あの子の夢を、もう一度   作:はすき

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第六話

「──よしッ! 今日も練習始めるよ! じゃあまずはアップ走から始めようか」

 

 アンカーと暮らし始めてから一週間程度過ぎた後、俺たちは本格的にメイクデビューレースに向けた練習に取り掛かる。目標は二か月後の東京メイクデビュー1400mに決まっている。二人でレース資料なども研究して出した目標タイムが定まったため、今はそれに向けた練習だ。念入りに柔軟を済ませてから、レースコースへと繰り出していく。最初は50から60%ほどの出力で肩慣らしをする。そして全力を出す100%走で5-6本、最後にクールダウン走で流して終了するのが、トレーニングコースを使ってやるいつものルーティンだ。

 

「それで……タイムはどうだった?」

 

「全然ダメだよぉ、前に少し上がったっきりからタイムが全然変わってない。まだ時間はあるけどちょっと心配だなあ……」

 

 そして現在悩みの種になっているのは、メイクデビュー時までの目標タイムにまだ届いていないことだ。レースタイムが変わらないことについては、大問題だ。もちろん速ければ嬉しい、遅いから不安ということでもあるが、一番問題なのが『トレーニングをしても成長をしていない』ことだ。ウマ娘にだって好調不調の波が存在する。だからこそ安定したタイムタイムを出して勝てるウマ娘は強いという定説だ。だが俺の場合はまだメイクデビュー前のウマ娘、かつ目標タイムには届いていない。この状態で安定してしまっていることが最大の課題だ。だがその原因も考えられない訳ではない。走るときに感じる異様な疲労感のことだ。これが俺の走り自体にストッパーを掛けているかのように、重くのしかかる。つまりこの疲労感を解消しない限り……この先へはきっと進めないのだろう。俺があの子にそうしてやれなかったように。

 

 

 

 

「ところでさ、前々から思ってたんだけど……着けてないの?」

 

「着けてないのって何のことだ……?」

 

「普通にここでは言えないからちょっと屈んで。こっそり話すから」

 

 クールダウンを終えた後に、アンカーが話しかけてくる。何故だろう、少し恥ずかしそうな顔でこちらを見てきている。現在はジャージにブルマなどだから、着けていないものなど無いはずだ。屈むように頼まれたため、しゃがんで耳をアンカーの方に寄せる。そしてコソコソっと言われた内容に対して答えるのだった。

 

「ああ、確かにそう言われてみれば着けてないな、下着。恥ずかしいだろ?」

 

 要はアンカーは下着を着けてるのかと聞きたかったらしい。当然答えはノーである。元々アラフォーの独身男性だ。着けられる訳はないし、今後ともそういう物とはあまり触れたくはない。その原因を作ったのが目の前にいるアンカーだ、今日は凄いって言って見せようとした時があった時は我ながら大慌てで止めたことを思い出したのだった。

 

「えっ、着けてないの? そんなにおっきいのに?」

 

「だって……恥ずかしくない? あとはマラソン選手とかだと、ルール上着けてないから普通なんじゃないか?」

「──ちなみにアタシと一緒に暮らしているけど……洗濯物にジャージしか出てこないけど。他に服はないの?」

 

「ああ、無いな。トレセン学園内とレース場だけならジャージさえあれば何とかなるからな」

 

 元男性として当然の反応だったのだが、どうやらアンカーにはよろしくないらしい。マラソン選手だとそもそもウエアの下は着れないからという理由で誤魔化したいところだ。さらに服装についても問われているが、トレセン学園にいるならジャージがあれば問題ないだろう。事実アンカーの担当トレーナーだった時代でも、ジャージしか着ていなかった。そんな話で無難に済んだと思ったのだが目の前のアンカーの目が怖い、これは何か俺はヤバいことを言ってしまったのでは無いだろうか。

 

「──しばらくトレーニングは中止にします。そして、ルーラーちゃんは今からアタシとお出かけね。『分かった』?」

 

 その圧力に根負けし、ずるずると引きずられる形でトレーニングコースから退散するのだった。

 

 

 

 

「──いや、これは……流石に恥ずかしいって」

 

「大丈夫でしょ? 私たちみたいなウマ娘だって多いんだから。もっとシャキッとする」

 

「だって周りの人の視線……多くないか?」

 

「しょうがないでしょ。だって普通見ないもん。こんな背の高いウマ娘、海外とかだともっと大きい子はいるんだろうけど」

 

 場所は変わって、トレセン学園からほど遠くないショッピングモールに俺はやってきていた。正確にはアンカーにほとんど引きずられて来たというのが誤解がないだろうか。途中から諦める形でアンカーについてきた。大型のショッピングモールのため、飲食店や衣料店、はたまたウマ娘用の商品専門店なども色々ある。俺がまだアンカーと契約しているときに初めて行ったきりのため、久しぶりに来るとお店も様変わりしている。そんな風に楽しめれば良いが今はウマ娘の身体だ。かなり見られることに関してはまだ慣れていない。それに一つ要素を加えるなら、あまりここまでの長身のウマ娘を見る経験が無いのである。人間もウマ娘も大きく違うのが、身体能力とウマ耳や尻尾がついているか、ご飯をよく食べるかどうかくらいの違いだ。身長も普通の成人女性と変わらないことが多い。そのためウマ娘の平均身長が日本の女性平均身長に近い158cmということが一般的にも知られている。それを考えると170cmオーバーである俺は、周りから見てもかなり目立つ。男性ならともかく小柄の女性が多いこの日本だと……飛び切り浮きやすいのだった。

 

「だから今日は……これからルーラーちゃんの洋服探しだよ! そしてちゃんと……色々着れる様にならないとね?」

 

 目をキラキラしたアンカーの言葉には逆らわない。そう改めて感じたのだった。

 

 

 

 

「──うーん、この色も良いんだけどちょっと年齢層が上向きなんだよねえ。ルーラーちゃんまだ中等部所属だからもうちょっとかわいらしい方がいいかな……」

 

「ええ、その方が良いかと思います。もし、お連れ様にご準備するのであれば、こういうレースがあしらわれたのもおススメかと」

 

「いや別に正直俺は着けられれば何でもい……はいごめんなさい。黙ってます……」

 

 それからというもの、アンカーはもう絶好調だ。まずは俺の下着を選ぶために店員さんと孤軍奮闘。サイズなんて分かるのかと思ってたらどうやらたづなさんに測定してもらったデータが既に共有済みのため、分かっていたそうだ。めちゃくちゃ恥ずかしい、あれ身長以外にもスリーサイズが載っているから外に流出しているなんて……別にそこまで真剣に選ばなくてもと伝えようとするも迫力負けした。

 

「──よしっ、取りあえず10セットぐらいあれば大丈夫かな?」

 

「どこが大丈夫なのさ……結構派手だし、レースだし……フリフリだし……」

 

「どうせ中に着けるんだから関係ない! あっ、店員さん! この子に正しいセットの付け方も含めて案内お願いしまーすっ!」

 

「かしこまりました」

 

 アンカーが選んだ物を見て唖然とする。今までタンクトップとかぐらいしか着たことの無い俺がいきなり女性ものの下着である。いきなり高飛び込み台から飛び降りて演技してくれぐらいの衝撃だ。そもそもこういう苦手なフィールドの時点でもう抵抗力がかなり落ち込んでいる絶不調状態だ。店員さんに連れていかれ、着用するためのレッスンが始まったのだった。あまりの羞恥心となるようになれ精神、そしてなおかつ店員さんがかなり乗せ上手なのもあってあれよあれよと着用方法とメンテナンス方法まで学習していった。余談だが店員さん曰く、俺のアレはかなり凄いらしい。下着の性能を120%近く発揮できるとか。比較的無難な黒の下着をそのまま着用してお持ち帰りし、まず一店舗目が終了したのだった。

 

 

 

「うーん……やっぱり問題になるのは服だよねえ。身長も大きいし、なによりその身体つきか凄いもんね。大きめウマ娘用のお洋服買えるお店でも、サイズが小さいだなんてもうびっくり。まさに日本離れした世界球の規格外のサイズだし……おっきいし……」

 

「ああもう大丈夫だから、人には人の、ウマ娘にはウマ娘の持ち味があるから! ──ほらあそこにファミレスあるから少し休憩しよう。なっ?」

 

「────わかった……パフェ食べる」

 

「うんうん、食べよう。パフェ食べよう。ここまで頑張ったからちょっと休憩だ」

 

 それからというもの、アンカーは俺を引き連れて服屋巡りだ。よっぽど今の服が無い状況が嫌だったのか、ショッピングモール内の服屋をしらみつぶしにあたっている。だがここで問題が発生する。それが俺の体格……スタイルが酷く影響しているそうだ。それはここまでのなかで分かっている。俺の部屋にあった男物ですら普通に入らないのだ。中々似合う服など見当たらないだろう。買い物途中に嘆いていたアンカー曰く『重戦車ボディ』らしい。身長が大きいという意味か問いただしたところ、そっぽを向かれた。そしてテンションが急下がりしているのがウマ耳と尻尾で分かった俺は、気分転換も兼ねてショッピングモール内にあるファミレスへと入るのだった。

 

「──で注文は何にするか決めた?」

 

「もっちろん! アタシはこの『デラックスパフェ』に決-めた!」

 

「じゃあ俺は……この『デラックスサンデー』かな。タッチパネルで注文できるから、後は届くのを待つだけだな」

 

 ファミレスのホールスタッフに案内されて、店の奥のテーブル席へと案内された。お冷とお冷のお代わり用のポットを準備して立ち去った。どうやらこのお店ではタッチパネルで注文する形を取っているらしい。それもそうだろう。基本的にウマ娘が多いエリアでは人間用メニューと別にウマ娘用のメニューを置くのが定番だ。そしてメニュー製作代金や作業効率を考えると、このようなファミレススタイルのお店だともうタッチパネル式で注文するのが鉄板スタイルになっている。どんなものが来るか楽しみか待つこと10分程度、ウマ娘のホールスタッフさんが巨大なパフェを二つ持ってきた。すごいパワーだな……トレセン学園からもあまり離れてはいないし、もしかしたらトレセン学園のウマ娘がアルバイト兼トレーニングのような形でやっているのかもしれない。

 

「うーんっ! やっぱりパフェ美味しいー! ルーラーちゃんのサンデーも美味しそうだよ?」

 

「──そんなに欲しいならあげようか? ほらっ、あーんして」

 

「あーん……アイスクリームとフルーツが美味しいっ! ほらっ、ルーラーちゃんもアタシのパフェあげるから。あーんして?」

 

「あーん……うん、美味しいよ。こっちのサンデーとはまた違った味がして美味しいね」

 

 届いたウマ娘サイズの巨大なパフェ、『デラックスパフェ』がアンカーが、ウマ娘サイズではあるがデラックスパフェより小さめサイズが『デラックスサンデー』を俺が食べ進める。パフェとサンデーは似ているようで違う。底深で細長いグラスの底にコーンフレーク、アイスクリームやクリームなどが交互に重なっているのがパフェ。高さが低く丸いグラスでコーンフレークは入らず、アイスクリームの上にチョコスプレーやフルーツ、クリームなどさまざまなトッピングでデコレーションしているのがサンデーだ。ウマ娘になって驚いたのが食欲と味覚が変わっていることだ。昔は甘いものは全然ダメだったが、今はある程度は甘味がないとモチベーションが維持できなくなってきている。それに食事量が大幅に増えた。一食で人間だった時の3日分ぐらい平気で食べきってしまったのは唖然とした。トレーナー時代にアンカーがよく食べていたのは見ていたが、ここまでは食べてなかった……と思う。そんな俺を見たアンカーは「成長期だと思うし良いんじゃない?」と軽々とスルーだ。味覚と食欲が大幅変化した俺は、目の前にある巨大サンデーを見て、大喜びしながら食べ進めるのだった。

 

「「──ごちそうさまでした!!」」

 

「よーしっ! 元気もチャージできたし、ルーラーちゃんのお洋服探し続けるよーッ!」

 

 元気がチャージできたアンカーの発言に、また気分が落ち込むような気がしたのだった。

 

 

 

「──いやあ、アンカー。流石にこういうところには、俺に合うような服は売ってないんと思うんだ?」

 

「──イヤ、絶対にある。アタシのとっておきのお店だもん。店長さんとは顔なじみだし、相談すればきっと大丈夫」

 

「だからその相談しないと解決しないんだったらダメなんじゃ……」

 

 ファミレスでの休憩タイムから終了後、更に追加で数店舗回ったが、結果は空振り。どうしても大きめサイズの服はあっても170オーバーの身長までカバーしている服が中々見当たらない。まあそれは今日の一日で分かっていたことで、一旦撤退を進言しているも上官は受け入れず突撃モード。それで最後にとっておきのお店で選ばれたのが……ゴシックショップである。これはいわゆる『ゴスロリ服』ってやつを着せようとしているのではないかと、心配になる。服装なんて全く知らないが、アンカーみたいな小柄で可愛いウマ娘が着るものではないのかなどと思いつつ、店内へと入店するのだった。

 

「──あらっ、アンちゃんじゃない。久しぶりね。今日は何を探しに?」

 

「お久しぶりです店長さん。今日は初めて担当が出来たのでお洋服を買いに来たんです」

 

「ようやく試験に合格して担当が出来たのね……あなたの担当、結構いい身体してるじゃない。いくつか見繕ってくるから待ってなさい」

 

 店内の品を見てもクラシカルというかゴシックな感じの商品が目立つ。流石に場違いかと思い店から出るよう伝えようとしたところ、奥から店長さんが登場したようだ。第一印象はデカいと感じた。ウマ娘ではなく普通の女性の方なのだが、身長が今の俺よりちょっと小さい程度だ。そして何やらアンカーと話を着けると奥に戻っていく、本当に合う商品があるのだろうか……

 

「──お待たせ、アンちゃん。あの子にならこういうショートスタイルでどうかしら? それと別系統の含めてざっと3着ぐらい持ってきたけど、どうする、ここからいくつか選ぶ?」

 

「うんうん、流石の店長さんのセンスだね! 正直どれも似合いそうだから全部お願いしようかな? あっ、でもでも試着だけはちゃんとしとかないといけないからね。ルーラーちゃん、試着いってらっしゃい?」

 

「いやいやいやいや、ちょっと落ち着こう、普通はゴスロリ服は私服にしないと思うんだ? 後はアンカーも言ってただろう? 『普通の洋服じゃサイズが小さすぎる』って、いくら大きいサイズでも流石にあんな細身のドレスみたいなのは似合わないって……」

 

 流石の俺もここは強くストップを掛けないといけない。一般常識ではゴスロリ服は私服にはなりにくいことや、今まで見てきた服屋の情報から判断できる情報を伝える……頼むから本当に勘弁して欲しい。ゴスロリ着て街に出歩くとか、ちょっとどころではなくかなりヤバいウマ娘になってしまう。だからこその、必死の制止だ。このことがアンカーにも伝われば良いのだが……

 

「可愛いから良いんじゃない? それにメンテナンスサービスがあるから、ちょっと体型が変わってもバッチリ調整してくれるからきっとこれから便利に使えると思うんだ」

 

「──ああ、もう分かったよ。じゃあ一着試しに着て来るから、ダメだって思ったら買わないからね?」

 

 結果は何も伝わらず、むしろ成長後のカバーまでするとか後押し要素を余計に引き出すことになった。そのため最後の切り札として取っておいた試着してダメなら止めるというカードを切って、勝負に望む。俺はウマ娘の前に立派な男だったのだ。ゴスロリが似合って堪るかと、強い精神を持ちながら、試着に望むのだった。

 

 

 

「──うーん! 今日でルーラーちゃんのお洋服も買えて大満足だね! これから私服で色々お出かけするのも楽しそう!」

 

「ああ……うん、そうだね。でもちょっと疲れた……かなぁ」

 

 

 結果はあそこに出ていた3着全部購入と、追加で出てきたロングドレスタイプの服を2着で買って合計5着の大買い物だ。最初の試着したときは絶対に似合わないだろうという気持ちだった。だが、姿鏡の前で少し恥ずかしそうにしている自分の姿を見たのがいけなかった。可愛いと、素直に思ってしまった。そう思うと今までの洋服が入らなかったことも後押しされ、結果的に全て購入することに。今はルンルン気分で帰っているアンカーと、大量の洋服をトレーニングという体で荷物持ちをしている俺に分かれている。雰囲気に流されてしまったのかも知れないが、取りあえず日常生活に着れる服が出来たから、当初考えてた服が無い問題は解決した。普通の洋服が希望だったが、結局見つからなかったためゴスロリ服に手を出すなど解決はしたが内容がアレだと思う。まあ着れる服の選択肢がないから仕方がないよねと、無理くり納得しての帰り道。この服を私服で着ることになることとは……恥ずかしさで気持ちが折れそうだ。

 

「でもよかったね、これで私服も準備できたし今後のレースで長距離遠征しても大丈夫だね!」

 

「──羨ましいよ、そこまで気楽なのは……」

 

「ねえねえねえ、ほら見てあそこあそこ! 小さいころああいうのやらなかった? 決められた色とか、横断歩道の白い部分とかを飛んで進むやつ!」

 

 ニコニコ笑顔で返してくるアンカーの姿を見て、まあいいかと諦めがついたのは昔の担当だった頃の名残だろうか。そんな彼女が遠くで遊んでいる子供姿を見て、懐かしいねと伝えてくる。ああ確かにそうだ。タイルの黒い部分や横断歩道の白い部分だけを進んで歩くのなんて確かに昔はやったことがある。遠くにしかないシンボルを基準にすると大変だったのを思い出す。何せ一歩を大きく踏み出さないといけないから、足だっていつもの歩き方と違って出来る限り遠くに…………

 

「──そうか、分かったぞ! アンカー、今すぐ学園に戻ろう。ちょっと試したいことがある!」

 

「えっ……ああ、別に良いんだけど……大丈夫なの?」

 

 ありがとう遠くで遊んでいた子供たち、と思いつつ急いでトレセン学園に向かう。もし考えていたことが間違いでないのなら、俺はとんでもない勘違いをしたままレースに向かうことになっていた。まだ疑問顔が見えるアンカーを引っ張りつつ、急いでトレセン学園へと戻る。玄関先に今日買ってきた荷物を急いで置くと、トレーニングコースへ繰り出す。使用期限ギリギリのためここまで練習で粘ることはないため、1-2回ぐらいのチェックは出来るだろう。

 

 

 

「──で試したいのって、どういうことを試したいの?」

 

「いや、取りあえず俺と一緒に歩いて欲しいんだ。ここから10歩歩いてほしい。それで、こっちを向いてほしいんだ」

 

「うん、そのぐらいなら全然問題ないよ? じゃあ早く始めよっか」

 

 半信半疑のような顔をしているアンカーを見つつ、頼んだことに対しては素直に受け入れてくれる。俺とアンカー、二人で歩き始める。お互いにカウントを取りつつ歩いていき、ちょうど十歩分歩いたあとお互いに振り返る。

 

「アタシたち息が合うね! 歩いてもピッタリ『同じ歩幅』なんて!」

 

「──それだよ、多分それが今伸びない理由なんだと思う。だって俺の方がアンカーよりかなり身長が高いんだよ? だから手足だって長いんだから、もっと一歩が大きくなるでしょ? そうするとどう考えても今のアンカーと一緒になっちゃいけないんだよ」

 

「──そっか! 身長が大きいと一歩が大きくなりやすいもんね? 今の歩幅を意識しながら、一周だけ走ってみて!」

 

「分かってるよ、それじゃあいくよっ!」

 

 結果的には二人ほぼ同じ位置で10歩目を刻んだ。恐らくこれが不調の原因だ。身長が伸びれば手足も伸びる、手足も伸びれば一歩の歩幅も大きくなる。だが俺の身長は元々四捨五入して160cmそこそこの動きだ。それが今は170cmを優に超えた身長のため、もちろん手足も比例してデカくなる。いうなればデカい車なのに小さい軽自動車の動き方しかやって無いからそりゃあ当然余計な動きが出てくる。今までの俺の走り方を完全に捨てて、この体にあった走り方さえすれば、もっと早くなれる。そういう説明をすると、するすると納得したのか、いったん測定をしようと提案してくる。もちろん大賛成のため、柔軟をもう一度しなおしてからコースに走り出す。今までの練習に比べると全然違う。もっとより先へ進む感覚が強く感じてる。いきなり急に歩幅を広くすることをイメージしたからか、後半の方はいつもの歩幅に戻ってきてしまった。それでも今まで感じていた嫌な疲労感も無いため、少しずつ改善に向けられるいい方法かも知れない。

 

「──それで、タイムは?」

 

「今までのベストタイムを6秒も更新してるよ! それと、この走りを見て今まで考えた東京レース場でのメイクデビューレースも考えないといけないと思うんだ。足の動き方を考える前までは、短距離とこの走りを見て、本番までまだ時間あるから2000mのメイクデビューに出て欲しいと今は考えてるんだけど……どうかな?」

 

 走った結果をアンカーに確認すると、今までより大幅なタイム更新が出来ているらしい。そして提案されたのが、メイクデビューレースの変更。今の予定の1400mから2000mへの距離変更はデビュー前のウマ娘では中々起こらない。少なくとも、俺がアンカーを担当している時には未勝利戦で距離を変えたりはしたが、基本的には一番最初のスタートになる大事なメイクデビュー戦については、最初に担当の距離適性を見て、あまり変えたくないのがトレーナーとしての方針……だとは思う。けど、アンカーはより長距離の方が走れそうと考えたらすぐに距離変更を提案してきた。真剣だから、考えてるのだろう。その真剣さに、俺も答えたい。ウマ娘トレーナーという道を選んだアンカーに、後悔だけはさせたくないのだから。

 

「よし、決めた。メイクデビューレースは2000mに変更する。俺はそれまでに理想の走り方を掴むから、いい練習メニューを考えてくれるか……ゴメンね。こんな大事な時にお腹鳴っちゃって」

 

「うん! もちろんだよ! 走ったらお腹も空くもんね。早く戻ってご飯食べて寝よう!」

 

 俺の返事で一気に明るくなったと思ったら、空腹を知らせる腹の音でちょっと締まらなかった。お互いにちょっと笑いながら家に帰ると、二人で夕食を作り身体を休めるのだった。

 そして余談だが、今回買った服のおかげでトレセン学園の制服が躊躇なく着れる様になった。成長はしたが、何か大事なものを落とした気がする一日だった。

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