正直、もっともっとインフレした戦闘描写したかったんですけど今はまだこのくらいで。
日本庭園と聞いて思い浮かべるだろう、枯山水。
広い敷地内を十全に使ったソレは教養の無い素人が見ても息を呑む美しさがあった。
しかし────────
「どうした!? 肩の具合が悪そうだな!?」
「えぇ! お陰様で! ですが貴方を斬るのに些かの支障も無い!」
────────蹴り飛ばした砂利が落ちるよりも早く、速く、疾く。
一方が山刀で斬りかかり、もう一方が鍔でそれを弾く。目まぐるしく攻防が入れ替わり甲高い金属音と火花が枯山水を荒らしていく。剣撃が、拳打が、脚撃が、時に弾幕が激しくぶつかり合う。
女剣士────────魂魄妖夢が大きく踏み込むと同時に上段から楼観剣を振り下ろす、輝雄は受け止めようとはせずに飛び退き、代わりに背後の岩が豆腐の様に容易く真っ二つになった。
「おいおい、いいのか? 主人に怒られるんじゃねぇの?」
「貴方を斬る為の必要経費です、幽々子様も分かって下さります」
両者の間約二十と数メートル、輝雄はその気になれば一息の内に詰められる距離を保ち、慣れた構えと山刀を添える。魂魄妖夢も納刀せずに正眼の構え息を整える、流れる汗が瞳を舐めるが瞬きはしなかった。
(さっきの居合切り……正直アレはヤバかった。霊力で強化してれば刃物は然程怖く無いが、あの一撃だけは許容出来ねぇ……肩を砕けたら九分九厘勝ててたのにな)
────────だがしかし、先の攻防で解明された事もある。
まず吸血鬼の様な高い再生力がある種族では無い、側に浮いている人魂が気になるが一先ず置いておく。そして身体能力は
(あの居合切りは溜めがいると見た、そして一度斬り始めたら直線でしか動けない……試してみる価値はあるな)
輝雄は山刀を前に添えつつ、妖夢に対して摺足で距離を少しずつ詰めてゆく。
(強い……! 小細工無しで、掛け値無しに、純粋に膂力や速力が飛び抜けている! しかしこの気配は間違いなく
────────魂魄妖夢も相手の異常性にようやく気付く。
流石に霊力による強化有りだろうが真剣を通さない程の強靭な肉体、直撃しなかったとはいえ、つい数分前に当てたはずの居合切りの傷も塞がったのか出血は止まっている。明らかに人間の範疇に収まっていない身体能力の数々、
(しかし剣術を修めている動きじゃない、向こうは短刀でこちらは長刀。武器の性能もこちらが上、何とかして隙をつくり今度こそ全身全霊の現世斬を叩き込む……!)
妖夢は肩の痛みを耐えながら、切っ先を向けて懐に入れさせないように立ち位置を調整する。
「「……………………」」
お互いに押し黙り、無音だけが敷地内を支配する。
既に両者の心身ともに集中力が極限まで高まっている、距離は少しづつ詰められていゆく。
不意に一陣の風が吹き、両者の中間で木の葉がクルリと舞った。
「「────―ッ!」」
木の葉が姿を一瞬隠し────────次の瞬間にはお互いが必中の領域に入っていた。
(足を止めるか武器を手放させる! そうすれば幾ら身体能力が高くとも、距離を取らざる得ない筈!)
「必死な面持ちだな!? 勝ち筋でも見つけたか!!」
妖夢の顎下の死角から突き上げる刺突を山刀で反らし弾き返す、続く二の太刀、三の太刀を鍔を蹴り初動を挫く。負けじと妖夢も機動力を削ぐ為に脛や足の甲を狙うが読まれているのか当たらない、武器の射程が短い代わりに足運びは輝雄の方が軽やかだった。
ならば、とありったけの霊力を楼観剣に込めて山刀を狙って振り抜くが最小限の弾きだけでやり過ごし、輝雄は決して鍔迫り合いに持ち込ませない。暖簾に腕押し、狙いの全てが不発と終わる。
「大口叩いていた割には弱腰ですね!? やはり斬り結ぶのは慣れてませんね!?」
「そもそも
「いいんですか!? 大切な商売道具を使って!!」
「元はと言えばお前らのせいだろうが!! 春返せ! そしたら頼まれんでも帰るわ!! あと狩猟生活は冬だけだ!」
輝雄は身体を割り込ませる様に妖夢に肉薄する、武器の性能が劣っている事は彼自身分かり切っている。だからこそ、まともに斬り結ぶことはせずに長刀の内側────────懐に飛び込む。
「(やはり楼観剣だけではカバーしきれない懐に来ましたね、ですが!)────────読んでますよ!」
予測していた動き、妖夢は左手で背後の白楼剣を抜き放ち向かい撃とうし────────
「────────そりゃ悪手だろ、サムライガール」
────────
「……………………は? ────────ぐがッ!?!?!」
目の前で何が起こったのか、相手が何をしたのか、一瞬理解出来ず固まってしまった。そしてその対価として相手の膝が腹部に刺さる、衝撃に内臓が競り上がり呼吸困難に陥る。すかさず追撃を畳み掛けようとする姿に、意地で楼観剣で振り払う。
「────────ガハッゴホッ!! ……ぐっ……いくら斬れないとは言え素手で刃物を掴みますか……?」
「無傷で鮮やかに勝とうなんて思って無いからな。相手を傷付けるんだ、こっちも傷付いて然るべきだろう」
白楼剣は儀式に用いる剣、楼観剣程戦闘向きでは無い。それでも当然刃物である為、輝雄の掴んだ掌から血が流れている。それでも顔色を変えず不敵に笑う。
流血、痛み、そして振り回される刃物を掴むクソ度胸と狂人染みた思考回路、妖夢には既に目の前の男がただの人間とは思っていなかった。
「……ふ、ふふふ、武に置いて共通する事柄として、如何に傷付かず相手を制するかという理念が挙げられますが……貴方の考え方は子供の喧嘩のように、酷く稚拙ですね」
「稚拙、ね……なら傷付かない安全圏から一方的に相手に攻撃をするのが高尚なのか?」
それがダメージから立ち直る為の時間稼ぎである事を、輝雄は見抜いていた。
しかし、敢えて妖夢の話に合わせた。誰に頼まれた訳でも無いが、言いたい事があっても言えない者たちの代表として────言わずにはいられなかった。
「お前らが春を奪ったせいで人里の人間は大迷惑だ。何の為になんて聞かないし知らん、お前達が大勢の人達の迷惑を全く考慮しなかったようにな。
────────何度でも言ってやる、春を返せ。返せないなら力づくで奪い取る」
「…………私も、幽々子様も、人里をどうこうしようなんて大層な事は企んでいない……ただ、あの桜を、西行妖を咲かせたい。
────────そして私は、その主命に殉じるのみ」
幻想郷において、異変は起こるべくして起こる物。しかし、それは決して何をしてもいいという事では無い。嘗ての
スペルカードルールを用いていても、結局その異変で間接的にでも人死にが出るなら────────博麗の巫女は首謀者の肩を持つ事は無いだろう。誰に何をされようと、それは恨みを買った本人の咎である。
「────────主人の戯れで、命を捨てるつもりか?」
「────────捨てる気は無い、ただ賭して成すのみ」
魂魄妖夢の頑なな態度に、不意打ちにも出血にも顔色を変えなかった輝雄の表情が翳り、僅かに歯切りし赤銅色の瞳に剣呑な光が宿る。明らかに何かに感じ入り苛立っているが、直ぐに冷静さを取り戻し正中線をブラさないように妖夢に歩み寄る。
「そうか……話し合いの余地は無いか────────残念だよ、力づくで捻じ伏せる事になるとは」
「諸行無常、盛者必衰、驕れるものは久しからず────────まだ勝った気になるのは早過ぎる」
妖夢も楼観剣を杖代わりに立ち上がり、左足を前に、切っ先を相手に向けて右肩に担ぐ構え────霞の構えを取る。守りが固く、柔軟な対応が出来る型であり、相手からすると切っ先からしか見えず剣の範囲が測りづらい型だ。
(二撃………………たったの二撃、しかも最善でないにせよ防御の上から戦闘継続に支障が出る程の…………体力は向こうが圧倒的に上、長期戦は不利、あと
「ッ────────!!!」
先に動いたのは妖夢だった、獲物のリーチという有利な点と負傷がある以上後手に回るのは得策ではないと判断した上での攻撃。無声の気合を発し、殆どの予備動作を隠した刺突────────狙いは、水月。
左右に逸れたとしても、身体のどこかに当たれば動きは一瞬硬直する。そして文字通りの
────────しかし、妖夢の目の前にいたはずの輝雄は消えていた。
「────────え?」
輝雄が用いた技術は古武術に見られる
手を伸ばしきれない程の超至近距離の中で、輝雄は敢えて後手に回り、初撃を躱す事に専念した。倒れるよりも、素早く滑らかに、妖夢の足元へ移動。
そして全身の筋力と体の落下によって生じた運動エネルギーから繰り出される技は────────!
躰道の────────!
「ぶッッッ!!!??」
「ぜぇあッッッ!!!」
────────斜状蹴り!
カウンターの形で輝雄の右足の甲が妖夢の頬を打ち据える、並の実力者であればそのまま首から上がすっ飛んでいても可笑しくなかったが、全力の攻防に備えた霊力が辛うじて致命傷には至らせなかった。
しかし、一瞬の内に与えられた衝撃は妖夢の意識を混濁させるには充分過ぎた。
(意識────混濁────今なら────やれる!!!)
集中し、加速した意識は余計な思考すら極限まで削ぎ落され、輝雄の脳内は相手の状態を的確に見抜いた。
吹き飛ばされた妖夢を追いかけようとし────────白い鈍器様な物が腹部に着弾した。
「ぬぐッッ!?!? (側に浮いてた人魂!? 実体あんのかコレ!?)」
妖夢の背後から、まさかの伏兵に追撃を挫かれる。威力は然程は無いが駆け出す直前を抑えられ僅かに距離を離してしまう。
────────そして魂魄妖夢はその隙を逃さない。
(────────半人半霊で良かった! 追撃を許していたら負けていた!)
首の皮一枚繋がった事に安堵しながら、身体は無意識に何千何万と繰り返した動作に移っていた。納刀、脱力、そして意識は真っ直ぐ敵に向けられ────────踵から強く踏み込む!
(最善の────────最速の────────最大の────────最後の!!!)
最初に放った居合切り以上の衝撃波が砂利を押し退ける、もはや爆発染みた瞬発力は韋駄天の如く真っ直ぐに輝雄に向かい────────
「────────
「────────な!?」
────────その手から出た焔が弓矢の如く、妖夢を狙う。
既に駆け出してしまった妖夢は、そのあまりの勢いから急には止まれない。かと言って指向性を持って射出される弾幕を馬鹿正直に受ける訳にもいかない、悩む時間すら無く輝雄から放たれた焔の矢は妖夢の目の前まで迫り────────それを斬り払う。
「────────卑怯とは言うまいな、隠し事はお互い様だ」
楼観剣を戻すよりも、白楼剣を抜くよりも速く、輝雄が懐に潜り込み。顎下から突き上げる感覚を最後に、妖夢の意識は闇に沈んだ。
♢
「………………私は、死んで…………?」
「アホか、殺してねぇわ。刀は取り上げて手は縛らせてもらったがな」
妖夢の目が覚めた時、最初に見えたのは冥界の夜空だった、然程時間は経過して無いように思える。横を見てみると妖夢が斬った岩に腰を掛けている輝雄が居た、隣には大小刀が二振り────────楼観剣と白楼剣。
「負けたんですね、私は……」
仰向けの状態から腹筋だけで起き上がる、砂利の上で寝てたにしては痛くないと思えば彼の着ていた外套が敷かれている。妙な所で気が利く男だと訝しみながら、手首を見ると自分が鞘を吊るす為の紐が巻き付けられ動かせない。
「生殺与奪の権を取った奴が勝者ってんなら、そうだな。俺の勝ちかもな」
「……何故含みを持たせるんですか? せめて勝ち誇って下さい、余計に惨めになります」
恐らく気絶していたのは数分程度、しかしその間に相手がその気になれば何度でも殺せただろう。どころか先の顎への一撃すらその気になれば頭蓋を木っ端微塵に出来たはずだ、明らかに手心を加えられた事実に妖夢は冷静でいられない。
「そもそも俺はお前に勝つためにここまで来たんじゃねぇよ。春を取り戻しに来たんだ、俺に勝利と呼べる物があるとしたら、それは異変解決だけだ」
それに対して輝雄特にこれといって悪びれもせずに、刃を掴んだ掌を見ている。既に出血は止まっているようだった。能力か、或いは純粋な治癒能力が桁違いなのか、妖夢の事を脅威とみなしていたり、縛られているとは言え警戒している風には見えない。
「…………そうですか、私に勝った事などものの数では無いと」
────────惨めだった、本気で戦った、それでも負けた。
ただ負けたならまだいい、奥歯が砕けそうな程悔しいが納得も出来た。しかし妖夢は途中から相手の生死を気にする余裕は無かったし、相手も同様だと思っていた。だが負けても自分は殺される事なく、相手は勝ち誇りもしない。
────────つまるところ嶋上輝雄にとって、魂魄妖夢はどうでもいい相手だった。全力だったのは自分だけ、滑稽な独り相撲。
「殺された方が、まだマシです……主命も守れず、片手間に倒される……敗北以下だ……いっそ腹を切って────────」
「────────黙れ」
輝雄が言葉を遮った、大きな声で喋ったわけでも無いのにその声はよく通った。まるで空間そのものが威圧され、押し黙ったかのように。妖夢は冷や水でもかけられた心地になり、思わず唾を飲む。
「……正直、異変を起こしたお前らに思うところが無いわけじゃない。自刃が下らないなんて、徳の高い坊さんみてぇな説教をする気も無い。
────────けどな、ここで死ぬとしたら、それはただの責任逃れだ」
「責任……?」
妖夢は意味がよく分からず、そのまま言葉を返す。
「幻想郷で異変が起こる事が自然な事なら、別に人里にいる人間に謝って回れとまでは言わん。でもな、異変の後始末やら何やらまでお前の主人に全部押し付ける気か?」
「…………」
「耐え難い屈辱? 生き難き生き恥?
────────馬鹿がよ、んなもん誰でも大なり小なり抱えて生きてんだよ。傷は傷、恥は恥、消化できずとも今は飲み下せ。誰でも最初は未熟者だ、至らぬ身のまま歯ぁ食いしばって生きてけや」
「……結局、何が言いたいんですか」
「お前が今ここで死ぬ事は、格好良い事でも無けりゃ意味がある事でも無いって事。
つか、命を捨てる気は無いとか言ってたじゃん。負けたのが悔しいならリベンジしに来いよ。なんで死にたがるんだよ?」
妖夢は、輝雄の言いたい事が正直よく分からなかった。
しかしだからこそ言葉以上に輝雄の態度から、他人事にも関わらず何故か死なせたく無いという意志を感じた。
────────錯覚かもしれない。しかし、まだ桜を咲かせるため奮闘している自身の主人、西行寺幽々子を残して逝く訳にはいかないのは、その通りだった。
「…………すみません、ちょっとヤケになってたみたいです」
「責任感強いのも考えもんだな…………で? 屋敷の中からこっちの様子を伺ってんのが、件の西行寺さんか?」
「…………?」
輝雄が視線を上げ、二人の闘いで荒れた庭から十メートル程先の屋敷の縁側に目を向ける。妖夢もその視線を追うが、その先には誰もいなかった、何の気配も霊力も感じていない。
しかし────────
「出て来いよ、こんだけ暴れて気づかない方が不自然だ。オタクの従者も別に人質にするつもりは無い」
「…………………………おかしいわね、霊力は完全に断っていたつもりだったのだけど」
「あぁ、完璧だったよ。
「………………成程ね、身体能力だけじゃなく感覚器官まで人外染みているのね」
肩に掛かる長さの薄桃色の髪、白と水色を基調とした雅な着物を着た少女が襖の奥から出てくる。
羽衣のように僅かに靡く着物の裾は本人の儚さと美貌と相まって、生気だけでなく現実感をも感じさせない。
「────────こんばんは、
────────西行寺幽々子、その人が現れる。
戦闘描写がやっぱり一番描きやすいなぁ、と思う今日この頃。
卍蹴りの方が皆さんには馴染みありますかね?某廻戦的に。