自室で待機している間に届いたのが、取りあえずの食料になりそうなインスタント食品。一応トレセン学園内から出るにも身分証明書が必要なため、買い出しにもすぐに行けやしないので助かる限り。一応ゴミ捨て場まで行きたいのだが、急に見知らぬウマ娘が出てトラブルになっても困るため、現在は洗って部屋の中で貯めている状態。流石に待っているだけでは時間がかかり過ぎる為、最近の論文の確認やヨガマットを使った簡単な柔軟をして過ごしていた。そんな生活になってから3日ほどで、たづなさんからの連絡メッセージが届いたのだった。
「──これから迎えに行くので準備してください……か、あの時と違って着れるものがあるのが幸せだ……」
メッセージアプリに送信されてきた内容を見て、こちらも準備を始める。といっても体操着とブルマを穿いて、その上にジャージを着るだけの簡単な準備だけだ。服として体操着やジャージはともかく、元男がブルマを穿くのには中々の勇気がいる。初回はたづなさんに勧められるままの感じで勢いで穿いてしまったが、その後からは大変だった。今までやったことないものに挑戦するのは、中々に辛い。だが自室待機生活の中で、何とかブルマと向かい合ってようやく穿けるようになったのだった。一応穿けるものがないから……と納得させつつ着用出来るようになっただけ成長したと思う。着替え終わった後に、玄関ノックがあったため、向かうのだった。
「謝罪ッ! まずはここまで苦労かけた点については申し訳ない。なにせこちらで内容把握に時間がかかってしまってだな」
「いえ、理事長がそこまで頭を下げなくても……頭を下げたいのは俺の方ぐらいですし」
前回と同様に、たづなさんと共に理事長室に向かう。ただ前回と違うのが、理事長室の主である『秋川やよい』さんが漢字付きの扇子を広げつつ謝罪する。理事長は……なんというか可愛らしい。周りではちびっ子理事長何かと呼ばれていたりする。きっと理事長本人はあまり嬉しくないだろうが。その魅力とトレセン学園生徒に向ける情熱は、並大抵のものでないことは誰もが知っている。
「──さて、本題に入ろう。まずはウマ娘になった理由だが、申し訳ない。現状でも理由が分からぬのだ。ただし、目安数年から数十年程度の間隔で『天涯孤独の男性』が『ウマ娘になる』という事例はあるらしい。こちら側でも何か解決が出来ないかと調べさせて貰ったが……君も見事に条件に当てはまっていたようだ」
「そう……ですか。でもウマ娘になることが俺みたいな人があるらしいって……いつもとは打って変わって自信がなさそうですね? あと、そんなことがあれば、ネットとかで結構話題になっていてもおかしくないですか?」
理事長からの発言を聞いたが、何故ウマ娘になったかの結論は出なかった。だがその後の説明で、同じような事例があるとの話には耳を疑う。理事長が示した条件には当てはまっている。もしそんなことが定期的に起こっているのであればネットなどでも噂になっていてもおかしくないのではと切り出す。
「無論、確かにそういう意見もあるだろう。だが……一個人が急にウマ娘なった話など、周りに受け入れられるかと考えれば、分かってくるだろう」
「まあ……正直俺の知り合いが急に『ウマ娘になってました』って言われても、受け入れられませんもんね」
「同意、そこでだ。君の事情も考慮して、現在政府やURA本部なども連携して『人間がウマ娘になる』事例に備えて、新しく戸籍などの準備をしているという事だ」
理事長とのやりとりの中での回答で、納得する。そりゃそうだ、なんせ『ウマ娘になった』なんて世迷言の発言は普通に考えれば信じられるわけがない。その後の理事長から話される事例などをうかがう限りだと、そもそも身寄りがいない人ばかりがウマ娘になっていたため、ウマ娘としての戸籍などを準備しているという。つまりここまでの話をいったん整理すると、俺のなった『ウマ娘になった』ということは数年から数十年に一度程度のごく少ない症例で、原因不明の出来事であるということ。もしウマ娘になった後でも生活をサポート出来る様に必要最低限の戸籍情報などの準備などのアフターサービスもあるということらしい。
「今回、トレセン学園としても有能なトレーナーのためウマ娘になったとしても残って貰いたい。急にウマ娘になり、不安になるに違いない君を、ここから退職などはさせない。これがまず、理事長としての本心だ」
「──私も理事長と同じ気持ちです。ですが、トレーナーさんも含めてこの問題については公にはしないようにお願いします。もし何かあったら、トレーナーさんのことが心配ですから」
「お気遣いありがとうございます。知っているのは今ここにいる三人だけってことだけですね」
「うむっ! ここにいる私とたづな。そして君だけの秘密事項と考えてくれたまえ!」
理事長からも、そしてたづなさんからもこれからのことをサポートしてくれると約束が取れた。そして少しでも境遇を共有できる人がいるのはありがたい。見えなかった道の先が、少しずつだが見えてきた。そして一息ついた所で理事長が懐から書面を取り出した。
「──理事長、その書面は?」
「辞令ッ! これからの君の仕事についてまとめてある!」
──辞令。その言葉を聞くと身が引き締まる。今までは立場が変わるため、どんな仕事になるのだろうか……
「私から君に与える辞令は二つ。まず一つ、『トゥインクル・シリーズでの活躍』を命ずるッ! ウマ娘として過ごす以上は、立派に走り抜けて欲しい!」
「トゥインクル・シリーズでの活躍ですか……やっぱりウマ娘には活躍してもらいたいってところですか」
「うむッ! ウマ娘たちには活躍できる機会として、トゥインクル・シリーズがあると考えている。だからこそ、君も自分の可能性を追い求めて欲しい!」
まず一つ目の辞令は『トゥインクル・シリーズでの活躍』とのこと。確かにウマ娘になった以上、トレセン学園の理事長として目指してほしいウマ娘の姿なのだろう。それはトレーナーとしてウマ娘を教えてきた以上、分かっていたことだ。
「分かりました。出来る限りですが、レースでも輝けるように努力します。そして二番目の辞令についてはどういう内容でしょうか?」
「そうだな……二つ目の辞令は、『今年入ってくる新人トレーナーを一人前にすること』を命ずるッ! これから来るウマ娘トレーナーを一人前に育て上げるのだ!」
──競技ウマ娘とトレーナーの二足の草鞋。これを達成してほしいという辞令。普通新人トレーナーはベテラントレーナーのサブについて学ぶことが多い。だが『ウマ娘のトレーナー』になると事情が変わる。トレーナーの担当ウマ娘と新人ウマ娘トレーナーの距離感の調整が難しいのだ。だからこそ、ウマ娘のトレーナーは数が少ない。それで免許を取得するまでいったということであれば、よほど強い決意か、『レース場に残してしまったものがない限り』は選ばれる役職ではない。それでも……それでもトレーナーの道を選んだのだ。フォローが出来るのは、レースで支える『ヒト』ではなく共に歩く『ウマ娘』なのだから。
「──難しい内容ですが、今回の辞令について、拝命いたしました。これからも理事長、そしてたづなさん……よろしくお願いします」
「君の活躍に期待している! それではたづな! 『彼女』を呼んできてくれ!」
理事長からの辞令が書かれた書面を受け取るとこれからの目標を受け入れる。そして受け入れ終わった後にたづなさんが俺の担当する子を連れてくるみたいだ。一旦理事長室からたづなさんが離れるも、5分程度で再入室前のノックが聞こえてきた。
「──理事長、今回のトレーナー研修生さんが入室します」
「了承ッ! 入ってきたまえ!」
たづなさんの声を元に、理事長が入室を促す。そして入ってくるウマ娘。入ってくる彼女が俺がレースで走りながら一人前のトレーナーになるまでの見守りをする大事な子だ。その姿をまじまじと見る。入ってきたのは栗毛で背の小さいウマ娘、だが見ていると何故だろう……懐かしいものを感じる。だがその懐かしさはすぐに分かることになった。
「──本日よりトレセン学園でトレーナー研修に入る『アンカーゲート』です。よろしくお願いします!」
そうだ、彼女のことは忘れることなどできやしない。
──そう、『アンカーゲート』彼女こそが、俺が初めて担当をしたウマ娘なのだから