多分戦闘描写はかなり少ないです、今回の異変。もし戦闘描写を期待していた方はごめんなさい。
因みに“郁”という漢字には、おしゃれでたたずまいも洗練された人になるようにという気持ちも込められ、教養のある人間になるという意味があります。
「────────」
「……………………ちょっと、どうしたのよ? 顔色悪いわよ?」
そりゃあ悪くなるというものだ…………今の俺なら例え地獄に行っても魔界に行ってもさして驚かない自信がある。太刀打ち出来なくても生き残るだけなら何とか出来る自信もあるし、自力で幻想郷まで帰ってくる事だって出来なくは無いだろう。
────────だがしかし、俺が居るのは幻想郷であって今までの幻想郷では無い。
正確な年月は不明だが恐らく
「まぁ、外来人からすると訳が分からない事ばっかりでしょうね。家に上がんなさいな、お茶出すわよ。麦茶でいい?」
「あ、あぁ…………頼む────────!」
────そう言って、寸前で思い出す。今が十年前の幻想郷ならば
「ちょ、ちょっと待った! その、何だ……アンタは一人暮らしなのか?」
「え? いや、まぁ妹っていうか弟子っていうか…………中にもう一人いるけど? 何? 何か不味いの?」
俺の質問に疑問というか違和感の様な物を感じながらも、先代の博麗巫女────────霊郁は答えた。一々先代の博麗巫女呼びするのは面倒くさい、霊郁と呼称しよう。
しかし妹? 弟子? 血の繋がりは在っても直接的な親子では無いという事か? まぁ確かに見た感じ十代後半位の彼女が恐らく現在は四、五歳の霊夢の実の母親とは考えにくいか────────いや違う! 今考えるのはそんな事では無い!
この時代の人間ではない俺、
SF的な小説や漫画ではよくある話だが、もしも時間旅行者の行いで歴史的に何か矛盾が起こった際にどうなるのか。俺も正直そこまで詳しくは無いが、可能性は大まかに思い浮かぶ。
可能性、一。『何も起こらない、並行世界が生まれるだけ』
Aという世界で時間旅行者が何らかの矛盾を生み出すと、その時点で世界がBという世界線に枝分かれして歴史的に矛盾は生まれない。同じ事を繰り返してもC、D、E、F…………と無制限に世界線が出来るだけで生きている人間には何も認識出来ない。
可能性、二。『元々、歴史は知られていないだけで時間旅行者の行動を許容して出来ている』。
世界は一つであり、並行世界などという複数存在するものでは無く時間旅行者の行動も予め含まれたうえで構成されている。個人的にはこの可能性が高いと思っている。そう考えると
可能性、三。『世界は一つで、歴史は時間旅行者の存在を許容していない』
考える限りこれが一番厄介だ。俺がここに居る事はそれだけ世界にとって許容外の事であり、何らかの矛盾が起きて俺がいた時代と歴史的整合性が合わなくなると
「(他にも結局歴史が変わらないとか、純粋に歴史が再構成されて新しい世界線が出来るとか考えられるが…………兎に角! 今の時代の霊夢に会うのは、多分ヤバい!!!)
────────すまない! 悪いが場所を変えて話せないか!?」
「は? なんでよ、こんなクソ暑い中屋外で話し合うとか正気じゃないわよ? 遠慮なんてしなくていいから上がりなさいって」
「ちょちょちょちょちょちょっと! ちょっと待ってちょっと待ってマジで待って下さい!!! マジで!!! マジでやんごとなき事情があるんです!!!」
「ちょ!? 引っ張らな────────力強っ!!?」
戸に手を掛けて今まさに開けようとしている彼女の手を掴んで止める、背が高く妖怪退治の巫女として鍛えているのだろう、中々の馬力だ。
だが流石に力勝負はこちらに分がある。霊郁は腰を落として踏ん張って手を伸ばすが、俺は彼女をズリズリと引き摺って本殿から遠ざける────────いや、礼儀知らずは百も承知だが許して欲しい、最悪世界が無くなる可能性もあるのだから。
「はっ!? まさか………………私の美貌に惹かれて茂みに連れ込んでいかがわしい事を────────!?」
「何言ってんだお前!? 夏の暑さに頭茹だったか!?」
「そんな…………駄目よ! 私は博麗の巫女としての役目が!? でもでも~やっぱりちょっと位の年頃の娘っぽい事もしてみたいっていうか~、まずはお友達から~」
「なんか、もう……その発言がちょっとババア臭いな」
「あ゛? こちとらまだギリ十七よ? 発言は気を付けなさい、この世と泣き別れしたくないでしょ?」
────────怖ッッッッッッッ!!!!????
嘗てない程の恐怖を感じた、なまじ顔が整っているだけに瞳から光が消えて牙をむいて凄んだ顔メッチャ怖ッッッ!! 流石博麗の巫女なだけはある、しかもスペルカードルールによる決闘は霊夢の代で出来た物の筈。彼女は妖怪と本気の戦いに生き残っている実力者だ。
だがしかし! こちらもそれだけで怯むわけにはいかない!
「色々と怪しい事は百も承知! でも、本当に! 今だけは俺の言う事を信じてくれ!」
「………………」
こちらの必死な形相に霊郁も何か感じ入ったのか、彼女は俺の顔を覗き込んでくる。黒曜石の様な輝きの瞳は霊夢とそっくりだった。やはり僅かながら血の繋がりがあるのは、間違いないだろう。
「────────噓をついて、私を騙し討ちしようとしてるわけじゃないみたいね」
「……………………こちらとしては助かるが、どうしてそう思うんだ?」
信じて欲しいなんて言った手前なんだが、俺が逆の立場なら信じないだろう。彼女は陽射しの手で遮りながらこちらに振り向き────────白い歯を二ッと出し、無邪気に笑って言った。
「んー? そんなの────────
「────────」
その姿は、青い空と夏の陽射しすら目に入らなくなる程爽やかで、非常事態にも関わらず、何故か美しいと感じた。
♢
「……………………待って、ちょっと待って、確認させて。整理する時間を頂戴」
「あぁ、何でも聞いてくれ。答えられる事なら、全部包み隠さず答える」
俺と霊郁は霧の湖に来ていた。ここなら人里の人間も、妖怪や妖精も全くと言っていい程近寄って来ないし、何より昼間でありながら霧がある為、隠し話には持って来いだからだ。あとめっちゃ涼しいし(一番重要)。
あの後、霊郁は俺が念のため姿を隠している間に幼い霊夢に少し出掛ける事を言って、神社周辺に妖怪が近寄らない様に結界を張った上で俺と霧の湖に飛んできた。俺は木に背を預けながら、彼女は湖で足をパチャパチャと浸しながら俺の話を黙って聞いてくれた。
「まず────貴方は元外来人で、約十年後の幻想郷からやって来た」
「あぁ、因みに事故でな」
「そして十年後の幻想郷では私は既に死んでいて、霊夢が博麗の巫女として頑張っている」
「あぁ…………うん……まぁな?」
「なんでちょっと歯切れ悪いのよ」
────────言えねぇ、酒吞んだくれて、異変解決サボり気味で、よく俺ん
「それで?
「………………あぁ、アンタは────────霊夢曰く、死体すら残らなかったそうだ」
「………………」
────────俺は、全部隠さずに話した。
約十年後の幻想郷の事は俺が知る限りの事を全て、俺が未来人である事も。霊夢が博麗の巫女として幻想郷の調停者とやっている事も、先代博麗の巫女である霊郁は恐らくもうじき起こるであろうスペルカードルールが出来る前の異変“吸血鬼異変”によって死ぬだろう事も────────全部、話した。
「んー…………? 私まだイマイチ理解出来てないんだけど、なんで輝雄はこの時代の人間に…………特に霊夢には会わない方がいいの? 逆になんで私にはそんな重大な事は話してくれたの?」
「正直…………妄想の域を出てないが、十年後の幻想郷にそもそも存在していないアンタなら時間旅行者における矛盾は発生しないと考えたからだ」
「さっき言ってた世界線が無くなるとか、新しく創られるかも知れないって話? 私からするとそっちの話の方が眉唾よ、断言してもいいけど神様にだってそんな事は出来ないわ」
疑わし気な視線を寄こす霊郁、長い髪が地面につかない様に自分の膝元に回しながらこちらに振り向くその姿は、噂に聞いた先代巫女とのイメージとはかけ離れていた。夏の暑さに項垂れ、涼を求めて水遊びに興じ、喜怒哀楽がはっきりしている────────外の世界なら、活発な女子高生だろう普通の人だった。
どちらかと言えば順当に育った霊夢に似ている様な気さえする、何故十年後の幻想郷では名前も残らない程、真面目な巫女として伝わっていたのだろう………………誰かが記録を改竄した? 何故? 何のために────────
「ちょっと! 聞いてるの?」
「あ、あぁすまん…………で、神様にも不可能だってか? そりゃあそうだろ、世界から生まれた存在が、世界の外側からしか分からない様な事象を観測出来る訳がない。
例えば小説の登場人物が“あぁ、この世界は小説なんだな”って観測出来ると思うか? 神だって人間の信仰無くして存在できない程度の存在、決して全知でも全能でも無い」
そう、未だにちゃんと会った事は無いが幻想郷では八百万の神々もいるそうだ。だが彼ら彼女らだって、人間や妖怪と同じこの世界の一住人に過ぎない。この世界が果たして胡蝶の夢かどうか、確かめる術はないのだ。こんな事を言う俺だって例外じゃない。
「ふーん………………哲学的な事を考えるわねぇ。分かった、いや正直完全に理解出来た気はしないけど、要するに貴方は────────“嶋上輝雄”という人間は
「あぁ、一先ずはその事実に矛盾が生じなければ…………少なくとも世界がどうこうはならない、筈」
歴史の強制力、なんて物が有るのかは疑わしいが俺というイレギュラーが居なければ、恐らく同じ歴史を辿る筈だ。その為には俺はこの世界に
「────────じゃあ、正史通りなら
「…………………………………………………………」
「あ、ごめんごめん! イジワルな事聞いちゃったわね。でも覚悟はしてたから気にしなくて良いわよ。それに簡単に死ぬつもりは無いから! 案外なんとかなるわよ」
霊郁は少し困った様に、でも明るく笑っていた。持ってきていた手拭いで濡れた足を拭く。俺はバランスを崩さないようにそれを支える。彼女は器用に、背を支える俺の手に重心を安定させている、袴を濡れない様に捲っている姿は女性にしてはヤンチャというか…………恥じらいとか感じないのだろうか。
「おっ、紳士的ね。ポイント高いわよー、元の時代ではさぞモテたんでしょうね」
「生憎、物好きな幽霊に纏わりつかれた事があるだけだ」
足を拭き終え、足袋と草鞋を履いて彼女は立ち上がる。身長は百七十半ば、十代後半とはいえ既に身体は成熟しているのだろう。十年後の霊夢とは違い、出るとこは出て引っ込む所は引っ込んでるその五体は、少女という表現は不相応だろう。
────────まさに、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
────────さりとて人知及ばぬ妖怪達の調停者、美しくも苛烈な巫女。
「…………ん? なぁに? 見惚れちゃった? 惚れちゃだめよ?」
「…………はっ、いつか別れる時が来るのに思いを寄せる程、酔狂じゃない」
「なぁんだ、ツマンナイの………………ま、元の時代に戻るまでは面倒見てあげるわ。貴方の話が本当ならそこらへんをウロウロされたら危ないもの。霊夢に関しては私にいい考えがあるわ」
“誰にも見つからない様に姿隠してなさい”と言い残して彼女は何処かへ飛んでいく。それを見送り、俺は────────嶋上輝雄は考えた、この時代に来た意味を、このバグの様な奇跡の利用法を。
(俺は、今、嘗て無い程────────神という存在を感じている)
何の巡り合わせなのだろう、とても数奇な運命だ────────だが同時にこれは千載一遇のチャンス、逃せば二度と無い。死に掛けた時でさえ祈らなかった神を、今だけは強く信じざるを得ない。
『────────憎くないわ、だって人間も妖怪を退治してるでしょ? お互い様よ』
俺は今でも思い出す、あの霊夢らしからぬ寂しげな声、憂いた表情。少なからず俺にも理解出来る、誰もいない家に帰るあの何とも言えない寂しさを、侘しさを、虚しさを。
いつかは、誰にだってそういう時は来るものなのだろう。だがそれは十歳にも満たない子供には余りにも重い。その孤独に耐えたから今の霊夢なのかも知れないが、同時に人としての何かを失っている気がする────────恐らく、本人も自覚しない内に。
────────もしも霊郁が生きていれば、十年後の宴会では呑み過ぎた霊夢を叱り、それを宥める魔理沙などがいた光景もあったのだろうか。霊郁が教壇に立って、慧音さんと授業したりする光景もあったのだろうか。
────────想像するだけで胸焼けしそうな
霊郁には時間旅行における矛盾や世界改変のリスクを話した…………だが、
────────もしも、『霊郁の死んだ世界線』から来た
当然だが今いる幻想郷の外の世界には十年前の小学生の俺がいる。そして時がくれば同じ様に幻想入りする筈だ────────その時、果たして世界は全く同じ二人を許容するのか? 第一俺は
そして世界線の改変に成功した場合、
だってそもそもそんな世界最初から無いことになるのだから、その世界の住人も消えるのが自然だ。
そうなれば『霊郁が死なない世界線』の俺が残り、『霊郁が死んだ世界線の』俺は
『貴方は運命に縛られない、稀有な存在。運命でさえ貴方を支配できない』
いつの事だったか、レミリアに言われた────────お前は未来を創れると。
(俺なら出来る、いや────────)
『生者が死者に囚われるべきじゃないわ、貴方は生きているのだから、もっと建設的に人生に向き合いなさいな』
異変の際に、八雲紫に言われた────────お前の生き方は間違っていると。
(────────違う、これは…………これだけは
「────────
そうだ、
多分、今までとは毛色の違う描写になります。
あと時間旅行者の話とか分かり難かったらすみません。
輝雄も推測の域を出てないという事と、普通は起こり得ない事を起こしちゃいけないって事だけ頭に入れていれば良いです。