作者は英語苦手でごわす
「治癒術か……俺にも覚えられるだろうか……」
『ハクレイレイム』なるハクレイの巫女に応急処置に術を掛けて貰い、一先ず失血死の心配はなくなった。それでもかなりの血を失ってしまったのか頭には鈍痛が、ただ壁にもたれかかりながら休んでいるにも関わらず勝手に息が切れる、今すぐに隠れなければいけないのは分かっているが上手く力が入らない。
(この虚脱感、献血の時よりもキツイな…………確か体重×十三分の一で大雑把な血液量が出るんだっけか? 俺は約80キロ位だから…………大体6.1L位。献血は400mlだから間違いなくそれ以上は出血したな…………)
人間は全体の半分の出血で死亡し三分の一で立つことも出来なくなるという、となると今の自分は概算で400ml以上2L未満位、血を失ったと考えられる。通常の献血でもその日の運動を控える事を言われる事を考慮すれば、この数値はギリギリだろう。
(咲夜はどうする……? 今ならナイフで喉を掻っ切れば……)
壁に手をつきながら立ち上がり、ナイフを拾いゆっくり歩き出す。それだけの行為に凄まじい疲労感を覚えるが輝雄は歯を食いしばり、何とか激突した壁から落ちて床で気絶している咲夜に近づく。霊力は殆ど感じない、今なら瀕死の輝雄でも殺せる。しかし──────
「…………馬鹿馬鹿しい」
──────手に持っていたナイフをその場に捨て、エントランスホールを後にする。
『ハクレイレイム』と名乗った少女が必ずしも自分の味方とは限らない、今ここで殺人を犯せば少なからず警戒されるだろう。そうなれば最悪の場合、自分まで粛清対象になる可能性がある。女、子供は殺さない等という誓いや決め事が自分の中にあるわけでは無いが、それでも多少暴行を受けたからといって誰彼構わず殺そうとする程、人間性を捨ててはいないつもりだ。
(それよりも何処に隠れる? 今の状態で紅魔館の外に出るのは自殺行為、咲夜と本気で戦った後だと、もうパチュリーさんや美鈴さんも味方をしてくれないだろう…………いや、それよりも飯、何か食うものは無いか? 血を、水分を少しでも補充しないと!)
体から失われた血液は血中成分は兎も角、水分と休息さえ取れば出血量にもよるが多少は回復する。今の自分では戦う事は愚か逃げる事もまともに出来ない、そう判断し息を切らしながらやたら長い廊下を歩くが厨房が何処に在るのか輝雄は知らない。
咲夜なら知っているだろうが、拘束できる様な物は持っていないし、素直に教えてくれるとは思わない。
「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……はぁ……水、飲み物……」
歩を進めるごとに気が遠のく、ナイフを切り傷をだけではなく弾幕の嵐も中々体に響いたようだ。今の輝雄と十六夜咲夜は相性などもあったがかなり無理のある戦闘だった。
有効打は全て手の届く距離、近接戦闘に限られる輝雄に対して攻防自在の時間操作能力に遠距離からの有効な技を多数持っていて、しかも戦闘経験値もただの高校生だった輝雄よりも幻想郷で過ごしている分、圧倒的であろう咲夜。勝っている要素は殆どない、まとも戦えば勝機は十回に一度有るか無いか。
(どう考えてもラスボスの能力だし、鍛えて一週間そこらで戦っていい相手じゃなかったな…………実際レイムとかいうあの子が来なかったらどうなっていたか…………このまま誰にも見つからず隠れるか、体力の回復を──────)
「──────お兄さん、だぁれ?」
──────しかし得てして人生とは、思いもよらぬ事が連続するものである。
「魔理沙の奴どこいったのよ?」
謎の外来人から、異変の首謀者の居場所を聞き博麗霊夢は一人時計塔の頂上に向かって飛んでいた。日は完全に沈み、満月は夜の帳の頂点に達しようとしていた。
「まぁ、どうせいつもみたいにガラクタでも漁っているんでしょうけど……いや館から取るとしたら『漁る』じゃなくて『盗む』か」
「何をごちゃごちゃ言ってるの?」
「べつにー、何でも無いわよ」
腐れ縁の悪癖というか稼業に悪態をつきながら、目的の人物を見つける──────もっとも人では無いが。
ここに来るまで紅い門番と妖精メイドが邪魔してきたが特に障害にはならなかった、本来ならあの銀髪のメイドとも戦っていたかもしれないが、既に倒されていたので霊夢は殆ど力を消費していない。
(こいつが……成程ね、確かに強いわ……)
時計塔の頂上、紅い霧によって怪しく輝く満月を背に少女が立っていた。
緩く波うつ美しい青みがかった銀髪、鮮血を思わせる紅い瞳、その背には体には不釣り合いな程大きな蝙蝠の様な羽──────凡百の妖怪では束になっても敵わない吸血鬼、その中でも相当な上位種。
「いい夜ね…………そう思わない? 博麗の巫女?」
「そうね、あんたが変な霧を出したという点に目を瞑ればだけど」
「じゃあ瞑りなさいな」
「嫌よ、あんたを潰せばいい話なんだから」
言いながら陰陽玉を周囲に展開させ、お祓い棒を突きつける。博麗の巫女として異変は解決しなくてはならない、そしてあの死にかけの外来人のことも少し気になる。
一早く目の前の妖怪を退治しようと霊夢はその身に霊力は纏う。
「ふふふ、やる気満々って感じね…………それにしても貴方ここに来るまで美鈴と咲夜を相手にしたはずよね? その割には、ちょっと元気過ぎない?」
「メイリンは門番の奴として……サクヤって奴は知らないわね」
「銀髪のメイドよ。ナイフと体術が得意で、紅魔館の中でもかなりの実力者なのだけど──────」
「あぁ、そいつなら外来人にぶっ飛ばされてたわよ。タッパが高くて赤銅色の瞳の」
何気なく霊夢は言った。日常会話位の気軽さで、何でも無い事の様に。
「────────へぇ」
しかし目の前の吸血鬼は目を丸く見開き、意外そうな感情を一切隠さず驚く。先程の余裕そうな表情や雰囲気は無くなってしまったが、まるで気にしていないようだ。
「…………何よ? 言っとくけど私が居る以上外来人であっても──────」
「安心しなさい別に殺す気は無いわ、輝雄が咲夜を殺していないならね。ただ、そうね──────彼は私の期待通り、いやそれ以上に魅せてくれたわ」
「…………あんた、何言ってんの?」
サクヤというのが吸血鬼のメイドなら、カガオというのはあの外来人の事だろう。期待通り? 吸血鬼が外来人に何を期待していたのだろうか。霊夢は関係無いと思いつつも、先の青年から感じたことが無い物を感じたため、いつもなら問答無用で退治するのだがつい聞き返してしまう。
「私が視た運命では貴方は咲夜と戦い、負けはしないにせよそれなりに消耗するはずだった…………でもあの外来人がその運命を捻じ曲げた──────彼に感謝なさい? お陰で余計な力を使わずに済んだのだから」
「運命、ね。私にはそんな物見えないし、彼もきっとそんなつもりじゃなかったろうし感謝する義理は無いわね」
運命を操る、あの外来人カガオの言う通りだった。吸血鬼の能力の事まで知っているという事は、彼はヴァンパイアハンターだったのだろうか。だとすればあの戦い慣れとメイドを倒した実力も頷ける。と霊夢が輝雄の素性を推察していると今度は霊夢が絶句する発言が飛び出した。
「ねぇ、信じられる? 彼は幻想入りするまで
「…………は?」
「彼はあの咲夜を倒して見せた…………だったら私も少しは良いところ魅せてあげないといけないとは思わない? 期待に応えてくれたのだから────────―お誂え向きにも全力の博麗の巫女がいるし」
紅い月を背負う幼い吸血鬼には、もはや『負けてもいい』などという異変が始まる前までのお遊び感覚は消えていた。
「あぁ、今夜はこんなにも月が紅いから──────────」
彼はきっと、嶋上輝雄はきっと全力で戦ったのだから──────
「──────────全力で殺すわよ!!!」
──────―異変の首謀者である自分、レミリア・スカーレットだけ手を抜くなどいう紅魔館の主として、興が冷める様な真似は許されない。
瞳孔は縦に裂け、人ではあり得ない程長い犬歯を剥き出しに、レミリアは凄絶に笑う。
楽しくて、愉しくて、堪らないという風に。
「…………永い夜になりそうね」
戦いは
がつがつ、もぐもぐ、もっしゃもっしゃ。
そんな擬音が似合いそうな姿が地下室にあった。しかしその地下室は普通の地下室には有り得ないものが多数あった。
豪華なシャンデリア、欧州を思わせるアンティーク風のランプ、童話に出てきそうな大きな古時計、紅い絨毯、天蓋付きベット、そして少女らしい趣味のぬいぐるみ等の玩具がチラホラ。休むどころか、遊んで暮らすにも不自由はしなさそうな部屋であった。
「あなたってたくさん食べるのね…………私やお姉様とは大違いだわ」
あまり上品とは言えない食事、そのテーブルの向こう側には珍しい物を見る様な目で観察している金髪の少女が居た。
「ええ、体が無駄に大きくなってしまったので」
「敬語使わなくていいよ、なんか気持ち悪いし」
「じゃあお言葉に甘えて………飲み物あるか?」
「………私が淹れたアップルティーでいいなら」
少女から差し出された麻袋の様な物からはパンや果物やチーズ等が多数。加熱などしなくとも食べられそうな物が入っている、それを受け取った輝雄は口に入れた瞬間に速攻で嚙み砕き紅茶で飲み込む、この際食い合わせなどどうでもいい。胃に入ったそばから体が満たされる感覚を覚える。
この部屋の主、フランドール・スカーレットとこうなったのは輝雄にとって嬉しい誤算であった。
『──────お兄さん、だぁれ?』
最初にその姿を見た時レミリア・スカーレットを連想した。しかし即座に違うと理解した、金髪のサイドテールに紅い洋服、そして一番目を引くのはその羽である。
いや、それは羽と言ってもいいのか輝雄には判断がつかなかったが背中から生えているようなので羽以外に形容のしようが無かった。
まるで枯れた枝の様な、或いは蜘蛛の脚の様なヒョロリと黒く長い物が左右対称に伸び、そこからまるで木の実の様に七色の宝石がぶら下がっている。そして感覚を研ぎ澄ますまでも無く感じられる、膨大な魔力。
(レミリアに似ている……? 姉妹か? でも今までそんな事聞いた事も無いぞ……?)
勿論自分が紅魔館にとって友人でも無ければ、客人とも言い難いので伝える何もかも必要性は無いのだが──────問題は何故その情報を伏せていたのかである。輝雄は目の前の少女がレミリアの姉妹である場合、その力量はどの程度の物か、そして自分が紅魔館に敵対している今の状況をどう捉えるか。
(…………ここまでか……)
『ねぇ? 誰って聞いているのだけど?』
『…………レミリアさんから聞いていませんか? 今紅魔館でお世話になっている嶋上輝雄というものですが』
『カガオ……? あぁ、そういえばお姉様がそんな事言ってたような……言ってなかったような……? ま、いっか』
白魚のような小さく細長い指を顎に当てて少女は記憶を探る様に考えるが、すぐに辞めた。彼女の目的はそんな事では無いのだから。
『何が起きてるの? 何だか騒がしいけど』
『レミリアさんが異変と称して紅い霧を幻想郷中に広げたんですよ、そしてそれを解決する為にハクレイの巫女が貴方のお姉さんの所に向かいました』
『へー、じゃあその巫女負けるかもね。お姉様アレで結構強いし…………で? あなたは何しているの? ずいぶんと素敵なお化粧してるのね、とっても香ばしいわ』
輝雄の周りを落ち着かない様子でウロウロしながら眺めている、今の輝雄は咲夜との戦いで血に塗れている。やはり吸血鬼という事もあり血の臭いには敏感な様だ、輝雄としてはあまりいい気はしない。
『んー……あなたはお姉様のお友達なの?』
『まぁ…………色々と事情がありますが、大体そんな感じですかね』
輝雄は既に意識が朦朧している、別に嘘をついているつもりはなかった。ただ貧血気味で頭が回っていないだけだ。それを聞いた金髪の少女はあからさまに顔色を悪くする、如何にも面白くないといった感じだった。
『えー……じゃあ流石に壊すのはマズいかしら……でも暇だし……』
『…………自分の体力の回復した後なら遊んでもいいですよ』
期待はしていなかった、何となく適当に言ってみた。
今の輝雄は走る力も無く話すのも精一杯であるため『休んだ後なら別に遊んでもいいか』とそんな場違いで自分の状況も理解してない返答をしてしまったが、それが功を奏した。
『……本当?』
『ええ、本当です』
『あなた人間よね……? 人間ってどうすれば回復するの? 私パチュリーみたいに回復魔法使えないけど……』
『……厨房の場所、知ってますか……?』
そして彼女は暇つぶしには丁度いいか、と軽い気持ちで厨房から食材を持っていき。素性の良く分からない人間を自分の部屋────────―地下直通の自室に連れ込んだ。
「フランドールはいつもここに居るのか?」
「フランでいいよ。たまーに図書館に本を借りに行ったり、パチェに会いに行く事もあるけど大体はここにいるわ」
それを聞きながら輝雄は周りに見渡す。ここは確かに様々な物があり生活に困らない広さがあるだろうが、それでも気が滅入るのではないだろうか。というよりも地下室が自分の部屋というのは極めて奇妙というか、異質な気がする。
「べつに? 吸血鬼だもの、日差しが無い方が落ち着くし、食事は勝手に運ばれてくるから快適よ」
「……俺がここに来てから一週間以上経ってるけど、フランに会わなかったのはそういう事か」
フランが厨房から勝手に拝借してきた大量の食材を腹に収め、慣れない手つきで淹れてくれた紅茶を、一応香りを嗅いでから飲む。自分は特に紅茶に拘りがあるわけではないが美味いと感じた。
「一週間? …………あなた、紅魔館に来るのは初めてなの?」
「…………そうだけど?」
何かマズい事を言ってしまったか? 反射的にそう思ったが、かといって前言撤回にはもう遅い。下手に嘘をつくならそのまま押し通してしまう方が良いだろうと輝雄は瞬時に考えを張り巡らすが──────―どうやらフランが感じた事はそういう事ではないらしい。
「なーんか、ちょっと前にあなたと同じ力? を感じた気がするんだけどなぁ……何て言うんだっけ? この感覚……? デ、デ……デビルじゃなくて……デスクでも無くて……」
「デジャビュか?」
「そうそう、それそれ!」
空になったティーカップを傾けながら言ってみると合っていたようだ、こちらに身を乗り出しながらフランは首を縦に振る。子供らしからぬ知的な印象があったがどうやらそうでもない様だ。
「ただの勘違いじゃないか? もしくは咲夜さんの霊力と間違えたとか」
「む……疑ってるの? 咲夜って確かうちのメイド長でしょ? 間違えないわよ、多分」
「自信無いんだな」
「……そもそも、こういった感知力って結構センスが問われるのよ。ただ強いだけでも出来ない奴は多いの……全部パチェの受け売りだけど」
「へぇ、そうなのか。だから美鈴さんが門番任されているのかな?」
『俺は霊力使い始めた初日から出来たけど?』とは言わなかった。目の前の少女が何となく見た目通りの年齢ではないことは察していたが大人気ないと思ったし本当か嘘か正直、輝雄にはどうでもよかった。
「そんな事よりも遊ぶんじゃないのか? 別に俺はこのまま雑談しててもいいが」
「そうねー………ダーツはやった事ある?」
「一応、01ルールは把握している程度には」
じゃあ501ゲームからね、とフランからダーツを渡される。
入るなと言われていた地下室に勝手に入った事、咲夜を倒した事、ハクレイの巫女に助言した事、食材を勝手に食った事、そして知らされていなかった妹分と遊んでいる事等。
中々滅茶苦茶な事をしている自覚はあるが、取り敢えずこの状況を良しとした。まだ体が完全に戻るまで時間が掛かる、何なら後の事は全てレイムという巫女に任せて異変が終わるまでここにいても良いだろう。
(嘘も吐くし約束も破らないと言える程、潔白じゃないけど…………まぁいいか、助けられたのは事実だし、まさかレミリアもここに隠れているとは思わないだろう)
そんな事を考えながら、渡されたダーツを軽く投擲する。投げられたダーツはボードの真ん中を刺さった。
「ナイスブル!」
薄暗い地下室には不釣り合いな、楽し気な少女の声が響く。
タイトル見て何のこっちゃと思った人と「あっ(察し)」となった人がいると思いますがネタばれはいかんよ。
一応補足
495年生きた少女の「ちょっと前」