show down.
「ぐ────────ぬがあぁぁぁ!!!」
「!」
正中線、鳩尾からは僅かに逸れた場所から生えた黒刃の周辺を霊力で強化する。同時に自身の背後にいた金髪の妖怪────────恐らくルーミアの顔面に肘鉄を喰らわせる。
意外な事に、力量の高い妖怪特有の硬い感触は殆どせずにミシリと大きく窪み────────そのまま生木を何本もへし折りながらぶっ飛んでいった。同時に剣を抜かせる事にも成功し、即座に治癒を試みる。ほぼ見様見真似の鍛錬無しの完成度の低い術、これでも無いよりはマシだ。
(…………ッ! 大丈夫だ、急所は外れてる…………! 骨もイッてねぇ…………! だが、まだ昨夜の疲労が残ってる。霊力も全快時の四割…………いや三割五部ってところか……やれるか!?)
刃を引かせることなく剣を抜く事は出来たが、それでも致命傷一歩手前の負傷である事は事実、大きなディスアドバンテージ。治癒の術はまだ完全に修得していない、体に空いた穴を塞ぐ程の事は出来ない。そもそも────────
「────────痛いわねぇ…………人間のクセに女の顔は殴るなって親に教わらなかったの?」
「生憎、そんな良い育ち方はしてないんでね! 妖怪のクセに尤もらしい事を言ってんじゃねぇぞ」
────────コイツが、それを見逃すとは全く思えない。
(しかし────────コイツが本当に
面影は、確かにある。だが最初会った際は精々十代前半、下手をすれば七、八歳程度の姿だったのに────────今のルーミアはどう見ても十代後半から二十代前半の姿だ。そして、何を意味するのかは分からないが
「(加えてコイツの妖力の総量…………下手をすれば────)────余程、名と力のある妖怪とお見受けするが…………アンタ先の異変の時、何してた? 幻想郷存続の危機だったんだぞ?」
「あら、気付いた? 今の私は
それと幻想郷の存続なんてどうでもいいわよ…………いえ、正確に言えば無くなられるのは困るのだけど」
(────────おいおい、おいおいおいおい! 冗談じゃねぇぞ………………!)
何だ、この雑なインフレは! せめてこっちが万全な時にやってこいよ! どうしてこう、遙かに格上の相手と戦う時だけ疲労困憊なんだよ…………!
内心そんな悪態を吐かずにはいられないが、せめて出血だけでも止めようと半身で傷を隠す様に、気付かれない様に治癒の術を行使しながら、俺はルーミアの話を促す…………完全に勘だが、恐らくコイツの狙いは
「どういう事だ? 幻想郷が無くなるのが困るなら吸血鬼の時、何故戦わなかった? アイツら完全に今の幻想郷の在り方に迎合する気なんてなかったぞ?」
「私は別にそれでも良かったのよ。
────────第一、あんな雑魚共が集まった所で博麗の巫女や八雲紫をどうこう出来るとは思ってなかったしね、良くて消耗させるのが関の山でしょ…………実際はそれ以下だったけど」
柄頭から切先まで漆黒で出来ている、細身の両刃の剣を弄びながら此方を値踏みする様に睨んでくる。やはり立ち振る舞いといい、言動といい、一度しか会ってないとはいえまるで似つかない。
「────────吸血鬼に情報を流して、暴れ回る様に仕向けたんだな…………お前が」
「…………へぇ、ただの力自慢じゃないのね。ご明察通りよ、私は吸血鬼よりも先にこの幻想郷に来てた。
そして同じ西洋出身、陽の光を苦手とする魔として敬意を払って情報を献上したのよ。
────────馬鹿よねぇ? 踊らされてるとも知らず、捨て石にされてるとも知らずに。八雲と博麗の当て馬にされるとも知らずに!!!」
「……………………」
口が細く、弓なりに耳まで裂けケラケラと嗤う。比喩ではない、まるで伽藍洞の闇の様に、目と口が漆黒に染まり不気味な表情すら闇に紛れて伺えなくなる…………コイツ、一体どういう妖怪なんだ?
(得体が知れないな…………クソ!)
「────────でも、その計画も貴方のせいで御破算よ。やってくれたわね?」
「策士策に溺れるってな、残念だったなぁ? 八雲のクソが万全なのは俺もムカツクが…………霊郁は万全、正面切って戦えるか? 雑魚妖怪?」
「はっ! それならそれでやりようはあるわよ。所詮人間、付け入る隙なんて幾らでもあるのよ…………で?
「────────チッ!!!」
やはりバレていたか、しかも傷が深過ぎて碌に治癒出来ていない。当然目の前の妖怪がそんな事を見抜けない筈もなく、漆黒の剣を構えて弾丸の様に距離を詰めてくる。
獲物を前に舌なめずりする様な恍惚とした表情をする喰人鬼、ルーミアが突貫してくるのと同時に炎の矢を放つ。弾幕ごっこの様に弾をばらけさせず、弓を引く動作が必要となる俺の弾幕は、分かり易く直線的で避けやすい────────だがそれ以上に速く、そして当たれば吸血鬼でも一撃で死に至らしめる。
「あっぶな!!!」
それを理解していたのだろう、ルーミアは当たる直前で身を翻し、宙空に逃れる。俺はすかさず立ち位置を変え、ルーミアと距離を保ったまま何発も炎の矢を放つが上空のルーミアは全て回避し、弾幕は虚しく彼方の雲を散らすに終わった。
「
高い再生力がある筈の吸血鬼が、全員焼き殺されたのが良い証拠よ」
(バレてるか………………しかも、なんて素早い…………!
吸血鬼と同等、或いはそれ以上! 十年後のルーミアなんて妖怪としちゃ下の下だろ!? どういう
手の内がバレている事は別に驚きに値しない、自分が招き、唆した吸血鬼達が全滅させられたのだ。昨夜の戦いで見せた手段は全て知られていると考えておくべきだ。
────────それよりも
ルーミアが、あの八雲紫よりも格上の妖怪なんて幾ら何でも考え難い、現に俺も霊郁もルーミアの妖気は見つけられ無かった。
「────────一つ聞いて良いか? お前程の力量がある妖怪が、何故全く俺や霊郁に感知される事なく潜んでいられた?
吸血鬼が来る前に、俺達は散々調査した筈なんだがな…………」
「妖怪の性質は身体だけじゃない。ある程度
私や吸血鬼みたいな陽の光が弱点の妖怪は、残す妖気も
────────勿論、それだけじゃないけどねー………………教えてあーげない」
「────────あっそ!!!!」
今の俺は残華を持っていない、対するルーミアは妖怪のクセして剣を持っている。ただでさえ霊力も肉体も消耗している今の状態では真正面から殴りに掛かるのは危険過ぎる。地面を砕き砂埃を巻き上げ視界を塞ぎ、ルーミアの妖力を感知し、その方向に矢を放ち続ける。
(────────無理に勝つ必要は無い!
里にいる霊郁にルーミアの事を伝えれればそれでいい! だからといってコイツを里まで連れて行くのもマズいよな! さて、どうすっかな!)
何度も何度も矢を放つ、しかしその全てがただ空気を貫いただけに終わる。幾ら気配を断つ手段に長けていても大妖怪、戦闘の最中にその膨大な妖力全て遮断するのは厳しい筈だが…………現にルーミアの気配は感じ取れて────────!
「後ろ────────!」
「あら?」
自分で巻き起こした目隠しの砂埃、前方からルーミアの気配を感知していたが直前に背後から嫌な予感を感じ取り、振り返ると同時に
するとさっきまで俺の首が有った場所に黒剣が通る。その勢いは巻き上げた砂埃すら、綺麗に断ち切る程の鋭利さがあった。技術は未熟でも大妖怪の馬鹿げた膂力、空を断つ事すら容易に可能とする。
(一太刀でも喰らったら────────間違い無く死ぬ!!!)
かつて似た様な戦法を八雲紫相手に使った、その経験が無ければ今ので死んでいた────────だが、意図せずして自分の
倒れるよりも滑らかに、体を落として、剣を振り切り隙だらけのルーミアに、足の甲に全霊力を集約させる、繰り出す技は────────!
「ゴバッ────!?!?」
────────躰道の斜上蹴り!!!
カウンターの形でルーミアの顔面に蹴りをブチ込む────────が、頭が砕けない。吸血鬼よりも硬い感触では無いのにも関わらずだ。まるで不定形の柔らかい物を叩いている様な感触………………能力、なのか?
(何だ、この妙な手応え…………?)
「あれー? 絶対に不意を打てたと思ったのに…………周囲の妖気に紛れて、気配無かったわよね? 私? 何で分かったの?
あとさぁ、女の顔を蹴るなんて…………マジで頭の螺子トんでんじゃない?」
「ハッ────! テメェみたいな人喰い妖怪を女扱いする奴なんざ、何処の世界にいるんだよ?」
「居たわよ? 下卑た笑みを浮かべて、股間を膨らませながら、明かりに誘われる蛾みたいに、沢山…………味はイマイチだったけどね」
「楽しそうに生きてて何よりだ、クソビッチ。俺の前で息すんな」
────────やはり、効いているようには見えない。
吸血鬼ですら、治るとは言え受けた箇所が爆ぜ散り、それなりに効果は有ったというのに、ルーミアにはまるでダメージらしいダメージが無い。軽口の間に治ったとかそういう感じじゃない、そもそも負傷していない────────
(────────八雲紫みたいに概念的な能力で自分の身を守っているのか?
だが八雲の様に身体の表面に結界を張ってる感じでは無いな、それなら俺の能力で抵抗して無効化出来る筈………………恐らく、能力による副次作用で自身に何らかの
俺が“主に理不尽と不条理に抗う程度の能力”によって、降りかかる理不尽に抗う形で自身の身体能力を向上させている様に、ルーミアも能力を自分自身に適応させているだけで
────────だから、俺の能力でも
(せめて、どういう能力でどういう理屈なのか、判明すれば話は変わってくるんだが………………)
「────────作戦は決まった? 早くしないと出血で動けなくなるわよー?」
「────────余計な、お世話だ!!!」
未だに万全のルーミア、既に瀕死に近い俺。一撃だ、一撃でルーミアを仕留める以外に勝機は無い!
妖怪は精神的な攻撃は効果が大きいが、肉体に対する物理的な攻撃は効果が薄い────────しかし、だからと言って肉体を細切れにされても全く問題無いかと言うと、そうでも無い。
(妖怪の種族、力量、能力にもよるが! 不死身の吸血鬼でさえ頭部の破壊は、
ルーミアに勝つ方法は考えうる限り二つ! 妖力が底を突くまで焼き尽くすか! 一撃で
確実なのは前者だが俺の手札が割れている以上そう易々と弾幕を受けはしないだろう。
後者は生半可な一撃は無効化にされる上、黒剣による反撃も考慮しなくてはならない。
────────なら!!!)
俺は壁を作る様に炎を巻き起こす。砂埃とは違い、この炎にはルーミアは突っ込んでくる事は出来ないだろう、妖怪である以上退魔の力は絶対だからだ。またもやの視界封じに、ルーミアの呆れた声が炎の向こう側から聞こえてくる。
「また目隠し? 芸が無いわね」
黄昏時を越えて、周囲は既に闇夜になりつつある。その闇を赤く照らしながら炎はうねりルーミアに襲いかかる、当然ルーミアはその炎に触れる事なく軽やかに避けていく────────ここまでは想定内。
「弾幕の範囲を広げたら威力と操作性が下がる、こんなの目を瞑っていても避けられ────────」
「────────ぬおぉらッッッ!!!」
「────────!!?」
今のルーミアは理由は不明だが、間違い無く大妖怪と称するに値する力量がある。八雲紫がそうだったように、霊力による攻撃では感知され、完全に不意を打つことは難しい。
だから、
────────数トンは下らない質量、速度は恐らく時速三百。
「ぐっ────────!?」
そんな物がいきなり炎の壁の向こう側から飛んでくる、無論
湖の水面ギリギリを、平行する形でルーミアは岩盤に押し付けられている。僅か数秒程度の出来事、その間に決着をつける為、岩盤を追い越す速度で水面を駆け抜けて回り込む────────ルーミアはまだ、岩盤の勢いに流されている。
「────────速ッ!?」
(この状況なら衝撃を逃す余地は無い! 駄目押しに炎も追加する!
────────イケる! 勝てる!!)
加速する意識は眼に映る全ての時間を緩やかにする、足元の水面に
「ぉぉぉおおおお────────らぁッッッ!!!」
────────岩盤諸共木っ端微塵に砕いた。
拳の威力と纏わせた炎は爆炎となり水蒸気爆発を巻き起こし、大気を震わせる。熱波による影響は受けないが爆風だけは無効化出来ないため、俺も吹き飛ぶ。いつかのように水面を水切り石の様に跳ねながら、森の中までぶっ飛ばされた。
「痛てて…………こちとらボロ雑巾みたいな状態で、まだ療養中だっつーのに…………」
爆心地にいたので、というか俺自身が巻き起こした爆発なのでかなりダメージを受けた。はっきり言ってほぼ自爆に近い。だが確実にルーミアを捉えた、現に湖にはルーミアの影も形もない────────
「────────つくづく、人間の戦い方じゃないわね。アナタ」
「…………おい、嘘だろ…………なんで、今ので、死なないんだよ…………!」
────────筈だったのに。
何の予兆もなく、いきなりルーミアが背後から出現し、俺の心臓を剣で貫いた。
「…………まぁ、それ位なら冥土の土産に教えてあげるわ。
妖怪は肉体よりも精神に依存した生物、だから物理的な負傷よりも精神的な負傷の方が致命的になる…………でもね?
────────宵闇妖怪の私は
「クソが…………」
────────つまり、何か? 闇という概念そのものに対する攻撃で無いと、まともにダメージすら入らないと? 巫山戯ている、これが本当なら塵一つ残さず焼いても蘇れるという事だ────────いくら妖怪でも度が過ぎる。
「でもアナタの炎、ちょっと効いたわよ? だから
────────ちゃんと殺すわ」
「────────!」
────────剣を引き抜かせては拙い、出血で死ぬ。
そう考えた瞬間にはもう身体は動いていた、心臓から生えた刀身を掴み傷口を抉られる事を防ぐと同時に至近距離からルーミアを炎で────────
「バーカ♡」
「ガッ────────ハァ゛!?」
────────しかし、俺が掴んでいた剣は次の瞬間には霧の様に消えた。
当然剣が消えたことにより、傷口から夥しい血が噴き出す。誰がどう見ても致死に至る出血。最早数分と無いこの状態でも────────ルーミアは手を抜かなかった。
今までの憂さを晴らす様に妖怪の剛力で、脇腹に弧を描き拳が突き刺さる。激しく吐血しながら、自分の身体の中で盛大に何かが砕ける音が聞こえた。降りた顔に膝蹴りが撃ち込まれ顎に直撃し、視界内の全てが歪む、最早目を開けているのかすら定かでは無い────────そして、全身に線状に熱い何かが走る、恐らく斬られたのだろう。
まともに防ぐ事すらままなら無い。全身が打たれ、全身が斬られ、ルーミアにされるがまま嬲られる。周囲に俺の血が、飛び散っていく、俺の意識も……もう…………千切れ飛んで────────
「…………か……………………ひゅ…………」
「…………予想はしてたけどホントに頑丈ね、アナタ? 私の剣は岩くらいならバターみたいに斬れるんだけど…………急に剣が無くなってビックリした?
これねー、私の能力で固定化された……言うなれば剣の形をした弾幕よ。私の意志で出したり消したり出来るの。便利でしょー?」
「博麗の巫女を消耗させらなかったのは、想定外だったけど…………アナタを消せる事を考えたらお釣りがくる位ね、良かったわ。
────────ここで殺せて」
(治癒を………………治せ……治せ、治せ、治せ治せ治せ治れ治れ治れ治れ治れ────────!!!)
「じゃあ、小腹も空いた事だし────────
(治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ!! まだ、まだだ!! まだ────────戦え────────!!!)
♢
真夜中の博麗神社、一人の人間と、一体の妖怪が────────対峙していた。
片や紅い巫女服を着た、少女というには成熟し鍛え上げた肉体を持つ、艶やかな長い黒髪の女性。
片や黒い洋服を着た、少女というにはむせ返りそうな程、濃厚で新鮮な返り血を浴びている女性。
「………………霊夢は、本殿に捉えてるとして────────輝雄は?」
「カガオ…………? あぁ! ハイハイ、そう言えばそんな名前だったかしら? アイツ?」
表情の消えた、しかし殺意と闘争心を抑えきれない巫女に対して、人喰い妖怪は厭らしく嗤いながら────────巫女が、最も聞きたくなかった言葉を吐いた。
「嶋上輝雄は、私が殺した!」
「そう…………ぶち殺すわ!」
────────少し欠けた紅い月が、二人を照らしていた。
この展開と、この喰人鬼異変は、この小説の第一話から考えてました。
細部はちょいちょいライブ感で変えてますが、大まかな展開は今の所順調です。
つまり何が言いたいかと言うと、結末は決まっています。