私は激怒した。
必ずかの邪智暴虐の先輩を除かなければならぬと決意した。
私には文系科目がわからぬ。私は古くから続く由緒ある巫女である。境内を掃除して、時折布教活動をして、両親を失った幼い頃から二人の家族と暮らして来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
つい最近の事である、いつもの様に通学路から家に帰る途中で年上の不良を一方的にボコボコにしている中学生を見かけた──────―名を嶋上輝雄という。
私は聞いた。
「貴方は何故、人を殴るのか?」
彼は答えた。
「人を殴ってはならないのか?」
その態度と言動から特に意味など無いと、さして罪悪感など感じていないとダイレクトに伝わった──────────────いや、まぁかなり脚色が入っているが大体そんな感じの事があったのだ。
そして実のところ、私はそこまで邪悪に敏感では無い。そして彼もある意味では被害者だから邪知暴虐は言い過ぎた、善良とも言い難いが。
──────―しかしそんな事よりも彼は気になる事を言っていた事を思い出した。
「あばよ
一緒に暮らしている私の家族曰く。
「髪は古くから呪術的にも力が宿ると言われている、それ故に髪を媒体にした術という物は殊の外多い。
これは日ノ本だけではなく様々な国にも当て嵌る。そしてお前のその髪の色はそのまま巫女として才覚の高さを示している
────────―だが超常の者達が跋扈していた時代なら兎も角、今の時代ではそれすら見える者はいないだろう。周りからはお前の髪の色は黒く映っている、これは親族も同様だ。
────────―決して口外してはならない。化生の類なら対処できるが、人はそうもいかん」
私は焦った、彼には見えていても周りは違う。頭ではそうわかっていても内心穏やかでは居られない。
バレても髪の色を証明など出来はしないだろうが、もしも彼が他宗教などに繋がりを持っていたりした場合、うちの寂れた神社などすぐに壊されてしまうかもしれない。戦前辺りはまだ大きな影響力を持っていたらしいが、栄枯盛衰────────今は違う。
「そもそも何故そいつにはお前の髪色が見えたのだ? 今の時代、名家でもそれ程の力を持つ者生まれはしないだろうに………………はっきり言って今代の巫女であるお前もある意味では異端だ。
生まれてくる時代を千年単位で間違えている…………時代が時代ならば歴史に名を残せただろうに………………」
言いながら慈しむ目で何処か悲しそうに、戦神が私の髪を優しく撫でる。神話に語られる全盛期の力を失いながらも、今の時代まで生き残り。そして頼れる両親を幼い頃に亡くした私をここまで育ててくれた。
「いいかい? 私達はいつか“幻想”としてこの世界から消えてしまうだろう。お前までそうなる必要は無い────────―だが、その男は危険だ。まだ私達がこの世界にいる間に正体を見極めなさい…………もしもお前に危険が及ぶようなら私達が──────―」
私は、今の生活が大好きだった。この生活をどんな形であっても失いたくない。
だがそれは叶わない事を知っている、だったらせめて幸せな形で締めくくりたい。
「……………………先輩、貴方は一体誰で、何なのか、見極めさせてもらいます」
朝の通学路。数百メートル先を歩くのは一見すると中学二年生以外の何者でも無い少年、嶋上輝雄。私は彼の正体を確かめる。
♢
とは言えだ、残念ながら私と彼は学年が違う。
なのでかなり遠回りになるが周囲からの聞き込みになる。果たして学年違いの彼の情報が何処まで集まるか………………。
ある男子の同級生曰く、
「え? シマカミカガオ? あー聞いたことあるわ、確か不良軒並みボコったって」
ある女子の同級生曰く、
「あぁ、嶋上先輩? 知ってるよ、よく本を借りに来るし。学年で一番本借りてるの確か彼よ、しかも二年連続。何? 会いたいの?」
ある数学男性教師曰く、
「嶋上ぃ? 何故君があんな不良に興味を持つ? あんな奴とは関わりを持たない様に。奴は腐ったみかんだと思いなさい………………え? 奴が不良に絡まれている、だと? いやいや悪童同士でつるんでるだけだろう。君が気にする事じゃない、そんな事を言いふらさない様に! 特に学校の外では!」
ある現国女性教師曰く、
「彼? 知ってるわよー、いつもちゃんと課題出すし授業態度真面目だし読書家なのか結構知的だし。おまけにバイトまでしてるんでしょ? よくやるわ、ホントに。周りの子も見習って欲しいわ、特に東君。彼また現国赤点スレスレよ? 失礼しちゃうわ」
ある運動部曰く、
「輝雄? 知ってるよ、アイツ体育の授業では大体無双しているから。バスケで身長170弱なのにダンクするわ、野球でバカスカホームラン打つわ、柔道部を投げ飛ばすわ、長距離走と短距離走陸上部差し置いてぶっちぎりでトップ総なめするわ、サッカーみたいなチームプレイは兎も角個人競技では好き放題やってるぜ? いやー入ってくんねーかなウチの部に」
ある老年用務員曰く、
「輝雄君かい? あぁ、知ってるよ。ここいらじゃあ彼有名だしね。偶然通りかかった時ゴミ捨てを手伝ってくれたりしてね…………噂程悪い子じゃないんだね、きっと」
ある二年生男子曰く、
「き、君はっ!? ボボボ僕に何か用!? もも、もしかして………………え、嶋上? ………………アイツがどうしたの…………? 知ってること無いかって…………知らないよ!!! あんな奴!!!! あんな時代錯誤のヤンキー!!!」
ある二年生女子曰く、
「シマカミィー? あー知ってる知ってる、不良のセンパイ達がボコったんでしょ? マジヤバくない? てか一人相手に複数人で負けちゃうとかウケるんですけど! あっこれオフレコね? まぁそこそこカッコイイけどぉ、カネ無いらしいし彼氏にするのはナシかなー…………
朝から放課後まで様々な人に聞いて回った、そして人によって評価がまるで違った。運動も勉強も出来る様だ、特に運動は中学生の平均を大きく超えている印象を受けた。しかしやはり教師陣からはあまり快く思われていない様にも感じる。
生徒は人によるといった所か、彼の事を知ってる人なら悪い奴ではない、という評価。そうではない人だと噂程度で不良、という評価。気のせいか若干女性陣からはウケが良かった気がする。モテるのかあの人……………………。
「…………………………何かムカつく」
「何がムカつくんだよ」
「そりゃあ根っからの悪人ではないとはいえ、悪事を働いている人が上手くいくのは納得がいかないっていうか、世の理に反してるっていうか………………」
「『憎まれっ子世に憚る』ってな、覚えとけ後輩。悪は裁かれない限りいつまでも蔓延るのさ」
「…………………………あれ」
夕方の帰り道、一人歩きながらメモ帳と睨めっこをしていると、どこからともなく声が聞こえてきた。思わずそれに返答すると何か聞き覚えがあるような…………。
「よお、この前ぶりだな。パパラッチにでも憧れたか?」
真後ろに立っていたのは赤銅色の瞳が特徴的な、私より少し背が高い少年──────────―ていうか噂の先輩だった。
「……………………………………………………あ、どうも。じゃあ私はこれで──────────―」
「何処へ行くんだぁ?」
「伝説の超サイヤ人!!?」
「誰がMADの玩具か」
脱兎如く逃げ出そうとするが、グワシと頭を鷲掴みにされる。俗に言うアイアンクローだ。くそぅ、一人用のポッドさえあれば…………………………いや、デデーンされるだけか。
「やめて! 私に乱暴する気でしょ!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」
「しねぇよアホが。オラ、吐け。何探ってやがった?」
「エロ同人が何かは知ってるんですね────────―アダダダダダダダダダダダ! 割れる!! 割れちゃう!!! 中身出ちゃう!!!!」
「言っとくが俺の握力はトランプの束を千切れるぞ」
「花山薫!!?」
人骨の中でもかなり硬いはずの頭蓋骨が結構な力で圧迫される。流石にトランプ云々は冗談だと思うが──────ていうか思いたいが、冗談抜き痛いので私は白状した。それはもう凄い勢いでゲロった、某万事屋のチャイナ娘みたいに。
「成程な…………んで?」
「…………え?」
「『え?』じゃねぇよ。俺の事を貶める為に走り回って情報を集めたんだろ? どうだったんだ、収穫の程は?」
「あー…………」
……………………成程、そういう事か。
恐らく彼は私のことを『優等生の皮を被った不良なので、その化けの皮を剝がそうと躍起になっている正義感の強い女子中学生』と思っているのだ。
いや、流石にそこまで正義感が強いわけではない。少なくとも目の前の困っている人をちょっと助ける程度で、自分に害が被らないのであれば不良なんて関わろうとは思わない。それにこの人が周囲に迷惑をかけるタイプの人間では無い事は、今日の事で理解できた。
「いや、そういう訳じゃないんですよね。だから別に先生にチクったりするつもりはありませんよ?」
「……あ? だったらなんで学校で俺の情報とか集めてたんだよ? 別に殴ったりしねぇから正直に言えや」
考えてみれば、彼の事を探ろうと学校で事情聴取みたいな真似をしても普段の素行しかわからない。彼が何故私の髪色が見えるのかなんて、それこそ本人かその家系を調べるしかない──────────────なんて今更気づいても後の祭り、私は視線を泳がせて唇を内側に引っ込ませるしかない。ダラダラと流れる汗、それをじっとり睨む彼。
「……………………」
「言う気無しか………………別にいいけどな。あぁそうそう、一応言っとくけど教師にチクりたけりゃチクってもいいぞ」
「え、なんでですか…………?」
「ウチは中高一貫だろ? よっぽどの事件を起こさないとまず退学は無いから高校はいける。それに…………」
「…………それに?」
彼は半端な所で言葉を吞み込んでしまう。どうしたのだろう、続きが気になるからちゃんと言って欲しい。
「…………お前のやってる事は別に間違っちゃいない、悪いのは俺だ。それは客観的にも明らかだ」
「…………じゃあ喧嘩なんてしなければいいじゃないですか」
「前も言ったけど俺が売ってんじゃない」
「先生に言えば────―」
「言わなかったと思うか? そして本当に教師全員が何もしなかったと思うか? それでも
「……………………どうしてそんな…………」
────────―ありふれた悲劇と言えば簡単である。
教師達も立場上あまり生徒には強く出れないのだろう、例え不良でも。それに不良自体怖いのかもしれない、教師だって人間だ。その恐怖は誰にも否定できないだろう。
そして全員が見ざる言わざる聞かざる────────そしてせざるを貫いた。
そして彼は一人で対処しなくてはならなくなった。いくら平和ボケした私でも真面な話が通じる相手じゃないことぐらい解る、下手に出れば何処までも付け上がり彼が搾取されるだけだ。そしてそうなってからでは遅いし、それでも無抵抗を貫くべきだなんて言える程、私は聖人君主ではなかった。
────────―ただ、思っていた以上に彼は独りだったと思い知っただけだった。
「だからまぁ、別にお前が密告しても俺はお前に報復とかしないから気にすんな」
「………………暴力は良くないです」
「言われんでもわか────────―」
「でも!!」
ウンザリするように言葉を吐こうとした
「貴方もきっと間違っていないと思います、一番間違っているのは貴方が被害者なのに動かない周りの人だと──────私は思います」
そして今日集めた情報が載っているメモ帳の用紙を破って先輩に渡す。教師には言わない、彼は──────周りが助けてくれないから、自分の力で歯を食いしばって戦っているだけだ。そんな孤軍奮闘を誰が責められるだろうか? 少なからず私には先輩の孤独が解る気がする。
「こんな物貰ってもな…………」
「でも私が持ってても落ち着かないでしょう? 捨てていいですから」
「それ、ゴミ捨て押し付けてるだけじゃね?」
夕暮れの帰り道、どちらともなく歩き出す。私も先輩も地元民なので帰り道は殆ど同じだ。私もよく独りで帰っていたので、誰かと一緒に帰るのは少し新鮮だった。
「ねぇ先輩? アニメとか漫画って好きですか?」
「ん? 有名どころは抑えてるくらいだな、漫画は金が掛かるからあんま買わない」
「そうですか、ガンダムとか詳しくないですか?」
「ロボット系のアニメはそんなに見ないなぁ…………俺はどっちかというとダークファンタジー系が好きかな、ハガレンとか」
「あぁーいいですよね、ハガレン。グリード良くないですか?」
「わかる、でも俺はキンブリーが好きなんだよ。あぁいう美学ある悪役がスゲー良いんだよ」
「わかりみが深い」
「なんだその変な相槌」
出会い始めは最悪と言っていいはずだった、だと言うのに不思議と話し始めればそんなことは気にならなくなり歩調を合わせて身にならない事を駄弁り続ける。
私は、この関係が気に入りそうだった。この関係を出来る事なら続けたい。
でもそれもきっと叶わない、いつかは彼を置いて行く、彼は私を忘れるだろう。
────────―それでも今は、私の本性に少しだけ近い彼と。
「今度アニメ鑑賞会とかしませんか!」
「いいけど俺ん家狭いぞ? ボロいアパートだし?」
「私の神社でもいいですよ、階段メッチャ長いですけど」
「別にいいけど…………何、お前神社に住んでんの?」
「改築とかされてますけど先祖代々住んでます、多分紀元前位から」
「ハハッ、ナイスジョーク………………ジョークだよな???」
「それよりも私が本当に教師にチクった場合どうしたんですか?」
「そりゃあ勿論──────不良の非行を黙認してた学校や教師全員が今後の人生後ろ指ずっと刺されるような炎上騒ぎにするつもりだったよ」
「先輩、最低です」
あ、もしかしたら私は早まってしまったのかもしれない。
絶対泣き寝入りしないマン