もしもマンハッタンカフェが愛が重くて女優でポンコツだったなら 作:明石しじま
タイトルの意味が分からない人はカフェのアプリストーリー第三話をチェックだ!
でも見なくても特に支障は無いよ!
アグネスタキオン。
自身も選手としてその名を馳せる光速の粒子。
はたまた、ウマ娘の脚の限界を科学的に突き詰めようとしている稀代の天才でもある。
寝泊りしている部屋こそ違うものの、あのマンハッタンカフェと一室を共有している奇妙な間柄である。
そしてこの二人、脚質も嗜好も違うのに不思議とウマが合うのか、わりと仲が良い。
周りもこの二人はペアとして括られて周りからも認識されている。お互い見知った間柄である相方とも言えよう。
(いえ、違います。私の相方はトレーナーです)
……何やら変な電波が入ってきたが語りを続けよう。
ともかく、そんなアグネスタキオンが、誰かにマンハッタンカフェについて話す時、鉄板ネタとしてこんなエピソードを語ることがある。
「彼女の部屋の物を勝手に弄るととんでもなく恐ろしいことが起きるから、気をつけたまえよ。私は研究資料が突然燃えて泣いた」
アグネスタキオンは『科学者』だ。限りなく怪しさに満ちてはいるが。
この『科学者』という生き物は正確なデータを求めることを生業としているためか、嘘を嫌うという習性がある。それは彼女も例外ではない。
それを知っている生徒たちは、この話を聞くと皆一様に同じ感想を抱く。
ああ、やっぱり彼女は未知の力を持っているのだな、と。
だがこの噂、実はこんな真相があったのだ。
──────────
学園から与えられた一室。
片方はタキオンのラボ。もう片方はカフェの趣味置き場。
そんな彼女たち好みに魔改造された部屋で二人はいつも過ごしていた。
マンハッタンカフェの趣味は家具集め。
特にアンティーク、特にレトロな内装や幾何学模様が描かれた調度品を好む。
そんな彼女のお気に入りの中に、とあるルーペがあった。
ポーランドの職人が作ったというそのルーペ、茶色の持ち手には流線が描かれ、レンズとの接合部には小さな琥珀が埋め込まれていた。
その美しい造形はまるで異世界のアイテムの様で、アンティークショップで一目で気に入ったのだという。
その事件の前日、彼女はこの部屋で絵を描いていた。このルーペはただ飾るだけでなく、絵を描く際細かい部位の仕上げのために役にたつ。
この日も彼女はいつものように、絵を描き終えた後すっかり疲れた様子だった。眠い目を擦りながらこのルーペを何気なく部屋の窓際に置き、あくびをしながら自室に戻っていった。
それから次の日、アグネスタキオンは午前いっぱいの時間を使っていつもの研究に励んでいた。授業は無論サボりだ。
そして研究をひと段落させたあと、めいいっぱい伸びをして疲れを癒す。
(ああ、カーテンを閉めたままだったか)
立ち上がって窓のカーテンを開ける。突然入ってきた強い日差しに思わず目を細めてしまう。
(そういえば、彼女の物も随分と増えてきたねぇ)
窓から見て右側にあるカフェの私物たちを見やる。
カフェは真面目に授業に出ているため、今この部屋にはタキオンしかいなかった。
(普段は近づかせてもくれないし、今のうちに何があるのか、ちょっと見させてもらうとしよう)
何せ普段は、彼女のスペースに近づくとペシーンペシーンと頭を叩かれて追い出されてしまう。私はネコか。
その小さな腹いせ代わりとして、今のうちにどんなものがあるかちょっと捜索するくらいいいだろう?
そんな思い付きのままに、普段立入禁止となっている空間に入り込んだ。
ちなみにもし本当に高い物が紛れていた時の後が怖かったので手袋はちゃんとはめている。
そもそも入るなと言われると余計に入りたくなるもの。
普段見ない方向から自分のラボを見たり、カフェが隠していたお菓子の隠し場所を見つけたりして子供のようにはしゃいでいた。
それからしばらくして、さぁ見回しつくしたしいよいよ探索を始めようと、物品に近づいていく。
そして、まずは棚の上の怪しげなライトをちょんと触ってみた。
するとその時、普段嗅ぎなれない匂いとパチパチと爆ぜるような音が入ってきた。
(ん? なんだ? 夏なのに焼き芋でもしているのか? 何やら焦げ臭いが……)
何気なく匂いをたどり窓の方を振り返る。
床に乱雑に置かれていた紙たちから火が上がっていた。
「うわぁーーーーーー!!!!???」
まさかの事態だった。
なぜ急に火がついているのだ?というかあの紙私のやつじゃないか?など様々な思いが駆け巡る。
(ど、どうする!!? と、とにかく消火しないと……私の薬品に火を消せるものはあったか? いやそんな観点で見たことないからそんなすぐにわからん!)
思ってもいない事態に頭が真っ白になるが、すぐに優秀な頭脳が最適解を導き出した。
(い、いや待て落ち着け、消火器、消火器を使うんだ!)
バタンとドアを開けて廊下を見回すと、視界に赤い消火器が目に入った。
全速力で消火器を抱えて戻り、ノズルを火元に向けてピンを抜いた。
プシュ────────!!!!!
勢いよく吹き出す白い粉。
ホースをしっかり火元に向けつつ、慣れない動作に目をつむってしまう。
そのまま握っていると、やがてその音が止まった。
恐る恐る目を開ける。
先ほどの紙が黒炭となっていた。どうやら火も完全に消火出来たようだ。
「ふぅ……これで安心だ、ああ良か……っ……」
冷静になりふと部屋の中を見る。
(ほほう、夏なのに雪が降ってきちゃったのか?)
そんな冗談が頭に浮かぶほど、部屋の内装が白くなっていた。
まさか物理的に目の前が真っ白になるなんて思わなかった。
横を見れば、マンハッタンカフェのインテリアにもリン酸アンモニウムの粉たちがくっつき白く染め上げてしまっている。
その様子をしばし眺めたあと、アグネスタキオンのその優秀な頭脳が冷静に次にやることをはじき出した。
備品を使ってしまった以上言い逃れはできない。まずは生徒会に報告しよう。
そして、マンハッタンカフェに許しを得る方法を見つけ出そう。
アグネスタキオンから報告を受けた生徒会は直ぐに動き出した。
現場検証も終わり、改めてイタズラなどではなくただの事故であることを確認。
消火器の補充も迅速に終えた。
なぜ火事が起きたのか。事の顛末は単純だった。
昨夜、マンハッタンカフェが窓際に置いたルーペ。昼にアグネスタキオンが開けたカーテン。
つまり、カーテンを開けたことで窓から入ってきた太陽光がルーペを通り、床の乱雑に置かれた紙に光が集約。
そして小学生の実験のように、発火して燃え広がった、というわけだった。
ちなみに床の紙はアグネスタキオンの実験の参考資料。つまり2/3がタキオンのせいだった。
二人はたづな&生徒会にミッチリと怒られることになる。
特にタキオンは、物を乱雑にしていた非があるとして3日間の部屋の使用禁止も言い渡された。
『えー! そんな! 流石にそれは厳しいじゃないか! 次はちゃんと掃除するから見逃しておくれよ~』
『ダメだ。次このような事態を招いたら、本当にあの部屋から追い出すからな』
アグネスタキオンのせめてもの抗議もエアグルーヴの前には通じず、空振りに終わってしまった。
二人はとぼとぼと部屋の前まで戻っていた。
ただでさえ疲れたのに部屋の掃除もしなければならないという現実に、その足取りは重くなる。
「というか私まだ部屋の中見てないんですよね。そんなにひどいんですか?」
「う-ん……そうだねぇ。私としては、もう全部私がやるからカフェには見てほしくないんだが……」
「何言ってんですか。私にも非はあるんですから、二人でやりますよ」
そういってマンハッタンカフェがドアを開けて、部屋の中を覗き込む。
(……これは、確かに…すごいですね)
床は僅かにフローリングにコゲがついた程度、火の被害としては小さい。
だが辺り一面が真っ白になっていた。元々彼女の家具は色が暗いものが多い分、余計に目立っている。
「カ、カフェ……本当にすまないと思っている。何せ火を消すことで精一杯で、周りのことまで気が配れなかったんだ」
おずおずと後ろからタキオンが謝ってきた。
思わず呆然としてしまったが、別に最初から怒るつもりはなかった。
「いえ……今回に関しては事故ですもんね。これを怒ったところで仕方ないです。燃え移らなくて何よりじゃないですか」
その言葉を聞きほっと息をつくアグネスタキオン。
だが彼女の不幸はまだ終わっていなかった。
部屋を見回していたマンハッタンカフェが、ルーペを置いていた窓の隣、自分の飾り棚に目が映った。
そしてその棚に飾っていたとあるブローチ、こちらも当然、他の物と同じく白化粧が施されていた。
(あ、私の初レースの一着記念に頂いたブローチが)
アグネスタキオンは知らなかった。
このブローチは、彼女の思い出の品であったことを。
(初めて他の人から貰った、私のコレクションの一つが)
アグネスタキオンは知らなかった。
自分で選び買ったコレクション達の中で、あのブローチだけは他人から貰っていたものであったことを。
そしてその送り主は、マンハッタンカフェにとって誰よりも大事な人であったことを。
(初めてトレーナーから貰った、大事な大事なブローチが!!!!!)
「タ・キ・オ・ン・さ・ん????」
ギギギギと後ろを振り返りいつもの三割増しの眼光でにらみつける。
相変わらず顔はいつも通りだったが、学園入学以来、未だかつてない怒りが湧き上がってきた。
今なら追込だって出来てしまいそうだ。ただしタキオン相手限定だが。
「カ、カフェ……? え、何で急にそんな……未だかつてない感情の昂ぶりだ、データにしてみたい」
「何か言ったか?」「ヒィィィィィィ!!」
怒りの余り口調まで変化し始めた。
流石のアグネスタキオンもすくみあがる。
するとその時、カフェのトレーナーとタキオンのトレーナー。
その二人が並んでこちらに駆け寄ってきた。
タキオンのトレーナーの方は顔に怒りをにじませて、こちらに近づくと声を張り上げた。
「おい、タキオン!! お前いい加減に」
「ト゛レーナァ゛ーく゛ゥゥゥゥン゛!!!!!」
だが彼が言い終わる前、アグネスタキオンが彼に気づいた瞬間、トレーナーの腰元に抱き着いてワンワンと泣き始めた。
「タ、タキオン!!?」
普段の飄々としたアグネスタキオンをよく見ている分、目の前の子供の様に泣きわめく自分の担当が信じられなかった。
彼女のトレーナーも、普段タキオンのだらしなさに困っていた身。
このタイミングでガツンと叱って悔い改めてもらおうとしていたのだが、その有様にすっかり毒気を抜かれてしまった。
「お前周りの目とか……ああもう! 分かったから泣き止め!」
気づけば彼の怒りも無くなっていた。というか目の前の光景に驚くあまりそれどころではなくなっていた。
「おい! いい加減離れろ! 暑いんだよ!」
タキオン達がいまだにワチャワチャしている。
そんな様子を見てカフェの怒りはむしろ増していた。
(へぇー良かったじゃないですか。自分のトレーナーに構ってもらえて。あんなに抱き着いちゃって。そもそも床の資料に関してはタキオンさんがそこら辺に置いて片づけなかったのが悪いんじゃないですか。私まで怒られたの理不尽過ぎません? 今度は故意に燃やしてやりましょうか? そうしたらまた愛しのトレーナー君がお世話してくれるんじゃないですか?)
もし霊感がある人とかが見れば、さぞドス黒いオーラが渦巻いていただろう。
そんな者はここにいなかったので誰も気づかなかったが。
「災難だったな。カフェ」
危ない考えまで浮かび始めた彼女の頭に、ポンと手が置かれた。
(え?)
ばっと横を見るとカフェのトレーナーがやれやれとこちらに笑いかけていた。
「窓際にルーペ置くなんて、ダメだぞ?……まぁ大事にならなくてよかったよ」
(トレーナー。心配してくれてるんですか?こんな、騒がせて迷惑をかけてしまったのに…あなたという人は、優しすぎます……)
トレーナーの優しさに内心泣きそうになる。
ふと彼の顔を見ると、その目に疲れが浮かんでいた。
カフェはそっと手を伸ばして、ギュッギュッと彼の疲れ目をほぐしはじめた。
「トレーナー。大丈夫ですか? 随分とお疲れのようですが……」
「いやぁ、急な心労が……な。何せ突然の連絡だったからな。火事に巻き込まれてないか不安で仕方がなかった」
「……ご迷惑おかけしました。本当に、申し訳ありません……」
そんなトレーナーを見た瞬間、カフェの心に滾っていた怒りのマグマが急速に引いていくのが分かった。
そのままペコリと頭を下げる。
(ああああああごめんなさいごめんなさい……心配かけちゃったどうしようごめんなさいそうですよね窓に虫眼鏡置いてた私のせいですよね全部私が悪いんです私はゴミです)
怒りは引いたが、代わりに自罰の嵐がやってきていたようだ。
「いや俺はいい。お前の家具、高いものも多いからな。怒るのも分からんではない」
「でもタキオンが迅速に消火してくれたからこの程度ですんだんだ。おあいこってことで許してやってくれないか」
「はい、勿論です。そもそもこちらは拭けばいいだけですしね」
トレーナーの提案に即答で答え、タキオンを許すことが彼女の中で確定した。
そもそも彼女の怒りの原因は、
トレーナーのプレゼント>>>>>>お高い家具
だったのだがトレーナーには知る由もない。
ともかく、これで本当に一件落着となったのであった。
「ぶーぶー。何だねあの二人は。随分私の扱いと違うじゃあないか」
「はは、これが普段の振る舞いの違いだろうよ」
「えーーー!?」
──────────
そんな騒動の後、タキオンが例の噂話をし始めるようになる。
アグネスタキオンは『科学者』だ。『科学者』は嘘は言わない生き物である。
……確かに嘘は言っていない。
しかし泣いた理由が資料じゃなくて、
だがマンハッタンカフェも自分の落ち度があったのも分かっているので、わざわざ訂正するようなこともせず、放っておいている。
(……綺麗に拭き取れましたね。前よりも輝いているような気さえしてきます)
(……♪)
彼女からしてみれば、あのブローチに一切汚れが残らなかったこと。
それが確かであれば、もう何も言うことはなかったのだ。
マジで好き勝手書きまくりました。
そろそろSSの幻影に蹴り殺されるかもしれません。
あと前話の誤字報告、ありがとうございます。
高評価、お気に入り、ここすき頂けるとあなたに幸せな2022年が訪れます。