幻想禍津星   作:七黒八白

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 アンケートを見た感じ日常も結構多かったので、この話だけ挟みます。

 次から異変。


第四十二話 繰り返される輪廻

 

 

 

 

 

「ふーむ…………珍しく暇だな…………」

 

 時期は水無月、異変が終わって少し経った時の事。輝雄は少し暇を持て余していた。何故かと言えば本来なら先月に済ませる田植えを今月に急ピッチで進めた為に寺子屋が臨時休業になり、子供達も働いているからだ。

 

 幻想郷の人間は結構逞しい、流石に輝雄程では無いが現代人のソレとは比にならない。幻想郷の神秘溢れる風土も関係しているのか子供でも米俵を背負ってひょいひょい運んでいく。不可思議な力を持った子供が産まれるのも珍しく無いのだとか。

 

「まさか、働きすぎで休んでろと言われるとはな…………ホワイトなのはいいがやる事が無いのがなぁ……紅魔館まで修行しに行くか?」

 

 当然と言えば当然だが、こと肉体労働において輝雄は人間の精密さを持った重機である、何なら空を飛べる事も含めればそれ以上とも言える。

 

 手刀で大木を切って薪にするなんて序の口、片手で切り株や大岩を引っこ抜き、里の端から端まで一人で建築資材をものの数分で運びきる。普通の人間なら何十人がかりで数時間かかり、疲労困憊の重労働も輝雄からすれば準備運動程度である。

 

 そんなわけで“賃金の換算とか面倒だし、周りの立つ背が無くなるから休んでろ”と暇を渡された。外の世界では中々珍しいホワイトである。そんなわけで寺子屋がなく、仕事がなく、めでたくプチニートになった青年がいた。

 

「────────というか、俺だった…………アホらし、咲夜に借りでも返しに行くか…………ん?」

 

 手ぶらで行くのもどうかと思い、道中で菓子折りでも買うことを考えながら一旦自宅に戻ろうと歩いていると────────見慣れない少女を見つける。

 

(見ない子だな…………妖怪? いや違う、人間だ。流石に意識すれば分かる)

 

 自宅までの田畑が目立つ道先に、脇に生えている木の下で石に腰を掛けている少女が居た。(すみれ)色の髪を綺麗に切り揃えたセミロングに、若草色の着物に黄色の中振袖を艶姿の様な物を重ね着し、その上で赤い袴は大正ロマンの様な衣装だった。僅かに霊力が漏出し、妖気は感じない────────間違い無く人間だった。

 

 かなり距離はあったが、輝雄の視力は捉えていた。生地は上等で細部には花の細やかな意匠が入っている。人里は分かりやすい貧富の差は無いが、やはり例外はある。大きな商家(しょうか)、先祖から地主を続けている家系────────()()()()()()()()()()()()()()

 

(……………………………………触らぬ神に祟りなし、ただでさえ女難の()があるしな────────よし、無視だ)

 

 里の外なら兎も角、ここは一応里の中である。危険は無い、そう考えて輝雄は何食わぬ顔で真っ直ぐに道を進む。態と逸れたりすれば寧ろ気付いていると言っている様な物、飽くまで知らぬ存ぜぬを貫く。そして声をかけられても、すっとぼける腹積りでいる。

 

「……………………」

 

 少女の前を、すっと通り過ぎる。意外な事に少女は声をかけてこなかった、心配し過ぎかと彼は思ったがだからといって気は抜かない。最後まで一定の歩調で自然に遠ざかる────────しかし、少女の呼吸が壊れた笛の様に不自然な音を出していた。

 

(────────喘息? 演技?)

 

 疑う、自分を誘うための演技なのか、それとも本当に容態が悪いのか。予想外の出来事に足が止まってしまい、少女の方を振り返ると顔色はあまり良くなかった。座っているにも関わらず息が切れているようだ。

 

「(…………流石に目覚めが悪すぎる!)その方、大丈夫ですか? 顔色が優れない様ですが?」

 

「…………? 失礼ですが、あなたは…………!」

 

 一瞬だけ見なかったふりをする考えが浮かんだが、それを一瞬で切り捨てる。九分九厘演技だとしても、本当に死に掛けて辛いのだとしたら────────もう自分には生徒の前に立つ資格は無いだろう。

 

 近寄って見てみると息の切れ方が尋常では無い、素人目に見ても疲労とは思えない。そして少女の肌色を見てみると、殆ど日焼けなど無い事からあまり外に出ることは無いのだろうと予想する。

 

「(恐らく生来の虚弱体質、もしくは何らかの持病持ち)失礼、私は寺子屋の教師をしている嶋上と言います。どうやら具合が優れない様なので声をかけさせて頂きました。医者へ連れていきましょうか?」

 

 やや早口で、しかし丁寧に滑舌良く朗々と。少女は少し驚いた表情をしていたが、かなり具合が悪いのか輝雄に頼み込む。

 

「すみません、家にかかりつけ医が居ます…………里の中心部にある屋敷まで連れて行ってくれませんか? …………まだ私は死ぬ訳には────────」

 

「────────承知」

 

 その言葉に、輝雄は確信する。しかしもうそんな事はどうでも良かった。少女の言葉を遮る形で了承すると共に膝下に腕を回し、彼女の背を支える────────俗に言うお姫様抱っこというもの。

 

「────────え、ちょっ!?」

 

「喋らないで、舌噛みますよ」

 

 輝雄が本気で地上を走れば振動で少女に負担をかける、なので空を飛んだ。人里では一応飛ぶ事は禁じられている、が緊急時ならさして問題は無い。二秒とかからず里全体を見渡せる高度に上昇して、一番大きな屋敷を目指す。

 

「あの屋敷であってますね? ────────稗田(ひえだ)阿求(あきゅう)様?」

 

「…………えぇ、あってますよ。“常識外れの暴君”嶋上輝雄さん」

 

「え? 何その二つ名。社会不適合者みたいで凄く嫌だ」

 

 ────────思わず素で答える暴君が居た、というか輝雄だった。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「いえ、滅相も無い」

 

 白玉楼程の広さでは無いが、整えられた美しい庭に手入れの行き届いた客室。使用人が襖を開き、彼女────────稗田阿求が入ってくる。一礼のあと使用人が襖を閉じ、部屋には小柄な少女と体格の良い青年が残される────────が、

 

()()()()…………十二人か、案外少ないな……いや、こんなものなのか?)

 

「輝雄さん? いかがなさいましたか?」

 

「いいえ、何も」

 

 鋭敏な輝雄の感覚は壁と襖越しから武装して待機している人間の気配を感じとっていた。霊力の流れから全員素人、十倍の人数に増えても今の自分なら三秒以内に鏖殺出来ると判断し、知らぬ存ぜぬを貫く事にした。言い当てた所で碌な事にはならないだろう。

 

「さて、輝雄さん。先程はありがとうございました、いつもの発作で大した事はなかったのですが、薬を忘れてしまい…………体調が良いから散歩でもと考えたのですが迂闊でした」

 

「余計なお世話かも知れませんが、出歩く際は誰か付き添わせるべきかと。皆貴方の事を心配しているのですから」

 

「それはどうでしょう……昔ならいざ知らず幻想郷縁起は既にその意味が廃れ始めていますし…………私がただ裕福だからかも知れませんよ?」

 

 上品な立ち振る舞い、丁寧ながら固さを感じさせない言葉遣い、陰鬱さを感じさせない少し自虐の入った揶揄い、どれをとっても霊夢よりも年下の少女とは輝雄には思えなかった。噂には聞いていたが実際に見てみると、確かにその少女は余人とは違う雰囲気を纏っていた。

 

 稗田阿求、古事記を書いた稗田阿礼の子孫────────というと正確では無く、()()()()()。つまり彼女は千と三百年の知識の蓄積がある。年不相応な振る舞いは寧ろ当然と言えた。

 

「もっとも、記憶は持ち越せないので私は阿求以外の何者でもありませんが」

 

「さようですか」

 

 しかし、輝雄はそれを知っても特に何も思わなかった。別に歴代の稗田は転生する事を強要された訳では無く、自らの意志で行なっているからだ。普通の人ならば、その使命感や転生の度に人間関係のリセットに悲観する物を感じるのかも知れないが────────輝雄は普通では無かった。

 

「あら、意外ですね。今までの外来人は私の経歴を聞くと同情したり、憤慨したのですが……」

 

「自分からし始めた事に、他人の意見なんて挟む余地はありませんよ。好きな地獄を好きに選べばいい。私はそう思いますし、そうします」

 

「成る程……確かに自分で選んだ道を、自ら後悔するのは醜い自己憐憫に過ぎませんからね。

 

 ────────さて、いきなりで恐縮ですがこれも何かの縁、輝雄さんに折り入って頼みたい事があります」

 

 広い客室の高価なテーブル越しに、稗田阿求の顔が真剣なものに変わる。突然の変容にも輝雄は特に反応を示さず、飽くまでも淡々と用意していた返事を出す。

 

「幻想郷縁起に私の事を記述したいという事以外でしたら、概ね請け負いましょう」

 

「……………………やはり、駄目ですか?」

 

「駄目ですね。博麗の巫女や白黒の魔法使いと違い、これといった才もない矮小な凡夫ですので。情報が漏れるのは死活問題なのですよ、どうか御理解して頂きたい」

 

 阿求もその返答は予想はしていたのだろう、驚きこそしなかったが残念そうな表情だった。しかし納得はしていないのか食い下がってくる。

 

「貴方が矮小な凡夫ですか…………噂には吸血鬼の妹を降し、あまつさえ遊び相手になっているとか?」

 

「いえいえ、私など終始弄ばれ博麗の巫女とレミリア嬢とパチュリーさんの助け無しではものの数秒で肉塊ですよ。あと遊び相手は嘘じゃないですがトランプやってるだけです」

 

 ────────ただし、調子に乗って勝ち過ぎるとキレたフランが襲ってくる(割と本気で)。無論、そんな事は阿求に言わない。

 

先の異変(春雪異変)でも、あの西行寺幽々子を蝕んだ妖怪桜、西行妖を討ち滅ぼしたと聞きましたが?」

 

「あれも博麗の巫女と庭師の助力あってのもの。特に最後は西行寺幽々子本人が西行妖の呪縛から脱したのが決めてになりましたので、私など後ろに居ただけですよ」

 

 もしもこの場に、霊夢と妖夢が居たら“何言ってんだ、お前”と突っかかってきただろうが残念ながら二人はいないため、阿求には事の真偽は分からない。しかし、そんな戯言を間に受けるほど阿求も愚かでは無い。

 

「…………飄々と嘘を吐き本気を見せない、まるで天狗ですね」

 

「別に本気を出す事を渋った事はありませんよ。ただ私はそれほど大した存在では無いのでそんな大層な本に載せる必要はない、と言いたいんですよ」

 

 じっとり見てくる、というよりも睨み付けてくる阿求をさらりと穏やかな笑みで躱す輝雄。彼としては暇が潰れるのは望ましいのだが、どうにも帰してくれそうに無い。質問されてばかりなのは詰まらないので、今度は彼の方から聞いてみる事にした。

 

「私も興味深いのですが、貴女は何故意味が薄れ始めた幻想郷縁起に拘り、幾度となく転生し生苦(しょうく)を味わい続けるんですか?」

 

「…………貴方が答えないのに私には答えろと?」

 

「いいえ? 聞いてみただけです。正直に答えても嘘で答えても、黙秘や無視しても構いませんよ」

 

「…………!」

 

 ────────それは言外に興味が無いと言っている様な物だった。

 

 阿求は、輝雄が決して馬鹿にしているわけでは無い事はわかっていた。しかし同時に彼には阿求に対する関心が無い事を察した、それは阿求にとってあまり縁のない事であった。人間にとっても妖怪にとっても彼女の存在は重要な意味があるからだ。

 

 自惚れでは無いが、彼女は人に邪険にされたり軽んじられるという経験が乏しかった。輝雄のやや大人げない対応もただの意地悪ではなく、自身の能力などを晒したくないという切実な問題であるため理解はしていた────────ただ、感情が追いつかなかっただけで。

 

「………………私は、稗田阿求。魂は同じでも肉体も精神も歴代の稗田達とは違います。恐らく人々の安寧のため妖怪に関する書をしたためようとしたのでしょうが…………それも最早本人で無い為、分からない。確かに貴方の言う通り転生には思う様にならない事が多いです…………三十前後で死にますしね」

 

「…………では何故、何度も何度も苦しむと理解しながら産まれ生き死んでゆく生涯を選ぶんですか?」

 

 最初、輝雄は稗田阿求に興味はさして無かった。誰でも読める書物に自分の事が書かれるなど彼にとってはリスクしか感じられなかったからだ。だが生きる苦しみを知りながら何度も転生する理由や使命感には、ほんの僅かではあるが彼の関心を惹いた。阿求一瞬躊躇ったようだが、何を考えていたのか口を開く。

 

「妖怪の危険性を後世に正確に残す事、も勿論ありますが…………────────他の誰でもない私自身が自分の生に満足していないからでしょうね」

 

 それは、大人顔負けの知性と精神を有している少女にしてはありきたりで、当たり前な理由だった。輝雄はそれを聞いて少しだけ口角を上げたが、すぐに無表情に戻す。阿求の観察眼をして見間違えかと疑う程、僅かで一瞬の変化だった。

 

「………………成る程、存外俗っぽい理由ですね」

 

「優れた境遇、恵まれた才能、それらがあっても人は足ることを知るとは限らないという事です。現に()()()()博麗の巫女が良い例でしょう」

 

「あー…………確かに…………ははは、なら貴女はいっそのこと仙人でも目指したらどうですか?」

 

「無欲から正反対の境地ではとてもとても…………三十年では辿り着けませんよ」

 

 先程の張り詰めた空気は無くなり、穏やかな雰囲気になる。輝雄は出された茶を飲みながら少しだけ考え、阿求に話し始める。

 

「私から自分の情報を提供することは出来ません、出来ませんが…………貴方が客観的に判断した情報を記載するのは黙認します。どうぞお好きに書いて下さい」

 

「…………いいのですか? ある事ない事書くかもしれませんよ?」

 

「まさか、どこぞの天狗じゃあるまいし。貴女はそんな事はしないでしょう、でなければ里の有権者として信頼される筈も無い」

 

 阿求にはその意味がよく分からなかったが、輝雄には彼女が執筆する精神がついこの間の天狗とは違うと確信していた。だからこそ彼は相手のモラルを信じて任せる事にした。少女は見透かす様な言葉にムッとした表情でまた睨み付ける、さっきの様な悪感情こそ無いが大人に対する子供らしい反抗心が見えた。

 

「…………食えない人ですね」

 

「貴女程じゃありませんよ」

 

 結局、阿求と輝雄の会合は茶を飲みながらの雑談に終わった。梅雨の時期が始まりだした昼下がりの事だった。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「阿求様、よろしかったのですか? あの男の事を幻想郷縁起に記載出来ずに解放して?」

 

 いつか輝雄が人里に入って来る際に、警戒していたマタギに似た風貌の自警団の男が阿求に言う。彼は阿求の家の使用人に呼び出されて、万が一の場合に備えていつでも飛び出せるように控えていた自警団のリーダーだった。

 

「本人が嫌がっている以上無理強いは出来ません。それに私が正確に見定めればいい事………………何となくですが、彼はこれからの異変でも関わるでしょうし」

 

「そもそも、あの男が博麗の巫女や霧雨店の娘に並ぶ実力者とは思えませんが…………控えていた自警団の者達にも気付いていなかったようですし。異変の噂は何かの間違いでしょう」

 

 マタギ風の男が馬鹿にするようにせせら笑う。後ろにいる者達も似たような反応で如何にも輝雄の事を見くびる様な事をベラベラと駄弁り出す。

 

 さっきまでは妖怪と戦える男と一戦交えるかも知れない可能性に震えていた者も、何故か得意げになっている。普段は彼の力に頼っている者もいるにも関わらず、人が集まると根拠も無く強気になり本人がいないのを良い事に好き放題言っている。

 

(……………………プライドの高い吸血鬼が信憑性の無い噂が流布される事を許容するはずがないでしょう、貴方達の方が愚かですよ)

 

 記憶は無くとも経験として得た知識は豊富な阿求は、その人間という種としての悪癖に辟易する。集団心理に流されて正しい知見を得られていない彼らは、阿求からすれば少し悪い言い方をすれば猿に近い。人を守護する為に筆を握り始めた阿礼も浮かばれないだろう、自分自身の事なのだが。

 

「………………彼が警戒するのも無理からぬことでしたかね」

 

 人里の人間の気持ちも分からないでは無い、力が無い以上警戒するのは当然だ。だが彼の今までの行いから善良とまでは言えずとも、人としての常識や良心は持ち合わせている事は確かだ。何故里の者達が未だに彼を信用出来ないのか阿求には理解出来なかった。

 

 阿求は一人物思いに耽る、やはり強者とは得てして理解されないものなのだろうか、自分が産まれた時祝福してくれた()()()()()も────────

 

「ん? 何かおっしゃいましたか?」

 

「いいえ、何も」

 

 仲間と話していたからか、阿求の様子に気付かなかった自警団の者が尋ねるが阿求は何も語らない。返答に感情を交えず、静かに自室へと戻る、今の情報だけでも整理して彼について記したかった。

 

「────────でも、彼らには何も語る必要も書に残す必要も無い」

 

 

 

 

 

 





 輝雄の事を受け入れている里の人間と受け入れていない人間は半々位。

 子供と女性陣には割と受け入れられているが、男性陣は結構敵視している奴が多い。理由はそのうち書く。
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