もしもマンハッタンカフェが愛が重くて女優でポンコツだったなら   作:明石しじま

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もしもホワイトデーを迎えたら(前編)

Is it chill that you’re in my head?」(貴方の事を考えていていても大丈夫かな?)

 

 2月13日。いつもの実験室兼趣味部屋で、マンハッタンカフェは歌いながら一人用意を進めている。

 

 

 記念日というのは、時には『感謝』を時には『恋』を、誰かに伝えるために作られているのだと、私は思っている。日々の激動に呑まれていたら忘却に沈んでしまうようなことを、我々に思い出させてくれるのだと。

 

 だから私は遠慮なく利用させてもらう。

 夢も真実も隠しながら生きている私だが、それでも伝えたいことを意味付けするために、手紙のように大事に大事に包み込む。

 

Is it too soon to do this yet?」(まだ早すぎるかな)

 

 鼻歌交じりの小さな歌声が部屋に響く。ここに入学してから歌が得意になった。

 袋から取り出しては、ゆっくりと並べていく。

 

 私だって慣れてるわけじゃない。当然恥ずかしさはある。だが、せめて美味しく食べてくれればなんて、慎ましく収まるつもりはない。

 最近のトレーナーさんは目に余る。私をもてあそぶかのような悪いトレーナーさんには、ここで1回周りに釘をさしておかなければいけない。他の生徒たちには悪いが、私たちの世界にこれ以上の登場人物なんて要らない。

 それに今のうちに私が留めておかないと、優しいあの人はすぐに離れてしまうかもしれない。だから明日、私は小さな思いつきを実行に移す。早すぎるなんてことはないはずだ。

 

Cause~~……次のフレーズは何だったっけ?」

 

 考え事をしてたからかつい歌詞を忘れてしまった。うーん、英語は苦手なわけじゃないんだけど、やっぱ洋楽の歌詞は難しい。

 この歌は共感できる所が多くて、歌える方のはずだったんだけどな。今度、もう一度しっかり歌詞を調べてみよう。

 

 ……ああ、でも最後のフレーズはしっかり覚えている。さあ、終わった。

 

 

 

 

Isn't it delicate?」(繊細でしょ?)

 

 そんな歌詞に応えるように、袋がガサリと音を立てた。

 

 


 

 学園内のホールは数名の生徒が歩いているくらいで嵐の前のようにひっそりと静まり返っている。だがその生徒たちの顔はどこか期待を浮かべているようかのように明るく、雰囲気としては悪くない。そんな様子を俺は2階からぼんやりと眺めていた。

 

「明日はホワイトデーか……()()()程とは言わないが、また甘い香りがすごいんだろうな」

 

 あの時とは先月のバレンタインデーのこと。あの日はすごかった。生徒たちが持ってくる菓子のせいで学園内どこにいても砂糖の香りがたちこめていた。毎年のことだし別に甘いのが嫌いなわけではないが、うんざりするような胸がつまるような焦燥感を覚えていたのだ。

 

 本命チョコ、義理チョコ、友チョコと数多の理由付けが成されて贈り合うために、家庭科室は予約で一杯になるし周囲のスーパーから製菓用の商品棚は空になっている。

 そして当日を迎えてしまえば毎度お祭り騒ぎだ。皆がまるで入場券の様に鞄に菓子を詰め込むせいで、学園内のゴミ箱は包装紙で埋め尽くされることになる。

 

 翌日以降は、甘い誘惑に負けたウマ娘達は後悔にむせび泣きながら必死に減量に勤しむことになる。どれだけ代替わりしてもこのテンプレじみた流れは変わっていないそうだ。

 マンハッタンカフェみたいに長距離メインの娘だとそこまで焦らないが他の距離メインだと苛烈なダイエットを敷くことになる。トレーナーとしてはこれどうにかした方がいいんじゃね? と思うが我々が折れてメニューを作る方がマシということなのだろうな。……正直俺も彼女達から取り上げられるとは露ほども思っちゃいない。

 

 このバレンタインに対して、昔は所詮は製菓会社の思惑だろうと捻くれた考えを持っていた。まぁモテない事からのひがみでしか無かったんだが。

 一応、そんな斜に構えた振る舞いは中学で無事に卒業しているので許してほしい。そんな事はわかった上でそれでも素直に楽しむのが一番健全なのだと、大人になってやっと気づいたのだ。

 

 ……別に担当から貰えたからと余裕ぶっているわけでは無い。断じて無い。

 

 

「帰りにデパート寄らなきゃな。遅くなりそうだが、流石に買えるよな?」

 美味しく頂いた身として、ちゃんとお返しを用意しなければいけない。今まで縁が無かった身のツケゆえかどうやって用意すればいいのかいまいち分からないままホワイトデー前日まで時間が経ってしまっている。今日は会議があるため終業がいつもより遅くなるのだが、まぁなんとかなるだろう。

 

 まぁいくつかの義理を除けば俺個人に向けられた物はカフェくらいしか無い。そして義理用の物は徳用の物を既に用意しているので実質カフェ用の物だけ選べばいいのだ。

 

 そして俺には、これと関連してもう一つイベントがある。

 

「お、早速日程調整の連絡が来てるな。くっくっく、久々にタダ酒が飲めるんだ。全力で応えてやらなきゃ嘘だよな」

 実はバレンタインデー前にトレーナー仲間内に密かに賭けをやっていた。そして今日の朝その賭けに勝ったのだ。

 

 賭けの内容は最も多く貰えた者を予想し、当たった者は今度の飲み会でタダになるというもの。どこから聞きつけたのか、何故かグループにはナカヤマフェスタもいた。

 だが、賭けにならないほど予想は一極集中していたようだ。

 

<バレンタインギャンブル2022(5)

 

 

既読4 19:23…皆マヤトレ予想か。ま、そうなるよな

マヤトレ

ええーホントに?困ったなぁ…19:40

タキトレ

これじゃ賭けにならねぇな笑19:43

 

ナカヤマフェスタ

いや、私はカフェトレに賭けさせてもらおう20:01

既読4 20:12え、俺か!? 意外だ。理由を聞いてもいいか?  

ナカヤマフェスタ

大穴が持つロマン。これぞ博打の醍醐味20:45

既読4 21:01ごめんな、生徒に言うことじゃないがはっ倒すぞマジで

タキトレ

21:04

ユキノトレ

21:08

マヤトレ

21:15

 

 

 案の定最も多かったのはマヤトレだった。あいつはトレーナー界隈でもトップクラスのイケメンだしこうなるのは目に見えていたが。

 ちなみに彼曰く、「誰から貰ったかを忘れてしまうから事前に名前を聞いてリスト化している」だそうだ。○ねばいいのになぁ。

 

 ……だが、そうまでしてちゃんと全員に返そうとしているのは偉い。しかも、ナカヤマの分は俺らで折半で出そうとしたらついでだからとマヤトレが負担する漢気を見せた。そういうマメさも人気の秘訣ということなのだろう。

 

 

 ナカヤマの発言には腑に落ちない所はあるが、何にしろタダで飲む酒が美味いことには変わりない。俺らがいつも使っている、あの店の手羽先のことを思うとナカヤマのディスりも今日の仕事の量が多めであることも何も気にならない。ああいけない思わず口が綻んでしまう。あそこは女将さんも優しくて、以前モテない事を嘆いた時にチロルチョコをくれたんだ。不思議と、自分で買うより美味しく感じたものだ。会が開かれた暁には、あの時のお返しがてらいっぱいお金を落としてあげよう。あ、勿論ナカヤマはジュースな。

 

 

 

「ふふ、トレーナーさんお疲れ様です。お返し、用意してますか? いいですよねぇ、この季節」

「うん? ……あっ、たづなさん、すみません。やっぱ楽しいですか? こういう行事は」

 

 すると後ろから突然たづなさんに声をかけられた。どうやらホワイトデーに浮かれていると勘違いされたようで恥ずかしい。実は飲み会のことを考えてましたなんていうのもなんだかみっともなくて、そのまま話を合わせる。

 どうやら休憩時間がたまたま被っていたようだ。

 

「ふふ、そうですね。確かにもう自分が贈って舞い上がるような年でもないですが……。憧れの方へ何を送ったか、どんなこだわりを入れたのか、そんな話を聞くのも案外楽しいものです」

「ああ分かりますよ。他人から恋愛話を聞くのっていいですよね」

 

 最も、最近はこういう話を聞くと焦る気持ちも出てきているのだが。

 しがない一トレーナーでしかない立場から見ると、理事長秘書なんて聞くと途方もつかないほどの仕事に囲まれたバリバリのキャリアウーマンなのだと思っていたが、意外と俗っぽい楽しみ方をしているようだ。何だか親近感を覚える。

 

 しかし自分ではそう言うが、恐らく謙遜するような年齢ではないと思うが。

 そういえばたづなさんっていくつなんだろう……

 だがしかし、これだけは口にしてはいけない気がした。喉元まで出かかった疑問を必死に飲み込む。女性に対する一般的なマナーで歳を聞いてはいけないとも書いてあったし何よりなんか怖い。

 

「……何か?」

「いいえ、何も」

 

 

 俺の失礼な考えを知ってか知らずか、たづなさんがニッコリと笑う。この流れを断ち切るために話題を変え、同僚たちがチョコをどれくらい貰っていたのかを噂する方向に切り替える。やれあの人は10個も貰ったらしいとか、やれあの人は妻のために全部断ったらしいとか、そんな情報交換とも呼べないようなたわいな噂話をしあった。

 

「そう考えると、チームを作っているトレーナーさんは大変ですねぇ。そういう人って不思議とチーム外の娘からも貰ったりするそうで、お返しの取りこぼしが無いようにするのが大変なんだとか」

「うわぁーなんですかそれ。贅沢な悩みですね」

 

 仕事が出来る男性というのはやはり魅力的に見えるものなのだろうか。チームカノープスの南原トレーナーに至ってはファンクラブまであるとかないとか。

 

「今年のバレンタインでは告白した生徒までいたそうですよ。ふふ、微笑ましいですよね」

「たづなさんそんなことまで知ってるんですか!? ……というか怒らないんですか? あなた一応生徒の恋愛を止める立場でしょうに」

「ふふ、そうなんですけどね。ですが恒例のイベントを無視しろ、というのも無粋なように思えてしまって。……それにそういうことをしちゃう娘の気持ち、私も分かりますから」

 

 たづなが昔を懐かしむように遠い目をしている。

 数多の実務を抱え仕事に生きているたづなさんも、かつては恋に恋する時代があったのだろうか。

 そんなことを思っていると、我に返ったたづながこちらに向き直った。

 

「トレーナーさんはマンハッタンカフェさんが担当でしたよね? どうでした? チョコ貰えました?」

 

 この流れで自分の話をするのは恥ずかしいが、散々他の人の噂をした手前俺だけ逃げられはしないだろうな。矛先が俺に向くのも当然だろう。

 

「いいえ、チョコは貰ってないんです」

 

 あら、とたづなさんが意外そうな顔を向ける。

「そうなんですか?」

 

 マンハッタンカフェがトレーナーの事が好きというのはたづなの耳にも入っている定番の噂だったのだ。無論本人達はそんなこと知る由もないが。

 

「写真見ますか?」

 

 そう言ってスマホの画面を見せた。たづなさんが納得したように息を吐いた。

 

「成程。確かにチョコは入っていないみたいですね」

 

 

 

 ♦♦

 トレーナーさんから見せられた写真を見た瞬間、先程自分がした質問を早々に後悔した。さぞ気合いを入れたチョコレートを贈ったのだろうと推察していたが、当たらずとも遠からずといったところか。

 

 生徒の恋愛。確かにさっきは理解があるようなことを言ったが、それはあくまで私が関与していない立場にいることが前提なわけで。避けられるトラブルの種は当然避けたいわけで。

 袋の中に所狭しと袋に詰め込まれていたていたのは、小さく切り分けられたバウムクーヘン、キャンディー、マカロン、マロングラッセ。流石にこれだけの種類を手作りするのは厳しいだろうから、既製品を詰め合わせたのだろう。

 

「随分色んな物が入ってますね」

「きっと、色々な味を楽しめるように工夫してくれたんですね。いやぁ嬉しいなぁ」

 

 嬉しそうにトレーナーさんが笑う。

 

 確かに、穿つこと無くそれを見ればただの豪華なプレゼント。

 手作りのハート型とかと比べると分かりやすいメッセージ性は感じないだろう。

 

 

 私も学生時代には、特集号が載った雑誌を見て友達とお菓子作りに勤しんでいたものだ。今では仕事に追われてそんな女の子らしいことも出来ないんですけどね。くすん。

 

(まさか、あの時の知識が役に立つなんてねぇ)

 当時好きだったクラスメイトの男の子。ヒトである彼は私よりも遥かに足は遅かったが、それでも楽しそうに走る姿に惚れてしまった。彼をどうにかして振り向かせるために、その雑誌からヒントを探し出そうと繰り返し読んだものだ。

 

 その特集の見出しは、『言葉はいらない! お菓子で気持ちを伝えちゃおう!』とかだったか。見出しも覚えているくらいだからよっぽど当時の私はそれをバイブル扱いしていたのだろう。

 

 一言でいうと、花言葉や宝石言葉の様にバレンタインのお菓子にも言葉があるという内容が書かれていた。そして各贈り物が持つ言葉の意味も。

 ……私の記憶が確かなら、目の前に写っているお菓子は一際どストレートな言葉だった筈なのだ。

 

 長い生地を巻き取っているバウムクーヘンは「この幸せが長く続きますように」。

 舐めて長い時間楽しめるキャンディーは「あなたとずっといたい」。

 高級感を漂わせるマカロンは「あなたは特別な人」。

 アレキサンダー大王が贈ったとされるマロングラッセは「永遠の愛」。

 

 チョコレートが持つメッセージはこれらよりも弱い。だから入れなかったのだろう。

 つまりカフェさんは、定番を贈るよりも手作りをすることよりも、自分の気持ちを婉曲にかつ確実に伝える事を選んだという事か。

 

(……これ意味がわかると怖い話とかですか? 見なかったことにしたいんですが)

 誰よりもガチじゃないですか。しかも1種類じゃ足りなかったんですか? 

 

「しかもカフェったら、わざわざ俺が食堂で飯食ってる時に渡してきたんですよ。放課後とかに適当に置いといてくれれば良かったのに」

 

 

 知っている。何故なら私も見ていたからだ。()()行動には絶対に理由があったに違いない。あれは周りへの牽制だったのだろう。

 

 マンハッタンカフェは去年の菊花賞に引き続き、12月の有記念も勝利しているため、今学園内では注目の的だ。

 そうなると必然的にそのトレーナーにも注目が向く。

 

 最近特に、長距離を得意としていてかつまだ担当がついていない娘たちが目をつけているという。

 実際たづな自身、この人がフリーの娘に何やらアドバイスをしている様子を見ることが増えている気がする。

 当の本人は「最近なんか忙しくなってる気がするなぁ」なんて呑気なものだが。

 

 

 だが、恐らく純粋な善意でやっているそれはあまり褒められた行いではなく、やる場合もひっそりとやるトレーナーが多い。

 

 普段よく見ていない分、アドバイスも無責任なものになってしまうし必ずしも的確とは限らない。そもそもそれを認めてしまうと専属契約の意味が無くなってしまうのだ。

 そして何より、その行動は担当ウマ娘から非常に反感を買いやすい。

 

 だが気持ちはわかる。

 苦労してスカウトまでこぎつけた相方が、自分たちが結果を出した途端ぽっと出のウマ娘に目をつけられているのだ。冷たい言い方をすれば敵に塩を送る行為ともいえる。

 

 ましてや、明らかにトレーナーに対し好意を抱いている娘の場合、この行動は非常にリスキーとなる。

 

 過去にはそれを嫌がるあまり、自分以外のウマ娘と喋るな、なんて無茶なルールを課したりウマ娘同士の口論に発展しあわや掴み合い一歩手前まで陥ったケースまである。

 端から見た感じカフェさんは明らかにそういうタイプだ。もしかしたらアドバイスに夢中になるあまり、カフェさんとの時間が減ってしまったこともあるのかもしれない。最近のカフェさんはフラストレーションが溜まっている様子が見て取れた。そしてあのバレンタインの時のことは忘れられない。

 

 

 

 あの時、私は食堂端の席で食事していた。

 するとカフェさんが食堂に入ってきたのだが、ご飯を取らずにトレーナーさんの元にスタスタと向かっていった。トレーナーさんは食堂の真ん中よりに座っていたため、他の生徒から見ても目立っていた。一部の察しの良い生徒たちは顔を見合わせたり好奇の目で様子を見守り出した。

 

「どうした? カフェ?」

 

 のんびりとした顔で問いかけるトレーナーに対し、カフェさんの顔はどこかこわばっていたのが印象的だった。

 

 そして意を決したように、周りからも見えやすいようにあえて大げさに、懐から取り出してトレーナーさんにお菓子を渡した。

 

 その瞬間きゃあっと周りが黄色い声を上げる。その中で呆気にとられているトレーナーさんを尻目に、カフェさんが周りをグルリを見回したかと思うとあっという間に立ち去っていった。一瞬私とも目が合った。するとその一瞬、ゾクリと背中がすくみ上がるような寒気を覚えた。

 

 あの時、気のせいかもしれないがカフェさんは私を含めた全員に睨みをきかせたような気がしたのだ。

 

 機嫌が悪かったのかと思いそれ以上気にしなかったが、こうして今中身を知ってから振り返るとその真の意味が分かる。何故私が無意識に冷や汗をかいていたのかも。

 あの袋は透明だった。近くにいた生徒たちは中身も見えていただろう。もしかしたら私の様に、その中身の持つメッセージに気づいている娘もいるかもしれない。きっとカフェさんは、周りに対しそれとなくアピールしていたのではないか?

 

 考えすぎだろうか。あの金色の目はこう言っていたような気がした。

 

 

 

『ちゃんと見ましたか? 皆さん、この人ちょっと優しくされたくらいで勘違いをしないでくださいね』

 

 

 

『アナタにも言っているんですよ? この人は私のモノだ。アナタは、私の敵ですか?』

 

 

「たづなさん? たづなさん!?」

「!」

 

 いけない。ついぼんやりしていた。一瞬目が合っただけだがあの時の彼女の目が忘れられない。疲れていただけかもしれない。考えすぎなのかもしれない。

 今まで学園の為に嫌われ役を買うこともあった。初めは胸が痛かったが数をこなす度に割り切れるようになった。そんな私が、久々に『恐怖』を感じるとは。

 

「いえ、すみません。お返しの話でしたよね。決めてるんですか?」

「今日の夜探すつもりです。正直全くアテはありませんが」

 

「お返しなんて、そんな悩むようなものでもありませんよ。無難にクッキーとかあげたらどうですか?」

「折角くれたものだからって考えてたら分からなくなっちゃって。どうせならしっかり選びたいんですよね」

 

「うーん、あえて定番から外すならば相手が欲しがってそうなものにするのもアリだと思いますよ。普段の様子を思い返してみてください。何かありそうですか?」

 

 

「そうですね……。大人しい娘ですから静かに佇んでいる印象があります。走れば爆発力は低いけど落ちないスピードでじわじわと先頭まで向かう戦い方をしてますね。……あ、この前食堂でタキオンと喋ってたら、いつの間にかやってきて無言でタキオンをガン見してましたね。タキオンも怯えてたんだけどあれなんだったんだろう。傍から見てても冷たい目しててこわかったなぁ……あ!」

 

 ブツブツ言いながら俯き考え込んでいたトレーナーさんが、やがて思いついたように顔をこちらに向けた。

 

 

 

「そうだ、目薬とかどうですかね!?」

「女心ナメてます?」

 

 

 

 

「いいわけないじゃないですか! なんでお菓子のお返しが医薬品になるんですか!」

「いや、もしかしたら疲れ目になってたりしないかなって」

「だとしたら然るべき医療機関を勧めてください!!」

 

 結局、それからもトレーナーさんと喧々諤々な議論を交わすがこれだという物は見つけられなかった。

 

「うーん……すみません力になれなくて」

「いえ、大丈夫です! 仕事終わったら急いで探してみることにします」

 

 気づけば休憩時間も終わりが近くなってしまった。力及ばなかったことを謝罪して、私はトレーナーさんと別れたのだった。

 

 


 

 たづなさんに相談した後、仕事を終えた俺はあれからデパートに寄り、俺なりに真剣にお返しを選びだせた。

 そして翌日。業務の合間を練ってたづなさんの元へ向かい手元の鞄から包装されたチョコを取り出した。

 

「これ、バレンタインの時のお返しです」

「あらあら。ご丁寧にありがとうございます。……去年も頂きましたが、無理してお返ししなくてもいいんですよ? 全トレーナーに向けて、理事長と共同でご用意させていただいたものですから」

「ええ、分かっています。ですが貰いっぱなしというのもモヤモヤしますから。あ、ちゃんと理事長の分も入ってるので安心してください」

 

 冗談めかして肩をすくめる。

「それに、俺は残念ながらモテないもので、こういう形でしかお返しをやる機会が無いんです。俺がやってみたくてやってるだけなので気にしないでください」

「ふふ、ではそういうことにしておきますね」

 

 手慣れた様子でお返しを渡していく。実際気持ち的には年賀状を送り合うようなもので、お互いにやましい気持ちが無いことを分かりきっている分気楽なものだった。

 

「それで、結局カフェさんへのお返しは何にしたんですか?」

 

 いつもの爽やかな笑顔から一転、どこか下世話な笑みを浮かべて問いかけた。

 

「え、見せなきゃいけないですか? なんか恥ずかしいな……」

「ええ、勿論! 相談を受けた身として最後まで責任持って見届ける義務がありますから!」

 

 絶対面白がっているだけなのは見え見えだが、確かに相談しておいて隠すのも不義理ではある。渋々カフェへのお返しも取り出した。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 刹那、たづなさんはさっきまでの笑顔から一転、呆けた顔でそのお返しを凝視した。

 そのあまりの変わりように俺も思わず狼狽える。

 

 

「え、ちょっとたづなさんどうしたんですか? ……もしかして賞味期限切れてます?」

 

 

 俺の小ボケにも反応せず、たづなさんはまるで子供に語りかけるようにゆっくりと説明する。

 

 

「トレーナーさん……。ホワイトデーのお返しには2つ、NGとされている物があるんですよ。知ってますか?」

「へぇ、そうなんですか。一体なんですか?…………って、まさか」

 

 

 

 

「……グミと、マシュマロです」

 

 

 思わず息を呑む。たづなさんはそれっきり沈黙する。

 

 

 

 

 俺が今出来ることは、せめて落とさないようにその『高級マシュマロ』を両手で支え直すことだけだった。

 

 




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