幻想禍津星   作:七黒八白

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多人数戦は描写が薄味になる気がする………難しい。



第五十四話 浄火(じょうか)

 

 

 

「────────させるなッ!!!」

 

 その特殊な手の組み方が一体何なのか“公爵”は知らなかった。しかし青年から高出力の霊力が湧き上がるのを感じ取り、()()()()()()()()()()()()()事を本能が悟った。

 

 同時にその場に居た吸血鬼達全員が同じ物を感じ、全速力で青年に殺到する。五分もしないうちに三百余りの殺戮したとは言え、まだ千体以上の吸血鬼。両手が塞がった状態でも、蹴り技だけで吸血鬼の首を刈り飛ばし捻り取るが、脚だけで捌き切れない大量の吸血鬼、加えて再生能力を生かした捨て身の多勢に無勢で青年は舌打ちしながら印を解いた。

 

「良い勘してやがる…………まぁ、いいさ。まだ不完全だしな」

 

「今の奴は我が友と妻の尽力により素手だ!!! 畳み掛けろ!!!」

 

 青年の焔にも再生能力を阻害する効果がある様だが、妖刀の瘴気よりはマシだと公爵は全吸血鬼に命令する。普段なら聞く義理もない吸血鬼達だが、退路を絶たれ命が懸った状況では反抗する者はいなかった。

 

「太刀なければ勝てるとでも? 甘く見積もられ────────!?」

 

 彼は、命を刈り取らんと爪と牙を伸ばしてくる吸血鬼よりも、傷を治そうとしている公爵に注意を向けていた。何故なら彼が感じ取った限り公爵の力量は紅霧異変で戦った悪魔の妹にも勝るとも劣らないからだ。

 

 ────────だからこそ公爵の魔力が自身の周囲に満ち、動きが鈍った瞬間にその場から飛び退いて脱出する事が出来た。()()()()()()()()()()()()()()()、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()反応を越えた反射で咄嗟に回避が出来た。

 

(ほぼ初見の能力を回避した…………!? なんて素早い…………!)

 

(動きが鈍った? 念力の類いか…………? いや、まるで空間ごと固定される様な感覚だった────公爵(アイツ)の能力か?)

 

 公爵は驚愕と共に舌打ちし、青年は周囲の吸血鬼をあしらい、的確に命を摘み取りながら能力の分析に注力する。吸血鬼が再生力に秀でているなら青年は防御力に秀でているが、それは裏を返せば吸血鬼の様な治癒力は無い。もし致命傷を負えば、そこから瓦解しかねないという事でもある。吸血鬼は千体、対する青年は一人────────

 

(────────さっきの女の吸血鬼と剛腕の吸血鬼と公爵と呼ばれる吸血鬼…………弱体化してなお、この三体がレミリアやフランと同レベルの妖怪。それ以外は問題じゃない、だが一斉に斃せないなら可能な限り手札は見せたくないな)

 

 首を刈りに来る吸血鬼をカウンターで頭部を砕き、喉笛を喰い千切ろうとする吸血鬼を眼球に指を突っ込みそのまま内部で焔の弾幕を暴発させる。冷静に戦力を分析しながら一挙手一投足で一撃確殺を欠かさない、毎秒ごとに吸血鬼達の数が減ってゆく。

 

 

 

 ────────吸血鬼、残り、九百九十九体。

 

 

 

「────────水に落とせ!!! いくら強くとも人間! 呼吸が出来ない環境では五分と持たない!!!」

 

 力押しでは斃せない、そう考えた吸血鬼が号令かける。既に大多数の同胞が殺されている現状から小細工を弄する事に躊躇う者はいなかった。押し潰す様に吸血鬼が群がり彼を湖に落とそうと特攻する、青年は上空へ飛翔し逃れようとするが捨て身の防壁を組んだ吸血鬼が邪魔をし、その場で足を止められる。

 

(……………………拙いな)

 

 逃げ場を失い空中で足を止めた集団戦にもつれ込む、格闘戦では青年の方が力でも技でも抜きん出ているのか一撃で、相手が防御に徹しても二撃で仕留められる。しかし仲間の死体すら利用し、押し込み徐々に降下していき既に水面ギリギリまで追い詰められる。

 

 焔の弾幕を翼の様に形成し、周囲一帯吸血鬼諸共を焼き払う。しかしすぐ近くに水場がある為か吸血鬼達は直ぐに水を被り延焼を防ぐ。無論、流水も吸血鬼にとって弱点には違いないが、それを差し引いても青年の焔の方が遥かに危険だと吸血鬼達は判断した。

 

「────────なりふり構わずか!? 追い詰められてんなぁ? えぇ? おい!」

 

「────────それは貴様の方だろう!!!」

 

「ッ!!?」

 

 流水による弱体化すら厭わず魔を焼く焔から逃げる吸血鬼、それを嘲笑う青年の影から公爵が飛び出す。比喩では無い、本当に水面に落ちた青年の影の()()()飛び出して来た。時に吸血鬼は“闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)”とも呼ばれる、日光という吸血鬼である以上逃れられない弱点を補うため、彼らは影や闇に紛れる術に長けている。他の吸血鬼の影に潜行し、気配を殺した状態で青年の背後まで気取られる事なく接近した。

 

 公爵が膨大な魔力を拳に込めるのを感知し、咄嗟に霊力を防御に回し衝撃を最小限にやり過ごそうとするが────────公爵の攻撃は青年の()()()()()()()()()()

 

(何だ!? ()()()()()────────)

 

 驚く暇も無く、身体には当たっていないにも関わらず()()()()()()()()衝撃が走った。まるで氷塊に入った物を氷ごと砕く様な感覚、防御が作用せず水面に落とされ、そのまま青年は残る数百の吸血鬼達の弾幕の奔流に呑み込まれる。弾などいう生易しい量では無い、さながら天の川を思わせる様な激しい光弾が湖の中心部────────青年が沈んだ箇所に過剰に撃ち込まれ続ける。

 

「まだだ!!! 完全に霊力を感じ取れなくなるまで続けろ!!! 陸に上がらせるな!!!」

 

 大瀑布が湖の中心に巻き起こり、跳ね上がった水は雨の様に吸血鬼達を蝕む────────しかし、それでも誰一人として魔力の出力を弱めない。人間の様に結託する事が無い妖怪が、たった一人の人間相手に意志を一つに全力で殺しに掛かっていた。

 

(まだだ!! ()()()()()()()()()()()!! 完全に息の根を止めなくては────────!?)

 

 闇夜を見通せる吸血鬼の視力でも見えない水底、弾幕が撃ち込まれているその奥からまだ生きているのだろう人間の圧倒的な霊量を誰もが気付いていた。死に物狂いで撃ち続ける中────────最初に公爵が、()()()()()()()()()()()

 

「全員退避────────」

 

 

 

聞こえないはずの、青年の声が、結界内の空間に響いた。

 

 

 

『◼️◼️◼️具象(ぐしょう) 忌火(いみび)三不善根(さんふぜんごん)

 

 ただでさえ聞き慣れない異国の言葉、しかも耳朶に直接ではなく、空間や脳に反響する様な不快な感覚。公爵には彼がなんと言ったのか、どういった意味があるのか分からなかった────────しかし狙いだけは明らかだった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! 焼けッ!? 死にた──────!?」

 

 周囲にいる吸血鬼達が突如として燃え出した、一瞬にして焔に包まれ黒い残影と白濁した眼球だけが火達磨の中から見えた。堪らず湖に逃げる吸血鬼もいたが、焔はそれでも消えない。寧ろ火力が弱まった分長く苦しむ事になるだけだった。

 

(────────結界内の吸血鬼全員が対象の術か!!)

 

 魔力が少ない者から早く焼け死んでいく、力無く墜落していく吸血鬼達は地面に落ちた時には既に骨の髄まで炭化していた。公爵も咄嗟に能力で自身を中心とした防壁を張ったが、結界空間内にいる限り術はずっと続くのか徐々に魔力は削られてゆく。

 

(どうする!? このまま持久戦に徹するか? 

 ────────否! それよりも結界から出なくては! 私の魔力が尽きるよりも早く奴が溺死するとは限らない!)

 

 次々と吸血鬼達が焼死体として湖畔や湖の中に落ちてゆく、人数が減った分霊力に余裕が出来たのか、公爵を焼き殺そうとする出力が徐々に上がり続ける。遂に能力の防壁をこじ開け、身体の端から少しずつ焔が登り始める。

 

(この感覚……! ただの炎では無い、退魔の力がある!? 通りで誰も再生出来んわけだ────────待て、我が妻と侯爵は!?)

 

 不快な灼熱に焦燥感と明確な脅威を感じると共に、二人の安否を思い出す。公爵は身体が焼かれる事も、周りの同胞が死んでいくのも眼もくれず二人が磔にされたであろう地盤が抉れた場所まで全速で飛んでゆく。ものの数秒とかけずに反対側の湖畔に辿り着いた公爵が眼にした物は────────鮮血で作られた球体。

 

(これは…………我が妻の血で造られた防御壁か!? 私と同じ様に能力の防壁で炎を防いでいる、大きさから侯爵も内部か!)

 

 結界内部からでない限り焔は吸血鬼を焼き続ける、ならば自身の身を守る為にも同じ様に結界術で対抗するしかない。その事に気付いた公爵の婦人は、吸血鬼の再生力から大量に血を精製し、自身と侯爵を覆い守った。

 

 しかし、なおも上がり続ける火力は血の球体を少しずつ縮めていく。内側から血が補填され、破壊されるそばから生成されるが明らかに間に合っていない上に内部から感じる魔力が弱まっている。吸血鬼が減り続ければ同時に結界内部の火力が上がり続ける、もはや一刻の猶予もない。

 

(我が妻と侯爵はあの妖刀の瘴気によって今は碌に動けない状態だ…………! 結界で身を護っている今も限界の際だ!)

 

 公爵は二人を助ける方法が結界の破壊しかないと悟り、二人が叩き付けられた眼前の結界に全魔力を込めた拳を向ける。目の前に雷が落ちたかと錯覚するほどの轟音、そして何も無い箇所にレンズの様な歪みが生じ────────ひび割れる。

 

(────────結界に穴が空いた!?)

 

 湖の底で息を止めながら術の行使に集中していた青年は、自身の張った結界が力づくで破られたことを感じ取った。水面から撃ち込まれる弾幕を耐えながら、結界内の吸血鬼の魔力が無くなるまで術式を解くつもりは無かったが逃げ道を得た吸血鬼がどうするのか分からない以上、潜水し続ける理由は無いと急速に浮上する。

 

(何で破られた!? 二重三重に条件(能力)で強化したんだぞ!? 

 ────────俺の術者としての力量が未熟だからか? それとも結界に後付けで術式を付与したのが不味かったか? 兎も角! 里の方向には逃がさねぇ!!!)

 

 かつて青年は上空五千メートルという、地上の半分以下の空気でも問題無く活動できた。その肺活量の限界は水中に数十分間いても問題ないことは戦う前から確かめていた、だから水中に追い込まれた時無理に浮上せず、吸血鬼が流水を渡れない性質を利用して安全地帯から全員焼き殺そうした。

 

「────────ぶっはぁああ! 空気ウメェ!!!」

 

 水面から顔を出すと同時に大きく息を吸い込む、そして青年の視界には霧の湖とその周囲を覆っていた筈の結界は消えていた。穴を空けられた箇所から術が崩壊し、連鎖的に割れた結界は宙に溶ける様に無くなっていた。水に濡れ張り付く髪を振り払いながら、青年は満月を背景に空に立つ吸血鬼三体を見上げる。

 

「………………恐らくお前は、()()()()()()()()()()()()()()()()条件を結界に織り込み結界の強度を上げていたのだろう。背負うリスクがデカければデカい程、術は強くなるからな。

 ────────だがしかし、お前の術で私達の以外の吸血鬼は死んでしまった。つまりお前が背負っていた()()()()()()()()()()()()()()()。そのおかげで結界の強度が下がり、破壊出来た」

 

 公爵と呼ばれる金髪オールバックの吸血鬼は、月光を浴びながら血に塗れた服を整える。残華の瘴気によって治り切らなかった傷は、満月の魔力により底上げされた再生力によって塞がる。背後にいる二人の吸血鬼も同じ様に逆再生するように完全な形に治っていく。

 

(成る程な、多分三つ目の条件が一番結界の強度を上げていたがそれが無くなって抜け出せたのか。多分、俺がさっき考えた二つも無関係じゃないだろうが…………)

 

 青年は同じ高さまで飛翔していき、三人の吸血鬼と相対する。高度を上げた場所から周囲を見渡すと、原型が無くなった吸血鬼の屍が転がっていた。最早目の前のいる三体以外に、周囲に吸血鬼はいない。

 

(────────だが、この三体が一際強い)

 

「────────小細工は、もう通用しない」

 

 青年は、大妖怪を三体同時に相手取る不条理と理不尽に抗う形で。

 

 吸血鬼達は、満月の魔力によって全ての能力が底上げされる形で。

 

「もう、貴様を家畜とは思わん。貴様は────────魔物すら喰い散らかす魔獣だ」

 

「今更だな…………アンタらが初めから俺を脅威と見ていれば違う結果もあったろうに」

 

四者それぞれが、150%の潜在能力(ポテンシャル)引き出すに至る。

 

 ────────吸血鬼、残り、三体。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

 最初に動いたのは剛腕の吸血鬼、侯爵だった。魔法によるものか、はたまた彼自身の能力なのか、青年よりも一回り大きい巨躯と比べても、なお巨大に変化した剛腕が襲いかかる。埒外な大きさで尋常では無い速度で振るわれる腕は、周囲に烈風を巻き起こしたが────────青年を捕えず、空を切る。

 

 青年は自身の身の丈以上の腕を飛び越え、まるでブレイクダンスの如く舞い、鮮やかに侯爵の顔面を蹴り穿つ。武における蹴りというよりもサッカーキックに近い、強かに捉えた顔面は足の甲の形に凹むがそれも一瞬の事、治る同時に腕を振るわれ青年は距離を取らされた。

 

(硬い────────再生力がある分、吸血鬼は肉体的には頑丈じゃないはず、結界の中なら今の一撃で首を飛ばせた)

 

(っ………………! 安易に肉体操作を使うべきでは無いな、的を広げるだけだ。しかし満月で強化されたオレでも捉えきれないとは…………!)

 

 青年は距離を一定に挟まれない様に立ち位置を変えながら分析する、侯爵が肉体的に一番頑丈で無いとするなら満月で強化された吸血鬼を一撃で屠るのは難しいと。同時に侯爵も彼我の戦力差を感じ取り、一手の誤ちがお互いの命取りになるという戦慄を覚える。

 

(だが、やはり人間! 一撃だ、一度でも致命傷を与えればそこから突き崩せる! 私達は再生力がある以上、頭部以外はさして問題にならない。加えてこちらは三人がかり!)

 

残華(太刀)を取りに行く暇は与えてくれない以上、徒手空拳でやるしかない…………炎でも再生力を阻害出来るが、恐らく頭や心臓をぶち抜く位しないと効果は薄いな)

 

 侯爵は身体を元の大きさに戻し小回りが効き、戦いやすいスタイルに戻す。青年は霊力無駄遣いを嫌い、拳に焔を纏うことにだけ霊力を集中させる。一定の間隔で飛行していたお互いは戦法が整うと、ジェット機染みた飛翔音と同時に距離を詰める。

 

 拳が衝突し、大気に波を生じさせる。骨肉がぶつかっているとは思えない破砕音が絶え間無く響き渡る。青年の上段蹴りを掻い潜り吸血鬼が懐に潜り込もうとする、しかしそれを読んでいた青年の流れる様な後ろ廻し蹴りが吸血鬼の肩を粉々に砕く。満月の強化のおかげか、辛うじて肉片が飛び散る事はなかったが動きが明らかに鈍る。

 

「────────ッッッ!!!?」

 

 構わずそのまま捨て身で青年の腹部を貫きにかかるが、衝撃で一瞬出遅れる。それを見逃さなかった青年は肌一枚で貫手を避ける、鬼の鋭爪は小さな擦り傷を残すに終わった。そして捨身の代償は────────

 

「確か、こうだったかな?」

 

 ────────伸ばしきった腕を掴み取られ、()()()()()()()()()()()()()()()()。関節から靭帯が千切れる生々しい音と共に、砕けた骨が皮膚を突き破る。噴き出す鮮血、瞬時に内出血により赤黒くなる皮膚、不快な感触と悪寒にも似た一瞬の前兆の後に────────想像を絶する激痛が侯爵から平静を奪った。

 

「おッ、ごッ────────がぁああああぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!?!!?!?!??」

 

「いくら治るとしても痛覚が無いわけじゃないんだろ!?」

 

 食い縛って耐える事など那由多の彼方、絶叫が尋常では無い苦痛を背後の吸血鬼まで伝播させ、伸び切った顎を刈り取る様に上段回し蹴りが振り下ろされた。鬼の巨躯が凄まじい勢いで地面に落下し、森がまた地盤ごと消し飛んだ。青年はそれに慢心する事なく追い討ちで息の根を止めに掛かろうとする、が────────

 

「────────させるとでも!?」

 

 公爵の婦人の血液で造られた丸鋸が、高速回転する金属質の不協和音を撒き散らしながら青年を囲み、八つ裂きしに殺到する。

 

「────────先に死にたいか、阿婆擦れ?」

 

 しかし青年は全く動じず最小限の動作で全て回避し、焔の弾幕で全て蒸発させた。能力で多少性質を変化させられていても、飽くまでも“血液(液体)”しかも吸血鬼の一部である以上、退魔の特効は有効となる。婦人は奇襲が完全に失敗した事に歯噛みし、青年は負傷から立ち直った侯爵に舌打ちする。

 

(血液を操る能力…………相手の血は操れるのか? どちらにせよ吸血鬼の再生力を考えれば失血死はしないだろうな…………)

 

(弾幕の相性が最悪ね…………! しかも魔力の起こりを感じ取って動いた節があった! 奇襲しても弾速が遅いと擦りもしない!)

 

 婦人は自身の周囲に攻防一体の血の塊を浮遊させ警戒を固める。それに対して青年の考えは変わらない、霊力による肉体強化よりも、弾幕としての放出の方が消耗は激しい。そして満月時の吸血鬼の速度を撃ち落とすのは至難の業である以上、迫撃戦に持ち込もうとする。

 

 吸血鬼の動体視力を持ってしても、残像しか見えない速度で迫る青年に対し、婦人は周囲の血塊から丸鋸や剣や斧を生成し迎撃しにかかる。両の拳に殺意を火種に燃え上がる焔を纏わせ青年は凄絶に嗤う。

 

「馬鹿が! あの筋肉ゴリラ(侯爵)でも太刀打ち出来ねぇのにお前が殴り合いで勝てると────────!」

 

「────────だろうな、だからこその私だ」

 

「!!?」

 

 あと一秒で拳の必中範囲に入る、という所で婦人の造った血塊で出来た影から公爵が這い出る。死角、不意打ち、至近距離、それらが思考に回るよりも速く、青年の体は目の前の婦人を無視して裏拳で公爵の頭部を砕きにかかるが────────

 

「────────私の方が速い」

 

 ────────公爵の手前で、拳がビタリと止まる。彼の意志に反して、まるで紐に引っ張られている様に全身が硬直した。そして当然、その隙を婦人は見逃さなかった。

 

(弾数を増やす事に意味は無い、射線や弾道を極限まで絞る、我が夫が動きを止めた今! この距離からなら!!!)

 

 周囲に浮いていた血塊が婦人の掌に集約され、婦人はそれを押し潰す様に圧縮させて指先を真っ直ぐ青年の()()()向ける。眼に見えるほどの魔力の奔流は────────明らかに大技の“起こり”を表していた。

 

(ヤバ────────死────────動け────────)

 

 婦人の指の間から、()()()()()()射出された流血は────────ギリギリの所で青年の交差した両腕に阻まれた。

 

「う、ぉぉぉぉおおおおおおああああああ────────」

 

「!!?」

 

 無理矢理動いた青年に公爵のみならず婦人も驚愕を隠せない、しかしそれすらも棚上げし、婦人は圧力と魔力を加え続ける。対する青年は右腕を徐々に削らている感覚に血が凍る、音を裂く血の奔流は鑢で金属を削る様な不快な音をたてながら少しずつ、少しずつ右腕に深く食い込む。

 

(硬ッッッッッッ!?!?! 人げ────────いやコイツ本当に生物!?!? この硬度は妖怪でも有り得ないわよ!?!?)

 

(ヤバい! ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!! 水圧カッターかよ!? あと一秒足らずで貫かれ────────自爆するしかねぇ!!!)

 

 能力を全開にし、自分に対する拘束力に抵抗しようとするが、自身を取り巻く圧力は完全には消えない。それを疑問に思う暇も無く、青年は腕が貫かれるまでの僅か半秒で本能的に最適解を導き出す────────それ即ち、爆炎を起こし自分諸共吸血鬼を巻き込む事。敢えて指向性は縛らず全身から広範囲に爆炎を撒き散らす、自身に炎への耐性があるからこその選択だった。

 

 ────────そして青年は、視界の隅、公爵がいた方向へは何故か焔は流れていかなかったのを目視した。

 

(…………炎が流れない? 単純な空間操作じゃないとすると────────空間の固定化か?)

 

 湖上空に爆裂音と共に灼熱が広がり、青年は反作用で湖に叩き落とされる。追撃を避ける為、すぐさま岸に上がるが意外な事に吸血鬼達は三人集まり様子見をしているだけだった。悠然と見下ろしている公爵とその婦人も無傷、肘関節を完全に破壊した筈の侯爵も既に完治していた。鬱陶し気に水で貼り付く髪をかき上げながら、青年は孔が穿たれた右腕の具合を確かめる。

 

(骨は……イッてないな…………右腕はまだ動く、だがジリ貧だ。そもそも再生力がある吸血鬼相手に長期戦は不利だ、しかも三対一。一番望ましいのは、三人同時に炎で致命傷を与えて再生に手間取っている間に仕留める事………………だが────────)

 

「────────貴様は、()()()()()()()()()()()()()()。違うか?」

 

(………………まぁ、気づくわな)

 

 上空から青年を見下しながら公爵は確信する────────先の結界で吸血鬼を灰塵にした術式は、退路を塞ぐ結界ありきの術であり、()()()()()()()()()()()()使()()()()と。

 

「私達がこの湖に到着する前から結界の張っていたという事は、事前に結界を張る為の基点や境界線を敷いていたのだろう? 察するに、貴様は戦士としては超一級だが術者としては良くても二流以下。

 結界を張ると同時に術式の付与という高度な真似は出来んだろう? 出来たとしても結界の強度は先の物より確実に劣るし、先の術を発動すれば貴様の霊力は底をつく………………分かるか? どちらにせよ“詰み”だ」

 

「………………ご丁寧な説明口調。どうもありがとう」

 

 公爵の考察は()()()()当たっていた。青年にはまだ結界の基点や、結界の外殻に沿う建物や境界線無しで瞬時に結界を形成出来るだけの技術は無い。よしんば結界無しで()()()()()()()()()()()を使用しても、吸血鬼の速度を考えれば数秒とかけず範囲外に逃げられるだろう────────そして術が不発に終わればガス欠した青年に勝機は無い、確実に死ぬ。

 

(勝てる…………! このまま三人で攻め続ければ、いつかは均衡が崩れる! 一撃死さえ避ければ私達に分がある!)

 

 吸血鬼達は確信し、笑みを深める。もはや過程や方法は問わない、目の前にいる人間を確実に抹殺する事に公爵達は全能力を注ぐ。幻想郷の妖怪も、八雲紫さえも後回し────────この人間さえ殺せば、あとはどうとでもなると確信する。

 

「侯爵、我が妻、傷はどうだ?」

 

「痛覚はまだ残留してるが……問題無い、やれる」

 

「先の爆炎は血の防壁で防ぎました、無傷です…………それよりもあの人間、私の技を防ぐばかりか貴方の能力まで無効化してませんでしたか? しかも吸血鬼(人外)の血が混じれば拒絶反応で苦しむ筈…………毒にも耐性があるのかしら?」

 

 高濃度の妖力や魔力は、基本的に人間とっては有害で有毒。霧雨魔理沙やアリス・マーガトロイドの様に魔法使いとして魔力や瘴気に耐性が無ければ、本来なら立つ事もままならない。ましてや大妖怪の血肉など()()()()()()()()()()()()()

 

「苦しんでいる様には見えんな…………だが、私の能力は完全には無視出来ないみたいだな。手脚を動かすのが精一杯と見た、もう一度私が奴の()()()()を固定化する。その隙を突け」

 

 ────────公爵の能力を幻想郷風に言うなら、“座標を操る程度の能力”。

 

 主に自身の座標(位置)を認識出来る場所に移し瞬間移動したり、相手の座標をミリ単位で固定し動きを止める、自身の周囲の空間座標を固定化すれば空気の流れも停止できる。爆炎や爆風を止める事など容易い事だった。

 

 予めマーキングすれば認識出来ない場所にも飛ぶ事が出来る。公爵はこの能力で八雲紫の空間操作と境界を操る能力を固定化する事で対抗する事を考えていた。

 

(まさか人間相手に使う事になるとはな…………しかし────────)

 

 ────────公爵は、目の前の人間のリスクの方が遥かに高いと判断した。

 

「────────出し惜しむな、此処で確実に仕留める!」

 

 湖畔に立つ青年に、全力で吸血鬼が迫る。瞬きすら許されない圧縮された時の中で────────それでも青年は、不敵に嗤う。

 

(“出し惜しむな、確実に仕留める”ね………………それはコッチも────────)

 

 左右の小指を絡ませて、両の人差し指は立てる、それ以外の指は緩く握る事で()()は完成する。膨大な霊力が迸り、湖面が大きく揺れる。青年から噴き出す焔は、線となって周囲を取り巻く。その身に炎を纏う姿は、邪な物を全て焼き払う────────迦楼羅炎(かるらえん)を纏う明王の如く。

 

「────────同じ事だ!!!」

 

(馬鹿な、それは、自殺行為の筈────────)

 

 過負荷気味に加速した意識、緩やかに流れる時の中で、吸血鬼達は目を見開く、“あり得ない”と。術式が使えても範囲外まで吸血鬼達が逃げれば不発に終わる、吸血鬼は真正面から立ち向かう必要など無いのだから。

 

 そしてあの人間には()()()()()()()()()()()()()、千年以上の時を生きた百戦錬磨の公爵の見立てに間違いは無かった────────()()()()()()()()()()()()()間違いは無かった。

 

 

 

(かん)()()具象(ぐしょう) 忌火(いみび)三不善根(さんふぜんごん)

 

 

 

「アゲてけよ! 吸血鬼!! 

 ────────これが正真正銘最後の!!!! 人間と!!! 妖怪の!!! 生存競争だ!!!!」

 

 

一か八か、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 





やっちゃったよねー、以前からチョイチョイそういう所見せてたけど。
これは我ながら言い訳出来ない(笑)。
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