幻想禍津星   作:七黒八白

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 不穏なタイトルですけど、特に深い意味はありません。

 そのまんまです。えぇ、そのまんま。


第三十五話 即物的で俗物的で原始的な呪い

 

 

 ────────目を閉じながら、流れる風を感じた、空気には爽やかな草の香りが瑞々しく含まれていた。

 

 いつも同じ様な、泥が粘るが如く最悪の寝起きなのだが…………珍しく、不思議とあっさりと気持ち良く起きれた。

 

 

 

「────────いや何処だ、ここ?」

 

 ────────だだっ広い草原の真ん中? で。

 

 

 

 朝靄なのか、周囲には何も無いようなのだが地平線は見えない。空も同じ様な色合いで、多分夜では無い位しか分からなかった。

 

 ────────でも不思議と落ち着く気がする、何故だか懐かしさすら感じる。

 

「………………あの世? なら良いんだが…………歩いてみるか……」

 

 耳を澄ましても、川の流れる音は聞こえない。ここがあの世で三途の川の手前なら奪衣婆(だつえば)がいる筈なのだが、それらしいのは見当たらない、ついでに言えばちゃんと服も着ている、フルチンじゃなくてよかった………………てか、戦いで殆ど服の原型が無くなった筈なのに元に戻っているのは何故なんだろう? ご都合主義? もっと別のとこで働けや。

 

「西行妖は倒せた、筈だ………………西行寺は…………まぁ、妖夢あたりが励ますだろ。さっさと閻魔に裁いてもらって、地獄に行くとしますか…………」

 

 魂魄妖夢曰く、まずは閻魔に裁かれてから冥界か地獄か天界に行くんだとか、俺ならまぁ…………地獄あたりが妥当な所だろう、善行を積めた自信が無いし。

 

 地獄では一体どんな責苦が待ち受けるのか、獄卒に生きたまま解体され喰われるのか、はたまた針の山で擦りおろされるのか、若しくは溺死するまで血の池を泳ぐ事になるのか。

 

(ハハハ、どれも悪かないな…………少なくとも退屈とは無縁だ)

 

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図、しかし俺の中には悔いは無かった。有るのは良い小説を読み終えた後にも似た、爽やかな読了感の様な澄んだ気分。最期の最後で、自分が思い、自分が決めた、自分らしい締めくくり方が出来た。環境に振り回されて、人の悪意に濁らずにいられなかったが────────最期は自分の意志で選べた。

 

 若くして死んだ事を悲劇と決めるのは簡単だが、それでもやるべき事をやり遂げ、成すべき事を成し遂げた俺の人生は────────結果論かも知れないが、そう捨てたもんじゃなかった。

 

「…………くくく、大妖怪を倒して得られた物が富でも名声でも地位でもなく、ただの自己満かよ。とんだ骨折り損だな────────最高の人生だぜ」

 

 ────────少なくとも歩いた先が地獄で、閻魔に誹られても、俺は笑えると確信出来る位には。

 

 だが歩けど歩けど、閻魔の屋敷も三途の川も見当たらない。ただ広い草原が広がっているだけだった、霊力で飛ぼうとしても何故か飛べない…………一応、体の中に感じてはいるのだが。

 

 そのまま体感で数キロ位歩いた。特に疲労や焦燥感とかは感じていないのだが、主観的にはさっきまで大妖怪と二連戦していたのでなんだか面倒臭くなってきた。

 

「あ────────だっっっっる! やってられっか! 死後の裁判まだですかー?」

 

 俺は歩いても歩いても、あまりにも何も無いのでその場に倒れて寝転がった、空に太陽は見えない。数十分は経つが日の出直前で時が止まっているみたいだった…………いや、もしかするとそういう世界なんだろうか。足を組み後頭部で手を組み、空を眺めながら、そんな益体も無い事をぼんやり考える。

 

「………………あ、時と言えば……咲夜の事忘れてた。まぁいいか、俺が死んだくれぇで泣くタマじゃねぇだろ」

 

 そもそも幻想郷に、多分そんな繊細な奴居ない。ドイツもコイツも呆気らかんとしているだろう、強いて言えば慧音さんには悪い事をした…………まぁ、代わりの教師位すぐ見つかるだろうし、俺の家に教材とか残しているので仕事の引き継ぎはスムーズに済むだろうし、結局どうでもいい。だって俺死んでるし。

 

「眠………………寝るかー………………ん?」

 

 一人である事をいい事に独り言を喋りまくっていると眠くなり、死後の? 世界で夢の世界に旅立とうとすると────────視線の先にぼんやりと灯りが見えた。人工的な明かりでは無い、かと言って太陽でも無い。あれは────────

 

「────────焚き火か?」

 

 無視しても良かったが、暇だし、もう死んでいるなら恐れる事も無い。なんとなく俺は灯りが見えた靄か霧の中を進む。歩くと意外にも近い様だ、乾いた木が燃える音も聞こえる、そして────────丸太に腰掛けている人影も。

 

(…………なんだ?)

 

 流石に訝しみながら近づくと────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐぁあああああああぁぁぁぁあッ!!!! また白銀ライ〇ルに殺されたァァァァァァ!!! 強すぎんだろ?! コイツ!? 

 

 

 

────────!?!?! 

 

 なんか居た、いや……………………なんか居た(ドン引き)。

 

 焚き火の前で丸太を椅子にして、そいつは見た事のある携帯ゲーム機で遊んでいた。背後から見える画面には赤いGAME OVERの文字────────なんだコイツ、ここで何してんだ? 

 

「ふぅ…………いやしかし、やりごたえがあるな……百と言わず千時間遊べそうだ…………ん?」

 

 そいつは俺に気付いたのか、後ろに振り返る。そして反応に困ったのか、或いは何か想定外だったのか。凡そ十秒程固まる。

 

「────────なんだ、来てたのか。座れよ、疲れてるんだろう?」

 

「────────ゼ◯ダ? ◯ルダしてたよね? 今?」

 

「何の事だ? 走馬灯でも見たんじゃないか?」ゴマダレー♪ 

 

「めちゃくちゃ聞き覚えあるSEなんだが? つーかなに目の前で堂々と遊びながらすっとぼけてんだテメェ」

 

「カッカッすんなよ、欲求不満か? いい女でも抱いてこいよ…………いい女と言えば今作の姫さん髪切って、大分雰囲気変わったよな」

 

「しかも最新作かよ」

 

 コイツが閻魔なんだろうか………………嫌だな、裁く業務放ったらかしでゲームする閻魔…………。とりあえず俺はずっと立っているのも疲れるので、対面に座る。急ぐ理由は無いので特に何もせずに焚き火を眺めながら待ってみる。

 

「………………よし、切りがいいとこまでいった。待たせたな────────嶋上輝雄」

 

「………………流石閻魔様、死人の名前くらい浄玻璃の鏡も覗かずとも把握してるわけだ」

 

 ゲームをしまい、対面で鏡合わせの様に座る男は俺の名前を一発で当てた。特段驚くに値しない、今までの経験で感覚が麻痺しているのかもしれない。しかし目の前の男は首を傾げ、“あーハイハイ、そーいうことね”と一人頷く。

 

「別にお前はまだ死んでないぞ? それにここも別に三途の川でも根の堅洲国でも無い。ついでに言うとオレも閻魔天じゃない」

 

「…………そりゃ意外、でもだったら尚更ここは何処でお前は誰なんだ?」

 

「悠長にベラベラ語るのも悪かないが…………流石にこの世界の時間も無限とはいかない、ある程度伸ばしちゃいるがな────────そんな事よりも、ホレ」

 

 男が指を振ると、何も無い所から缶ビールが二本出てくる。この男の能力でたった今創られたのか、はたまたどこからか転移させたのか…………どちらにせよ、ただ者では無い事だけは確かだ。

 

「クククッ…………そんな警戒すんなって。巨悪を討ち、姫を救った武士(もののふ)は祝福されて然るべきだろ?」

 

「…………何の事だ?」

 

 敵意や悪意は感じないので一応缶ビールを受け取る。キンキンに冷えており、結露が掌にじっとりと付く感触は冷蔵庫から取り出されたばかりといった感じだ。男はプルタブに少し苦戦しながら語る。

 

クソ、やっぱ開けづらいなコレ…………だってそうだろ? 

 

 八雲紫にせよ西行妖にせよ、奴らは人間を家畜扱いする“悪”だ。お前は前者は兎も角として、後者には勝った。そして囚われのお姫様を助け出した────────なら今のお前に必要で相応しい物は勝利の美酒だ」

 

 男はやっとの思いでプルタブを開けてこちらに向けて差し出す…………乾杯、と言う事か? 

 

「…………俺は別に正義の味方じゃない、自分が善で八雲を悪とは思っちゃいない。幽々子を助けたのは…………色々あるが、一言で言えばムカついたからだ、善意じゃない」

 

 ────────そう、ムカついたんだ。俺なんかでも、クソみたいな人生の中で幸せな時間と大切に思えた相手が出来た。俺の場合、そいつはもう居なくなるから生きる事に執着する必要が無くなった、でも幽々子は違った、だから無理矢理助けた────────いや、生かしたんだ。

 

 だが男は、そんな事はお見通しと言わんばかりに鼻で笑った。

 

「見識が浅い、視野が狭い、視座が低い。

 

 ────────いいか? 善だの悪だの、そういうのは単純な主義主張じゃない。大雑把に言えば()()()()()()()()()()()だ。

 

 お前は犠牲になった人間を、犠牲にした妖怪(八雲)に怒りを覚え、意図せずとも人の犠牲を減らそうとした、人の未来を守ろうとした────────それは間違いなく人とって“善”だ…………例え、結果的に美女の顔面をグチャグチャにしたとしてもな。

 

 批判する奴がいるとしたら…………それは何の苦労もせず、何の責任も負わず、言いたい事だけを言う暇を持て余した傍観者(ゴミクズ)だけだ────────オレはそんな人間を嫌悪する、そして苦痛と苦悩を乗り越える人間を祝福する」

 

「………………大妖怪と戦った祝福が、缶ビール一本?」

 

「ハハハッ!!! 言うねぇ!!? まぁ損益が釣り合わない事も往々にしてある事だ!! だからオレがこうやって労うわけだ!!! 

 

 でも安心しろ、今回のお前の奮闘は必ず報われる────────今すぐ、じゃないかも知れないがな…………」

 

 ………………正直思う事は色々あったが、 珍しく人間不信の俺にしては、目の前の男が敵とは思えなかった。俺もプルタブを開けて僅かに噴き出す炭酸も気にせず、見知らぬ男と乾杯する。

 

 朝靄が掛かる草原で、粗雑な椅子に座って焚き火を囲み、一気にビールを煽った────────奇妙な組み合わせで光景だったが、悪くない気分だ。

 

「────────ふぅ、美味ぇな!! お互いに戦った後だからか? やっぱ(いくさ)の後の酒は最高だ」

 

「────────お互い? アンタも何かと戦ってたのか?」

 

「ん? あぁ、まぁな。弱い者イジメしか出来ない性悪悪女を少し懲らしめただけだ、大した事はない」

 

 言いながら男はそれ以上語る気は無いのか、缶ビールを勢いよく呑んでいる。俺も別に深掘りする気は無いのでビールを少しずつ呑む…………正直コーラの方が美味しく感じるのは、俺がまだ大人に成り切れて居ないからなのだろうか。

 

「で? ここは何処なんだ? 何で俺は死んでない?」

 

「んー? なんだ、豪華な(やしろ)とかが良かったか? そんな設計(出力)にしてもよかったんだが、生憎オレは草原(せかい)が好きでね」

 

「いや場所にケチつけてるんじゃなくてな…………待った」

 

 世界? 出力? 最近そんなフレーズを何処かで聞いた様な…………空になった缶ビールを口から離して考えていると、とんでもない言葉が飛び出してくる。

 

「────────気づいたか? ここは、この世界は、西()()()()()()()()()()だ。オレの心象が出力されている」

 

「……………………………………………………」

 

 

 

 ────────何故、この男が、西()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 

 

「────────誰なんだ、お前は」

 

「お前の魂が閻魔天のところまで直接行かなかったのは、何かあった際にまずここに来る様に細工してたからだ」

 

「お前は誰だ!!?」

 

 飲み干した缶を握り潰しながら、立ち上がる。何故西行妖の中の出来事を知っている? 記憶を読まれた? あり得ない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、コイツは────────。

 

「悪いが、ここでの出来事は泡沫の夢の様に覚えていられない…………一応言っとく、オレはお前の敵じゃない。

 

 ────────輝雄、幻想郷で死ぬ気で生きろ。お前はただそれだけで良い、誰を殺すも生かすも自由だ………………それ相応の末路を受け入れられるなら、な」

 

 全く意味が分からない、どういう意味か問いただそうと掴みかかろうとするが周囲の靄か晴れ、光が差し込む。

 

 俺は反射的に光の方を向いて、赫い────────

 

「────────いつかまた会おう」

 

 バツンと、ブレーカーでも落ちた様な音と共に俺の意識は一瞬で闇に消えた。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「…………………………ゔ……」

 

 ドロリと粘つく様な疲労感、瞼を開ける事すら億劫な程、体が休息を欲している事を輝雄は感じた。目を閉じたまま意識を張り巡らせてみると感じるのは。

 

 畳の匂い、布団の重み────────そして人肌の温度。

 

「あら? もう起きたの?」

 

「────────!?!?」

 

 聞き覚えのある声に微睡んでいた意識は一気に覚醒し、首は人肌を感じた方へ反射的に向いた。何故か幽々子が同じ布団に居た────────上半身しか見えないが恐らく、一糸纏わぬ産まれたままの姿で。

 

「おまッ────────!? ぐッ!?!? …………~~っ!!」

 

 飛び起きた輝雄は恐らく“何してんだ! お前! ”的な反応をしようとしたが捩じ切れる様な筋肉痛が全身に走り、呻きながら蹲る。それを見た幽々子は布団を退けて彼の体を支えた。色々と容易く見せてはいけない箇所が丸見えになっているが内臓が捻じれる圧痛に、彼はただ呻く事しか出来なかった。

 

「動かない方がいいわよ? ()()()()()()()()()()は殆ど手付かずで、まだ治り切ってないでしょうから」

 

「…………………………色々聞きたい事があるが、取り敢えず何か着ろよ」

 

 苦痛で滲む脂汗を耐えながらゆっくり布団に戻る、たったそれだけの行為にも全力で走り続けたような息切れを起こした。どう考えても能力による、限界以上の力を引き出した反動だろう。しかしそもそも、彼の記憶では西行妖との戦いで心臓を貫かれ最後は能力で“死に抗い”ながら戦っていた。つまり能力行使に回す霊力が無くなれば、そのまま死ぬ筈だった。

 

「あの後、色々あってね…………大変だったのよ? 私だけじゃ絶対に救えなかったわ」

 

「…………どのくらい、俺は寝てた?」

 

「まだ一日よ。でも幻想郷は既に吹雪が止んで、雪が解け始めているわ」

 

 輝雄が布団の中で木目が目立つ天井を眺めながら考えてもいると、隣で幽々子が見慣れた水色の和服を着ながら言う、衣擦れの音がやけに色っぽく耳に響く。無論直視はしていないのだが、だからと言ってあからさまに目を背けるのは何故か負けた気がしたので、ただ天井の木目を見つめて黙って聞く。

 

「ふふふ、いいのよ? 別に見ても?」

 

「…………あれから何があった? 俺の心臓を治したのは西行寺…………お前なのか?」

 

「つれないわねぇ…………違うわよ、どうせまだ動けないでしょうし、一から話しましょうか」

 

 彼女は眼を薄めながら妖艶な雰囲気を纏い、掛布団の上から彼の心臓の位置を撫でる。そんな妖しい西行寺幽々子にも全く動じず輝雄は話の続きを促す。少しだけ、残念そうな顔をするが幽々子は語り始めてくれた────────凡そ一日前、輝雄が勝利と自滅した直後の話。

 

 

 

 全てが終わった、異変の原因だった西行妖は斃され残るのは残火で燻る巨大な切り株のみ。西行寺幽々子の好奇心から始まり、魂魄妖夢の怠慢によって甚大になった異変は無事に終わった。

 

『………………か、が…………お……』

 

 

 

 ────────一人の青年の死と共に。

 

 

 

『霊夢……諦めるのは早いわ、私の能力で停止させてるから急いで紅魔館へ────────』

 

 貫かれた心臓の位置にはまだ根が刺さったままになっている、深々と切り裂かれた右肩からは骨が切断されているのが目視でき、そこかしこに彼の血がバケツでぶちまけられた様に広がっていた────────輝雄が動かなくなった直後、了承を得ずに咲夜は彼の時間を停止させた。

 

『────────無理よ。あの魔女の腕じゃ心臓までは治せないわ』

 

 目の前で茫然自失になっている霊夢とは違う、女性の声が背後から掛かる。咲夜は反射的に輝雄の遺体を守る様に立ちはだかりナイフを構えた。そこに居たのは────────スキマに腰掛け、道士の様な服を着た妖怪の賢者、八雲紫。

 

『………………何の用かしら? 異変ならもう終わったわよ? 邪魔しないでくれる?』

 

『邪魔だなんて、とんでもありませんわ。異変の功労者がこのまま死んでしまっては折角の宴会もお通夜ムードになってしまうでしょう? だから助けに来たのよ』

 

 八雲紫は扇子で口元を隠しながら上品に笑う。彼女の本性を知らない者なら、例え同性であっても魅了されかねないが咲夜の中にあったのは猜疑心だけ────────今、絶対に、輝雄を、自分の目の届かない場所に送ってはならない。予知にも等しい確信だけが有った。

 

『妖怪の? 貴方が? 一人間に過ぎない彼を? 

 

 ────────胡散くさい通り越して嘘くさいわ、それ以上近寄らないでくれるかしら? 鼻につく、言葉も態度も何もかも』

 

『酷いですわ…………折角助けようとしてるのに。それにさっきも言いましたがパチュリー・ノーレッジの腕では彼は助けられませんよ? 

 

 紅魔館に着くころには貴方の能力で彼を停止させ続けるのも限界…………そうなったらもうお終い。蘇生不可の領域までいって…………ただの屍になるわよ?』

 

 わざとらしく噓泣きをしたかと思えば、次の瞬間には賢者らしい顔を覗かせる。咲夜の霊力と能力を完全に把握していないと出てこない解答だった。それに何とも言えない気持ち悪さを覚えながら、咲夜は考える。

 

(八雲紫は私の能力を把握していた………………という事はパチュリー様の魔法も把握しているという可能性がある。もしも、コイツの言う通りパチュリー様でも治せなかったら………………例え紅魔館に無事着けたとしても────────)

 

『考えるのは勝手だけど返事は、今、この場で、頂戴ね? 

 

 ────────大丈夫よ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。あ、貴方は邪魔だから部屋の外で待機しててね、あんまり能力を使っている所見られたくないし』

 

『…………覗き見が趣味の気色悪い妖怪が、よくもまぁいけしゃあしゃあと…………!』

 

 嫌らしい程にんまりと作られた笑顔。細められ、弧を描く眼は────────明らかに得体の知れない何かがあった。その態度に怒りを覚えると同時に、咲夜には理解出来なかった。いくら強いとはいえ何故妖怪の賢者に輝雄が目を付けられているのか。咲夜に選べる選択は二つに一つ、輝雄の遺体を渡すか、パチュリーに賭けるか。

 

『…………………………………………まれ』

 

『…………霊夢?』

 

『────────黙れ』

 

 咲夜が紫から嫌な物を感じながらどうすべきか考えていると、それまで沈黙していた霊夢が言葉を放つ────────瞳孔は開き切って白目は充血しきっていた、さっきまでの疲労困憊だった状態からは信じられない覇気を纏う。

 

『お前は、嘘は言わない────でも嘘は言わないだけだ。人間だけじゃない、同じ妖怪すらお前にとっては益になるか否かの道具扱いだ。そんな奴の何が信じられる? 論外だ────────()()絶対に渡さない』

 

『霊…………夢…………?』

 

 咲夜は、霊夢と仲が良いわけでは無い。偶に紅魔館に来てレミリアとお茶を飲んだり、飯を集りに来ていた程度で直接の交流なら輝雄の方が多い位だ。

 

 

 

 ────────しかし、そんな咲夜からしても今の霊夢の状態は異質に見えた。

 

 

 

『………………成る程ね、()()()()()()()()()()()()()()()。でも、じゃあどうするの? 断言しても良いわ、この幻想郷において私以外に彼を救える者はいない』

 

 小さく、何かを呟く八雲紫。その意味は咲夜には分からなかったが、“先代”という言葉が嫌に耳に残った。しかし今はそんな場合では無い。咲夜の霊力が尽きれば停止させている時が動き出し、死んだばかりの状態を維持している輝雄が蘇生不可になる、一分一秒足りとも猶予は無い。

 

(…………やはり八雲紫を頼るのはリスキー過ぎる! パチュリー様に────────)

 

『────────いいんじゃない? 紫に治してもらったら』

 

 あと一秒で決断を口にする、という所でまたも声が掛かる。声の主は桜色の髪、全体的に水色が多い着物を着た女性だった。何故か、八雲紫が僅かに目を見開き分かりやすく動揺していた。

 

『………………幽々子』

 

『はぁい、久しぶりね紫。で、メイドさん? 多分紫の言っている事は本当よ、九分九厘紅魔館に運んでも無駄足になるわ』

 

 間延びした、どこか幼さを感じさせる場に似つかわしくない雰囲気を纏っていた。咲夜は八雲紫よりも“ゆゆこ”と呼ばれた女の方が厄介に感じ、更に警戒を強める。

 

『だったら? 何? 大人しく遺体を渡せと?』

 

『────────大丈夫、私が紫が変なことしない様に見張るから』

 

 幽々子を近づせない様ナイフを構えようとするが、思わずその言葉に一瞬気が抜けた。霊夢の方は今にも殺しそうな目で幽々子を見ていた。まるで仇を見つけた目だったが、辛うじて飛び掛かりはしないのは、誰かを慮っての事か。

 

『紫、いいでしょう? 私なら貴方の能力は元から知っているし、何なら妖夢だって知っているから同席してもいいわよね?』

 

『………………えぇ、貴方の力もあった方が都合が良いでしょうし……ね』

 

 先程までのおちょくる様な巫山戯た空気では無く、どこか張り詰めた空気を纏う八雲紫。その緊張感が混じる視線は、知り合いである筈の西行寺幽々子に注がれていた。

 

『勝手に決めないで、私はまだ了承した覚えは────────』

 

『────────いいわよ』

 

『霊夢!!?』

 

 咲夜と霊夢を無視して話を詰める二人に対して、そもそも渡す気が無いと言うのを遮り、霊夢が了承した。白い袖が血で汚れるのも構わず肩と膝下に腕を通し持ち上げ、輝雄の遺体を幽々子に差し出す。

 

『霊夢、貴方正気? この二人は間違いなくグル(共犯者)よ? 人間相手との約束なんて本当に守るか────────』

 

妖怪()は信じてない。でも()()幽々子(コイツ)なら…………多分、大丈夫』

 

『根拠は!?』

 

『勘』

 

『〜〜〜〜〜!!! ………………あっそ、勝手になさいな』

 

 清々しい程言い切るその姿に、叫ぶ咲夜は言葉を失う。気がつけば先の異質な変容は無くなり、いつもの霊夢に戻っていた。何故か自分だけ置いてぼりにされている様な気がしてきた咲夜は半ばヤケになった。

 

『えぇ…………始めからそのつもり…………でも────────』

 

 力無く目と口が半開きまま、度重なる死闘により血と汗が染みつきツンとする刺激臭、無惨な満身創痍のその姿を慈母の目で一瞥した後、幽々子の前に立ち、霊夢が言った。

 

 

 

『────────もしもしくじったら、殺す』

 

『────────いいわよ、彼は死なせない』

 

 

 

 幽々子が遺体を受け取り水色の着物に彼の血が滲む────────何故か咲夜には、それを恍惚としたら表情で見つめていた様な気がした。輝雄はそのまま白玉楼に運ばれていく。咲夜も霊夢もそのまま帰るつもりなど毛頭なく、例え治療現場に立ち入れずとも最後まで居る魂胆で着いて行った。

 

 

 

「────────で、紫の能力で裂けた心臓の傷を“境界線”に見立てて消す、私の“死を操る程度の能力”で貴方を死の運命から追い払った」

 

「…………死を操る? “誘う”じゃなくてか?」

 

「私の能力は()()()()()()()()()()、死という直接魂に関わる経験、生前の苦悩を忘れて死を受け入れた亡霊の生活…………人間も妖怪も精神が変質する事によって能力や特性、時には種族すら変わるのよ」

 

 彼は布団の中で幽々子を見上げるが、女性らしい()()()で少し顔が見えづらかった。“そういえばパチュリーさんも似たような事を言ってたな”なんて考えながら、少しだけ顔を逸らす。

 

「…………ふふ、恥ずかしがらなくてもいいじゃない。私達の仲でしょう?」

 

 しかし、幽々子が逸らした彼の顔を優しくも有無を言わせない空気を醸しながら自分に向かせる────────亡霊だからか、白い肌に紅潮した頰が目立つ。真っ直ぐに見つめられ言葉に詰まるが、それだけだった。

 

「…………なら、二人は何処に行った? もう帰ったのか?」

 

「…………いけず。えぇ、息を吹き返したとは言え重症も重症。動かす訳にはいかなかったわ…………それでも博麗の巫女────────霊夢とか言ったかしら? あの子はかなり不満気だったけど」

 

「………………」

 

「意外? 自分の死に動揺する人が居た事に」

 

「…………“俺だから”じゃないだろ。別に誰でもよかった、誰でも死なせない様に立ち回ったろうさ、霊夢なら。

 

 ────────尤も、間抜けにも俺はその善性や人間性を見抜けなかったわけだが」

 

「…………そうね、そういう事にしておきましょうか」

 

 彼は言う、自分が特別な訳では無いと。たまたま嶋上輝雄だったというだけで他の誰でも霊夢なら救えた筈だと、救った筈だと。幽々子は、その言葉に少し寂寥感にも似た憐みを覚えたが、喉から出かかった言葉を呑み込んだ。

 

 

 

 ────────だって、その方が()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「つーか、お前記憶あんだな」

 

「お陰様でね、全部思い出せたわけじゃないけど…………お父様の事、昔の紫の事、妖夢のお爺さんの事とか色々思い出せたわ」

 

「………………憎くないのか」

 

「何が?」

 

「お前を、死なせなかった俺が」

 

「私はもう死んでいるけれど…………そうね、()()()ないわ。でも────────」

 

 幽々子の顔が近づく、お互いの息を感じ、視界のほぼ全てが顔で埋まり、()()()()()宿()()()瞳が輝雄を射抜く。初めて見る眼だった、様々な悪感情を向けられ人間の薄汚い一面など知り尽くしている彼でも、情念(それ)がなんなのか分からなかった。

 

「────────私を生かした責任。それは必ず取って貰うわ」

 

「………………具体的に、どうしろと?」

 

「今に分かるわ、分かって貰わないと困るもの」

 

 どこか恥ずかしそうに微笑みながら、あからさまに答えをはぐらかす幽々子。しかし輝雄に対して敵意や悪意は感じられなかった、現に命を救われているのだから。考えが纏まらず、眠気で思考が鈍化していく。

 

「………………」

 

「眠いの? なら目を閉じて…………今は、休んで。

 

 ────────私が貴方を護るから」

 

 優しくかけられたその声には、確かに彼を思う慈しみがあった。目を閉じるよう、添えられた掌の温かさを感じながら────────彼にしては珍しく、他者に触れらながらも不快感を覚えず眠りについた。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「私が触った時は頭突きしてきたのに…………趣味じゃなかったのかしら? それとも人と妖の違いかしら?」

 

 厳重に、且つ十重二十重(とえはたえ)に張られた結界をすり抜ける様に幽々子の背後から、ぬるりとスキマから八雲紫が現れる。当然と言えば当然だ、輝雄が眠りについている白玉楼の一室の結界は紫が張ったものなのだから。

 

「邪なものを感じたんじゃない? それか────────私が彼の()()()()()じゃない?」

 

「……………………」

 

 クスクスと、幽々子の鈴が鳴る様な笑い声が扇子の向こう側から聞こえる。二人とも声を荒げたりしないのは彼を起こさない為だ。尤も、今の輝雄は話し声で起きる様な浅い眠りでは無いが。

 

「────────幽々子。何故、邪魔をしたの?」

 

 八雲紫が輝雄の治療を買って出たのは当然、善意────────などでは無い。咲夜の能力が効いている事を確認してから、今なら自分の能力で全てを詳らかに出来ると考えたからだ。無論、二度と自分に歯向かえない様に式符を用いる事も考えていた。

 

「────────あら、例え長年の親友でも()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()と思うのはそんなに不自然な事かしら?」

 

 妖気こそ放っていないが紫からは怒気にも近い猜疑心が、幽々子に向けらていた。しかし幽々子はどこ吹く風、まるで気にしていない────────寧ろ“きゃー! 言っちゃったー! 起きてない? 起きてないわよね? ”と一人はしゃいでいた、親友は完全に置いてけぼりである。

 

「………………正気? そんな如何にも女殴ってそうなDV野郎の何処がいいの? 趣味悪いわよ、貴方」

 

「………………まぁ、確かに殴ってはいそうだけど。多分彼の場合は相手側にも問題があると思うわよ?」

 

 吐き捨てる紫に対して、否定しきれない幽々子、間に死んだ様に眠る当の本人。知らないところで言われたい放題だった。

 

「それに紫は何でそこまで彼に固執するの? まさか! 貴方も!?」

 

「嫌よ。こんな捻くれてて貧乏臭い悪童。

 

 ────────彼には()()()()()()()。私でも把握仕切れない何かが、戦ってそれを見極めようとしたけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 苦々しく、紫は輝雄と戦った()()()()()()()()()()()。弾幕で広範囲の絨毯爆撃を物ともせず、捨て身で突っ込んでスキマ諸共焼却される所だった。

 

(………………治療の際、身体を見たけど()()()()()()()()()()…………自分の弾幕だから耐性があるのかしら?)

 

「────────あぁ、それで妖力が大分減ってて肩の周りを幻術で誤魔化しているのね」

 

 その指摘に、紫の顔が更に苦い物でも噛んだ様に歪む。妖力が戻らないだけならまだしも、喰い千切られた肩は紫の能力でも治り切っていない。

 

(全く…………妖怪が人間に喰われかけたなんて笑い話にもならない………………というか一向に治る気配が無いわね、もしかしてずっとこのまま?)

 

 幻術を貼り付けて誤魔化しているが、まだ痛々しく肉が抉れている。最悪もう肩が出る服は、幻術無しでは着れないかも知れないと内心嘆くが当然顔には出さない。

 

「……………………この程度、所詮犬に噛まれた程度よ」

 

「……………………犬に噛まれる大妖怪ってどうなの?」

 

 大したことないと、強がる紫に対して笑いを押し殺し切れない幽々子。苛立つ程では無いにせよ、今日は厄日だと紫は無い肩の力が抜けた気がした。

 

「ふふふ…………紫に噛みつく犬がいたなんて、()()()()じゃ絶対に信じなかったでしょうね」

 

「幽々子、貴方やっぱり…………」

 

「えぇ、思い出したわ。貴方は昔から変わらないわね…………妖怪だから?」

 

 予想こそしていた────────しかし、だからこそ紫には分からなかった。何故、西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、幽々子は未だに亡霊のままなのか。

 

 一口に亡霊と言っても色々いる、その中でも幽々子は自身が死んでいる事に自覚がある亡霊だった。そんな彼女が天に昇る方法は、未練が無くなり遺体を縛る物を無くす事────────言うまでも無く、西行妖が幽々子を縛っていたもの。

 

「記憶が戻ったのは……西行妖に取り込まれたからで、まだ説明が付くとしても何故貴方は────────」

 

「…………らしくないわね、それともやっぱりこういう事は門外漢なのかしら?」

 

 あらゆる可能性を客観的に考える紫を、意外そうな表情で幽々子は言う。

 

 自身の膝下で眠る青年を見つめながら、深く、暗く、何よりも重い感情を隠し切れないまま────────見せつける様に曝け出して。

 

 

 

「────────この世で、愛ほど相応しい未練(呪縛)は無いでしょう?」

 

「────────っ…………?」

 

 

 

 嬉しそうに穏やかな寝顔を見つめる。その瞳には、理性の光は宿っていなかった。紫は、何故か()()()()()()()()()()()直向きなその感情()に既視感の様な物を覚えたが────────空の箱を調べるように、どうしても何も思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「西行妖を倒すがお嬢は救えない、若しくはお嬢を救って西行妖は再封印。

 

 オレが予想していたのはそんなところだったが…………まさか、両方成し遂げるとはな。強欲な奴だ、しかし相応の強さを持ち、死闘を繰り広げたのだから文句の付けようが無い。

 

 ────────なぁ? そうは思わないか?」

 

「────────」

 

 夜霧か朝靄か、数メートル先も見通せない何かが立ち込める草原で、男は焚き火の前でゲームをしながら対面に座っている誰かに気さくに話しかける。

 

「………………大した信頼だ、奴ならこの程度やり遂げると信じてたと? もしかしたらアイツは、アイツが思っている程恵まれていないわけでは無いのかもな

 

 ────────尤も親が死に、周囲から迫害され、何度も何度も死に掛け、追い詰められ、それでも屈しない精神がなければあの境地には絶対に達しなかっただろうが」

 

「────────?」

 

「確かに、選択の余地が無い才能は呪縛に等しい。西行寺幽々子もそうだったようにな

 

 だがアイツは自分の意志で今まで生きてきた…………なんせ親身に支えてくれる人間なんていなかったからな、あの風祝以外に────────あ、死んじまった」

 

 喋りながらゲームをしていたせいか、画面が暗転し表示されるGAME OVER。男は舌打ちしながらゲーム機をしまい、今度は缶ビールを取り出す。対面にいる誰かに一本放り投げてから一気に飲みだす。

 

「それにそんな事を言い始めたら、あの幻想郷で尤も縛られているのは()だろう? それは()()()()()()()()()()()()()

 

「────────!」

 

「………………まぁな、どうあれ幻想郷は変わる。変わらざる得ない、でなければ────────上辺の美しさの裏で積りに積もった応報が全てを穢し尽くすだろう」

 

「────────」

 

「………………………………ふっ、その言葉は()()か? それとも()()か? 血は水よりも濃いとはよく言った物だ。

 

 ────────ま、全ては輝雄次第だな」

 

 男は丸太から立ち上がり、霧に向かい歩き出す。しかし話し相手が呼び止めると同時に疑問を男に投げかける。

 

「────────?」

 

「ん? “輝雄は兎も角、紫の記憶が無いのは何故だ”? 簡単な話だ。奴の魂の一部、オレとの一部始終を司る部分を()()()()()()

 

 人間は生身の肉体に生命活動の大部分を預けているが、妖怪は精神や魂といった霊的な部分に預けている。忘れられない限り死なないという特性はその為だ。

 

 ────────逆に言えば、そこに精密に干渉出来れば記憶を毟り取る位訳ない。“スキマ”とかいう意味不明な異空間に干渉する事に比べればな。じゃあ、オレは少し考えを纏めるから用が無ければ一人にしてくれ」

 

 今度こそ、男は霧の中に消えて行く。男の話し相手は未だに焚き火の前に座り続け、何をするでも無く、何を思うでも無く、ただ待ち続ける。

 

「────────輝雄」

 

 ────────いつか必ず訪れる、幻想郷の転機まで。

 

 

 

 

 





やったね輝雄君!!!死してなお輪廻の果て迄一途に愛してくれるヒロインだよ!!!!!
良かったね!!!!(ガンギマリ笑顔)

あと後日談で妖々夢編終わりと言ってましたが、次回宴会も書きます。
入り切らんかった!!!!ごめん!!!!!
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