もしもマンハッタンカフェが愛が重くて女優でポンコツだったなら   作:明石しじま

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今回の話、今までと大分毛色が違う話になっちゃったけど折角書いたので投稿します。
また、誤字報告してくださった方、ありがとうございます。


もしもカフェとコーヒーを語らう休日を過ごしたなら

 夜もふけたトレーナー寮。

 マンハッタンカフェはセントライト記念を走り終え、今はG2を終えた慰労も兼ねて数日オフを与えているところだった。

 秋というのは、世の学生にとってみれば受験を控えた先輩が引退し、新しい集団で大会のために不慣れな声掛けにいそしんだり、文化祭や体育祭を盛り上げるために手足を動かしたり、修学旅行でクラスの気になる女子を語らう為にトランプをリュックに放り込んだりと体を酷使した後にインフルエンザがやってきてノックアウト。そんな季節だ。

 秋が忙しい季節というのはウマ娘にとっても同じことで、聖蹄祭などの目玉イベントも勿論学生として外せないが、それ以前に見逃せないのは、各距離のG1が立て続けにやってくる勝負の季節なのだ。尤もインフルエンザなんてものにウマ娘はそうそう負けやしないが。

 マンハッタンカフェも例外ではなく、今は一か月後の菊花賞を見据えていた。

 

 しかしこのトレーナーは今大いに悩んでいた。

 机の右にはライバル達の進退や怪我の発生状況などをまとめたデータたち。左にはトレーニングプランの改善案や、年明け以降のマンハッタンカフェのレーシングプランなどの草案の束。正面のパソコンには大量の書類データや雑誌に載せる為のコメントの原稿諸々の大量のタブが表示されている。要するに大量の仕事に忙殺されていた。

 

「ふぅ……頭がパンクしそう……。やりがいはあるが、流石に疲れるな」

 

 そうポツリと呟いた声は、部屋に響くこともなく消えていき、またすぐに静寂が耳に刺さる。

 トレーナー室は担当ウマ娘との打ち合わせをする場でもあるため、機密性を高めるために壁が厚く隣が大声を出しても聞こえない設計になっている。

 業務上必須な仕様ではあるのだが、今のような一人夜に作業をする時は、窓を開けたりしないと大袈裟に言えば世界の中で一人ぼっちであるかのような感覚に襲われるのであった。

 

 そんな中で一件の通知が入った。

 

<マンハッタンカフェ

 

トレーナーさん。突然すみません

実は良い雰囲気の喫茶店を見つけまして。もしよろしければ行きませんか? 20:12

 

 

 飾り気の無いいつも通りのカフェの文面。

 その内容は、意外にも遊びのお誘いだった。

 オンとオフのメリハリが大事だと、先輩から教わっていた俺はカフェを遊びに誘ったりしないようにしていたので少し迷うが、彼女が望んでいるならいいかとその誘いに乗ることにした。

 

<マンハッタンカフェ

 

トレーナーさん。突然すみません

実は良い雰囲気の喫茶店を見つけまして。もしよろしければ行きませんか? 20:12

 

20:15俺でよければ。楽しみにしてるよ 

 

 

「……よし、そしたら今日のうちにできるだけ進めとかないとな」

 返信を返した俺は、気を取り直して目の前のパソコンに再び向き合い始めた。先程まであれ程気になっていた無音も、気づけば意識の彼方に追いやられていたことに終わってから気づいた。

 


 

「本当だ。お洒落なお店じゃないか」

「ええ……内装が目立ちすぎないところも惹かれまして……」

 

 どうやらその店は少し遠くにあるらしく、トレセン学園を出てからは電車を乗り継ぎ、少し歩いた所でようやくたどり着いた。

 喫茶店のためにここまで外に出たりというのは、元来出不精な俺には珍しい。

 正直疲れも感じ始めていたが、店を一目見ると片手間にやっているような店では無いことは伝わってくる。ここまで歩いた甲斐はあったようだ。

 

 ドアを開けてカフェを中に入れてからガチャリと閉める。するとすぐに鼻腔一杯にコーヒー豆の香りが広がってきた。

 

 この店は古民家をリフォームしてカフェに改装したらしく、店内はダークブラウンで統一された落ち着いた様子だった。

 ウッド調の壁紙で覆われ、カウンター席には使い込まれたコーヒーミルやグラインダー、サイフォンからピカピカに磨かれたカップやミルクピッチャーまで、いかにもな道具が存在感を示している。

 建物の骨組みは木材で出来ており、一部の柱は自然の大木を使っているのか、あえて一部が曲がったりしている木を使っていて自然に溶け込ませている。

 店の周りも緑に覆われていて、オープンテラスすらも緑のカーテンがかかっているのには驚かされた。

 

 

「昔は、喫茶店でビリヤードが出来たと言いますね……」

「ああ、新聞や雑誌からそういうゲーム的な物まで置かれてたりな。ベテランの人たちも懐かしんでたよ。80年代はインベーダーゲームとか置かれてて皆やってたって」

 

「それは……興味深いですね」

「だよな。俺も一回やってみたかったなぁ」

 

「あ……来ました」

 

 しばし談笑していると、頼んだ飲み物がやってきた。

 俺が頼んだコーヒーと、カフェが頼んだカフェラテ。

 

 そしてカフェラテには、シダのような植物を描いたラテアートが描かれていた。

 それに息をのんだカフェが、キラキラした目で見つめていた。似たような模様をよく自分でも描いている彼女だ。さぞ気に入ったのだろう。

 

「こういう魅せる形のコーヒーを出せるのは、流石プロだよなぁ」

「そうですね……。こういうのは、おいしいコーヒーを淹れるのとはまた別の技術ですからね……中々真似できません」

 

「折角だし、写真でも撮ったら?」

「……で、ですが飲食物を撮影するというのは……いいんでしょうか?」

 

「こういうお店は映えも意識してるだろうし、いいんじゃない? あ、フラッシュとかは気を付けてね」

「わ、分かりました。では……」

 おずおずとスマホを取り出すとパシャリと音がした。

 

「……撮れました」

「どれ? 折角だから見せてよ」

 

 こちらに向けられた画面には、二人の飲み物と気が抜けた顔をしている俺が映っていた。

 

 

「今日は服は黒じゃないんだな」

「ええ……たまには別の色にしてみたのですが、これは失敗かもしれません……」

 

 今日カフェが着てきたのは黒のロングスカートに白のフリルがあしらわれたブラウス。

 全身真っ黒の勝負服を着ている様子を見ているとそのガーリッシュなスタイルに最初は驚かされるが、よくよく見てみると全体としてはモノトーンの配色となっていて黒を好む彼女の傾向としては違和感無く見える。

 あまりオシャレに詳しく俺から見れば全体として十分すぎる程まとまっているように見えるが、何が気になったのだろうか。

 

「……もしこぼしてしまったらと思うと……」

 

 ……なるほど、要するに色が残るのを気にしていたらしい。そういえばカフェは猫舌だったことを思い出し、ゆっくり飲めばいいよ、と声をかけた。

 

 


 

 俺たちはしばし店の雰囲気を楽しみながら、コーヒーや軽食を楽しみつつ他愛もない話をしていた。

 ふと、それがひと段落ついたとき、かちゃりとカップを置いたカフェがそんな問いかけをしてきた。

 

「トレーナーさん。クイズです。コーヒーが一番最初に広まったのはどこだと思いますか……?」

「え、何だ急に? ううむ、エジプトか?」

「近いですね。イエメンのモカに、コーヒーの起源とされる伝説が残っているそうです……」

 

「コーヒーは最初はイスラム圏から始まったんです。アラビア語で『何らかの欲望を打ち払う、慎む』という概念を示した言葉の『カフワ』が語源と言われています。最も、当時のワインなどもこの言葉に含まれていたそうですが……」

「当時から、コーヒーの作用である眠気覚ましが注目されていました。というのも、スーフィー*1は修行として一晩中祈禱を捧げたりと禁欲的で厳しい修行をしていたので、都合が良かったんでしょうね」

「スーフィーってのは、あのトルコのくるくる回るダンスのやつか?」

「……メヴレヴィー教団のセマー(旋回舞踏)のことですか? はい、あれもその一派ですね。かつてはトルコはスーフィズムが栄えた地域だったんです。とても神秘的な踊りですよね……見ててこちらまで不思議な気持ちになります」

 

「ですが、その後コーヒーは度々メッカから販売禁止の圧力を受けました。最終的には失敗したようですが……」

「え、何で? 都合よかったんだろ?」

「まず当時コーヒーが人を酔わせると誤解を招いたことで、アルコール類を禁止するイスラムの法に抵触すると考えられました。また、炭を食することも禁止していたためコーヒーが炭にあたるという解釈もあったようです。法としての解釈以外には、アラブ世界にも後にコーヒーハウスができたのですが、そこが政府批判やギャンブルの温床になったりして印象が良くなかったようです。というか本音はこっちの理由で禁止したかったとか……」

「な、なるほど……。あっちはホントに規律が厳しいんだな」

 

「その後オスマン・トルコ帝国、オランダ東インド会社と地中海地域の商人たちが次々とアラブ世界とヨーロッパを交易で繋いだ中にコーヒー豆も含まれており、更にプランテーション農業で活発にコーヒー豆の生産を始めました」

「あー中学の時習ったなプランテーション農業。意味忘れたけど」

 

「そうしてヨーロッパに渡ったのですが、その中でも特にイギリスでコーヒー文化が発展しました。今更ですが、コーヒーハウスという名前、聞いたことありますか?」

 

「要するに喫茶店とか、カフェとか、そういう店のことだろ?」

「はい、日本では茶の方が伝来が早かったからか、喫『茶』店という名前が日本風ですが、かつてイギリスではコーヒーが大ブームになり、それで出来た店がコーヒーハウスという形態だそうです……」

 

「ほぉ。イギリスといえば紅茶のイメージだったが、コーヒーも人気だったのか」

「確かにボストン茶会事件もイギリスですもんね……。そうなんです。そしてそれは、ただコーヒーを飲む場所では収まりませんでした。……やがて様々な話題を語らう場へと人々が認識し始めたのです……」

 

「コーヒーを求めて自然と集まってきたのか」

「ふふ、こういう話はワクワクします。……素敵だと思いませんか? 『コーヒーを飲みに行く』それが言葉通りの意味では無く、情報交換をするという別の意味を内包し始めたのです……」

「ああ、確かにな。こういう秘密基地めいたロマンを感じるのは男の感性に近いような気もするが」

「むぅ……物事を楽しむ心に男も女も関係ありません。今はそういう発言はセクハラになりますよ……」

「た、確かにその通りだ。ごめんよ」

 

 

「特に17世紀あたりの西ヨーロッパでは、コーヒーハウスは社会的にも重要な役割を担い始めました」

「聖職者や神学者、哲学者に科学者と各方面の文化人たちが各自お気に入りのコーヒーハウスを持ち、街の噂話から政治や学術的な議論をするようになります。果ては株式市場の役割まで果たしたといいます」

「あ、聞いたことあるな。ロンドン証券取引所の前身が、コーヒーハウスなんだってな」

 

「はい……イギリスは特にそうした動きが活発だったようです。当時はどんな空気だったのでしょう……入ってみたかったです」

「当時の時代に生まれていればなぁ」

「はい……尤も、それでも私は入れなかったでしょうが。コーヒーハウスは女人禁制でしたから」

「あ……そうなんだ」

 

「その流れはフランスでも似たものはありました。ですが一方で出版や言論の自由が低かったためイギリスほどは盛り上がらなかったそうです」

「その時期のフランスは……ああ成程。まだフランス革命が起こる前の話か」

「はい……まだ絶対王政だった時代ですね。でもそのフランス革命の走りも、コーヒーハウスが関わっているんです」

「何、そうなのか?」

 

「ええ、当時は啓蒙思想*2がフランスで発展し始めると同時に、強固な身分制度によって貴族が利権を独占していた状況下でした。そんな大混乱の極みだったフランス議会でルイ十六世が、国民が信頼をおいていた数少ない議員だったネッケルを罷免しました。それを聞いたカミーユ・デムーランが革命派をあおりたてるために演説を行った場所がカフェ・ド・フォアというコーヒーハウスの近くなんです……」

「『さあ、武器をとれ!』って文言が有名だよな。そこが始まりだったのか」

 

 


 

「はぁぁ……授業を聞いた気分だ。今当たり前に飲んでいるこの一杯にもそんな歴史があったんだな」

「ふふ……面白いですよね。こういう目線から歴史を見れることを、学ぶ前は知りませんでした……」

 

 長く喋っている間に気づけば彼女のカップも空になっていた。店員さんを呼んでおかわりを貰う。

 注文を終えると、いつの間に背筋を伸ばしたカフェが、こちらを真剣な目で見つめてきた。

 

 

「今話した通り、コーヒーハウスの役割は自由な社交場でした。この空間では、かつて貴族も商人も平民も、立場に関係なく同じ目線で語らった。私も、それを望みます。同じ目線で貴方と語らいたい……」

 

 

「教えてくださいトレーナーさん。セントライト記念。私が辛酸を舐めたあの舞台を通して、何を思ったんですか?」

 

 

 彼女のその質問で、俺は今回のお出かけの意図にようやく気づいた。

 彼女は別にコーヒーの歴史を俺に教えたかったわけではない。

 先日のセントライト記念での4着。初めての大一番での敗北。

 それを俺がどのように受け止めているのか。カフェはその屈託ない意見を学園から離れたこの場で聞きたかったのだ。

 

「……菊花賞の優先出走権。そのためにどうしても3着以上狙いたかったな」

「はい」

 

「中山の苦手意識を取りたかったという意図もあった。だが結果としては残念なものだった。思い返せば距離が2200と短めだったのもあるかもな。最後の直線で伸びきれずに3着とも2.5バ身の差が出てしまった……悔しかったよ、とても」

「はい……」

 

 建設的とも言えない、ただ負けを悔いる発言。

 それをトレーナーがよりにもよって担当のウマ娘にぶつけるなど、本来は信頼関係を損なう言動だとしてあってはならないものだとされる。

 もしも先輩がいたら後で説教コースだろう。だけどそれが正直な俺の思いだったし、マンハッタンカフェもそれを粛々と受け止めてくれた。

 

「トレーナーさん。次のレースについてはどう思っていますか? 教えてください」

 

「決まっている。菊花賞を狙うさ。優先権は取れなかったが、カフェは今までの勝ちの積み重ねがある、まだ分からない」

「カフェは文句の一つも言わずに俺のトレーニングについてきてくれたんだ。そんな教え子を信じないわけがないだろ。次こそは勝つ、絶対に勝つ!」

 

 インタビュアーのようなカフェの質問に俺は間髪入れずに答えた。

 するとカフェが満足そうに手を伸ばし、テーブルの上で組んでいた俺の手をそっと包み込んだ。

 

「ええ、その通りです。次こそは勝ちます。私は、この悔しさを京都でぶつけたい……」

「……それは、『お友だち』に追いつくためか?」

 

 時折カフェが言っている、自分によく似た幻影、『お友だち』。彼女が淀の坂で待っているというのだろうか。

 カフェは微笑んで返した。

「…………そうです。ですが今回の彼女はあまり場所にこだわりはないようで……菊花賞を望んでいるのは、『私』と『あなた』の意志です」

「……分かった。そしたらそのように手続きを進めるよ。……()()()、カフェは」

 

 俺の言葉にピクリとカフェの耳が動いた。

 ちょうどいいタイミングでおかわりのカフェオレもやってきた。

 

 するとカフェは、そのカップを勢いよく持ち、熱さも構わずに一気に飲み干し始めた。

 

 突然の行動に俺も店員さんも驚き、ゴッゴッと喉を鳴らして飲み込むカフェのことを呆然と見続けた。

 やはり流石に熱かったのか、顔を真っ赤にしながらカップを置いてカフェは俺に言い放った。

 

「菊花賞は『最も強いウマ娘が勝つ』……私は強い……ですから、猫舌にも負けないし、淀の坂にも、負けるつもりは……ないです……」

 

 カフェなりの強さのアピールだったのだろうか。

 その割にはなんだかズレたアピールだったが、不思議と今の俺にはその姿が心強かった。

 


 

 これがあの敗戦の後の出来事だ。

 このことは俺の中でインタビューで語る鉄板エピソードとなった。何故ならこの日のカフェの提案のお陰で、結果的に俺たちが菊花賞というゴールへの思いを再確認することができたのだから。俺たちの絆を示すエピソードとしては最適ではないか?

 

 最も、実は最後の一気飲みは、菊花賞へのボルテージが高まったあまりに良いとこを見せたくてやっちゃった出来事らしく、カフェとしてはもう話してほしくないらしい。

 この話をする度に、真っ赤な顔で俺の袖を引いて、「あ、あの……あの時のことはもう……勘弁を……」と懇願してくるがそれでも俺は止める気はさらさら無い。

 

 だっていいじゃないか。結果お前の言う通り、()()()()()()()()()()()んだからさ。

 

*1
イスラーム神秘主義の修行僧

*2
今までの慣習とかが本当に正しいのかをもう一回論理的に考え直そうぜという考え方




趣味に全力な様子を書きたくてこうなった。なお真面目な話をしていても幽霊設定はやっぱり捨てきれなかった模様
カフェにデートに誘われたいだけの人生だった…… 


途中で長々とカフェが話していた内容にもし興味が出た方、参考文献を載せておくのでぜひ一読下さい。特に一つ目の本はおすすめです。
『歴史を変えた6つの飲み物』 トム・スタンデージ著
『コーヒーが廻り 世界史が廻る』 臼井隆一郎著
『カフェと日本人』 高井尚之著
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