語られる歴史には、必ず誰かしらの主観がある、表があれば裏がある様に。
歴史は往々にして勝者の主観であり、忘却される者は敗者であることが多い。
幻想郷において忘却されるのは殆どの場合人間である、何故なら消耗品だから。
だがしかし、何事も虚構になどはならない。死した者の無念を偲ぶ者がいる限り。
第四十三話 あの時の夏も澄んでいる
「あー、あっついわねー……蝉もうっさいし……」
いつも、いつでも、閑古鳥の鳴いている博麗神社で私は境内の掃除をする。そろそろ本格的な夏になるのか、日差しはギラギラしており蝉は楽しげに大合唱、小さいとはいえ山の中の木々に囲まれた立地なのでそれはもう五月蝿い事この上無い。夏の風物詩とはいえもう少しだけ周りに配慮出来ないものか、毎年そんな事を思う。
「………………殺虫剤撒いてやろうかしら」
物騒かつ神職にも関わらず命を軽んじる言葉が出てしまう、でもしょうがない。
こちとら
特に胸の下! 汗が!! 汗が溜まる!!! サラシを巻くのも一苦労する!
「はぁー…………空は果てしなく青いのに、日差しは暑くて蝉は鬱陶しい…………どうせ誰も来ないなら
乙女の尊厳とか、人としての倫理とか、かなぐり捨ている発言をしているのは自覚してるが、どうせ誰も見てないのだから気にしない。
私生活の私なんて誰も知らない、
酒を煽るのも飽きてきたし、流石に
「────────そうだ! 霧の湖にいきましょう! あそこなら涼しいし、生き物が殆ど居ないし
まだ朝早い時間帯で眠りこけている
「…………いや、太ったわけじゃないし。ただ胸が大きくなっただけだし、私に贅肉とか全く、全くッッッッッ! 無いし!」
何なら腹筋割れてますし? 霊力無しでも里の男性全員殴り倒せるし? 最強無敵の博麗の巫女様ですし? 里の男性から小さく“筋肉ゴリラ…………”とか呟かれた事もあるけど超絶美貌のスタイル維持してますし?
ただ、まだ、ちょっと、胸だけ成長期なだけですから。太ってない……太ってないから!!!!!!!!!
「……………………誰に言い訳してんだろう…………私」
ひゅーと吹いた風は、何故か冬の木枯らしの様な冷気を纏っていた。いやー涼しいなぁ! そして自由だなぁ(ちょっと涙目)!
「────────誰か来た…………?」
そんな下らない事を考えながら、箒を片手に境内で一人掃除をしていると────────誰かの気配を感じた。
────────しかし、そんな警戒心とは裏腹に階段からひょっこり現れたのは人間の青年だった。
背丈と体格はかなり良い、服の上からでも膨れ上がり引き締まった筋肉質の五体。身長は多めに見積もって
そして一番目立つのは
(あらやだ、結構男前────────じゃなくて! 凄い霊力量! しかも流れも安定してるし、体幹もしっかりしてる………………凄腕の退治屋?)
間違いなく人里の人間では無い、会ったら忘れる筈が無い、これだけの力量を備えた達人。
それに彼の服装は外来人の物だった、だが外の世界は殆ど神秘がなくなり霊力を使える人間なんていない筈…………そんな事を考えていると青年がこちらに気付き声を掛けてきた。
「────────…………お前は…………誰だ?」
彼も
「私は
♢
「輝雄、貴方今暇? 暇でしょ? 暇なのね、だったら紅魔館まで来なさい」
「待て待て待て待て待て待て待てちょっと待てゐ!」
何故か訛った様な声が出てしまう輝雄、しかしそれも仕方のないことかも知れない。人里の往来で今日の晩飯は何にしようか考えながら歩いていると、後ろから声がかけられると同時に腕を引かれて連れ去られそうになったのだから。
周囲の視線が少し痛い、主に美少女なメイドに声をかけられて羨む男性陣の。“可愛いだけの女なら、どれだけ良かったか…………”輝雄は声に出そうになるのを寸前で飲み込む。
「急に何すんだよコラ咲夜。俺は見ての通り買い物中なんだが?」
「どうせ泊まりになるんだから、その位いいでしょう? それよりも貴方にパチュリー様が会いたがってるのよ」
「あ? パチュリーさんがか? 珍しいな…………レミリアやフランの無茶振りじゃなくてか」
輝雄は腕を引っ張って連れて行こうとする咲夜を、逆に自分の方へ引き寄せる。周りにいた人達からすると、まるで恋人との逢瀬を楽しんでいる様に見えたのだろう、何処からともなく舌打ちが聞こえる。
「…………あー、奢るからどっかの甘味処にでも腰を落ち着けよう」
「あら? デートのお誘い? でも私もまだ仕事中なのよ、だから────────」
彼は甘味処にでも腰を落ち着けようと誘うが、咲夜はそれを断り────────銀時計を取り出した。
カチリ、とスイッチが入る様な音が世界に響き、灰色の世界に染まる。
「────────ちょっと急ぎましょうか、貴方と、どうせなら最近飼い始めた付喪神も連れていらっしゃいな」
「言い方なんとかならねぇ?」
当然の様に止められる時間、そして当然の様に動いている輝雄、既に新鮮さは無くなり彼にとって咲夜の時間停止は“あーはいはい、いつものね”と、慣れたものである。
咲夜としては自分の能力が軽んじられている様でいい気はしないが、止まった時の中で平気で動いている彼に彼女も“あーはいはい、何でもありね”と慣れ始めていた。
「小傘は多分帰ってくるのは夜だから書き置き残しとくわ。あと一応刀取ってくる」
「そう…………それはそれとして、貴方あんまり人里に馴染めてないの? 周りの人の目が結構敵意に満ちている気がするけど?」
咲夜は灰色に染まり停止した人達をしげしげと眺める、その視線は咲夜よりも輝雄に注がれている様だった。特に男性から厳しい、もっと言えば仇でも見る様な険しい目をしていた。彼女にはとても慕われている様には思えなかった。
「いや? そこまででもねぇよ。確かに里の一部の年配の方々や若いのにはちょっと疎まれてるみたいだが目に見えた迫害とかは無いな」
「へぇ…………貴方何かしたの?」
「まさか、あくせく働いて俺にしか出来ない形で里に貢献してるよ」
咲夜の疑問に対して心外だと言わんばかりに手をひらひらさせながら、首を振る。咲夜も別段それを疑いはしなかった、輝雄は喧嘩を買う事は躊躇わないが自分から売る事はまず無い。
彼の性格は今までの付き合いから理解していた。詳しい事情は知らないし知るつもりも特段無いが、大方弱者としての警戒や嫉妬みたいなものだろうと咲夜はぼんやり考えた。
「貴方みたいに鍛えて、美鈴に挑んで来ればまだ可愛げもあるのに…………」
「誰もが我が身を省みず戦える訳じゃない、俺は少なくともそういった在り方もありだと思う。“相手を殺さないから自分も殺されない”そういった決まりや不文律こそが社会の必要必須事項だ────────妖怪には無いだろうが」
「成る程ね、だから強くなろうとしなくとも生きていけると…………確かに平和的ではあるわね────────でも、それは外敵に対しては無意味よ」
輝雄の言い分に対して一定の理解を示しながらも、咲夜はナイフを取り出して彼に向かって舌打ちした人里の若者の喉元に白刃を添える。年不相応な蠱惑的な笑みを輝雄に向けながら。
「…………おい、何の真似だ?」
「別に? 貴方が出来ないなら私がやってあげましょうか? この世界では貴方以外は私が何をしたか分からないわ、お手軽に完全犯罪よ」
「────────逆に言えば、俺がお前をここで
輝雄は一瞬消えて、即座に咲夜と若者の間に割って入る。空間や時間の操作では無いただの瞬発力、それでも咲夜の目には残らない程の速度だった。刃引きされていないナイフを素手で握りしめて、薄氷でも割る様に白刃がひび割れる。
「ルールを守らねぇ奴はルールにも守られねぇ…………当然だよな? 非人道的なんて言うなよ?」
「へぇ、私は貴方のお眼鏡にかなったのかしら?」
「ハッ! 美鈴さんくらい
「────────殺されたいのね?」
(────────え? そこはキレんの?)
軽口の応酬のつもりが地雷を踏んだのか、笑顔のままピキリと青筋を走らせた咲夜に少し驚く。意外な事に彼女もそんな事を気にする一面があった様だ。いやもしかすると馬鹿にされるのがムカついただけで、普段はそんな事は無いのかも知れないが。
二人の間に妙な空気が流れ、とてもでは無いが一戦交えたりする気が無くなる。二人は図ったように同時に若者から離れる。
「はぁ…………貴方と話すと疲れるわ、さっさと紅魔館に行きましょう。あと私は着痩せするタイプよ」
「話を振ったのお前だけどな。あとそんな事は聞いてない」
そして二人は紅魔館の方の空へと消えていき、数十秒後に時が動き出した。
「────────? あれ、アイツとあのメイドは何処に…………? ケッ、人里に住んでるくせに妖怪とよろしくしやがって…………悪魔に夜はあのメイドでも
知らぬは本人ばかり、喉元に何を突き付けられていたのかも、彼は一生知る事は無い。
♢
紅魔館のエントランスホールに入った瞬間、彼の名前で怒号が響く。
何が起こるのか、いち早く察した咲夜は時間加速で隣の輝雄を置いて離脱する。その怒号の声の主に心当たりがあり過ぎる事と、咲夜が無慈悲にも一人で逃げた事から彼もヤバげな雰囲気を本能的に感じ取った。
吹き抜けの上階から金髪サイドテールの少女が彼めがけて真っ直ぐ
「────────よぉ! 久しぶり! 元気溌剌だな!!!」
振り下ろされる炎剣を産毛が掠める紙一重で避け、剣を廻し受けで払い落とすと同時にそのまま旧式一本背負いで脳天からエントランスの床に叩き落とす。
衝撃は蜘蛛の巣の様に亀裂として走り、落下速度と飛行速度と彼の膂力が合わさり、フランは首の根元まで床に突き刺さる────────玄関に入り僅か一秒の出来事だった。
「ふんッ! っと…………また暫く見ない内に強くなったみたいね、これで弱くなってたりしたらどうしてやろうかと思ったわ」
「いや、たった今どうにかしてやろうとしてたじゃねぇか。俺じゃなきゃワンチャン死んでたぞ?」
「貴方なら死なないでしょ? それに私も頭から床に突き刺さったんだけど? 私じゃなきゃ死んでたかもよ?」
「腰に下げた
(うーん………………どっちもイカれてるわね…………ていうか、この床誰が直すの? 私? 私しかいないわよね…………)
お互いがお互いに非難するが、彼はまぜっ返すようにのらりくらりと誤魔化す、輝雄は兎も角フランもそれを愉しげにケラケラ笑う。それを離れた場所から眺めている咲夜は力量よりも精神性があまりにもかけ離れている事に辟易していた………………ついでに床の修理という仕事が増えた事にも。
「私忙しいって言ったわよね? 仕事増やさないでくれる? 妹様も館が壊れる様なお戯れはほどほどに!」
「おいおい、俺一応被害者なんだが?」
「貴方ならもっと周りを壊さず対応出来たでしょ!?」
「館が壊れるのが駄目なら館が無くなればいいじゃない」
「天才じゃったか!!!」
「天災の間違いでしょ! もういいからさっさと図書館に行きなさい!」
フランが某フランス貴族が言ったと勘違いされがちなセリフに対して、輝雄が悪ノリを被せる。とうとうキレた咲夜はナイフの柄をゴスンと彼の脳天に振り下ろす、刃を使わないのは気遣いよりもどうせ刺さらないという諦観である。
「へいへい、行ってきますよ。何すんのかまだ聞いてないけど」
「パチュリー様に聞いた方が早いわ、あとコレ、持っていきなさい。必要らしいから………………言っとくけど、貸すだけだから壊したらタダじゃおかないわよ?」
一人エントランスホールで修繕作業をする咲夜を残して輝雄は図書館へ向かおうとする直前に、咲夜から何かを投げ渡される────────咲夜愛用の銀の懐中時計だった。年代物以上に咲夜の能力と霊力に浸され、洋風に言うとマジックアイテム、和風に言うと呪具や礼装の類と化している。
「マジで何をする気なんだ…………」
「ふーん…………咲夜がその時計を貸すなんて…………輝雄ってば罪作りね」
「……? 意味がよく分からんがそれだけ大切にしてるって事か、壊さない様にしないとな」
「…………まぁ、今はそれでいいわ」
隣で何か含みがある言い方をするフラン、しかし彼は対して気にせず投げ渡された懐中時計を見ながら、輝雄は窓が塞がれた廊下を歩く。赤系統で統一された紅魔館において、唯一と言っていいまともな施設。パチュリー・ノーレッジの自室にして研究室、未だにどれほどの蔵書があるのか不明な巨大図書館。
「失礼しまーす」
「パチュリー様、輝雄様がいらっしゃったらようです」
「そう…………何でフランもいるのかしら」
「暇潰し」
「…………邪魔はしないでね」
両開きの扉を開くと普段は本棚で迷路の様になっている図書館内は、本棚が避けられて開けた場所が作られていた。中心には何やら複雑怪奇ない魔法陣、そのすぐ側には小悪魔とパチュリーがいた。
「こんにちは、宴会ぶりですねパチュリーさん。今日はどんな用事ですか?」
「咲夜からは何も聞いてないの? あと居なくても問題無いけど咲夜は?」
「お転婆な令嬢のせいで仕事が増えました」
「へぇーお姉様って最低ねー」
(フランの仕業ね………………)
白々しく明後日の方を見ながら宣うフラン、歩くのが面倒くさいのか頭に乗っかっているフランをそのままに輝雄はしげしげと魔法陣を見ている。当然と言えば当然だがどんな仕様なのか、彼には全くわからない。
「ただならぬ感じはしますが…………魔王でも召喚するんですか?」
「これは召喚魔法陣じゃないわ、貴方に来てもらったのは他でも無い。開発した魔法の被験者になって欲しいからよ」
「成る程、帰っていいっすか?」
「待ちなさい、せめて説明は聞きなさい」
要件を聞いた瞬間に踵を返す男を魔女が服を掴んで止める。その気になれば振り払えるが何かと世話になっている相手、レミリアなら帰っていたかも知れないが他の誰でも無いパチュリーの頼み事なので、輝雄は一応説明は聞く事にした。
「安全性とか問題無いんですか? てかどんな魔法?」
「これは以前から考えていたけど、再現性や実現性が無いから断念していた魔法────────時間操作の魔法よ」
「……………………咲夜がいるじゃないですか」
やや勿体ぶった言い方に期待していた輝雄は少しがっかりする、しかしパチュリーは分かってないとばかりに首を振り丁寧に説明しだす。
「確かに、現時点では咲夜の下位互換の様な物よ。でも前提として咲夜の能力は咲夜だけの物。
そして
それに例え、時間を止めれても時が止まった世界に入門出来るかは別の話よ。聞いた限り時が止まった世界では宙に浮く塵すら停止しているらしいじゃない?
────────それはつまり
パチュリー・ノーレッジは語り出す、咲夜の能力の凄まじさとその強力さを。それと同じ魔法を創り出そうとしていると。要するに彼女は時間の停止だけでは無く、時間停止対しての耐性も同時に得なければ咲夜と同じ域には立てないという事だろう。
「成る程…………で、俺を被験者にしてデータ収集するって事ですか?」
「えぇ、実の所時間の引き延ばしは空間魔法の応用で前からできない事は無かったのよ。
でも止まった時の中で動くのは観測する事さえ出来ないからどんな要素が必要か不明だった…………観測する魔法も時間の停止と共に止まるからね」
「咲夜が被験者になるわけにはいかなかったんですか?」
「あの子は元々時間の操作に適した肉体と精神を有している。客観的かつ普遍的なデータ収集には向かないわ」
「ふーむ………………本来時間操作なんて出来ない奴が、時間停止の中でどんな力が働いているのか、それを観測するのに咲夜は前提条件から外れているって事か…………」
元々空を飛べる鳥は飛ぶための肉体を備えている、なら人間が空を飛ぶためには鳥と同じ体を手に入れればいいのか────────という話。そうではなく、人間が人間のまま空を飛ぶには鳥がどの様に飛んで、その違いをどうやって埋めるか、パチュリーが調べようとしている事はそういう事だった。
「そういう事…………ついでに貴方の“主に理不尽と不条理に抗う程度の能力”もある程度解析する事になるわね」
それを聞いて輝雄は少しいい気はしなかったが、八雲なら兎も角パチュリーなら悪用などはしないだろうと、実験の協力をする事にした。
「で? 俺は一体何をすればいいんですか?」
「その魔法陣の中心立てばいいわ、咲夜の時計をきっかけに時間が停止して貴方に観測魔法を付与、そして停止した世界でどんな力が働いてるか記録する………………ま、面倒な事はこっちで全部やるから貴方は停止した世界で好きにして、私は駄目だけど小悪魔なら好きにしていいから」
「いや私も駄目ですよ!? パチュリー様の実験なんですからパチュリー様が
「いや何もしないんで、テキトーに本でも読んでますので」
さらりと当然の様に小悪魔を差し出すパチュリーに対して猛抗議をする小悪魔、別に輝雄は時間が停止したからといって、そんな事をするつもりは全く無かった。というか状況的に彼以外それをする奴がいないのにそんな事をするのはただの馬鹿だし、何なら咲夜には影響が出ないだろうから犯人は丸分かりである。
「安全性を最優先でお願いしますよ」
言われるがまま、輝雄は直径十メートル程の魔法陣の中心に立つ。それを見たパチュリーは魔力を練り始める。
「任せなさい、既に無機物から小動物の臨床実験は済ませてあるわ。
────────九割九部九厘失敗は無い! 」
「………………………………………………………………すみません、やっぱり無しで────────」
何故か、本当に何故か、直前で立つべきでは無い物がピコーンと立った気がした彼は、実験の取り止めを進言しようとするが────────時既に遅し。
視界一面を焼き尽くさんばかりの光が彼を包み込んで、反射的に輝雄は能力を発動させて同時に体を丸めた────────次の瞬間感じたのは、足場を失った浮遊感。
「────────────────あ?」
頭上に見える
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────────あ! 俺空飛べたわ!!!」
人間パニックなると普段出来るはずの事も出来なくなる物で、上空千メートルから地上まであと百メートルという所で、彼はやっと自力で飛べる事を思い出した。
♢
「…………………………服とか、ひん剥いてやろうかな………………」
俺、もとい元外来人嶋上輝雄は真面目にそう考えた。
確かにパチュリーさんの実験に付き合う事にはした、絶対に成功するとは俺だって考えてはいなかった、でもだからって上空から命綱無しのフリーフォールは聞いてない。
もしも俺が飛べなかったらどうする気だったんだ、普通の人間なら水面でもモザイク不可避の状態になっていた事は想像に難くない。てか俺何で空に打ち上げられたんだ、時間に干渉する魔法だから空間の座標も歪んだとか? 訳が分からない。
「ここは…………霧の湖だよな、どう見ても」
湖の円周は大体四キロ弱、霧があるとは言え空高く飛べば周囲は簡単に見渡せる………………………………のだが────────
「……………………
霧が立ち込めていても判別出来るはずの紅い館影も形もない、嫌な物がジワリと体の内側から沸いてくるのを感じて俺は湖を飛びながら一周したがやはり何処にも無い────────パチュリーさんも、小悪魔も、フランも、咲夜も、美鈴さんも、レミリアもいない。
「まさか…………俺とは別の場所に飛ばされたのか? それとも…………」
ポケットの中に入っている咲夜から借りた銀の懐中時計は、否応無しに現実を認識させる。夢や幻では無い、俺は、確実に、紅魔館に居て魔法の実験に協力し────────そして空に瞬間移動した。
「────────どうする?」
落ち着こう、今すぐに命の危機がある訳では無い。湖畔に降りて手頃な木の下で腰を落とす。幸い紅魔館の連中は誰も彼も実力者、最悪危機的な場所に降り立ったとしても咲夜の能力なら無事逃げおおせる事は想像に難く無い。
なら、今心配すべきは俺自身の事────────とは言っても体に全く異常は見受けられない。五体は指一本欠けてないし、霊力は満ち満ちている。
「………………霊夢には報告はしとくか? いや、慧音さんにも報告しとくべきか………………霊夢が先か、博麗大結界に影響が出てるかも知れないし」
例えばこれが人里の一般人ならまだしも、行方不明になったのは超常の力を持った人外共(咲夜は一応人間だが)。魔界とか地獄に堕ちてもなんとかなるだろう、何なら悪魔的には居心地が良いかも知れない(咲夜はちょっと不安だが)。
「あー………………とすると、放っときゃいいか? 死にはせんだろ、パチュリーさんは帰ってきたらちょっと話し合わないといけないけど」
さて、どうしてくれようか。いつも澄ました顔で賢者ぶってるから、殴るのはやり過ぎだとして………………そうだ、気絶するまで
しかし何か違和感がある、何故だと思えばやたらと蝉が五月蝿い。
「────────蝉…………時期…………
────────背筋に寒気が走った。
無意識のうちに何かを悟った、いやまだ確信には至ってない。
だって、あり得ない、
────────だが、もしも、魔法が失敗して再現性の無い
「────────霊夢だ、霊夢に会えば分かる………………」
可能性を上げるだけならいくらでも出来る、疑うだけなら際限が無い。確かめればいい、神社はすぐそこだ。
しかし俺は、その否定しきれない可能性に怯えてしまったのか、いつもなら飛んで直接境内に降りるのに、何故か律儀に階段の入り口に立ってしまった。
陽射しは暑い、ジメジメした梅雨にしては直射日光がキツい。蝉時雨はまるで耳鳴りの様に脳内で反射して俺の思考を掻き乱す。一歩、また一歩と階段を上がる事に心臓が跳ねる────────最早あり得ないとすら思えない。
いつも、いつでも、閑古鳥の鳴いている境内には、霊夢と似た巫女装束を着た────────しかし
そして
「────────…………お前は…………誰だ?」
その一言を絞り出すのも、俺からすると無限に等しい労力を要した。時間の流れが遅い、喉がやたら渇く…………暑いからじゃない、信じられないからだ、この現実が。
こちらを見る彼女の顔はやはり霊夢とは違う、しかし何となく似ている事から僅かながら血の繋がりはあるのだろう………………だとすると、彼女は────────
「私は
────────
次の異変を描きます、とは言った……………だがしかし!萃夢想とは一言も言っていない!!!
色々な伏線を回収します(全部では無い)。
ちょっと無理矢理な導入だったかも知れませんがプロローグ時点で決めていた展開なので絶対描きます(鋼の意志)。