描写外ではちゃんと名前で呼んでますよ、まだ名前を出さないのはただの作者の拘りです。
「はい! ここが私の神社です! どうぞ上がって下さい!」
「ここが……ねぇ……」
駅前以外はアスファルトで舗装されていない道も珍しくない田舎街。この田舎は常日頃から閑寂に包まれているのだが……この山と神社一帯はまた別の意味で静かすぎた。
山と言えば虫やら鳥やら、そうでなくとも木々や木の葉のざわめきが自然のBGMとして流れているはずなのだが
────────俺がこの神社の階段一段目に足を踏み入れた瞬間、世界が切り替わった様にそれらの命の気配が全てを消えた。
歴史あるとか郊外だからとか、そういうレベルじゃない。空気が一挙手一投足に纏わりつくように重い……ような気がする。
(耳が痛くなるほどの静寂……………………なのに誰かに見られている様な気もする………………これが“厳か”って雰囲気なのか?)
「────先輩? どうかしましたか?」
「いや何、この辺りに住んでたけどこの神社に訪ねた事は無かったなと」
「あー……それは仕方ないですねぇー。この神社の由来を知っているお年寄りとかしか来ませんから、ぶっちゃけそのお年寄りさん達もあの階段を昇るのがキツいのか最近はあんまり来ないんですよねぇ……」
「仕方ねぇよ、小さいとは言え山の上だし」
つーかコイツ毎日毎日この階段と山を昇り降りしているのだとしたら中々の健脚だな。そんな下らない事を考えながら、神社裏にある社務所兼自宅にお邪魔する。いやマジで住んでんの? あり得るのか、こういう事って。
「ちょっとお茶淹れてきますので、ゆっくりしてて下さい」
そう言われて、俺は一人で年季の入った丸いちゃぶ台とブラウン管テレビしかない居間に残される。待っている間暇なので何故後輩の神社に訪れる事になったのか、学校から自宅を介する事無くここまで来た経緯を思い返す。
♢
「なぁオイ輝雄、今日オマエ暇? カラオケ行こーぜ。このクラスでアニソン歌っても、うるさい事言わないのオマエ位しか居ないんだよ」
「逆に言えば、このクラス以外の奴らならそういう交友関係あるって事か。お前マジでコミュ力高ぇな」
「ふっ……これでいつペルソナに目覚めても大丈夫だぜ」
「ワイルドじゃなかったら意味無いだろ」
かったるい学校の授業が終わり、自由となった放課後。後ろの席から声をかけてきたのはいつものように
「悪いな、今日はバイトは無いけど用事がある」
「お? そっか、じゃあまた今度な。因みにその用事ってなんだ?」
「いや何、件の後輩からツラ貸せって呼び出し喰らっててな────────」
「者共ぉおお! 出会え出会え出会え出会えぇぇええ!!!!!」
「なんだなんだなんだなんだ急になんだ!?!?」
鞄に最低限の荷物を詰め込みながら東と話していると、急に周りに号令をかける。すると打ち合わせでもしていたかのように男子共がダッシュでこちら突貫してきた。あれよあれよと胴上げの様に体の自由が奪われる────────何コイツらの連帯感、ちょっとキモイ。
「輝雄ぉおおおおおおおおおおおおお!?!? なーにオマエ一人だけ大人の階段昇ろうとしてたんだオラァァァンン!? 紹介しやがれ下さい!!!」
「いや別にそうとは限らねぇだろ────────オイコラ気安く触んな誰だお前ら!?」
「東君の友達Aです」「同じくBです」「同上Cです」「面白そうなので何となく来たDです」「ちくわ大明神」「一緒にカラオケ行きたいEです」「純粋に嫉みで来たFです死んでください」「Don't Think. Feel! Gです」
「いやホントにコイツの交友関係どうなって──────────誰だ今の!?」
いや、何なら全員誰だよって感じなのだが。何でご丁寧にAからGまで合わせてんだよ、ドラクエか。クラスの女子達から『うわぁ……』的な視線がひしひしと伝わってくる、普段は周りの視線など顧みないが流石にこれは色々と堪える。
「行かせねぇ……! 行かせねぇぞ……! 放課後にきゃわいい後輩女子と『ごめ~ん待った~?』的な青春ラブコメなんてオマエには似合わねぇんだよ! せいぜい魁!! クロマティ高校が関の山だ!!!!」
「うるせぇ! それはどちらかというとお前のほうだろ!!」
「このままじゃオレ達リア充に支配されちまうぜ!!」
「いやリア充はお前はなんか眼中にないと思うぞ」
「────────なんて?」
(あ、ガチで傷ついた)
それはそれとしていつまで胴上げ状態にしてるつもりだコラ。鞄を取って、持ち上げていた東のつむじに肘鉄を軽く落とす。ひるんで俺を下ろした隙に、脚を脇に抱えて東をジャイアントスイングし烏合の衆を散らす。
「
「オラオラオラオラオラァ!!! どけオラァ! さもないと吐瀉ぶちまけるまで東が回り続けるぞ! それでもいいのか!?」
「「「「「「「いや逆にお前はそれでいいのか!?!?」」」」」」」
────────いいんだよ、どうせ適当に女子紹介したら機嫌治るし。
クレッシェンドとデクレッシェンドで叫び続ける東。それに怯んで距離を取りクラスメイト。遠巻きに『あー、何かまた男子共がバカやってるわ』『それより帰りスタバ行こうよ』と完全に慣れている女子達。騒ぎに気付いたのか、帰ってきた担任がドン引きする。あ、ヤッベ逃げよ。
完全に目を回して立てなくなった東をその場に置いて(流石に投げはしない)、俺は逃げ出した。
「うぅ…………やはり俺のダチがリア充だった件について」
なんでラノベ風に言った?
♢
「いや怖ッ、ヤバ過ぎません? 先輩のクラス」
「そうか? こんなもんだろ暇を持て余した中学生なんて」
寧ろある意味では気心の知れた中であるため、男子も女子もイジメという名称で誤魔化されている名誉棄損と暴行罪がないだけ平和と言える。我がクラスはアットホームなクラスです(ブラック企業並感)。
「友達をジャイアントスイングするのは暴行罪じゃないんですか? (現場猫)」
「友達じゃないからヨシ! (現場猫)」
「いや良くないですよ、反省してください」
「チッウッセーナ………………反省してまーす」
「 せ ん ぱ い? 」
「分かった! 分かったから逆手にフォークを持つな! 流石にシャレにならん!」
差し出された羊羹と熱いお茶、その隣に置いてあったフォークを握りこちらに微笑みかける。しかし残念かな、男子中学生を無意識のまま勘違いさせてしまう魅力はそのまま殺意とか怒気にシフトチェンジしてしまった。
何故だろう、不良共に囲まれるよりも危機感を感じた。例えるなら蛇を前に全く身動きが出来ない蛙のように。俺の本能が『逆らうな!』とふざける事を許さなかった。これが巫女の祟りかな?
「全く…………なんで先輩はそんなに斜に構えるんですか」
「言っとくがアイツも大概だからな………………あとその『斜に構える』多分誤用だぞ」
「え、マジですか」
『斜に構える』。不真面目とか、ひねくれているとか思われがちだが正しい意味は真逆である。語源は剣道の構えからとか、まぁ文系でもこれ間違えている奴多いし、逆に伝わるだろうけど。
「そ、そうなんですか…………ちょっと恥ずかしいですね。今まで逆の意味で使ってました」
「案外多いよなー、そういう勘違い。確信犯とか、気が置けないとか、潮時とか………………アイツはこの辺りちゃんと理解して使ってたけど」
「…………もしかして先輩、実は結構頭良い方ですか?」
「お前今まで俺のこと馬鹿だと思ってたの?」
感心した風にこちらを見ている後輩。こちとら贅沢出来るような生活環境じゃないからな、大概の事は高水準に出来るわ。少なくとも腐れ縁の同級生に得意科目以外、余裕で教えられるくらいの学力はあるわ。
「へぇー…………じゃあ今度私の文系科目の勉強をちょっと見て下さいよ」
「時間があったらな………………つーかそんなに悪いのか? 何が駄目なんだよ」
「えーと現代文、古文、漢文、歴史系統………………あと現代社会も」
「ほぼ全部じゃねぇか」
「え、英語は得意です! そもそも歴史とか古文とか社会に出ても役に立たないじゃないですか!? 物理とか数学はまだ仕事に活かせるかも知れませんが源氏物語とか山月記なんて仮に全部暗記しても役に立たないでしょ!? 桜の並木通りがいとおかし、とか言わないでしょう!?」
「………………An empty vessel makes much noise」
「え?」
「俺からの宿題だ」
言いたいことは理解出来る。文系よりも理系の方が就職率が良いとか聞くし、理系科目出来ないと行けない学校はあっても、その逆は中々無いだろうし。
────だがしかし、それを言い訳に使うのは感心しない。
「けど、お前一応巫女だろ。その辺りの歴史的な知識は寧ろ人よりも触れる機会多い筈だろ」
「うぐッ……」
「現代文とか古文はまだいいよ。でもお前自分の国の歴史すら碌に知らなかったら社会に出たら舐められるぞ? そういう突っつかんでもいい欠点を目ざとく見つける様な腐った奴が現代の社会には多いんだから」
「うぐッ……」
「あと現代社会に躓いているなら高校で地理とか倫理とか経済でも躓くだろうな」
「えぇい何ですかさっきから!? 先輩は私のお母さんですか!? そうかそうかつまり君はそんな奴なんだな!」
「何でそんな事だけ知ってんだよエーミール」
残念ながら今のお前は模範生とはかけ離れているよ。羊羹をモッシャモッシャと食べながらちゃぶ台の対面側でむきーっと怒っている後輩を冷めた目で眺める。
流石にちょっと言い過ぎたか………………そろそろ宥めようと思い、湯吞を置いた瞬間──────
「なんだい? 珍しく騒がしいと思ったら友達を連れ込んでたのかい? しかも男の子とは」
「────────!?」
────────背後から大人の女性らしき声が掛かる。
古風な着物に身を包み、白い足袋を履いている。風に吹いているわけでもないのに何故か青紫色の髪はふわりと靡いている気がする。後輩とは違う怪しい────或いは妖しい色気様な物を纏っている。
────いや何時からそこに居た? 衣擦れの音一つしなかったぞ?
「か──「こんにちは、私は
「…………えぇ、どうも。お邪魔しています」
一瞬後輩が何か言いかけた気がしたが、それよりも目の前の女性から俺は目が────というよりも意識を離せなかった。決して色ボケしているわけでは無い、単純にそれ以外に目を向けられない。まるで俺の否応なしに意識を
「貴方は……親族の方ですか? 邪魔なようでしたら帰りますが」
「ハハハ! 気を使わせてしまったかな? 気にしなくていい、私が勝手に来ただけだからね──────あぁ、すまないが私の分のお茶も頼めるかな?」
そう言うと皆方さんは後輩の隣に座り後輩にお茶を頼む、後輩はそれに慣れているのか、軽く会釈して居間から出ていった──────ってオイ! マジかよ!? 見ず知らずの人と先輩残していく!? 普通!? 何話せばいいんだよ! ていうかこの人俺のこと知ってんの?
「戸惑わなくていい。あの子から聞いた時から君とは話してみたかったんだ」
「はぁ……?」
そんな事を言いながら“ミナカタ”さんは後輩が座っていた場所に横にスライドする形で移動する、対面にならないで欲しいんですけど、威圧感半端ないので。しかし俺と話してみたかった? 後輩の同級生とかでも無く俺に? 考えられるとしたら不良モドキである俺が後輩に悪影響を及ぼすのではないかと危惧しているとかだろうか?
「あの子はね、社交的ではあるんだけど“あと一歩”で友人かそれ以上の関係になれるのにそれ以上相手を立ち寄らせない癖があるのさ………………もしかしたら、本人に自覚は無いかも知れないけどね」
「……………………」
………………少しだけ、分かる気がする。時折後輩から余人とは違う雰囲気を感じることが有る。それに今更だがよくよく考えたら、アイツ放課後に他の同級生達と遊びに行っている様子が無い。神社の仕事が忙しいにしても全く時間が無いという事は無いだろう。後輩自ら、明らかに一線を引いて距離を置いていないとあそこまで一人でフラフラしてるとは考えにくい。
「ふふふ…………初めてだよ。両親を亡くして以来、明るく振舞ってはいたがここに友達を連れてくるなんてこと無かったからねぇ…………失礼だが君もなんだろう?」
「………………えぇ、まぁ、ね」
「──────しかしこの地域じゃないはずだ。あの子以外にそんな境遇の子供がいるなら噂になっているはず。何処から越してきたんだい?」
「…………………………」
今さらだが、このミナカタという人もこの辺りに住んでいるのだろうか………………? しかしこんな美人見たこと無いが。狭い田舎街、俺ですら親しくないだけで顔見知りは多い。こんな目立つ人が記憶に残らないはずがない。しかし蛇のような射竦める視線が余計な事を考えさせない、まるで思考まで固められているようだった。
そしていつになったら帰ってくる後輩よ、正直針の筵なんだが? 黒ひげ危機一髪もびっくりな位全身にナイフぶっ刺さんってんじゃないかって位辛いよ???
「…………関西のほうですが」
「ん? あの子から聞いた話じゃ関東って聞いたけどね?」
………………? あれ? それ言ったっけ? 一応出会ってからの記憶を全て思い返すが、覚えがない。ていうかその事情自体誰彼構わず言ってはいない、それこそ東にも。
「別に、関東にも居たってだけですよ。半年にも満たない期間ですが」
大変だった…………面倒くさい事があれやこれやと沸いてきて、いい思い出が一つも無い。ここでの生活が今のところ一番安定している。
「……………………そうかい。いやーしかし関西の方からこっちじゃ色々違うだろう? 私も実は
「へぇ………………まさかとは思いますが、毎度毎度ここまで新幹線とか飛行機で来ているわけでは──────」
「ハハハッ!!! 違う違う! ていうか私新幹線も飛行機も乗ったこと無いし! 乗ってはみたいんだけどね!」
南………………話の流れからして関西よりも遠いとしたら中国地方とかだろうか? だとしたらこの人も随分な引っ越しをしたな。しかも新幹線も飛行機も使わず、とんでもねぇな。
「…………ふむ? 意外と普通だな、アテが外れたか…………」
「あの、何か?」
「気にしなくていい、もしかして
「はぁ……?」
昔の知り合いの子供が俺と重なる要素があったのか? 全く訳が分からないが。皆方さんには何か思うところがあったのだろう、関東か関西の方に俺に似た知人がいたという事か。いやどういう事だよとは思うが。
「じゃあ私は若人の邪魔にならない内に帰ろうかな」
「え? 茶は?」
「あれは遠ざける方便だよ、あの子がいない方が都合が良かったからね。じゃあね輝雄、縁があればまた会う事もあるだろう」
「いや、ちょっと────────!」
そう言うと皆方さんはそのまま部屋から出ていった。正直、俺が後輩と彼女の邪魔をしてしまったのなら帰るべきなのは俺の方なので後を追って皆方さんを引き留めようとした。
しかし、居間から出ると、短い廊下にはもういなかった。引き戸の音は聞こえなかったのに……………………念のため外に出て階段を見下ろしても誰もいなかった。
「……………………」
「せんぱーい? どうしたんですかぁー?」
声がした方に振り返ると盆に茶を載せた後輩が縁側からこちらを見ていた。
「あぁ………………皆方さんが急に帰っちまってな…………」
────────そして煙のように消えてしまった。
何故かそのことは言う気にならなかった。皆方さんが帰ったという事を聞いても後輩は特にこれと言って気にした様子も無く。
「そうですか…………取り敢えず冷める前にお茶飲みます?」
「いいのか? 何か用事とかあったんじゃ…………」
「大丈夫ですよ、か────────皆方さんも気にしてないと思いますよ」
そしてそのまま居間へと後輩は戻っていった。
一人境内に残された俺は、いつの間にか周囲の生き物の気配が戻っている事に気がついた。
(縁があれば、か………………)
────────何故か、また会える確信があった。
諸説ありますけど、まぁ、侵攻してきたのなら出身地はあっち、ということで。
そもそも国津か天津かもよくわからんのもいますしね。