もしもマンハッタンカフェが愛が重くて女優でポンコツだったなら   作:明石しじま

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今年もお疲れさまでした。
頭空っぽにしてお楽しみください。


もしもマンハッタンカフェが愛が重くて女優でポンコツだったなら

「いけるか、カフェ? 今度こそ、影を追い抜けるといいな」

「はい……今日は体も仕上がっています。今度こそ、きっと……」

 

 ここはトレセン学園。……からしばし離れたレース会場の地下。

 先程パドックでの勝負服披露も終え、いよいよ初の重賞レースが始まろうとしていた。

 そんなレース前、控室でトレーナーとマンハッタンカフェが二人、最後の打合せをしていた。

 

 

 椅子に座っているマンハッタンカフェが、前髪を横にかき分けてコーヒーを飲む。

 レース前なのでカフェインは薄めにしてある。俺お手製のコーヒーだ。

 

「どうだ、今日の味は?」

「……まとまった味がします。シングルオリジンですね。ブレンドは止めたんですか?」

 

「色々と試してみたんだが一回原点に立ち返ろうと思ってな。この前行った店と同じモカ産の豆だ。こっちはイエメンの方の農園らしいけどね」

「……なるほど。確かに似ているような、違うような。苦味の配分が強くて、こちらの方が好みかもしれません」

 

 俺が淹れたコーヒーをカフェが飲む。

 これがレース前のルーチンワークになろうとしていた。

 

『たとえレース前であろうと、いつもと同じ行動を取ることで緊張がとれるといいます。ですから、コーヒー、飲みたいです……』

 

 オープンレース前、突然こう言われた時には驚いた。

 だがそれで調子が上がるならとこちらも快諾。

 そして本番前にマズいコーヒーを飲ませるわけにはいかないと、隙間時間を見つけては今まで以上に練習を重ねたのだ。

 そんな甲斐もあり、どうやら今日の出来はお気に召したようだ。

 

 目を薄めてゆっくりと味を楽しんでいるカフェに声をかける。

 

「あれから『お友だち』は練習の時には現れていないのか?」

「……そうですね。やはり本番の時のように、集中力が高まっていないと走らないのかもしれません。……今もすぐそこに居てくれてるんですが、……ふふ」

 

 カフェが口を歪めて薄く笑いながら、天井を見上げる。

 すると、そんな彼女の言葉に答えるように部屋からギシリ、ギシリと音が鳴りだした。

 

「な、嘘だろ!? そういうことできんのか幽霊ってのは」

 

「……ええ、ですが彼女は無害ですよ。ずっと側にいたから、分かります」

 

「おおぅ……マジか。まぁ逆に心強い……のか?」

 

 

『時間になりましたので、選手の皆さんは、レース場までお集まりください』

 

 そんな話をしていると、アナウンスがかかった。

 最後にカフェにレースの戦略を伝える。

 

「前回の課題は覚えているな? いくら疲れ知らずのスタミナを持っていても、前にブロックされていたら意味がない。今日はとにかく先行をキープするんだ」

「勿論です。あなたと交わした言葉……一言一句忘れるわけがありません」

 

「そうか、それなら俺から何も言うことはない。カフェ、今日は勝つぞ」

「はい、観客席から見ててください、トレーナー。ずっと、ずっと……」

 

 そう言い残してマンハッタンカフェは地下バ道へ向かった。

 

 

 

 トレーナーは息をつく。

 

 マンハッタンカフェ。何やら霊感の類を持っている、世にも珍しいウマ娘だ。

 選抜レースを走りぬいてもなお一切息を切らさずにはるか先をぼんやりと眺めていたその姿は俺たちトレーナーの間では語り草だ。

 たったこれだけの距離なの? とでも言いたげに物足りなさそうにしていた彼女はどうみても一流のステイヤーの素質を持っていた。

 だがそんな彼女のスカウトは上手くいっていなかった。

 

 

 

「私は……彼女に追いつきたいんです。ほら、あそこにいる……」

 

 だがその方向には誰もいない。

 一体彼女は誰のことを言っているのだろうか。

 その瞳は冗談を言っているように見えない。

 

 そんな彼女の不気味な言動に皆が引いてしまっていた。

 だがそれでも尚彼女を導きたい、そんな思いが勝ち、担当になることを望んだ。

 

「一言一句忘れない……か。確かにカフェが頭が悪いなんて話は聞かないな」

 

 あのスタミナは本当に何かが憑いているからではないか。

 そんな噂をする者すら現れている。たとえ冗談半分だとしてもそれは彼女の強さからくるもの。

 

 霊感なんてないトレーナーには証明しようもないことだったが、それが彼女の力の源になるのであればそれでもいいかもなとすら思っていた。

 

 ―ああ、今日こそ、彼女が『お友だち』に勝てますように

 今トレーナーにできることは、そんな彼女の勝利を願うことだけだった。

 

 

 

 

 コツ、コツ、コツ

 

 漆黒のブーツが鳴らす足音が響き渡る。

 黙々とただ前を見つめ歩く彼女の心中は誰にも計りえない。

 初めての重賞の舞台でさえもその歩みに怯えは映らない。

 通りがかった一人がその気配に怯え道を空けてしまう。

 それ程、その姿は鬼気迫ったものであった。

 

 

 

 

 

(どうしようどうしようどうしよう! 『お友だち』の設定がどんどん煮詰まっていっちゃう!)

 

 

 だがしかしこのマンハッタンカフェ、内心死ぬほど焦っていた。

 

 

 

 

 

 何を考えているのか分からない。それもその筈、何も考えていないのだから。

 

 選抜レースは、天性の才能に加えて、やるからにはまぁちゃんとやったほうが良いよねと素直に思う程度には真面目だった故に積み重ねていた練習の成果だった。

 終わった後でさえ、

 

(いつもより良いペースで上がれたな。良かったー)

 

 と内心ほくほくしていただけだった。

 

 

 何が見えているのか分からない。それもその筈、何も見えていないのだから。

 

 昔はその見た目や服のセンスが独特で、気味悪がられることが多かった。

『不気味』『幽霊とか見えちゃうタイプ?』

 そんな言葉を投げつけられることも少なくなかった。

 

 

 だがメンタルつよつよだった彼女。

 むしろそれを逆手にとり自分のキャラとして売り出して見事成功。

 結果、いじめられもせず友達を作れていた。

 

 そして彼女は悪い学びを得てしまったのだ。

『このキャラを売っていけば友達作りが上手くいくんだ!』と。

 そんなわけで選抜レース後に、トレーナー達に幽霊ジョークをかましてみちゃったのだ。

 

 だが彼女の失点は三つ。

 一つ、流石に知り合いにもなっていない相手に通じる冗談ではなかったこと。

 二つ、冗談というには、その言い方も相まって伝わりにくすぎたこと。

 三つ、トレーナーの中に、めっちゃ素直な人がいたこと。

 

 このトレーナーは彼女の言葉に全く恐れを抱かなかった。

「幽霊見えんの!? すごいね! 俺霊感無いから分かんないんだけど、やっぱいるんだなそういうのって!」

 

 もしここで、すみません冗談でしたとでも一言言っておけば、ああ実は冗談好きな娘なんだなってなって丸く収まったかもしれない。

 だがこのいたずらっ子。その反応に気を良くして更にディテールを凝ってしまった。

 

「『お友だち』なんです……この子。昔からずっと傍にいてくれました」

「へぇーいいね。バスの待ち時間とか退屈しなさそう」

 

「私はこの子に追いつきたくて……それで学園に入ることにしたんです」

「お、そうなんだ! 一番の友達がライバルだなんて、少年漫画みたいだな!」

 

 

 結局、冗談を重ねる程にトレーナーはそれを信じてしまったせいで最終的に一つの物語が出来てしまった。

 言うこと言うことが妙に実感がこもっていたのか、周りもそれを受け入れ始めていた。

 

 要するに、彼女なりの独特な世界観を形作り、それを信じ込ませてしまうような天性の演技力があったのだ。

 だがマンハッタンカフェはそんな事には気づいて無いので女優業なんて考えたこともない。

 

 

(全くもう。トレーナーが全部鵜吞みにしちゃうから、矛盾しないように色々設定をまとめるハメになっちゃったし)

 

 ここでスキル『変なところで真面目◎』が発動。

 

 ともかく、いろいろとこじれにこじれて今の状況が出来上がっていた。

 

 

 そして彼女を語る上でもう一つ、欠かせないことがある。

 

 

 

(ああ、でも)

 

 

 

(さっきちょっと怖がってたトレーナー。すっごく可愛かったな……)

 

 

 

 いつからだろうか。彼女は担当トレーナーのことが大好きだった。

 控室での会話を思い出してつい口角が上がってしまう程に。

 

 先ほど、部屋のラップ音が鳴った時の慌てようを思い返す。

 心の中ではもうニッコニコだった。

 

(ふふ、この前のオープン戦の時にあれに気づいたの、ナイス私)

 

 

 タネを明かせばなんてことはない。

 実はあの控室、築年数のせいかはたまた建つけが悪いのか、時たまギシギシと音が鳴ってしまう部屋なのだ。

 特に丁度マンハッタンカフェが座っていた辺りの床、あそこに体重をかけると人為的に音を出すことができることに最近気づいた彼女は、うきうきでこのイタズラを考えつき、結果成功した。

 

 というかそういうイタズラを繰り返すせいで余計に信憑性を持たせてしまうのだが、彼女はそれでも止めない。

(だって、トレーナーがその度にいい反応を返してくれるのが悪いんじゃん)

 

 いや、その理屈はおかしい。

 

 だが残念ながらそんなツッコミを入れてくれる者はいない。

 彼女はそんな内なる思いを誰にも言っていないのだから。

 

 

(それに今日のコーヒーもおいしかったな。あんなコーヒーが淹れられるんだったら、もうトレーナーじゃなくてバリスタになれそうだよね)

 

 元々黒が好きだったからだろうか。

 きっかけは忘れてしまったが、コーヒーをいつも飲んでいることを話してから、トレーナーもコーヒーを学び始めたのには驚いた。

 

 自分も趣味の一環として淹れたりはするが、トレーナーは案外凝り性だったようで、いつしか自分が淹れるより美味しいコーヒーを作るようになっていた。

 それからというもの、あれこれと理由をつけては飲む機会を見つけている。

 そもそもマイペースな彼女、ルーチンワークなんてしなくても緊張とは無縁なのだが。

 

(いや、でもこのままトレーナーのままでいてもらおう。彼が作るあの味は、私だけが知っていればいいんだ)

 

 私のために腕を磨いてくれたんだ。どうして他の娘にまで良い思いをさせる必要があるのだろうか。

 

 

(さあ、気持ち切り替えて、レース頑張ろ。『お友だち』の辻褄合わせも終わった後で考えとかなきゃね)

 

 あれこれと考えているうちにもうターフは目の前まで来ていた。

 終わった後のことも考えつつ、目の前の光へ歩み続ける。

 そして最後に、ほのかな願いを置いていく。

 

(……これで勝っちゃったりして、いーっぱい褒めてくれたらいいな)

 

 

 

 マンハッタンカフェ。

 漆黒の勝負服を羽織り、謎の幻影を一人追いかけるミステリアスな彼女。

 だが実は、お茶目で不器用で、トレーナーへの愛がちょっぴり重いただの女の子だなんて、誰も知る由は無かった。

 

 

 

 

 

 

(え、何!? なんで突然笑ったのこの娘!? 喰われる? 私喰われちゃうの!?)

 哀れ、そんなことなど露程も知らない先ほど道を譲ったウマ娘。ただただ一人ビビり倒していた。

『笑うという行為は本来攻撃的なものでありうんぬんかんぬん』

 この前読んだ漫画の一節が頭の中にフラッシュバックした彼女の中に、最早戦意は残されていなかったらしいよ。

 




別の作品でリクエスト頂いていたマンハッタンカフェの短編を書いてみました。
一発ネタです。アプリストーリーの高い完成度をひっくり返す所業
誰か続きを書いてほしい(他力本願)
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