もしもマンハッタンカフェが愛が重くて女優でポンコツだったなら 作:明石しじま
UmaTube。
日々様々な動画が投稿され、ユーザーを楽しませてくれる動画プラットフォームだ。
そんな中でとあるジャンルの動画が話題になっている。
『モーニングルーティン』
そんなタグを見たことがある人もいるのではないか。
この動画を開くと、まず淡い朝日に囲まれた室内が映し出される。
朝早くに起きてストレッチをし、スキンケアを行い、彩り豊かな朝食をとり仕事に向かう。はたまた休日として街へ出かけてゆく。
そんな『理想の大人』の瞬間を切り取った動画だった。
文字にするとただの一日の始まりではないか?
しかし一見何気ない、しかしまるでフィクションの様な綺麗な日々の始まりは恋愛映画の一幕の様に見た者達を色めき立たせた。
この動画を投稿したものに女優やモデルたちも多かったのもブームの火付け役になったのだろう、彼女たちの自分なりのルーティンが、女子の間で大人気になるのは当然なのかもしれない。
そしてそれはウマ娘たちも例外ではなかった。
なかったのだが。どうもこの漆黒のウマ娘にとってはその例外だったらしい。
その存在を知ってから、マンハッタンカフェは不思議だった。
教室の昼休みや寮での会話で、そういうものがあることは知っていたし、実際に適当な動画を見てみたりもした。
ドハマりしていた相部屋のユキノビジンから猛プッシュを受けていたのもある。
「だってぇ、とてもきれいな人達がどったな生活をしているのか、気にならねーですか?」
「あー都会の人たちはこったな化粧品使ってらんだって勉強にもなりますし。やっぱ、憧れでしまいますよ!」
(普段大人しいユキノビジンさんがそこまで熱くなるなんて……驚いたな)
(うん……だけどまだピンとこないな……。知らない人の、何でもない日常の動画なんて何が面白いんだろう?)
彼女に悪気は一切ない。
マンハッタンカフェは自分の趣味が独特な事は十分に分かっていたし、美容に関わる話題が女子の間では鉄板の話題のタネになるということは知っていた。なのでこれもその一環なのだろうという認識だった。
結局この話題は、彼女なりにこういう流行があるんだなという認識を与えた以上の影響はなかった。
それから幾日か経ったある日の昼休み。
その日、マンハッタンカフェはトレーナー室へ向かっていた。
コンコンとドアを叩き、開ける。
「失礼します。トレーナー」
ドアを開けると、トレーナーが座っていた。
既に昼食を食べ終えたのか、普段の様子よりもリラックスしている様だ。
腕を机に置き横向きにしたスマホを眺めていた。
するとこちらに気づいたのか、スマホから目を離して顔を上げる。
「やあ、カフェ。どうしたんだ?」
「すみません、トレーナーに書いてもらわなければいけないプリントがあって……記載をお願いしに来ました」
「そうか、わざわざありがとう。別に昼休みに来なくても、練習の時でいいんだぞ?」
「いえ、持ってくるのを忘れたらいけませんし、練習は練習で集中したいので」
(こうやって理由を作れば合法的にお昼もトレーナーの顔見れるもんね、ふふ。……あれ?)
マンハッタンカフェがテクテクと机の横まで歩いていく。
彼の見ていた動画が、何となく気になった。
「……何を見ていたんですか?」
「ん? ああこれか? いやー最近のトレンドっていうからさ! ちょっと気になってな」
トレーナーはそう言ってにこやかにこちらに画面を向けてきた。
マンハッタンカフェが差し出された画面を覗き込む。
どうやらUmatubeの動画の様だ。
タイトルを見る。
衝撃のあまり一瞬息が止まるかと思った。
【モーニングルーティン】現役ウマ娘のオフの日の朝の過ごし方♪
【Curren】
その画面には、パジャマ姿のカレンチャンが朝食を作っている姿が映っていた。
どうやら、休日の朝をテーマにしているようだ。
高たんぱく質の朝食にする等アスリートとしての一面をさりげなく出しつつウマスタグラマーらしい可愛さを前面に出した動画は素人目で見ても見事だった。
実際その高評価も凄まじく、改めて彼女の影響力の大きさが分かる。
呆然とするカフェをよそにトレーナーが喋り続ける。
「いやな、最近カレンチャンがUmatubeにも進出したらしくて、今すごい話題になっているんだよ。普段の彼女は学園で見慣れているけれど、こうして画面で見てみるとやっぱモデルみたいな華があるよなー……ってあれ? カフェ? どこいった?」
気づけば机の上にはプリントだけが置かれていた。
(トレーナー。ああいうのが好きなのかな……)
気づけば部屋から黙って出て行ってしまった。
思ったよりショックが大きいことに自分でも驚く。
顔が見たくて行ったのに、顔を見られたくなくなった。
(あんな動画を見た後に、
『華やかさ』というものは人を選ばずに広く好ましいとされるのは分かっている。
だが私には、その世界の眩しさはあまりにも目に痛い。
私の好きなコーヒーは皆苦くて飲めないと言う。
皆が好きなコスメの話は私がついていけない。
昔からそうだった。私の趣味は同志が居なかった。
だが独特であることに自覚的だった私はそれでもいいと思っていた。
いいじゃないか。
このキャラのままなら、周りもむやみやたらに押し付けたりしてこない。
居心地の良い世界じゃないか。
だが今では、あの人に、好まれたい。
こんな思いは初めて抱く欲望だった。
慣れないことを考えているからか、頭が疲れる。
……今こそ、変わってみるときなのかもしれない。
「……トレーナー。私も、ちょっとだけ頑張ってみます」
決意と共に小さく、小さく呟いた。
早速、改めて動画をいくつか見てみて、どういう習慣があるのかを学び取っていく。
化粧品をオールインワンですませてしまっていたり、バランスをあまり考えない食事をしていたりと意外と適当な所がある彼女は、ここまで朝に時間をかけるものなのかと驚く。
(うん、やっぱ私も実際にやってみないと分からないな……早速明日試してみよう)
そんな決意をしながら、マンハッタンカフェは結局その夜はスマホに張り付いていた。
早朝。目覚ましで目を覚ましたマンハッタンカフェが、眠い目をこする。
……またこする。
ここで早速ハプニング発生。いくらこすっても目が開く気配がしない。
(しまった……ものすごく眠い……)
今日は朝練があるためただでさえ朝が早いというのに、昨夜動画を見ることに集中しすぎた彼女の目覚めはかなり悪かった。
だが、それも昨日学んだことを活かすため。
用意していた道具を取り出し、ユキノビジンを起こさないようそろりそろりと部屋を出る。
そして、昨日動画でやっていた『白湯』を作るためにキッチンに移動した。
ペットボトルのミネラルウォーターをやかんに入れて火にかける。
強火で沸騰させた後、飲める温度まで冷ましてマグカップに入れる。
早速完成したそれを、口に運んだ。
するとほのかに温かい、人肌の温度の液体が、舌をつたい、喉を通り抜けていった。
雑味が一切ない透き通った味と共に起きたての乾いた体内に染み渡っていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
目を閉じて、味覚をフルに総動員して、やがてカップを口から離した。
(……うん、おいしくない)
大体レシピを調べた時から疑問に思っていた。
飲んでみたらおいしいのかと前向きに思って作ってはみたが。
(なんか、お風呂から上がった後のお湯飲んでる気分……)
ある意味世の女子を敵に回す感想が頭に浮かんできた。
なぜ、皆はこんなものを皆有り難く飲んでいるのだろうか。
動画では皆飲んでいたから、やってみたら分かるのかと思っていたが。
(……なんか口さびしくなってきた。やっぱりコーヒーも飲んじゃお)
再び台所の棚を開けてコーヒーセットを取り出し、朝のコーヒータイムとしゃれこむことにした。
普段は食後にしていることだが、今日はもう飲んでしまおう。これが私なりのルーティンだ。
(動画とはちょっと違うけど、これはこれで良いよね。あ、なんだかポカポカしてきた)
コーヒーを飲み終わり、自分の部屋に戻る。
本来ならここでスキンケアや化粧などをする時間だ。
これから走るのに化粧してもしょうがない。
スキンケアをするために昔買った乳液などをいそいそと取り出す。
しかし。あったまったことで眠かった頭に追い打ちがきてしまった。
(ちょっと待って本当に眠い眠い眠い眠い)
(…………いいよね、ちょっとだけなら)
実際気合いを入れて早く起きた分、まだしばらく朝練までは時間がある。
ここでついに誘惑に負け少し仮眠をとることにした。
だが数十分後、突然ベッドから飛び起きていった。
そして彼女の額には大量の冷汗が浮かんでいる。
(お、お腹が……、いたい……)
さてここでこのような事になった理由を説明しよう。
まず昨夜からの睡眠不足によって、彼女の自律神経が乱れていた。
効果を調べていなかったマンハッタンカフェは知らなかったことだが、白湯というのは体を負担をかけずに温めることで肌の血行を良くする効果がある。
そして白湯の効果は肌だけにとどまらず、全身を温める。
そのため腸の働きが活発になり便秘が改善されるという効果もあるのだ。
しかもマンハッタンカフェの場合、朝ごはんの前に飲んでいた。
しかもコーヒーまで胃に入れたことで、結果的に、空きっ腹に少し薄まったブラックコーヒーが流れ込んだことになる。
この悪夢のコンボにより、彼女の消化管は活発になった上に荒れまくっていたのだ。
(だ、大丈夫……まだ時間はギリギリある。少し遅れちゃうかもしれないけど、トレーナーに連絡しておけば……)
今すぐにでもトイレに駆け込みたいのをグッとこらえ、急いで自分のスマホを起動する。
トイレに行く前に、連絡を入れておかなくては。
端的になってしまったが、急いでメッセージを送る。
大丈夫か? 何かあったか? 5:44
返信が来た。だがここで過去最大の波も来た。
そもそも先程のメッセージも必死に送ったメッセージだった。
しかし、今の彼女は酷い眠気とひどい腹痛のコンポで頭が沸騰しそうになっていた。(白湯だけに)
(あ……ああ……も、もうこれ以上は、無理だ……)
『大丈夫です。お腹が痛くてちょっとトイレです』
最後の力を振り絞ってメッセージを大急ぎで送ったマンハッタンカフェは、ベッドにスマホを放り投げるとそのままトイレにダッシュしていったのだった。
一方、トレーナーはカフェを待っていたが、先ほどの彼女からの連絡が少々心配だった。
(珍しいな、彼女が……)
安否を尋ねるメッセージを送ってからはまだ返信が来ていない。
待っていると、トレーナーのスマホが震えた。画面を見る。
大蛇で死す。ァ鳴くが痛い苦てえ血ヨッとおお苦儽増す5:46
「うわぁぁぁああ!!!??」
トレーナーは朝一の衝撃にスマホを地面に放り投げそうになった。
人は不意打ちにやってきた恐怖に弱いということが今証明されてしまった。
痛いだの血だの苦しいだの、画面にうつっている言葉全てが不吉というか不穏すぎる。
なんだか見てるだけで呪われたような気持ちになってくる。
すぐに寮へ行き、安否を確かめたいところだが、トレーナーは寮には入れないしまだ朝も早い。
ここは彼女を信じて次の連絡を待つしかない。
もうトレーナーにできることは、このトーク画面を通りがかったマチカネフクキタルに見せたりして時間を潰すことくらいしか無かった。
「どうこれ?」
「フンギャロオオオオオオ‼‼」
そんなことをしていると、しばらくしたらあのメッセージが消え、返信が返ってきていた。
すみません、私です。あちら側の住人が干渉してきたようです。
追い払うのに時間がかかってしまいました。すぐに向かいます6:08
こんな新しいメッセージが入っていた。焦ったが、どうやら解決したようだ。まぁとりあえず何事も無くて良かった。
少しすると、いつもより妙に顔が白いマンハッタンカフェがこちらにかけよってくる。
「……カフェって、やっぱりすげぇ世界に生きてんだなぁ……」
そんな彼女を見守りながら、そんな感想がしみじみと俺の口からもれていった。
当然、マンハッタンカフェが、トイレが理由で遅れた事が恥ずかしくて幽霊設定を言い訳に使ったことなんて彼は知る由もなかったのであった。
おまけ
「おはようカフェ! 今日はやけにげっそりしてるな? 大丈夫か? ……そうか、無理はするなよ?」
「え? あの時のカレンチャンの動画? ああ、あったなそんなのも」
「いやー俺、Umatubeでは普段レース関係の動画かゲーム実況くらいしか見ないからさ。結局見るのやめちゃったよ。やっぱり俺みたいな野郎にはよく分からんなああいうのは」
「まぁでもカフェ達の世代の流行が知れたのはよかった……って何で座り込んでんだ? おい本当に大丈夫かカフェっておいなんで叩くんだやめ痛い痛い痛い痛い」
え?モーニングルーティンは最近の流行ではない?まぁまぁ
え?L〇ne画面のクオリティ低い?…すみません