プロローグ 凶星のモトから生まれた者
「────―反吐が出るな」
恐らく何処にでもあるであろう田舎町の人気のない河川敷で、昭和でも中々見ない珍しい光景がそこには広がっていた。眠たげな目つきをした青年が無造作に立ち、その周りには学ランやズボンが改造された学生服を着た青年達、恐らく不良や半ぐれと呼ばれる者達が呻きながら十数人程地べたに這っていた。
「学習しろよ、お前ら。人数集めてボコりに来るのこれが初めてじゃないだろ。あとぶっちゃけこんだけ集めてもボロカスに負けるのどんな気分?」
怪我は愚か、彼の標準的な黒い学生服には汚れが全く見受けられない。
しゃがんで近くの不良の汚い金髪を鷲掴みにし自分の顔に向ける。不良の顔は出来たばかりの痣にまみれており、口の端から血が滲み出ている。後遺症は残らないだろう、しばらくの間は喋るだけで激痛が走るのは素人目にも明らかだが青年はまるで気にしない──────倒れている十数人一人残らず自分がやったのだから、そしてこれが初めてではない。
「今時珍しいよな、こんな光景。でもまぁ、居るとこには居るんだよな、お前らみたいな時代錯誤な不良共…………親に申し訳ないとか思わないわけ?」
「…………あ゛っぐ……ヴ……化け物がぁ゛……」
「人間だわコノヤロー、あと俺は被害者だから。毎度毎度あんたらが勝手に囲んで殴りかかってきたんだろ。一度だって俺から仕掛けたことは無い、そうだろ? それとも殴られ過ぎて忘れた?」
興味を無くしたのか、そのまま髪を離し地面に落とす。急に離されるとは思ってなかったのか鈍い音が出るがやはり青年は気にしない。周りを一瞥し倒れ伏している不良達の状態をざっと見る。あるものは腹を抑えてうずくまり、あるものは仰向けに倒れ、あるものは吐瀉をまき散らしていた。差異はあれど全員死屍累々で倒れ伏している。
モゾモゾと動く姿はまるで死にかけの虫の様だと他人事の様に思った、実際他人だが。この不良の先輩方に対しての敬意など初めて出会った時に五秒で消えた。
(死にはせんだろ、四、五発殴っただけだし、急所は外したし……いや顔は急所かな?)
やっぱりどうでもいいか、思いつつその場を後にする。日常的とまではいかないが、たまに強襲されるので相手の体への気遣いなどとうに忘れた。そもそも向こうはバットなどの凶器を持ち出してきたこともあるのでこっちが気を遣う必要などないだろう、流石に頭部は狙われなかったが。
そして自分がこの様な不良共に絡まれると決まって現れるのが──────
「ちょっと! 先輩! 何してるんですか!?」
「何も? 強いて言えば生命活動」
「そうじゃなくて後ろの人達! またですか!?」
────―緑髪の彼女である。
河川敷の地面に置いていた学生カバンを拾い上げながら、河川敷沿いの道に上がるといつの間にか後ろにやかましい後輩がいた。彼が喧嘩して、彼女が止めようとしたり、終わってしまった後に咎めるというのがルーチンワークとなっている、勿論両者ともに望んだルーチンでは無いのだが。
(相変わらず日本人の…………てか人間の髪色じゃねえな、大阪のおばちゃんかよ)
「先輩、あなたが自分から喧嘩を売っていないことも、彼らが普段から非行に走っていることも、ほとんどの教師達がこれらの現状から見て見ぬふりしていることを指し踏まえてもですね、あなたのしている事は──────」
「あーーーハイハイ、わかってるよ。正しい事してるつもりなんか無いよ。被害者だろうと、多対一だろうと、暴力振るった時点で同罪で同類だろ。流石にそこん所は履き違え無いよ」
自分よりも一つ年下の、自分よりも頭一つ低い少女の説教を生返事しながらも受け入れる。青い春を履き違えた非行青少年共のサンドバックになる気は全くないが、自分の行いを正義とも思わない。
ダークヒーローや志高いヴィランぶっているわけではない。
ただ加害者に対して被害者が必ずしも正しいと、間違っていないとも、両者ともに間違っているとも限らないと──────青年こと
(…………そうだ、所詮俺も
ほんの少しだけ感傷に浸ってしまい、らしくないと現実に意識を引き戻す。
自宅に帰ろうと歩を進めると隣には自身の後輩がさも当然の様にいる、途中まで帰り道は同じとは言え、別について来る必要は無いはずだがその指摘もとうの昔に終わった話だった。
高校は半日で終わった為に空はまだ青い。自身の同級生たちは遊びに行っているのだろうか、それとも部活に精を出しているのだろうか、自分は遊びに誘う友人などおらずただバイトに励み生活費を稼ぐだけだ。隣の後輩もいつものように神社でせっせと掃除や布教……布教? でいいのかは分からないが巫女の勤めとやらに励むのだろう。
「だったら、もうちょっとどうにかならないんですか……?」
「んーーー…………無理じゃね? 不良の方々は『先公にチクるのはダサい』とか『ここまでやって引いたら漢が廃るとか』いつの時代の人間だよ、と突っ込みたくなるような思想をお持ちの様だし」
「うわぁ……なんか『今日から俺は!!』みたいですねー……あっ、だからこんな所で喧嘩しているのに騒ぎにならないんですね」
合点がいったと頷く後輩がやけに呑気に映る。この後輩はその手のアニメや漫画が好きなのかよく例えに持ち出すことがある、お陰で金がかかる趣味を持たない自分も少し詳しくなった程だ。というか自分と関わる事によって不良共の標的にされるとか考えないのだろうか?
事あるごとに何かと関わる後輩を訝しむが、何故かこの後輩は初めて会った時から妙な存在感がある。正直な話、不良共よりもこの後輩の方が強そうに見える事がたまにあるのだ。髪の色だけでなく、何か人間離れした物を感じる…………そこまで考え、自分までサブカルチャー思考に染まったかと正気に戻す、何を馬鹿な事を考えているのだろうか。
「田舎だしなー、都会よりは緩いのかもな」
「でも程々にして下さいね。怪我してからじゃ遅いですし、周りの大人が見て無くても神様は見てるんですよ」
「さよか。でも怪我は気にすんな、一発も当たらないし当たっても痣一つできたことが無い」
「素手ならそうかもしれませんが……相手が相手ですからバットとか持ち出してきませんか?」
「昔バットで腕殴られたけど全くの無傷だった」
「────―実は子供の頃山で拾われて、猿の尻尾が生えていたとかありませんよね?」
「純日本人だし、純地球人だわ」
「純地球人は兎も角、純日本人はちょっと怪しいですよ。先輩、瞳若干赤い、赤銅色って言うんですか? 変わった色してますし」
「髪の毛緑色の奴に言われたくねぇよ……」
こんな軽口を叩きながら通学路を歩くのも、ここ数年見慣れた日常だった。毎日ではないが、自分たちが通っている学校は中高一貫であり隣の後輩とは自分の今までの経験からは「長い付き合い」という部類になる──────もっとも学校とバイト先とボロいアパートの大家さん以外関わる人間など皆無だが。
「そういえば先輩は今年で卒業ですね。進路とか考えてるんですか?」
「奨学金で大学に通う事も考えたが……就職だろうな、一応当てはあるし。お前は? 神社継ぐのか? 『継ぐ』って言い方が正しいのか知らんが」
自分はとうの昔に両親と死別している、そして紆余曲折あって今の土地に引っ越してきた。親戚などの援助も諸事情から期待できずほぼ絶縁状態な為苦学生である。大学に行く余裕はない、しかし別段悲しくもない大学に行けない事も親が死んでいる事も。
「私は…………実は卒業と同時に遠い所に引っ越すんですよね、だから先輩とは多分もう会えません」
「そっか、オタッシャデー」
「軽ッ!? え? 軽ッ!!?」
もっと何か無いんですか!? と叫ぶ後輩に無いと断じ、自然豊かな風景を見渡す。
生活に不便さを全く感じないわけではないが、やはりここは緑や水が豊かで澄んでいるように思える。幼少の頃は都会に住んでいただけに、この緑の多さは今でも新鮮に感じる。都会は河川敷であってもゴミが多く、夏は排気ガスのせいか深夜であってもドライヤーの熱風が吹いているのかと思う程暑い夜もある。
それに比べてここは空気が新鮮で風は年中涼しい、そろそろ初夏という時期でも冷房はいらないだろう。正直な話色々と面倒な為、愛着も含めてここから引っ越すのは嫌だなと思う。
「しかし遠い所って何処だよ? 海外か?」
この後輩は生まれた時からこの自然豊かな田舎街で過ごしてきたという。ならば、都会での暮らしは想像以上に大変だろう。特に電車やバスなど慣れていないと乗り間違えるなど地元民でも稀にある、自分がここに引っ越してきた時半ば強引とは言え、世話になったのは事実。海外であれば助言など出来ないが、国内であれば少し骨を折るとしても、ある程度相談に乗ろうと──────
「あっ、やっぱり可愛い後輩がいなくなると知って悲しいんですね!? いやー分かります分かります分かりますよ現役で巫女やっている女子高生なんて三次元じゃ希少種──────」
「昼飯はタコ焼きでいいや、明日はバイトかー…………怠いな」
「すみません、もうちょっと興味持ってくれます???」
──────―したが辞めた。なんか自分よりもよっぽど適応力が高そうだったから。
多分何処でもやっていける、例え人外魔境でも。何だったら周りを巻き込んで騒動を起こしそうな気がする。自宅近くの商店街に着いたのでよく行くタコ焼き屋に立ち寄り八個入りを二船買う。
「ホレ、アホ言ってないで、食うか?」
「ほんっと先輩ってやる事成なす事雑と言うか何と言うか──────」
「要らないなら全部食うぞ」
「頂きます! 二重の意味で!!」
一船後輩に渡し、近くのベンチに後輩と共に腰を掛ける。
風はまだ涼しいとはいえ太陽は高く、先程体を動かしたばかりで学ランは少し暑い。学ランを脱ぎズボンに入れていたカッターシャツを出す。普段は服装もキッチリしているが、あとはもう帰宅するだけなので気にしない。そもそも自分の学校は少し校風が自由過ぎる気がしないでもない。
不良共が制服を改造するのはまだ分かるが、隣の後輩の髪色を自分以外が言及している所を見たことが無い、数年間ただの一度も。
(俺がおかしいのかねぇ…………?)
「どうしたんですか?」
「ん? あぁ、飲み物はいるか?」
「いや流石に悪いですよ、コーラで」
「謙虚なように見えて図々しいな、別にいいけど」
タコ焼きと荷物などを置いて、隣の自販機でよく飲む炭酸飲料を買う。
今日この後は何も予定が無いし明日もバイトで半日潰れる。何なら後輩が自宅に押し掛けたりしなければ卒業まで同じ様な日々が続く事は間違いない。
この先の人生も似たような事を続けて生きていくのだろう、誰でも大概同じような人生だ。自分は少しばかりねじ曲がっているというか歪んでいるというか……中々面倒くさいことが多いが。
「いつも送っていただきありがとうございます先輩、あとタコ焼きごちです」
「送っているつもりは無いがな、巫女の勤め頑張れよ。歯は磨いとけ、青のりついてたら参拝してきた方に笑われんぞ」
「はい! あと困ったことがあったら神頼みですよ、先輩! 努力せず神頼みはナンセンスですが、あなたの努力をちゃんと神様は見てますからね!」
「さっきまさに悪徳を積んでしまったっぽいが?」
「神的には喧嘩両成敗です! セーフです!」
「お前は巫女だろ」
勝手にジャッジしていいのかとツッコミ階段の上を見上げる。
この土地に、かなり古くからあるらしい神社の前でいつも通り後輩と別れるのだが、今時珍しい黒いセーラー服は古めかしい鳥居や神社とは相性がいいのか、何とも言えない神秘的な雰囲気を醸し出している。
ローファーでカツカツと足早に階段を上がっていくのを最後まで見送らず、もう少し先にある自宅のボロいアパートに向かう。
(家賃は安いんだがなぁ…………かと言って今更引っ越すのもな、もうちょい金溜まったら考えよう)
昭和の下町に出て来ても違和感がないアパートが自分の家である。鍵を開け学ランとスラックスをハンガーに掛けて、カッターシャツを脱衣所に捨てる。暑い季節が近づいている為、ダボついた短パンとタンクトップという寝間着にも使うラフな格好に着替えて晩飯の用意だけして、あとはゆったり過ごすだけである。
(今日はもうゆっくりするか、明日はバイトだし学校ねぇし。課題は帰って来てからでいいだろ………………珈琲飲みながら本でも読もう)
明日に備えて今日は日課の筋トレやランニングは程々にしておいて早めに寝るか、と午後の予定を立てドリップコーヒーを用意する。学校から借りた小説があるので疲労が消えるまでは読書に勤しむ。自分以外誰もいないこの狭い空間は酷く落ち着く、トポトポと少しづつ珈琲が溜まり、いい香りが部屋に広がっていく。
(高校生活もあと僅か。今まで、不幸の星の元に生まれたのかと思うような事が連続してたが…………あの後輩のお陰で少しは救いがあったな)
居なくなると聞いて何処か穴が空いたような気分になった、自分でも意外である。
そこまで入れ込んでいた事にも、そんな感性があったことにも。残り一年も無いが今まで雑に扱った分少しは優しくしてやろうか、などと考えながら珈琲をマグカップに注ぐ。
どうやら自分でも思っていた以上に絆されていたようだ、らしくなさ過ぎて気持ち悪ささえ覚えるが、残りの人生もう彼女程俺の感性を揺さぶる存在は現れないだろうと思えば少しは溜飲が下がるというもの。
そしていつも通り健康の為の日課トレーニングを終えて、風呂に入り、晩飯を終えて、明日に備えて早めに床につき。いつも通りの日常が──────────―
「……………………何処だここ?」
────────―始まらず、何故か鬱蒼した森の中にいた。
久々なので色々間違えてないか不安です。