メイクデビューレースを終え、祝勝会……とはすぐにいかなかった。東京レース場で初めてのレースで、初めてのウイニングライブだ。トレセン学園に戻った後はしばらくの間マトモに動けなかった。恐らく初めてづくしで色々体力消費を考えずに、頑張ったせいだろう。それに加えたレースの時に今の自分の限界以上までふり絞ろうとした反動が来たと考えるのが妥当な判断か。
元々もしメイクデビューを成功させた際には、休息を入れて9月からOPクラスレースをいくつか走った後に、本番のG1レースであるホープフルステークスの予定だった。だが流石に初レース後ダウンしていることもあり、次のレースを11月の黄菊賞と京都ジュニアステークスに狙いを定める。
本当は9月後半の芙蓉ステークスや11月後半の葉牡丹賞で本番の中山レース場を体験したいところだったが、OPクラスレースと重賞レースである京都ジュニアステークスを比較して苦渋の判断で取りやめたのだった。
「それでこれからの足りない要素のために、プールでスタミナ強化の練習をするのは分かるんだけどさ、何とかならなかったのか……この水着」
「えっ、トレセン学園では普通だよ。ちゃんと学園指定の水着も似合ってるし、へーきへーき」
平気で堪るものか。スクール水着なんて初体験だ。今までは下半身しか水着で隠さなかったが、ウマ娘になった瞬間このスクール水着だ。全身に貼りつく感じは、なんとも言い難い。一応見た目だけ見れば美ウマ娘らしいのかそれなりに刺さる視線が恥ずかしい。
よく美人な人がビキニを着て凄く似合うっていうのもあるが、スクール水着は中々に恥ずかしい。全身を隠す素材として不十分だし、ピッチリ感があまり気に食わない。全身がムチムチと目立つような気がしてかなり嫌なのだが、トレセン学園内のルールとして規定されているから仕方がない。
「まあ良いんだけどさ。さて、何で泳げば良いの? 平泳ぎとか背泳ぎとかバタフライとか色々あるけれども。スタミナ練習するなら多少は長くハードな練習のが良いと思うけど」
「──じゃあバタフライで! 最初はゆっくりで良いからそれからペースを上げていこっか」
練習メニューはバタフライに決まった。全身の筋肉を使う強い運動だ。軽く柔軟を済ませてからプールへ入る。トレーナー試験でそれなりにウマ娘たちがやるトレーニングも一般的な人間としての運動量やタイムだが課題がある。だから基本トレーナーはトレーニングに関しては何でも出来ると言ってもいい。
俺は今までの経験に沿って背泳ぎを泳ぐのだが、やはりそこはウマ娘の身体能力。男性だった今までのトレーナー時代よりもはるかに速いタイムで、なおかつ長い距離を泳げている。走るときもそうだが、感覚としてやはり長い距離の方が肌感に合っている気がする。
ジュニア級の真っ最中ならまだ自分の能力や適性が十分に出ていない可能性もあるが、トレセン学園内の不定期で行われる模擬レースにも、試しにレースの肌感で短距離やマイル戦が出来るかをトライはした。だが結果としては全く満足できない内容で終わった。
初めのころ、マイルや短距離向けで練習していた時のタイムと比べてさほど大きな伸びも出ていないことを考えると中距離以上にレースの射程を置く。まずは更に体力をつけるためのスタミナ練習を続けるのだった。
「──そういえば、アンカー。そんなところにいるけど、水怖いんだっけ。遠くだと練習見にくくないか?」
「いや、別にそんなことないよ? ちょっと冷たいのが苦手なだけだから!」
「トレセン学園のプールは温水プールだから水じゃないよ、ほらせっかく水着着てるんだし入ってみようよ」
「ううううううう…………分かったよ、頑張って入るよ……」
50mのプールを10往復程度こなした後、休憩の際にふと気付いたことを話しかける。アンカーがプールサイドにいない。いや、いるにはいるがかなり遠い場所にいる。身体能力が高いから遠くでもトレーニングの様子は観察できるのだが……勿体ない気がする。
話していくうちにアンカーが現役時代の頃には確かプールトレーニングはやっていなかったことを思い出す。スタミナも伸ばす目的でパワートレーニングを多く取り組んでいたからプールにはほとんど来ていなかったのだ。試しにこっちに来ないかと誘ってみたが嫌そうな顔をされている。だがちょっと試しに入ってみようと提案すると、担当からのお願いには出来る限り答えたいトレーナー心からか、嫌そうながらもプールに入ってきた。プルプルしていて、ちょっと可愛い。
「ねっ、ねっ、もう上がろう。だってほら水だよ。プールだよ。足着かないよ?」
「ほら、手握ってあげるから。もう少し頑張ろう?」
「うう……離さないでね?」
まだ腰から下だけが温水に浸かっているだけなのに、凄くプルプルしている。そんなに怖いのかと感じるのだが、人間でも苦手な人はいるし仕方ないだろう。でも何というかこのビビってる小動物感は何というか楽しみがいがある。
そのため最終的にはアンカーの手を握りながらバタ足の練習だ。バタ足を練習しつつ後半は顔を水につけられるような練習に切り替える。他のレーンでは真面目にバッシャバッシャと泳いでいるが、このレーンは完全に子供の水泳教室だ。
「ううっ……水怖い……びくってする……」
「ほら大丈夫だから、ちょっと顔をつけてみよう。三秒ぐらいで良いからさ」
「──分かった……はいできた、もうできた、すぐできた!」
「いや、出来てないよ。水にすぐつけて顔あげたから一秒くらいしか出来てないってば……ほらちょっとここ掴んでで、荷物取ってくるから」
出来たと言わんばかりの顔だが、パッと水につけてそのまま顔を上げている。大きく見積もっても一秒顔がつかってれば良い方だろう。冷静にその事実を伝えると明らかに耳も垂れて来るし調子も悪くなってきそうだ。
流石にラチがあかないと考えた結果、アンカーをプールのヘリに掴ませておいて、一旦離れる。そしてプールサイドからビート板を一枚手に取り戻る。
「──ほら、これ使ってもう一度やってみな。少しは楽になるだろうから」
「分かったよ、やってみるよ……うんやりやすい。これならできる、楽しい!」
ビート板を持ってきた俺は、アンカーに手渡す。一応泳ぎが得意なウマ娘もいれば対して得意ではないウマ娘だっている。その為にビート板が学園の備品として用意されている。初めてビート板を触ったであろうアンカーは若干不審がりながらもビート板を使ってバタ足をし始める。
最初はビビりながらだったが段々と自信がついてきたのか気持ちよく泳いでいる。どうやらビート板がなじんだようだ。一応ビート板で自信を付けてきたところだろうし、少し挑戦してみるのもいいかも知れない。
「そっか、なら良かったんだ。ほら、もう少し泳いでみよっか。取りあえず一往復くらいさ。見守ってるからやってみなよ」
「今なら出来る気がしてくる! 行ってくるね!」
意気揚々とプールで泳ぎだしたアンカー。途中までは良いが段々と遅くなってきている。疲れたのだろうか、大丈夫かなどと考えているが周りから応援で見守っているウマ娘達が多い。最初は一人だったが、また一人、また一人と増えていく。最終的にはプール練習をしていたほぼ全員のウマ娘が応援してくれて結果ゴールに成功した。周りからパチパチ拍手も出ているし……ちょっと恥ずかしい。
「──やったあ!! できたできた! これでまた一歩成長したね!」
「うん、成長したよ。それより……ちょっと目立ちすぎたし、こっちも練習終わりにしよっか」
一通り、ビート板込みでバタ足でプールに入れるようになったから一旦トレーニングの終了を提案する。満足したのか耳も尻尾も元気よく振りながら、プールからあがる。本音は疲れたのが一つと、流石にビート板持ってバタ足出来て大喜びしているアンカーと一緒にいるのが大変だと思ったこと。あのまま行ってたら多分周りのウマ娘達も応援して泳ぎの練習で、多分一挙一等足で周りの応援にも熱に入りそうだし周りの迷惑にもなりかねない。
そういう訳で練習を切り上げ、アンカーにシャワーを浴びさせて帰り支度をする。こんなトレーニングを繰り返した結果、最終的にアンカーは平泳ぎの足の動かし方は出来るようになった。背泳ぎを試してみたら沈んでいったので多分限界だろう。ビート板という要素は必須であるが、いままで出来ていなかったことが出来るようになったのは嬉しい限りだ。更なるスタミナ強化を図って、秋の京都へ乗り込む。
さあ、ここからが更なる道への出発だ。