──新年、それは一年の始まりで今年一年の抱負を決意する時期。そして、ジュニア級だったウマ娘がクラシック級に上がる時期でもある。最初で最後のクラシック。ここのレースでは絶対に取りたいレースが幾つもある。皐月賞、日本ダービー、菊花賞と進んでいく王道路線。はたまた桜花賞、オークス、秋華賞と進んでいくティアラ路線。それぞれ三つの冠を目指して、進んでいく。
多くのウマ娘が望み、そして一握りのウマ娘だけが特別な栄誉を掴みとれる。だからこそ巨大な目標に向けて進み続ける。そんな祈願をするウマ娘達も多かったからか、ちょっと大きめの神社での初詣は、大きな人込みもあり賑わっていた。
「──いやー、混んでたね! 初詣! おみくじもお守りもやったし、甘酒も飲めた! 大満足だったね」
「ああ……ちょっと悪目立ちしすぎだったから。もう少し、落ち着こうね」
そんな初詣の帰り道。元気そうなアンカーを横目に少し、疲れたように話す。神社に行ったら、やれおみくじ引くだの、お守りも買うだの、狛犬を持ち帰ってみたいだの大はしゃぎ。逐一ダメだと伝えながら、アンカーのサポートをするため大変だった。一応二人で引いたおみくじは、俺は凶でアンカーは大吉。ちょっと落ち込んだ俺の隣で大吉で喜んでいたのをよく覚えている。レース用のお守りを買って帰るなか、今後の目標について語っていく。
「それでさ、ルーラーちゃんはどっちに出たい? 王道クラシック路線か華やかなティアラ路線か! どっちも目標に据えてぴったりなレースばかりだからね」
「うーん、王道のクラシック路線かな。それに忘れた? マイルの適性が全然ダメなこと」
「あっ、そっか。ルーラーちゃんジュニア級での距離適性判定だとマイルは『E判定』だったもんね。クラシック級に上がってからの距離適性判定まではまだまだ先だけど、苦手な距離だし少しでも走れるようになってればいいね!」
アンカーからクラシック期にどのレースを目標にするか、聞かれたところ、距離適性の問題から王道クラシック路線に進むことを伝える。トレセン学園では年に一回、四月上旬に距離適性テストが行われる。
ジュニア級、クラシック級、シニア級でそれぞれ基準タイムがあり、トレセン学園内の基準タイムより速いか遅いかで適性を判定する。そのためクラシック級やシニア級に上がるタイミングでより詳しく適性も知れて来るが、入学当時のジュニア級では気持ちばかりの情報で参考にしかならない。
だからこそ各トレーナーが担当ウマ娘の適性を見出し、トレーニングをしていくのだ。中には短距離しか走れないウマ娘を長距離も難なく走れるように指導したり、逆に中長距離が適性のウマ娘を短距離特化に仕上げたり、はたまた芝もダートも二刀流で走れるようにしたりする超一流のトレーナーもいるらしい。だが実際俺はこれまで教官としてウマ娘達に立ち会ってきて、そんな優秀なトレーナーを見たことがない。もし誰か知っているのなら紹介してほしいくらいだ。
まるでゲームのように簡単にウマ娘の才能を開花させる技術が、俺たちのような一般トレーナーにもあれば、きっとお互い良い関係になってただろう。
「よし、じゃあ次の目標は弥生賞にしよう! 目標の皐月賞に対して同じコースと同じ距離、ピッタリだよね。ちょっと前のホープフルステークスでも走ってるけど、クラシック級に上がってから本格的にスタートする子もいるし、まずは弥生賞でいいイメージをもう一回作って皐月賞に向かおっか」
「そうだね、確かにこれから先のことを考えるとまずは弥生賞に行ってから皐月賞に向かうのが安心だね」
王道クラシック路線でクラシック級を走り抜けると決めた俺は、アンカーと共に次の目標レースを弥生賞に決めた。皐月賞前の前哨戦で多くのウマ娘達が目標にしてくる大事なレースだ。だからこそ腕試しに丁度いい。弥生賞までには後二か月ほど。それまでに今よりももっと速く、もっと強くならねばと、決意するのだった。
「──ねえねえ、ルーラーちゃん! 今日はお正月だから夕飯は贅沢にすき焼きが食べたい! それかお寿司とか!」
「これから大事なレースあるんだから、贅沢はできないよ……って言いたいけど今日はお正月だもんね。せっかくだし、奮発しよっか」
トレセン学園に向かう帰り道。
最寄りの商店街を歩いていると、ルーラーが今日の夕飯の希望を伝えだす。すき焼きにお寿司と、かなり豪華な夕飯だ。普通であれば止めたであろうが、今日はお正月だ。多少の贅沢や奮発も必要なところだ。これまで余り夕飯でも贅沢はしないように心がけていたから豪華な夕飯にしても全然余裕がある。だからこそ、アンカーに対して夕飯を豪華にしようと決めたのだった。
「──やったあ! あとはから揚げに、ポテトに…………」
「そんなに言っても食べきれないよ? ──だから、色々食べるけどちょっとずつにしようね?」
「はーい!」
豪華な夕飯と決まったからか、アンカーのテンションが大噴火。食べたいものが永遠と出てくるが、今日ぐらいは贅沢と決めたから買い出しに向かう。
アンカーには色々作るけど量は少ないよと注意して買い出しに向かった。だが、行く店行く店が俺のことを見ながら、みんなサービスであれもこれも付けてくれる。だから結局大量の食事が一度に並ぶことになり、二人で分け合いながら食べきるのだった。俺が現役でレースを走ってるから食べるのは良いけど、俺と同じくらいアンカーも食べるから驚きだ。夕食の後、沢山の食器類をウマ娘がいる家庭専用の巨大食器用洗濯機などに入れて一段落した。後は既に湧いているお風呂に入って寝るだけだ。一応アンカーはこれからのレースの勉強もするということで、今日は先のお風呂になる。
「──遂に俺もクラシック級か……長かったような、短かったような」
理事長曰く、かなり大きめに作ってあると豪語されたお風呂にて一人呟く。クラシック級に上がったということは、俺がウマ娘になってから一年は経っている。よくも悪くもこんな生活になってから時間が経っている。そして、アンカーと再び過ごす日々も始まった。違うのは、トレーナーと担当ウマ娘だった関係が、すっかりひっくり返ってしまったこと。立場が違うだけで接し方も大きく変わってくる。
アンカーに対しては、今までの教える立場もあったが、もっと優しくしてあげたい、もっと支えたいといった庇護欲も出てくる。お母さん的な立場だろうか。あの子の夢をもう一度実現するために、もっともっと強くならなくては。
「──ちょっとおっきくなったか? 流石にあんまり色々大きくなるのも困りもの何だけどなあ。それに『昔の顔』も段々と思い出せなくなってきてるし、戻る手段が無い以上、このままの生活が続くんだろうな」
髪を洗い、尻尾のケアもしながら全身を見る。トレーニングの成果だけとは言い切れない成長が出てきている。今でさえかなりなものなのに、更に成長の余地があるのがウマ娘の神秘だ。そして鏡の中にある顔を見る。この一年間ずっと見続けてきた顔だ。ダンスレッスンやライブパフォーマンスの練習のために、鏡とにらめっこする機会も多かったことから、顔を見るだけである程度今日のコンディションも測れるようになった。
だからこそ、今までの俺本来の要素が虚ろ気になる。男性だったころの俺、トレーナーであったころの俺はどんな顔だったのだろうかと。世間一般の男性と同じく、中々写真に写りたがらなかったし、写真などの情報も全く持って無かった。段々と俺の中から『俺』が抜けていくのだ。もう自分の事は『私』と表現した方が良いのかも知れない。
でもまだ心の奥底にある『俺』の小さな灯火が主張しているのだ。このわだかまりも今後無くなっていくのだろう。そして『私』が普通のウマ娘『ルーラーノーツ』となって、行くのだろう。
これから始まる波乱のクラシック戦線と同じように、避けられないことなのだろう。そんなことを考えながらお風呂に入っているとすっかりとのぼせてしまい、新年早々調子が悪くなるような結果となるのだった。