幻想禍津星   作:七黒八白

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 安定しない、長文で忌避する読者に優しくない。そして今回もえげつねぇ量になってしまった………大変申し訳ない。




第三十四話 最期にもう一度

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ────────!!!」

 

 怒号、というよりは絶叫に近い。

 

 十代半ばの少女が出しているとは思えない気合いと殺意が込められていた、怒り狂った獣のような形相でお祓い棒で西行妖が伸ばした枝の束を斬り捨てる。妖夢すら容易くは斬れなかった西行妖の枝、常人ならば数十人いても一瞬で枯渇する程の霊力が毎秒消費されていた。

 

 ────────当然、博麗霊夢である。

 

「はぁ……はぁ……こいつ、底無しなの……? 切りがない!」

 

 あと少しで満開に至る西行妖、その巨木から放たれる弾幕を相殺、回避、能力で透過して幾度となく幹を深々と抉り、陰陽玉で潰し、枝をへし折り続けた────────しかし、西行妖は特に反応を示す事なく時間の経過と共に妖力が増すばかりだった。

 

 攻撃が当たらないのでは無く、当たったところですぐに再生し効果が見られない。能力による精神性から焦燥感といったものとは無縁の霊夢をして、体力以上に精神的に徒労感が拭えない。

 

「霊夢さん!! もういいです! 貴方まで犠牲になる必要はありません!! 後は私が────────」

 

「うっさい黙れ!! 別にアンタらの為じゃないわよ!!」

 

 肩で息をしながら後ろから止めようとする妖夢を乱雑に払い退ける。輝雄が取り込まれて十数分程、初めは怒りによる勢いで、戦い続けていた霊夢にも遂に底が見え始めた────────既に戦い始めの勢いは無い。

 

「普通に……暮らしてなさいって言ったのに……どうして……アンタ……世の為、人の為とか性格(キャラ)じゃないでしょ……」

 

 息を整えている最中に、緊張の糸が切れたのか。霊夢の出力が大幅に落ち、膝をつく。それに気づいた妖夢は霊夢を抱えて西行妖から距離を取る。後ろから追撃がくるかと背後を見るが、西行妖は沈黙したままだった。

 

「…………!? 何故……? 最初は不意打ちすら仕掛けたのに……」

 

「…………もう、敵じゃないって事でしょ」

 

 妖夢に脇に抱えられたまま、霊夢が答えた。意外な事に抵抗はしなかった、項垂れるように脱力している。

 

「どういう事ですか……?」

 

「本調子じゃない時は、私だけでも仕留められる可能性があった…………でもあれだけの妖力…………もう手のつけようが無い。象がわざわざ、蟻に喧嘩売らないでしょ?」

 

 霊夢は、全ての関心が無くなったかの様に無気力になった。全てが及ばなかった、術も弾幕も、浮く能力は飽くまでも防御や回避向け、攻撃力や殺傷力は無い。

 

 霊夢は決して弱いわけでは無い、寧ろ歴代の巫女の中でも上から数えた方が圧倒的に早い────────ただ西行妖が強すぎるだけである。

 

「…………やっぱり貴方は逃げて下さい、博麗の巫女である貴方を────────」

 

「────────関係無いわ、どうせ何処からか代わりが()()される………………だったら、せめて、最期は私の我儘に生きて死ぬわ…………妖夢、下ろして」

 

 充分に距離を取り西行妖を遠方から眺めてみると周囲の大気すら西行妖の妖力に侵食されている、ただ漏出しているだけでも夥しい妖力。妖しいを通り越して、最早凶々(まがまが)しい────────既に、大妖怪の域すら超えている。

 

(これは! …………紫様すら比にならない…………こんなもの…………! どうすればいい!? せめて力を削げないのか!!)

 

(…………………………母さんも、こんな心地だったのかしら…………)

 

 死を覚悟どころでは無い、妖夢は冥界ならば死へ誘う能力は問題では無いと考えていたが西行妖への認識が甘すぎた事を今更ながら察し、半人半霊でありながら死の恐怖を覚えさせられた。自分が知っている最強の妖怪をして、比較にならないのが更に絶望感を増した。

 

 霊夢は、ある種の悟りにすら達していた。元々泥臭く戦う性分では無い、単純明確な決着を着けるのが彼女の勝負感。そして天賦の才は彼女に諦め悪さは与えなかった。今彼女の胸中にあるのは亡き相手への追悼だけ、自身の死を悲観していないのは流石と言うべきか。

 

 

 

 ────────強者であろうと、弱者であろうと、死は公平無私にして永劫不変の理。何人も逃れる事は出来ない。

 

 

 

「………………ねぇ、輝雄……? アンタは────────」

 

 

 

 ただし────────

 

 

 

「────────ッシャォオラアアアアアアアアァァァァァァッッ!!!!!」

 

 

 

 ────────無論、それは大妖怪であろうと含まれる。

 

 

 

「よぉ!!! 霊夢! 妖夢! やつれているがダイエットでもしたか!?」

 

「────────…………とんでもない、大馬鹿野郎ね…………」

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

(想像以上に消耗しているな…………二人はもう戦えないと考えるべきか)

 

 西行妖の中から噴火と共に幽々子と脱出した輝雄は、二人の側に降り立つと同時に二人の状態を看破する。妖夢はそれほどでも無いが、霊夢は意識を保つのも限界に見える。無理もない話だった、ずっと西行妖相手に大立ち回りしていたのだから。

 

 中心の幹から焔が噴き出し、割れた西行妖はどんな生物とも似つかない叫び声を上げる。強いて挙げるなら人間の悲鳴と枯れ木が折れる音が混じったような不協和音だった。西行妖は苦しみ、身を捩らせて焼けて割れた箇所を再生させようとするが、光炎万丈(こうえんばんじょう)に燃え上がる焔がそれを遮る。

 

「だが、幽々子を取り除いたからか? 妖力が萎んでいっているな…………察するに、幽々子の遺体と魂が完全に封印を解く鍵になっている。だから取り込んだ」

 

 抱きかかえていた幽々子は気絶している。亡霊に対して正しい表現では無いかも知れないが、呼吸は安定している。強いて言えば輝雄が霊力を根こそぎ奪取したため幽々子も目覚めたとしても戦力にはならないだろう。

 

「(そもそも幽々子じゃ、西行妖には相性が悪すぎるしな…………)妖夢、霊夢と幽々子を任せる。離れてろ」

 

「!? まさか…………一人で戦う気ですか!! 私も戦います! 何だったら肉壁として使ってくれても────────」

 

「────────じゃあ幽々子は誰が守る?」

 

「────────っ」

 

 静かに、だが鋭い眼光が妖夢に有無を言わせない。妖夢は西行妖の中で何があったか、当然知らない。彼女の中では幽々子の事を煙たがっていた筈の輝雄が、何故助ける様な真似をするのか理解出来なかった。

 

 しかし────────

 

「────────ご武運を」

 

「────────おう、もう取り(こぼ)すなよ。俺みたいになるぞ」

 

 ────────目の前の武士(もののふ)は、妖夢にとってその疑問を全て棚上げするに足る信じられる相手だった。

 

 俵の様に肩に霊夢と幽々子を担ぎ、少しでも西行妖から離れる為に疾走する。しかし西行妖は封印の軛を完全に解き放つ為、もう一度幽々子を取り込もうと枝を伸ばす────────

 

「しつけぇんだよ!! この触手野郎が!!!」

 

 ────────が、焔を纏う拳に打ち払われ、一瞬で灰燼になった。

 

 輝雄は幽々子から相当量の霊力を受け取り、全力とはいかずとも能力や弾幕の行使は全く問題無い。西行妖も幽々子を取り除かれ、内側から現在進行形で焼かれてはいるが、まだ致命傷には至らない。

 

「お互いに状態はイマイチだが…………それでも俺が不利か……?」

 

 ────────だが、それでいい。

 

 勝てて当たり前の戦いに何の意味がある? 弱肉強食、当然の摂理。だからこそ、それに抗い、勝利する────────勝ち難きを勝つ事にこそ、意義があり意味がある。己が戦うのは強者であるべきだと、輝雄は自分で自分に強いる。

 

「さぁ────────泣いても笑っても、これが()()だ…………お互いな!」

 

 命を賭す覚悟と、圧倒的な格上に不退転で挑む。

 

 

 

 その条件(制約)が、輝雄の“主に理不尽と不条理に抗う程度の能力”が限界を超えて躍動し────────潜在能力の150%を引き出すに至った!!! 

 

 

 

 西行妖には人間の様な人格は無い。しかし、妖怪としての本能が目の前の小さな生き物を殺さなければ、自分に後がない事を悟らせ────────幹の修復に回していた妖力を()()()()の殺戮に転用する。

 

「ッ!!!」

 

 金属すら容易く貫通する西行妖の枝が数千本、素早くしなりながら殺到する。生身の肉体でも真剣を通さない輝雄をして真正面からは受けられない、枝を拳で払い、蹴りで逸らし、滑りみ潜り抜け。西行妖まで一切速度を落とさず全力で駆け抜ける。

 

 ────────しかし西行妖も、その程度では無い。

 

(────────地面か!?)

 

 あと一歩で西行妖までの百メートルを駆ける抜ける直前に、それは起きた。目の前の地面が一斉に隆起し、土砂を撒き散らしながら剣山が濁流の如く輝雄を呑み込もうとし────────西行妖よりも高い位置まで地盤ごと持ち上がった。

 

「ハッ! そりゃあ植物なら根もあるわな!!!」

 

 周囲にある木を巻き添えにする事すら躊躇わず地盤ごと捲れ、粉々に砕ける。上空からは枝が槍の如く降り注ぎ、足場となった根の下からは、脚を捻じ切ろうと根が忙しなく動く。輝雄はまず上の枝を焼き払おうと構えるが────────何者かに足首を掴まれる。

 

「!!?」

 

 咄嗟に下を向くとそこに居たのは────────半端に肉の残った死体。周りを見渡せば、うぞうぞとまるで腐肉から沸く蛆の様に木の根間から際限なく出て、当然全て輝雄に向かってくる。

 

「(上からは枝の槍! 下からは木の根が脚を千切りに! 前後左右からは嘗て喰っただろう亡者共! 物量で押し潰す気か!!)────────エグいな!! だが!!」

 

 拳に霊力を集結させ、根の地盤を殴り抜く。地面より硬くしなやかな根は地面の様に砕けず、威力と衝撃によって大きく波打ち動きが止まる。足場が揺れた事により西行妖の亡者共は一律に間隙が出来た、無論その一瞬を見逃す輝雄では無い。

 

(一ニ三四五六────────百十二体!)

 

 一番近くにいた亡者を投げ飛ばし、更に四、五体の亡者が木っ端微塵に砕け散る。背後から迫って来る枝を前方から飛びかかって来る亡者を盾にやり過ごす。蠢く足場は亡者を踏みつけて、上からくる枝は亡者の肉壁で回避する。一度に全方位から来る攻撃を亡者と枝と根に同志撃ちをさせる事によって攻防を一体化させる。

 

 理性は無い為か、お互いに邪魔してしまい固まっている集団に飛び込み後ろ回し蹴りで首を刎ねる、連鎖的に骨が捻れ砕ける音は、ある種の爽快すらあった。いっそ呆気ない位派手に飛んだ頭を焔を纏わせ、別の集団に投げ込み────────一拍置いて、爆散。

 

「────────所詮烏合だな」

 

 死してなお仕わされる亡者は、幸か不幸か物の十秒足らずでただの肉片と骨片になった。彼らに死後の安寧があるかはわからないが、輝雄に後悔の念はない────────西行妖も同じ様に同じ場所へ送る、そうすれば彼らの無念も少しは晴れるだろう。

 

「亡者に枝や根による刺突…………ネタ切れか? 死に誘う能力以外は陳腐なモンだなぁ!?」

 

 凄絶な笑みを浮かべながら焔の矢を番え、素早く放つ。霊夢の攻撃は問題としなかった西行妖だがその矢は、その焔だけは被弾する訳にはいかないのか、目の前の根を隆起させ即席の防壁を造り本体には届かせない。しかも燃え移った根を自切する徹底振りだった。

 

(やっぱりな……妖怪と言えど本体は植物! 炎は効く! さっき割って出た箇所もまだ癒えてない! 仕留めるなら今しかない!)

 

 防御出来ない内側からの攻撃、西行寺幽々子を奪取する事による大幅な弱体化────────そして詳しい原理は彼自身不明だが、輝雄の焔は有効。輝雄の傷は何故か癒えていたが、八雲紫との戦いの疲労自体は消えていない。そして幽々子の霊力も身体に馴染まないのか、時間と共に目減りしていく。そして能力の反動で限界を超えて躍動する肉体は、既に自壊を始めた。

 

(だからこそ────────ありったけの霊力を強化に回す!!!)

 

 後先など考えない、今を何とかする。体の中から骨が軋み、繊維質の物が千切れる音が聞こえるが全て無視して彼は出力を天井まで引き上げる────────そんな無茶は数分と続かない、その事実を認識した上で。

 

 西行妖は敵の出力(ギア)が上がり続けている事に気付き、そしてそれが長くは続かない事にも気付いたのか、もう一度亡者共を排出し枝と根で細切れに引き千切りに掛かる────────妖怪であれど自我の薄いはずの植物から“生かしてはおかぬ、是が非でも殺す”という意思が感じとられた。

 

 ────────感じとってなお、輝雄は涼やかな表情で嗤っていた。

 

「────────遅かったじゃないか」

 

「────────別に待たせてた覚えは無いのだけど?」

 

 この場に第三者が居たとしたら驚いた事だろう、風切り音も無く突如として枝も、根も、亡者共も一つ残らず()()()()()()()()()()()()()()()。そして彼の背後から、鋭利さを感じさせる銀髪のメイドが現れた。

 

「私は別に貴方の仲間じゃないわよ? 馴れ合いなら他所(よそ)でやってくれる?」

 

「奇遇だな、俺もお前相手に生温い馴れ合いなんぞ望んじゃいない。だがお互いに手に余る相手だ…………どうだ? ここは一つ呉越同舟といかないか?」

 

 隣にはマフラーを巻き、やや厚着ではあったがやはりと言うべきかメイド服を纏う瀟洒な紅魔館の従者────────十六夜咲夜がいた。冷たく突き放す物言いをするが、特に輝雄は気にするどころか共闘を提案する。

 

 咲夜は輝雄に対して、やや呆れたような目を向けるがすぐに西行妖に意識を向ける。たった今冥界に入った咲夜は、勿論西行妖のことなど全く知らない。これが普通の魔法使いや博麗の巫女ならば競争に洒落込むの吝かでは無いが────────最後の記憶と見間違える程、また強くなった輝雄と西行妖の異様な空気、答えを出すのに三秒も要らなかった。

 

「────────これ、()()よ?」

 

「────────狗はごめんだぞ?」

 

 咲夜は言外に無料(タダ)では無いと示す。ちゃっかりしてやがると思いながら、流石に何でもは聞かないと輝雄も一応断りを入れておく。

 

「お嬢様しだいね」

 

 ウィンクしながら微笑む、どこか面白いがる雰囲気を纏っていた。嫌な予感しかしなかった。

 

「ハハハ、クソが」

 

 彼には似合わない程、爽やかな笑顔で毒を吐く。しかし楽し()に見えなくも無い。

 

 その間に割って入る様に西行妖の枝が殺到する、地面に深々と刺さり布を縫うが如く二人に迫りくる。無論咲夜も輝雄もその程度に遅れを取りはしない、咲夜は能力で加速して余裕を持って回避し、輝雄は拳で撃ち払い隙間を抜けて西行妖に接近する。

 

「また強くなったのかしら!? デタラメね!! ウチの門番にならない!?」

 

「もう居るだろ! 何だ? 美鈴さんじゃ役者不足か!?」

 

「えぇ! よく性悪魔法使いを通してるからね!!」

 

「お前がシバキ倒せば!?」

 

「忙しいのよ! 時間がいくらあっても足りない位!!」

 

「ハハッ、ドンマイ(笑)」

 

「だから貴方が部下(下僕)になると凄く助かるのだけど?」

 

「蠱惑的だねぇ不穏過ぎるぜ! てか隠す気無いな!」

 

 降り注ぐ弾幕は咲夜が全て撃ち落とし、枝は輝雄が焼き払う。集り募る亡者は二人に悉く蹴散らされていく、側から見ると息の合ったダンスの様ですらあった。咲夜も輝雄も余裕綽々に西行妖の攻撃を裁いていく。死線の最中にありながら二人は日常風景の中にいるかのようだ。

 

 しかし────────

 

「────────切りがないわね、本体を叩かないと」

 

「待った、多分お前がこれ以上近づくと死に誘われる。西行妖の能力で自殺願望や希死念慮で理性が奪われる」

 

「…………貴方は平気じゃない」

 

「詳しい事は後だ。兎に角、弱体化しててもお前はこれ以上近づかない方がいい…………援護に徹して欲しい」

 

 西行妖の妖力の下降は停止し、輝雄に焼かれた箇所もまだ治っていない。だが能力が封じられた訳では無いし、幽々子が居なくとも時間経過でまた満開になる可能もある。

 

 少なくとも西行妖が今よりもっと弱まれば解けかけている封印でも何とかなるかもしれない。半ば願望が混じっているが輝雄が咲夜に話した。

 

「…………私に死なれたら貴方は困るのかしら?」

 

「…………まぁ、レミリアに会わす顔は無くなるわな」

 

「何だ、つまらないの────────でもいいわ、支えてあげるから行きなさいな」

 

「おう、頼むわ」

 

「…………ねぇ、貴方、何か……」

 

「ん?」

 

「…………いえ、何でもないわ」

 

 “雰囲気が変わった”、咲夜はその言葉を飲み込んだ。今はそんな事を聞いている場合では無いし、変わったからといって自分に関係ある訳では無いのだから。そもそも戦いと能力に依る覚醒でハイになっているだけかも知れない。

 

(霊力の総量も出力も私をとっくに超えている…………能力も効かないし、自信無くすわね)

 

 咲夜は上空から輝雄と西行妖を俯瞰し、最適なタイミングと輝雄が離脱する為に待機する。遠目からでも分かる不適な笑み、開き切った瞳孔、元々戦う時は雰囲気がガラリと変わる様だったが咲夜には憑き物が落ちた様に見えた。

 

「────────意外だわ、そんな表情も出来たのね」

 

 ナイフを構えながら瀟洒なメイドは微笑む、しかしそんな事には微塵も気付かず輝雄は西行妖の攻撃を粉砕しながら進む、真剣より硬い筈の枝と根はまさに木っ端微塵、亡者の肉壁は半紙程の慰めにもならない。鎧袖一触、吹けば飛ぶ塵芥の如し。

 

(焼き殺す!!! 封印は飽くまでも最低ライン! ベストは────────)

 

 その身に闘志と殺意が具現化するかの様に赫赫(かくかく)と焔が纏われ、最早何者も届かない。触れる前に灰燼と化し、風に流される。

 

「西行妖ィィィィィ!!!! 焼き払ってやるぜ!!! 塵も残さねぇ!!!」

 

 ゲラゲラと、ゲタゲタと、裂ける様な笑みを浮かべ湧き上がる万能感に酔いしれる。自壊していく苦痛すら快感に変わっているのは、一周回って狂ったのかも知れないが────────今の輝雄には全てがどうでも良かった。

 

 熱を、焔を、赫を、敵を遠ざけようと西行妖の猛攻が激しさを増す。だが悉く届かない、全て焼き払われる。千を超える亡者は十秒も稼げず西行妖の支配下から解放される、枝や根は伸びて再生する速度が間に合わない、能力はそもそも効かない。最早消化試合、既に勝敗は決していた────────だが殺し合いはどちらかが死ぬまで、或いは両者死ぬまで終わらない。

 

 遂に西行妖を完全に焼き払える射程に輝雄が入り込む、右手に焔を造る、左手でそれを伸ばす────────彼我の距離は十メートルと無い。

 

「枯れてる癖に、いつまでも他の生き物の命を吸い上げるな

 

 ────────そろそろお前が他の生き物の糧になれ!!!」

 

 射出された赫い焔の矢は、遮ろうと立ちはだかる枝を全て貫いてなお勢いは衰えず────────西行妖に直撃し、数十メートルは有ろう妖怪桜を一気に全てを焔に包み込んだ。

 

「やっ………………!?」

 

 上空で弾幕を相殺していた咲夜にも届く程の熱量と爆風────────それ故に反応が遅れた、遅れてしまった。

 

 輝雄が焔を射出すると同時に地面から飛び出した根が────────背後から輝雄の心臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

(やられた…………)

 

 鋭い痛みが背後から走り、自身の胸から生えている根を見て彼は全てを悟った。

 

 最後の最後で、霊力を大量に消費し身体強化が弱まる瞬間を狙われた。西行妖が守りに回す力を、捨て身の攻撃に回した。

 

「ごぼっ…………ホントに、植物かよ……お前?」

 

 しかし西行妖もただでは済んでいない、燃え盛る焔はどれだけ西行妖が足掻こうと一切火力は落ちない。明確に妖力が弱まり、同時に何かが抜けて空の彼方へ消えていくのが見えた────────輝雄は直感的に西行妖に囚われていた魂だと理解した。

 

 心臓だけでは無く気管まで貫かれたのか、血の塊が喉の奥から迫り上がる。勢いよくソレを吐き出し、一目で致死量と悟る。

 

(………………ま、別にいっか。八雲さえ手が出せない妖怪相手なら、これでもお釣りがくる)

 

 自分の血、自分の死、それすらも俯瞰的に見て何一つ彼は悲観しない。今日だけで何度も死を覚悟した────────心残りがあるとすれば、西行寺幽々子の行く末。

 

(罪は、償えるとは限らない。人生にやり直しなんて、無い。不幸は幸福で、帳消しになんてならない)

 

 

 

 ────────それでも、自分の生きていた事に喜びを、幸せを見い出してくれた人が居るなら、きっとそれは向き合うべき事だ。その人が生きていた価値に他ならないのだから。

 

 

 

 今際(いまわ)の際で、朦朧としながらも走馬灯が巡る、輝雄は西行妖の中で幽々子とお互いの記憶を見て同情してしまい共感してしまった。本来ならあり得ない出来事、言葉では無く映像としての記憶共有。

 

 大切な物を取り零し続けた人生、やっとの思いで手に入ったと思った絆も、もう手の届かない所へ行くと知り────────輝雄は、せめて自らの意志で手放す事を選んだ。その選択が正しかったのかは分からない。だが、彼にはもう、一人取り残され失意の中を生きる事は出来なかった。

 

「…………でも、西行寺、お前はそうじゃない…………亡霊でも、何でも、いいから……妖夢と八雲に────────」

 

「輝雄!? 平気……な訳無いわね! 動かないで! 私の能力で貴方ごと停止させれば紅魔館まで間に────────」

 

 咲夜が瀕死の輝雄の側に降り立ち、“時を操る程度の能力”で延命措置を試みる。心臓を完全に貫通しながら未だに喋れる輝雄は異常だが、死に至るのは時間の問題だった、そして咲夜ならそれを解決出来る。

 

 

 

 ────────無論、邪魔が入らなければ。

 

 

 

「…………有り難いが、どうも…………そうはいかない……みたいだな」

 

「…………え?」

 

 未だに燃え続ける西行妖、しかしいつの間にか動きを止めていた。

 

 

 

 ────────そして焔の中から、何かが飛び出てくる。

 

 

 

 それはまるで中身を守る繭や蛹の様だった。燃えながらも内部には届かないように分厚い無数の枝と葉に包まっている。そして燃えている焔ごと取り払う為か、勢いよく外装が弾けた。

 

「────────やけに知恵が回ると思ったら、そういう事か」

 

 ────────出てきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()。手には、あからさまにドス黒い瘴気を纏う太刀。

 

「何よ…………あれ…………怨霊のようだけど……」

 

西()()()()()()()()()()、マジでしつけぇな…………本体と言ってもいいな…………下がってろ……俺だけが、奴と戦う資格がある」

 

 血を吐きながら胸に刺さった根は抜かずに、彼は西行妖という妖怪の本体と向き合う。

 

「…………何言ってるの? 死ぬわよ?」

 

 咲夜は正気を疑う、例え人間離れした身体能力があっても吸血鬼とは訳が違う。明らかな致命傷、何もしなければ死に戦うなどもっての外である。

 

「…………俺には、生きるより優先する事がある。どうせ安い人生だ…………()()位、派手に飾りたい」

 

 それでも彼は止まろうとはしない。既に冷たくなり始めた体を残り全ての霊力で無理矢理動かす。“邪魔はするな”と吐血しながら、立ちはだかろうとする咲夜を押し退ける。

 

 数十年、下手をすれば百年は有ったかもしれない寿命は、残り一分を切る。

 

「────────充分過ぎるよな? 全力で立ち合う(殺し合う)には」

 

 ────────後も先もない、今しかない。その境地が心地良く、清々しくすらあった。

 

幽々子は…………何処だ?

 

 千年の時を死にながら生きた怨霊は、風が吹く様な音を出す。何か言っているのかは分からない、ただ眼前の全てを死に誘う────────万物を死に至らしめる。

 

 果たして、其処に詩を吟じた生前の心と理性はあるのか。最早余人には分からない。

 

「「………………」」

 

 凪いでいた両者の間に────────風が吹いた。

 

「────────!!!」

 

 先制したのは西行妖の怨霊、練り上げられた技量は死してなお衰えず刺突が僅かに首を掠める。反応出来たのは勘に過ぎない、もしも瞬きでもしていれば、今の一撃で終わった。

 

 既に恐怖に凍りつく血すら碌に流れていなくなり始めているが輝雄は誠心を保ち、怨霊の右腕を破壊する為、脇で肘関節を挟み逆から砕きに掛かる────────が、捕られた腕を肩まで差し込み関節技を未然に防ぐと同時に膝蹴りが叩き込まれる。

 

「ごばッ!!? (骨だけなのに……! 威力が尋常じゃねぇ)」

 

 食い縛る事すら叶わず、盛大に血反吐をぶち撒けた。身体がくの字に曲がり下がった側頭部に水平蹴りが撃ち込まれ、盛大にぶっ飛ばされて地面を削る。

 

 ────────そして軽やかに舞うように、怨霊は追い討ちで首を跳ね飛ばしにくる。

 

「────────がぁぁあ゛あ゛あ゛ッッ!!!」

 

 輝雄は横にも後ろにも逃げず、理性では無く本能から全力で前に飛び込んで怨霊に頭突きを喰らわせる、肉も皮も無い頭蓋から薄氷が砕ける様な音がした。痛みを感じているとは思えないが、カウンターで入った一撃に怯んだのか距離を取った。

 

何処だ!!! 幽々子は……何処だ!!!

 

(────────残り、二十秒!!!)

 

 風が吹く様な怨霊の声、それは嘆いている様にも怒っている様にも聞こえる。輝雄はいよいよ体が言う事を聞かなくなり始めたのを感じ、残された時間を察する。

 

(アンタの理性や意識や記憶が何処まであるのかは知らん。だが────────)

 

 刃長は役八十センチ、当然徒手の輝雄が不利である。しかし、それは斬られない様にすればの話────────今の彼に後の事など考える必要は無い。

 

「────────これ以上! テメェの! 身勝手に! アイツを付き合わせるな!!!」

 

────────何…………?

 

 鋭い風切り音と共に振り下ろされた上段を────────()()()()()()()()()。最早噴き出す血すら無い、霊力と能力、尋常ならざる意志力とでも言うものが、今の輝雄を動かしていた。

 

 退こうとする脚を払い転ばせる。袈裟を踏みつけ動きを止めて、左下段突きで頭部を木っ端微塵に砕こうとするが、経年劣化により破れやすくなっていた服は動きを止めるに至らない。怨霊は自ら服を破き拘束から抜け出す。彼の捨て身の攻撃も空しく、地面に垂直の穴を空けただけだった。

 

 その間に怨霊は素早く輝雄の骨に食い込んだ太刀を肉を抉りながら奪い取る。地面に肘まで埋まった拳を引き戻す頃には、またふりだしに戻ってしまうが、その瞳はまだ死んではいなかった。

 

(もう、痛みすら…………ちょうどいい、気が散らない…………これが最期の────────)

 

 体勢を立て直し、怨霊は太刀を巧みに操り翻る。輝雄は腰だめに構えて、体に残された霊力を全て左拳に集約させた。

 

 首さえ刎ねれば勝ちの怨霊に対して、輝雄は一撃で怨霊を仕留めらなければ勝手に自滅する。

 

 霊力を集中させる溜めの僅かな時間が────────怨霊の一太刀を先走る事を許してしまう。

 

 

 

「────────だろうな」

 

「────────!!?」

 

 

 

 しかし()()穿()()()()()()()()()()()()()()()()、輝雄の首に走る筈の刃は軌道が上逸れて、僅かに右のこめかみを浅くなぞるだけに終わった。

 

 輝雄の能力による進化は本人の身体能力だけに留まらず、霊力の上限も上げる。そしてそれは身の丈(技量)以上の力、当然扱いきれず咄嗟の肉体の強化や弾幕の射出に遅れと無駄が生じてしまう────────輝雄はその悪癖を、未だに()()()()()()()()()

 

 

 

 ────────だから、彼は逆にその時間差を利用して、地面の中に残した霊力が焔に変換し相手の一撃を遮る事に使った。

 

 

 

 穿った穴は銃身として、焔は弾丸として、怨霊の一撃がその上に通る様に誘導した。

 

「上手くいって良かった…………土壇場の、悪運は強いみたいだな……」

 

貴、様────────!?

 

 外れた一刀、怨霊は素早く太刀を戻し今度こそ敵の首を斬り飛ばしに掛かるが────────既に、輝雄は整っていた。

 

(幽々子、お前の過去に何があろうと囚われるな。西行妖の因縁は、今俺が全てを捧げてでも────────完全に断つ)

 

 彼の過去、彼の未来、それらを築き築く筈だった命を、余す事なく一撃に込める────────それは、さながら西行寺幽々子に対する祈り。生涯最期の、最後の一撃。

 

 全身全霊の拳が、怨霊の頭蓋を陥没させ────────直線上の地盤を抉り、燃え盛る西行妖ごと、全てを跡形も無く木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 

 





 二期が楽しみ、暴君の声優意外だったな…………。
 
 次は後日談書いて、妖々夢編は終了です。

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