それは、きっと、鬼灯の様に紅かった。
────────朝、目が覚める。隣には彼が居た。
そっと狐の面を外すと穏やかな寝顔がそこにはあった、早朝に起きるのが日課の筈の彼はまるで目を覚さない…………無理も無い事だ、重傷につぐ重傷、本当なら死んでいても可笑しく無い傷を負いながら吸血鬼と戦った────────恐らく、私よりも大量かつ強大な。
「お陰様で私は楽できましたよー、だ……………………バカ」
────────正直に言うと、どうしてそこまでしてくれるのか。私には少し分からなかった。
博麗霊夢の為? 博麗霊郁の為? それとも幻想郷………………は、無いか。よくよく考えてみれば、私は彼の事を殆ど知らない。
精々知っている事は十年後の幻想郷に幻想入りした事、寺子屋で教師をしている事、霊夢と知り合いである事位だ。彼自身にまつわる事は、嶋上輝雄の趣味嗜好は全くと言って知らない。だが、しかし────────
「…………ねぇ? 貴方の好きな食べ物ってなに?」
────────彼は、ただ穏やかな寝息を立てている。
「…………体動かすのは好きな方? それとも読書とか家でゆっくりするのが良い?」
────────彼は、ただ穏やかな寝顔で眠っている。
「…………好きな人とか、いる? いないならどんな人がタイプなの?」
────────私が寝顔を覗きこんで、髪が顔に掛かっても、彼は眠っている。
「………………今なら、何をしても起きなさそうね」
ほんの少しのイタズラ心、頬を突いてもまるで動かない。深い深い眠りに着いている彼の顔に近付き、唇に近付き────────
「…………やめた…………寝てる間にしてもしょうがないわね…………」
────────指でなぞるだけに終わる…………嫌われたらイヤだし、多分彼は気難しい顔をしながら、なぁなぁで許してくれるだろうけど…………出来れば、やっぱり起きている時に、記憶に、心に刻み込みたい。忘れられない……いや、一生忘れさせないように。
「好きよ………………本当に、貴方のことが…………大好きよ…………」
霊夢と仲良くしてる顔も、料理の献立を考えてる顔も、私が酔ってダル絡みして困ってる顔も、一心不乱に修行してる顔も、喜んでる顔も、悲しんでる顔も、楽しそうな顔も、怒ってる顔も……………………時折、貴方が私を見ながら何かを決意した顔も、大好きだった。でも────────
「────────私を通して、誰かを思い出してた時があったわよね………………?
────────
「…………いつから、かしらね…………気付いたら、眼で追ってたわ…………」
まさか、自分の人生にこんな事が起きるとは………………博麗の巫女としての人生も、案外悪くないのかも知れない。
また彼と霊夢と川遊びに行きたい、秋になったら焼き芋を食べたり、冬にはカマクラを作って七輪でお餅を焼いたり鍋をつついたり、春になったらお花見をしたり…………ずっと彼と過ごしたい。
「今夜は霊夢の部屋にも結界を張って、起きない様にするわ………………楽しみましょう? 精のつくもの沢山作ってあげる」
秘蔵の酒も開けよう、八月十六日を記念日にしよう。彼と、私の────────
「好きよ………………貴方の事、大好きよ…………」
♢
「………………無事に眠れた事に安堵するのは、初かもな…………」
いつもなら早朝に目を覚ますのだが、今日は昼くらいに目が覚めた。隣には霊夢も霊郁も居ない、鈍い頭痛がするが、ずっと寝ている訳にもいかないので着替えて居間の方へ行ってみる。
「いま何時くらいだ…………昼飯どうするかな」
体の方は全快には遠いが、日常生活には支障は無い。だが予想通り霊力はまだまだ戻って来ていない、ずっと空きっ腹なのも回復速度に影響が出るだろうし何か腹に入れた方がいいか…………。
「………………いや、現実逃避してる場合じゃないな。霊郁の事どうしよう…………」
いつの間にあんな覚悟ガンギマリになったのだろう、そして何故よりにもよって俺なのか。
少し真面目に考えると、霊郁の性格的に命懸けで助けてくれたからとかは考え難い…………何か他の理由がある気がする。それを知らないのに一線を越える事は幾ら何でも不誠実というものだろう、後々に確執になる可能性もあるし…………知ったからといって霊郁と
「あ、おはよー修治。今日はめずらしく、アンタがねぼすけね」
「おはようございます、もう昼ですけど…………霊郁さんは?」
居間には霊夢しか居なかった、煎餅をボリボリ齧るながら貸本屋から借りたのだろう小説を読んでいる。
「れいかなら里にいったわよー……昨日の今日だし、まだ人里は混乱してるしねー……まぁ、誰かさんのお陰で被害は無かったみたいだし夕方には帰ってくるわよ」
「………………まぁ、めでたしめでたしという事で────────」
「────────言っとくけど、わたしも怒ってるからね?」
(………………心なしか霊郁に目付きが似てきたな)
本に落としていた視線をこちらにジットリと寄越してくるその顔は霊郁にそっくりだった。流石にバツが悪いので俺は何も言い返せずに、ただ無言で緑茶を啜るのみである…………当たり前だが、居候故にヒエラルキーが低い。いや、理由はそれだけじゃないんだけど、というか自業自得なんだけど。
「………………ねぇ修治?」
「ん? 何ですか?」
「アンタってさ、そのお面の呪いが解けたらどうするの? 里に戻るの?」
「………………」
────────里に戻るも何も、元々里の住人じゃないのだか…………。
そう、そうなのだ。この時代の人間では無い俺には帰る場所は無い。今は面をつけて誤魔化しているが、俺の顔がバレたら人里の人間では無い事などすぐに分かるだろう。だからと言って問題は無いのだが…………住む場所と食い矜持が無い。霊夢にヒモと呼ばれてもこれは仕方ない、
(どうすっかな…………別に外来人だった事にしてもいいけど、じゃあ何で隠してたんだよって話になるし…………そもそも外来人の癖に何で吸血鬼鏖殺出来るのって話にもなるし…………)
────────成る程な、これが嘘を吐くデメリットってやつか…………身から出た錆とは言え、面倒な事になった。
まさか未来から来ましたとは言えないし…………いや、でも十年後に外の世界の俺が来るなら時間の問題か? そんな事を考えていたら霊夢は何か察した様に口を開く。
「…………もしかして、無いの? 帰る場所?」
「…………えぇ、まぁ……そんな所です」
「…………家族とかは?」
「居ません、天涯孤独です」
隠すことの程でも無し、俺はあっさりゲロった。霊夢は何を思ったのかページを捲る手を止めて少し考え。
「────────じゃあ、もうウチに住んじゃいなさいよ」
「…………え」
「いいじゃん、もうほとんど家族みたいなもんでしょ。でもはたらき口はみつけなさいよ」
「家族………………」
………………………………そうなったら、いよいよ霊郁を止める手段が無くなりそうだ。しかし、そうか…………俺が、家族ねぇ………………。
「まぁ…………選択肢の一つには入れておきますよ」
「なに? てれてんの? かっこつけてんじゃないわよ」
「ははは、手厳しい」
胡散臭いものを見る目で睨んでくる霊夢をカラカラと笑ってやり過ごす、また蝉が騒ぎ出した夏の昼下がり、簾の向こう側から差す炎天下に辟易しながらも穏やかな空気が流れるのを感じる。
(やりきったんだな…………あとは、自分の身の振り方を考えるだけか。ある意味一番面倒くさいな…………)
八雲や天狗など、俺の事を知れば何かしら企みそうなウザい奴等はいるが、だからと言って今日明日にどうこうなる訳じゃ無い。一先ず今は心身を癒す事に専念して────────
「────────そういえばさ、アンタよく大量の吸血鬼をたおせたわね。メチャクチャ強いじゃない」
「ん? あぁ、でもまともに戦ったら勝率は多分三割もありませんでしたよ。予め結界を張って吸血鬼を弱体化させ、霧の湖に誘導して────────」
「そう、そこよ」
「…………何がですか?」
「アンタよく
「……………………………………」
────────違和感。
違う、俺は決して
ただ奴等が目指して、或いは人里を目指す際に通り掛かっただけなのかも知れないが俺は当初、
────────つまり、吸血鬼が霧の湖まで来たのは全くの偶然…………………………。
(偶、然…………なのか? もしも、もしも、だ。吸血鬼達が
吸血鬼にとって、
(アイツらは…………予め、
いや、それも考え難い。
(夏祭りの前、
証拠は無い、確証も無い。だが、
(霧の湖は妖怪もあまり近寄らないとは言え、人里の人間が好き勝手、頻繁に出歩けば妖怪も誘われ出る筈…………そうならない様、何者かが
────────
「────────すみません、霊夢さん。少し用事が出来ました、夜には帰りますので霊郁さんにはよろしく言っておいて下さい」
「え? どこ行くの?」
「取り敢えず、里へ。念の為、湖にも」
一つ一つはギリギリ偶然と言えなくも無い、というよりも偶然が重なっただけの可能性の方が高い。
だがしかし、
(この時代において、俺はイレギュラーだ…………俺が居ない場合、霊郁が吸血鬼達の殆どを対処する事になった筈…………。
里に行った吸血鬼と俺が倒した吸血鬼で約2000体。幾ら霊郁でも圧勝とはいかないだろう)
────────そして消耗した霊郁を、
「………………考え過ぎか?」
仮にそうだとしたら、今の万全に霊郁にその誰かは正攻法では敵わないという事。今すぐ霊郁の身に危険が迫ることは無いだろう……………………先に人里に行って話すべきか?
(────────いや、確証がある訳じゃない。まずは調査してからでも遅くは無いだろう)
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
草履を履いて、蝉が五月蝿い外に出る。太陽は頂点から傾き始めていた。
♢
「里の聞き込みは徒労に終わったな…………」
何事も無かった、吸血鬼異変を除けば平和そのもの。逆に言えば、妖怪騒ぎが全く無い平時が最近はずっと続いていたという事………………それを嵐の前の静けさと感じる俺は、可笑しいのだろうか?
吸血鬼異変が起こったがアレは
だが何のために? 雑魚とはいえ妖怪を間引いて得するのは人間だけの筈…………何者かが吸血鬼に情報を横流ししたとすれば、同じ妖怪の筈。少なくとも人間は考え難い、吸血鬼も罠を疑うし、里を裏切る事になるし、そもそも里の人に結界の外に干渉する力なんて無いだろう。
それに、恐らくソイツは妖怪も間引いてもいる………………訳がわからない、やはり全部偶然に過ぎないのか? 俺の考え過ぎか? たまたま吸血鬼が湖を通って、妖怪がたまたま大人しくしていた、それだけの事なのか?
(もうじき日が沈む、霧の湖………………ここを見て何も無かったら帰ろう………………霊郁にも一応話しておきたいし、というか何かとこの湖には縁があるな、幻想入りした時もここだったし…………)
昨夜吸血鬼と死闘を繰り広げた湖、そこには尋常じゃない戦跡がまだ残っている。湖をぐるりと一周する様に辺りを粗方調べてみるが特に不可解な物は見当たらない………………やはり、俺の考え過ぎか。
「ずっと気を張り詰めてたからな…………被害妄想癖が祟ったか?」
霧の湖周辺には吸血鬼の遺体は見当たらない。既に死に絶えた妖怪の肉体は時間が経てば、妖気に分解され大気に散る事は陰摩羅鬼などの一件で知っている。だからだろうか、辺りには大量の妖気が漂って────────いや、待てよ?
「
「────────……………………あ?」
「キッショ────────」
何か、軽い物が背後からぶつかった様な感触がして、胸の下辺りが少し熱く感じ、視線を落とすと────────黒い刃が生えていた。
「────────何で勘付いてるのよ?」
背後には長い金髪の女、しかし八雲ではない。白いブラウスの上から着る黒い洋服と同じ色のロングスカートは────────見覚えがあった。
「お、前…………! どっかで会ったこと、あるか…………!」
「何、口説いてるの? 生憎
日は沈み、夜の帷が降り始め、辺りは闇に包まれる。
見上げる形で
太宰治が好きなんですよねー。それはそれとして巻き展開でスマヌ。