ぶっちゃけ先代巫女って半分オリジナルヒロインみたいなとこない?
八月十五日、早朝。
その日の朝は夏真っ盛りにしては涼しかった、不思議なことにいつもは五月蝿い蝉の声も聞こえなかった────────まるで世界から、夏が切り離されたようだと霊夢は幼いながら感じた。
「………………しゅーじ?」
きしり、と襖の向こう側の縁側から板の軋む音が聞こえた。朝の光が差し込み、大きな男の姿が映る。霊夢はボヤけた目を擦り、声を掛ける。襖の人影は少し驚いたのか、立ち止まった。
「霊夢さん、起こしてしまいましたか?」
「うぅん…………なんか目がさめちゃって…………」
「…………今日はなんだか冷えますからね、そのせいかもしれませんね」
虫の声も、鳥の声も聞こえない。日が昇ったばかりの博麗神社は逆光で薄暗かった。いつも通りの寝室、隣では霊郁が寝ている、襖の向こうには修治もいる、にも関わらず────────霊夢は言語化出来ない何かを感じていた、嵐が来る前日の様な凪。
「…………どこにいくの?」
少しだけ間をおいて、修治は答えた。声を
「人里の方へ、野暮用です。朝食には帰りますよ」
何でもないと、大した事じゃないと、穏やかな声音で。霊夢にまだ寝てていいと優しく語りかける。それは
「………………うん、はやくかえってきてね」
霊夢はそう言ってぼふっ、と枕に顔を埋めた。自分よりも強い修治がそういうのだ、霊郁だっている。不安に思う事など何も無い、夏らしからぬ寒さから逃れる為に、霊夢は霊郁の胸元に潜り込む。暖かく、肌から伝わる心音が霊夢を微睡みに沈める。
「……………………」
ちょうど十秒経って、霊夢が眠りについた事を確信した修治────────もとい輝雄は気配を殺して、博麗神社の境内から空を飛ぶ。神社の背面から昇る朝日は幻想郷全体に差し込み、残っていた闇が晴れる。
空には不思議な事に全く雲が無く、何処までも続く様な青空が澄み渡っていた。
「────────死ぬには、良い日だな」
狐の面を付けたまま、しかし薄く口元を歪めて、独り笑う。
♢
(結局、吸血鬼っていつ来るのかしら…………)
山の向こうに日が沈みかけている黄昏時、博麗霊郁は縁側で
霊郁は夏の夕暮れを眺めながら、カナカナと、どこか物悲しい蜩の声を聞きながら酒を呑むのが好きだった。巫女として果ての無い妖怪との戦い、超人の霊郁と言えど一息つく暇は欲しい。
「なーんか浸れるのよね………………侘び寂び? って奴かしら?」
一人呟くがそれに返す者は居ない、輝雄が霊夢を人里に馴染める様にと昼頃に連れて行った。かなり時間が経っているが恐らく寺子屋で同世代の子供達と遊んでいるのだろう、何にせよ輝雄が側にいればまず間違い無く無事だと結論づける。
「────────寂しいわねぇ…………人里なら危険なんて無いんだから、私の晩酌に付き合いなさいよ」
もどかしさと寂しさを誤魔化す為、お猪口では無く徳利から直に呑む。能力によって薬物や毒物に耐性がある為、霊郁は酒をどれだけ呑んでも前後不覚になる事は基本的に無い。なんなら能力を全開にすれば全く酔わない程だ。
そうこうしているうちに、お猪口にも徳利にも一升瓶にも酒は一滴も残っていない。流石にこれ以上は辞めておくかと霊郁は盆の上に徳利を置いた、残ったのは物悲しさを感じさせる蝉時雨と、今にも消えそうな夕陽。
「………………輝雄は、未来に帰れる方法を見つけたらどうするのかしら」
することが無くなり、暇を持て余すと勝手に思考が回り始める。彼はこの時代の人間では無い、霊郁と輝雄の間には十年という歳月が遮っている。果たして、帰る方法が分からないと言っていたが、もしも方法が見つかればどうするのだろうと霊郁は考え始め、同時に胸の奥に何かがつっかえる様な嫌な感覚を覚えた。
「十年………………となると、私は二十七……未婚だったらとんだ行き遅れね。十年後の彼はどんな生活を送ってるのかしら………………もしも、
「……………………手に余る女…………嫌いじゃないって言ったわよね…………?」
夕焼けが世界を真っ赤に染める中、理性が
────────まるで聖母の様で、まるで情婦の様に。
「私も輝雄もいい歳だし、そろそろ地に足つけて生きるべきよね。────────側に寄り添う奴が居れば、少しは彼も落ち着くでしょうし」
霊郁は決めた。顔から火が出そうだったが、耳まで熱が伝染し顔と言わず全身が紅く染まるが、それでも心は変わらない────────異変を生き残れたら、彼に伝えようと、
「────────世界がどうこうって言ってたけど、なんとかなるでしょ。多分!」
考えは纏まった、答えは出た、気持ちは…………やや羞恥心で不安定だが、時間経過で安定するものでも無いだろうと霊郁は行動あるのみと考えた。夕飯と、
「上手くいくかしら………………酔いに任せれば………………いやでも流石にはじめては────────」
「巫女様ッ!!!」
「────────ぅわっしょっい!?!!?!」
ブツブツ一人呟きながら考えていると、背後から大きな声が掛かり変な叫び声が出る。普段なら、ただの人里の人間の気配くらい簡単に気付けただろうが、この時ばかりは完全に不意を突かれた形になった。
「…………うわっしょい?」
「────────いや何でもない、ちょっと祈禱中だっただけだ」
「はぁ………………?」
叫び声を再現しながら啞然とした表情で巫女を見る里の自警団の男に対して、霊郁はいつも通りの威圧感を増し、厳格な口調に変える。時刻はもう日が沈む直前である、妖怪が人を襲わないのは里の中である事を考えれば博麗神社の周辺であっても安全とは言い難い。
(────────逆に言えば、それだけの異常事態って事ね)
にも関わらず、人里からそれなりに距離がある神社に人が来た事に対して霊郁の意識は瞬時に切り替わる。里から神社まで走ってきたのだろう、里の男は肩で息を切らして、汗が流している。霊郁は男から妖力を感じず、立ち振る舞いからも武器を隠していない事を察してから近づき話を聞く。
「どうした? 何があった? もう妖怪が活発化する時間帯だぞ?」
「それが…………! それが、里に
「────────何だと?」
♢
「これが…………妙な結界か?」
「はい、大半の者が出れないだけで特に害はないのですが…………」
霊郁は里の男と共に人里まで来たが、道中でも目視出来ていた結界に触れてみる。半球状のドームの様に里全体を覆って暗幕の様に内部が覗けなくなっている、結界に触れた霊郁の手は一切遮られる事なく、水面に触れるよりも軽く通過した。
(遮られない…………結界は自身や何かを守る為、或いは外に出さない為に用いるものだけど私はその条件に当て嵌まっていない…………と、なると考えられる可能性は────────)
結界に身体全体を通しても全く異常が見受けられない事から、霊郁は長年の研鑽と結界術の性質と役割から大凡の狙いに宛をつける。
「────────恐らく、この結界は
「か、可能なのですか? そんな事が…………」
「可能だ、寧ろ結界術の造りとしては普遍的な部類だ。博麗大結界も似た様な効果があるしな…………」
博麗大結界は外界と幻想郷を遮断し、水や空気の様な
(結界の規模や条件によっては、制作難易度は跳ね上がるけど…………弱者だけを閉じ込めて強者は出入り可能、制約条件的には釣り合うどころかお釣りが来る位ね…………)
当然だが、蟻を閉じ込める檻を造るよりも、象を閉じ込める檻の方が難しい。結界の差し引き条件で言えば、霊郁を出入り可能にするだけで人里の者は全て閉じ込められるだろう────────何故なら、霊郁一人で里の人間を皆殺し出来るからだ。
「物理的に干渉出来ない以上、強引に壊す事は出来ない…………固定型の結界ならどこかに結界を成立させている基点がある筈、それを壊さなくては……」
「そうなのですか? 結界の中や近くに結界を張った術者がいるのでは…………?」
「可能性はゼロでは無いが…………今から見つけるのは現実的では無い」
固定型の結界は、予め基点に力を込めて入れば術者が常時霊力などを供給しておく必要は無い。例え里の中に術者が居ても、力を抑えていれば見つけるのは霊郁であっても至難の業だ。なんなら里の中や付近にすら居ない可能性だってある。
そこまで考えて、ふと霊郁は気付いた。
「おい! 私の弟子が二人里に来ていた筈だ! 見なかったか!?」
「え、ええと……狐の面を付けた大男と巫女服の童女ですか? なら確か昼に甘味処で見かけましたが────────」
霊郁は里の男が言い終えるよりも先に駆け出し、里の中を疾走する。結界に覆われてはいたが人里の者達は至って冷静だった。既に日没し、暗くなっているが提灯や河童が通した雷電による灯りで多少は明るい。霊郁は人通りの多い道でも一切速度を落とさず、猫より身軽に人と人の隙間を駆け抜ける。
(もしも────────もしもこれが吸血鬼の罠なら! これは里の人間を逃さない為の檻! 霊夢ともかく輝雄がいて良かった! 彼なら大妖怪相手でも戦える! ────────早く合流しないと!)
霊郁は霊夢の霊力を探知して、すぐに場所を特定した。意外な事に霊夢は貸本屋に居た、無作法を承知で霊郁は戸を開け放ち二人の名前を呼んだ。
「霊夢!! か────────修治!! 何があった!?」
「────れいか! ………………修治は?」
貸本屋で何を読んでいたのか、霊夢は本を開きながら振り返る。しかし側には見慣れた狐の面を付けた大男は居ない。ただ本屋の夫婦が赤毛の幼子を抱えながら、ビクついて霊郁の方を見ているだけだ。
「…………何を言っている? 霊夢? 修治はお前と居たんじゃないのか?」
「うん…………でも陽が落ち始めたら急に里を結界が覆って、修治が“妖怪の仕業かも知れないが里の外に出たら余計に危ない。霊郁さんがすぐに異変に気付いて駆けつけて来るから里の皆を
「………………………………?」
────────違和感。
霊郁は何か言語化出来ない違和感を感じていた、ボタンを掛け違えている様な、喉に引っかかっている様な。修治の行動が、何かおかしい様な気がした。
(確かに…………火事場泥棒みたいに、これ幸いと人を襲う妖怪もいるだろう事を考えれば里の外に出ないのは理に叶っている。
もしも里の中で妖怪が人を襲えば、いくら何でも八雲紫が黙ってない。これは相手が吸血鬼達でも同じ事────────いや、待って、そもそも何で
────────霊郁は最初、この結界を
この結界を初め見た時に、霊郁は
無論、そんな真似は幻想郷の秩序を良しとする八雲を筆頭とした賢者や博麗の巫女である霊郁が許さないが、
(普通に考えたら、この結界は妖怪の罠と思う筈。確かに里の外に避難出来る場所なんて無いけど………………!)
────────無意識のうちに霊郁の中で、何か嫌な要素が繋がる。
「…………霊夢、さっきの言伝は修治は
「…………? いいや、
「────────────────」
霊郁は、確信する。
修治は────────嶋上輝雄は、この結界を調べる前から
♢
「今頃は霊郁が里に着いた頃かな…………これで里はまず安全だろうな」
人里から離れた場所、霧の湖周辺の森の中で一人呟く青年がいた────────嶋上輝雄だ。
(里の結界には
出れてもほんの僅か…………多分、血筋のどっかに陰陽師とかいて隔世遺伝で才能が少しだけあった奴とかだろうな)
まず第一前提として、人里の存続は幻想郷の維持に不可欠である以上、幻想郷を護ろうとする八雲紫は、絶対に吸血鬼に里を襲わせない────────輝雄もそれを理解していた、だが八雲紫も所詮は妖怪、ある程度の犠牲は許容することも理解出来た為、里の人間を結界で閉じ込めた。
(霊郁も一箇所に居てくれた方が護り易いだろうしな…………条件付けにちょいと苦労したが)
輝雄の“主に理不尽と不条理に抗う程度の能力”。この能力は仕様上、何か不利益を被る代わりに利益を得るという術に極めて相性が良い。輝雄の異常な身体能力は危険に晒されて死にかけて、その代わりにそれに対処出来る腕力や霊力を得た────────そして、その作用を結界術に転用した。
(この能力の仕様を応用、拡張して、吸血鬼以外の実力者は受け入れるという
そして結界を
霊郁は恐らく結界が実力者なら素通り出来る事にはすぐに気付く、だが物理的に干渉出来ない以上力づくでは壊せないし、壊せば里の人間が散り散りになる可能性から結界は壊せない────────しかも、吸血鬼の仕業と疑えば里からは離れられないだろう)
輝雄はお世辞にも優れた術者とは言えない、霊郁や霊夢と比べれば尚の事。結界術も覚えたてで、そこまで術の完成度は高く無い────────だが、能力と霊力に関しては別の話である。
能力とは最初から身体に刻まれている術式、例え結界術の理論が不完全でも術者としての技量が低くても、能力をそのまま出力させる事が出来れば結界への条件付けは不可能では無い。何故なら
「感覚的には霊力から炎を作るのに近かったし、能力はほぼ完全に操れる…………霊力は二週間かけて結界にありったけ蓄えた。今夜限りなら、吸血鬼達が襲ってきても絶対に破られない」
輝雄はずっと考えていた。
どうすれば、霊郁と吸血鬼を戦わせずに、異変を終わらせるか。
どうすれば、人里に被害を出さず、且つ自分の痕跡を残さないか。
どうすれば、
「────────結界に対する不信感によって霊郁と霊夢は里に釘付けになる、里を護る為にも八雲や妖怪達も意識はそっちに向くだろう…………こればかりは賭けになるが…………二人が無事なら大概の問題は棚上げ出来る、別にいい」
輝雄が予め造っておいた結界は、もう一つある。
霧の湖をすっぽり覆う程の直径二キロ程の固定型の結界、上空へ飛び立ち、満月が頂点に昇って行くのを見ながら────────ただ輝雄は待った、何も思わず、何も思い返さず、後顧の憂いは無いと。
「………………………………来たな」
────────膨大な魔力が、遠方で蠢くのを感じ取った。
〜ここが凄いぞ!輝雄流結界術!その一〜
一、能力の応用で結界に不条理(不利益)を設定して対象物に対する防御力を数倍に上げる!
二、時間設定も同じ様に組み込める、二週間分の霊力を半日に限定させて更に倍!けど時間外労働はしない。
三、能力の耐性などをそのままコピペしたから、フランの能力にも耐性がある。メチャ硬い、概念的にも壊せない(解除は基点を壊せば簡単)。
因みに霊郁視点では吸血鬼に対する条件は分かってません。だって吸血鬼が里に来てないから吸血鬼に対する拒絶条件とか分かりようが無い。