松永沙耶は神である   作:スナックザップ

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SSDの保障期限が切れて、キーボードも動かなくなってきたから新しいパソコン買おうと思ったけど、希望するパソコンが手に入らない。
なのでSSDを整理してたら、途中まで書いて放置していた分が出てきたので供養しようかと思います。
時系列的には一応一番最後?

追伸:友奈ちゃんお誕生日おめでとうございます。今回出番少ないのは陳謝いたします。


冗談供養企画 逆襲の沙耶ちゃん

神世紀305年5月21日 北海道上空200km 地球低周回軌道上

 

「芽吹隊長! やっぱりレオ・スタークラスターの御霊が動いて、きゃあ!?」

 

通信機に必死に叫んでいた防人の一人が、突っ込んできた星屑に撥ね飛ばされて気を失う。

しかし、食らいつくこともなく、星屑は興味を失ったかのように飛んでいく。

 

「はやく治療班を呼んで。」

「ダメ、断線してる。さっき星屑にぶつかられた時だ。」

 

防人達の焦りを聞いて、指揮官型の防人が素早く後退を支持する。

 

「舵、船体の高度を上げて、このままだと大気圏に引き込まれる。この子の手当もしないとね。」

 

指揮官の言葉を証明するように御霊の一部が大気との摩擦で赤く輝き始める。

 

(さっきの星屑も自分が地球の重力に巻き込まれないように離脱した。このバーテックス達は天の神ではなく…)

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 レオ・スタークラスター御霊重力圏

 

「この邪魔をするな。御霊の降下を阻止できないなんて。」

 

西暦の時代に進化体と呼ばれていたバーテックスに至る者達。

間違いなくかつて戦っていたころより心身ともに成長しているのに、それでも芽吹の心は晴れない。

 

すでに芽吹自身、大赦に認められなくても構わないと思っているが、

それ以上に、今の状況こそがその表情をかつてのように険しくさせる。

 

(神樹様の力がなくても進化体まで倒せるようになったのに、生き残りがいた地域にバーテックスの降下を許してしまうなんて。)

 

芽吹は視界に移っていた最後のバーテックスを切り伏せると、バイザーに一体化している通信機を操作する。

 

「総員後退。地球の重力に捕まるな。」

 

だが通信機が答えるのは静寂だけ、まるでこの広い宇宙に独りぼっちのよう。

 

「通じない? 電波障害ということは、バーテックスの仕業じゃない。は!?」

 

通信機に囚われていた意識を瞬時に切り替えて、その場から飛びのく。

コンマ一秒にも満たない時差で、先ほどまで芽吹が着地していた御霊の表面を光が貫いていく。

 

「さすがは芽吹、訓練はさぼってなかったみたいで、嬉しいよ。」

「沙耶、よくものこのこと姿を見せて。」

 

逆上した芽吹が蛇腹剣を滑らせるが、途中で勢いを失って落ちていく。

それを意に介することなく、芽吹は近接格闘に切り替えていく。

 

「本当に天の神の力を継承したとでもいうつもり。私達と一緒に天の神と戦ったお前がどうして人類の敵になる!」

 

芽吹が振るう2丁の銃剣は一本の直剣だけで次々に流されてしまう。

唐竹、袈裟、逆袈裟、薙ぎ、突き。

 

中には完全に命中していたと思える一撃もあったが、あと少しで届かない。

それでも芽吹はまだ立っている。

 

「またバーテックスが地上にあふれれば、地球に誰も住めなくなる。今も勇者達が頑張って新しい世界を創ろうとしている。それさえ信じられないのか。」

「私が言いたいことは放送で言った通りだよ。大赦? あんな姥捨て山同然の場所に園子を奉じたところで何になる? 僅か数年で神樹様の教えさえ忘れ去られていく。

今や四国のすべての人々は自分たちの事しか考えていない。考えていくことができない。

残った地域はインフラも寸断され、孤立しているのに、子供年寄の受け入れさえ渋る。そんなものは神樹様の守りたかった人間ではない。だから抹殺すると宣言した。」

 

芽吹と沙耶の間に実力差があるわけではないのに、近接状態でさえ命中すらしない状況に芽吹が歯噛みする。

それどころか巻きついた蛇腹剣が引きちぎられてしまう。

 

(やっぱり、遠くなる。これが園子が言っていた距離の操作。近づいてもこれほどの精度で行うなんて本当に神業だ。)

 

さきほどまで何もなかった空間から無数に飛び出す熱線を躱しながら、それでも芽吹は諦めずに次の手を探し続ける。

 

「歩みが遅くとも、正しい方向に向かって進んでいる。それでは駄目だというの!」

「その間に何人が飢えて餓える? どれだけの命が必要? 地球だけじゃない。

星も宇宙も平行世界だって、もうほとんど残ってない。

アイツが全部壊してしまった。次の宇宙が量子の揺籃生まれてくるまで待つ時間はない。」

 

お互いの瞳が覗き込めるくらいの近さで剣をぶつけあっていた2人。

けれど、結果は別の形になって、突風のような圧力が芽吹を押し戻す。

 

 

「戦衣も那由多がいろいろ改良してくれていたみたいだね。もう少し旧交を温めたいところだけど、時間みたいだよ。いっしょに地球に落ちたいなら良いけど? あなたは隊長なんでしょ?」

「くっ! もう摩擦熱が発生しているの? 」

 

格闘状態のまま沙耶の脇のしたから伸びたノズルから高エネルギーの塊が芽吹達の周りにまき散らされる。

芽吹も光線を何とか躱すものの、レオの御霊は炎を纏い、戦衣の冷却装置の限界を越える。

 

「うわあああ! この、ここまで来て、止められないなんて。」

 

止む得ず御霊から離れていく2人。

 

「時間はまだある。本当に私が間違っているというなら、私がやろうとしていることを感じてみると良い。まだまだこれから始まるのだから。」

 

ようやく炎から離れた芽吹は沙耶の姿を見失ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「マイクロブラックホールの形成はどうなっているの? もう御霊は落ち始めてるわよ。」

 

怒鳴りながら、芽吹が甲板の上に降りる。

 

「今すぐは無理ですわ。まだ全員の帰還を確認して……。いえ、これなら、アルフレッド、やって。」

「承知いたしました。内部地平面形成。周辺ゲージ粒子のスピン数を1から2へ変更。」

 

アルフレッドだけはいつも通り落ち着いている…と言うより何も感じていないかのように、

地上と御霊の間に面のように薄いマイクロブラックホールを展開する。

地上への影響を最小限に抑えるために2次元的に"薄く"展開された重力場は確実に御霊を包み込んでいる。

 

「……これは? お嬢様。地上の対放射線シールド施設で爆発が確認されています。

このまま展開しては蒸発時のバーストで地球は人が住めなくなります。」

「ええー、そんな電離層越えてるじゃん。死んじゃう。死んじゃう。みんな死んじゃう。メブ~、どうしよう。」

 

いつもなら雀は騒ぎすぎと言いたくなるところだが、

今回ばかりは本当に地球そのものが死ぬことになってしまう。

電離層より内側でブラックホールが蒸発すれば、大量の放射線が発生する可能性がある。

本来は地上側で成層圏上空に電磁障壁を発生させて被害を抑える……はずだった。

 

握りしめた拳の爪が皮膚を破り、僅かとは言え芽吹の戦衣に朱が混じる。

 

「……マイクロブラックホール生成を中止して。地球を死の星にするわけにはいかないわ。」

 

船の上を数秒間沈黙が流れる。

 

「……致し方ございませんか。しかし、何故地上施設が攻撃を受けたのでしょう?

未だにバーテックスの反応は地上にはありません。」

「だったら、人間の仕業。ってことだろう。オレで最後だ。楠。」

「戻ってきたのね。シズク。」

「ど、どういうこと!? ねぇ、ねぇ。なんで?

自分たちも死ぬかもしれないのに私達の邪魔をしてきたの? 罰当たり派って一体?」

「いいえ、罰当たり派ではありません。……ようやく呼び出しに成功したよ~。」

 

のんびりした声が船内に戻ってくる。

無線妨害が解除されたのだ。それは同時に沙耶たちは本当に引き上げた証明でもある。

 

「園子、それならいったい誰?」

 

空中に浮かび上がった画面はまだノイズ交じりだが、何とか会話は成立する。

 

「かつて天の神を崇めていた人達。その子孫だね~。

本人たちも気づかない間に操られちゃったみたい。天誅ってシールド施設でどっかーん。」

 

園子が全員に見えるように人体模型図と数式やDNAの模式図をデイスプレイに表示する。

 

「難しい話を置いとくと、DNAの一部に細工して、星屑化するようになってたみたい。

それで操られちゃってたんだね。200年以上も放置されてみんな忘れていたんだよ。

急いで解析させたんだけど……ごめんね。」

「仕方ないわ。沙耶はこっちのことをよく知っている。

それに他世界の人間がどんどん流入してきているんでしょ。全員を調べることなんてできないもの。」

 

かつて沙耶が破壊した星や平行世界で故郷を失い、

大量の難民となった知的生命体の一部が地球に居住権を求めて流れ込んでくる事態が頻発している。

制限を行おうにも地球より進んだ科学技術を持つ悪意ある者の中にはすり抜けて勝手に住み着いてしまった者も多い。

 

宇宙規模の結界により、惑星として存在している地球は、宇宙自体を失った彼らにとっては恰好の移住先に映る。

同じ天の神と戦った者なのに、故郷をほぼ残している地球は羨望と妬みであふれかえってしまった。

 

そうなるように煽っていたのも沙耶だったのだが、

そもそも四国の外でやっていたので、分かっていても捕まえることさえままならない。

 

(分かっていても何もできなことってあるんだね。わっしーやゆーゆとも連絡が取れないように変な機械を地球上にいっぱい置いて行ったみたいだし。)

 

それは、今となっては、誰にも言えない園子の本音。

それは、時間と共にある人間では見えない限界点。

それは、生命が存在できる環境が有限である証。

 

「夏凜は何をしていたのよ。調査は進めていたんでしょう?」

 

思わず近くの壁を軽く殴りつけようとした拳を、戻ったしずくが引き留める。

 

「楠、落ち着いて。地球の若輩者が他世界に行っても、誰も真剣に受け取ってくれない。

彼らから見て私達はかつての大赦と同じようにしか見えない。猜疑心に満ちた彼らは夏凜が来ても、

自分達の話を真剣に聞いてくれると思わないんだよ。」

 

全知全能ならざる人の世が、成長すればするほど向き合う運命が、ほんの少し早く訪る。

 

 

 

 

 

 

 

 

芽吹が戦衣の追加用に用意された長距離移動用装備を取り付ける。

使い捨てなのでたくさんは積み込めなかったが、

どうしても突出してしまう芽吹やシズクのために少しでも飛行距離を伸ばすためのものだ。

距離と運べる重量は限られるが、それでも地球から月までは使えると那由多が急いで詰め込んだものの一つだ。

 

「それじゃ、行ってくるわ。

もしかしたら、沙耶が牽制攻撃をしてくるかもしれないけど、決して深追いしないで。」

「わかってる。シズクも分かったって言ってる。」

 

しずくが頷いたのを確認して、芽吹の姿が船から離れ、漆黒の宇宙空間に消えていく。

宇宙の恒星のほとんどがバーテックスに変換され、光は乏しい。

 

そして、だからこそ、芽吹の肉眼でもその場所は分かる。

軌道エレベータ19号。

たった一本だけ、地球につなげることができた路。

 

(先に亜耶ちゃんが行っていると聞いたけど、大丈夫かしら。は! 新装備が重すぎて亜耶ちゃんが潰れたりしたら…急がないと。)

 

軌道エレベータの人が常駐する区画に降り立つ。

 

「芽吹さん、ご無事だったんですね。良かったです。」

「亜耶ちゃんも、無事だったのね。」

「? ありがとうございます。私は戦ってもいませんし、大丈夫ですよ?

でも、工廠の方になかなか大赦の人間だと信じていただけませんでした。」

「そうだったの? どういうことなんですか?」

 

ちょうど、やってきた技術責任者に問いかける。

 

「勘弁してください。義務教育過程の子供だと思ったんですよ。

いきなり、こんな可愛らしい子供が大赦だって言うんですから。」

「そう、可愛かったのなら仕方ないですね。

それで、満開相当の出力が得られる装備と言うのは完成したんですか?

今すぐにでも持って帰りたいのですが。」

「実装は済んでますよ。でも、デバッグも何もしてないのに実戦で使うのはちょっと。」

 

製品は作るだけでなく、仕上げも必要だということは芽吹にも十分理解できる。

だが、今回に限っては別の側面がある。

 

「構いません。最終調整はこちらでやります。もう沙耶は始めてしまった。すぐにでも持って帰ります。」

「お願いできないでしょうか?」

 

技官は一瞬だけ亜耶の方を見てから、同意見だと悟るとため息をつきながら了承した。

 

「分かりました。急ぐのですよね? マスドライバーを使ってください。

お二人くらいなら、その戦衣に追加された結界の機能でGを緩和できるでしょう。」

 

 

 

 

 

ラグランジュポイント1、月と地球を結ぶ直線上に存在する地球から150万km。

壊れてしまった世界の残りを集めて作られたスペースコロニー。

 

かつて提案されながらも、園子が否定したはずのそれ。

だが、平行世界で作った物を直接こちら側に持ってくる方法があれば、

地球の資源を使わずに急造のコロニーを用意することも不可能ではない。

 

そういうことができる平行世界でさえ、数多く滅ぼされてしまっている。

 

「先の作戦は自由バーテックス連合として、初めての作戦行動となった。

この作戦で諸君の活躍を共に感じることができ、私は大変感動している。」

 

呼びかけるような一言の後、半呼吸だけ間が空く。

沙耶はそうすることで自分を見つめる者たちの視点を感じてみる。

 

(本当にこれじゃアイツと同じだよね。結局私も人類の敵。これも私達(サヤ)の性ってところか。)

 

自嘲気味に頭で考えながら、表情ではあくまでおだやかな笑みとキラキラと輝くような瞳を貼り付ける。

本当に感動しているかのように。

 

「今、私は作戦と言ったが、これは過去行われたような戦闘行為の成否だけを意味するものではない。

ここにいる諸君は生まれも、ここに来た経緯も違う。

これは個人の特性だけではなく、全く異なる環境、異なる宇宙から来てくれたからだ。

中には今隣にいるバーテックスと戦い、故郷を失った者も多くいるだろう。

しかし、今、諸君の隣にはそのバーテックスさえ共に歩むものとして在り続ける。」

 

(やったのはアイツ。初めに世界を滅ぼした天の神に平行世界まで乗り込んでいく能力はなかったけど、アイツはその禁を踏み越えた。)

 

「これは諸君が過去の憎しみより、今日の命を、そして、明日生まれる名も知らない誰かのために行動すべきだと、私の言葉を信じてくれたからだ。

では、彼らは? 大赦は戦いの始まりの時、彼らは地球の各地を囮とし欺き続けてきた。

諏訪に救いの手の代わりに最後まで役目と称して何もしなかったばかりか、時には銃口を向けた。

沖縄のように長い道のりを自分たちで歩いて来いと突き放してきた。

大赦の権威のため、勇者の存在を無かったこととし、巫女をすり替えてきた。」

 

「そのすべてが間違いとは言うまい。だが、大赦はその事実をすべて葬り、

その犠牲と悲しみに共感すら示さなかった。

西暦の超大国のような機密指定解除の期限さえ指定していない。

天の神の粛清さえ無かったものとし、外には何も残っていないが、この世界は安全で豊かである。

ただそれだけを人々に言い続けた。

疑問を持つ者は排斥し真実を隠し、脅威から人々の目を遠ざけてきた。ここにその証たる記憶がある。

『大赦が隠す壁の外の真実を明らかにする。神世紀二十九年 芙蓉友奈』。

思い出してほしい。『友奈』と名付けられた者が何であったかを。

それは神樹様の一部となった初代勇者の一人高嶋友奈の因子を継ぐ者だ。

その結果は諸君も知っている通り、大赦は真実を隠し、あまつさえ神婚と言う手段で何も知らせないまま、

人々を抹殺しようとした。この行為は天の神の粛清をも上回る悪行であると気づく。

これこそが大赦が神樹様の意思から明確に明確に背き続けてきた証明である。」

 

沙耶の背後に投影される過去のインターネットアーカイブ。

 

それは本当の本当に一番最初に勇者部ができた日。

まだリリが一人だった頃にまき散らされたビラ紙のコピー。

けれど、それ以外はでっち上げも良いところ。

 

(事実の隠ぺいを糾弾しながら、事実を歪曲する。なんて滑稽。)

 

「そして今、天地の神々が去り、組織が改善されたにもかかわらず本質は変わらない。

何故か? 諸君も知っている通り、彼らにとっては生まれた時から四国がすべてだった。

そう、宇宙はおろか地球ですらも彼らにとっては過去の遺物でしかない。

にもかかわらず、自分達が管理しきれていない地球の一部さえ解放しようとはしなかったのである。

諸君たちには分かるはずだ。西暦の終末戦争の時と同じ悪質なやり方。

ただ、ただ、自分達だけが安全な場所に引きこもり、外に目を向けることは無い。

誰もが気づいて、分かっていても、それでも何もできない。何もさせてもらえない。"仕方なかった"と。

これこそが大赦の、そして四国に残っていた人類の300年に及ぶ停滞の結末である。」

 

(何時まで経ってもへたくそだな。それなのにあの頃と違って、面の皮の千枚張りしたみたい。全然失敗した恥ずかしさは感じない。)

 

「この世界は孤独ではない。

すでに神々の枷はないのであれば、ただ傍若に振る舞い、虚構の権威を演じる意味は無い。

下を向き目を反らす必要など、もう無いはずだ。

見上げる空の果てにいるの神はなく、同じ敵と戦った誰かだということを分からせなければならない。」

 

沙耶の言葉をたくさんの視線が見つめる。

先にあるのは自由な世界か、晴らされる不満か。

最も言葉を紡ぐ沙耶は全然違うことを考えている。

 

(本当にこの後も言わないとダメかー。仕方ない。私が始めた物語だしね。)

 

「諸君、誰もが等しく生きていると胸を張れる。その世界のために、あと一息、私に力を貸して頂きたい。

それこそがこの作戦の真の目的である。その時こそ……」

 

沙耶の両手が大きく広がる。その手の中に抱えきれない大きく重い何かを支えるかのよう。

そして、それは神としての自分がいらないと投げ捨てたもの。

 

「私は再び天に召されるであろう!」

 

 

 

 

 

 

 

沙耶の姿を大きく映し出していたプロジェクションが停止する。

 

ポーズを解除した沙耶は、ため込んできたものを吐き出すように息を吐き出す。

 

「結構です。やはり天の神と同じお姿というのは映えますな。」

 

音を立てずに拍手をする仮面の神官。

 

「道化師役までやるつもりはなかったが?

まだ自由な心を持って日の浅いバーテックスはともかく、知的生命体がこんな急造継ぎ接ぎな演技で納得するのか?」

「いえいえ、十分です。これで我々も神樹様より託された理を人々に思い出させることができるでしょう。」

 

(全部お前たち罰当たり派が原因だろうに。お前たちが難民の扱いをどうするかきちんと考えていれば……、いや違うか。)

思いは言葉を為さず沙耶はため息と共に流しておく。

 

「分かっているさ。では、もう一つ道化師の仕事を為しておこうか。」

 

扉を開いたその先。

 

広い会議場に映る秘密のプロジェクションに映る人々。

彼らのデジタルの画面の先のその胸元にはすべて七光星の徽章を身に着けている。

 

「ようこそ、おいでくださいました。猊下。」

「ありがとう。だが、その呼びかけは、相応しくはないな。

私は人の世にいかなる権威も権限も持つつもりはない。」

「失礼。しかし、貴方様は獅子の上に座す方ですので。」

「それもそうか。では貴方も"閣下"とお呼びしましょう。今となっては北海道地域の代表なのですから。」

 

(本当に道化のやり取りだ。数日前に決めていたことをなぞるだけのふざけた芝居のための言葉。)

腹のうちで毒づきながら、沙耶は目の前に映る北海道の代表だという男をもう一度見る。

恐らく選挙で選ばれたわけではないだろうが、果たしてどういう経緯でこの席にいるのやら。

 

「では、お約束通り北海道は譲渡致します。そして我らは空いたままの関東平野へ。」

「ええ、他世界の技術を以ってその繁栄は今度こそ千代八千代と続くでしょう。

この金塊500tはその礎となります。」

「ありがとうございます。これで安心して大赦も四国内の安定化に務めることができるでしょう。

北海道からの長距離移動についても我々のほうで万全に対応いたしましょう。」

「すべて感謝いたします。それではすべての命あるものに幸福がありますように。」

 

決まっていたことだから、最初のやり取り以外に沙耶は特に何も言うことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオの被害が予測より少ない? 本当ですの? アルフレッド。」

「はい、成層圏突入後に減速したようです。進入角度もほぼ平行。住人被害はほぼないかと。

あと1時間ほどで電波や粉塵の影響が収まり、羅摩(かがみ、)*1を用いなくとも、

人間の機器でも確認が取れるようになります。」

「じゃあ、大丈夫なんだよね? 誰も死んでないんだよね? よかったあー。安心したら足が震えてきた。」

「雀さん、シャキッとしなさいな。まだ何も終わっていませんわ。」

 

地上に大きな被害が発生しないのは良いことだ。

では何のための墜落だろうか?

 

「楠、どうした? 何か気になる?」

 

普段の性格に戻ったしずくがアルフレッドの報告を聞きながら首を傾げる。

 

「ちょっと気になることがあるのよ。なんで急に速度を落としたのかしら?」

「何言ってんのさ。メブ。そんなの簡単じゃん。って、何、何なの? みんなで見ないでよ。」

「どういうことなんですか? 雀先輩?」

 

急に注目されながらも雀はたどたどしく答える。

 

「えっと、今のバーテックスって生きてるんでしょ? だったら、住める場所って……。」

 

雀の言葉が終わる前に芽吹がばね仕掛け人形のように跳び上がり、通信機を上げようとする。

けれど、芽吹よりも先に園子の姿がもう一度映し出される。

 

「残念だけど、もう間に合わなかったみたい。

北海道の人達は住みにくくなった故郷より、異星人ううん、これは誤解を招くね。

侵入者(インベーダー)の力を使って関東平野を住みやすくするつもりみたいだね。」

「平静ね。こうなると分かってたんじゃない?」

「それは買い被り過ぎだよ。動きはあったけど、全員が移動できる感じじゃなかったからね。

情報を持っていたほんの一握りの人間だけが逃げ出していたってこと。」

「信じるわ。だから地上施設の警備も少なかったのね。

今回は戦う前から負けていたけど次はそうはいかないわ。地球は守り切らないと。」

「そうだね。と言うわけで、ちょっと寄り道していかない? 防人全員で。」

「どこへ?」

「エッジワース・カイパーベルト、天体観測で見えたグレイグーが一隻だけ外宇宙から戻ってきてる。」

 

まるで放課後の寄り道のように軽く園子は答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーくそ。本当にあの二人はどこまで行ってるのよ。うわっと。十華、安全運転で飛んでよね。」

「そ、そんなこと言われても。前みたいな慣性質量中和までできないだってば。」

 

太古の人類が語り継いできた空を駆ける神話生物。

世界が滅びると言われた預言に書かれた獣と同じ姿が、砂漠を越えたユーラシアの中央。

果てしなく続くステップ気候の草原を飛び続ける。

 

夏凜の元に文字通りに十華が飛んできたのが10日前。

 

いきなり、宇宙戦争だと言われた時に夏凜はテレビの見過ぎではないかと思ったが、

電波障害で友奈達とも四国とも連絡が取れなくなって心配していたところなので聞いてみると、

バーテックスの残党と故郷を失った宇宙人(十華は異世界人と言ったが夏凜には違いが判らなかった)が地球に押し寄せてくるという。

 

大慌てで陸路を移動している友奈と東郷を追っているが、広大な大陸から人間2人を探すのは一苦労だ。

 

こんな事なら船舶免許だけでなく航空機免許も取得すべきだったと後悔するも、船舶免許が一番無難だったのも事実だ。

 

「無事でいなさいよ。2人とも。」

 

祈るように行ってしまうのこの時代の癖なのか、それとも人間の癖なのか。

見上げる空も、広がる大地も何一つ返してこない。

今はもう本当にそこには何もないと言うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は北海道の生まれだが、故郷に対する愛着はほとんどなかった。

入ってくる情報は衰退していく町に対して、きらびやかな海外の情報ばかり。

 

そしてバーテックスの襲来後の日々では、世界は滅んだはずなのに旧来の格や財産で決まってしまった。

昔からの地元の名士さまとやらが幅をきかせ、自分たちはあれこれ制限され、指図される日々。

勇者が残したという穴倉での生活も、勇者がいなくなってからは、自由もなく食べ物もなく太陽の光さえ無かった。

 

(だが、それも終わりだ。関東の土地は俺たちの物になったんだ。バーテックス様々だ。)

 

海峡もバーテックス達が橋になってくれたおかげで楽なものだった。

 

「着いた。ははは、は?」

 

彼は最後に笑いながら、アリエスの放つ雷鳴に飲まれて消えていく。

 

 

 

 

「どういうことだ。何故バーテックスが我々を攻撃する。約束が違う!」

 

怒鳴り声で胸につけた七光星の徽章が震えている。

その間にもバーテックスは次々に人々の群れを攻撃していく。

 

「いや、約束は守ったさ。お前たちは北海道から東京についただろう。

ああ、そうだった金塊は気にしないでくれ。手向けの華代わりだ。」

「バカな。それでは無人の地球をバーテックスで管理などできるわけが……。うわ!」

 

最後の車両も破壊され、裏切った彼もまた裏切られ、天に召されることとなった。

 

「さってと、異星人のみんなはたどりついているかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽直径以上の距離*2の前では

1000kmを越えるような巨大な建造物であっても、地球からはほとんど見えない。

 

目を皿のようにして宇宙空間を眺めていた雀が疲れたように座り込む。

 

「本当にこんなところに宇宙人が集まってるのかな? あ、アルフレッドさんって宇宙人なんでしょ。何か知らないの?」

「わかりませんわ。アルフレッドから積極的に何かをいうことは珍しいですから。」

「何時も大体弥勒が呼びつけた時に現れる。しかも無茶ぶり*3。」

「……弥勒さん、あんまり無茶ぶり続けてたら、そのうち愛想つかされるんじゃない。」

「そ、そんなことはありませんわ。雀さんには分からないことです。」

 

甲板で飛び散る話題をスルーしながら、芽吹は別のことを考えていた。

 

最後の戦いの後、残っていたグレイグーは東郷宛に送りつけられた艦橋部分のミニチュアの残すのみで、すべて観測可能な宇宙の範囲外に散って、何億年と言う期間をかけて恒星の材料になると言っていた。

1隻だけを確保したのか、複数確保したかで対応が変わってくる。

だが、園子は明確に"一隻"と言った。

 

(他は捕捉できている? いえ、もし、新造されたものだとしたら?)

 

「芽吹先輩、何か気になることでも?」

 

亜耶から差し出されたカップを受け取りながら、芽吹が安心させるように微笑む。

 

「大丈夫よ。宇宙人と言っても、ほとんどが戦ったこともない素人が数十人いるだけだもの。

技術も装備も何十年も整備できていないものよ。勝てるわ。」

「何とか、分かってもらうことはできないのでしょうか?」

「それは……難しいでしょうね。彼らも後がない。負ければ終わりだと思い込んでいる。

いえ、思い込まされている。みんな沙耶に騙されているのよ。」

 

芽吹はあえて言わなかったが、実のところ彼らの頑なさには元の世界"でも"恵まれない環境で生きていた者がほとんどだったことも影響している。

芽吹は知らないことだが、天の神(沙耶)が放置していたのも、どうせ他の世界でも足を引っ張るだけだと、傲慢に黙殺してきたからに過ぎなかったのだから。

 

最初から"現地"の人間と衝突するのは必然的だった*4

 

「これだけの星屑がまだ生きていたなんて。」

「迎撃。ここを突破して戦艦を叩く。この数は園子の勘が当たっていたということね。」

 

混ざっている進化体の数的に見ても、明確にここを守っているような動き。

違うのは、以前のように突撃を繰り返すのではなく、

キャンサーの回転板のような防御板を器用に触腕のようなもの持ちながら、迫ってくることだろう。

 

「ち、うっとうしいな。さっさとつぶれろ。」

 

シズクが苛立つのも無理はない。

 

かつては、まるで攻撃を受けに来ていたように見えた星屑さえ、簡単に前に出てこない。

盾を構えて、外付けの飛び道具を持って、編隊を組みながら対峙する。

 

「●●▽●●×××!!」

 

それも次々に断末魔のような叫び声を上げて、砂となっていく。

 

「なんか、なんか変だよ。まるで怖がってるみたい。いっぱい、いっぱい叫んでるぅーー。」

 

雀が叫ぶ通り、それこそ本当の生物のような叫び声。

 

「おい! 雀、ボーっとしてんじゃねぇ。」

 

消える寸前の星屑を踏み台にしながら、飛行能力を節約してシズクが駆け回る。

けれど、突然現れた別の生き物のヒレのような器官に進路を遮られる。

 

「くそ、こいつら何なんだ? 宇宙人ってやつか。」

「По повел?н?ю Господню, зд? не имаши прейти.」

 

翼竜のような姿と幾何学的なデザインが入り混じった奇怪な姿。

構えた銃剣から飛び出した弾丸と不可視の光線がお互いを捉える。

 

「くあっ! こいつの攻撃見えねえのか。」

 

お互いに再度構えなおすが、間に割って入るように連星となったブラックホールが発生する。

 

「シズク様ここは御下がりください。双方の力でぶつかり合えば殺し合いになります。」

「ああ! 上等だ。やってやる。」

「駄目だって。シズクも死んじゃう。」

 

光線で焼け焦げた肩部装甲を引きはがしシズクが立ち上がろうとするが、雀が腰にしがみついたせいで、

また立ち上がれなくなってしまう。

一瞬遅れてシズクの一歩前の地面が赤熱化して不可視の光線が通り過ぎる。

 

「いえ、園子から"敵も含めて"全員守れと"お願い"されていますので。

それに時間切れのようです。

……カッパー・クルキスまで用意していたとは。那由多は自分たちの世界の反徒どもを抑えきれなかったか。」

 

叫びはすべての戦域で広がる。

人間の声、星屑の声、人間ではないヒト科の声。

たくさんの声、声、声。

 

その後に続くように響き渡る異形の機械が世界全体に擦りながら歩く音。

その全体から放たれるグロテスクな輝きが、ようやく見えてきていたグレイグーさえ飲み込んでいく。

芽吹達の目に見える以上の圧迫感。

光だけでなく重力も時間もバラバラになるほどの巨大な質量。

 

周囲のバーテックスや異星人が捩じられるように消えても、なお一層激しく燃えるように広がり続ける。

ブラックホールに対抗するように周囲の星間物質が機械に纏わりついて行く。

 

「あ、ああああああああ! みんな死んじゃ…イヤ、あ。」

「ちょっと!? 雀さん?」

「おい、どうなってるんだ。なんでバーテックスどもが。」

 

崩れ落ちるように甲板に倒れた雀を慌てて弥勒がキャッチする。

さっきまで取りつかれていたシズクも呆然としてしまう。

 

「一体何がどうなってるんですの。バーテックスもグレイグーも皆いなくなっていますわ。」

 

答える者は誰一人いなかった。

 

 

 

 

 

「さっきのは、以前に那由多さんが乗っておられた機械人形でしょうか?」

「いいえ、亜耶様。同型機ではありますが、あれはNGC4755カッパー・クルキス。

ですがああなったのは、相転移砲の意図的な暴発のためでしょう。」

「暴発、なんですよね?」

 

亜耶が首を傾げる。

 

「パイロットは知らされていなかったのよ。亜耶ちゃん。そう言うことなんでしょう。アルフレッドさん。」

「えっと、主人をおいて話を進めないでくださいません? どうなってるのですの? アルフレッド。」

「申し訳ありません。お嬢様。いつものようにご存知かと*5

園子様から個人的に注意をされていたのですが、目的までは聞いておりません。」

「分かるよ。バーテックス達が叫んでいたから。」

「雀さん? 起きてもよろしいですの?」

「うん、大丈夫。」

 

いつ起きたのか、雀が気を取り戻していた。

ただ、いつもと明らかに様子が違う。

完全に落ち着きを取り戻している。

 

「天の神に見捨てられて、もう仲間は増えない。だったら、お前たちも道連れだって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チュン助じゃなかった、こほん、加賀城さんいう通り。

自由バーテックスに残ってるのは死に方の自由くらいだから。故郷を失った他世界の人達もそう。

物理法則が同じ人達は希望があるけど、違う世界の人達は地球を手に入れても居場所がない。

バーテックスも同じ。あの異形の体は天の神が世界を支配しているから存在していられた。

アル達の力が弱まっているように、神様たちの力は世界からちょっとずつ引いていく。だから……」

「だから、最後に地球も道連れにするというの? バカげてる。

それが敵の、いえ、沙耶の狙いならどうして黙っていたのよ。

いいえ、違うか、私達がそんなことで戦いにくくなるって思ったの?」

 

芽吹が怒りとともに遮る。それでも動じることなく園子は訂正する。

 

「ちょっと違うかな。さっきのチュン助みたいに感じ取ってしまう人もいるから。

できれば直接接触は避けて、命が消える瞬間を感じないようにってアルフレッド~にお願いしたんだよ。

そのくらい今の世界は不安定。急激に宇宙規模の結界を解いたから、前後がズレてる。

元々の天の神ではバーテックス世界を定着させるのに300年かかったみたい。

神様になった方の沙耶ちゃんは力業で押さえつけていたみたいだけど。」

「そういうことだって芽吹、そこまでにしときなさいよ、私達もいるんだから。」

 

赤い影が船の上に差す。船よりも巨大な王冠をかざす獣。

音もなく甲板の上に今現れたばかりの赤い影が芽吹を引き留める。

 

「夏凜さん、いつこちらに?」

「今さっき、十華に乗っけてもらってきたの。友奈達も一緒よ。

この完成型勇者が来たからにはと言いたいところだけど、勇者はお休みね。」

 

驚きながらも問いかける亜耶に夏凜もすっかり柔らかくなった顔で答える。

 

「亜耶ちゃん、久しぶり。元気だった。」

「遅くなってごめんなさい。」

「友奈さん、東郷さん、お久しぶりです。」

 

遅れて十華の背から降りた友奈と東郷も束の間の再会を喜びあう。

 

「夏凜、貴方も知っていたの?」

「知ってたわけないじゃない。園子だって知ってることはほとんどないわよ。

ただ動き方見てただけ。たくさんあった可能性の一つ。それができる子だもの。」

 

直に勇者だった少女たちを見比べながら、芽吹はため息をつく。

過敏に反応したけれど、言語化できるものばかりではないというのは、職人の父を見ていれば想像できる。

実際、芽吹が苛立っていたのは、防人だった沙耶が相談もなしに行動に移したことが悔しかっただけ。

 

「私はもう少し準備をしてからかなー。それまでわっしーをお願いね。

でも、決着をつけるのは芽吹隊長。あなた以外にあり得ません。必ず沙耶を連れ戻してください。」

「当然よ、仲間のことだもの首に縄を付けてでも連れ帰るわ。それで、沙耶はどこにいるの?

いえ、何を狙っているか分かっているの?」

「残ったバーテックスはそんなにいません。大きな作戦はあと1度が限度でしょう。

大赦側で管理している技術はゆーゆ達に抑えにいってもらってたから。」

「そこまで分かっているなら、狙いもハッキリしているのよね? そのっち。」

「壊れてしまったたくさんの世界の欠片。それを使って世界の理をもう一度書き直すんだよ。

すべての世界のすべての星の人が生きていける環境を宇宙に。バーテックス界でも人間が息をできたように*6。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これで私は一人だ。不思議。すごく気分が落ち着く。)

 

この状況でも人類を粛清するという本能にのみ従うバーテックス。

沙耶はあくせくと最後の作戦準備に行き交う姿を見ながら、

改めて神様だった方の自分の酷い置き土産だと思った。

 

バーテックスは叫びを手に入れたが、まだ言葉も音楽も理解できておらず、

そのレベルまで進化する前に、天の神がいなければ物理法則に耐えきれずに自壊することになる。

 

同時刻ごろに園子が指摘した通り、バーテックスは崩壊しつつある。

芽吹は以前よりパワーアップしたから攻撃が通じていると考えていたが、

それ以上に、バーテックスの現行宇宙への不適合は激しい劣化を引き起こしていく。

レオスタークラスターの御霊を直接四国に落としても壊滅に至らないくらいに。

 

(奪うことしか考えていなかった他世界のヒトは、さっき世界の欠片を呼び込んだ時にすべていなくなった。残りの大人しい連中は那由多がまとめるでしょう。)

(西暦の古い者も関東に集めた上で大きな塊は掃除できている。あとは……)

 

沙耶は改めて頭の中で今後の事をシミュレートする。

 

次は勇者達も出てくると想定しながら、それでも残り少ない地の神の残滓では変身も今回限りと考えていた。

 

(後は多世界の欠片達を地球に落として、地殻津波を引き起こす。)

 

そうなれば、他世界だろうと異星だろうと地球だろうと、すべてのヒトは故郷を失うことになる。

 

(何もないところからやり直せばいい。平等に。そうして初めてみんな対等の関係になれる。)

 

沙耶は気が付かない。

 

その考え方の根源が縁を切ったはず神様だった方の自分とよく似ていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

園子が語った通り地球の周回軌道上に世界の欠片が揃い、巨大なワームホールを形成していく。

その先にあるのは主を失ったはずの天沼矛。

 

「本当に感じるよ。間違いない。」

「そう、直に触れたことがある友奈が言うなら本物なんでしょうね。」

「世界の理を書き換える。本来なら天地の神々が許さないはずなんだろうけど、沈黙したままってことは……」

「亜耶ちゃん、どう? やっぱり神樹様の声はない?」

「はい、何も。」

 

誰も口には出さないが、今度こそ神は沈黙している。

人の世のことは人の手で。

 

 

「お待たせなんよ~。それじゃ、行こっか。」

「大物は遅れてくるものってことで勘弁して頂戴ね。」

 

園子が風と一緒に合流する。

 

「あれ、風先輩、樹ちゃんは? 一緒じゃないんですか?」

 

友奈がキョロヨロと見回しながら風に尋ねる。

 

「いっつんには、戦いよりも超重要なお仕事があるんよ。」

「アタシは側で妹の晴れ姿を見られなくて残念よ。」

 

風のいつも調子に緊張気味だった新人の防人達もようやく肩の力が抜ける。

状況は厳しいが、いつかの決戦と違い、悲壮感が少ないのは余裕ではなく、

今この場にいない者も含めて孤独ではないためなのか、それともカラ元気なのか。

 

 

「それじゃあ、せっかくだし、芽吹達もこっちに来て。」

「え? なんですか? 一体?」

 

不審そうな芽吹達、防人を他所に勝手に円陣を組み始める勇者達。

 

「勇者部、ファイ…。」

「お嬢様、残念ですが敵襲です。どうやら沙耶は迎撃ではなく、我々の拘束を優先するようです。」

 

有利なはずなのに孤独な沙耶は、余裕なく先制攻撃を選択した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一見すると不意を突くような奇襲に見えた攻撃だったが、アルフレッドのように限定的とはいえ未来予知ができる相手には意味はない。

初動はお互いに強襲的な遠距離火力の応酬に持ち込む形となった。

最初に到来したのは星屑ではなく、ワームホール経由でカイパーベルトから移動させた大量の彗星群だった。

対して、巨大化変身した十華がガンマ線バーストを放射して、彗星を蒸発させていく。

かつてであれば、十華にも銀河核のような巨大ブラックホールを生成できたのだが、すでにそのような超常的な力は残っていない。

 

「2番と5番の護盾隊。防御の出力が落ちています。」

「後ろの3番と6番と後退させて。正面は抑えられているから。ここ*7はいい。」

 

実際正面から押し寄せてくる彗星や小惑星は防げている。ただし、問題はそれだけではなかった。

 

「周辺のメタンが燃えだす前に進めて。」

 

"意図的"に彗星の多くはメタンなどの可燃性物質を含む物を中心に降らせてきている。

攻撃開始と同時に園子が指摘した事実は単純に、防人たちを"燃やす"攻撃を意味した。

 

「お嬢様、どういたしましょう? 一度周囲の大気展開を中断致しましょうか?

各船にも短時間であれば酸素はあるかと存じます。」

「そ、そうですわね。でも、太陽系内に展開した大気もすべてなくなるのでしょう?」

「今はとにかく前へ。今、大気が無くなると宇宙用コロニーを建設している人達も窒息する。」

 

問いかけられた夕海子がチラリと園子を見るが、首を横に振り前進を告げられる。

 

押し寄せてくる他世界や異星人の居留地を地球に用意したくない一派が園子に上申した提案は、

人間の力では不可能でも、アルフレッド達にとっては、皮肉にも"容易にできてしまった"ために、

地球と宇宙を別世界のままにしておける理由が許されてしまう。

空気も水も食べ物も宇宙空間で使えるようにできるなら、別に地球でなくても良いのでは? と。

地の神の加護で生き延びたのに、大地を失った他の命への共感は実感できないままに。

 

そして今度は沙耶に理由として利用された上に、人間が自由に呼吸できる状態を創り出したために、

それが宇宙空間で"燃える"原因となっていた。

 

大気組成の瞬間的な再展開は今も宇宙空間に漂っている人々を危険に晒すことになる。

だが、園子が前へと言ったのはそれだけではなかった。

 

「とにかく挑発に乗っちゃダメ。今はまっすぐ天沼矛を目指して。

遠距離で良く見えないかもだけど、天沼矛もすごい勢いで動いてる。

地上に落ちたら、また天の神の結界で世界の理が塗り替えられちゃう。」

 

(沙耶、貴方はたくさんの人達を巻き添えにしても構わないの?)

 

芽吹が唇をかみしめる。

 

バーテックスは未だに姿を見せず、極超音速を越える彗星群だけが敵の存在を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彗星群から天沼矛まで約5000万km。肉眼どころか天体望遠鏡でも船を見つけることは難しい。

しかし、沙耶はまるで目の前を覗き込んでいるかのように振る舞う。

 

「満開で勇者たちが突っ込んでこないところから見て、神樹様の力はほとんど残ってないみたいだね。

これは戦闘態勢に入らずに完勝……とはいかないか。」

 

沙耶が見つめる先、太陽系周辺に彗星群は防人達の集結地点を覆うように約100万kmに渡り、

容易には抜け出せない。

ただし、防御を一隻に集中すれば、最大加速で1番船だけが突出して抜け出すことも選択できる。

 

「レオは園子だけを孤立させろ。無理に倒す必要はない。まずは頭を押さえておきたい。

スコーピオン、キャンサー、サジタリウスは結城と風を分断。

ヴァルゴとライブラは東郷、アリエスとピスケスは夏凜。」

 

(樹ちゃんは来てないのか? この局面で温存? ええい、迷っても仕方ない。)

 

「タウラス、カプリコーン、ジェミニはそれぞれバックアップ。残りは芽吹たちの相手だ。」

 

それぞれの星座が燃える光となって大気を輝かせながら、命じられたとおりの相手に向かって突撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、芽吹、私達も始めよう。みんなが私の近くに来たいみたいだから来て上げたよ。」

「分断のつもりか。私達を倒せるからって。」

「違うよ。言いたいことがあるみたいだから、こうしただけ。我ながら人間というものは御しがたい。

さっさと大気を消していれば、アル達の力も借りやすかろうに。」

 

どこか肉食獣めいた笑みを浮かべながら、沙耶は言葉とは違って楽しそうに肩揺らしている。

 

「言いたいことはあります。これは本当に沙耶さんが考えていたことですか?

これが必要だったと胸を張っていえるのですか?」

 

甲板に乗り込んで来た沙耶に向かって亜耶が問う。

だが、沙耶の表情は打って変わって、目を剥き出しにしながら唖然としている。

 

「亜耶ちゃんまで連れてきたの? 信じられない。どうしてそんな危険な真似を。

また変な役目をさせるつもり?」

「いいえ、今度は私が連れて行って欲しいと芽吹先輩にお願いしました。

私もただ待っているだけではいたくないのです。」

「黙れ! 私を惑わせるな。」

「あやや、前には出ないで。」

 

沙耶の撃ちだした輝きは直前で雀の盾に軌跡を曲げられてしまう。

 

「亜耶ちゃん!」

「大丈夫です。芽吹先輩。早く沙耶さんを。」

「戦場で自分の女をつれてくるなど観光客気分か! そこまで腑抜けたのか。」

 

庇う芽吹に斬りつける沙耶。

まるで始めた沙耶の方が余裕がない乱暴な攻撃一辺倒の構成。

芽吹がお手本通りに繰り出す反撃を受けて仰け反っても、

崩れたままの体勢で我武者羅に巨大化させた光の刃で強引に芽吹と亜耶を薙ぎ払おうとする。

 

「あなたこそ、そんな素人みたいな戦い方をして。情けない。」

「牙さえ抜けて大赦の言いなりになっておいて。そんなことが言えるるのか。」

 

先日とは打って変わった慎重さがない戦い方に、芽吹の方が戸惑ってしまうくらいに、

沙耶は簡単挑発にも乗ってくる。

 

籠手を滑らせながら刃をやり過ごして、反対の銃口を向ける。

滑らされたままの勢いで沙耶は芽吹を飛び越えてつま先を銃口に引っかけ、弾頭をあらぬ方向に向けてしまう。

口ほど芽吹も余裕があるわけでもなく、戦衣は強化はされているが、微妙な取り回しが変化したことで

至近距離での動きは実戦で調整しきれていなかった。

 

調整がまだの芽吹と、精緻さを欠いたままの沙耶。

どちらの動きも本来の持ち味とは違う力を持て余してしまう。

 

それでも、少しずつ自分の方法を思い出すように、動きからぎこちなさが消えていく。

まるで純粋な自分の在り方を、過去をなぞるように、洗練されていく。

 

振るう腕は滑らかに、駆ける足は決して浮かず、刃は叩くためでなく斬るために、

銃は引き金の先の弾にまで意思を込めて。

光、鋼、熱、すべてをつなぎ、燃やすように、どこまでも続いていく。

亜耶が見つめる中で続くはずだった緊張は、唐突に終わりを向かえる。

 

突然、刎ねられた首と胴のように沙耶が芽吹を撥ね飛ばし、空中に上昇する。

 

「園子め、やってくれる。まさかレオまでスルーするとは。」

「待て、沙耶。」

「芽吹、今すぐその怠慢を正してやりたいところだけど、

私は貴方と違って先頭に立つだけが仕事じゃないの。まったくレオもあっさり出し抜かれるなんて。」

 

芽吹はすぐに霧の向こうに声だけとなった沙耶を追いかけるが、

どういう仕組みなのか何の軌跡も残さず、沙耶は飛び去ってしまった。

 

 

既に周囲を取り巻いている星屑達と防人たちは剣を交えている。

お互いに盾を構えて銃火と光撃を防ぎ、燃える彗星のを避けながら、入り乱れての接近戦闘。

あたりに充満する気体が"大気"に広がるにつれて、霧のように立ち込めながら辺りを覆っていく。

 

「亜耶ちゃん、私の側から離れないで。」

「はい、芽吹先輩。でも、沙耶さんも見えなくなりました。」

「そうね。でも、大丈夫よ。このまま前に進むわ。きっと沙耶も出てくるわ。」

 

(沙耶は連れ戻す。でも、私達がここに来たのはまたバーテックスの世界にしないため。だから天沼矛は落とさせない。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオ・バーテックスがその圧倒的な火力を使った一撃を園子のいる場所に向かって放つ。

園子があっさりとかわすことはお互いに予想していたとおりだったが、

その後の園子の動きは明らかに正道から外れていた。

 

巨大化させた槍をレオ"頭上"に投げつけ、爆風の勢いに合わせて飛翔しているレオの"下"を飛びぬけてしまった。

 

園子の体重とレオの火力を考えれば、紙のように飛ばされるのは確かだが、方向を制御することは難しい。

それを可能としたのは、新しく取り出した槍を傘のように広げた、帆船のような移動制御だった。

 

「はい、もう一つお土産。」

 

最後に傘を閉じた槍を、慌てて方向転換し始めたばかりのレオの体に投げ槍として放り込む。

命中も確認しないまま、園子は全速力で駆け抜けていく。

 

園子には、レオが現れた時から、防御の硬い難敵を相手にするつもりなどなく、

天沼矛自体か、それを出現させている遺物、他世界の欠片をワームホールに押し戻すことが

勝利条件だと割り切っていた。

 

「おっと、危ない危ない。やっぱり無制限に攻撃できないよね。」

 

方向転換を終えたレオが追撃に炎を飛ばすが、後ろからの攻撃もあっさりとかわされてしまう。

レオが手加減したわけではなく、天沼矛を引っ張り出すための世界の欠片を壊さないよう

狙いを定めた慎重な撃ち方を繰り返すしかなくなっていた。

 

元々神樹様という固定目標を"攻める"側だったバーテックスは守る側の戦術は多く検討したこともない。

加えて"意思"という未経験な雑音は攻めるにせよ守るにせよ、ブレを生じさせている。

 

結果として、レオは自身の戦力を扱いきれずに、園子をを捉えきることができない。

それでも、直進できずに"真横"から出現した光線をくるりと回転して回避する。

 

 

「それ以上は行かせん。園子。何故今更出てきた。」

 

声よりも早く瞬間移動で現れた沙耶が、園子に衝突する。

 

「沙耶ちゃん。何度ももういいやって思ってきたけど、まだ残ってるの。何度転んでも大丈夫だって気づけたの。私達は。」

「貴方でもそうなのに、他の多くはもっと無理さ。こんな狭い世界なんてすぐに食いつぶす。」

 

意思を持つように自由な動きをする槍を、同じように自由に動き回る熱閃光。

園子の速度が低下し、レオが再び見え始める。

 

「自由に曲がる? 粒子ビームだけじゃなくて、レーザーまで。」

 

レオが火球を放つと同時に、園子が複数の槍を作り出し、花びらのように平たに開いて受け止める。

しかし、火球自体が園子の槍盾にぶつかる前に周囲に竹林のように一気に広がる。

 

「その炎の壁は物理的な障壁でもある。レオ、今度は園子を逃がすな。」

 

急激に園子の呼吸が乱れる。

 

「こ、れ。ごほ。」

(息ができない? 物理的な障壁ってそういうこと。まさか、沙耶ちゃん自身は呼吸が要らないなんて)

 

 

「そうとも、察するとおり、もう私の体はいつかのアイツや貴方と同じで、直接世界から動く力を取り込める。

終わりだな。園子。」

 

ひときわ大きくなった光が園子の元へと延びる。

ただ、その光は途中で受け止められ、遠くに逸れていく。

 

「そのっち。」

「そのちゃん。」

「わっしー、ゆーゆ。それじゃ、うまくいったんだね。」

 

いつの間にか来援していた2人に沙耶も舌打ちしてしまう。

 

「バーテックス、何をやっている、いや、違う。何故だ? バーテックスが戦闘をしていないのか。」

 

気が付くとあたりは降り注ぐ彗星だけで、戦闘の音が止んでいた。

 

「どういうことだ。何をしているバーテックス。さっさと勇者たちを止めろ。聞こえていないのか?」

 

いつの間にか、レオも棒立ちのように静まり返ったまま停止している。

 

「違うよ。沙耶ちゃん、みんな聞いているんだよ。ほら、沙耶ちゃんにも聞こえない?」

 

友奈手を広げる。その先には砕けた世界と鎮火しつつある炎しか見えない。

 

しかし……。

 

「これは……歌、なのか? だが、バーテックスを停止させるような特殊な波長は感じない。むしろ……」

「どうよ、これがこの4年間樹が歩いて来た夢の形よ。」

 

風が自分のことのように微笑みながら告げる。

 

「だから、それが何だって言うの? バーテックス、それでも世界を滅ぼした者か!」

 

いつの間にか、レオだけでなく他の星座たちも宇宙に響く歌に同調するように鎮まっている。

 

「終わりよ。沙耶。」

「芽吹……まだだ。まだ天沼矛が残っている。」

 

言い残すと沙耶はワームホールへと飛び込む。

 

「まだ続けるなら、追い続けるだけよ。沙耶。」

 

間髪入れずに芽吹はその後に続き、同時にワームホール自体が崩れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか眠っていたのではと勘違いするほど、唐突に芽吹は目を覚ます。

 

(しまった。いつの間に気を失っていたの? いえ、これは。聞いたことがある。)

 

芽吹は自身の肉体を見下ろしている。

 

ワームホールが天沼矛へ続いているなら、生身では通れない高天原かも知れないと園子は言っていた。

 

「いるわね。沙耶。」

 

答える声はなく、芽吹はゆっくりと進む。

 

途中に次々に流れていく過去の光景。

しかし、かつて友奈が訪れた時と違い、ぶつかっても焼かれることなくたどり着く。

 

唐突に光が弱まった先に長大な矛を持って、沙耶が待っていた。

 

「本当に追ってきてくれたんだ。うん、間違いなくそれは嬉しいけど、こんな形は残念。」

「分かっているんでしょう。バーテックスは樹ちゃんの歌声を理解できた。

もう、未熟な使役されるだけの存在には戻らない。地球を信じない宇宙人も、

見下す異世界人も、排斥する地球人も、みんな、貴方が集めて消してしまったんでしょう。」

「なんだ、知ってたのか。まあ、でも、言ったところで誰も信じなかっただろうけどね。」

 

ゆっくりと沙耶が槍を構えなおす。

対して、一度魂になってしまった芽吹に装備はない。

 

「でも、まだだよ。地球がある限り、痛みを負わない者が残る限り、同じことだ。

だから、私はこうするのだから。」

 

まるで雲が晴れるように高天原の天井が開かれ、漆黒の宇宙が顔をのぞかせる。

 

「このまま、理を書き換える。魂だけになった芽吹に止められない。これでみんなが痛みを知るの。」

「させないわ。」

 

芽吹が宇宙を駆けるように沙耶に迫る。

しかし、天沼矛から延びる光に押し流されて、宇宙にはじき出されてしまう。

 

「くうう!」

 

通常空間に戻ったことでいつの間にか装備は戻っているが、

いくらスラスターを動かしても押し返すことができない。

そして、芽吹の背に地球が近づく。

 

詳しいことは分からなくても、この光をそのまま地球に落としてはいけない。

芽吹の焦る気持だけが前へ進み、体は光を止められない。

 

しかし、急に芽吹にかかる光の圧力が弱くなる。

 

「え? バーテックスが私を守っている?」

 

いつか光の前に、バーテックスが集まり芽吹と一緒に光に立ち向かっている。

 

「ど、どういうつもりなの?」

「U.多、き絵ル、×目。」

「Non possum sinere vos solos omnia commoda capere.」<ref>貴方達だけにおいしいところを取られるわけにはいかない</ref>

「Res agitur de salute terrae. Operae pretium est experiri.」<ref>地球がダメになるかどうかなんだ。試してみる価値はある</ref>

 

戻ってきても、歌は聞こえている。

芽吹にもはっきりと聞こえている。

星屑にも宇宙人にも聞こえている。

 

「ダメだよ。メブ、みんな一緒に帰るんだよ。」

「そうだぜ。隊長がいないと始まらないだろ。」

「そう言うことです。隊長の座はちゃんと勝負して譲っていただきますわ。」

 

どうやって見つけたのか、防人や勇者達まで集まって天沼矛を止めようとしている。

 

「みんな、どうして。いえ、こんな光を受け続けたら……。負傷している人達もいるのに。」

 

思わず芽吹は頭を抱えてしまう。

連続の戦闘の上にさっきまでと違う場所に出てきてしまっているので、

まだまだたくさんの光が集まってきている。

 

「せっかく、みんな分かってくれたんだもの。負けられないよ。」

「そうね。御国の存亡の時だもの。今度は誰も犠牲する必要もないわ。お役目を果たすわ。」

「言ったでしょ。沙耶ちゃんを連れ戻すのは楠隊長の役目だって。だから、出てくるの待ってんだよ。」

「まだまだ、アンタとは一緒に修行続けるつもりなのよ。今度こそ完成型の力を見せてあげる。」

「と言うわけで、今度こそ防人にも付き合ってもらうわよ。勇者部……。え、何、アンタ達もやるの!?」

 

どういうわけか、近くにいたバーテックス達まで友奈達をまねるようにお互いの体を寄せ合いながら、集まってくる。

 

「それじゃ、今度こそ行くわよ。勇者部……」

 

「ファイトーー!!」

 

 

光の勢いは止まらず、バーテックス達が跳ね飛ばされ、防人が跳ね飛ばされていく。

それでも誰一人下がらない。

 

「アイドル一人の歌声でコロコロと心変わりする。樹がいればもっと楽だったんじゃないの?

そんなことも分からないお前たちだから、私はここにいる。ここにいなくてはならなかったんだ!!」

 

いつの間にか再び声が聞こえる近くまで沙耶も天沼矛も地球に近づいてきている。

 

「一人なんかじゃありません。分かってないのは沙耶さんの方です。

この歌は言葉の意味が分からなくても、音を知らなくても、伝えるために。

みんなに手を取って欲しいといった沙耶さん自身の言葉です。」

 

沙耶が初めて聞こえた歌のように、落下する夢から突然目を醒ましたような、驚天の表情で見つめる。

 

「みんな、覚えていたというの? あんなへたくそな言葉を。」

 

今ここにある現在も、忘れてしまうような昔も、想像もできないようなこの後も、

忘れてしまっても、気づかないふりをしても、初めて知ったとしても、

失くしてしまったとしても、新しく誰かが見つけたとしても、言葉が変わってしまっても。

 

隣の誰かがいることを無かったことにしない。

ただ、それだけが通じた気持ち。

 

 

始まった時と同じように突然光が弱くなる。

 

「終わった? ハッ、沙耶は?」

 

芽吹があたりを見回す。

 

光が消えかけている原因は、出口のワームホールが縮小していたためだった。

 

「アイツと同じような負け方なんて。まあ、もういいかな。うん、もういいや。」

 

消え入るような声の先。

高天原の空間が塵に還っていく。

 

まるで最初からそこに何もなかったかのように、縮小するワームホールに吸い寄せられる沙耶の体。

ところどころがひび割れて、崩れていく。

 

「いいから帰るわよ。」

「そうだね。でも、この体はここまでだよ。だから……。」

 

最後の力を残すように天沼矛が消えながら、

沙耶の意思に従い、ワームホールから芽吹をはじき出そうとする。

それでも、芽吹の手は離れない。

 

そんな芽吹を見ながら、沙耶が仕方ないという風に微笑む。

 

 

「楠芽吹さん、あなたのことが大好きでした。」

 

 

予想もしなかった言葉に驚きで芽吹の力が緩む。

 

(ほら、やっぱり真実なんて残酷なままじゃない。どうせ断る返事だろうから聞かないけど。)

 

その一瞬は沙耶が残っていた銃剣を掴み、自分の腕を切り落とすには十分だった。

次元の間隙が沙耶だけを取り込んで収束する。

 

 

「連れて帰るって言ったじゃない。何を勝手に決めつけているのよ。バカ。」

 

 

 

鎮まる宇宙。

 

いつの間にか歌も終わりを迎え、ただただ、静寂だけが残った。

 

 

この日、大赦代表・乃木園子の宣言により、神世紀は正式に紀元の役割を終える。

新しい人だけが残った時代が再び始まる。

 

 

 

*1
もともとは小説の楠芽吹は勇者であるに出てきたバーテックス界の土壌採取容器。今回はエンタングルメント済みの準粒子を封入して、地上と宇宙に分けておくことで、EPR相関で通信機替わりにできる…と言う建前。誤解されがちだけど、EPR相関による超光速通信は不可能というのが現代物理学の大筋の見方。詳しくは無通信定理とか通信不可能定理とかを見てね

*2
結構広がってるけど、今回は約40億kmくらい離れてる

*3
花結いのきらめきでアルフレッドのフリをした友奈ちゃんのお財布が破産しそうに

*4
宇宙人とかから見た四国の人は、分不相応に土地だけ持ってると身勝手に見下されてる感じ。実際は単なる時間スケールの差でしかないんですけどね。

*5
夕海子とか球子は見栄を張るけど、アルフレッドは本当に知っていると思い込んで、ディスコミュニケーションを起こすという自業自得。

*6
通常宇宙と違って天の神の結界でも普通に呼吸できたり、重力あったり

*7
芽吹たちは1番

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