それは『役割』か『役職』か、血の繋がりは『呪縛』か『祝福』か。
七月も中旬、俺こと嶋上輝雄がタイムスリップしてから、もう二週間近く経とうとしている。現代に戻る手掛かり、兆候、それらしいものは全く無い。とりあえず咲夜から渡された銀時計を無くすのは不味いと思い、肌身離さず持ってはいるのだが…………時計は変わらず時を刻むだけ。
(…………そういえばパチュリーさんの観測魔法は今も働いているのか?)
状況が状況の為、すっかり忘れていた。もしも俺が過去にいる事が分かっているなら、早くタイムマシンでも作って欲しいものだ。助けてー、パチェえもん。
そんな事を思いながら日常を過ごしていたら夏はまさに最盛期を迎え、蝉達の大合唱は目覚まし時計代わりになる位五月蝿く殺意が湧いてくる。この声って全部交尾相手を探す為の物なんだよなぁ、本能に忠実というか本能しか無いのだろうか。
(そういえば……幽々子が言ってたな、虫や魚や獣の類は人とは違う輪廻を廻るって…………人間と違って怨霊にならないのも、そのせいなのか?)
てっきり俺は人の次は虫や獣に産まれ変わる事もあると思っていたが、余程の悪人でも無い限りそういう事は無いらしい…………未だに幻想郷は学ぶ事が多い。少年老い易く学成り難し、
「あー……暑いー……しゅうじー…………川遊びしましょー」
「それは構いませんが…………霊郁さんに言われた課題は終わりましたか?」
「こんなにあつくて、こんなにうるさい中で本なんて読んでらんないわよ」
「今日中にその書の術を一つでも習得しないと霊郁さんに怒られますよ?」
「すずんで、あそんだ後でもいいでしょー? こうも暑いと頭が茹で上がるわよー…………あとスイカたべたい、かってきて」
「残念ながら私が好きに使えるお金は一文もございません」
「ひもー、いそうろー、じごろー」
「居候以外は断固として否定します」
────────どこで覚えた、そんな言葉。
俺は井戸から汲んだ水を、柄杓では無く桶から勢いよく周囲にぶち撒ける。満遍なく撒きたかったが、まぁ、これでも多少は効果はあるだろう。縁側から下駄を脱ぎ居間に上がる。暑さでノックアウトしている霊夢が放り出した書物を拾い読んでみる。
「ねぇ? 修治も霊力をすこしは使えるんでしょ? なんかすずしくなる術とかないのー?」
「生憎、飛ぶ事もままならない程度の雑魚ですので…………」
そういう事にしている。体術以外は大した事がない、それが居候の修治という人間の設定。因みにその設定が無くても俺の五行適性は“火”と、未だに使った事が無い“金”。涼むなんて出来ない、冬は何かと便利だが。
「ちぇー…………」
霊夢はそのまま縁側にあった水が入った盥に素足を入れて団扇を煽ぐ。どうやら暑く無くなるまで勉強には戻らない様だ、こうなったら梃子でも動かない。十年後もそうだった。
「結界術か………………」
「できるの?」
「出来た事はありません」
「ふーん…………」
────────十年後の霊夢が得意としている結界術。
物理的な障壁だけで無く、炎に変換された弾幕や高度な物なら能力の影響まで防げるのだとか。そして、その形状は立方体や球体などの均一で規則正しい物が望ましいが、術者の力量に応じて変則的な形状や条件も織り込める。
自分の周囲に張り、移動すると共についてくる結界もあれば完全に土地に固定された物もある様だ。霊夢の結界は前者で、博麗大結界は後者だろう。
(ほー…………成る程、もしかして八雲紫が打撃が効かない様にしてたのは、能力を織り込んだ結界を張っていたからか?)
ペラペラと古書特有の香りを懐かしみながら、読み進めると中々興味深い事が書いてある。パチュリーさんの図書館にも似た様な本はあったが、こちらの本の方が造詣が深い様に思う。
「因みにこの本はどこから?」
「神社のそうこー。かってに入っちゃだめよー、あぶないから」
博麗神社の蔵書という事か…………恐らく歴代の巫女達の研鑽が記された書物。妖怪退治に使える、巫女としての役割の取説と言った所だろう。博麗の巫女は伊達では無いという事か…………。
(────────興味深い……! “結界術は大きく分けて二種類あり、自分を核に追従する物と、土地に根差し固定する物。
前者の長所は場所を選ばず常に自身を守れる。後者は手順を踏めば作成難易度が低く、強固という事”)
逆に短所は、前者は強度では後者に劣り、習得するのは長い修練やセンスが必要とされる。即興である以上範囲も劣るだろう。
「………………ねぇ」
後者の結界術は、強固で広範囲で発動させる難易度は低いが、代わりにその場から動かせない、しかし形状もある程度融通が利く様だ。今までこういった複雑な術は使える気がしなかったが、この方法なら俺でも出来るかもしれない。
「………………ねぇってば」
固定型の結界術は十年後の霊夢曰く“ひゅーっと、やってひょい”なんて簡単に展開出来ず、結界の外郭を作る各起点を等間隔に打ち込み、何らか能力を付与するなら更に手順が────────
「無視すんな!!!」
「おぐぅ!!?」
────────と、苦手だった術に光明が見えたと思ったら霊夢の小さな足が背中に入る。痛くは無いのだが如何せん意識外からの不意打ちに変な声が出る。
「何するんですか、霊夢さん」
「アンタが無視するからでしょ! ………………れいかもアンタも忙しそうにしてたら私ヒマでしょうがないわよ」
子供らしい丸みがある顔を更にぷくりと膨らませる、どうやら俺が一人本を読んでいた事だけで無く、朝早くに里まで
「私は兎も角…………霊郁さんは仕方ありませんよ。彼女は人里の頼みの綱、人の味方として博麗の巫女としての役割があるのですから」
「………………そんなんばっかり、いつも修行修行…………れいかは巫女としてのわたししかきょうみないのね…………」
────────まずい、直観的にそう感じた。俯き少し目が赤くなっているその様子から日頃溜まっていたのかもしれない。俺は爆発させない様に頭をフル回転させて言葉を選ぶ、子供をあやした事なんて一度も無いのに。
「いやそれは違います。例えいつか、霊夢さんが巫女になろうとならまいと。この幻想郷で生きていくなら妖怪に対抗する力はあるに越した事は────────」
「────────ポっと出のアンタに何がわかるのよ!? わたしとれいかが本当の親子じゃないことくらい分かってるでしょ!?」
だがしかし、宥めようと理屈や理由を並べ立てた所で、相手にそれを受け入れる余裕が無ければ意味を成さない。霊夢は草履を履いてそのまま空を飛んで行く、即座に俺も飛ぼうとするが────────それは出来ない事を寸のところで思い出す。
「────────しまった…………こんな弊害が出るとは…………しゃあねぇ、走るか!」
十年後の霊夢と比べて霊力の操作がお粗末なのか、宙に残る霊気を辿り彼女の後を追う事は容易い。一応、霊郁に書き置きだけ残して俺は森の中を走り出す。
♢
「………………お昼ごはん、食べてからにすればよかった…………」
博麗神社からすこし飛んだばしょ、霧の湖でわたしは休んでいた。いつもなら空を飛べばすずしい風につつまれ、いい気分なのに。暑すぎる日光を全身に浴びたせいかフラフラして、それにお昼食べてないからか体に力がはいらない。
「………………れいか」
────────わたしの名付け親、でもほんとうの親子じゃない。
わたしはある日境内にすてられていた所をひろわれたらしい。外のせかいからか、それとも人里のだれかがすてたのか、もう分かることはないだろう………………。
別に親にすてられたことは悲しくない、むしろそんな奴のもとで育つほうがゾッとする。れいかのことだって嫌いじゃない、きびしいけどそれ以上にやさしい、わたしは今のせいかつが幸せだとおもってる。
────────でも、れいかは博麗の巫女で、わたしは次代の巫女にすぎない。
「────────れいかも、そうだったのかな」
強いことが、役割。親子かんけいは、役職。もしもわたしが、巫女になれる見込みがなかったら────────れいかは、わたしをひろってくれたのかな。
「……………………クラクラする、ねよ」
水辺に近くて霧があるのにまだ頭はいたい、もしかしたら“ねっちゅうしょう”かな。草の上でわたしは大の字でねころがる………………このまま夜までかえらなかったら、れいか怒るかなぁ………………。
「────────服、汚れてしまいますよ」
「……………………なんだ、修治か」
「霊郁さんの方が良かったですか?」
修治、ある日突然れいかが連れてきた妖怪に面がはずせなくなる呪いをかけられたらしい男。なんか色々あやしいし、ときどきこっちをみすかしたようなことを言う奴。しかもなんか強い、人里の人なんだろうか? 外来人はかんがえにくいし。
わたしはさいしょ、れいかに遂に春がきたのかとおもったけど別にそんな事はなかった。まぁ、れいかは妖怪退治をしてるあいだは色恋とか結婚を考えられないっていってたしね────────だっていつ死んでもおかしくないもん。
「……………………」
「…………なに? なんか言えば? 連れもどしに来たんでしょ?」
「そのつもりだったんですが…………いやはや、上手い言葉見つからない次第でして、ハハハ」
「…………大人のくせして、なさけないわね」
「人は、歳を重ねたからといって成長する訳ではありませんから」
修治は大の字で転がっているわたしのとなりに座った。力づくで連れていくつもりは無いみたいだ。
わたしも修治も、しゃべらない。ただ風が流れて、水面がゆれて、雲がどこかへ消えていく、そんな何でもないけしきをながめながら時間が過ぎっていった。
「…………………………ねぇ、霊夢さん」
少しして、修治がちんもくをやぶった。外せない狐のお面のせいで表情は分からない。
「────────なりたく無いですか? 博麗の巫女」
「……………………うぅん、別に」
別に、妖怪とたたかう事はこわくない。巫女としての役割をはたさないつもりもない。わたしは、ただ────────
「……………………ねぇ、修治?」
「何ですか?」
「────────わたしが次の巫女になったら、れいかいなくなったりしないよね?」
「────────────────」
────────ただ
「れいかは、巫女としての役割ためにいる…………だから、わたしが博麗の巫女になったら………………れいか、どこかへいっちゃうんじゃないかって」
「………………霊郁さんは、何処にも行きませんよ。博麗の巫女じゃなくなったら、博麗の巫女じゃない霊郁さんの人生が始まるだけです。消えたりしませんよ」
「ほんとう?」
「えぇ、本当です。もしも、霊郁さんに危機が迫るならその時は微力ながら私も力を貸します」
「………………妖怪に呪われたくせに」
「ははは、これは手厳しい。でも約束しますよ、
そう言うと修治は小指をわたしに向けてだした。わたしも小指をだして、それを修治の指に絡めた。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそついたら、はーりせーんぼーんのーますっ!」
「指切った、っと」
歌詞に合わせて絡めた指をゆるく上下に振りながら、わたしはうたった。ねがいを込めて、もしも約束をやぶったら、ほんとうに針をのます………………のは、やりすぎだから一万回のゲンコツにしておこう。
「………………おなか空いた」
「………………帰りましょう、蕎麦作りますよ」
「………………天ぷらも食べたい」
「鮎がありますので、それを揚げましょう」
修治が背をむけてかがむ、わたしは少しなやんだけど────────その背中に乗らせてもらった。
れいかとはちがって、ちょっとかたいけど、大きくて、なんだか暖かった。夏でも、その暖かさは不思議とうっとうしくなかった。
「……………………?」
「どうかしましたか?」
「…………うぅん、なんでもない」
わたしが森の中に目をむけたことに気づいた修治が聞いてくる、でも見間違いなのか、そこには暗い闇が広がっているだけで何もない。
(赤い………………なんだったんだろ?)
一瞬視界のはしに、赤い点みたいなものが見えた気がした。
指切りには不変の愛を誓う意味もあるんだとか
破れば罰が降る辺りガチ呪いっぽいですね