない。

 

「それなら、天の神になんてならなければよかったのでは?」

 

ティーカップを受け取りながら、夕海子がストレートに聞いてみる。

 

「そうだけど、アイツは時間を超越してしまったから、

"一度でも"世界を創造した時点で、逃げるわけにはいかなくなった。

アイツにとっては"ずっと同じ"だったものが、突然遠くに行ってしまうって、

必死になって追いかけただけのはずなのにね。

松永沙耶(わたしたち)が何もしなくても、結城さんは幸せだって知った後も、

何もしないなんて我慢できなかったのがアイツ。

いえ、言い訳は止めとく、"私が知らないうちに終わっていたなんて許せない"が正しいかな。」

 

バカなことだと、沙耶は自分に言い聞かせるように唇だけで呟く。

 

今となっては確かめる方法がないけれど、西暦で壁を壊した時のことを思えば、

一歩間違えば自分が"そういう"世界を滅ぼす側に回っていてもおかしくなかったと。

 

「あ、でも、お揃いならちょっとは分かるかも? みんな同じだったら、なんか安心するし。」

 

静けさに耐えきれないように雀が呟く。

 

「加賀城が一番拒否すると思ったのに驚き。」

「いや、でもさ、平均点が40点のテストで自分が60点で友達が70点だった時と、

平均点が70点のテストで自分が60点で友達が70点だった時って、同じ点数なのに違うでしょ。」

 

雀の言い分は実感のある人間とあまり分からなかった人間に分かれて、反応は微妙だった。

 

「分からないわ。テストなんて、努力すればほとんど解けるでしょ。引っかけはともかく。」

「そ、そうですわね。最初から平均以上ですと、分かりかねますわ。」

「弥勒は分かる側では?」

「お嬢様、おいたわしや。」

 

芽吹に張り合うように、自分も分からないという夕海子を、ため息交じりにしずくとアルが呟く。

 

「ちょっと、どういう意味ですの!? あとアルフレッド、

貴方最近わたくしの扱い変わっていません? ウソ泣き用ハンカチまで用意して。」

「私は変わらずお嬢様の忠実な執事です。」

 

無表情に……ではなくアルが笑いをかみ殺しながら、そんなことを言う。

 

「確かにアルフレッドさんは変わったよね。こう、ロボットみたいだったのに。」

「自覚はございませんでしたが、それが天の神が望んだ"人を理解した"と言うことなのでしょう。

彼女の御心は異なる結果とはなりましたが。

……そろそろ時間か。お嬢様、私は外出致しますが、まだこちらで皆様とご歓談されていますか?」

 

急に真面目な顔に戻ったアルが夕海子に確認する。

 

「そうですわね。わたくしはここにいますわ。」

「承知いたしました。それでは皆さまも、私は一度失礼いたします。

分け御霊は待機状態でおりますので、御用がございましたらお呼びください。」

 

アルフレッドが退出して数分。

 

「……で、弥勒さん、アルの行動が怪しいって、弥勒さんへの扱いのことじゃないよね。」

 

アルフレッドが完全に離れたことを確認すると、沙耶は夕海子に集められた意味を確認する。

 

「そのことも気になりますが、それは後程話すとして、

アルフレッドは、何故か毎月この日に外出するのです。そして、気づいたのですわ。」

「何に気づいたのさ。まあ忙しいんじゃないの、弥勒さんのお世話だけでも大変なのに。

変な宗教の人が騒いだり、大赦の人たちもまた怪しいし、

解放されたバーテックスが自由バーテックス運動とか言って、暴れたりしたりしてるんでしょ。

私達も勝手に千景殿使って壊したのに、お咎めなしになったし。」

「違いますわ。そう言ったことであれば、アルフレッドはわたくしの考えを聞いています。」

 

夕海子の言うことを芽吹達は要領を得ないといった表情で聞いている。

 

「わたくしは気づいたのです。同じ日にあの女神官・安芸さんも外出していることが多いと。」

 

立ち上がり拳を握りしめて力説する夕海子の後ろで爆発が発生したような錯覚。

 

「それって、まさか……。」

「ああ、やかましい弥勒さんよりは安芸さんの方がマシかな? ロボットみたい同士だし。」

「すーずーめーさん。今はそういう冗談を言っている場合ではございませんわ。」

「でも、あの2人ならお似合いかもしれません。ご年齢も近いでしょうし。

あ、でもアルさんは見た目通りではないのですね。」

「亜耶ちゃんまで……。」

 

防人達が急に降って湧いた話題に悪乗りしている。

芽吹だけが話の変化に戸惑うばかり。

 

「はあ、弥勒さんが気になるというなら、確かめれば良いわ。

沙耶、どうせアルフレッドさんの行先とか分かってるんでしょう。」

 

何故か、この話題になってから気まずそうに黙っていた沙耶を芽吹に呼ぶ。

 

「うん、一応ね。でも、みんなが期待するような話じゃないよ。」

「それでも、アルが隠す理由が後悔なら止めさせるわ。その必要はない。仲間の私がそう言う。」

 

芽吹の言葉を聞いて改めて沙耶は、自分もアルも一人ではなくなったのだと思った。

 

「そっか、仲間じゃ、しょうがないよね。場所は分かってる、行けるよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、花を持って来てくれたんでしょ。いつまでそうしてるの?」

「そのっち? はっ、この感覚、バーテックスと同じ……。」

 

柱の影の空間から出現したアルフレッドは、自らの権能に制限が付いたことを思い知る。

僅かなだが、空間転移の歪みが消し切れていなかったのだ。

すでにアル達のように直接リンクする者からも、天の意向は絶え、無尽蔵の力も感じられない。

熱化は莫大なエネルギー必要とし、制限が大きく、空間転移も慣れるまでは不安定だった。

 

「……乃木園子、何故この場で我が名を呼ばれたのか?」

「だって、そのお花はミノさんのためのものでしょ。」

「その通りだ。しかし、私は安芸と違い流す涙を持たない。

私は…お前たちのことを知らなさすぎる。」

「では、どうしてこの場所に、銀に花を持って来てくれたの?」

 

東郷に問われてもアルフレッド自身にも分からない。

ただ、そうするべきだ、ではなく、そうしたいと思った。

けれど、口から出た言葉はそこまで素直ではない。

 

「私にも分からない。だが、私が消滅させたこの子は生きても良かった。

私はその選択をとることができたはず。」

 

力の差は大きく、アルフレッドには三ノ輪銀を避けて、園子と東郷の満開を促す方法はあった。

事実、最後は園子は満開を繰り返し、東郷は記憶を失った。

一度は十華の肉体を代償に銀を復活させること自体は可能だったのだから。

それを否定したのが、かつてのアルフレッド。

 

「だから、こうしているのは私の自己満足。後悔に過ぎない。」

 

言葉にすることでアル自身も再確認する。

 

あの時、銀を死なせない方法もあった、という慙愧の念がアルの中に芽生えつつあった。

 

「……ちょ、押さないでよ。」

「勇者様と何を話されているのでしょうか?」

「雀さん、もうちょっと奥に、あ。」

 

派手な落下音とともに、防人のメンバーが柱の陰から転がり出てしまっていた。

 

「ええっと、これはですね。そう、あれですわ。あれ。わたくしには主としての責任が…。」

 

夕海子があれこれと考えていたが、急に真剣な表情になる。

 

「もし、わたくしが弥勒家復興のために邪魔者を消そうと言った場合、

アルフレッド、貴方は何と答えますか?」

「それは良くないことだと答えるでしょう。お考えを改めていただけるように伝えるでしょう。」

「つまり、そういうことですわ。アルフレッドは天の神よりも、

この弥・勒・夕・海・子を主として相応しいと認めたのです。」

「えー、弥勒さん、それは言い過ぎじゃないかな。」

「くく、いえいえ、雀さま、お嬢様の仰られることは事実です。」

 

振り返り、今だけは後ろの言葉に気づかないふりをしながら、

東郷達に向かって得意顔で夕海子が宣言する。

 

「ゆみきちが主の間は大丈夫そうだねー。」

「そ、そうね。そのっち。でも、別の心配がありそうな気も……。」

「……本当に天の神は去ったのですね。

なら、同じように過ちを犯した私達大赦が言えることはありません。」

 

「違うよ。安芸先生。大赦はやり方はよくなかったけど、

一生懸命だったことはちゃんとみんな知ってる。

だから、神様もこの世界を人間に託したんだよ。」

 

最後の安芸の言葉を園子が否定する。

 

「……だから、神樹様も消滅したと?」

「そうだね。痕跡ものこさずに、すべてを人の力だけでね。」

 

かつて神樹がそびえ立っていた場所には今は何もない。

最後の戦いでリンクしていた時だけ認識できた平行世界。

そこでは残っていた神樹の亡骸さえ、この世界には残さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…1つの波動に多次元パラメータを追加することで、文脈性と非局所性を可換にできるよ。

そこから、天の神に滅ぼされた私の世界の残骸を直接持って来れば、

原発再稼働なんてしなくても………、ねぇ、園子さん聞いてます。」

 

部屋の4分の3を機械と紙の束に占有された狭い部屋の中で、

"何もない"空中に向かって那由多が喋り続ける。

 

 

「……もう、今すぐ無理に外に出なくても、私の世界の残りだけで

文明の規模(カルダシェフ・スケール)を1段階下駄をはかせられる。

平行世界(いつも)みたいに園子さんの無理は必要ない。私達中学生なんてお手伝いで十分なんでしょ?

"無理せず自分も幸せであること"なんでしょ? だったら……。」

 

神々が去っても、人々は生きていかなくてはならない。

それは日々の糧を得るための日常が戻ってくるということで、

生き残った人間達にも自由の代価のように、大きな社会不安が起きる。

けれど、それは"この世界"だけで解決しようとした場合のこと。

 

 

「園子さんが全部を片づける必要ある? 北海道と沖縄との通信は回復させてるし。

敵対しそうな平行世界やら異星人やらも、自由バーテックス運動が相手だと、手一杯だよ。」

 

まくしたてるように、園子に強硬策を避けるべきだと訴える。

何も今の時代にすべてを成し遂げる必要はないと。

 

それまで那由多の網膜にだけ投影されていた入力装置が終了する。

代わりに手元で震える昔ながらのスマートフォン。

 

「……心配してくれてるんだよね? 大丈夫、無理せずちゃんと両立させるよ。

みんなにも言われちゃったしね。それに私、こう見えて謀大好きなんよ~。」

 

言葉通り園子には気負ったところはないと、那由多にも思える。

 

「はあぁ~、でも、今までの平行世界の歴史と違って、神樹様も今度は何も残さず、

すべてを人の手に委ねてる。せめて、私の世界から持ってきたものくらいは使ってよ。

何でも備えは必要だよ。納得できないなら、その方がみんなも浮ばれるから。」

「あー、そういう言い方するんだー。仕方ないなー。」

「年齢は一緒でもこう見えて大人に交じって軍人やってましたんで。」

「ふふふ、そうだね。大丈夫、私は人の好意を無駄にはしないよ。それじゃ、また学校で~。」

「あ、ちょっと、まだ……。切ったな。もう。」

 

沈黙した那由多のスマートフォンを書類の束の上に放り投げられる。

 

「こっちの話も早くしたかったのに。」

 

スマートフォンに隠れてしまった書類の一番上のタイトルにはこう記されていた。

 

――グレイグー級収容の諏訪地方の設置先案――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうとう風先輩の卒業式終わっちゃったね。さびしいなー。」

「そうね、さびしくなるわ。」

「樹ちゃんのためにも、新入部員勧誘しないといけないね。」

「それと、私達も高校をどこにするか決めないとね。」

「あ、ああ、うん、それももちろん考える、よ。」

「友奈ちゃん……私やそのっちと同じ高校に行きましょうね。」

「う、うん頑張るよ。(ちょっとレベル高い気がするけど)……。」

 

会話に花を咲かせる2人はすれ違う少女の制服でないことに気が付かない。

2人だけでなく、同じく卒業式の後の校内をせわしなく歩く生徒や教職員達さえも、

不審な姿に気が付かない。

指さす者はもちろん、空を飛ぶ虫達さえ、何も無いかのように通り抜けていく。

 

あと、10歩

 

まるで道を開けるかのように吹く風までもが静まり、

 

あと、9歩

 

世界自体が輝いたかのように光が差す。

雨の後にしか見られない天使の階段と呼ばれる現象。

 

あと、8歩

 

まるで門出を祝福するようなタイミングに周りの生徒たちの視線が向く。

 

あと、7歩

 

それでも歩みは止まらず、そんなことは知っていたというように振り向かない。

 

あと、6歩

 

まっすぐに進み続けて、もう友奈達とお互いの顔を認識できるくらいの距離。

 

あと、5歩

 

間違えようもなく、その足は友奈達の方へとまっすぐと続いていく。

 

あと、4歩

 

その歩みをなぞるように光は後に続く。まるで光の軌跡のように。

 

あと、3歩

 

その一歩が踏み出されるごとに闇は晴れ、光が満ちていく。

 

あと、2歩

 

どれほど近づいても、友奈も東郷も気づくことはない。

本当にそこに誰も近づいてきていないかのよう。

 

あと、1歩

 

衝突するのではないかと見紛うくらいの近さ。

 

あと、はない。

 

その歩みは宣言(言葉)と共にこの時だけ交差する。

 

「友奈は……本当はそんな風に笑うんだね。ボクは気づけなかった。

どうか。そして、さようなら。」

 

その声が届くのは同じ領域に到達した者だけ。

 

「あ……れ…?」

「友奈ちゃん、そんなに泣かなくても。風先輩もまた部室に……。」

「違うの、東郷さん、さびしいけど、本当に、いなくなるんだと思ったら……。」

 

友奈自身も風がいなくなることを思い出して、さびしいのだと思った。

だけど、今は2度と会えない誰かいたように思えて仕方がなかった。

 

振り返っても誰もいない。

 

讃州の制服以外がなびいた事実などどこにもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にこれで良かったの、神様。ううん、沙耶ちゃん。」

「なんとまあ、接続はすべて切ったのに、よくボクを見つけられたね。十華。」

 

天空に社が建つと言われる神社の上。

他に参拝客らしき姿は見えるのに、誰も2人気づかない。

 

「沙耶ちゃんのことだから、絶対高いところからこの町をみたいだろうなって。」

「ふふふ、そっか、そう読まれていたんだ。」

 

沙耶が振り返り、十華を見つめる。

ずっと昔からの通り小さい姿。

その姿も、沙耶が世界から去れば、十華の時間も動き出すのだろう。

 

「やっぱり、この世界からはいなくなるの?」

「そうだね、ボクは今を以ってもなお巨大になり続けている。

すぐにでも4次元時空上の存在を個別に識別する意味が失われるくらいに。

その前に友奈とは決着をつけておきたかったんだ。

もし、宇宙(ボク)の膨張も止めればインフラトロンが膨張する空間から増大しなくなる。

あとはエントロピー増大による熱的死だよ。それも2015年から数年以内に急速に進行する。」

「もし、沙耶ちゃんが友奈さんと戦わなかった場合はどうなっていたの?」

「どうもならないよ。ただボクが世界から去っていただけ。」

 

沙耶は1つ嘘をついておく。

 

仮に友奈に会わないという選択肢をした場合、

沙耶自身がどこまで神として在るべき振る舞いを続けていけるのかは自信をもてていなかった。

少なくとも、決着はつけたという事実だけでも、その心にもう一度火は焼べられたのだから。

 

「……あ、せっかくだから、ちょっとだけいっしょに来てくれる?」

「どこに行くの?」

「お参り、ちっちゃいころに友奈と約束していたんだけど、私だけ風邪ひいて来れなかったんだ。」

「あ、待ってよ。沙耶ちゃん。」

 

人を粛清すると宣った天も、天に背き地に伏した獣も、その面影は残らず、

ただ、駆けていく人の姿だけが、雨上がりの水面には映っていた。

 

 

 

 




これで本編としては最後になります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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