あの子の夢を、もう一度   作:はすき

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第七話

 それからというもの、日々のルーティンが変わっていった。朝は爆睡しているアンカーを横目にジャージに着替えて朝食の準備、ある程度朝食の準備が終わるとまだ寝ているアンカーを叩き起こす。二人で朝食を取ると俺は課題である足の踏み出し幅を広くとる意識のため、ウォーキングで意識付けの練習。アンカーは食べたものの皿洗いなどを済ませて、新人トレーナーの合同勉強会があるためトレセン学園へ向かう。一時間ほどして戻ってくると、着ていたジャージとアンカーのパジャマも全てまとめて洗濯だ。洗濯機を回している間に、トレセン学園の制服に着替えて、部屋の掃除とレース研究の自己学習だ。洗濯機が終われば、洗濯物を干しにいく。そうこうしているとお昼の時間になるため、俺もトレセン学園の食堂に向かう。途中周りから色々見られてることもあるが、気にしないことにしている。アンカーと合流した後は昼食をとって、また分かれる。自宅に戻って洗濯物が乾いているかどうかの確認と夕食の下ごしらえをこなす。アンカーの方からトレセン学園での用事が終わったことのメッセージを受け取ると、ジャージに着替えてそこから練習。練習が終わると二人で帰宅し夕食づくりをこなす。夕飯を一緒に食べて風呂に入り就寝する。健全な生活だ。そんな生活をし続けながら、ついにメイクデビューレース本番まで来たのだった。

 

 

 

「──いつ来ても緊張するなあ……レース場」

 

「仕方ないよ、だってレース場だもん。アタシだって走らないのに緊張するんだよ? 今までやってきたことがあるし、本番頑張るしかないんだよ」

 

 今いるのは東京レース場の中の控室。もう少しで出番が来る。いつ来ても緊張しかしないのは、近くにいるアンカーもそうだろう。どんなに練習をしてきても、実際にレースに出たらてんでダメだったということもありえなくはない。事実俺がアンカーを担当していた時でさえ、調子がよさそうに見えてもレースではてんでダメってことは起こってきた。だから俺が走るとしても不安なのだ。

 

「──ほらほら、大丈夫大丈夫。おまじないだよー」

 

「いや、手を握っておまじないなんてそんな子供じゃないんだよ?」

 

「そうやってアタシもおまじない掛けられてたからやってるんだよー? ほら、落ち着いたでしょ?」

 

 不安な気持ちの解消になればと、アンカーが俺の手を両手で包む。昔からアンカーにやっていたおまじないだ。少し興奮している時や不安な時にやってやると効果抜群。冷静さを取り戻してレースできるようになるから多用していたのだったが、自分がやられる側になるとびっくりする。びっくりはしたものの、実際の不安感は解消されたため効いていたのだろう。レース場のスタッフにまもなく時間がということで連絡が入る。ついに始まるのだ、最初のレース。

 

「──あっ、そうそう忘れてた! ちょっと屈んで!」

 

「はいはい……これで大丈夫か?」

 

「うん……出来た! はい、プレゼント。頑張っておいでね」

 

「これは……耳飾りか。──頑張ってくるな」

 

 部屋を出る前にアンカーに呼び止められた。屈むように指示をされると、頭の上でガサガサと作業の音が聞こえた後、鏡を見て分かった。耳飾りだ。ウマ娘とっても大事なもの、耳カバーなどもプレゼントにすることが多いし、大事に使う物の印象だ。今回準備してくれたのはヨットの帆のような白い耳飾りだ。それが左耳につけられている。アンカーは黒い錨の耳飾りを右耳につけている。うん、アンカーと対のような形で似合っている。感謝の意を伝えると、控室から出発する。今日から始まるのだ。俺にとってのスタートも、アンカーにとってのスタートも。良いものにしようと決意しつつパドックへと向かうのだった。

 

「──7番、ルーラーノーツ。8番人気です」

 

「──人気とは打って変わっての完成度を感じます。このレースのキーパーソンになりえるかもしれません」

 

 パドックでのアピールの最中に聞こえてきた実況と解説の言葉が耳に入る。妥当な評価だと自分でも感じるところだ。正直直前までトレーニングコースを走ったりしている訳では無いし、最低人気でも仕方ないところではあった。こっちはただ歩き方の練習しているだけだし。デカい身体のおかげである程度仕上がっているように見えた……ということにしておこう。だがパドックで「トモが太い」とか「ケツがデカい」とか言われるのはセクハラなのではないだろうか。トレーナーから言われるならまだセーフかも知れないが、どこからか聞こえた「ブルマはちきれそう」は流石にセクハラなのではと感じた。まあ何を言われても平常心を保つのだ。パドックのどこから聞こえた発言かは取りあえず無視。レース本番まで集中力を高めるのだ。

 

 

 パドックを終え、地下道を通ってレース場へと向かう。レース場の芝を踏みしめ、軽く流して走る……何てことはせずに、今まで通りの歩幅を確認するように少し歩く。ここでミスしたら未勝利戦だ。未勝利戦から抜け出せない時の辛さは、俺にもよく分かる。だからこそ俺は一発でメイクデビューから、ウマ娘として未勝利状態から抜けたいのだ。

 下準備としていつもの歩幅を確認してそこから軽く流す。そのぐらいの調整で問題ないはずだ。今までやってきたことを振り返れば、勝てる自信はある。ファンファーレが鳴り、各ウマ娘がゲートに入る。落ち着いて出れば問題ない。各ゲートが開いた瞬間、俺は一瞬出遅れた。結果として後方位置からのスタートに。それでも問題ない。今までやってきたことを活かせるように、後方からチャンスを待つ。

 

 

「──やっぱり思った以上に走りやすい。これなら……まだ捲れる」

 

 少し前に歩幅を矯正することをして良かったと実感する。今までの走り方であればペースアップするために足の動きが追い付かず余計なスタミナを消費してアップアップになっていた可能性が高い。それどころかまだもう一二段階加速できそうな余裕すらある。都合がいいことにメイクデビューレースは出走ウマ娘が少ない。だからこそ、ブロックできない道もある。ライバルたちにはカバーしきれない俺が勝利へ繋がる道筋も隠されている。東京レース場名物大欅を目前に加速し始める。身体に遠心力すら気合で乗りこなす。後は東京レース場名物のロングストレート。前目に走っているウマ娘達もへばってきている。こっちだって辛いがアンカーのためにも負けられないのだ。気合と根性で必死にゴール板まで駆け抜ける。結果として5人抜きし、2着とは3バ身差をつけての初勝利だ。走り抜けてこみ上げてくるものが色々ある。そして今回の教訓は、大事なレースで出遅れするとかなり面倒くさいことになる。ゲート練習も取り入れないといけないなあと思いつつ、控室へと戻るのだった。

 

 

 

「──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 勝って良か゛ったよお!」

 

「あーあー……もう泣かない泣かない。涙と鼻水でぐちゃぐちゃじゃん……俺も体操服汗でびしょびしょだし。でも……ちゃんと『勝ってきたよ』」

 

 控室に戻るとアンカーが泣きべそかきながら突撃してくる。ズドンときた痛みを顔に出さないように演技しつつ、アンカーの頭を撫でる。よっぽど嬉しかっただろう。俺だってそうだ。両手をあげて、涙を流して喜びたい。でも素直に喜べない俺がいる。この喜びは、目の前にいるアンカーと共有するはずだったのに……それが出来ないことが悔しいのだ。でもウマ娘としての俺が底知れぬ感動と満足感を感じているからクールにも振る舞えない。そのため俺もつられて少し泣きそうな表情をしつつアンカーを受け入れるのだった。

 

 

「そうだ……この後『ウイニングライブ』だけど、大丈夫? ほら、アタシ全く教えれなかったから……」

 

「うん、大丈夫だよ。そろそろライブの準備もあるから、アンカーも見守ってて欲しいかな」

 

「──分かった、初めてのライブだし全力で応援するね!」

 

 ウイニングライブ。それはレースを見に来てもらった観客と俺たちとで勝利の喜びを分かち合うライブステージ。ウマ娘たるものレースとウイニングライブは両立して当たり前、というのが共通観念だろう。だが走る技術は教えられても、歌やライブは教えられず、過去の映像や学園内共通のサポートトレーナーの手を借りることだってあり得ることである。アンカーもその例に及ばず、ダンスや歌については全く教えられなかった。どちらかと言えば、アンカーの言うアドバイスがあまりにも抽象的で理解まで時間がかかったが正しいか。幸いにも都合よくメイクデビューレースで行うウイニングライブについては、良く曲のことを知っていたため問題なくこなせそうだ。アンカーもすっかり泣き止み、観客側で初ライブを見守ると告げ、すぐにいなくなった。

 

 アンカーが控室からいなくなり、一息つけたあたりで都合よくレース場のスタッフが控室に入ってくる。ライブ衣装の着付けをするスタッフとメイクのスタッフが一人ずつ入ってきて、素早く俺をウイニングライブ用のメイクとライブ服に着替えさせる。このライブは俺たちのようなG1には出られないウマ娘達は勝負服などを持っていないため、トレセン学園共通のライブ服を使って演技する。ファンの中ではこだわりきった勝負服でのウイニングライブでも良いが、共通ライブ服でのライブこそが更に良いと言う層もいる。長めのスカートに二―ソックス、上はショートジャケットを羽織るような形で可愛さもありながらカッコよさもある気がする。唯一問題なのがへそ出しスタイルなのと、下にはくショートパンツが限界までサイドを切っているためほぼミニスカート状態なことぐらいだろうか。

 

「──まもなく本番が始まりますので、移動をお願いします」

 

「分かりました、今すぐ向かいます」

 

 メイクスタッフと着付けスタッフが出た後、ライブ開演時間目前になってきたことを知らせに来た。手早く控室の鏡を見て変になっていないか確認する。問題はなさそうだ。控室から出発し、ライブステージの袖に向かう。最初は顔も強張っていたが、観客の声が聞こえてくるとその緊張も取れてくる。──さあライブが始まる、俺たちの喜びを、感謝を、みんなに届けていくのだ。

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